(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5936195
(24)【登録日】2016年5月20日
(45)【発行日】2016年6月15日
(54)【発明の名称】波動歯車装置および可撓性外歯歯車
(51)【国際特許分類】
F16H 1/32 20060101AFI20160602BHJP
【FI】
F16H1/32 B
【請求項の数】5
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-554903(P2012-554903)
(86)(22)【出願日】2012年5月23日
(86)【国際出願番号】JP2012003375
(87)【国際公開番号】WO2013175531
(87)【国際公開日】20131128
【審査請求日】2015年1月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】390040051
【氏名又は名称】株式会社ハーモニック・ドライブ・システムズ
(74)【代理人】
【識別番号】100090170
【弁理士】
【氏名又は名称】横沢 志郎
(72)【発明者】
【氏名】金井 覚
【審査官】
塚本 英隆
(56)【参考文献】
【文献】
特開平10−159917(JP,A)
【文献】
特開平08−166052(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 1/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円環状の剛性内歯歯車(2)と、当該剛性内歯歯車(2)の内側に配置された可撓性外歯歯車(3)と、当該可撓性外歯歯車(3)の内側に配置された波動発生器(4)とを有し、
前記可撓性外歯歯車(3)は、半径方向に撓み可能な円筒状胴部(31)と、当該円筒状胴部(31)の一方の縁(32)に連続して半径方向の内方あるいは外方に広がっているダイヤフラム(33)と、前記円筒状胴部(31)の他方の開口縁(35)の側における当該円筒状胴部(31)の外周面部分に形成した外歯(36)とを備え、
前記波動発生器(4)は、前記円筒状胴部(31)における前記外歯(36)が形成されている外歯形成部分(37)の内周面部分を半径方向の外方に押圧している外歯押圧面(41)を備えており、
前記可撓性外歯歯車(3)の前記外歯形成部分(37)は、前記外歯押圧面(41)によって非円形に撓められて、前記外歯(36)が前記剛性内歯歯車(2)の内歯(24)に対して円周方向に離れた複数の部位において噛み合っており、前記波動発生器(4)を回転させると、前記外歯(36)および前記内歯(24)の噛み合い位置も周方向に移動して、前記外歯(36)および前記内歯(24)の歯数差に応じた相対回転が前記可撓性外歯歯車(3)および前記剛性内歯歯車(2)の間に発生する波動歯車装置(1)において、
前記円筒状胴部(31)における前記外歯形成部分(37)は、前記外歯押圧面(41)によって半径方向の外方に押圧される被押圧部分(38a)と、当該被押圧部分(38a)に対して前記ダイヤフラム(33)の側に隣接している隣接部分(38b)と、当該隣接部分(38b)に形成した溝(38d)とを備えており、前記被押圧部分(38a)は前記外歯押圧面(41)が直接に当接する部分であり、
前記溝(38d)は、前記外歯形成部分(37)の内周面に沿って、その全周に亘って延びており、
前記外歯(36)の歯底(36b)の厚さは、前記隣接部分(38b)における前記溝(38d)が形成されている部分が、前記被押圧部分(38a)に比べて薄くなっている波動歯車装置(1)。
【請求項2】
請求項1において、
前記外歯形成部分(37)を歯車中心軸線(1a)を含む平面で切断した場合における
前記溝(38d)の断面形状は、凹曲線(38e)によって規定されていることを特徴とする波動歯車装置(1)。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記波動発生器(4)は、非円形の外周面(43)を備えた剛性部材(44)と、半径方向に撓み可能な外輪(46)および内輪(45)を備えたウエーブベアリング(47)とを備え、前記ウエーブベアリング(47)が非円形に撓められた状態で前記剛性部材(44)の前記外周面(43)に装着されており、
前記外輪(46)の外周面が前記外歯押圧面(41)であることを特徴とする波動歯車装置(1)。
【請求項4】
波動歯車装置の可撓性外歯歯車(3)であって、
半径方向に撓み可能な円筒状胴部(31)と、当該円筒状胴部(31)の一方の縁(32)に連続して半径方向の内方あるいは外方に広がっているダイヤフラム(33)と、前記円筒状胴部(31)の他方の開口縁(35)の側における当該円筒状胴部(31)の外周面部分に形成した外歯(36)とを備え、
前記円筒状胴部(31)における外歯形成部分(37)は、前記波動歯車装置の波動発生器の外歯押圧面(41)が直接に当接し当該外歯押圧面(41)によって半径方向の外方に押圧される被押圧部分(38a)と、当該被押圧部分(38a)に対して前記ダイヤフラム(33)の側に隣接している隣接部分(38b)と、当該隣接部分(38b)に形成した溝(38d)とを備えており、
前記溝(38d)は、前記外歯形成部分(37)の内周面に沿って、その全周に亘って延びている溝であり、
前記外歯(36)の歯底(36b)の厚さは、前記隣接部分(38b)における前記溝(38d)が形成されている部分が、前記被押圧部分(38a)に比べて薄くなっていることを特徴とする波動歯車装置の可撓性外歯歯車(3)。
【請求項5】
請求項4において、
歯車中心軸線(1a)を含む平面で切断した場合における前記溝(38d)の断面形状は、凹曲線(38e)によって規定されていることを特徴とする波動歯車装置の可撓性外歯歯車(3)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は波動歯車装置に関し、特に、その構成部品の一つである可撓性外歯歯車の改良に関する。
【背景技術】
【0002】
波動歯車装置では、波動発生器によって、カップ形状あるいはシルクハット形状の可撓性外歯歯車における外歯形成部分が非円形、例えば楕円状に撓めることによって、可撓性外歯歯車の外歯を、円環状の剛性内歯歯車の内歯に対して部分的に噛み合わせている。波動発生器をモーターによって回転させると、両歯車の噛み合い位置が円周方向に移動して、両歯車の歯数差に応じた相対回転が両歯車の間に発生する。波動歯車装置を減速機として用いる場合には、一般に、剛性内歯歯車は回転しないように固定され、モーターから波動発生器に入力された高速回転が大幅に減速されて可撓性外歯歯車の側から出力される。
【0003】
特許文献1にはカップ形状の可撓性外歯歯車を備えた波動歯車装置が提案されている。ここに開示の波動歯車装置では、剛性内歯歯車に対する可撓性外歯歯車の噛み合い不良を抑制することを目的として、カップ形状およびシルクハット形状の可撓性外歯歯車の外歯の歯幅を狭くすることで、可撓性外歯歯車と剛性内歯歯車の噛み合い状態を適正な状態に維持できるようにしている。また、外歯形成部分を容易に撓めることができるようにするために、可撓性外歯歯車の円筒状胴部における外歯形成部分に隣接する部分に薄肉部分を形成して、外歯形成部分の全体を適切に撓めることができるようにし、これによって両歯車の噛み合い状態を改善している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−159917号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、剛性内歯歯車と可撓性外歯歯車の噛み合い部分を介してトルク伝達が行われる。このため、可撓性外歯歯車の外歯における歯底強度は、伝達トルクを決定する上で重要な要因となる。外歯の歯底強度を高めるためには、歯底の厚さを厚くして、歯底に発生する応力を下げればよい。しかしながら、歯底を厚くすると、その分、可撓性外歯歯車の外歯形成部分を撓めにくくなり、当該外歯形成部分を撓めている波動発生器に作用する応力が増加する。特に、カップ形状およびシルクハット形状の可撓性外歯歯車の場合には、それらの円筒状胴部の開口端側の外歯形成部分が波動発生器によって非円形に撓められるので、当該外歯形成部分は三次元的に複雑に変形し、波動発生器に作用する応力も大きい。この結果、外歯形成部分に作用する波動発生器の反力も増加し、これに伴って外歯の歯底に発生する応力も増加して、歯底の厚さを増したことによる歯底強度の向上の効果が損なわれてしまう。
【0006】
本発明の課題は、可撓性外歯歯車における外歯の歯底に作用する波動発生器の反力を、より効果的に低減して、外歯の歯底に発生する応力を緩和できるようにした波動歯車装置を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明における波動歯車装置のカップ形状あるいはシルクハット形状の可撓性外歯歯車は、円筒状胴部と、この円筒状胴部の一方の端に連続して形成されているダイヤフラムと、円筒状胴部の他方の端の側の部位における外周面部分に形成した外歯とを備えている。可撓性外歯歯車の外歯形成部分(外歯が形成されている円筒状胴部の部分)は、波動発生器によって半径方向の外方に押圧される被押圧部分と、当該被押圧部分に対してダイヤフラムの側にオフセットした位置に形成した溝とを備えている。溝は、外歯形成部分の内周面に沿って、その全周に亘って形成されており、外歯形成部分における溝が形成されている溝形成部分は、外歯形成部分における溝形成部分以外の部位に比べて薄肉となっている。また、溝の断面形状は凹曲線によって規定されている。
【0008】
したがって、外歯形成部分において、波動発生器によって半径方向に押圧される被押圧部分は十分な歯底厚さが確保されており、これに隣接する部位は溝によって厚さが薄くなっている。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、可撓性外歯歯車の外歯形成部分において、波動発生器によって押圧される被押圧部分から外れた部位、すなわち、外歯の歯底強度に影響を与えない部位に溝を形成して、部分的に薄くしてある。よって、波動発生器に作用する反力を低減できる。この結果、外歯の歯底を厚くした場合における歯底に発生する応力の増加を抑制でき、歯底強度を効果的に高めることができる。これにより、波動歯車装置の伝達負荷トルクを高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明を適用した波動歯車装置の概略正面図である。
【
図3】
図2の波動歯車装置のカップ形状の可撓性外歯歯車における溝が形成されている部分を拡大して示す部分拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下に、図面を参照して本発明を適用した波動歯車装置の実施の形態を説明する。
【0012】
図1および
図2を参照して本実施の形態に係る波動歯車装置の全体構成を説明する。波動歯車装置1は、円環状の剛性内歯歯車2と、この剛性内歯歯車2の内側に配置された可撓性外歯歯車3と、この可撓性外歯歯車3の内側に配置された波動発生器4とを有している。
【0013】
剛性内歯歯車2は全体として矩形断面形状の剛性の円環部材21を備えている。この円環部材21の内周縁側の部分は、一方の端面22から一定厚さで円筒状に突出した円筒部分23が形成されて、広幅の部分となっている。この広幅の部分の円形内周面に、内歯24が形成されている。円環部材21には、その円周方向に沿って所定の角度間隔で、取り付け用のボルト穴25が形成されている。ボルト穴25は、円環部材21を、歯車中心軸線1aに平行な方向に貫通して延びている。
【0014】
可撓性外歯歯車3は、全体としてカップ形状をしており、半径方向に撓み可能な円筒状胴部31と、円筒状胴部31の後端縁32に連続して半径方向の内方に広がっているダイヤフラム33と、このダイヤフラム33の内周縁に連続して形成されている肉厚の円環状のボス34とを備えている。ボス34には円周方向に沿って所定の角度間隔で、取付け用のボルト穴34aが形成されている。円筒状胴部31の他方の開口縁35の側の部位は、その外周面部分に外歯36が形成された外歯形成部分37となっている。
【0015】
波動発生器4は、可撓性外歯歯車3の円筒状胴部31における外歯形成部分37の内周面部分38を半径方向の外方に押圧している外歯押圧面41を備えている。可撓性外歯歯車3の外歯形成部分37は外歯押圧面41によって非円形に撓められて、外歯36が剛性内歯歯車2の内歯24に対して円周方向に離れた複数の部位において噛み合っている。波動発生器4を回転させると、外歯36および内歯24の噛み合い位置も周方向に移動して、外歯36および内歯24の歯数差に応じた相対回転が可撓性外歯歯車3および剛性内歯歯車2の間に発生する。
【0016】
波動発生器4は、中空入力軸42と、この中空入力軸42の円形外周面に同軸に固定した非円形、例えば楕円状の外周面43を備えたプラグ44と、半径方向に撓み可能な内輪45および外輪46を備えたウエーブベアリング47とを備えている。ウエーブベアリング47は、楕円状に撓められた状態でプラグ44の外周面43に装着されている。ウエーブベアリング47の外輪46の外周面が、外歯形成部分37を半径方向の外方に押圧している外歯押圧面41である。
【0017】
図3も参照して説明すると、可撓性外歯歯車3の円筒状胴部31における外歯形成部分37の幅(歯車中心軸線1aの方向の幅)は、外輪46の外周面である外歯押圧面41の幅よりも長い。すなわち、外歯形成部分37は、外歯押圧面41によって半径方向の外方に押圧されている被押圧部分38aと、当該被押圧部分38aから、外歯36におけるダイヤフラム33の側の歯筋方向の端36aまで延びている隣接部分38b、被押圧部分38aにおけるダイヤフラム33とは反対側の端から開口縁35まで延びている先端側部分38cとを備えている。
【0018】
被押圧部分38aに隣接する隣接部分38bの部位には、一定幅の一条の溝38dが形成されている。すなわち、被押圧部分38aに対してダイヤフラム33の側にオフセットした位置、本例では隣接した位置に、溝38dが形成されている。溝38dは、外歯形成部分37の内周面37aの全周に亘って延びている。また、外歯形成部分37を歯車中心軸線1aを含む平面で切断した場合における溝38dの断面形状は、凹曲線、本例では、同一半径の円弧38eによって規定されている。これにより、外歯形成部分37における溝形成部分の肉厚が、被押圧部分38aの側から漸減した後に漸増しており、応力集中が発生しないようになっている。
【0019】
このように、本例では、外歯36の歯底36bは、波動発生器4のウエーブベアリング47の外輪46からダイヤフラム側に隣接した位置において、厚さが部分的に薄くなっている。したがって、外歯36の歯底36bに発生する応力を緩和することができ、波動発生器4の反力(ウエーブベアリング反力)を低減できる。このため、歯底36bの厚さを厚くして歯底強度を効率良く高め、波動歯車装置1の負荷トルクを高めることが容易になる。
【0020】
ここで、先に引用した特許文献1(特開平10−159917号公報)では、剛性内歯歯車に対する可撓性外歯歯車の噛み合い不良を抑制することを目的として、可撓性外歯歯車の外歯の歯幅を小さくしている。また、外歯形成部分から外れた位置に溝を形成し、外歯形成部分の全体を適切に撓めることができるようにして、両歯車の噛み合いを改善している。これに対して、本発明では、外歯形成部分を厚くして外歯の歯底強度を効率良く高めることを目的としており、そのために、外歯形成部分におけるウエーブベアリングによって押圧される部位から外れた位置に溝を形成して、波動発生器のウエーブベアリング反力を低減している。本発明によれば、外歯の歯幅を小さくすることなくウエーブベアリングへの応力緩和が図れるという利点がある。
【0021】
なお、上記の例はカップ形状の可撓性外歯歯車を備えた波動歯車装置に関するものであるが、シルクハット形状の可撓性外歯歯車を備えた波動歯車装置に対しても同様に適用可能である。
【0022】
また、上記の例は楕円状の輪郭の波動発生器によって可撓性外歯歯車を楕円状に撓めて、円周方向の二か所の部位で外歯を内歯に噛み合わせるようにしており、両歯車の歯数差は2n枚(nは正の整数)に設定されている。この代わりに、両歯車を円周方向の3箇所で噛み合わせるように可撓性外歯歯車を非円形に撓めることも可能である。
【0023】
さらに、上記の例は波動発生器として非円形の外周面を備えた剛性のプラグを備えたものを用いている。プラグの代わりに、例えば一対のローラによって可撓性外歯歯車を楕円状に撓める構成の波動発生器を用いることもできる。