(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5936344
(24)【登録日】2016年5月20日
(45)【発行日】2016年6月22日
(54)【発明の名称】SiC結晶の成長方法およびSiC結晶の製造装置
(51)【国際特許分類】
C30B 29/36 20060101AFI20160609BHJP
C30B 19/12 20060101ALI20160609BHJP
H01L 21/208 20060101ALI20160609BHJP
【FI】
C30B29/36 A
C30B19/12
H01L21/208 D
【請求項の数】12
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2011-275588(P2011-275588)
(22)【出願日】2011年12月16日
(65)【公開番号】特開2013-124214(P2013-124214A)
(43)【公開日】2013年6月24日
【審査請求日】2014年4月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人名古屋大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】特許業務法人快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柴田 顕次
(72)【発明者】
【氏名】市川 慎一郎
(72)【発明者】
【氏名】今岡 功
(72)【発明者】
【氏名】宇治原 徹
(72)【発明者】
【氏名】原田 俊太
(72)【発明者】
【氏名】関 和明
【審査官】
安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−100890(JP,A)
【文献】
特開2003−095796(JP,A)
【文献】
特開2013−124213(JP,A)
【文献】
KHLEBNIKOV,Y. et al,Local epitaxy and lateral epitaxial overgrowth of SiC,Journal of Crystal Growth,2001年,Vol.233,pp.112-120
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 1/00−35/00
H01L 21/208
WPI
JSTPlus(JDreamIII)
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
SiC結晶の成長方法であって、
シリコンおよび金属をシリコンの融点以下に加熱して得られた溶液に、カーボンを含む膜を介してサファイア基板が接する状態を実現する工程と、
前記カーボンを含む膜の一部が消失し、その消失部でサファイア基板と前記溶液が直接接触するに至るまで前記状態を持続する工程と、
前記カーボンを含む膜の一部が消失した後に、前記溶液を冷却する工程と、
を備えることを特徴とするSiC結晶の成長方法。
【請求項2】
前記金属はシリコンより低い融点を持つ金属であり、
前記溶液は前記金属が溶融して得られる溶液であり、
前記溶液にシリコン基板が接するとともに、前記溶液に前記カーボンを含む膜を介してサファイア基板が接する状態を実現する工程を備えることを特徴とする請求項1の結晶成長方法。
【請求項3】
前記カーボンを含む膜が少なくとも一面に成膜されているサファイア基板に前記金属の板とシリコン基板を重ねて、サファイア基板と前記カーボンを含む膜と前記金属の板とシリコン基板が順に積層されている積層構造を準備する工程を備えており、
その積層構造を前記金属の融点以上でシリコンの融点以下での温度に加熱して前記溶液を生成し、前記溶液にシリコン基板が接するとともに、前記溶液に前記カーボンを含む膜を介してサファイア基板が接する状態を実現することを特徴とする請求項2の結晶成長方法。
【請求項4】
前記金属の融点以上でサファイア基板の昇華温度よりも低い温度に加熱する工程を備えることを特徴とする請求項1ないし3の何れか1項の結晶成長方法。
【請求項5】
前記シリコンおよび金属はシリコンと金属との合金によって供給され、
前記合金はシリコンよりも低い融点を有しており、
前記溶液は前記合金を該合金の融点以上の温度に加熱することで得られることを特徴とする請求項1の結晶成長方法。
【請求項6】
前記金属はアルミニウムを含んでいることを特徴とする請求項1ないし5の何れか1項に記載の結晶成長方法。
【請求項7】
前記カーボンを含む膜としてカーボンの微結晶を含む膜をサファイア基板の表面に成膜する工程を備えていることを特徴とする請求項1ないし6の何れか1項に記載の結晶成長方法。
【請求項8】
サファイア基板の表面に物理気相成長法(PVD)で前記カーボンの微結晶を含む膜を成膜することを特徴とする請求項7の結晶成長方法。
【請求項9】
サファイア基板の表面に10ナノメートル以上の膜厚の前記カーボンを含む膜を成膜することを特徴とする請求項1ないし8の何れか1項に記載の結晶成長方法。
【請求項10】
サファイア基板の{0001}面に前記カーボンを含む膜を成膜することを特徴とする請求項1ないし9の何れか1項に記載の結晶成長方法。
【請求項11】
シリコンおよび金属をシリコンの融点以下に加熱して得られた溶液に、前記カーボンを含む膜が少なくとも一面に成膜されているサファイア基板を浸漬して、前記溶液に前記カーボンを含む膜を介してサファイア基板が接する状態を実現することを特徴とする請求項1の結晶成長方法。
【請求項12】
SiC結晶の製造装置であって、
シリコンおよび金属をシリコンの融点以下に加熱して得られた溶液に、カーボンを含む膜を介してサファイア基板が接する状態を実現する手段と、
前記カーボンを含む膜の一部が消失し、その消失部でサファイア基板と前記溶液が直接接触するに至るまで前記状態を持続する手段と、
前記カーボンを含む膜の一部が消失した後に、前記溶液を冷却する手段と、
を備えることを特徴とするSiC結晶の製造装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書では、炭化珪素(SiC)結晶の成長方法に関する技術を開示する。
【背景技術】
【0002】
SiC結晶の成長方法の一つに、液相成長法がある。液相成長法では、例えば、シリコンを溶融させてカーボンを含ませた溶液に種結晶基板を接触させ、種結晶基板上にSiC結晶をエピタキシャル成長させることが行なわれる。種結晶基板に、サファイア基板を使用することが提案されている。サファイア基板は、SiC単結晶基板に比して安価であるため、サファイア基板を種結晶基板に用いることができれば、SiC結晶基板の製造コストを低下させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−100890号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
シリコンを溶融させた溶液は、液相状態を維持するために、シリコンの融点以上の温度に維持する必要がある。しかし、シリコンの融点以上の温度では、サファイア基板が、シリコンを溶融させた溶液に溶解してしまう。すると、種結晶基板であるサファイア基板が消失してしまわないように、溶液温度やサファイア基板厚さなどの各種のパラメータを厳密に調整する必要が生じるため、SiC結晶を成長させることが困難である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本明細書では、SiC結晶の成長方法を開示する。この成長方法では、シリコンおよび金属をシリコンの融点以下に加熱して得られた溶液に、カーボンを含む膜を介してサファイア基板が接する状態を実現する工程を備える。また、カーボンを含む膜の一部が消失し、その消失部でサファイア基板と溶液が直接接触するに至るまで状態を持続する工程を備える。また、カーボンを含む膜の一部が消失した後に、溶液を冷却する工程を備える。
【0006】
上記方法では、シリコンの融点以下に加熱された、シリコンを含む溶液を用いることができる。また、カーボンを含む膜の消失部では、サファイア基板とシリコンを含む溶液が直接接触する状態を形成することができる。そして、溶液とサファイア基板とがカーボンを含む膜を介して接する状態とされているため、カーボンを含む膜をカーボンの供給源とすることができる。以上より、シリコンを溶融させた溶液を用いる場合に比して低い温度で、サファイア基板上にSiC結晶を成長させることが可能となる。よって、サファイア基板が溶液に溶解してしまう事態を防止することができる。また、サファイア基板と溶融シリコンが直接接触している部分をSiC結晶の成長の起点とすることができるため、溶液を冷却することにより、下地のサファイア基板の結晶面に揃うようにSiC結晶をエピタキシャル成長させることができる。
【0007】
上記の結晶成長方法では、金属はシリコンより低い融点を持つ金属であり、溶液は金属が溶融して得られる溶液であり、溶液にシリコン基板が接するとともに、溶液にカーボンを含む膜を介してサファイア基板が接する状態を実現する工程を備えていてもよい。シリコンより低い融点の金属を用いることで、シリコンの融点以下の温度で、金属を液相状態に維持することができる。また、溶融した金属とシリコン基板とが接する状態とされているため、シリコン基板から溶融した金属へシリコンが溶出し、溶融した金属内にシリコンが含まれている状態とすることができる。以上より、シリコンを溶融させた溶液を用いる場合に比して低い温度で、サファイア基板上にSiC結晶を成長させることが可能となる。よって、サファイア基板が溶液に溶解してしまう事態を防止することができる。
【0008】
上記の結晶成長方法では、カーボンを含む膜が少なくとも一面に成膜されているサファイア基板に金属の板とシリコン基板を重ねて、サファイア基板とカーボンを含む膜と金属の板とシリコン基板が順に積層されている積層構造を準備する工程を備えており、その積層構造を金属の融点以上でシリコンの融点以下での温度に加熱して溶液を生成してもよい。これにより、溶液にシリコン基板が接するとともに、溶液にカーボンを含む膜を介してサファイア基板が接する状態を、容易に作り出すことが可能となる。
【0009】
上記の結晶成長方法では、シリコンより低い融点を持つ金属の融点以上でサファイア基板の昇華温度よりも低い温度に加熱する工程を備えることが好ましい。これにより、溶融した金属によってサファイア基板がダメージを受けてしまう事態や、溶融した金属にサファイア基板が溶解してしまう事態を、効果的に防止することができる。
【0010】
上記の結晶成長方法では、シリコンおよび金属はシリコンと金属との合金によって供給され、合金はシリコンよりも低い融点を有しており、溶液は合金を該合金の融点以上の温度に加熱することで得られてもよい。これにより、シリコンを溶融させた溶液を用いる場合に比して低い温度で、サファイア基板上にSiC結晶を成長させることが可能となる。よって、サファイア基板が溶液に溶解してしまう事態を防止することができる。
【0011】
上記の結晶成長方法では、金属はアルミニウムを含んでいることが好ましい。アルミニウムは、サファイア基板(Al
2O
3)の構成成分であるため、溶液にアルミニウムが含まれていることにより、溶液にサファイア基板を溶解しにくくすることができる。また、アルミニウムの融点は約660℃であるため、溶融した金属の温度を、シリコンの融点(約1410℃)よりも低下させることが可能となる。
【0012】
上記の結晶成長方法では、
カーボンを含む膜としてカーボンの微結晶を含む膜を
サファイア基板の表面に成膜する工程を備えていることが好ましい。これにより、溶融シリコンからサファイア基板を保護する効果をより高めることができる。
【0013】
上記の結晶成長方法では、サファイア基板の表面に物理気相成長法(PVD)でカーボンの微結晶を含む膜を成膜することが好ましい。これにより、カーボンの微結晶を含む膜を効率よく形成することが可能となる。
【0014】
上記の結晶成長方法では、サファイア基板の表面に10ナノメートル以上の膜厚のカーボンを含む膜を成膜することが好ましい。これにより、溶融シリコンからサファイア基板を効果的に保護することができる。
【0015】
また、上記の結晶成長方法では、サファイア基板の{0001}面にカーボンを含む膜を成膜することが好ましい。
【0016】
上記の結晶成長方法では、シリコンおよび金属をシリコンの融点以下に加熱して得られた溶液に、カーボンを含む膜が少なくとも一面に成膜されているサファイア基板を浸漬してもよい。これによっても、溶液に溶融した金属にカーボンを含む膜を介してサファイア基板が接する状態を実現することができる。
【0017】
上記の結晶基板は、サファイア結晶を含んでいる第1層と、アモルファス構造を有しており、第1層の表面の一部を覆っている第2層と、SiC結晶を含んでおり、第2層の表面を覆うとともに第2層から露出している第1層の表面を覆う第3層と、を備えていてもよい。
【0018】
上記の結晶基板では、第2層は、カーボンを含んでいてもよい。また、第1層の表面は、サファイア結晶の{0001}面であってもよい。また、第3層の表面は、SiC結晶の{100}面であってもよい。
【発明の効果】
【0019】
本明細書に開示の技術によれば、SiC結晶をサファイア基板上にヘテロエピタキシャル成長させる方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】実施例1のSiC結晶製造装置の模式図である。
【
図9】実施例2のSiC結晶製造装置の模式図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
(実施例1)
本願の実施例1について図面を参照しながら説明する。
図1に、実施例1に係るSiC結晶製造装置(以下では結晶製造装置と略称する)1を示す。結晶製造装置1は、坩堝10を備える。坩堝10は、炭素を含有する材質によって形成されている。坩堝10の材質としては、黒鉛やSiCが挙げられる。坩堝10は坩堝台11の上に配置されている。坩堝台11は回転させることが可能である。坩堝10は、坩堝蓋14により密閉することができる。坩堝10の外周は、保温のために断熱材12で覆われている。断熱材12の外周には、多重螺旋構造を有する常伝導コイル13が配置されている。常伝導コイル13は、坩堝10を誘導加熱するための装置である。常伝導コイル13には、不図示の高周波電源が接続されている。坩堝10、断熱材12、常伝導コイル13は、チャンバ15の内部に配置される。チャンバ15は、吸気口16と排気口17とを備える。
【0022】
坩堝10の底部には、サファイア基板20が載置されている。載置されているサファイア基板20の表面には、カーボン膜21が成膜されている。坩堝10内には金属溶液25が保持されている。金属溶液25は、金属を溶融して得られた融液を主成分とする溶液である。金属溶液25に用いられる金属は、シリコンを溶解させることができ、融点がシリコンの融点に比して低い金属であれば、何れの金属であってもよい。例えば、AlやPb、Ag、Cu、Snであってもよい。実施例1では、金属溶液25に用いられる金属として、アルミニウム(Al)を用いる場合を説明する。
【0023】
またサファイア基板20の上方には、サファイア基板20の表面と間隔を有するように、シリコン基板23が配置されている。そして、サファイア基板20の表面およびシリコン基板23の少なくとも一部が、金属溶液25中に浸漬している状態が形成されている。この状態は、後述する、SiC結晶をサファイア基板上に成長させるための状態である。
【0024】
実施例1に係るSiC結晶の成長方法を、
図2のフローを用いて説明する。ステップS1において、サファイア基板20の表面に、カーボン微結晶を含むカーボン膜21を成膜する工程が行われる。具体的には、面方位が{0001}であるサファイア基板20を用意する。そして、PVD(物理気相成長)法によって、カーボン微結晶を含むカーボン膜21をサファイア基板の{0001}面に成膜する。
【0025】
PVD法によってカーボン膜21を成膜することにより、カーボン膜21にカーボンの微結晶を含ませることが可能となる。カーボン微結晶を含んでいるカーボン膜21は、アモルファス(非晶質)状態のカーボン膜に比して膜強度が高い。よって、後述する工程において、より効果的にサファイア基板20を金属溶液25から保護することができる。また、カーボン膜21の膜厚は10ナノメートル以上であることが好ましい。10ナノメートル以上の膜厚により、後述する工程において、金属溶液25からサファイア基板20を効果的に保護することができることが、実験上から明らかとなっている。また、カーボン膜21の膜厚が10マイクロメートル程度であっても、SiC結晶をサファイア基板20上にヘテロエピタキシャル成長させることができることが、実験上から明らかとなっている。
【0026】
また、PVD法の具体例としては、スパッタリング法やイオンプレーティング法などが挙げられる。これらの方法では、ターゲットとなる黒鉛を真空中でイオンビーム、アーク放電及びグロー放電等に晒し、飛び散った炭素原子をサファイア基板の表面に付着させることが行われる。なお、PVD法によるさらなる具体的な成膜方法については、周知の技術であるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0027】
またステップS1において、サファイア基板20の表面(SiC結晶を成長させる面)に加えて、側面や裏面にもカーボン膜21を成膜することが好ましい。これにより、より効果的にサファイア基板20を金属溶液25から保護することができる。
【0028】
次に、ステップS2において、
図3に示すように、サファイア基板20とアルミニウム薄板24とシリコン基板23とが坩堝10の底部に重ねて載置される。これにより、サファイア基板20とカーボン膜21とアルミニウム薄板24とシリコン基板23が、下方から順に積層されている積層状態を形成することができる。なお、シリコン基板23の重量は、後述するステップS4で生成されるSiC結晶の原料となるシリコンを供給するために十分な重量であればよい。
【0029】
ステップS3において、アルミニウム薄板24を溶融し、金属溶液25を生成する。具体的には、ステップS2においてサファイア基板20とアルミニウム薄板24とシリコン基板23が内部にセットされた坩堝10を、結晶製造装置1の坩堝台11に載置する。そして常伝導コイル13へ所定周波数の交流電流を流すことにより、坩堝10を誘導加熱する。またチャンバ15内に吸気口16から不活性ガスを供給するとともに、坩堝台11を所定回転数で回転させる。加熱温度は、アルミニウム薄板24の融点(660℃)以上でシリコンの融点(1410℃)以下の範囲内とされる。これにより、アルミニウム薄板24が溶解し、金属溶液25が生成される。そして、
図5の模式図に示すように、金属溶液25とシリコン基板23とが接触する状態が作り出されるため、金属溶液25中にシリコンを溶解させることができる。また、金属溶液25とサファイア基板20とが、サファイア基板の表面に成膜されているカーボン膜21を介して接触する状態が作り出されるため、後述するステップS4において、SiC結晶をサファイア基板20に成長させることができる。
【0030】
加熱温度は、より好ましくは、サファイア基板20の昇華温度(約1300℃)よりも低い温度とすることがよい。これにより、サファイア基板がダメージを受けてしまう事態(サファイア基板の表面粗さが大きくなる、サファイア基板の一部が消失する、など)や、金属溶液25にサファイア基板が溶解してしまう事態を、さらに効果的に防止することができる。
【0031】
実施例1では、金属溶液25の加熱温度は1200℃、チャンバ15内へはアルゴンガスを供給し、チャンバ15内の圧力を大気圧とした。なお、実施例1で用いたこれらの条件は一例であり、他の条件を用いることも可能である。
【0032】
ステップS3において、金属溶液25の温度が1200℃に維持されている間は、金属溶液25にカーボン膜21が溶解していく。カーボン膜21が溶解する際には、カーボン膜21の全面が同一の速度で溶解することはなく、不均一に溶解する。すると、カーボン膜21の溶解速度に関する各種のパラメータ(カーボン膜21の膜厚、金属溶液25を1200℃に維持する時間、金属溶液25の温度、など)を適切に制御することにより、カーボン膜21の一部がサファイア基板20の表面の所々で消失しており、その消失部でサファイア基板20の表面が露出している形状を作成することができる(
図6の模式図を参照)。これにより、カーボン膜21の消失部では、金属溶液25がサファイア基板20に直接接触することになる。また、サファイア基板20の表面に残存するカーボン膜21は、金属溶液25によってダメージを受けることにより、少なくとも一部がアモルファス状態となる。このアモルファス状態となったカーボン膜21は、SiやAlなどを含んでいると考えられる。
【0033】
ステップS4において、SiC結晶をサファイア基板20の表面上に成長させる。具体的には、サファイア基板20の表面およびシリコン基板23の少なくとも一部が、金属溶液25に浸漬している状態を維持しながら坩堝10の全体を除々に冷却する、冷却工程を実施する。ステップS4における、SiC結晶の成長メカニズムを説明する。ステップS4の冷却工程では、坩堝10の表面から熱が放出される。また、サファイア基板20は坩堝10に接触している。すると、サファイア基板20の表面近傍に存在する金属溶液25は、他の場所に存在する金属溶液25に比して、冷却速度が若干早くなるため、サファイア基板20の表面に接触する部分の金属溶液25が、他の部分の金属溶液25よりも低温化される。よって、サファイア基板20の表面近傍の金属溶液25中のシリコンおよびカーボンが過飽和状態となるため、サファイア基板20上へのSiC結晶のエピタキシャル成長が行われる。また、サファイア基板20の表面が露出している部分が、SiC結晶の成長の起点となるため、下地のサファイア基板20の結晶面に揃うように、SiC結晶のヘテロエピタキシャル成長が行われる。これにより、
図7の模式図に示すように、カーボン膜21の消失部を埋めるようにSiC結晶26が成長する。
【0034】
カーボン膜21の消失部を埋めるようにSiC結晶が成長した後において、サファイア基板20が金属溶液25に浸漬している状態をさらに維持すると、カーボン膜21の消失部を埋めているSiCの結晶の表面や、残存しているカーボン膜21の表面に、SiC結晶をエピタキシャル成長させることができる。このとき、カーボン膜21の消失部を埋めているSiCの結晶の結晶面に揃うように、残存しているカーボン膜21の表面にSiC結晶を成長させることができる。これにより、
図8の模式図に示すように、カーボン膜21の表面を覆うとともに、カーボン膜21の消失部で露出しているサファイア基板20の表面を覆うように、SiC結晶26を成長させることができる。なお、カーボン膜21がSiC結晶で覆われた後においても、坩堝10の溶解によって金属溶液25中にカーボンを供給することができるため、SiC結晶を成長させることが可能である。
【0035】
図4に、実施例1で得られたSiC結晶とサファイア基板との界面の断面拡大写真を示す。
図4の写真では、見易さのために、SiC結晶を枠線で囲っている。
図4に示すように、サファイア基板の表面にSiC結晶が成長していることが分かる。
【0036】
<効果>
実施例1に係るSiC結晶の製造方法の効果を説明する。シリコンを溶融させた溶液を用いて、液相成長法によりSiC結晶を成長させる場合には、溶液の液相状態を維持するために、溶液の温度をシリコンの融点(約1410℃)以上の温度に維持する必要がある。しかし、シリコンの融点以上の温度を有する溶液を使用すると、サファイア基板と溶液との反応がより活性化してしまうため、サファイア基板が溶液に溶解してしまう。サファイア基板が溶液に溶解してしまうと、種結晶基板が消失してしまうため、SiC結晶を成長させることができない。
【0037】
一方、実施例1に係るSiC結晶の製造方法では、シリコンの融点以下の融点を有するアルミニウム(融点:約660℃)を溶融して得られた金属溶液25を液相成長法に用いるため、シリコンの融点以下の温度で、金属溶液25の液相状態を維持することができる。これにより、シリコンを溶融させた溶液を用いる場合に比して、さらに低い温度で液相成長法を行うことが可能となる。よって、サファイア基板と溶液との反応をより抑制することができるため、サファイア基板が溶液に溶解してしまう事態を防止することができる。
【0038】
また、金属溶液25を生成するために用いられているアルミニウムは、サファイア基板(Al
2O
3)の構成成分である。よって、金属溶液25にアルミニウムが含まれていることにより、金属溶液25にサファイア基板20を溶解しにくくすることができる。
【0039】
また本願の技術では、金属溶液25とシリコン基板23とが接する状態とされているため、シリコン基板23から金属溶液25へシリコンが溶出し、金属溶液25内にシリコンが含まれている状態とすることができる。また、金属溶液25とサファイア基板20とがカーボン膜21を介して接する状態とされているため、カーボン膜21をカーボンの供給源とすることができる。これにより、サファイア基板20上にSiC結晶をヘテロエピタキシャル成長させることが可能となる。
【0040】
また、本願の技術では、サファイア基板20の表面に残存しているカーボン膜21によってサファイア基板20の表面を保護するとともに、カーボン膜21の消失によりサファイア基板20の表面が露出している部分を起点として、SiC結晶を成長させることができる。すなわち、サファイア基板20の一部のみをシリコン溶液22に接触させることにより、サファイア基板20の溶解を防止しながら、サファイア基板20の結晶面に揃うようにSiC結晶を成長させることが可能となる。よって、サファイア基板20上にSiC結晶をエピタキシャル成長させることが可能となる。
【0041】
サファイア基板は、SiC結晶基板に比して安価であるため、サファイア基板を種結晶基板に用いることにより、SiC結晶基板の製造コストをさらに低下させることができる。また、サファイアとSiCとの格子定数不整合は、シリコンとSiCの格子定数不整合に比べると小さい。よって、成長したSiC結晶内に発生する、格子不整合に起因する欠陥の数を、シリコン結晶を種結晶基板に用いる場合に比して、サファイア基板を種結晶基板に用いる場合の方が低減させることができる。
【0042】
また実施例1に係るSiC結晶の製造方法では、サファイア基板の表面に、カーボンの微結晶を含むカーボン膜を成膜する工程を備えている。カーボン微結晶を含むカーボン膜は、アモルファス(非晶質)状態のカーボン膜に比して膜強度が高いため、より効果的にサファイア基板をシリコン溶液から保護することができる。
【0043】
(実施例2)
図9に、実施例2に係る結晶製造装置1aを示す。坩堝10内には金属溶液25が保持されている。坩堝10の底部には、シリコン基板23が載置されている。坩堝10の上方には、保持治具18が備えられている。保持治具18の先端部には、カーボン膜21が成膜されている面が坩堝10と対向するように、サファイア基板20が取付けられている。保持治具18は、昇降させることが可能である。また保持治具18は、黒鉛によって形成されている。なお、結晶製造装置1aのその他の構造は、実施例1に係る結晶製造装置1(
図1)と同様であるため、ここでは説明を省略する。
【0044】
実施例2に係るSiC結晶の成長方法を説明する。なお、実施例1に係るSiC結晶の成長方法と同様である部分については、説明を省略する。まず、サファイア基板20の表面に、カーボン微結晶を含むカーボン膜21を成膜する工程が行われる。カーボン膜21が成膜されたサファイア基板20は、カーボン膜21が成膜されている面が坩堝10と対向するように、保持治具18の先端部に固定される。次に、坩堝10内にシリコン基板23およびアルミニウム薄板を入れ、アルミニウム薄板の融点以上でシリコンの融点以下の温度に加熱することにより、金属溶液25を生成する。そして、保持治具18を坩堝10の上方から坩堝10内部へ降下させ、サファイア基板20を金属溶液25に浸漬させる。これにより、金属溶液25とサファイア基板20とが、カーボン膜21を介して接する状態を作り出す。カーボン膜21の一部がサファイア基板20の表面の所々で消失し、その消失部でサファイア基板20の表面が露出している形状が作成できたら、冷却工程へ移行する。カーボン膜21の表面を覆うとともに、カーボン膜21の消失部で露出しているサファイア基板20の表面を覆うように、SiC結晶がエピタキシャル成長するまで、浸漬状態を維持する。SiC結晶の完成後、保持治具18を上方へ引き上げることにより、SiC結晶の製造工程が終了する。
【0045】
(実施例3)
実施例3に係る結晶製造方法は、金属溶液25に代えて、シリコン合金溶液25aを用いる形態である。実施例3では、ステップS2において、サファイア基板20とシリコン合金とが坩堝10内に載置される。シリコン合金は、Siと他の金属との合金である。ステップS3において、シリコン合金を溶融して、シリコン合金溶液25aが生成される。加熱温度は、シリコン合金の融点以上でシリコンの融点以下の範囲内とされる。ステップS4において、シリコン合金溶液25aを用いて、SiC結晶をサファイア基板20の表面上に成長させる。その他の構成は、実施例1に係る結晶製造方法と同様であるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0046】
実施例3の効果を説明する。例として、
図10に、Au−Siの2元状態図を示す。
図10から分かるように、Au単体やSi単体では、1000℃以上でなければ溶解しない。しかし、SiとAuを合金化することによって、Siが30(atom%)程度の場合には、融点を400℃程度まで低下させることができることが分かる。このように、ほとんどの金属は、Siと合金化させることによって、融点を低下させることができる。よって、シリコンを溶融させた溶液や単体金属を溶融させた溶液に比して低い温度を有するシリコン合金溶液25aを用いて、サファイア基板上にSiC結晶を成長させることが可能となる。よって、サファイア基板が溶液に溶解してしまう事態を防止することができる。
【0047】
なお、シリコン合金に用いられる金属は、Siと合金化することによって融点を低下させることができる金属であればよい。具体的には、
図10に示すような状態図を取る金属であればよい。このような金属の例としては、Ag,Al,Au,Ca,Co,Cr,Mn,Ni,Sn,Ti,Znなどが挙げられる。
【0048】
以上、本発明の実施例について詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【0049】
実施例3において、Siと2種以上の金属とによって生成される合金を用いても良い。
【0050】
また本実施例では、金属溶液25中へのシリコンの供給元は、シリコン基板に限られない。シリコンの供給元は、シリコンを含んだ物質であればよく、例えばSiC基板を用いても良い。
【0051】
ステップS1において、カーボンの微結晶を含むカーボン膜を成膜する工程はPVD法に限られず、例えばCVD法を用いて成膜してもよい。
【0052】
ステップS1において、サファイア基板20の表面の一部にカーボン膜21を成膜することで、サファイア基板20の表面の所々が露出している形状を形成してもよい。これにより、ステップS3において、カーボン膜21の一部を溶解により消失させる工程を省略することが可能となる。
【0053】
ステップS4の冷却工程において、サファイア基板20の表面近傍のシリコン溶液22を過飽和状態にするための手段は特に制限されない。液相成長法において一般に利用可能な任意な手段を採用することができ、例えば冷却装置を使用してもよい。
【0054】
実施例1,2において、SiやCの溶媒に用いられる溶液は、金属を融解した溶液に限られない。
【0055】
本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【符号の説明】
【0056】
1:結晶製造装置、10:坩堝、13:常伝導コイル、20:サファイア基板、21:カーボン膜、23:シリコン基板、24:アルミニウム薄板、25:金属溶液