特許第5938122号(P5938122)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5938122
(24)【登録日】2016年5月20日
(45)【発行日】2016年6月22日
(54)【発明の名称】潤滑を用いない時計脱進機
(51)【国際特許分類】
   G04B 15/14 20060101AFI20160609BHJP
【FI】
   G04B15/14 Z
【請求項の数】11
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-94628(P2015-94628)
(22)【出願日】2015年5月7日
(65)【公開番号】特開2015-215350(P2015-215350A)
(43)【公開日】2015年12月3日
【審査請求日】2015年5月7日
(31)【優先権主張番号】14167573.6
(32)【優先日】2014年5月8日
(33)【優先権主張国】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】599040492
【氏名又は名称】ニヴァロックス−ファー ソシエテ アノニム
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 政樹
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】フィリップ・デュボワ
(72)【発明者】
【氏名】クリスチャン・シャルボン
【審査官】 榮永 雅夫
(56)【参考文献】
【文献】 特表2008−544290(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0214880(US,A1)
【文献】 特開2007−316048(JP,A)
【文献】 実開平04−008862(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G04B 15/06
G04B 15/08
G04B 15/14
B23P 15/00 − 52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摩擦が改善された時計脱進機機構(100)であって、
前記時計脱進機機構(100)は、互いに接触して協働するよう配設された第1の摩擦表面(20)及び第2の摩擦表面(30)をそれぞれ含む第1の構成部品(2)及び第2の構成部品(3)を含む少なくとも1ペアの構成部品を含む、時計脱進機機構(100)において:
前記第2の摩擦表面(30)は、ケイ素(Si)、二酸化ケイ素(SiO2)、非晶質ケイ素(a−Si)、多結晶質ケイ素(p−Si)、多孔質ケイ素又はケイ素と酸化ケイ素との混合物を含む群から選択される少なくとも1つのケイ素系材料を含むこと;及び
前記第1の摩擦表面(20)は、定比配合の固体窒化ケイ素Si34からなる固体要素の表面で形成されること
を特徴とする、時計脱進機機構(100)。
【請求項2】
前記第1の摩擦表面(20)は、厚さ1000ナノメートル未満の窒化ケイ素層の表面であることを特徴とする、請求項1に記載の脱進機機構(100)。
【請求項3】
前記第1の摩擦表面(20)は、厚さ50ナノメートル〜500ナノメートルの窒化ケイ素層の表面であることを特徴とする、請求項2に記載の脱進機機構(100)。
【請求項4】
ケイ素(Si)、二酸化ケイ素(SiO2)、非晶質ケイ素(a−Si)、多結晶質ケイ素(p−Si)、多孔質ケイ素を含む群から選択される少なくとも1つのケイ素系材料を含む、前記第2の摩擦表面(30)は、前記群から選択される1つ又は複数のケイ素系材料のみで形成される層の表面であることを特徴とする、請求項1に記載の脱進機機構(100)。
【請求項5】
前記機構は、前記第1の摩擦表面(20)を含む前記第1の構成部品(2)をそれぞれ形成する爪石(25)を含み、前記爪石(25)は、前記第2の摩擦表面(30)を含む前記第2の構成部品(3)を形成するガンギ車(35)と協働するよう配設されることを特徴とする、請求項1に記載の脱進機機構(100)。
【請求項6】
請求項1に記載の脱進機機構(100)を少なくとも1つ含む、時計ムーブメント(200)。
【請求項7】
請求項6に記載の時計ムーブメント(200)を少なくとも1つ、及び/又は請求項1に記載の脱進機機構(100)を少なくとも1つ含む、時計(300)。
【請求項8】
請求項1に記載の脱進機機構(100)を作製するための方法であって、
プラズマ強化化学蒸着(PECVD)又は化学蒸着(CVD)又は陰極スパッタリングによって窒化ケイ素の層を基材に塗布して、第2の摩擦表面(30)を形成することを特徴とする、方法。
【請求項9】
請求項1に記載の脱進機機構(100)を作製するための方法であって、
焼結によって、基材を用いて窒化ケイ素構成部品を作製し、第1の摩擦表面(20)又は第2の摩擦表面(30)のうちの一方を形成することを特徴とする、方法。
【請求項10】
請求項1に記載の脱進機機構(100)を作製するための方法であって、
最小寸法が0.10mm超の固体構成部品の形態で加工することによって、基材を用いて窒化ケイ素構成部品を作製し、第1の摩擦表面(20)又は第2の摩擦表面(30)のうちの一方を形成することを特徴とする、方法。
【請求項11】
対向する前記第1の摩擦表面(20)及び前記第2の摩擦表面(30)で形成される各ペアは、Si34/Siペアによって作製されることを特徴とする、請求項9又は10に記載の脱進機機構(100)を作製するための方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦を少なくした時計脱進機機構に関し、上記時計脱進機機構は、互いに接触して協働するよう配設された第1の摩擦表面及び第2の摩擦表面をそれぞれ含む第1の構成部品及び第2の構成部品を含む、少なくとも1ペアの構成部品を含む。
【0002】
本発明はまた、上記脱進機機構を作製するための方法にも関する。
【0003】
本発明は、常に運動する構成部品を含む時計機構の分野、より具体的には脱進機機構の分野に関する。
【背景技術】
【0004】
時計設計者は、保守作業の頻度を低減することによってムーブメントの信頼性を向上させつつ、時計ムーブメントの正確な動作を保証するために、常に努力してきた。
【0005】
ホイール及びピニオン並びに可動構成部品の潤滑は、解決が困難な問題である。潤滑を簡略化するか更には潤滑を省略するための解決策を開発するために、長期に亘る摩擦学的試験が必要である。
【0006】
より具体的には、摩擦係数が低く安定しており、摩耗が少なく、長期に亘る優れた耐久性を示す、摩擦接触する材料のペアを定義する試みにより、潤滑が不要な脱進機機構の動作を達成するよう努力されている。
【0007】
CSEMによる特許文献1は、組成が特定されていない窒化ケイ素を含む摩擦表面を有するマイクロメカニカル構成部品、特に脱進機のアンクルレバーの製造を開示している。この文献は、摩擦が改善された対応部品とのペアを想定しており、この文献には窒化チタン−炭化チタンペア又は窒化チタン−炭化ケイ素ペアが挙げられている。
【0008】
Deng及びKoによる非特許文献1は、長期に亘る摩耗の小ささ及び摩擦の改善のための、精密なマイクロメカニクスにおける窒化ケイ素−ケイ素ペアの使用について記載している。
【0009】
Stoffel、Kovacs、Kronsat、Mullerによる非特許文献2は、摩擦学的特性を保証するための、PECVD又はLPCVDによって得られた不定比窒化ケイ素の使用を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】欧州特許出願第0732635A1号
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】XP XP002734688, “A study of static friction between silicon and silicon compounds”
【非特許文献2】XP002734924, “LPCVD against PECVD for micromechanical applications”
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、上述の問題に対する解決策を提供することを提案する。
【0013】
より詳細には、本発明は、脱進機の高性能摩擦材料として窒化ケイ素を利用することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0014】
この目的のために、本発明は、摩擦が改善された時計脱進機機構に関し、上記時計脱進機機構は、互いに接触して協働するよう配設された第1の摩擦表面及び第2の摩擦表面をそれぞれ含む第1の構成部品及び第2の構成部品を含む、少なくとも1ペアの構成部品を含む。上記時計脱進機機構は、上記第2の摩擦表面が、ケイ素(Si)、二酸化ケイ素(SiO2)、非晶質ケイ素(a−Si)、多結晶質ケイ素(p−Si)、多孔質ケイ素又はケイ素と酸化ケイ素との混合物を含む群から選択される少なくとも1つのケイ素系材料を含むことを特徴とし、また上記第1の摩擦表面が、定比配合の固体窒化ケイ素Si34からなる固体要素の表面で形成されることを特徴とする。
【0015】
本発明はまた、上記脱進機機構を作製するための方法にも関し、この方法は、プラズマ強化化学蒸着(prasma enhanced chemical vapour deposition:PECVD)又は化学蒸着(chemical vapour deposition:CVD)又は陰極スパッタリングによって窒化ケイ素の層を基材に塗布して、上記第1又は第2の摩擦表面のうちの一方を形成することを特徴とする。
【0016】
本発明はまた、上記脱進機機構を作製するための方法にも関し、この方法は、焼結又は固体加工によって、基材を用いて窒化ケイ素構成部品を作製し、上記第1又は第2の摩擦表面のうちの一方を形成することを特徴とする。
【0017】
本発明の特徴によると、第1の摩擦表面及びこれに対向する第2の表面によって形成される各ペアは、Si34/Siペアによって作製される。
【0018】
本発明の他の特徴及び利点は、添付の図面を参照して以下の詳細な説明を読むことにより明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、本発明に従って配設された接触表面上においてガンギ車と接触して協働する爪石を特に含む脱進機機構の概略平面図である。
図2図2は、対向する接触表面間の協働の概略図である。
図3図3は、本発明に従って配設された構成部品のペアを備える脱進機機構を含むムーブメントを含む時計のブロック図である。
図4図4は、x軸上の接触圧力の逆数(GPa-1)の関数としてy軸上に摩擦係数を示したグラフであり、上側の点線による曲線はサファイア/ダイヤモンド様炭素(即ちDLC)ペア、下側の一点鎖線による曲線はダイヤモンド/ダイヤモンド様炭素(即ちDLC)ペアに関するものである。
図5図5は、図4と同様のグラフであり、上側の点線による曲線はSi34/ナノ結晶質ダイヤモンド(即ちNCD)ペア、破線による曲線はダイヤモンド様炭素(即ちDLC)/ルビーペア、中間の一点鎖線による曲線は炭素注入ケイ素/ルビーペア、下側のほぼ水平な実線による曲線は、本発明による好ましいSi34/Siペアに関するものである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、潤滑を必要とせずに時計脱進機を動作させることができる材料として、窒化ケイ素を利用することに関する。
【0021】
用語を簡略化するために、「窒化ケイ素(silicon nitride)」はこれ以降:
−定比性のケイ素(Si34)。これは最も一般的なケースにおいては固体であってよく、若しくは薄層であってよい;又は
−不定比組成物Sixyz。ここでxは1であり、yは0.8〜5.0であり、zは0.00〜0.70、より具体的には0.04〜0.70である。これは好ましくは薄層として適用されるが、固体構成部品で形成されていてもよい
で形成された材料という広い意味で使用されるものとする。
【0022】
「固体(solid)」はここでは、最小寸法が0.10mm超である構成部品を意味し、「薄層(thin layer)」の最小寸法は10マイクロメートル未満、好ましくは1マイクロメートル未満である。
【0023】
実際には、ケイ素又は酸化ケイ素に対する窒化ケイ素の摩擦は、時計機構において、より具体的には脱進機機構の場合において、特に望ましい特性を呈することが試験により確立されている。
【0024】
この摩擦ペアは、幅広い力−速度範囲(1mN−100mNかつ1cm/s−10cm/s)に亘って0.17未満という低い摩擦係数を有する。
【0025】
後に列挙する参考文献は、硬性の弾性材料に関して、圧力の関数としての剪断応力の上昇により、摩擦係数が通常、図4に図示したμ=S/P+αのタイプの規則に従って変動することを実証しており、ここでSは剪断応力限界、Pはヘルツの接触応力、αはパラメータである。
【0026】
パラメータSは、圧力に対する上記ペアの依存度を決定し、従って、接触圧力及び接触力が大幅に変動する脱進機内の乾燥摩擦の場合を考えるのに特に有用である。
【0027】
図5に示すように、窒化ケイ素/Si又は窒化ケイ素/SiO2ペアはその他の摩擦ペアと比較して、垂直方向に印加される力に対する摩擦係数の依存度が低い。従ってパラメータSは極めて低くなる。垂直力は接触及び衝突中に大幅に、典型的には0〜100nM変動するため、この挙動は脱進機において特に有用である。接触の損失及び接触中、窒化ケイ素は0.2未満という低い摩擦係数を維持し、この値は通常、脱進機の臨界動作閾値と考えられるものである。
【0028】
よって本発明は、これらの発見に基づいて摩擦が改善された時計機構、より詳細には時計脱進機機構100に関する。
【0029】
従って本発明によると、この脱進機機構100は、第1の構成部品2及び第2の構成部品3を含む少なくとも1ペアの構成部品を含み、上記第1の構成部品2及び第2の構成部品3はそれぞれ、互いに接触して協働するよう配設された第1の摩擦表面20及び第2の摩擦表面30を含む。
【0030】
第1の摩擦表面20、30は、定比性のケイ素(Si34)又は不定比性の窒化ケイ素(Sixyz)を含み、ここでxは1であり、yは0.8〜5.0であり、zは0.00〜0.70である。
【0031】
第2の摩擦表面30、20は、ケイ素(Si)、二酸化ケイ素(SiO2)、非晶質ケイ素(a−Si)、多結晶質ケイ素(p−Si)、多孔質ケイ素又はケイ素と酸化ケイ素との混合物を含む群から選択される少なくとも1つのケイ素系材料を含む。
【0032】
「非晶質ケイ素(a−Si)」はここでは、50nm〜10マイクロメートルの非晶質構造の薄層としてPECVDによって蒸着されたケイ素を意味し、これは水素化されていてもよく、又はn型若しくはp型でドープされていてもよい。
【0033】
「多結晶質ケイ素(p−Si)」はここでは、微小結晶質ケイ素の粒子で形成された、LPCVDによって蒸着されたケイ素を意味し、その粒径は10〜1000nmであり、n型又はp型でドープされていてもよい。Eは約160GPaである。
【0034】
「多孔質ケイ素」はここでは、粒径2nm〜10マイクロメートルの、陽極酸化(電解質HF及び電流)に基づく複雑な製造プロセスに従って作製された材料を意味する。
【0035】
より詳細には、第1の摩擦表面20又は第2の摩擦表面30のうちの少なくとも一方は、好ましくは定比配合Si34であるがこれに限定されない固体窒化ケイ素製の固体要素の表面によって、又は好ましくは不定比組成物Sixyzであるがこれに限定されない薄層の表面によって形成され、ここでxは1であり、yは0.8〜5.0であり、zは0.00〜0.70である。
【0036】
より具体的には、zは0.04〜0.70である。
【0037】
窒化ケイ素を含む第1の摩擦表面と同様に、第2の摩擦表面は固体構成要素の表面又は薄層の表面であってよい。
【0038】
本発明の特に有利な用途は、Si34製の爪石とSi+SiO2製のホイールとの接触協働である。
【0039】
別の有利な用途は、Si+SiO2製の単一部品のアンクルレバーと、又はSi+SiO2製の爪石を備える従来のアンクルレバーと摩擦接触するSi34製のホイールに、例えばレーザカット等によって「固体窒化ケイ素」を適用することに関する。
【0040】
時計学において使用可能な組み合わせは特に、以下のようなものである:
−いずれの形態の薄層状の窒化ケイ素又は固体窒化ケイ素製の爪石と協働する、いずれの形態のSiO3、固形石英SiO3、Si+SiO3製のホイール;
−いずれの形態のSiO3、特に固体Si+SiO3、SiO3製の爪石と協働する、いずれの形態の窒化物、Si+窒化ケイ素、固体窒化ケイ素製のホイール;
−爪石はアンクルレバーと単一部品として作製してよい。
【0041】
有利な応用例は、酸化Si製のホイールと、Si34製の爪石又は窒化ケイ素でコーティングされた酸化Si製の爪石とに関する。
【0042】
具体的な変形例では、第1の摩擦表面20及び第2の摩擦表面30はそれぞれ窒化ケイ素を含む。
【0043】
本発明の有利な実装形態では、摩擦表面20、30のうち窒化ケイ素を含む摩擦表面は、窒化ケイ素(Si34)を含むか、又は窒化ケイ素(Si34)で形成される。
【0044】
好ましくは、窒化ケイ素を含む摩擦表面20、30は、厚さ2マイクロメートル未満の窒化ケイ素層の表面である。
【0045】
好ましくは、上記窒化ケイ素層の厚さは50〜1000nmである。より具体的には、この窒化ケイ素の薄層の厚さは50ナノメートル〜500ナノメートルである。
【0046】
本発明の具体的な変形例では、窒化ケイ素を含む摩擦表面20、30は、窒化ケイ素層の表面であり、これは石英若しくはケイ素若しくは酸化ケイ素、又はケイ素と酸化ケイ素との混合物で形成された基材を覆う。
【0047】
特定の変形例では、窒化ケイ素を含む表面20、30と対向する摩擦表面30、20は、ケイ素(Si)、二酸化ケイ素(SiO2)、非晶質ケイ素(a−Si)、多結晶質ケイ素(p−Si)、多孔質ケイ素を含む群から選択される少なくとも1つのケイ素系材料を含み、上記群から選択される1つ又は複数のケイ素系材料のみで形成される層の表面である。
【0048】
図5に示すように、Si34/Siペアは、いずれの潤滑も一切必要とせずに摩擦トルクが略一定となるという、特定の有利な結果を提供する。
【0049】
実際には、図5の様々なペアに対応する実験点の間の平均線の形状を与える等式は以下の通りである。:
上側の点線による曲線のSi34/ナノ結晶質ダイヤモンド(即ちNCD)ペアに関して、Y=0.1356X−0.0068;
破線による曲線のダイヤモンド様炭素(即ちDLC)/ルビーペアに関して、Y=0.0288X+0.0928;
中間の一点鎖線による曲線の炭素ドープケイ素/ルビーペアに関して、Y=0.0097X+0.1302;
下側のほぼ水平な実線による曲線の、本発明による好ましいSi34/Siペアに関して、Y=0.0024X+0.1362。
【0050】
本発明はまた、上述のような脱進機機構100を作製するための方法にも関する。
【0051】
この方法によると、プラズマ強化化学蒸着(PECVD)又は化学蒸着(CVD)又は陰極スパッタリングによって窒化ケイ素の層を基材に塗布して、上記第1の摩擦表面20又は第2の摩擦表面30のうちの一方を形成する。
【0052】
より具体的には、焼結又は固体加工によって、即ち上で定義した最小寸法が0.10mm超の固体構成部品の形態で、基材を用いて窒化ケイ素構成部品を作製し、上記第1の摩擦表面20又は第2の摩擦表面30のうちの一方を形成する。
【0053】
特に、窒化ケイ素を含むか又は窒化ケイ素で形成された層の蒸着のために、MEMS専門の当業者に公知の技術のうちの1つ又は複数を使用してよい。LPCVD(low−pressure chemical vapour deposition:低圧化学蒸着)、PECVD(プラズマ強化化学蒸着)、CVD(化学蒸着)、ALD(atomic layer deposition:原子層蒸着)、陰極スパッタリング、イオン注入及び同様のプロセスを使用してよい。
【0054】
好ましくは、0.2〜1.2のSi/N比を使用する。より具体的には、0.4のSi/N比が定比である(Gardeniersらによると、Siに富む窒化ケイ素、低応力又は圧縮Sixyz)。
【0055】
好ましくは、水素濃度は2〜30%Hに選択される。
【0056】
好ましくは通常のSi基材が選択されるが、これに限定されない。
【0057】
補助層に関しては、非限定的ではあるが典型的には厚さ50〜2000nmのSiO2、又はポリSi、SiC等を選択してよい。
【0058】
窒化ケイ素蒸着に関する技術的制限は、MEMS分野の当業者には公知である。
【0059】
よって窒化ケイ素層の厚さは好ましくは50〜1000nmである。
【0060】
窒化ケイ素の圧縮状態に関しては、MEMS専門の当業者には、Siの濃度の上昇によって窒化ケイ素の張力が低下し、窒化ケイ素をより圧縮できるようになることが公知である。圧縮応力を有する材料は一般に摩擦摩耗が低下することが公知である。これはSiに富む窒化ケイ素に対応する。
【0061】
本発明の適切な実装のために、窒化ケイ素層を基材に適切に接着させること、及び材料の弾性係数が小さくなり過ぎないようにすることが重要である。下側にある材料の性質はそれほど重要ではない。窒化ケイ素層の厚さが約100nmを超える場合、この窒化ケイ素層によって摩擦が決定される。
【0062】
単一部品のSi34製の爪石は、当業者に公知の、多結晶質ルビーの製造に使用されるものと同一の技術を用いて製造できる。
【0063】
更に、現時点では達成が困難ではあるが、有利には、例えばSiO2製のホイールに対する窒化ケイ素爪石に関して、Si又はSiO2と摩擦接触する固体窒化ケイ素を検討できる。
【0064】
本発明は、以下の多くの利点を有する:
−摩擦の速度に対する摩擦係数の依存度が低い。脱進機の場合は上記速度が典型的には0〜3cm/秒変動するため、これは特に有用である;
−速度及び圧力に対して安定した摩擦係数により、一般に摩擦接触している材料の加速性の劣化を引き起こす付着滑りの発生のリスクが低減される;
−摩擦に関して不利な第三体が形成されるリスクがない;
−窒化ケイ素、特にその定比形態Si34の低い化学反応性により、洗浄、劣化、周囲媒体との相互反応に対して非感受性とすることができる;
−摩耗が少ない。
【0065】
窒化ケイ素はまた、特にPECVDコーティングによって、特にケイ素又は酸化ケイ素上に簡単に実装できるという利点も有する。この蒸着方法はケイ素関連産業において広く知られ、使用されている。
【0066】
本発明では、様々な形態の窒化ケイ素の使用、及びPECVD、CVD、陰極スパッタリング、固体加工、焼結等による蒸着が可能である。
【0067】
本発明は、窒化ケイ素と、Si、SiO2、非晶質ケイ素(a−Si)、多結晶質ケイ素(p−Si)、多孔質ケイ素等の非限定的なパートナーとの摩擦接触を含む。
【0068】
当業者は、以下の公刊物を参照してよい:
[1]: I.L Singer, R.N. Bolster, et al.”Hertzian stress contribution to low friction behavior of thin MoS2 coatings,” Applied Physics Letters, Vol. 57, 1990.
[2]: Chromik, R.R., Wahl, K.J.: Friction of microscale contacts on diamond−like carbon nanocomposite coatings. In: Proceedings of the World Tribology Congress III − 2005, pp. 829−830. American Society of Mechanical Engineers, New York, NY, 2005.
[3]: P.W. Bridgeman, “shearing phenomena at high pressures particularly in inorganic compounds,” Proc. Am. Acad. Arts Sci. 71, 387, 1936.
【符号の説明】
【0069】
2 第1の構成部品
3 第2の構成部品
20 第1の摩擦表面
25 爪石
30 第2の摩擦表面
35 ガンギ車
100 時計脱進機機構
200 時計ムーブメント
300 時計
図1
図2
図3
図4
図5