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【文献】
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【文献】
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(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記BMP阻害剤がDorsomorphinまたは LDN-193189であり、前記TGFβファミリー阻害剤がSB431542またはA-83-01である、請求項1または2に記載の方法。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、ヒト人工多能性幹細胞(ヒトiPS細胞)を分化誘導後に未分化状態の細胞の残存を検出することで、分化抵抗性が低減したヒトiPS細胞を選択する方法を提供する。「分化抵抗性が低減したヒトiPS細胞」とは分化抵抗性を示す細胞の割合が少ないヒトiPS細胞をいう。ここで「分化抵抗性を示す細胞」とは、幹細胞の二つの性質である「分化能」と「自己複製能」のうち「自己複製能」が異常に強く出てしまった多能性幹細胞、つまり、目的の細胞へと分化誘導し、移植した場合に、自己複製により多能性を有したままであるがために、腫瘍を形成するリスクの高い多能性幹細胞を意味する。このような分化抵抗性を示す細胞の割合が高いヒトiPS細胞は、目的の細胞へ分化誘導し、宿主に移植した際に、正常な胚性幹細胞(ES細胞)を用いた場合において通常認められる程度を超えて、腫瘍を形成する可能性が高い。逆に、本発明の方法によって選択される「分化抵抗性が低減したヒトiPS細胞」は分化抵抗性を示す細胞の割合が低いため、目的の細胞へ分化誘導し、宿主に移植した際に、腫瘍を形成するリスクが小さい。
【0013】
本発明で使用可能なヒトiPS細胞は、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、自己再生能をも併せもつ幹細胞である。
【0014】
I. ヒト人工多能性幹細胞
人工多能性幹 (iPS) 細胞は、ある特定の核初期化物質を、DNAまたはタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126: 663-676; K. Takahashi et al. (2007) Cell, 131: 861-872; J. Yu et al. (2007) Science, 318: 1917-1920; M. Nakagawa et al. (2008) Nat. Biotechnol., 26: 101-106; 国際公開WO 2007/069666)。核初期化物質は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子またはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子もしくはその遺伝子産物であればよく、特に限定されないが、例えば、Oct3/4, Klf4, Klf1, Klf2, Klf5, Sox2, Sox1, Sox3, Sox15, Sox17, Sox18, c-Myc, L-Myc, N-Myc, TERT, SV40 Large T antigen, HPV16 E6, HPV16 E7, Bmil, Lin28, Lin28b, Nanog, Sall1, Sall4, Glis1、Esrrb、Esrrg、Nr5a2 および Tbx3が例示される。これらの初期化物質は、iPS細胞樹立の際には、組み合わされて使用されてもよい。例えば、上記初期化物質を、少なくとも1つ、2つもしくは3つ含む組み合わせであり、好ましくは4つを含む組み合わせである。
【0015】
上記の各核初期化物質のマウスおよびヒトcDNAのヌクレオチド配列並びに当該cDNAにコードされるタンパク質のアミノ酸配列情報は、WO 2007/069666に記載のNCBI accession numbersを参照すること、またL-Myc、Lin28、Lin28b、EsrrbおよびEsrrgのマウスおよびヒトのcDNA配列およびアミノ酸配列情報については、それぞれ下記NCBI accession numbersを参照することにより取得できる。当業者は、当該cDNA配列またはアミノ酸配列情報に基づいて、常法により所望の核初期化物質を調製することができる。
遺伝子名 マウス ヒト
L-Myc NM_008506 NM_001033081
Lin28 NM_145833 NM_024674
Lin28b NM_001031772 NM_001004317
Esrrb NM_011934 NM_004452
Esrrg NM_011935 NM_001438
Glis1 NM_147221 NM_147193
Nr5a2 NM_030676 NM_205860
Tbx3 NM_011535 NM_005996
【0016】
これらの核初期化物質は、タンパク質の形態で、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチドとの結合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよいし、あるいは、DNAの形態で、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 85, 348-62, 2009)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる(WO 2010/038904)。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができる。使用されるプロモーターとしては、例えばEF1αプロモーター、CAGプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、LTRプロモーター、CMV(サイトメガロウイルス)プロモーター、RSV(ラウス肉腫ウイルス)プロモーター、MoMuLV(モロニーマウス白血病ウイルス)LTR、HSV-TK(単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ)プロモーターなどが用いられる。なかでも、EF1αプロモーター、CAGプロモーター、MoMuLV LTR、CMVプロモーター、SRαプロモーターなどが挙げられる。さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、核初期化物質をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する核初期化物質をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。別の好ましい一実施態様においては、トランスポゾンを用いて染色体に導入遺伝子を組み込んだ後に、プラスミドベクターもしくはアデノウイルスベクターを用いて細胞に転移酵素を作用させ、導入遺伝子を完全に染色体から除去する方法が用いられ得る。好ましいトランスポゾンとしては、例えば、鱗翅目昆虫由来のトランスポゾンであるpiggyBac等が挙げられる(Kaji, K. et al., Nature, 458: 771-775 (2009)、Woltjen et al., Nature, 458: 766-770 (2009) 、WO 2010/012077)。さらに、ベクターには、染色体への組み込みがなくとも複製されて、エピソーマルに存在するように、リンパ指向性ヘルペスウイルス(lymphotrophic herpes virus)、BKウイルスおよび牛乳頭腫(Bovine papillomavirus)の起点とその複製に係る配列を含んでいてもよい。例えば、EBNA-1およびoriPもしくはLarge TおよびSV40ori配列を含むことが挙げられる(WO 2009/115295、WO 2009/157201およびWO 2009/149233)。また、複数の核初期化物質を同時に導入するために、ポリシストロニックに発現させる発現ベクターを用いてもよい。ポリシストロニックに発現させるためには、遺伝子をコードする配列の間は、IRESまたは口蹄病ウイルス(FMDV)2Aコード領域により結合されていてもよい(Science, 322:949-953, 2008およびWO 2009/0920422009/152529)。
【0017】
核初期化に際して、iPS細胞の誘導効率を高めるために、上記の因子の他に、例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸 (VPA)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA Smartpool(登録商標) (Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば5’-azacytidine)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、G9aヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤[例えば、BIX-01294 (Cell Stem Cell, 2: 525-528 (2008))等の低分子阻害剤、G9aに対するsiRNAおよびshRNA(例、G9a siRNA(human) (Santa Cruz Biotechnology)等)等の核酸性発
現阻害剤など]、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644) (Cell Stem Cell, 3, 568-574 (2008))、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA)(Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、Wnt Signaling activator(例えばsoluble Wnt3a)(Cell Stem Cell, 3, 132-135 (2008))、LIF、SCFまたはbFGFなどの増殖因子、ALK5阻害剤(例えば、SB431542)(Nat Methods, 6: 805-8 (2009))、mitogen-activated protein kinase signalling阻害剤、glycogen synthase kinase-3阻害剤(PloS Biology, 6(10), 2237-2247 (2008))、miR-291-3p、miR-294、miR-295などのmiRNA (R.L. Judson et al., Nat. Biotech., 27:459-461 (2009))、等を使用することができる。
【0018】
iPS細胞誘導のための培養培地としては、例えば(1) 10〜15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12またはDME培地(これらの培地にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)、(2) bFGFまたはSCFを含有するES細胞培養用培地、例えばマウスES細胞培養用培地(例えばTX-WES培地、トロンボX社)または霊長類ES細胞培養用培地(例えば霊長類(ヒト&サル)ES細胞用培地、リプロセル、京都、日本)、などが含まれる。
【0019】
培養法の例としては、たとえば、37℃、5%CO
2存在下にて、10%FBS含有DMEMまたはDMEM/F12培地上で体細胞と核初期化物質 (DNAまたはタンパク質) を接触させ約4〜7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞 (たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等) 上にまきなおし、体細胞と核初期化物質の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培地で培養し、該接触から約30〜約45日またはそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。また、iPS細胞の誘導効率を高めるために、5-10%と低い酸素濃度の条件下で培養してもよい。
【0020】
あるいは、フィーダー細胞 (たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等) 上で10%FBS含有DMEM培地(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25〜約30日またはそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。
【0021】
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培地と培地交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm
2あたり約5×10
3〜約5×10
6細胞の範囲である。
【0022】
マーカー遺伝子として薬剤耐性遺伝子を含む遺伝子を用いた場合は、対応する薬剤を含む培地(選択培地)で培養を行うことによりマーカー遺伝子発現細胞を選択することができる。またマーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、マーカー遺伝子発現細胞を検出することができる。
【0023】
本明細書中で使用する「体細胞」は、ヒト由来の細胞であり、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素
上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞 (組織前駆細胞) 等が挙げられる。細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞 (体性幹細胞も含む) であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における体細胞の起源として使用することができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。
【0024】
II.分化誘導工程
本発明において「分化誘導」とは、特定の臓器細胞やその前駆細胞への分化だけでなく、内胚葉細胞、中胚葉細胞および外胚葉細胞などの多種類の細胞を含む細胞群への分化も含む。また、本発明が対象とする臓器は、皮膚、血管、角膜、腎臓、心臓、肝臓、臍帯、腸、神経、肺、胎盤、膵臓、脳、四肢末梢、網膜などが挙げられるがそれらに限定されない。この分化誘導方法は、当業者に周知の方法を用いることができ、特に限定されないが、例えば、神経幹細胞への分化誘導法としては、特開2002-291469、膵幹様細胞への分化誘導法としては、特開2004-121165、造血細胞への分化誘導法としては、特表2003-505006に記載される方法などがそれぞれ例示される。この他にも、胚様体の形成による分化誘導法としては、特表2003-523766に記載の方法などが例示される。
【0025】
本発明において好ましい分化誘導方法は、フィーダー細胞を用いないで培養することによる分化誘導方法である。具体的には、コーティング処理された培養皿にて、任意の培地中で、胚様体を形成させない接着培養または浮遊培養で培養する方法である。コーティング剤としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン、 LIPIDURE (NOF Corporation)、マトリゲル(BD)、およびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、LIPIDURE (NOF Corporation)またはマトリゲル(BD)である。また、培地としては、例えば、Neurobasal培地(Invitrogen)、最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地またその組み合わせなどが挙げられるが、それらに限定されない。好ましくは、Neurobasal培地、DMEMおよびF12培地の組み合わせである。これらの培地には、適宜、胎仔ウシ血清、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、インスリン、Knockout Serum Replacement(KSR)(Invitrogen)、非必須アミノ酸、ヌクレオシド、L-グルタミン、2−メルカプトエタノール、プロゲステロン、プトレシン、亜セレン酸ナトリウム、bovine serum albumin fraction V(Invitrogen)、ビタミン、増殖因子(ただし、LIF、SCFおよびbFGFを除く)、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類およびB27サプリメント(Invitrogen)、BMP 阻害剤、TGF-β阻害剤、Rho kinase (ROCK)阻害剤等を適宜加えてもよいが、LIF、SCFまたはbFGFは加えないことが望ましい。
そのような特性を有するBMP阻害剤の例としては、転写因子SMAD1, SMAD5, または SMAD8を活性化することのできるBMP2, BMP4, BMP6またはBMP7を阻害する化合物が挙げられ、例えば、Dorsomorphin (すなわち、6-[4-(2-piperidin-1-yl-ethoxy)phenyl]-3-pyridin-4-yl-pyrazolo[1,5-a]pyrimidine) およびその誘導体が挙げられる (P. B. Yu et al. (2007), Circulation, 116: II_60; P.B. Yu et al. (2008), Nat. Chem. Biol., 4: 33-41; J. Hao et al. (2008), PLoS ONE (www. plozone. org), 3 (8): e2904)。Dorsomorphinは例えば、Sigma-Aldrichより購入することができる。 DorsomorphinはBMPのBMP受容体への結合を阻害することによって、上記のBMPシグナルを阻害する生物活性を有する。それらに加え、BMP I型受容体キナーゼ阻害剤の例はLDN-193189 (すなわち、4-(6-(4-(piperazin-1-yl)phenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline) およびその誘導体を含む (Yu PB et al. Nat Med, 14: 1363-9, 2008)。TGF-β ファミリー阻害剤の例はSB431542, SB202190 (R. K. Lindemann et al., Mol. Cancer 2: 20 (2003)), SB505124 (GlaxoSmithKline), NPC30345, SD093, SD908, SD208 (Scios), LY2109761, LY364947, LY580276 (Lilly Research Laboratories), および A-83-01(WO 2009146408)を含む。その中ではSB431542またはA-83-01が好ましい。ROCK阻害剤の例はY-27632 (Calbiochem; 水溶性) およびFasudil (HAl 077: Calbiochem)を含む。
分化誘導に用いるヒトiPS細胞の細胞密度は、特に限定されないが、1000000〜3000000個/
33.5mm-dish(6well-plate)であり、例えば、2500000個/33.5mm-dish、2000000個/33.5mm-dish、1500000個/33.5mm-dishまたは1000000個/33.5m m-dishである。好ましくは、2500000個/ 33.5mm-dish(6well-plate)である。分化培養期間は、特に限定されないが、2〜14日(例えば14日、12日、10日、8日、6日、4日、2日)が挙げられる。N2B27培地を用いる場合、好ましくは、5日である。
BMP阻害剤とTGF-βファミリー阻害剤を含む培地を用いる他の実施形態においては、分化培養期間は好ましくは約14日である。
【0026】
III.未分化維持条件での培養工程
続いて分化抵抗性を検出するために、上記のように分化させた細胞を再び、未分化維持条件で培養を行う。本発明における、未分化維持条件とは、ヒトiPS細胞が多能性を維持したまま増殖ができる条件であり、例えば、フィーダー細胞とともに細胞を培養する条件である。培地は、限定されないが、L-グルタミン、非必須アミノ酸、ヌクレオシド、2−メルカプトエタノール等を加えた20%のKSRを含む最小必須培地(MEM)、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640培地、199培地、F12培地もしくはこれらの組み合わせなどが挙げられる。この時、培地へは、適宜、LIF、SCFまたはbFGFや2i(mitogen-activated
protein kinase signallingおよびglycogen synthase kinase-3の阻害剤、PloS Biology, 6(10), 2237-2247 (2008))などを加えてもよい。
【0027】
分化条件から未分化条件へ変更する際は、dishから剥離させて蒔き直してもよく、この蒔き直しの際に、生細胞のみを選択してもよい。生細胞の選択は、特に限定されないが、ヨウ化プロピジウム(PI)を用いて染色し、染色されなった細胞をFACSなどで分離精製することで行うことができる。
【0028】
未分化条件での培養期間は、コロニーが観察できる期間であればよく、好ましくは10日から20日が挙げられる。より好ましくは、14日である。
【0029】
未分化条件で培養する際の密度は、特に限定されないが、1000000〜2500000個/ 33.5mm-dish(6well-plate)であり、例えば、2500000個/33.5mm-dish、2000000個/33.5mm-dish、1500000個/33.5mm-dishまたは1000000個/33.5mm-dish)でよく、好ましくは、1500000個/33.5mm-dish(6well-plate)である。
未分化細胞を直接検出する場合は、この未分化維持条件で培養する工程は省略可能である。
【0030】
IV. 残存未分化細胞の検出工程
上記のように分化誘導後、残存未分化細胞は、未分化細胞に特異的な性質を利用して検出することができる。この特異的な性質として、上述したような未分化維持条件での培養後のコロニーの形成、未分化特異的抗原の発現、未分化特異的遺伝子の発現などが挙げられる。ここで、未分化特異的抗原は、限定されないが、例えば、SSEA-3、SSEA-4、TRA1-60およびTRA1-81からなる群より選択される。また、未分化特異的遺伝子は、Oct3/4、Nanog、Rex1などWO2007/069666に挙げられる遺伝子が例示される。残存未分化細胞の検出は、未分化細胞の数と全細胞数を測定することによって行うことができる。より好ましくは、全細胞数に対する、未分化細胞数の割合をもって検出することができる。
【0031】
簡便で、かつ十分な感度および特異度を提供し得るという観点から、コロニーの形成を観察して未分化細胞の発生を検出することが好ましい。コロニーの測定は、特に限定されないが、例えば顕微鏡下で計数され、その数により評価される。コロニー測定の際に、クリスタルバイオレットなどの染色剤を用いてもよい。この測定は、機械的に行われても、目視で行われてもよい。一方、未分化特異的抗原または遺伝子の発現している細胞は、FACSを用いてそれらの抗原または遺伝子を発現している細胞の数として評価することができ
る。未分化特異的遺伝子の発現は、特に限定されないが、例えば、PCR法、LAMP法、ノザンハイブリダイゼーション法などによって、転写産物(hnRNA、mRNAなど)を検出してもよく、RIA法、IRMA法、EIA法、ELISA法、LPIA法、CLIA法,あるいはイムノブロット法などによって、翻訳産物(ペプチド、修飾ペプチドなど)を検出してもよい。
【0032】
V.分化抵抗性が低減したヒトiPS細胞の選択工程
(A)絶対的評価による選択方法
上記のように分化誘導後、未分化細胞は、コロニーの形成数、未分化特異的抗原陽性細胞数または未分化特異的遺伝子の発現している細胞数、もしくは一定の細胞数に対する未分化特異的抗原量または未分化特異的遺伝子の発現量として、評価されることが望ましい。
【0033】
好ましくは、未分化細胞の割合が未分化維持条件で再度培養した際に用いた細胞数の5%、1%、または0.1%以下、好ましくは1%以下であり、特に好ましくは未分化細胞の数が0である。
【0034】
(B)相対的評価による選択方法
分化抵抗性が低減したヒトiPS細胞の選択に際しては、残存未分化細胞の値が、ES細胞を分化誘導後に未分化維持条件で培養したときの未分化細胞の値以下であるヒトiPS細胞を、分化抵抗性が低減したヒトiPS細胞として選択することができる。
【0035】
もしくは、予め分化抵抗性の状態(未分化細胞の割合)が知られている入手可能な任意のヒトiPS細胞株における割合を調べて表1を作成し、表1に示す感度および特異性の値が共に0.9以上、好ましくは0.95以上、より好ましくは0.99以上になるように予め設定した値を対照値として用いてもよい。さらに好ましくは、感度および特異性の値は、共に1である。ここで、感度および特異性が共に1を示すということは、偽陽性および偽陰性が全くない理想的な対照値であることを意味する。
【表1】
【0036】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0037】
[実施例I]
細胞
ヒトES細胞(KhES1およびKhES3)は、京都大学再生医科学研究所(京都、日本)より受領し、従来の方法で培養した(Suemori H, et al. Biochem Biophys Res Commun. 345:926-32, 2006)。
【0038】
ヒトiPS細胞は、4因子(OCT3/4、SOX2、KLF4およびc-MYC)または3因子(OCT3/4、SOX2およびKLF4)を用いて線維芽細胞または歯髄幹細胞より従来の方法で作製した(Takahashi K, et al. Cell. 131:861-72, 2007、WO 2009/057831、WO 2010/013359およびNakagawa M, et al. Nat Biotechnol. 26:101-6, 2008)。4因子法では、201B2、201B7をはじめ22株のiPS細胞を用いた。3因子法では14株のiPS細胞を用いた。ここで、201B2および201B7の核型を調べたところ、201B2において、12番染色体がトリソミーであることが確認された。一方、201B7の核型は正常であった。201B2のサブクローンのうち核型が正常なクローンとして201B2-MFを樹立した。
【0039】
ヒトES細胞由来のiPS細胞(iPS-KhES1-Fib-4F)は、KhES1をフィーダー細胞の非存在下でbFGFを添加しない培地にて5日間培養した細胞へTakahashi K, et al. Cell. 131:861-72, 2007に記載の方法で、OCT3/4、SOX2、KLF4およびc-MYCをレトロウイルスにより導入することで7つの株を作製した。
【0040】
分化誘導
ヒトES細胞、ヒトiPS細胞およびヒトES細胞由来のiPS細胞は、0.1 mg/ml collagenase IV (Invitrogen)、0.25% trypsin (Invitrogen)、0.1 mM CaCl
2(ナカライテスク)および20% KSR (Invitrogen)を含有するPBSから成るCTK溶液およびAccutaseを用いて分離し、BDマトリゲル(BD)でコーティングした6−well plateへ2 x 10
6個/wellの密度で播種した。続いて、N2B27培地を用いて5日間接着培養を行った。ここで、N2B27培地は、Ying QL,
et al, Nature Biotechnology 21:183-186, 2003に記載の方法で作成した。
【0041】
未分化条件培養
上記の方法で分化誘導された細胞は、CTK溶液を用いて分離し、SNL細胞上へ1.5 x 10
6個/10cm dishの密度で播種した。続いて、0.1mM 2-mercaptoethanol (Sigma)、non-essential amino acids (Invitrogen)、5ng/ml recombinant human basic FGF (Upstate)および20% KSR を含有するDMEM/F12から成るヒトES培地を用いて14日間接着培養した。以上の培養工程を
図1に示す。
【0042】
コロニー形成数測定
未分化条件培養後、クリスタルバイオレットで染色し(
図2)、コロニー数を計測した。4因子法で作成したiPS細胞における計測結果を表2および
図3aに示し、3因子法で作製したiPS細胞における計測結果を表3および
図3bに示した。さらにiPS-KhES1-Fib-4Fの計測結果を表4および
図3cに示した。
【0043】
この結果より、4因子法での201B7、1、2、7、10、11および20の細胞株では対照であるヒトES細胞よりもコロニーの形成数が少なかった。
【0044】
同様に、3因子法での2から8および12では対照であるヒトES細胞よりもコロニーの形成数が少なかった。
【0045】
iPS-KhES1-Fib-4Fでは、1から6でヒトES細胞と比べてコロニー形成数が少なかった。一方、核型に異変のあった201B2は、ヒトES細胞と比べてコロニー形成数が多かった。つまり、201B2は分化誘導に対して抵抗性を示すiPS細胞株であることが判明した。
【0046】
以上の結果から、本発明を用いることで、分化抵抗性が低減したヒトiPS細胞を選別することができた。
【表2】
【表3】
【表4】
【0047】
[実施例II]
細胞
KhES-1, KhES-3 (Suemori H, et al. Biochem Biophys Res Commun. 345:926-32, 2006) およびH9 (Thomson,J.A.,et al.,Science 282:1145-1147,1998) をヒトES細胞として使用した。
【0048】
下記に示す9ファミリー計39クローンをヒトiPS細胞として使用した。
(i) エピソーマルベクター(Okita K,et al. Nat Methods. 8:409-12, 2011)を用いて6因子(OCT3/4、SOX2、KLF4、L-Myc、LIN28およびp53shRNA)を導入することにより、臍帯血に含まれるCD34陽性細胞(WO2010/131747)からCB-EP6Fの4クローンを調製した。
(ii) レトロウイルス(WO2010/1317477)を用いて4因子(OCT3/4、SOX2, KLF4およびc-MYC)を導入することにより、臍帯血に含まれるCD34陽性細胞からCB-RE4Fの3クローンを調製した。
(iii) センダイウイルス(Seki T, et al. Cell Stem Cell. 7:11-4, 2010)を用いて4因子(OCT3/4、SOX2, KLF4およびc-MYC)を導入することにより、臍帯血に含まれるCD34陽性細胞(WO2010/131747)からCB-SV4Fの5クローンを調製した。
(iv) エピソーマルベクター(Okita K,et al. Nat Methods. 8:409-12, 2011)を用いて6因子(OCT3/4、SOX2、KLF4、L-Myc、LIN28およびp53shRNA)を導入することにより、歯髄幹細胞からDP-EP6Fの3クローンを調製した。
(v) エピソーマルベクター(Okita K,et al. Nat Methods. 8:409-12, 2011)を用いて6因子(OCT3/4、SOX2、KLF4、L-Myc、LIN28およびp53shRNA)を導入することにより、皮膚線維芽細胞(Takahashi K, et al. Cell. 131:861-72, 2007)からFB-EP6Fの3クローンを調製した。
(vi) レトロウイルス(Nakagawa M, et al. Nat Biotechnol. 26:101-6, 2007)を用いて3因子(OCT3/4、SOX2およびKLF4)を導入することにより、皮膚線維芽細胞からFB-RV3Fの4クローンを調製した。
(vii) レトロウイルス(Takahashi K, et al. Cell. 131:861-72, 2007)を用いて4因子(OCT3/4、SOX2、KLF4およびc-MYC)を導入することにより、皮膚線維芽細胞からFB-RV4Fの9クローンを調製した。
(viii) エピソーマルベクター(Okita K,et al. Nat Methods. 8:409-12, 2011)を用いて6因子(OCT3/4、SOX2、KLF4、L-Myc、LIN28およびp53shRNA)を導入することにより、末梢血単核球細胞(PBMC)に含まれるT細胞(Seki T, et al. Cell Stem Cell. 7:11-4, 2010)からPM-EP6Fの4クローンを調製した。
(ix) センダイウイルス(Seki T, et al. Cell Stem Cell. 7:11-4, 2010)を用いて4因子(
OCT3/4、SOX2、KLF4およびc-MYC)を導入することにより、末梢血単核球細胞(PBMC)に含まれるT細胞からPM-SV4Fの4クローンを調製した。
【0049】
分化誘導
下記の工程を含む改変型SFEBq法にて、ヒトES細胞およびヒトiPS細胞を神経細胞に分化誘導した。
(i) ES細胞またはiPS細胞をY27632(WAKO)を含む培地で培養した;
(ii) フィーダー細胞を除くために、CTK 解離液 (0.25% Trypsin, 1 mg/ml Collagenase、KSR 20%および1 mM CaCl
2) を培養皿に加え、全細胞をゼラチンコートされた皿に移した;
(iii) 残存するES細胞またはiPS細胞の塊はAccumax (Innovate cell technologies)を用いて解離させた;
(iv) 解離したES細胞またはiPS細胞をLIPIDURE-COAT PLATE (NOF Corporation)に移して胚様体を形成させ、分化培地(5% KSR(Invitrogen), 2mM L-glutamine(Invitrogen), MEM-non-essential amino acids solution(Invitrogen), 1μM 2-mercaptoethanol (2-ME), 10μM Y27632, 2μM Dorsomorphin (Sigma) および10μM SB431542 (Sigma)を含むDMEM/Ham's F12) を用いて3または4日間培養した;
(v) 3または4日ごとに、培地を半量ずつY27632、DorsomorphinおよびSB431542を含まない新しい分化培地に交換しながら、細胞培養を10または11日以上続けた。
【0050】
未分化細胞の含有率の測定
得られた神経細胞を解離させ、Oct3/4抗体を用いて免疫染色した。次に、Oct3/4陽性細胞の含有率をフローサイトメトリーにて分析した。結果を表5および
図4に示す。これらの結果から、ヒトiPS細胞の5クローン(CB-RV4F-2, DP-EP6F-1, FB-RV3F-3, FB-RV3F-4およびFB-RV4F-5) が分化抵抗性クローンとして選択できたことが分かった。一方、最大含有率1%以下の分化抵抗性の低い25クローンが存在した。
【表5】
【0051】
[実施例3]
細胞
KhES-1, KhES-3 (Suemori H, et al. Biochem Biophys Res Commun. 345:926-32, 2006) およびH9 (Thomson,J.A.,et al.,Science 282:1145-1147,1998) をヒトES細胞として使用した。
改変SFEBq法において神経分化抵抗性を示したヒトiPSクローン (CB-RV4F-2, DP-EP6F-1, FB-RV3F-4およびFB-RV4F-5) をそれぞれ15クローン、15クローン、10クローン、12クローンにサブクローン化した(表6〜9)。
【0052】
未分化細胞の含有率の測定
上記改変SFEBq法によって前記サブクローンから得られた神経細胞、その親クローン、またはES細胞株を、解離させ、TRA-1-60抗体を用いて免疫染色した。次に、TRA-1-60陽性細胞の含有率をフローサイトメトリーにて分析した。結果を表6〜9および
図5 a〜dに示す。これらの結果から、16サブクローンが低分化抵抗性クローンとして選択できたことが分かった。
【表6】
【表7】
【表8】
【表9】