特許第5937890号(P5937890)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人日本大学の特許一覧

<>
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000013
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000014
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000015
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000016
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000017
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000018
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000019
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000020
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000021
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000022
  • 特許5937890-超音波治療システム 図000023
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5937890
(24)【登録日】2016年5月20日
(45)【発行日】2016年6月22日
(54)【発明の名称】超音波治療システム
(51)【国際特許分類】
   A61B 8/00 20060101AFI20160609BHJP
   A61B 90/00 20160101ALI20160609BHJP
   A61B 18/00 20060101ALI20160609BHJP
【FI】
   A61B8/00
   A61B19/00 502
   A61B17/36 330
【請求項の数】7
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2012-119645(P2012-119645)
(22)【出願日】2012年5月25日
(65)【公開番号】特開2013-244167(P2013-244167A)
(43)【公開日】2013年12月9日
【審査請求日】2015年5月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】899000057
【氏名又は名称】学校法人日本大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】望月 剛
(72)【発明者】
【氏名】木原 泰三
(72)【発明者】
【氏名】千葉 敏雄
【審査官】 門田 宏
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−103434(JP,A)
【文献】 特開平06−197907(JP,A)
【文献】 特開2007−135690(JP,A)
【文献】 特開2001−327495(JP,A)
【文献】 国際公開第2007/040270(WO,A1)
【文献】 特開平03−173553(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0067624(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 8/00
A61B 18/00
A61B 90/00
JMEDPlus(JDreamIII)
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
治療用の超音波を送波する治療用振動子と、
治療用振動子を基準とした治療座標系を用いて、互いに焦点の設定位置が異なる複数の超音波ビームを形成するように、治療用振動子を制御するビーム形成部と、
前記各超音波ビームごとに発生するキャビテーションの観測結果に基づいて、観測座標系において、各超音波ビームの焦点に対応した実測位置を得る位置特定部と、
前記複数の超音波ビームに関する焦点の設定位置と実測位置に基づいて、治療座標系と観測座標系の間の座標変換情報を得る変換情報生成部と、
を有し、
治療部位の観測結果に基づいて得られる観測座標系における治療箇所の位置情報から、前記座標変換情報に基づいて、治療座標系における当該治療箇所の位置情報を得ることにより、治療座標系を用いて当該治療箇所をターゲットとして超音波ビームを形成して治療用の超音波を送波する、
ことを特徴とする超音波治療システム。
【請求項2】
請求項1に記載の超音波治療システムにおいて、
観測用の超音波を送受する観測用振動子と、
観測用振動子を介して得られるエコーデータに基づいて超音波画像を形成する画像形成部と、
をさらに有し、
前記位置特定部は、各超音波ビームごとに発生するキャビテーションの画像を含んだ前記超音波画像に基づいて、観測用振動子を基準とした前記観測座標系における各超音波ビームの焦点に対応した実測位置を得る、
ことを特徴とする超音波治療システム。
【請求項3】
請求項1または2に記載の超音波治療システムにおいて、
前記複数の超音波ビームを一括形成することにより、複数の超音波ビームから包括的に得られる複数の焦点に関する設定位置セットと実測位置セットを一括登録し、
前記変換情報生成部は、前記設定位置セットと前記実測位置セットに基づいて、前記座標変換情報を得る、
ことを特徴とする超音波治療システム。
【請求項4】
請求項3に記載の超音波治療システムにおいて、
前記変換情報生成部は、前記設定位置セットと前記実測位置セットに基づいて得られる複数の変換行列候補の中から、変換行列候補同士の距離に基づいて、前記治療座標系と前記観測座標系の間の変換行列を選定する、
ことを特徴とする超音波治療システム。
【請求項5】
請求項1または2に記載の超音波治療システムにおいて、
前記複数の超音波ビームの各々を逐次形成することにより、各超音波ビームごとに個別的に得られる焦点の設定位置と実測位置の対応関係を逐次登録し、
前記変換情報生成部は、前記複数の超音波ビームの各々から得られる前記対応関係に基づいて、前記座標変換情報を得る、
ことを特徴とする超音波治療システム。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の超音波治療システムにおいて、
前記位置特定部は、水中で各超音波ビームごとに発生するキャビテーションの観測結果に基づいて、各超音波ビーム上においてキャビテーションの中心位置から浅い方にずれた位置をその超音波ビームの焦点に対応した実測位置とする、
ことを特徴とする超音波治療システム。
【請求項7】
請求項1から5のいずれか1項に記載の超音波治療システムにおいて、
前記位置特定部は、ゲル状の擬似生体内で各超音波ビームごとに発生するキャビテーションの観測結果に基づいて、各超音波ビーム上におけるキャビテーションの中心位置をその超音波ビームの焦点に対応した実測位置とする、
ことを特徴とする超音波治療システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、治療用の超音波を送波する超音波治療システムに関する。
【背景技術】
【0002】
強力集束超音波(HIFU:High Intensity Focused Ultrasound)を例えば生体に照射し、比較的強力な音響エネルギーにより、生体内の治療箇所に関する破壊や破砕や焼灼などを行って、生体を治療するシステムや装置が知られている。強力集束超音波を利用するシステムや装置においては、目的とする治療箇所に的確に強力集束超音波の焦点を設定する必要がある。
【0003】
そのため、例えば、超音波診断装置やMRIなどを利用して得られる観測画像により治療箇所の位置を確認し、その位置を焦点として強力集束超音波を照射するような制御が行われる。こうした制御においては、治療箇所の確認に利用される座標系(観測座標系)と強力集束超音波の制御に利用される座標系(治療座標系)との間の対応関係、例えば座標系間の座標変換情報などを明らかにしておく必要がある。
【0004】
一方において、水などの液体内またはゲル状の媒体内に強力集束超音波を照射することにより、キャビテーションと呼ばれる気泡が発生する現象が知られている。例えば特許文献1には、キャビテーション気泡の崩壊圧を対象物の破砕や洗浄に利用する旨の技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2005/094701号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述した背景技術に鑑み、本願の発明者は、超音波治療システムの更なる改良について研究開発を重ねてきた。特に、治療座標系と観測座標系の間の座標変換情報を得る技術と超音波により発生するキャビテーションに注目した。
【0007】
本発明は、その研究開発の過程において成されたものであり、その目的は、超音波により発生するキャビテーションを利用して座標変換情報を得る超音波治療システムを実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的にかなう好適な超音波治療システムは、治療用の超音波を送波する治療用振動子と、治療用振動子を基準とした治療座標系を用いて、互いに焦点の設定位置が異なる複数の超音波ビームを形成するように、治療用振動子を制御するビーム形成部と、前記各超音波ビームごとに発生するキャビテーションの観測結果に基づいて、観測座標系において各超音波ビームの焦点に対応した実測位置を得る位置特定部と、前記複数の超音波ビームに関する焦点の設定位置と実測位置に基づいて、治療座標系と観測座標系の間の座標変換情報を得る変換情報生成部と、を有し、治療部位の観測結果に基づいて得られる観測座標系における治療箇所の位置情報から、前記座標変換情報に基づいて、治療座標系における当該治療箇所の位置情報を得ることにより、治療座標系を用いて当該治療箇所をターゲットとして超音波ビームを形成して治療用の超音波を送波する、ことを特徴とする。
【0009】
上記超音波治療システムでは、治療用振動子を基準とした治療座標系と、観測における基準となる観測座標系が利用される。観測においては、超音波診断で得られる超音波画像を利用することが望ましいものの、MRIなどの他の装置を利用して得られる観測画像が利用されてもよい。
【0010】
そして、上記超音波治療システムでは、治療用の超音波を送波する制御において設定される各超音波ビームの焦点の設定位置と、キャビテーションの観測結果に基づいて得られる各超音波ビームの焦点に対応した実測位置と、に基づいて、治療座標系と観測座標系の間の座標変換情報を得ている。つまり、座標変換情報を用いて、例えば観測座標系から治療座標系へ位置情報を変換することが可能になり、観測座標系において確認された治療箇所をターゲットとして超音波ビームを形成して治療用の超音波を送波することが可能になる。そのため、特に、治療座標系と観測座標系との間の幾何学的な対応関係を明らかにすることが困難な場合や、その幾何学的な対応関係を固定しておくことが困難な場合において、本超音波治療システムは極めて有用である。
【0011】
望ましい具体例において、前記超音波治療システムは、観測用の超音波を送受する観測用振動子と、観測用振動子を介して得られるエコーデータに基づいて超音波画像を形成する画像形成部と、をさらに有し、前記位置特定部は、各超音波ビームごとに発生するキャビテーションの画像を含んだ前記超音波画像に基づいて、観測用振動子を基準とした前記観測座標系における各超音波ビームの焦点に対応した実測位置を得ることを特徴とする。
【0012】
望ましい具体例において、前記超音波治療システムは、前記複数の超音波ビームを一括形成することにより、複数の超音波ビームから包括的に得られる複数の焦点に関する設定位置セットと実測位置セットを一括登録し、前記変換情報生成部は、前記設定位置セットと前記実測位置セットに基づいて、前記座標変換情報を得ることを特徴とする。
【0013】
望ましい具体例において、前記変換情報生成部は、前記設定位置セットと前記実測位置セットに基づいて得られる複数の変換行列候補の中から、変換行列候補同士の距離に基づいて、前記治療座標系と前記観測座標系の間の変換行列を選定する、ことを特徴とする。
【0014】
望ましい具体例において、前記超音波治療システムは、前記複数の超音波ビームの各々を逐次形成することにより、各超音波ビームごとに個別的に得られる焦点の設定位置と実測位置の対応関係を逐次登録し、前記変換情報生成部は、前記複数の超音波ビームの各々から得られる前記対応関係に基づいて、前記座標変換情報を得ることを特徴とする。
【0015】
望ましい具体例において、前記位置特定部は、水中で各超音波ビームごとに発生するキャビテーションの観測結果に基づいて、各超音波ビーム上においてキャビテーションの中心位置から浅い方にずれた位置をその超音波ビームの焦点に対応した実測位置とする、ことを特徴とする。
【0016】
望ましい具体例において、前記位置特定部は、ゲル状の擬似生体内で各超音波ビームごとに発生するキャビテーションの観測結果に基づいて、各超音波ビーム上におけるキャビテーションの中心位置をその超音波ビームの焦点に対応した実測位置とする、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、超音波で発生するキャビテーションを利用して座標変換情報を得る超音波治療システムが実現される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の実施において好適な超音波治療システムを示す図である。
図2】超音波によるキャビテーションの発生を説明するために図である。
図3】ゲル状の媒体内におけるキャビテーションの位置の確認を説明するための図である。
図4】治療用超音波により発生するノイズを説明するための図である。
図5】水中におけるキャビテーションの位置の確認を説明するための図である。
図6】治療用超音波の照射方向の確認手順を説明するための図である。
図7】ビーム方向に沿って並ぶエコーデータの強度を示す図である。
図8】点Cと点Dの別の登録例を示す図である。
図9】複数の試行の各々で得られる変換行列群の具体例を示す図である。
図10】変換行列間距離の算出結果の具体例を示す図である。
図11】変換行列間距離の算出結果をグラフ化した図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
図1は、本発明の実施において好適な超音波治療システム(本超音波治療システム)を示す図である。本超音波治療システムは、超音波プローブ10を備えており、その超音波プローブ10は、治療用振動子10Tと観測用振動子10Dで構成されている。
【0020】
治療用振動子10Tは、強力集束超音波(HIFU)を送波する振動子であり、例えば二次元的に配列された複数の治療用振動素子を備えている。治療用振動子10Tは、例えば癌や腫瘍などの治療箇所Pに治療用の強力集束超音波(治療用超音波T)を送波して、その治療箇所Pを例えば焼灼するなどして治療するために利用される。
【0021】
一方、観測用振動子10Dは、例えば二次元的に配列された複数の観測用振動素子を備えており、例えば治療箇所Pを有する被検体(患者)に対して、超音波画像を形成するための比較的弱い超音波を送受する。つまり、公知の一般的な超音波診断装置と同じ程度の強度(エネルギー)の超音波を送受する。
【0022】
なお、超音波プローブ10は、例えば、お椀(どんぶり)状に凹ませた内部の表面を振動子面とする。そして、例えば、お椀状に凹んだ内部の中央に位置する底の部分に観測用振動子10Dが設けられる。但し、超音波プローブ10の振動子面の形状は、お椀状に限定されず、用途等に応じた形状とされることが望ましい。また、全ての振動素子またはいくつかの振動素子が、治療用と観測用の両用途に利用されてもよい。
【0023】
送信ビームフォーマ(送信BF)12は、超音波プローブ10が備える複数の振動素子の各々に対応した送信信号を出力して超音波プローブ10を制御する。つまり、送信ビームフォーマ12は、観測用振動子10Dの複数の振動素子を制御し、観測用の送信ビームを観測領域D内で走査する。また、送信ビームフォーマ12は、治療用振動子10Tの複数の振動素子を制御して治療用の送信ビームを形成する。
【0024】
受信ビームフォーマ(受信BF)14は、観測用振動子10Dが備える複数の振動素子の各々から得られる受信信号に対して整相加算処理などを施すことにより、観測領域D内で走査される送信ビームに対応した受信ビームを形成し、受信ビームに沿って得られるエコーデータ(受信信号)を後段の超音波画像形成部20へ出力する。
【0025】
超音波画像形成部20は、受信ビームフォーマ14から得られるエコーデータに基づいて、観測領域D内を映し出した超音波画像の画像データを形成する。超音波画像としては例えばBモード画像や3次元画像や直交3断面画像などが好適である。そして、超音波画像形成部20において形成された画像データに対応した超音波画像が表示部22に表示される。
【0026】
本超音波治療システムでは、超音波画像を利用して治療箇所Pの位置が確認され、その確認された治療箇所Pの位置をターゲットとして治療用超音波Tが送波される。本超音波治療システムを利用するユーザは、例えば、表示部22に表示される超音波画像を利用して治療箇所Pの位置を確認し、操作デバイス32を操作してその治療箇所Pの位置情報を入力する。例えば、操作デバイス32と表示部22の機能を一体化させたタッチパネルに表示される超音波画像内において治療箇所Pの位置を指定することにより位置情報が入力される。また、トラックボールやマウスなどの操作デバイス32を操作して、表示部22の超音波画像内に表示されるカーソル等により治療箇所Pの位置を指定して位置情報が入力されてもよい。もちろん、本超音波治療システムが超音波画像に対する画像処理等により治療箇所Pの位置を確認して位置情報を得るようにしてもよい。なお、治療箇所Pの位置情報としては、例えば、xyz直交座標系内における座標値が好適であるものの、rθφ走査座標系内における座標値が利用されてもよい。
【0027】
制御部70は、例えば操作デバイス32を介して得られる治療箇所Pの位置情報に基づいて送信ビームフォーマ12を制御する。これにより、送信ビームフォーマ12は、治療箇所Pの位置に向けて、例えば治療箇所Pの位置を焦点とする送信ビームを形成し、治療用超音波Tを送波するように、超音波プローブ10の治療用振動子10Tを制御する。
【0028】
上述した本超音波治療システムにおける制御においては、治療箇所Pの位置の確認に利用される観測領域Dの座標系、つまり観測用振動子10Dを基準とした観測座標系と、治療用超音波Tの送信制御に適した座標系、つまり治療用振動子10Tを基準とした治療座標系が利用される。そのため、その制御に先立って、観測座標系と治療座標系の座標系間の座標変換情報などを明らかにしておく必要がある。本超音波治療システムでは、その座標系間の座標変換情報として変換行列を得るにあたって、超音波によって発生するキャビテーションを利用する。
【0029】
そこで、本超音波治療システムによるキャビテーションを利用した変換行列の生成について以下に説明する。なお、既に図1に示した部分(構成)については、以下の説明において図1の符号を利用する。
【0030】
図2は、超音波によるキャビテーションの発生を説明するために図である。キャビテーションとは、水などの液体内またはゲル状の媒体内に強力集束超音波を照射することにより負音圧で気泡が発生する現象である。本超音波治療システムでは、治療用超音波Tを送波してキャビテーションを発生させる。図2には、治療座標系(XYZ直交座標系)を利用した制御により、Z軸に沿って焦点Fで集束するように超音波ビームを形成して治療用超音波Tを送波する例が示されている。キャビテーションは、例えば超音波ビームのビーム軸を中心とした回転体または楕円体となる。
【0031】
図2(1)は、水中におけるキャビテーションの発生を示している。図2(1)に示すように、水中に向けて焦点Fで集束するように超音波ビームを形成して治療用超音波Tを送波すると、焦点Fの付近に気泡が発生する。その気泡が発生している領域がキャビテーションエリアCである。水中においては、焦点Fで発生した気泡が比較的強力な治療用超音波Tの放射圧や放射流により、ビーム方向に沿って深い方に押し流される。
【0032】
一方、図2(2)は、ゲル状の媒体内におけるキャビテーションの発生を示している。ゲル状の媒体内に向けて焦点Fで集束するように超音波ビームを形成して治療用超音波Tを送波すると、焦点Fの付近に気泡が発生する。ゲル状の媒体内では、気泡が流されることなく発生した位置に留まる傾向があるため、図2(2)に示すように、焦点Fをほぼ中心として球状に近い回転楕円体のキャビテーションエリアCが形成される。
【0033】
このように、水中とゲル状の媒体内では、発生するキャビテーションの状態が異なっている。図1の超音波治療システムでは、治療に先立って、治療用振動子10Tにより治療用超音波Tを照射して水中またはゲル状の媒体内でキャビテーションを発生させ、観測用振動子10Dを利用してキャビテーションを含む観測領域D内からエコーデータを得て、超音波画像形成部20において形成される超音波画像から、位置特定部30においてキャビテーションの位置が確認されて焦点Fの位置が特定される。まず、比較的容易に位置情報を得ることができるゲル状の媒体(例えばファントム)を利用した位置情報の登録について説明する。
【0034】
図3は、ゲル状の媒体内におけるキャビテーションの位置の確認を説明するための図である。キャビテーションの位置の確認には、観測座標系(xyz直交座標系)で得られる観測領域Dの超音波画像が利用される。例えば、キャビテーションを含んだ三次元領域である観測領域Dの超音波画像が形成される。
【0035】
なお、観測用の超音波ビームを立体的に走査してエコーデータを収集すると、図3に示すように、扇型を揺動した立体形状の観測領域Dが形成される。この観測領域Dから得られるエコーデータに基づいて、例えば補間処理等により、立方体形状のボクセルデータ空間を形成することができる。そこで、本超音波治療システムでは、観測領域Dを立方体形状のボクセルデータ空間に変換し、観測座標系として、デカルト座標系(xyz直交座標系)を利用する。
【0036】
ゲル状の媒体においては、キャビテーションエリアCの中心座標が参照点、つまり、焦点Fの実測位置とされる。但し、参照点の登録をより正確に実行するために、治療用超音波(強力集束超音波:HIFU)により発生するノイズを除去することが望ましい。
【0037】
図4は、治療用超音波により発生するノイズを説明するための図であり、観測領域D内において観測される複数のノイズ(N)の発生例を示している。ノイズとしては、治療用超音波(HIFU)の送波時に観測系に漏れこむ音響的ノイズが支配的であり、従って、観測系の超音波受信ライン方向に細長くなる性状を有する。つまり、図4に示すように、ノイズは、観測用超音波の受信ビーム方向に沿って細長くなる傾向がある。
【0038】
そこで、このノイズの細長くなる形状を利用して,例えばモルホロジーフィルタなどの非線形フィルタにより、キャビテーションによる立体画像とノイズの画像とを識別してノイズを取り除くことができる。
【0039】
なお、音響的ノイズとは別に、それよりも小さな電気的なノイズも混入することがあるものの、この電気的ノイズは、エコーデータの取り込み動作を繰り返して複数のボリュームデータを形成し、複数のボリュームデータ間で平均処理を行うなどして取り除くことができる。または、電気的ノイズは、ある大きさを有する空間フィルタの低周波除去フィルタなどにより取り除くことも可能である。
【0040】
こうして、ノイズを除去した後に、例えば、ユーザが、表示部22に映し出される観測領域Dに関する超音波画像を見ながら、操作デバイス32を利用して、その超音波画像内においてキャビテーションエリアの中心点を指定することにより、位置特定部30が、その中心点を参照点(図3における焦点Fの実測位置)に設定する。なお、位置特定部30が、例えば、超音波画像データに対して細線化処理または画像縮退処理等の画像処理技術を適用して、超音波画像データ内においてキャビテーションエリアの中心点を抽出するようにしてもよい。
【0041】
次に、水中のキャビテーションを利用した位置情報の登録について説明する。図2(1)に示すように、水中においては、焦点Fで発生した気泡が比較的強力な治療用超音波Tの放射圧や放射流により深い方に押し流される。つまり、治療用の超音波ビーム上において、キャビテーションエリアCの中心点から浅い方にずれた位置に、その超音波ビームの焦点Fがある。そのため、治療用の超音波ビームのビーム軸の方向を知る必要がある。
【0042】
図5は、水中におけるキャビテーションの位置の確認を説明するための図である。図5には、観測座標系(xyz直交座標系)と治療座標系(XYZ直交座標系)が示されている。図1に示す超音波プローブ10においては、治療用振動子10Tの原点位置と観測用振動子10Dの原点位置が近接している(望ましくは一致している)ものの、図5には、観測座標系(xyz直交座標系)と治療座標系(XYZ直交座標系)の原点位置が比較的離れた場合の例を示している。本超音波治療システムによれば、例えば図5に示すように観測座標系と治療座標系の原点位置が比較的離れた場合であっても、座標系間の対応関係を明らかにすることができる。
【0043】
治療用振動子10Tを基準とした治療座標系と観測用振動子10Dを基準とした観測座標系との間の対応関係が明らかになる前においては、観測系において、治療用超音波(HIFU)がどの方向から照射されたのかが未知である。そこで、治療用超音波の照射方向が以下の手順で確認される。
【0044】
図6は、治療用超音波の照射方向の確認手順を説明するための図である。まず、治療用振動子10Tにより第1の治療用超音波を送波してキャビテーションを発生させ、観測用振動子10Dを利用した観測系においてそのキャビテーションの中心である点aの座標を確認して記録する。なお、第1の治療用超音波は、例えば、治療用振動子10Tの振動子面の中心(原点)からその振動子面に対して垂直な超音波ビーム方向に送波される。
【0045】
次に、点aと治療用振動子10Tの中心(原点)とを結ぶ直線に沿って、つまり第1の治療用超音波と同一の超音波ビーム方向で、第1の治療用超音波とは異なる焦点に、第2の治療用超音波を送波する。そして、第2の治療用超音波によりキャビテーションを発生させ、観測用振動子10Dを利用した観測系においてそのキャビテーションの中心である点bの座標を確認して記録する。
【0046】
点aと点bは同一の超音波ビーム上の2点であるため、観測系において例えば位置特定部30が点aと点bを通る直線を確認することにより、治療系において例えば送信ビームフォーマ12により設定された超音波ビーム方向を知ることができる。
【0047】
なお、参照点(焦点の実測位置)を手動登録する場合には、超音波画像内にその超音波ビーム方向(ビーム軸)を例えば直線で表示し、ユーザに治療用超音波ビームの照射方向を知らせることができる。ユーザはそれを参考に、例えばキャビテーションエリアの境界で、最も治療用振動子に近い点、つまり図6に示す点Aと点Bを参照点として装置に登録する。こうして、第1の治療用超音波の焦点の実測位置(参照点)である点Aと、第2の治療用超音波の焦点の実測位置(参照点)である点Bが登録される。
【0048】
また、参照点(焦点の実測位置)を自動登録する場合には、観測系において例えば位置特定部30が点aと点bを通る直線(ビーム方向)に沿って並ぶエコーデータ(ボクセルデータ)の強度を確認する。
【0049】
図7は、ビーム方向に沿って並ぶエコーデータの強度を示す図であり、図6の点aと点bを通る直線に沿って並んだエコーデータの強度(輝度値)を示している。図7の横軸は観測系において確認された治療用超音波ビーム方向(ビーム軸)であり、図7の縦軸にはビーム上の各位置におけるエコーデータの強度が示されている。図7において、治療用振動子は原点側(左側)に存在することになる。
【0050】
図7に示すように、エコーデータの強度(輝度値)の高い山が2つ現れている。これらは、第1の治療用超音波と第2の治療用超音波により発生したキャビテーションに対応している。そこで、例えば位置特定部30は、それぞれの山の値を左側(原点側)から探索し、最初に閾値を超える箇所をキャビテーション画像の境界位置と定義する。そして、その境界位置を参照点として登録する。つまり、第1の治療用超音波の焦点の実測位置として点Aが登録され、第2の治療用超音波の焦点の実測位置として点Bが登録される。
【0051】
また、治療系においては、例えば送信ビームフォーマ12は、自身の座標系である治療座標系の原点Sと焦点の設定位置を知っているため、例えば、第1の治療用超音波の焦点の設定位置(点Aに対応する)から治療座標系の原点Sまでの距離Aを算出し、位置特定部30に提供する。これにより、位置特定部30は、焦点の実測位置である点Aから、原点方向に向かって距離Aだけ離れた位置に、治療座標系の原点Sがあること知ることができる。
【0052】
以上の手順により、観測系において、治療座標系の原点Sの位置と、第1と第2の治療用超音波のビーム軸(ビーム方向)と、そのビーム軸上の参照点である点Aと点Bの座標を確認することができる。
【0053】
さらに、第1と第2の治療用超音波とは異なるビーム方向において、第3の治療用超音波を送波してキャビテーションを発生させ、さらに、第3の治療用超音波と同じビーム方向に第4の治療用超音波を送波してキャビテーションを発生させることにより、上述した点Aと点Bの確認と同様な手順により、第3の治療用超音波に関する焦点の実測位置(点C)と、第4の治療用超音波の焦点に関する実測位置(点D)を登録することができる。なお、参照点である点Cと点Dを次のように登録することもできる。
【0054】
図8は、点Cと点Dの別の登録例を示す図である。図6図7を利用して説明したように、第1と第2の治療用超音波により治療座標系の原点Sを確認することができる。そのため、第3の治療用超音波の送波により発生するキャビテーションの中心位置cと原点Sとを結ぶことにより、第3の治療用超音波のビーム方向を知ることができる。ビーム方向が分かれば、中心位置cからビーム方向に沿って原点S側にある参照点Cを確認することができる。また、第3の治療用超音波とは異なる方向に第4の治療用超音波を送波してキャビテーションを発生させ、その中心位置dと原点Sとを結ぶことにより、第4の治療用超音波のビーム方向を知り、中心位置dからビーム方向に沿って原点S側にある参照点Dを確認することができる。
【0055】
これにより、例えば図8に示すように、4つの参照点として点A,点B,点C,点Dを観測系において登録することができる。なお、4つの参照点を登録するにあたっては、逐次登録法と一括登録法がある。
【0056】
逐次登録法では、第1から第4の治療用超音波が順次送波され、各治療用超音波ごとにキャビテーションの中心位置である点a,点b,点c,点dが次々に確認されて、点A,点B,点C,点Dの4つの参照点が次々に登録される。
【0057】
一括登録法では、第1から第4の治療用超音波が同時にまたは高速に切り替えて送波され、つまり第1から第4の治療用超音波が一括的に送波され、4つのキャビテーションを発生させ、4つのキャビテーションの中心位置である点a,点b,点c,点dが一括的に確認されて、点A,点B,点C,点Dの4つの参照点が一括登録される。
【0058】
こうして、例えば位置特定部30において4つの参照点の位置が確認されると、それら4つの参照点の観測座標系における座標値が座標情報登録部40に登録される。そして、登録された4つの参照点の座標値に基づいて、変換行列生成部50が、観測座標系と治療座標系の間の変換行列を生成する。そこで、以下にその変換行列の生成処理について説明する。なお、逐次登録法と一括登録法とにおいて変換行列の生成処理が異なるため、それぞれの生成処理について説明する。
【0059】
<逐次登録法における変換行列の生成>
観測用振動子10Dを基準とした観測座標系により特定される座標値と、治療用振動子10Tを基準とした治療座標系により特定される座標値は、互いに1対1に対応する単写の関係にある。したがって、それら両座標系間の対応関係を規定する変換行列を得ることができれば、観測座標系において指定された位置の情報から、治療座標系におけるその位置に対応した座標を知ることができる。もちろん治療座標系における位置の情報から観測座標系におけるその位置に対応した座標を知ることもできる。
【0060】
逐次登録法においては、第1から第4の治療用超音波をそれぞれの焦点の設定位置に向けて送波し、それぞれの焦点の実測位置である参照点(点A〜点D)が確認され、各焦点ごとに設定位置と実測位置との対応関係が例えば次のように登録される。
【0061】
点Aについて、設定位置(X,Y,Z)、実測位置(x,y,z
点Bについて、設定位置(X,Y,Z)、実測位置(x,y,z
点Cについて、設定位置(X,Y,Z)、実測位置(x,y,z
点Dについて、設定位置(X,Y,Z)、実測位置(x,y,z
【0062】
観測座標系から治療座標系への変換行列[T]として、アフィン変換行列を用いると、点Aに関する対応関係、つまり治療座標系の設定位置と観測座標系の実測位置の対応関係は次式のように表現できる。
【0063】
【数1】
【0064】
変換行列[T]が特定できれば、観測座標系から治療座標系への座標変換が可能になる。三次元空間(三次元座標系)に関する変換行列[T]は、同一平面上に同時に存在することがない4点を用いることで特定することができる。そのため、点A〜点Dの4点は同一平面上に同時に存在しないように登録される。そして、それら4点に関する対応関係から、変換行列[T]に関する次式が得られる。
【0065】
【数2】
【0066】
数2式において、行列[U]は点A〜点Dの実測位置の座標値で構成される正方行列であり、行列[H]は点A〜点Dの設定位置の座標値で構成される正方行列であり、さらに、変換行列[T]も正方行列で定義されている。
【0067】
数2式の両辺に行列[U]の逆行列[U]−1を左側から乗算すると、次式のとおり、変換行列[T]を算出することができる。
【0068】
【数3】
【0069】
数3式では、逆行列[U]−1を利用しているが、逆行列[U]−1が成立するためには、行列[U]が正則行列であることが条件となる。つまり、行列[U]を構成する4つの参照点の座標が一次独立であることが条件となる。そして、4つの参照点の座標が一次独立であるという数学的な条件は、4点が同一平面内に存在してはならないという物理的な条件と等価である。
【0070】
そこで、本超音波治療システムでは、位置特定部30において同一平面内に存在しない4つの参照点の位置が確認され、それら4つの参照点に関する設定位置と実測位置の対応関係が座標情報登録部40に登録され、変換行列生成部50が、例えば数3式に基づいて変換行列[T]を特定する。
【0071】
なお、変換行列[T]は、理論的には、同一平面内に存在しない4点のみから特定することができるものの、観測系における誤差等を考慮すると、4点による変換行列[T]の特定を複数回に亘って実行して、複数回に亘って得られる複数の変換行列[T]を加算平均処理し、加算平均処理後の変換行列[T]を利用することが望ましい。
【0072】
また、例えば、上述した点A〜点Dの4点に加えて、それらとは異なる点E,点F,点Gについての設定位置と実測位置を登録し、点A〜点Gの7点から4点のグループを選択することにより、次式に示すとおり35通りの選択が可能になる。
【0073】
【数4】
【0074】
そこで、例えばこの35通りのグループの各々から変換行列[T]を算出し、これにより得られる35個の変換行列[T]を加算平均処理し、加算平均処理後の変換行列[T]を利用するようにしてもよい。
【0075】
逐次登録法によれば、治療座標系と観測座標系の間の変換行列を比較的容易に算出することができる。なお、逐次登録法における参照点(焦点の実測位置)の設定においては、水中のキャビテーションとゲル状媒体内のキャビテーションのいずれを利用してもよい。また、逐次登録法における参照点の設定においては、ユーザが参照点を指定するマニュアル設定と位置特定部30が参照点を探索する自動設定のいずれを利用してもよい。
【0076】
<一括登録法における変換行列の生成>
一括登録法においては、第1から第4の治療用超音波が一括的に送波され、点A〜点Dの4つの参照点が一括的に確認される。そのため、観測座標系で確認された4つの参照点つまり4つの実測位置の各々が、治療座標系における4つの設定位置のうちのどの設定位置に対応しているのかが不明となる。
【0077】
したがって、逐次登録法の場合における数2式のように1通りの関係式が定まらず、点A〜点Dに関する4つの設定位置と4つの実測位置の組み合わせ数である4!=24通りの関係式が得られる。つまり、24通りの写像に対応した24通りの変換行列[T]が存在し、そのうちのいずれが4点の正確な対応関係を示した真の変換行列[T]なのかが不明となる。そこで、複数の(例えば24通りの)変換行列[T]の中から真の変換行列[T]を探し出すために次の試行を行う。
【0078】
ここでの試行とは、一括的に発生させた4つのキャビテーションに基づいて登録される4つの設定位置と4つの実測位置の組み合わせから考えられる24通りの変換行列からなる変換行列群を得ることである。そして、4つのキャビテーションの位置を変えつつ、複数回に亘ってその試行を繰り返す。そこで、例えばN回(Nは自然数)に亘って試行が繰り返されてn回目(nは自然数:1≦n≦N)に得られる変換行列群(1〜24の変換行列[T])を次式のように表現することにする。
【0079】
【数5】
【0080】
図9は、複数の試行の各々で得られる変換行列群の具体例を示す図である。図9には、1回目からN回目までの各試行ごとに得られる、写像1から写像24までの24通りの変換行列からなる変換行列群が示されている。各試行ごとに、その変換行列群に含まれる写像1から写像24までの変換行列の中に1つだけ真の変換行列[T]が存在する。図9において、各変換行列群のうち、真の変換行列[T]の背景にハッチングが施されている。例えば、1回目の試行においては写像1が真の変換行列[T]であり、2回目の試行においては写像3が真の変換行列[T]であり、3回目の試行においては写像24が真の変換行列[T]である。
【0081】
複数の試行において得られる複数の真の変換行列[T]は、同じ観測座標系と同じ治療座標系の間の変換行列であるため、理論上は完全に一致することになる。しかし、各試行ごとに観測時の誤差なども含まれるため、複数の試行から得られる複数の真の変換行列[T]は完全に一致するとは限らない。但し、複数の真の変換行列[T]は、互いに近似した値の行列となる。
【0082】
そこで、本超音波治療システムでは、変換行列群の中から真の変換行列[T]を得るにあたり、複数の試行に亘って得られる複数の変換行列群の中から、互いに近似した変換行列を抽出する。互いに似た変換行列を選ぶために、変換行列同士の距離を以下に説明するように定義して、距離の短い行列同士を真の変換行列[T]の候補とする。
【0083】
まず、各変換行列を12次元ベクトルと見なして、次式のように、変換行列間距離を12次元空間におけるユークリッド距離として定義する。次式で定義される距離dは、n回目の試行で得られたm個目の変換行列と、p回目(n≠p)の試行で得られたr個目の変換行列との間における変換行列間距離である。
【0084】
【数6】
【0085】
各変換行列は4行4列の16次元ベクトルになるが、アフィン変換行列では、最も右側の列の係数はゼロと1に固定されているため、各変換行列を特徴づける有効な係数は12個であり、12次元ベクトルで十分である。
【0086】
例えば、図9に示した具体例において、1回目と2回目の試行から得られる変換行列群の組み合わせの中で、1回目の試行における写像1と2回目の試行における写像3から得られる変換行列の組み合わせの距離が最小となる。この最小の距離となる変換行列対を見つけるために、1回目と2回目の変換行列群から得られる全ての変換行列対の距離を算出し、算出した距離を小さい(短い)ものから順に並べて「距離1」「距離2」・・・と名前を付ける。例えば、図9の具体例においては、各試行ごとに24個の変換行列が得られるため、24=276通りの変換行列対があり、従って「距離276」までの値が得られることになる。
【0087】
図10は、変換行列間距離の算出結果の具体例を示す図である。図10において、試行間1は、1回目と2回目の変換行列群の組み合わせから得られる距離を小さいものから順に縦に並べた結果である。なお、距離は数6式に基づいて得られる。試行間2は、1回目と3回目の変換行列群の組み合わせから得られる距離を示している。試行がN回であるならば、通りの試行間が得られる。例えば、試行が8回であると、=28通りであり、試行間28まで得られることになる。図10に示す結果を「試行間距離表」と呼ぶことにする。
【0088】
図11は、変換行列間距離の算出結果をグラフ化した図である。図11の<A>は、横軸に変換行列間距離の値を示して縦軸に試行間の組み合わせを示したグラフである。図11の<A>において、縦軸の(n,p)はn回目の試行とp回目の試行の組み合わせを示しており、各組み合わせ(n,p)ごとに、その組み合わせの変換行列群から得られる変換行列間距離の値が、小さいものから順に横軸方向に沿って並べられている。
【0089】
治療座標系と観測座標系との間の幾何学的な関係を不変としつつ複数回に亘って試行を行えば、各試行ごとに得られる変換行列群の中に必ず真の変換行列が存在するため、試行間において算出される変換行列間距離が0(ゼロ)となる変換行列対が存在し、その変換行列対が真の変換行列であることが分かる。但し、実際に得られる試行の結果においては観測誤差などの影響があり、変換行列間距離が正確に0(ゼロ)とならない場合がある。
【0090】
そこで、本超音波治療システムでは、図11の<B>に示すように、変換行列間距離に関するヒストグラムを形成し、試行間距離の小さい方から最初に頻度が高くなる(例えば最初に極大になる)距離に対応した変換行列対を真の変換行列に選定する。
【0091】
ヒストグラムを作成する理由は、行列の係数に含まれるノイズが互いに打ち消し合うことにより変換行列間距離が最小となる行列対がまれに発生する可能性があり、その行列対を真の変換行列と誤認してしまうことを避けるためである。但し、ノイズに伴って距離が最小となる行列対の発生確率は小さいため、ヒストグラムの頻度の高いものを選定することにより、真の変換行列を抽出することができる。
【0092】
なお、乱数間の距離のヒストグラムは乱数の中央値を中心とするガウス分布となることが知られているため、変換行列間距離のヒストグラムにおいても2つの山が形成される可能性もある。そこで、本超音波治療システムでは、変換行列間距離の小さい方の山(例えば極大値)を真の変換行列としている。
【0093】
真の変換行列に対応した変換行列対が選定されたならば、それら変換行列対を構成する2つの変換行列の全てに関する、行列係数同士の平均値または中央値を算出し、真の変換行列の係数とする。真の変換行列の係数を算出する具体例を示すと次のようになる。
【0094】
変換行列間距離は、数6式で定義される距離dであり、n回目の試行で得られたm個目の変換行列と、p回目(n≠p)の試行で得られたr個目の変換行列との間における変換行列間距離である。そこで、n回目の試行で得られたm個目の変換行列と、p回目の試行で得られたr個目の変換行列を、それぞれ次のように表現する。
【0095】
【数7】
【0096】
また、図11の<B>を利用して説明したように、変換行列間距離に関するヒストグラムにおいて、試行間距離の小さい方から最初に頻度が高くなる(例えば最初に極大になる)距離に対応した複数の変換行列対が抽出される。
【0097】
加算平均法による真の変換行列は、次式に基づいて算出される。つまり、ヒストグラムから抽出された複数の変換行列対(1,2,・・・,Q)を構成する2つの変換行列(数7式参照)の全てに関する行列係数同士の平均値が算出される。
【0098】
【数8】
【0099】
中央値法による真の変換行列は、次式に基づいて決定される。つまり、ヒストグラムから抽出された複数の変換行列対を構成する全ての変換行列に関する係数について、同一行かつ同一列に対応した全ての係数を大きさ順に並べた場合の中央値をその行と列における係数とする。
【0100】
【数9】
【0101】
例えば、図10図11に示した具体例において、数10式に示される変換行列間距離d(数6式参照)の変換行列対がヒストグラムから抽出されたとすると、数9式の中央値法により得られる第1行第1列の係数は数11式のとおりとなる。
【0102】
【数10】
【0103】
【数11】
【0104】
一括登録法においては、参照点が一括的に登録されるため、逐次登録法の場合に比べて参照点の設定のための手間が軽減する。なお、一括登録法における参照点(焦点の実測位置)の設定においては、水中のキャビテーションとゲル状媒体内のキャビテーションのいずれを利用してもよい。また、一括登録法における参照点の設定においては、ユーザが参照点を指定するマニュアル設定と位置特定部30が参照点を探索する自動設定のいずれを利用してもよい。
【0105】
図1に戻り、変換行列生成部50は、座標情報登録部40に登録された座標値に基づいて、上述した逐次登録法または一括登録法に対応した処理により、観測座標系と治療座標系の間の変換行列を生成する。変換行列は治療に先立って生成される。
【0106】
治療時には、まず、観測用振動子10Dを介して得られる超音波画像に基づいて、観測座標系における治療箇所Pの位置が確認される。そして、座標変換部60が、観測座標系における治療箇所Pの位置情報から、治療に先だって生成された変換行列に基づいて、治療座標系における治療箇所Pの位置情報を得る。その治療座標系における治療箇所Pの位置情報に基づいて、制御部70が送信ビームフォーマ12を制御することにより、治療箇所Pをターゲットとして治療用の超音波ビームが形成され、治療用振動子10Tから治療用の超音波が送波される。
【0107】
以上、本発明の好適な実施形態を説明したが、上述した実施形態は、あらゆる点で単なる例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。本発明は、その本質を逸脱しない範囲で各種の変形形態を包含する。
【符号の説明】
【0108】
10 超音波プローブ、12 送信ビームフォーマ、14 受信ビームフォーマ、20 超音波画像形成部、22 表示部、30 位置特定部、40 座標情報登録部、50 変換行列生成部、60 座標変換部、70 制御部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11