【実施例】
【0065】
新規な鋼材を限定しない4つの実施例によって以下に説明する。
実施例1
【0066】
実施例1は、新規なベイナイト鋼から製造される表面硬化されたドリルロッドを用いて実施された実地試験の結果を説明する。
【0067】
第1のステップで、新規な鋼の溶解が生成された。金属屑を電気アーク炉内で溶融し、CLUコンバータの中で溶鋼を精錬し、次いで金型24”の中で鋳造して鋳塊にすることによって溶解が生成された。
【0068】
得られた新規な鋼は、以下の組成を有した。
【0069】
新規な鋼から、ロッドが製作された。いくつかのロッドはねじ切りされた雌型コネクタに鍛造され、いくつかのロッドはねじ切りされた雄型コネクタに鍛造された。
【0070】
雄型コネクタおよび雌型コネクタは、表面硬化を受けた。第1のステップでは、コネクタが、925℃の温度で5時間、COおよびH
2の雰囲気が含まれるピット炉の中で浸炭された。
【0071】
5時間後、コネクタは炉から取り除かれ、空気中で冷却を許された。表面硬化が、コネクタの表面から、ベイナイト/マルテンサイト構造を有する芯部に向かって延在したマルテンサイト層をもたらした。
【0072】
その後、コネクタは、やはり新規な鋼材から製造された鋼製ロッドの端部に取り付けられた。雄型コネクタがロッドの一方の端部に取り付けられ、雌型コネクタが他方の端部に取り付けられた。コネクタは、摩擦圧接によって取り付けられた。
【0073】
その後実地試験が、場所Aおよび場所Bという2つの異なる位置で、新規な鋼からのドリルロッドを用いて実施された。掘削が、直径115mmを有するドリルビットおよびSandvik DP1500型のドリル工具を用いて実施された。掘削速度は、約1メートル/分であった。
【0074】
比較として、従来のドリルロッドもやはり使用された。これらのロッドは、鋼種Sanbar 64から作製された。
【0075】
各タイプ(新規および従来)の9本のロッドが場所Aで使用され、各タイプの4本のロッドが場所Bで使用された。ドリルロッドは損傷するまで使用され、各ロッドを用いて掘削された全メートル数は「掘削メートル(dm:drilling meter)」として記録された。表2は、場所Aおよび場所Bで1本のロッドにつき掘削された掘削メートルの平均数として、テスト結果を示す。
【0076】
表1で分かるように、新規な鋼のドリルロッドは、従来の材料のロッドよりも相当により長い作動寿命を有した。
実施例2
【0077】
第2の実施例では、新規な鋼からのテスト試料の硬度低下は、様々な再加熱温度で実験室条件下で決定された。
【0078】
第1のステップでは、新規な鋼の溶解が生成された。金属屑を電気アーク炉内で溶融し、CLUコンバータの中で溶鋼を精錬し、次いで金型24”の中で鋳造して鋳塊にすることによって溶解が生成された。
【0079】
得られた新規な鋼は、以下の組成を有した。
【0080】
鋳塊は棒に圧延され、その棒は長さ5cmの円柱に切断され、試料として使用された。
【0081】
その後試料は、模擬実験の硬化処理を受けた。この処理は、オーステナイト化温度まで加熱すること、所定の温度のためにオーステナイト化温度に保つこと、次いで室温に加熱されたオイルの中で冷却することを含む。その後硬化された試料は、掘削作業中の温度を模擬実験するために、再加熱を受けた。再加熱後、試料は空気中で冷却された。再加熱された試料の冷却後、各試料の表面、半径の中間、および中央で測定された。硬度は、ビッカース(HV1)で測定された。
【0082】
参照として、各組の1つの試料が、硬化されているが、再加熱されない状態で残された。
【0083】
各オーステナイト化温度に対して、12の試料が使用された。オーステナイト化温度は、1時間の保持時間で860℃、1時間の保持時間で880℃、20分間の保持時間で925℃であった。オイルの中で焼き入れ後、試料は以下の温度で再加熱された。再加熱なし、200℃、300℃、400℃、500℃、550℃、580℃、600℃、650℃、675℃、および700℃。
【0084】
測定の結果が、
図2にグラフで示された。
図2は、各オーステナイト化温度についての結果が、各再加熱温度で測定された硬度について平均値として図示されている。特定の測定値が、表4に示されており、
図3を参照されたい。
【0085】
実験は、非浸炭試料で実施されることに留意すべきである。しかし、
図2のグラフから、3つの異なる試料の組の硬度が、再加熱されない試料から650℃まで一定であることが明らかである。一定の硬度は、低温でのマルテンサイト相上のケイ素の安定効果に起因しており、より高い温度でのクロム、モリブデンおよびバナジウムの硬く、安定したカーバイドの析出によるものであり、それによってマルテンサイトがセメンタイトおよびフェライトに変態することを補償すると思われる。700℃で、二次硬度最大値が形成され、その後、Crカーバイド、Moカーバイド、およびVカーバイドがより少なく、粗い沈殿物に凝集することによって、硬度が急速に低下する。Crカーバイド、Moカーバイド、およびVカーバイドの成長によって、更に、残りのマルテンサイトがセメンタイトおよびフェライトに分解し、それによって硬度が更に一層低下する原因になる。
【0086】
新規な鋼材の浸炭された試料は、すべての再加熱温度で、浸炭されない試料よりもより硬くなることは明らかである。しかし、浸炭された試料の硬度は、約650℃まで本質的にやはり一定の硬度を示すと思われる。
実施例3
【0087】
第3の実施例では、本発明による合金および比較合金の硬化され、焼き戻された試料の表面硬度および芯部硬度について比較が成された。テストは、掘削中に結合部の中で放出する熱に起因する、表面硬化されたドリルロッドの中で発生する焼き戻し効果の模擬実験を行う。比較として、国際公開第97/27022号パンフレットの文献で開示される合金に類似する合金が選択された。国際公開第97/27022号パンフレットは、摩擦圧接に最適化されており、発明の用途である「本発明の背景」の区分下で簡潔に考察される合金を開示する。
【0088】
新規な合金および比較合金の化学組成が、以下の表5の中に示されている。Comp 0.09は比較合金を表示し、Inv 0.22は新規な合金を表示する。
【0089】
1kgの溶解比較合金が、誘導炉の中の金属屑の溶融、精錬、および鋳造を含む従来の方法によって生成された。鋳物は700℃で約30分間炉の中で予熱され、次いで13mmの寸法を有する四角い棒に1200℃で熱間圧延された。次いで、棒は空気中でゆっくりと冷却され、13×13mmの試料に切断された。
【0090】
75トンの新規な合金が、EA炉内で溶融、AoD処理、炉外精錬、連続鋳造および熱間圧延を含む、製造に使用される従来の方法によって生成された。新規な材料の得られた鋳物は、熱間圧延されて、直径40mmを含む棒になった。
【0091】
新規な材料の棒は、40×130mmの寸法の試料に切断された。
【0092】
次いで、試料は強制空冷によって浸炭され、硬化された。試料の浸炭は、プロパン/窒素/メタノールの雰囲気の中で以下のプログラムに従って実施された。ステップ1で、試料は最初に150分間、処理温度925℃まで加熱され、次いでその温度に435分間保たれた。
【0093】
その後、硬化された試料は、異なる温度で焼き戻しを受けた。焼き戻しの前に、脱炭を防止するために、No−Carb(商標)を用いて塗装された。以下の表7は、各試料について焼き戻し温度を示す。1つの試料の各合金は焼き戻しされない状態に保たれた。残りの各試料は、30分間焼き戻された。
【0094】
焼き戻しの後、各試料の芯部および表面の硬度が測定された。表面硬度はロックウェル硬度(HRC)で測定され、芯部硬度はビッカース硬度(HV30)によって測定された。様々な試料の表面硬度が、
図4に示されている。様々な試料の芯部硬度が、
図5に示されている。
【0095】
図4から、新規な合金および比較合金の焼き戻しされない試料は、類似の表面硬度を有することを結論付けることができる。このことは、それぞれ各焼き戻しされない試料の表面の構造が本質的にマルテンサイトから成ることに起因する。焼き戻しされない試料の硬度は、焼き戻し温度が上昇するにつれて減少する。しかし、
図4のグラフから、新規な合金の表面硬度は、600℃までのすべての焼き戻し温度について比較合金の表面硬度よりも高いことが明確に見られる。すなわち、新規な合金は、比較合金よりもより高い焼き戻し耐性を有する。
【0096】
驚くことに、新規な合金の表面硬度は、焼き戻し温度の上昇につれて、比較合金の表面硬度よりも依然としてはるかに安定した状態である。
図4から分かるように、新規な合金の表面硬度は、200℃までロックウェル硬度(HRC)57で本質的に一定であるが、200℃でロックウェル硬度55に低下し、次いで300℃まで本質的に一定に進行する。一方、比較合金の表面硬度は、全体の温度間隔に亘って連続して低下する。
【0097】
より高い温度で、マルテンサイトの分解速度が上昇し、バナジウムカーバイドが粗い結晶粒に凝集し、それによって表面硬度が低下する。700℃でバナジウムカーバイドが不安定になり、新規な試料および比較試料の両方の表面硬度が急速に低下する。
【0098】
図5から、新規な試料の中の芯部硬度は比較試料の中の芯部硬度よりもわずかに低いことを結論付けることができる。新規な合金の相対的に低い芯部硬度について主な理由は、選択された窒素含有量と組み合わせてバナジウムの多い含有量が、試料の浸炭ステップ中に安定したバナジウム炭窒化物を生成するからである。少ないバナジウム炭窒化物は、浸炭ステップ中に結晶粒成長を防止し、芯部の衝撃靭性を増加させる。小さい結晶粒は、やはり合金の焼き入れ性を低下させ、それによって、硬化後に芯部が、実質的にマルテンサイトよりも硬度は低いが、より靭性の高いベイナイトから成ることを保証する。
結論
【0099】
第3の実施例からの結果は、比較合金の中よりも、新規な合金の中でより良い焼き戻し耐性を示す。新規な合金の表面硬度は、比較材料と比較してより安定している。
【0100】
削岩中には、安定した表面硬度を有する能力は、摩耗耐性にとって重要である。粘着性摩耗耐性が硬度に直接関係するので、掘削中に温度が上昇しても表面硬度を保つ材料が、摩耗により良好に耐えるであろう。表面硬度と芯部硬度との関係は、ドリルロッドの中で使用されるねじ山にとって、やはり重要な要素である。所望の関係は、より良好な衝撃耐性に対する靭性芯部と共に、より良好な摩耗耐性に対する硬質表面である。表面硬度と芯部硬度との間の大きな相違が、より大きい残留圧縮応力をもたらし、それが疲れ寿命を増加する。このことを考慮すると、バナジウム含有量の多い新規な合金は、バナジウム含有量の少ない比較材料に比べると有利であり、比較材料とは正反対である、より強靭な芯部と共に、より高い表面硬度を提供する。
実施例4
【0101】
4つの実施例では、ThermoCalc(商標)3.0およびデータベースTCFE7のプログラムの中で模擬実験が実施された。模擬実験の目的は、第3の実施例の中で新規な試料および比較試料における芯部硬度の測定結果を確認することであった。追加の目的は、新規な試料の芯部硬度の良好な結果が、新規な合金の窒素およびバナジウムの所望の範囲に亘って存在することを確認することであった。
【0102】
模擬実験は、新規な合金および比較合金における様々な温度でバナジウム炭窒化物の安定性を示す。更に以下に説明するように、浸炭温度または熱間加工温度でバナジウム炭窒化物の存在が、芯部の最終的構成要素内の金属組織に有意効果を有するであろう。
【0103】
図6は、0.2質量%のバナジウム含有量および0.005質量%の窒素含有量を含む新規な合金の中で形成されるバナジウム炭窒化物の安定性の第1のThermoCalc(商標)模擬実験で製作された図表を示す。模擬実験の中で合金の全体的組成は、0.019C、0.9Si、0.75Mo、1.2Cr、0.20V、1.8Ni、0.78Mn、0.005Nである。
【0104】
図6は、異なる温度で、合金システム中に存在する様々な析出相の量をモルで示す。y軸線は析出相の量を示し、x軸線は温度を示す。ライン1は、様々な温度で合金システムに存在するバナジウム炭窒化物の量(モルで)を示す。図表の中の他のラインは、新規な合金システムの中に存在する他の相を示す。これらの相は、更に詳しく考察しない。
【0105】
図6でライン1に注目すると、バナジウム炭窒化物の析出が700〜800℃の範囲の温度で温度が上昇するにつれて増加することが分かる。800℃を超えると、バナジウム炭窒化物の析出が止み、析出されたバナジウム炭窒化物が、合金システムの中の平衡によって分解し始める。結局、高温ではより少ないバナジウム炭窒化物が存在する可能性がある。したがって、合金システムの中の炭窒化物の量は、温度の上昇と共に減少する。
図6の合金システムの中では、900〜1000℃の間隔の温度で、相対的に多い量のバナジウム炭窒化物が存在することが分かる。図表は、更に、バナジウム炭窒化物は約1100℃で完全に分解することを示す。
【0106】
上記のバナジウム炭窒化物の分布は、以下の理由から、新規な合金から製造される構成要素の中に良好な芯部特性を保証するはずである。
【0107】
第1に、削岩用の構成要素の製造において、構成要素が、930℃で浸炭され、硬化される。この温度で、鋼の中の結晶粒が、少数の大きい結晶粒に凝集しようとする。
【0108】
一般に、鋼の焼き入れ性が、結晶粒寸法の増加と共に増加するという意味において、鋼の結晶粒寸法は鋼の焼き入れ性に影響を及ぼす。したがって、硬化後に、結晶粒寸法が小さい鋼は、顕著なベイナイト構造を有するが、一方で結晶粒寸法が大きい鋼は、マルテンサイト構造を有するであろう。
【0109】
図6の930℃で相対的に多い量のバナジウム炭窒化物の存在が、合金の結晶粒が凝集することを阻止することによって、新規な鋼の中で結晶粒の成長を効果的に防止するはずである。これによって、新規な合金の中に小さい結晶粒、およびそれから製造される硬化された構成要素の芯部内の顕著なベイナイト構造をもたらすはずである。これは、芯部の強度および衝撃靭性、ならびに高温での構造的安定性のために重要である。
【0110】
第2に、
図6からすべてのバナジウム炭窒化物が約1100℃で分解することを結論付けることができる。もちろん、これは鋼の熱間加工性にとって重要である。しかし、熱間加工後に残っているバナジウム炭窒化物が合金の硬化中に結晶粒寸法に与える悪影響がないことが、更に重要である。硬化するステップにおいて、残っているバナジウム炭窒化物は、少量の非常に大きい結晶粒に凝集するであろう。これらの結晶粒は、浸炭/硬化中に結晶粒成長を防止することにほとんど影響を及ぼさないので、その結果、低い靭性、したがって弱い衝撃強度を有する、主にマルテンサイト構造から成る芯部を含む構成要素をもたらすであろう。
【0111】
図7は、0.2質量%のバナジウム含有量および0.012質量%の窒素含有量を含む新規な合金の中で形成されるバナジウム炭窒化物の安定性の第2のThermoCalc(商標)模擬実験で製作された図表を示す。この模擬実験は、第1の模擬実験の結果を確証する。したがって、この模擬実験もやはり、十分な量のバナジウム炭窒化物が900〜1000℃の間隔の温度で合金の中に存在して、硬化後に合金の芯部の中にベイナイト構造を保証することを示す。更に図表から、バナジウム炭窒化物が約1130℃で完全に分解することを結論付けることができる。
【0112】
第2の模擬実験の合金の中で多い窒素含有量が、第1の模擬実験と比較すると、930℃でより多くのバナジウム炭窒化物の析出をもたらすことに注目することができる。もちろんこれは、芯部のベイナイト構造を保証するためにプラスである。
【0113】
図8は、0.3質量%のバナジウム含有量および0.005質量%の窒素含有量を含む新規な合金の中で形成されるバナジウム炭窒化物の安定性の第3のThermoCalc(商標)模擬実験で製作された図表を示す。模擬実験の合金は以下の組成、0.019C、0.9Si、0.75Mo、1.2Cr、0.1V、1.8Ni、0.78Mn、0.005Nを含んだ。
【0114】
この模擬実験は、やはり十分な量のバナジウム炭窒化物が900〜1000℃で析出し、すべてのバナジウム炭窒化物が1120℃の温度で分解されたことを示す。
【0115】
第1および第2の模擬実験と比較すると、第3の模擬実験では、より多くのバナジウム炭窒化物が析出している。この理由は、この合金の中にバナジウム含有量がより多いからである。
【0116】
図9は、0.3質量%のバナジウム含有量および0.012質量%の窒素含有量を含む新規な合金の中で形成されるバナジウム炭窒化物の安定性の第4のThermoCalc(商標)模擬実験で製作された図表を示す。模擬実験の合金は以下の組成、0.019C、0.9Si、0.75Mo、1.2Cr、0.1V、1.8Ni、0.78Mn、0.005Nを含んだ。
【0117】
この模擬実験は、やはり十分な量のバナジウム炭窒化物が900〜1000℃で存在し、バナジウム炭窒化物が1200℃未満の温度で分解したことを示す。
【0118】
図10は、少ないバナジウム含有量(0.1質量%)および0.005質量%の窒素含有量を含む比較合金の中で形成されるバナジウム炭窒化物の安定性の第5のThermoCalc(商標)模擬実験で製作された図表を示す。模擬実験の合金は実施例3で使用された合金に類似しており、以下の組成、0.019C、0.9Si、0.75Mo、1.2Cr、0.1V、1.8Ni、0.78Mn、0.005Nを含む。
【0119】
図10のライン1から、900〜1000℃の温度間隔で、この合金の中に非常に少ない含有量のバナジウム炭窒化物が存在することを結論付けることができる。この合金の中にバナジウム炭窒化物の含有量が少なすぎるので、浸炭中に結晶粒成長を防止することができないため、それによって、この合金から製造される硬化された構成要素の芯部の中に増加した焼き入れ性およびマルテンサイト形成をもたらすであろう。したがって、模擬実験は、実施例3の比較合金の芯部硬度について行われた測定を確証する。
【0120】
要約すると、5つのThermoCalc(商標)模擬実験、および物理的実験3の結果から、表面硬度と芯部硬度との最適の均衡が、新規な合金の中で達成されることを結論付けることができる。表面硬度と芯部硬度との最適の均衡によって、新規な合金が削岩構成要素の中で使用するために非常に適するものとなる。