【実施例】
【0019】
(1) 本発明に係るスティショバイト焼結多結晶体の製造方法の実施例
図2〜6を用いて、本実施例のスティショバイト焼結多結晶体の製造方法を説明する。まず、一塊の二酸化珪素(SiO
2)のガラスから成る原料(以下、「バルクSiO
2ガラス」と呼ぶ)を用意する。本実施例では、バルクSiO
2ガラスには、ロッド状の形状を有するものを用いる。本実施例ではその大きさは直径2.5mm、長さ2.7mmとしたが、次に述べる装置に収容可能であればロッドの大きさは特に問わない。
【0020】
次に、バルクSiO
2ガラスを川井型高温高圧発生装置の圧力媒体内に収容する。
ここで、川井型高温高圧発生装置について、
図2及び
図3を用いて説明する。川井型高温高圧発生装置10は、油圧駆動のピストン11、ガイドブロック12、及びそれらを固定するプレスフレーム13から構成される。ガイドブロック12には特殊鋼製の6個のブロックから成り、内部に立方体状の空間が形成された第1段アンビル14が固定されている。また、この立方体状の空間内に、WC製の8個のブロックから成り、内部に正八面体状の空間が形成された第2段アンビル15が収容される。そして、第2段アンビル15内に圧力媒体16が収容される。圧力媒体16は酸化マグネシウム(MgO)製の正八面体の部材から成り、内部に試料S(本実施例ではバルクSiO
2ガラス)が収容される。なお、複数の試料Sを同時に処理する場合には、試料S同士をMgO製の仕切りで隔てる。圧力媒体16の内部には抵抗発熱体17が設置されており、導電性を有する第2段アンビル15との間で通電できるように、圧力媒体16に電極18が取り付けられている。この川井型高温高圧発生装置10では、ガイドブロックに固定された第1段アンビル14にピストン11により圧力を印加することにより、第2段アンビル15を圧縮し、それにより圧力媒体16を圧縮し、最終的に試料に圧力を印加する。また、外部の電源19からガイドブロック12、第1段アンビル14、第2段アンビル15、圧力媒体16内部の電極18を介して抵抗発熱体17に通電し、抵抗発熱体17の温度を上昇させる。この抵抗発熱体17に投入する電力を調整することにより、発生温度を調整する。このように、川井型高温高圧発生装置10では、高圧と高温の同時発生を可能としている。
【0021】
なお、本実施例では、上記のように試料Sを圧力媒体16内に収容する前に、200℃に加熱されたホットプレート20を用いて試料S、圧力媒体16、抵抗発熱体17及び電極18を加熱することにより、それらの表面に付着した水を予め蒸発させる(
図4)。また、この加熱は、試料S、抵抗発熱体17及び電極18を圧力媒体16に収容し、その後圧力媒体16を第2段アンビル15に収容する直前まで継続する。このように加熱を継続することにより、これらの作業中に水が試料S等の表面に付着することが防止される。また、ホットプレート20上のように、開放された(閉鎖されていない)空間で加熱を行うことにより、試料S等から脱離した水が試料S等の周辺に留まらず、それにより試料S等への水の再付着を防ぐことができる。
【0022】
この川井型高温高圧発生装置を用いて、バルクSiO
2ガラスの温度及び圧力を例えば次のように変化させる(
図5参照)。まず、室温下で(加熱することなく)、バルクSiO
2ガラスに徐々に圧力を加え、15GPaまで加圧する。この圧力上昇速度は、3時間で15GPaに達するような速度である(a)。次に、圧力を15GPaに維持しつつ、高圧セル内の温度を10分間で1200℃まで上昇(約+120℃/分)させる(b)。そして、この温度及び圧力の状態で30分間維持する(c)。次に、高圧セル内の圧力を15GPaに維持しつつ、30分間で温度を500℃まで低下(-16.7℃/分)させる(d)。そして、高圧セル内の温度を500℃に維持しつつ、圧力を3時間で1GPaまで低下させる(e)。最後に、高圧セル内の温度を室温まで低下させた後(f)、圧力を常圧に下げ(g)、生成物を高圧セルから取り出す。これにより、本発明に係るスティショバイト焼結多結晶体が得られる。
【0023】
なお、本発明に係るスティショバイト焼結多結晶体を得るためのバルクSiO
2ガラスの圧力及び温度付与条件は上記のものには限定されず、圧力は12〜16GPaの範囲内であればよく、温度は1000〜1400℃の範囲内(
図6参照)であればよい。温度と圧力は、上記実施例のようにいずれか一方を固定して他方のみを変化させてもよいし、両者を同時に変化させてもよい。
【0024】
いずれの昇温・昇圧過程を経るとしても、上記
図5の例のように、まず圧力を高め、その後に温度を上昇させるような経路を取ることが望ましい。一般的に、上記のような高圧に短時間で上昇させることは容易ではないが、昇温は比較的短時間で行うことができる。従って、前記経路を取ることにより、ガラスのSiO
2を状態図上でのスティショバイトの安定状態により早期にもって行くことができ、より確実にスティショバイトを得ることができる。
【0025】
一方、スティショバイト焼結多結晶体を得た後の降温・降圧過程に関しても、上記
図5の例のように、まず温度を下げるという過程を経ることが望ましい。先に圧力のみが低下すると、その過程においてスティショバイト焼結多結晶体にひびや割れが入ったり、スティショバイトがそれよりも低圧相であるコーサイトに逆相転移するおそれがある。そのため、本実施例では、最高温度と室温の間の中間温度(上記の例では500℃)まで降温した後に降圧することにより、そのようなひびや割れが入ることを確実に防止し、且つコーサイトへの逆相転移を防いでいる。なお、中間温度は上記の例の500℃には限られず、400〜500℃の範囲内であればよい。
【0026】
比較例として、バルクSiO
2ガラスの代わりに、平均粒径が2μm程度の石英粉末を材料として用い、それ以外は本実施例と同様の方法により高温高圧処理(圧力15GPa、温度1200℃)を行った。その結果、得られたスティショバイト多結晶体は、平均粒径が3μm程度であって、焼結度が悪く、硬度測定及び破壊靭性測定が行えなかった。また、平均粒径が2μm程度のSiO
2ガラスの粉末を材料として同様の実験を行った結果、得られたスティショバイト多結晶体は、平均粒径が2μm程度であって、焼結度が悪く、硬度測定及び破壊靭性測定が行えなかった。
【0027】
本発明に係るスティショバイト焼結多結晶体の製造方法は上記実施例には限定されない。例えば、バルクSiO
2ガラスには、上記ロッド状のものの代わりに、1mm以上の粒径を有するSiO
2ガラス製粒体を用いてもよい。このように粒径が1mm以上あれば、粒体中の粒子の表面に付着する不純物の量を無視できる程度に全粒子の表面積の和を小さくすることができ、高硬度と高靱性を兼ね備えたスティショバイト焼結多結晶体を得ることができる。このようなSiO
2ガラス製粒体を用いることにより、バルクSiO
2ガラスの形状を高圧セルの形状に合わせる必要なく、容易に高圧セルに収容することができる。但し、不純物の混入をできるだけ少なくすることを優先する場合には、上記のロッド状の原料のように、1個の部材から成る材料を用いる方が望ましい。
【0028】
(2) 本発明に係るスティショバイト焼結多結晶体の実施例
上記製造方法の実施例により製造した、本発明に係るスティショバイト焼結多結晶体の実施例について説明する。まず、本実施例のスティショバイト焼結多結晶体の写真を
図7に示す。本実施例のスティショバイト焼結多結晶体は白みを帯びた半透明の外観を呈している。その密度の測定値は4.282g/cm
3という、理論値(4.2829g/cm
3)に近い値が得られた。また、X線回折測定(X線の波長:15.4nm)を行ったところ、
図8に示すチャートが得られた。このチャートでは、既知のスティショバイトのX線回折測定データ(JCPDS:Joint Committee of Powder Diffraction Standards)のピーク位置(
図8中に縦の棒で示した位置)と同じ位置にピークが観測される一方、不純物によるピークは観測されなかった。さらに、この焼結多結晶体及び原料のバルクSiO
2ガラスのそれぞれに対してラマン散乱測定を行ったところ、原料の測定結果に見られるピークは焼結多結晶体の測定結果には見られなかった(
図9)。これらの結果から、本実施例では欠陥及び不純物の混入が極めて少ないスティショバイト焼結多結晶体が得られたと言える。
【0029】
図10に、
図5に示した圧力及び温度付与条件で作製したスティショバイト焼結多結晶体の断面を撮影した(a)FE-SEM(電界放射型走査電子顕微鏡)写真及び(b)その10倍の拡大写真を示す。これらの顕微鏡写真より、本実施例のスティショバイト焼結多結晶体には棒状の微結晶が多数形成されていることがわかる。
【0030】
次に、
図5に示した圧力及び温度付与条件のうち、段階(c)における温度が1000〜1800℃の間で異なる6種類のスティショバイト焼結多結晶体を作製し、断面のFE-SEM像を撮影した結果を
図11に示す。なお、この例では、段階(b)及び(d)においては温度の時間変化率を
図5の例と同じ(約+120℃/分、及び-16.7℃/分)とし、その他の段階(a)及び(e)〜(g)では温度及び圧力の付与条件を
図5の例と同じとした。これらのFE-SEM像から、作製時の温度が1000〜1400℃の場合には、長さ1μm未満の棒状の結晶が多数形成されているのに対して、作製時の温度が1600℃及び1800℃の場合には数μm〜数十μmの等粒状の結晶が多数形成されていることがわかる。後者(作製時温度:1600℃及び1800℃)のように多結晶体を構成する結晶のサイズが大きくなると十分な靱性が得られないのに対して、前者(作製時温度:1000〜1400℃)の場合には焼結体内で棒状の結晶が入り組み、靱性が高まる。
【0031】
次に、
図12〜14を用いて、
図5に示した圧力及び温度付与条件で作製したスティショバイト焼結多結晶体における硬度及び破壊靱性の測定結果を説明する。本実施例のスティショバイト焼結多結晶体は、
図12に示すように、約28GPaのビッカース硬度を有する。この値は、
図12に併せて示したアルミナ(Al
2O
3)のビッカース硬度(14〜18GPa)の約2倍である。一方、本実施例のスティショバイト焼結多結晶体は、
図13に示すように、最大で16MPam
1/2の破壊靱性を有する。この値は、アルミナ(Al
2O
3)の破壊靱性(2〜4
MPam1/2)の4〜8倍である。さらに、これらの測定結果を、縦軸をビッカース硬度、横軸を破壊靱性としたグラフ上にプロットした(
図14)。
図14には本実施例のスティショバイト焼結多結晶体及びアルミナの他、炭化珪素(SiC)、窒化珪素(Si
3N
4)、二酸化ジルコニウム(ZrO
2、不純物であるY
2O
3の含有量及び粒径が異なる2種類)、及び炭化タングステン(WC)についても併せてプロットした。
図14より、本実施例のスティショバイト焼結多結晶体以外の複数のセラミクスの間には、ビッカース硬度が高くなると破壊靱性が低くなるというトレードオフの関係が見られることがわかる。それに対して本実施例のスティショバイト焼結多結晶体は、このトレードオフの関係から外れ、ビッカース硬度、破壊靱性共に、他のセラミクスよりも高いことがわかる。
【0032】
続いて、
図11に示した作製時の温度条件が異なる6種類のスティショバイト焼結多結晶体のうち、作製時温度が1800℃以外のものについて、破壊靱性を測定した結果を
図15に示す。この図から、作製時温度が1000℃(1273K)及び1200℃(1473K)のスティショバイト焼結多結晶体が最も高い破壊靱性を有し、作製時温度が1200℃よりも高くなると、作製時温度の上昇と共に破壊靱性が低下することがわかる。また、作製時温度が1000〜1400℃(1273〜1673K)の場合に、10MPa
m1/2以上の破壊靱性が得られる。