特許第5937758号(P5937758)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5937758気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5937758
(24)【登録日】2016年5月20日
(45)【発行日】2016年6月22日
(54)【発明の名称】気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置
(51)【国際特許分類】
   G01C 5/06 20060101AFI20160609BHJP
   G01C 21/00 20060101ALI20160609BHJP
【FI】
   G01C5/06
   G01C21/00
【請求項の数】16
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-519638(P2015-519638)
(86)(22)【出願日】2014年5月23日
(86)【国際出願番号】JP2014002729
(87)【国際公開番号】WO2014192271
(87)【国際公開日】20141204
【審査請求日】2015年7月13日
(31)【優先権主張番号】特願2013-115458(P2013-115458)
(32)【優先日】2013年5月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 裕之
【審査官】 ▲うし▼田 真悟
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−068122(JP,A)
【文献】 特開平03−051709(JP,A)
【文献】 特開2012−237719(JP,A)
【文献】 特表平06−501553(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01C 5/06
G01C 21/00−21/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
気圧を測定する気圧測定部と、
前記気圧測定部で測定した気圧測定値に基づいて、前記気圧測定部の鉛直方向速度を演算する速度演算部と、
前記速度演算部により得られた鉛直方向速度に基づいて、前記気圧測定部の鉛直方向への継続移動距離を演算する継続移動距離演算部と、
前記鉛直方向速度と前記継続移動距離演算部で演算された継続移動距離に基づいて、前記気圧測定部が鉛直方向に移動したことを判断する鉛直移動判定部と、
を備えることを特徴とする、気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項2】
前記鉛直方向速度が、予め設定した速度しきい値よりも大きいか否かを判定する鉛直速度判定部を有し、
前記鉛直移動判定部は、前記鉛直速度判定部により前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きいと判断され且つ前記継続移動距離演算部で演算された継続移動距離が予め設定した移動距離しきい値よりも絶対値が大きいときには前記気圧測定部が鉛直方向に移動したと判定し、前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きいと判断され且つ前記継続移動距離が前記移動距離しきい値よりも絶対値が大きくないときには前記気圧測定部が鉛直方向に移動したと判断しないことを特徴とする、請求項1記載の気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項3】
前記鉛直移動判定部は、
前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きいと判断され且つ前記継続移動距離が前記移動距離しきい値よりも絶対値が大きくないときには前記気圧測定部が鉛直方向に移動していないと判断することを特徴とする、請求項2記載の気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項4】
前記鉛直移動判定部は、
前記鉛直方向速度と前記継続移動距離に基づいて、前記気圧測定部が鉛直方向に移動したか否かを判断することを特徴とする、請求項1記載の気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項5】
前記鉛直方向速度が、予め設定した速度しきい値よりも大きいか否かを判定する鉛直速度判定部を有し、
前記鉛直移動判定部は、前記鉛直速度判定部により前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きいと判断され且つ前記継続移動距離演算部で演算された継続移動距離が予め設定した移動距離しきい値よりも絶対値が大きいときには前記気圧測定部が鉛直方向に移動したと判定し、前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きいと判断され且つ前記継続移動距離が前記移動距離しきい値よりも絶対値が大きくないときには前記気圧測定部が鉛直方向に移動していないと判断することを特徴とする、請求項4記載の気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項6】
前記継続移動距離演算部は、前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きい間は、前記鉛直方向速度に基づき単位時間当たりの前記気圧測定部の移動量を積算して前記継続移動距離を演算し、
前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きくない間は、前記継続移動距離を零にリセットすることを特徴とする請求項3または請求項5記載の、気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項7】
前記気圧測定値に基づき高度演算を行う高度演算部と、
当該高度演算部で前記高度演算を行う際に用いられる所定の高度または階における基準気圧を記憶する記憶部と、をさらに備え、
前記気圧測定部が鉛直方向に移動していないと判断される間の前記気圧測定値に基づいて、前記記憶部によって記憶された前記基準気圧を補正することを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の、気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項8】
前記鉛直移動判定部により前記気圧測定部が鉛直方向に移動していると判断される間、前記鉛直方向速度に基づき、前記気圧測定部の移動に利用される移動設備が、エレベータと、エスカレータまたは階段と、のいずれであるかを識別するようになっていることを特徴とする請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の、気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項9】
鉛直方向の加速度を測定する加速度計をさらに備え、
前記鉛直移動判定部により前記気圧測定部の移動に利用される移動設備がエスカレータまたは階段と識別される間、前記鉛直方向速度および前記加速度計で測定した加速度に基づき、前記気圧測定部を保持するユーザが、移動中のエスカレータ上を歩行している状態、移動中のエスカレータ上で静止している状態、階段を昇降している状態、のいずれの状態であるかを識別するようになっていることを特徴とする請求項8に記載の、気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項10】
前記加速度計で測定した加速度に基づき前記ユーザが歩行している状態にないと判断される場合には、移動中のエスカレータ上で静止している状態と識別し、
前記加速度に基づき前記ユーザが歩行している状態にあると判断される場合には、前記速度演算部により演算された鉛直方向速度の絶対値から、エスカレータ上での歩行または階段を昇降した場合に生じる鉛直速度に応じた所定の歩行時鉛直速度の絶対値を減算する階段移動識別部、をさらに備え、
前記階段移動識別部は、前記鉛直方向速度の絶対値から前記歩行時鉛直速度の絶対値を減算した減算結果が予め設定したしきい値より大きければ、ユーザは移動中のエスカレータ上を歩行している状態と識別し、前記減算結果が前記しきい値以下であればユーザは階段を昇降している状態と識別することを特徴とする請求項9に記載の、気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項11】
ユーザが存在するフロアのフロアマップを表示するフロアマップ表示部を備え、
前記フロアマップ表示部は、前記エレベータ、エスカレータ、および階段のうち、前記ユーザが利用して移動中であると識別される移動設備の、前記フロアマップ上の位置に、前記ユーザの現在位置を合わせ込むかまたは前記移動設備の位置に前記ユーザの移動方向を合わせこむようになっていることを特徴とする請求項10に記載の、気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置。
【請求項12】
気圧信号を出力する気圧センサと、
前記気圧信号を入力し、前記気圧センサの鉛直速度を示す第1の信号を出力する鉛直速度信号出力部と、
前記第1の信号を入力し、前記気圧センサの鉛直移動距離を示す第2の信号を出力する鉛直移動距離信号出力部と、
前記第1の信号と前記第2の信号とを入力し、前記気圧センサが鉛直方向に移動したことを示す第3の信号を出力する鉛直移動信号出力部と、
を備える気圧式鉛直移動識別器。
【請求項13】
前記第3の信号は、前記気圧センサの移動に利用される移動設備がエスカレータまたは階段であることを示す請求項12に記載の気圧式鉛直移動識別器。
【請求項14】
前記鉛直移動信号出力部は、さらに、
前記移動設備がエレベータであることを示す第4の信号を出力する請求項13に記載の気圧式鉛直移動識別器。
【請求項15】
請求項14に記載の気圧式鉛直移動識別器と、
前記第3の信号と前記第4の信号とに基づいて、ユーザが存在するフロアのフロアマップを表示するフロアマップ表示部と、
を備えるフロアマップ表示装置。
【請求項16】
前記フロアマップ表示部は、
前記エレベータ、前記エスカレータ、及び前記階段のうち、前記ユーザが利用して移動中であると識別される移動設備の、前記フロアマップ上の位置に、前記ユーザの現在位置を合わせ込むかまたは前記移動設備の位置に前記ユーザの移動方向を合わせこんで表示する請求項15に記載のフロアマップ表示装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、気圧式高度計によって、標高または高度(海抜0mからの鉛直方向高さ)を計測する技術が知られている。この計測技術は、たとえば登山時の現在地標高計測のように地上で用いられることもあれば、航空機の高度計測のように、大気圏内の地上からかなり離れた上空で用いられることもある。
この気圧式高度計は以下のような原理に基づいて計測される。
すなわち、地球上のある部分に存在する空気は、地球の引力(重力)によって、その空気の鉛直上方(上空)から、上空部分にある空気の重さに相当する力を受ける。したがって、空気の量乃至空気密度は、地表側のほうが上空側に比べ常に多く(大きく)なり、その結果として、空気の圧力すなわち気圧も地表側のほうが上空側に比べ常に高くなる。もし空気を理想気体と仮定すれば、上空に行くにつれて(高度が高くなるにつれて)気圧は指数関数的に減少していくことは、流体力学の理論としてよく知られている。
【0003】
一方、この気圧式高度計における気圧の測定には、一般に絶対圧力センサと呼ばれるセンサが用いられることが多い。
この絶対圧力センサは、真空(0気圧または0ヘクトパスカル)に対する大気圏内の気圧を測定することが可能なセンサである。俗に、高気圧・低気圧と言われるように、気圧の変化は天候の変化に基づいたり、逆に気圧の変化から天候の変化を予測したりするのに重要な指標となる。この指標となる気圧を測定するのが絶対圧力センサであり、気圧式高度計も同様のセンサが用いられる。
【0004】
しかしながら、気圧式高度計には以下で示すような根本的な問題点がある。それは、測定する物理量が高度そのものではなく気圧であるために、高度以外の要因で気圧が変化した場合であっても、高度が変化したとみなされてしまうということである。そのため、実際の高度と気圧式高度計が保持している現在高度とに誤差が生じてしまう。
ここで、高度以外の要因とは具体的には、前述の高気圧・低気圧であったり、空気の流れ(風)に伴う気圧の変化であったり、2以上の閉じられた空間の境目で生じる気圧の変化であったりする。
【0005】
たとえば登山時にこの問題点を克服し、高度を補正する必要がある場合、登山による高度及び気圧の変化は比較的遅いことが主であるため、同様に気圧の変化が比較的遅い高気圧・低気圧など気象条件による気圧の変化との区別が重要となる。
実際の運用においては、例えば2種類の対策が考えられる。
第1の対策は、登山道標に標高が書かれている場合、その地点で登山者が高度計の高度を補正する操作を行うことである。すなわち、この第1の対策では、登山者が手動で高度を補正することになる。
【0006】
第2の対策は、GPSレシーバの3次元測位によって標高を知り、その地点で高度計の高度を補正することである。この第2の対策では、高度補正は自動的に実行されることもあれば、手動で実行されることもある。
一方で、近年、特に都市部において高層ビルまたは超高層ビルと呼ばれる建築物が多く建設されるようになり、自分が「今何階にいるか」を知りたい状況が頻繁に生じるようになってきている。
【0007】
このようなビル屋内の状況では、GPSレシーバによる測位は電波が届かないため不可能であり、代わりに気圧計(気圧式高度計)を用いるのが一般的となっている。ビル屋内での移動の場合でも、高度以外の要因で気圧が変化した場合に、高度が変化したとみなされてしまうと、気圧式高度計が保持している現在高度と、実際の高度とに誤差が生じることになる。そのため、気圧計(気圧式高度計)において、高度の変化により気圧が変化したのか、高度以外の要因で気圧が変化したのかを的確に識別する方法が望まれる。
【0008】
ここで、ビル屋内での移動の場合、前記の登山の場合とは異なり、高度及び気圧の変化は(変化が起きているときには)比較的速いことが多い。その理由は、ビルの高度方向すなわち鉛直方向の移動には、エレベータやエスカレータや階段等が用いられることが一般的であるからである。
このような場合には、移動による高度変化に伴う気圧の変化と、高気圧・低気圧との区別ではなく、空気の流れ(風)に伴う気圧の変化や空間の境目で生じる気圧の変化と、ビル屋内における階上あるいは階下への移動による高度及び気圧の変化と、を区別することが重要である。
【0009】
上記のような、気圧の変化が高度の変化または鉛直方向の移動によるものか、あるいは空気の流れ(風)など高度以外の変化によるものかを区別する技術として、例えば以下に示す技術が知られている。
特許文献1には、圧力センサの測定値に基づいて高度と高度の変化量とを演算し、高度の変化量が所定のしきい値よりも小さければ静止と判断する。さらに、前記所定のしきい値よりも大きなしきい値を設定し、高度の変化量がその大きなしきい値よりも大きければ移動と判断する技術が開示されている。
【0010】
特許文献2には、加速度と気圧の測定結果に基づいて、エレベータ移動の停止等の移動態様を判別し、エレベータ移動停止点を予め記憶されたレイアウトデータに調和させる技術が開示されている。
特許文献3には、圧力センサ以外の動きセンサを用いて垂直方向の移動を検出し、その検出結果に基づいて高度を調整する技術が開示されている。
特許文献4には、気圧センサの測定値から気圧変化速度を算出し、該速度と、予め昇降状態ごとに記憶された気圧変化速度に基づく平均値と分散から得られる確率分布と、を比較して最も高い確率値となる昇降状態を選ぶ技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2001−289632号公報
【特許文献2】特開2009−287984号公報
【特許文献3】特開2009−530647号公報
【特許文献4】特開2012−237719号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、特許文献1に記載の技術では、気圧の(絶対)変化量だけが演算されており、気圧の時間的変化は演算されていない。前述のように、時間を考慮しないと、鉛直方向への移動に伴う気圧の変化と、高気圧・低気圧との識別または空気の流れ(風)や空間の境目との識別は基本的に不可能である。
次に、特許文献2の技術では、エレベータ移動の停止点を、加速度および気圧の測定結果に基づいて得なければならないが、その具体的な取得方法がまったく記載されていない。
【0013】
同様に、特許文献3の技術についても、動きセンサを用いて垂直方向の移動を具体的にどのように検出するかの記載がまったくない。
さらに、特許文献4の技術は、気圧変化が検出されたときにエレベータまたはエスカレータまたは階段などの昇降状態を識別するものであり、気圧変化の検出は前記特許文献1に類似した方法、すなわち気圧の(絶対値としての)差で算出している。したがって、気圧の変化が高度の変化または鉛直方向の移動によるものかを識別する技術レベルとしては特許文献1と同等と言わざるを得ない。
【0014】
この特許文献4において、エレベータとエスカレータ・階段の昇降状態の識別が可能なのは、一般にエレベータの鉛直方向速度とエスカレータ・階段の鉛直方向速度が大きく異なるからである。具体的に数字を挙げて説明すると、エレベータの鉛直方向速度は平均で(加速時および減速時を除けば)4.0m/sである。一方で、エスカレータ・階段の鉛直方向速度は両者ともほぼ同程度で、平均は0.25m/sである。さらに、同じ高度での移動または静止時の平均は当然0m/sである。この数値から鑑みて、特許文献4で課題としているエレベータとエスカレータ・階段との識別は容易で、むしろエスカレータ・階段と、同じ高度での移動や静止時との識別、すなわち気圧の変化が高度の変化または鉛直方向の移動によるものか、あるいは否かを識別するほうが難しいことは明らかである。
【0015】
さらに、従来技術では明示されていない課題について2点示す。
課題の1点目は、エスカレータ・階段の鉛直方向速度が非常に遅いことである。前記で示したエスカレータ・階段の鉛直方向速度である0.25m/sを、気圧の時間的変化率で表すと約0.03hPa/sに相当する。この値は1〜数秒程度の瞬間的時間であれば、高度の変化または鉛直方向の移動がなくても空気の流れや風によって容易に起きる自然現象である。したがって、気圧の変化が高度の変化または鉛直方向の移動によるものか、あるいは否かを識別するには、この両者(エスカレータ・階段と、空気の流れ・風)の区別をする新たな技術が必要である。
【0016】
課題の2点目は、エレベータやエスカレータ・階段の鉛直方向速度は、ビルごとまたは設備ごとにばらつきが大きいことである。例えば、エレベータの平均鉛直方向速度は4.0m/sではあるが、医療施設(病院等)や物品搬送用エレベータの鉛直方向速度はそれよりもかなり遅い。一方で、超高層ビルの鉛直方向速度は非常に速い。さらに言えば、どのエレベータも停止階では必ず0m/sとなるのだから、停止階に近づけば0m/sに限りなく近づく。これらを鑑みる限り、鉛直方向速度だけを用いて、気圧の変化が高度の変化または鉛直方向の移動によるものか否か、を識別するのは非常に困難と言わざるを得ない。
そこで、本発明はかかる点に鑑み、気圧の変化が移動体の移動に伴う高度の変化によるものであるか否かを、正確にかつ自動的に識別することに主眼を置き、鉛直方向速度だけを用いるのではなく新たな識別手法を用いて、これを実現することの可能な、気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の一態様は、気圧を測定する気圧測定部と、前記気圧測定部で測定した気圧測定値に基づいて、前記気圧測定部の鉛直方向速度を演算する速度演算部と、前記速度演算部により得られた鉛直方向速度に基づいて、前記気圧測定部の鉛直方向への継続移動距離を演算する継続移動距離演算部と、前記鉛直方向速度と前記継続移動距離演算部で演算された継続移動距離に基づいて、前記気圧測定部が鉛直方向に移動したことを判断する鉛直移動判定部と、を備えることを特徴とする、気圧測定値を用いて鉛直方向の変化を識別する装置、である。
【0018】
前記鉛直方向速度が、予め設定した速度しきい値よりも大きいか否かを判定する鉛直速度判定部を有し、前記鉛直移動判定部は、前記鉛直速度判定部により前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きいと判断され且つ前記継続移動距離演算部で演算された継続移動距離が予め設定した移動距離しきい値よりも絶対値が大きいときには前記気圧測定部が鉛直方向に移動したと判定し、前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きいと判断され且つ前記継続移動距離が前記移動距離しきい値よりも絶対値が大きくないときには前記気圧測定部が鉛直方向に移動したと判断しないようになっていてよい。
前記鉛直移動判定部は、前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きいと判断され且つ前記継続移動距離が前記移動距離しきい値よりも絶対値が大きくないときには前記気圧測定部が鉛直方向に移動していないと判断するようになっていてよい。
前記鉛直移動判定部は、前記鉛直方向速度と前記継続移動距離に基づいて、前記気圧測定部が鉛直方向に移動したか否かを判断するようになっていてよい。
【0019】
前記鉛直方向速度が、予め設定した速度しきい値よりも大きいか否かを判定する鉛直速度判定部を有し、前記鉛直移動判定部は、前記鉛直速度判定部により前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きいと判断され且つ前記継続移動距離演算部で演算された継続移動距離が予め設定した移動距離しきい値よりも絶対値が大きいときには前記気圧測定部が鉛直方向に移動したと判定し、前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きいと判断され且つ前記継続移動距離が前記移動距離しきい値よりも絶対値が大きくないときには前記気圧測定部が鉛直方向に移動していないと判断するようになっていてよい。
【0020】
前記継続移動距離演算部は、前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きい間は、前記鉛直方向速度に基づき単位時間当たりの前記気圧測定部の移動量を積算して前記継続移動距離を演算し、前記鉛直方向速度が前記速度しきい値よりも絶対値が大きくない間は、前記継続移動距離を零にリセットするようになっていてよい。
前記気圧測定値に基づき高度演算を行う高度演算部と、当該高度演算部で前記高度演算を行う際に用いられる所定の高度または階における基準気圧を記憶する記憶部と、をさらに備え、前記気圧測定部が鉛直方向に移動していないと判断される間の前記気圧測定値に基づいて、前記記憶部によって記憶された前記基準気圧を補正するようになっていてよい。
【0021】
前記鉛直移動判定部により前記気圧測定部が鉛直方向に移動していると判断される間、前記鉛直方向速度に基づき、前記気圧測定部の移動に利用される移動設備が、エレベータと、エスカレータまたは階段と、のいずれであるかを識別するようになっていてよい。
鉛直方向の加速度を測定する加速度計をさらに備え、前記鉛直移動判定部により前記気圧測定部の移動に利用される移動設備がエスカレータまたは階段と識別される間、前記鉛直方向速度および前記加速度計で測定した加速度に基づき、前記気圧測定部を保持するユーザが、移動中のエスカレータ上を歩行している状態、移動中のエスカレータ上で静止している状態、階段を昇降している状態、のいずれの状態であるかを識別するようになっていてよい。
【0022】
前記加速度計で測定した加速度に基づき前記ユーザが歩行している状態にないと判断される場合には、移動中のエスカレータ上で静止している状態と識別し、前記加速度に基づき前記ユーザが歩行している状態にあると判断される場合には、前記速度演算部により演算された鉛直方向速度の絶対値から、エスカレータ上での歩行または階段を昇降した場合に生じる鉛直速度に応じた所定の歩行時鉛直速度の絶対値を減算する階段移動識別部、をさらに備え、前記階段移動識別部は、前記鉛直方向速度の絶対値から前記歩行時鉛直速度の絶対値を減算した減算結果が予め設定したしきい値より大きければ、ユーザは移動中のエスカレータ上を歩行している状態と識別し、前記減算結果が前記しきい値以下であればユーザは階段を昇降している状態と識別するようになっていてよい。
ユーザが存在するフロアのフロアマップを表示するフロアマップ表示部を備え、前記フロアマップ表示部は、前記エレベータ、エスカレータ、および階段のうち、前記ユーザが利用して移動中であると識別される移動設備の、前記フロアマップ上の位置に、前記ユーザの現在位置を合わせ込むかまたは前記移動設備の位置に前記ユーザの移動方向を合わせこむようになっていてよい。
【0023】
また、本発明の他の態様は、気圧信号を出力する気圧センサと、前記気圧信号を入力し、前記気圧センサの鉛直速度を示す第1の信号を出力する鉛直速度信号出力部と、前記第1の信号を入力し、前記気圧センサの鉛直移動距離を示す第2の信号を出力する鉛直移動距離信号出力部と、前記第1の信号と前記第2の信号とを入力し、前記気圧センサが鉛直方向に移動したことを示す第3の信号を出力する鉛直移動信号出力部と、を備える気圧式鉛直移動識別器、である。
前記第3の信号は、前記気圧センサの移動に利用される移動設備がエスカレータまたは階段であることを示すものであってよい。
前記鉛直移動信号出力部は、さらに、前記移動設備がエレベータであることを示す第4の信号を出力するようになっていてよい。
【0024】
また、本発明の他の態様は、上記態様に記載の気圧式鉛直移動識別器と、前記第3の信号と前記第4の信号とに基づいて、ユーザが存在するフロアのフロアマップを表示するフロアマップ表示部と、を備えるフロアマップ表示装置、である。
前記フロアマップ表示部は、前記エレベータ、前記エスカレータ、及び前記階段のうち、前記ユーザが利用して移動中であると識別される移動設備の、前記フロアマップ上の位置に、前記ユーザの現在位置を合わせ込むかまたは前記移動設備の位置に前記ユーザの移動方向を合わせこんで表示するようになっていてよい。
【発明の効果】
【0025】
本発明の一態様によれば、気圧測定値の時間的変化から鉛直方向速度だけでなく、気圧測定部の継続移動距離も演算しているため、気圧変化が高度の変化または鉛直方向の移動によるものか否かを正確にかつ自動的に識別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明に係る識別装置の構成例を示すブロック図である。
図2】気圧値データの一例を示すグラフである。
図3】識別装置で用いる各種データの変換例を示す表である。
図4】気圧値データの実際の測定例を示すグラフである。
図5】識別装置の主要ブロックの処理手順の詳細を表すフローチャートの一例である。
図6】本発明に係る識別装置のその他の構成例を示すブロック図である。
図7】本発明に係る識別装置のその他の構成例を示すブロック図である。
図8】本発明に係る識別装置を適用した、フロアマップ表示装置の構成例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
(実施形態の構成)
図1は、本発明にかかる、気圧計を用いて鉛直方向の変化を識別する識別装置100の構成例を示すブロック図である。
図1に示す識別装置100は、気圧測定部1と、鉛直速度演算部2と、鉛直速度判定部3と、鉛直継続距離演算部4と、鉛直移動判定部5と、を備える。
【0028】
気圧測定部1は、絶対圧力センサ等によって気圧(大気圧)を測定するブロックである。気圧測定部1は、気圧の測定が可能であれば特に絶対圧力センサに限るものではなく、たとえば水銀型やアネロイド型と呼ばれる気圧計を使って測定してもよい。
鉛直速度演算部(速度演算部に対応)2は、前記気圧測定部1によって測定された気圧値から、鉛直方向への移動速度(鉛直方向速度に対応)を演算するブロックである。
本演算方法は多種多様存在するが、最も明瞭でかつ正確なのは、まず気圧値を鉛直方向の高さ(以下鉛直高さと呼ぶ)に変換し、続いて鉛直高さの時間的変化率を求める方法である。
次に有力な方法は、測定された気圧値の時間的変化率を求め、その変化率を鉛直方向の移動速度に変換する方法である。便宜上、以後の説明ではすべて前者の方法を採用するものとする。
【0029】
本発明の場合、前記2種類の方法のいずれにおいても、現在から数秒程度前までの時間帯にわたって取得した気圧値または鉛直高さ値に対し、最小二乗近似直線の傾き値を時間的変化率とするのが好適である。したがって、測定周期は1秒またはそれより短い程度(100ミリ秒から数100ミリ秒程度)が推奨される。なお、容易にわかるように、測定周期が離散的でなく連続的であり、かつ時間的変化率として微分演算を用いるとすれば、前記2種類の方法の演算結果は全く同一となることが示される。
【0030】
鉛直速度判定部3は、前記鉛直速度演算部2によって演算された鉛直方向速度の大きさを判定するブロックである。本ブロックの詳細は具体的なデータおよび演算方法の事例とともに後述する。
鉛直継続距離演算部(継続移動距離演算部に対応)4は、前記鉛直速度演算部2と前記鉛直速度判定部3とによって得られた結果から、鉛直方向への継続的な移動がどれだけの距離にわたってなされたかを演算するブロックである。本ブロックの詳細も同様に後述する。
鉛直移動判定部5は、鉛直継続距離演算部4によって得られた鉛直方向への継続的な移動距離(の大きさ)を判定するブロックである。本ブロックの詳細も同様に後述する。
【0031】
次に、本発明における具体的な演算方法の一例を示す。
図2は、気圧測定部1によって測定された気圧値を時刻tの関数として図示したグラフである。図2において、横軸は時刻t、縦軸は気圧値P(t)であり、現在時刻がtであり、そのときの気圧値がP(t)である。気圧値は離散的に測定されるものとし、現在時刻より1個だけ過去の時刻を「t−1」、そのときの気圧値をP(t−1)とする。以下同様に、最小近似直線の傾きを求めるのに使う最も過去の時刻(図2に縦破線で表示)を「t−T」とし、その時の気圧値をP(t−T)とする。
【0032】
図2で得られた気圧値P(t−T)〜P(t)は、図3で示すように、鉛直高さに変換される。その鉛直高さをH(t−T)〜H(t)とすると、気圧値P(i)と鉛直高さH(i)との間には次式のような関係があることが知られている。
H(i)=−Psens×P0×loge(P(i)/Pref)
(ただしi=t−T〜tとする。)
【0033】
この式において、「Psens」は気圧と鉛直高さとの変換係数である。また、「P0」は国際標準大気の海抜0mでの基準気圧値であり、P0=1013.25hPaである。さらに、「Pref」は鉛直高さの基準における気圧値であり、「Pref」は本発明においては0hPaでさえなければいいが、最も物理的意味が明瞭なのはPref=P(t−T)と置くことである。これによって、この最小近似直線の傾きを求めている時間(の最初から最後まで)でどれだけ気圧が変化したかがわかる。
【0034】
この後は、気圧値P(t−T)〜P(t)ではなく、この関係式により演算された鉛直高さH(t−T)〜H(t)を従属変数とし、時刻「t−T」〜tを独立変数として、これらに最小二乗法を適用し、その近似直線の傾きを求めることにより、この時刻tにおける鉛直方向速度V(t)を演算することができる。なお、容易にわかるように、この鉛直方向速度V(t)は時刻「t−T」〜tまでにおける鉛直方向の平均の移動速度に相当する。
以上説明した、これまでの一連の処理が、鉛直速度演算部2において実行されることになる。
こうして得られた鉛直方向速度V(t)は、鉛直速度判定部3においてその大きさが判定される。具体的には、鉛直方向速度V(t)が、下記のいずれの状態に当てはまるかを識別する。
【0035】
ここで、現実の高層ビルにおける鉛直方向の移動設備(エレベータ、エスカレータ、階段)等で移動したとき、鉛直方向速度V(t)は、その大きさ(絶対値)と向き(正負の符号)に基づいて、以下の(1)〜(6)に示すように対応させることができる。
(1)エレベータ上昇 :V(t)≧Vth2
(2)エレベータ下降 :V(t)≦−Vth2
(3)エスカレータ上昇:Vth1<V(t)<Vth2
(4)エスカレータ下降:−Vth2<V(t)<−Vth1
(5)階段上昇 :Vth1<V(t)<Vth2
(6)階段下降 :−Vth2<V(t)<−Vth1
ここで、Vth1およびVth2はいずれも正の所定値であり、0<Vth1<Vth2という大小関係にあるものとする。これらは鉛直方向速度の大きさを識別する際のしきい値という意味を持つ値である。なお、Vth1が速度しきい値に対応している。
【0036】
一方で、エレベータやエスカレータ、階段といった、鉛直方向の移動設備で移動するのではなく、平坦な床面を歩行しているとき(以下平坦歩行と呼ぶ)、または同じ場所で留まっているとき(以下静止と呼ぶ)には、以下の(7)、(8)に示すように対応させることができる。
(7)平坦歩行 :−Vth1≦V(t)≦Vth1
(8)静止 :−Vth1≦V(t)≦Vth1
しかしながら冒頭で示した通り、エレベータによる移動とエスカレータ・階段による移動とについては、鉛直方向速度V(t)の大きさによって、ある程度は識別可能なものの、エスカレータ・階段による移動と平坦歩行・静止とについては、鉛直方向速度V(t)から、これらを識別することは難しい。
【0037】
この識別が難しい具体例を、実際の気圧値データを示して説明する。
図4は、気圧測定部1を保持するユーザが屋内の1階(吹き抜けフロア)にて静止しているときに実際に測定した気圧値データと、前述の方法によって気圧値データから演算した鉛直方向速度との変化を表すグラフである。
図4において、実線が気圧値P(t)であり、破線が鉛直方向速度V(t)である。横軸は時刻であるが、このグラフにおける左端から右端までの時間は4分、測定周期は100ミリ秒としている。したがって、測定点は2400個あるため、図示すると連続的な関数であるように見えるが、実際は離散的な数列である。
【0038】
一方で、縦軸は気圧値(1013.6〜1015.0hPa)と鉛直方向速度(−0.5〜+1.5m/s)とを示している。また、この例におけるPsensの値は8.7m/hPaとしている。これは、温度25℃および湿度50%RHの環境下におけるPsensの値に近い。
図4のグラフをさらに詳細に分析すると、4分間で気圧が1014.2hPaから1014.9hPa程度の間で揺れ動いていることがわかる。この揺れは、高度の変化または鉛直方向の移動がなくても空気の流れや風によって容易に起きる自然現象である。つまり、平坦歩行や静止している場合でも容易に起きる現象である。
【0039】
この揺れの差分0.7hPaはおよそ鉛直高さにして5〜6m程度に相当する。これはビルの平均階高(階高(かいだか)とは1階ごとの高さのこと。)である4m以上の揺れ動きである。また、鉛直方向速度については、上下方向(符号の正負)の双方でエスカレータ及び階段の上昇下降平均速度である0.25m/sに達しているときがある。前述の従来の技術ではこの鉛直方向速度のみを用いているため、このような気圧データに対してエスカレータ・階段と平坦歩行・静止とが識別できない状況が生じえる。(なお、エレベータは4.0m/sと格段に速いので識別できる。)
しかしながら、図4でもわかるように、気圧測定部1を保持するユーザが静止している場合には、鉛直方向速度が±0.25m/sに達するときがあるとはいえ、その鉛直方向速度が継続している時間は短い。この特別な状況を一般的な状況に適用するならば以下のように言うことができる。
【0040】
すなわち、静止時でも気圧の瞬時値は確かに変動するのだが、長くても数秒の周期で平均値の周りで揺らいでいて、なおかつその揺らぎの大きさが高度の変化と比べても無視できない有意な大きさを持っている。そのため、鉛直方向速度だけでは、平坦歩行・静止状態であるか否かを識別ができないのである。
一方で、気圧測定部1を保持するユーザがエスカレータに乗って階の移動をする場合、鉛直方向の速度は0.25m/sと小さいが、その鉛直方向速度が継続している時間は長くなる。たとえば階高が4mの階間を移動するには16秒かかることになる。この16秒と前述の周期数秒との時間差を利用すれば、エスカレータ乃至階段による移動か、あるいは単なる気圧の揺らぎであるか(平坦歩行乃至静止であるか)、を識別することができる。この識別をするブロックが、鉛直継続距離演算部4および鉛直移動判定部5である。以下、この2つのブロックの詳細を説明する。
【0041】
図5は、鉛直速度判定部3、鉛直継続距離演算部4、および鉛直移動判定部5の動作をフローチャートにして示した図面である。
図5における変数はLupおよびLdownの2つのみである。これらは初期設定にてまずクリア(Lup=0、Ldown=0と)される(ステップS1)。
次に、時刻tにおける鉛直方向速度V(t)を演算する(ステップS2)。すなわち、気圧測定部1で取得した気圧値データをもとに、例えば所定時間分の気圧値データの最小二乗近似直線の傾き値などから、上述の演算方法にしたがって鉛直方向速度V(t)を演算する。そして、鉛直方向速度V(t)の大きさの判定、すなわち鉛直方向速度V(t)の大きさを識別する(ステップS3)。
【0042】
図5においては、気圧測定部1を保持するユーザが「エレベータ」による上昇もしくは下降、「エスカレータ」または「階段」による上昇、「エスカレータ」または「階段」による下降、「平坦歩き」または「静止」、の4種類のうちのいずれの状態にあるかを識別することとして説明する。なお、ここでいう、鉛直方向速度V(t)の判定とは、演算された鉛直方向速度V(t)が前述の4種類のいずれの状態に該当するかを識別することをいう。
【0043】
鉛直方向速度V(t)の判定は、以下の手順で行う。
まず、鉛直方向速度V(t)の絶対値が大きい場合、つまり鉛直方向速度が非常に速い場合は気圧測定部1を保持するユーザがエレベータにて移動中と推測される(ステップS4)。これを数式で表せば、前記の通り次の(1)、(2)に示すように規定することができる。
(1)エレベータ上昇:V(t)≧Vth2
(2)エレベータ下降:V(t)≦−Vth2
なお、しきい値Vth2、−Vth2は、気圧測定部1を保持するユーザがエレベータで上昇または下降しているとみなすことの可能な鉛直方向の移動速度に設定され、例えば平均的なエレベータの昇降速度に応じて設定される。
【0044】
また、図5には、V(t)≧Vth2のとき、あるいは、V(t)≦−Vth2のときには、変数LupとLdown、及びそれらを演算する手段についての記載はないが、以下に示す方法と同様の方法で鉛直継続距離演算を行うことにより、ユーザがエレベータにて移動中であるか否かをさらに正確に識別することができる。逆に、前述の通り、エレベータの鉛直速度とエスカレータ・階段の鉛直速度とは大きく異なるので、鉛直継続距離演算を省略し、鉛直速度だけでユーザがエレベータにて移動中であるか否かを識別してもよい。
【0045】
一方で、鉛直方向速度V(t)の絶対値が小さい場合、つまり鉛直方向速度V(t)が非常に遅い場合は平坦歩行乃至静止と推測される。前記の気圧の揺らぎが小さい場合も、鉛直方向速度V(t)の絶対値が小さい場合に対応する。これを数式で表せば、前記の通り、次の(7)、(8)に示すように規定することができる。
(7)平坦歩行:−Vth1≦V(t)≦Vth1
(8) 静止:−Vth1≦V(t)≦Vth1
なお、しきい値Vth1は、0<Vth1<Vth2を満足する値であって、気圧測定部1を保持するユーザが平坦歩行或いは静止しているとみなすことの可能な値に設定される。しきい値Vth1は、例えば、前記の気圧の揺らぎにより生じる鉛直方向速度或いは平坦歩行時の鉛直方向速度などに基づいて設定される。
【0046】
ここで、鉛直方向速度V(t)の判定により、気圧測定部1を保持するユーザが平坦歩行或いは静止している状態と判定されるときには、この時点で、変数LupおよびLdownをクリアし、0(ゼロ)とすることが好ましい(ステップS5、S6)。つまり、この時点を鉛直移動距離の出発点とするのが良い。なぜなら、このときには明らかに鉛直方向への移動はしていないからである。
【0047】
最後に、鉛直方向速度V(t)の絶対値が、中ほどの値である場合、つまり鉛直方向速度V(t)が速くもなく遅くもない場合がある。これは前述の図4などで説明したように、鉛直方向の移動もあり得るし、気圧の揺らぎによることもあり得る。これを数式で表せば、前述の通り、次の(3)、(4)、(5)、(6)に示すように規定することができる。
(3)エスカレータ上昇:Vth1<V(t)<Vth2
(4)エスカレータ下降:−Vth2<V(t)<−Vth1
(5)階段上昇 :Vth1<V(t)<Vth2
(6)階段下降 :−Vth2<V(t)<−Vth1
これら(3)〜(6)は、次の(3′)または(4′)のように言い換えることができる。
(3′)鉛直方向上昇中、または気圧の揺らぎ:Vth1<V(t)<Vth2
(4′)鉛直方向下降中、または気圧の揺らぎ:−Vth2<V(t)<−Vth1
そして、例えば、鉛直方向速度V(t)が(3′)に該当する場合には、変数LupとLdownとを、
Lup=Lup+V(t)・Δt
Ldonw=0
として演算する(ステップS7)。
【0048】
つまり、変数Lupは、すでに保持していた変数Lupの値に「V(t)・Δt」を加えたものである。この第2項の「V(t)・Δt」の中の「Δt」は、ここで新たに定義した量であって、気圧値測定ごと(またはV(t)演算ごとでもよい)の周期(1測定あたりの時間)とするのがもっとも好適である。というのは、「V(t)・Δt」という量がこの「Δt」の時間に動いた距離を表す量だからである。
したがって、変数Lupという量は、前記のような演算をすることにより、鉛直上方向にどれだけの距離を移動し続けているか、すなわち継続移動距離を示す非常に有用な物理量となる。また、変数Ldownは下方への継続移動距離を表し、(3′)では、鉛直方向速度V(t)が正値であって、鉛直方向上昇中、または気圧の揺らぎと予測される値であるため、ここでは、0とクリアすることが好ましい。
【0049】
一方で、鉛直方向速度V(t)が(4′)に該当する場合には、変数LupおよびLdownを、
Lup=0
Ldown=Ldown+V(t)・Δt
として演算する(ステップS8)。
【0050】
このとき、鉛直方向速度V(t)は負の値であるため、上記式に示すように定義した変数Ldownも必ず負の値となる。なお、Ldownの物理的意味は、先に説明した変数Lupの場合とほぼ同じように解釈でき、鉛直下方にどれだけの距離を移動し続けているか、を示す物理量となる。
なお、ここまで説明した鉛直方向速度V(t)の絶対値が中ほどの値であるときの各種演算は、鉛直継続距離演算部4で実行される。そして、鉛直移動判定部5において、最終的な識別がなされることになる。具体的には以下の通りである。
【0051】
鉛直方向速度V(t)が(3′)に該当する場合、変数Lupは、鉛直上方にどれだけの距離を移動し続けているかを表す物理量であることから、この変数Lupが階高に達したかどうかを判断すれば、鉛直方向上昇中であるのか、或いは、気圧の揺らぎであるのかを識別することができる。
ここで、階高は高層ビルや建物によって若干の相違はあるものの、高層ビルの場合には4m程度(3.5〜4.5mくらい)であり、吹き抜けのフロアだけ若干高くて5m程度であることが大半である。少なくとも、人間の身長である1.6〜1.7m程度よりは必ず高いし、2.5mを下回ることもまず皆無と言って良い。
【0052】
そこで、変数Lupが2.5mよりも大きい値なら、これは階高すなわち1階以上の高さだけ鉛直上方に移動し続けたことを意味するものとして、エスカレータまたは階段に乗って上昇中、という識別結果を出す(ステップS9、S10)。逆に、変数Lupが2.5mより小さい値なら、平坦歩行または静止という識別結果を出す(ステップS9、S6)。この場合には、図5のしきい値Lthを2.5mと設定すればいいことになる。なお、このしきい値Lthが移動距離しきい値に対応している。
【0053】
鉛直方向速度V(t)が(4′)に該当する場合も同様であり、変数Ldownがしきい値「−Lth」よりも小さい値ならエスカレータまたは階段に乗って下降中と識別し(ステップS11、S12)、変数Ldownがしきい値「−Lth」よりも大きい値なら平坦歩行乃至静止(ステップS11、S6)という識別結果を出せばよい。
前記の変数Lup及びLdownの定義から明らかなように、基本的に変数Lupは正の値で単調増加し、変数Ldownは負の値で単調減少(絶対値は単調増加)し、それが成り立たないときというのは、変数LupおよびLdownが必ず0にクリアされたときだけである。したがって、変数LupおよびLdownは、本手法による識別の結果、以下のような流れをたどることになる。
【0054】
(a)平坦歩行乃至静止中は変数Lup=0。
(b)平坦歩行乃至静止中の状態からエスカレータによって、気圧式高度計を有する移動体が上昇すると、変数Lupは単調増加を開始するが、上昇した直後はLup<Lthであるため、識別結果は平坦歩行または静止。
(c)直上の階にたどり着く少し前に変数Lupは、Lup>Lthとなって、識別結果はエスカレータまたは階段となる。
(d)直上の階にたどり着いた後に再びエスカレータで上昇すれば、すでにLup>Lthなので引き続き識別結果はエスカレータまたは階段となり、(c)の状態と同じになり、この状態を継続することになる。
(e)直上の階にたどり着いた後に平坦歩行すれば、鉛直方向速度V(t)がVth1以下になった時点で、Lup=0となって(a)の状態に戻る。
【0055】
エスカレータによって下降した場合の、変数Ldownによる下降時の流れも同様である。
以上説明したように、気圧値データの時間的変化から鉛直方向速度だけでなく、鉛直方向への移動距離も演算し、鉛直方向速度と移動距離との双方に基づいて、気圧計(気圧測定部1を保持するユーザ)がどのように移動しているかを判断するようにした。そのため、気圧の変化が高度の変化または鉛直方向の移動によるものか否かを、的確に識別することができ、特に、鉛直方向速度だけでは識別困難な、エスカレータや階段による移動中であるか、平坦歩行または静止している状態であるのかについても、的確に識別することができる。
【0056】
特に、鉛直方向への移動に利用する移動設備の鉛直方向速度は、前述の病院内のエスカレータと駅構内のエスカレータなどというように同じ種類の移動設備であっても比較的ばらつきが大きく、また、これら個々の移動設備に対する、エスカレータの移動速度などといったデータ取得が困難である。そのため、エスカレータやエレベータなどといった移動設備の種類ごとに鉛直方向速度のしきい値を設定し、これに基づき、移動設備を識別する構成とした場合、識別誤差が大きくなる。
【0057】
しかしながら、上述のように鉛直方向に移動する場合の継続距離を演算することで、高層ビルなどの各階ごとの高さ(階高)と直接比較することができる。そして、この階高は、異なるビル間でも比較的ばらつきが小さく、さらに、階高などといったデータ取得が比較的容易である。そのため、気圧変化が高度の変化または鉛直方向の移動によるものか、あるいは否かを、容易且つより正確に、自動的に識別することができる。
したがって、気圧式高度計などにおいて、気圧測定値から、気圧変化が、エスカレータまたは階段での移動や、エレベータによる移動など、高度変化または鉛直方向の移動を除く要因によるものと識別されるときには、この気圧変化は高度変化または鉛直方向の移動によるものではないとして、高度の補正を行うなどの処理を行うことによって、自動的に高度の補正を行うことができ、使い勝手がよりよい気圧式高度計を実現することができる。
【0058】
また、例えば、気圧の変化が鉛直方向への移動によるものではないと判断されるとき、すなわち、平坦歩きをしている、或いは静止状態であると判断される場合に、図6に示すように、この時点における気圧の測定値である気圧値Pを、鉛直高さの基準における基準の気圧値として設定し、例えば、この基準の気圧値と既知の高度または階とを対応付けて記憶部111に記憶しておき、記憶部111に記憶された基準の気圧値を基準として、高度演算部112により高度を推定することなどによって、適切に高度を推定することができる。このとき、気圧の変化が鉛直方向への移動によるものではなくすなわち、平坦歩きをしている、或いは静止状態であり鉛直方向に移動していないと判断される間の気圧値Pを、基準の気圧値として記憶部111に更新記憶するなど、気圧値Pを用いて記憶部111に記憶された基準の気圧値を補正することによって、より適切に高度を推定することができる。
なお、本発明における識別装置に、図7に示すように、さらに加速度計6(加速度センサ)を備え付ければ、ユーザが歩行の状態にあるのか、あるいは歩行しておらず静止の状態にあるのか、を知ることができる。これを用いれば、これまでの説明では識別できなかったエスカレータと階段とを識別することが可能となる。具体的には以下のような手段を使えば良い。
【0059】
これまでの説明で、気圧測定部1を保持するユーザがエスカレータ乃至階段を利用して移動中という識別結果が出た場合、ユーザの実際の状態として可能性があるのは、エスカレータ上で歩行しているか、エスカレータ上で静止しているか、階段を歩行しているかのいずれかである。
まず、加速度計6の計測値が略零であって、歩行状態にない(静止状態にある)と判断される場合には、明らかにエスカレータ上で静止しているとみなすことができる。
【0060】
残る2つについては、一般にエスカレータの段差と階段の段差とが同程度であり、ユーザがエスカレータ上で歩行する場合および階段を昇降する場合による鉛直速度も同程度であることを利用して識別する。すなわち、鉛直速度演算部2によって演算された鉛直方向速度V(t)から、予め定められた、エスカレータ上での歩行および階段を昇降した場合に生じる歩行時鉛直速度を引き算すれば、その引き算後の数値は、エスカレータ上での歩行時には、ほぼエスカレータそのものの鉛直速度(ゼロより大きい)となり、階段の歩行時には鉛直速度ゼロに近くなる。この大小関係に基づいて、あるしきい値を設定し、引き算後の数値がそのしきい値よりも大きければエスカレータ上の歩行、小さければ階段の歩行と識別すれば良い。これらエスカレータ上で静止している状態か、エスカレータ上で歩行している状態か、階段を昇降している状態かの識別は、図7に示すように、階段移動識別部7で行なえばよい。すなわち、鉛直移動判定部5での判断の結果と、加速度計6の計測値と、鉛直速度演算部2によって演算された鉛直方向速度V(t)と、を階段移動識別部7に入力し、鉛直移動判定部5での判断の結果、エスカレータで移動中あるいは階段を昇降中であると判定されるときに、階段移動識別部7において、加速度計6の計測値から歩行状態にない(静止状態にある)と判断されるかを判定する。そして、歩行状態にないと判断されるときに、鉛直速度演算部2によって演算された鉛直方向速度V(t)から、予め設定した、エスカレータ上での歩行および階段を昇降した場合に生じる歩行時鉛直速度を減算し、減算結果に基づき判断すればよい。
【0061】
最後に、本発明における識別装置を用いてたとえばエレベータと識別されたとすれば、エレベータの中にいることは勿論、エレベータに乗り込んだ時間、及びエレベータから降りた時間を瞬間的に、具体的には高々数秒程度の不定さで知ることができる。
一方で、高層ビル屋内におけるエレベータはそれほど数が多くなく、しかも場所は屋内地図(フロアマップ)等で容易に知ることができる。したがって、例えば、図7に示すように識別装置100に、ユーザが存在するフロアのフロアマップを表示するフロアマップ表示部8を設ける。そして、識別装置100による、ユーザの現在の状態の識別結果を用いれば、例えばユーザがエレベータを降りた瞬間にエレベータの出入り口にいることがわかるため、エレベータを降りたと判断される瞬間に、ユーザの現在地を、フロアマップ上のエレベータの近傍の位置に合わせこむことができる。さらに、エレベータの出入り口における移動方向(識別装置100を保持するユーザが歩行して行く方角)もわかる場合があり、その結果としてユーザが現在地をどの方向(方角)に向かって移動しているかをフロアマップ上にて合わせこむこともできる。この技術は屋内における自律航法の累積誤差補正等に非常に有用な対策である。
なお、図7では、識別装置100にフロアマップ表示部8を設ける場合について説明したが、これに限るものではなく、図8に示すように、フロアマップ表示部8を備えるフロアマップ表示装置150においてさらに識別装置100を設け、ユーザの現在位置や移動方向等を、フロアマップ上に合わせ込むように構成することも可能である。
【0062】
勿論、エスカレータや階段の場合もまったく同様の手段を講じて補正が可能である。
なお、本発明の範囲は、図示され記載された例示的な実施形態に限定されるものではなく、本発明が目的とするものと均等な効果をもたらすすべての実施形態をも含む。さらに、本発明の範囲は、すべての開示されたそれぞれの特徴のうち特定の特徴のあらゆる所望する組み合わせによって画されうる。
【符号の説明】
【0063】
1 気圧測定部
2 鉛直速度演算部
3 鉛直速度判定部
4 鉛直継続距離演算部
5 鉛直移動判定部
6 加速度計
7 階段移動識別部
8 フロアマップ表示部
100 識別装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8