(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
テープ状の基材に中間層と酸化物超電導層と金属安定化層が積層された超電導積層体と、前記超電導積層体の外周面を覆う粘着層付きの絶縁テープからなる絶縁被覆層とを備えた超電導線材であり、
前記絶縁被覆層が、前記粘着層付きの絶縁テープを超電導積層体に縦添えして該超電導積層体の外周を覆って構成され、前記絶縁被覆層が、前記金属安定化層の上面側を覆う主被覆部と、前記金属安定化層の側面側から前記基材の側面側までを覆う側壁部と、前記基材の裏面側を覆う裏面部とからなり、前記粘着層の粘着力が2N/cm以上であり、前記超電導積層体の幅方向に沿う裏面部の幅が、絶縁被覆層の厚さの20倍を超え、前記超電導積層体の幅の1/2以下であることを特徴とする超電導線材。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載された絶縁被覆超電導線材は、その外周の絶縁層を樹脂テープの縦添えにより形成し、樹脂テープの絶縁層を一部重ね合わせて重畳部を構成し、超電導線材の全周を取り囲んだ状態としている。このため、特許文献1に記載の構造によれば、超電導線材の表面が露出する部分が無く、外部からの水分の浸入防止などにも有効な構造と思われる。
しかし、本発明者らが超電導線材の周囲を樹脂テープで取り囲む構造について種々研究し、樹脂テープによる水分のシールド性を高めるために接着剤層の接着力を強化した構造を検討したところ、以下に説明する問題を知見するに至った。
この種の超電導線材の主要な用途として超電導コイルが知られている。超電導線材を用いて超電導コイルを製造する場合、超電導線材を樹脂テープで覆って絶縁処理した後、渦巻き状に巻回して超電導コイルを構成し、通電時の電磁力等に耐えるためにエポキシ樹脂などの含浸樹脂層で超電導コイルを覆い、超電導コイルを固定した構造とする必要がある。
【0008】
しかし、超電導線材は前述した積層構造から判るようにその横断面積の大部分が金属からなるのに対し、含浸樹脂は樹脂製であり、両者の熱膨張係数に大きな差がある。従って、例えば、超電導線材を常温から臨界温度に冷却すると、含浸樹脂がより大きく収縮する結果、含浸樹脂層から超電導線材に応力が作用することとなる。含浸樹脂層から超電導線材に応力が作用した場合、超電導コイルを構成する積層構造の超電導線材に部分的に層間剥離する方向の応力が作用すると、超電導特性が劣化するおそれがある。
本発明者らが、接着剤層を介し樹脂テープで取り囲んだ構造の絶縁被覆超電導線材をコイル加工し、含浸樹脂で固めて超電導コイルを作製し、その超電導特性を測定する試験を行ってみたところ、樹脂テープの接着状態によっては超電導特性に影響を生じることが判明した。例えば、接着剤層の接着力が高く、樹脂テープからなる絶縁層を超電導線材に強固に接着固定すると、超電導特性の劣化が増加することがわかった。よって、超電導線材を樹脂テープで取り囲む場合、接着力を高くすれば良好であるとは限らないことが判明した。
【0009】
本発明は、このような従来の実情に鑑みなされたものであり、臨界温度以下に冷却して使用する場合、超電導線材に応力が作用し難い構造を有し、超電導特性が劣化するおそれが少ないとともに、水分が外部から内部に浸入し難い構造の超電導線材及びそれを用いてなる超電導コイルの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するため、テープ状の基材に中間層と酸化物超電導層と金属安定化層が積層された超電導積層体と、前記超電導積層体の外周面を覆う粘着層付きの絶縁テープからなる絶縁被覆層とを備えた超電導線材であり、前記絶縁被覆層が、前記粘着層付きの絶縁テープを超電導積層体に縦添えして該超電導積層体の外周を覆って構成され、前記絶縁被覆層が、前記金属安定化層の上面側を覆う主被覆部と、前記金属安定化層の側面側から前記基材の側面側までを覆う側壁部と、前記基材の裏面側を覆う裏面部とからなり、前記粘着層の粘着力が2N/cm以上とされたことを特徴とする。
【0011】
粘着力が2N/cm以上の粘着層を介し縦添えした絶縁テープからなる絶縁被覆層で覆った超電導線材であるならば、超電導コイルとして外側を含浸樹脂により覆った構造とした場合、含浸樹脂による応力が作用しても、応力の影響を少なくすることができる。例えば、上述の範囲の粘着力であるならば、外部から応力が作用した場合、超電導積層体と絶縁被覆層の界面に存在する適切な粘着力の粘着層が上述の応力を緩和する。また、2N/cm以上の粘着力であるならば、超電導積層体の周面に充分な粘着力で絶縁被覆層を付着させているので、超電導線材に対し外部からの水分の浸入を防止できる構造を提供できる。
本発明において、先の粘着層の粘着力は5N/cm以下であることが好ましい。
絶縁被覆層を超電導積層体に付着させている粘着層の粘着力を5N/cm以下とするならば、超電導積層体に絶縁被覆層が適切な粘着力で付着しているので、超電導積層体の端末を接続処理するなどの理由で絶縁被覆層を剥離する場合も支障なく剥離することができる。このため、端末処理時のハンドリング性の良好な超電導線材を提供できる。
【0012】
本発明において、前記超電導積層体の幅方向に沿う裏面部の幅が、絶縁テープの厚さの20倍を超え、前記超電導積層体の幅の1/2以下であることが好ましい。
超電導積層体の裏面側に回り込む絶縁被覆層の裏面部の幅は上述の範囲であるならば、充分な粘着強度が得られる。このため、超電導線材の周囲を絶縁被覆層で確実に覆うことができ、水分が内部に浸入するおそれのない超電導線材を提供できる。よって、水分浸入による超電導特性劣化の生じ難い超電導線材を提供できる。
【0013】
本発明の超電導コイルは、先のいずれかに記載の超電導線材を巻回してなるコイル体を備え、このコイル体を取り囲む含浸樹脂層が設けられたことを特徴とする。
外周を絶縁被覆層で覆った超電導線材からコイル体を構成し、その外側に含浸樹脂層を設けた構造であるならば、超電導層の臨界温度以下に冷却して使用する場合、冷却に伴う含浸樹脂層の収縮により超電導線材に層間剥離する方向に応力が作用したとしても、適切な粘着力の粘着層が応力の一部を吸収するので、超電導線材に作用する応力を緩和することができる。このため、冷却時に超電導特性の劣化を生じない超電導コイルを提供できる。
また、超電導線材の周囲を粘着層を介し絶縁被覆層で覆っているので、外部から内部側への水分の浸入を抑制できる超電導線材を提供できる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、超電導積層体の外周面を覆う絶縁被覆層を2N/cm以上の粘着力の粘着層を介して設けた構造であるので、絶縁被覆層を好適な粘着力で超電導積層体の外周面に設けることができる結果として、冷却時の応力緩和ができ、水分の浸入のおそれのない構造にすることができる。
また、5N/cm以下の粘着力の粘着層を介して絶縁被覆層を設けた構造とした場合、好適な粘着力で超電導積層体の外周面に設けることができる結果として、冷却時の応力緩和ができ、水分の浸入のおそれのない、必要に応じて端末処理時などの場合に剥離が容易な構造にすることができる。
即ち、超電導コイルを構成し、含浸樹脂で覆った構造を採用し、冷却して酸化物超電導層を超電導状態として使用し、含浸樹脂の収縮力に起因する応力が酸化物超電導積層体の厚さ方向に剥離力として作用しようとした場合、粘着層の粘着した部分で層間剥離を生じさせて含浸樹脂から超電導積層体に作用しようとする応力を緩和できる。
このため、コイル化後に含浸樹脂により固めた構造として冷却して使用した場合、超電導特性が劣化し難い超電導線材を提供できる。また、絶縁被覆層が好適な範囲の粘着力でもって超電導積層体の外周面に密着し、絶縁被覆層が内部側への水分の浸入を防止するので、水分の浸入に伴う超電導特性の劣化も生じない。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に係る超電導線材の第1実施形態について図面に基づいて説明する。
図1は本発明に係る第1実施形態の超電導線材を示すもので、
図1に示す超電導線材1は、テープ状の基材2の一面上に中間層5と酸化物超電導層6と金属安定化層7、8を形成して超電導積層体9が構成され、この超電導積層体9の外周面の大部分を覆うように絶縁被覆層10が形成されている。
【0017】
基材2は、通常の超電導線材の基板として使用し得るものであれば良く、可撓性を有するテープ状であることが好ましく、耐熱性の金属からなるものが好ましい。耐熱性の金属の中でも、ニッケル(Ni)合金が好ましい。中でも、市販品であればハステロイ(商品名、ヘインズ社製)が好適であり、モリブデン(Mo)、クロム(Cr)、鉄(Fe)、コバルト(Co)等の成分量が異なる、ハステロイB、C、G、N、W等のいずれの種類も使用できる。また、基材2としてニッケル合金などに集合組織を導入した配向金属基板を用い、その上に中間層5および酸化物超電導層6を形成してもよい。
基材2の厚さは、目的に応じて適宜調整すれば良く、通常は、10〜500μmであることが好ましく、20〜200μmであることがより好ましい。
【0018】
中間層5は、その上に形成する酸化物超電導層6との物理的特性(熱膨張率や格子定数等)の差を緩和するバッファー層として機能し、物理的特性が基材2と酸化物超電導層6との中間的な値を示す金属酸化物が好ましい。中間層5として具体的には、Gd
2Zr
2O
7、MgO、ZrO
2−Y
2O
3(YSZ)、SrTiO
3、CeO
2、Y
2O
3、Al
2O
3、Gd
2O
3、Zr
2O
3、Ho
2O
3、Nd
2O
3等の金属酸化物を例示でき、これらをIBAD法(イオンビームアシスト蒸着法)で形成して結晶配向性と整えたものが好ましい。
中間層5は、単層でも良いし、複数層でも良く、複数層である場合には、最外層(最も酸化物超電導層6に近い層)が少なくとも結晶配向性を有していることが好ましい。
中間層5は、基板2側にベッド層が介在された複数層構造でもよい。ベッド層は、必要に応じて配され、イットリア(Y
2O
3)、窒化ケイ素(Si
3N
4)、酸化アルミニウム(Al
2O
3、「アルミナ」とも呼ぶ)等から構成される。ベッド層の厚さは例えば10〜200nmである。
【0019】
さらに、本発明において、中間層5は、基材2側に拡散防止層とベッド層が積層された複数層構造でもよい。この場合、基材2とベッド層との間に拡散防止層が介在された構造となる。拡散防止層は、窒化ケイ素(Si
3N
4)、酸化アルミニウム(Al
2O
3)、あるいは希土類金属酸化物等から、単層あるいは複層構造とされ、その厚さは例えば10〜400nmである。
中間層5は、前記金属酸化物層の上に、さらにキャップ層が積層された複数層構造でも良い。キャップ層は、酸化物超電導層6の配向性を制御し、単結晶のように良好な結晶配向性とする機能を有する。キャップ層は、特に限定されないが、好ましいものとして具体的には、CeO
2、Y
2O
3、Al
2O
3、Gd
2O
3、Zr
2O
3、Ho
2O
3、Nd
2O
3等を例示できる。キャップ層の材質がCeO
2である場合、キャップ層は、Ceの一部が他の金属原子又は金属イオンで置換されたCe−M−O系酸化物を含んでいても良い。
なお、
図1に示す構造では、一例として、基材2の上に積層された拡散防止層3Aと結晶配向制御された金属酸化物層3Bとキャップ層3Cからなる3層構造の中間層5が形成された構造を示している。
【0020】
酸化物超電導層6は通常知られている組成の酸化物超電導体からなるものを広く適用することができ、REBa
2Cu
3O
y(REはY、La、Nd、Sm、Er、Gd等の希土類元素を表す)なる材質のもの、具体的には、Y123(YBa
2Cu
3O
y)又はGd123(GdBa
2Cu
3O
y)を例示できる。また、その他の酸化物超電導体、例えば、Bi
2Sr
2Ca
n−1Cu
nO
4+2n+δなる組成等に代表される臨界温度の高い他の酸化物超電導体からなるものを用いても良いのは勿論である。酸化物超電導層6の厚みは、0.5〜5μm程度であって、均一な厚みであることが好ましい。
【0021】
酸化物超電導層6上に積層されている第1の金属安定化層7は、AgあるいはAg合金などの良電導性かつ酸化物超電導層6と接触抵抗が低くなじみの良い金属材料からなる。
第1の金属安定化層7をAgから構成する理由としては、酸化物超電導層6に酸素をドープするアニール工程において、ドープした酸素を酸化物超電導層6から逃避し難くする性質を有する点を挙げることができる。Agの第1の金属安定化層7を成膜するには、スパッタ法などの成膜法を採用し、その厚さは1〜30μm程度とされる。
【0022】
第2の金属安定化層8は、良導電性の金属材料からなり、酸化物超電導層6が超電導状態から常電導状態に遷移しようとした時に、第1の金属安定化層7とともに、酸化物超電導層6の電流が転流するバイパスとして機能する。
第2の金属安定化層8を構成する金属材料としては、良導電性を有するものであればよく、特に限定されないが、銅、黄銅(Cu−Zn合金)、Cu−Ni合金等の銅合金、ステンレス等の比較的安価な材質からなるものを用いることが好ましく、中でも高い導電性を有し、安価であることから銅が好ましい。なお、酸化物超電導線材1を超電導限流器に使用する場合は、第2の金属安定化層8は抵抗金属材料より構成され、Ni−Cr等のNi系合金などを使用できる。
【0023】
第2の金属安定化層8の形成方法は特に限定されないが、例えば、第2の金属安定化層8を第1の金属安定化層7の上にのみCuテープの半田付けなどで形成することができる。また、第2の金属安定化層8は、銅などの良導電性材料よりなるめっき層を形成することで、基材2上に中間層5と酸化物超電導層6と第1の安定化層7を形成した積層体の全周を覆うように形成しても良い。第2の金属安定化層8の厚さは特に限定されず、適宜調整可能であるが、10〜300μmとすることができる。
【0024】
第2の金属安定化層8の外周に被覆されている絶縁被覆層10は、ポリイミドテープなどの絶縁樹脂材料からなる幅広の樹脂テープを超電導積層体9に縦添えしてその両端部を折り曲げて超電導積層体9の外周部の大部分を取り囲むように形成されている。この絶縁被覆層10は、超電導積層体9の上面と両側面と底面幅方向両端側の一部を覆うように形成されている。
絶縁被覆層10は、第2の金属安定化層8の上面全域を覆う主被覆部10Aと、第2の金属安定化層8の側面から、第1の金属安定化層7の側面、酸化物超電導層6の側面、キャップ層3Cの側面、金属酸化物層3Bの側面、拡散防止層3Aの側面、基材2の側面までを覆う側壁部10B、10Bを備えている。また、各側壁部10Bの下端側には、超電導積層体9の裏面幅方向両端部側、換言すると基材2の裏面幅方向両端部側を所定幅で覆う裏面部10Cが一体に延出形成されている。
絶縁被覆層10を構成する樹脂は絶縁性を有する樹脂テープからなることが好ましい。樹脂テープを構成する樹脂材料としては、前記したポリイミド樹脂の他に、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂、アクリル樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、ポリエステル樹脂、ケイ素樹脂、シリコン樹脂、アルキッド樹脂、ビニル樹脂等を例示できる。これらの中でも、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂などが、耐熱性、絶縁性に優れているとともに、極低温環境下での機械的応力によるクラックが入り難く好適である。
【0025】
絶縁被覆層10は、超電導線材1の外周に粘着層付きの幅広の絶縁テープを縦添えし、この絶縁テープの幅方向両側部分を超電導積層体9に沿って折り曲げ加工して超電導積層体9の両側面と裏面側の一部を覆うように配置し、粘着層11を介し粘着することにより形成できる。この絶縁テープの折り曲げ処理と粘着層11による粘着処理を行うことで、超電導積層体9の両側面を覆う側壁部10B、10Bと、超電導積層体9の裏面側を覆う裏面部10C、10Cを形成することができ、超電導線材1の防水構造を高めることができる。
【0026】
前記絶縁被覆層10の裏面部10Cが基材2の裏面側を覆う部分の幅Lを
図2に示す。この幅Lは、超電導積層体9の幅、換言すると基材2の幅Dに対し、絶縁被覆層10を構成する樹脂テープの厚さをtと仮定すると、以下の(1)式の関係を有する幅であることが望ましい。
t×20<L≦D/2 …(1)式
(1)式において、上限がD/2であるのは、絶縁被覆層10の幅Lが1/2を超えると基材2の裏面側に樹脂テープの重なり部分を生じるためである。基材2の裏面側に樹脂テープの重なり部分を生じると、この重なり部分が凸部となり、超電導線材1をコイル化して超電導コイルを作製する場合に巻き付け部分に凸部が存在することにより巻き乱れを生じ易いため、この巻き乱れを無くするためである。
図3にL=D/2の場合の絶縁被覆層10の構成を示すが、L=D/2の場合に僅かでも樹脂テープの折り曲げ状態に差異があると、樹脂テープの端部が重なって基材2の裏面中央部に凸部が形成されるので、L<D/2の関係としておくことが好ましい。
また、幅Lは厚さtの20倍を超える値であることが望ましい。これは、絶縁被覆層10の厚さtに対し超電導積層体9の裏面側(基材2の裏面側)に回り込む絶縁被覆層10の量が少なく過ぎる場合、絶縁被覆層10が剥がれて浮いてしまうおそれがあるため、20倍を超える値であることが好ましい。
この実施形態では超電導積層体9の幅を10mmに設定した場合、被覆層厚みt=25μmの絶縁テープからなる絶縁被覆層10を粘着層11を介し粘着すると仮定するならば、基材2の裏面幅方向両端部を覆う裏面部10Cの幅Lとして、前記(1)式に従い、0.5mm<L≦5mmの範囲とすることができ、0.5mm<L<5mmの範囲とすることがより好ましい。
【0027】
絶縁被覆層10の裏面側に形成されている粘着層11は、市販のアクリル系粘着材、シリコーン系粘着材、ウレタン系粘着材などを用いることができる。アクリル系粘着材の一例としてアクリル酸エステル共重合体、シリコーン系粘着材の一例としてシリコーンゴム、ウレタン系粘着材としてウレタン樹脂などを用いることができる。アクリル酸エステル共重合体に用いる主モノマーとしては、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸イソニル等を用いることができる。
ただし、これらの粘着剤を用いるにしても、粘着層11の粘着力について、2N/cm以上の粘着力である必要があり、2N/cm以上、5N/cm以下の範囲の粘着力であることが好ましい。
粘着力を2N/cm以上としたのは、樹脂テープを折り曲げ加工して超電導積層体9を覆う絶縁被覆層10を形成するので、絶縁被覆層10が満足な強度で超電導積層体9に密着すること、後述する試験で明らかにするように、外部から水分が浸入しないようにするためである。また、粘着力を5N/cm以下としたのは、絶縁被覆層10があまりに強固に超電導積層体9に密着すると、後述する説明で明らかにするように、線材端末の剥離処理などの際に困難となるためである。
【0028】
絶縁被覆層10の厚さの上限は特に限定されないが、30μm以下とすることが好ましい。絶縁被覆層10の厚さを30μm以下とすることにより、超電導積層体9の横断面積に占める絶縁被覆層10の割合を削減できるので、超電導線材1を小型化できる。また、超電導線材1をコイル加工した場合に、コイルの横断面積に占める超電導線材1の占有率を低下させないので、オーバーオールの電流密度を高くすることができる。一例として絶縁テープの縦添えにより絶縁被覆層10を形成する場合、用いる絶縁テープとして厚さ5〜30μmの範囲の絶縁テープを用いることができる。
【0029】
図4は絶縁被覆層10を有した超電導線材1から時計方向巻きのコイル体15と反時計方向巻きのコイル体16を構成し、それらを上下に組み合わせてダブルパンケーキコイル構造とした超電導コイル17を示す。この超電導コイル17は必要個数積み上げ、真空含浸法などにより樹脂含浸されて積層型の超電導コイルとされる。
図5に樹脂含浸した後の超電導コイル17の断面構造の一部を示す。コイル体15あるいはコイル体16の周囲を覆うようにエポキシ樹脂などからなる含浸樹脂層18が設けられている。
超電導コイル17は、酸化物超電導層6の臨界温度以下、例えば液体窒素温度(77K)以下の温度に冷却して使用する。冷却するには、液体窒素に浸漬しても良いし、冷凍機を備えた断熱容器に超電導コイル17を収容して冷却する構造としても良い。酸化物超電導層6を臨界温度以下に冷却すると超電導状態となるので、酸化物超電導層6に通電することができる。この超電導コイル17は、超電導マグネットに適用した場合であれば超電導コイル17から磁力を発生させて使用することができる。
【0030】
超電導コイル17は冷却して使用する前は常温に設置されているので、超電導コイル17は常温から液体窒素温度以下の温度領域まで冷却されることになる。ここで、超電導線材1はその横断面の大部分を金属製の基材2と安定化層8が占めるので、概ね金属の熱膨張係数に近い値となる。これらに対し、超電導コイル17を覆っている含浸樹脂層18は、樹脂製であり、金属よりも線膨張係数が大きいため、超電導コイル17を冷却すると、冷却に伴う含浸樹脂層の熱収縮により、含浸樹脂層18から超電導線材1に応力が作用する。
ここで超電導線材1に絶縁被覆層10が形成されていて、絶縁被覆層10と超電導積層体9の境界にある粘着層11の粘着強度は2N/cm以上、5N/cm以下の範囲であるので、前述の応力が作用すると粘着層11で前述の応力の一部を吸収できる結果、超電導積層体9に対し層間剥離を誘起する応力を解消するか抑制することができる。このため、超電導コイル17を冷却して使用する場合、超電導特性の劣化を生じ難い構造を提供できる。
【0031】
また、
図5に示す断面構造の含浸樹脂層18により覆った超電導コイル17において、巻き付け方向に超電導積層体9が重ねられているが、内層側の超電導積層体9とそれより外層側の超電導積層体9との間にも含浸樹脂は浸入し、含浸樹脂からなる層間部18aが生成される。即ち、内層側の超電導積層体9の主被覆部10Aの外側に外層側の超電導積層体9の裏面部10C、10Cが重ねられるが、裏面部10C、10Cの間の部分にまで含浸樹脂が浸入するので、裏面部10C、10Cの間に層間部18aが生成される。この層間部18aは、それより内層側の超電導積層体9の主被覆部10Aに強く接着するとともに、それより外層側の超電導積層体9の基材2の裏面にも強く接着する。
ここで仮に、裏面部10Cの幅を大きくして基材2の裏面側を全て裏面部10Cで覆った構造(
図3の構造)を想定すると、主被覆部10Cと基材2の裏面との接着強度は、粘着層11による粘着力となる。これに対し、含浸樹脂の層間部18aがそれより外層側の基材2と接着する強度は含浸樹脂の接着により発生する接着力なので前記粘着力より大きくなる。また、層間部18aがそれより内層側の主被覆部10Aと接着する強度は含浸樹脂の接着により発生する接着力なので前記粘着力よりも大きくなる。
従って、
図5に示す構造において、含浸樹脂の層間部18aはその厚さ方向両側に位置する主被覆部10Aと基材2の裏面部に対し強く接着する。このような構造であると、超電導コイル17に通電して電磁力を作用させた場合、層間部18aと主被覆部10Aとの界面部分と、層間部18aと基材2の裏面との界面部分において剥がれを生じ難い。
これに対し、
図3に示すように基材2の裏面側に幅の広い裏面部10Cが粘着されている構造では、電磁力に伴う応力が作用すると、
図5に示す構造よりも基材2の裏面と裏面部10Cとの界面で剥がれを生じ易い。このため、
図3に示す構造よりは、
図2に示す構造の線材をコイル化した
図5に示す超電導コイル17の方が電磁力に対し超電導線材の動きの少ない構造にすることができる。即ち、含浸樹脂による層間部18aを設けて主被覆部10Aとの界面部分と、層間部18aと基材2の裏面との界面部分を接着しておくならば、電磁力に対し超電導線材の動きの少ない構造とするには有利であると思われる。また、含浸樹脂による層間部18aが接着するのは、基材2の裏面側であるため、超電導線材を常温から低温まで冷却して熱履歴を与えた場合、あるいは、低温から常温まで戻して熱履歴を与えた場合などに生じる熱収縮に起因する酸化物超電導層6の剥離には問題を生じない。
【0032】
図4に示す酸化物超電導コイル17は例えば、
図6に示す超電導機器20に組み込まれて冷却され、使用される。
図6に示す超電導機器20は、真空容器などの収容容器21と、その内部に設置された複数段の超電導コイル17と、収容容器21の内部の超電導コイル17を臨界温度以下に冷却するための冷凍機22を備えて構成された超電導マグネット装置の一例である。収容容器21は、図示略の真空ポンプに接続されていて、内部を目的の真空度に減圧できるように構成されている。また、超電導コイル17は、
図6の例では4段積み構造とされ、収容容器21の外部の電源23に電流リード線23a、23bを介し接続されており、この電源23から超電導コイル17に通電できるようになっている。
【0033】
図6の構成において、4段積みされた超電導コイル17の境界には金属製の薄板からなる冷却板25が介挿され、最上段の超電導コイル17の上と、最下段の超電導コイル17の下には金属製巻き枠のフランジ26が設けられている。
そして、最上段のダブルパンケーキコイル17の超電導線材に電流リード線23aが接続され、最下段のダブルパンケーキコイル17の超電導線材に電流リード線23bが接続され、電源23から超電導コイル17に通電が可能とされている。
超電導機器20において冷却板25とフランジ26を上下に貫通するように冷却ロッド27が複数本設けられている。これらの冷却ロッド27は上側のフランジ26を貫通して上方に延出形成され、超電導コイル17の上方に設置された金属製のフレーム状の伝熱部材28に接続され、この伝熱部材28が冷凍機22の下端部に接続されている。
【0034】
図6に示す超電導機器20において、冷凍機22を作動させると冷凍機22が伝熱部材28、冷却ロッド27を介してフランジ26、26と複数の冷却板25を伝導冷却するので、超電導コイル17を臨界温度以下に冷却することができる。
図6に示す超電導機器20において、常温から冷凍機により冷却を開始し、臨界温度以下まで超電導コイル17を冷却して使用する場合、超電導コイル17を覆っている含浸樹脂層18が熱収縮することで超電導コイル17に応力が作用しようとするが、適度な粘着力で超電導積層体9を覆っている粘着層11がこの応力の一部を吸収するので、超電導線材1の超電導特性を劣化させることなく超電導機器20を使用することができる。
例えば、含浸樹脂層18から超電導積層体9の垂直方向に各層を剥離する方向に剥離応力が作用しようとした場合、粘着層11の部分が上述した適切な粘着力を有するため、上述の剥離応力の一部を吸収するので、酸化物超電導層6に作用する応力を緩和することができる。このため、冷却時に超電導特性の劣化を生じない超電導コイルを提供できる。
【実施例】
【0035】
幅10mm、厚さ0.1mm、長さ100mのテープ状のハステロイ(米国ヘインズ社製商品名)製の基材上に、スパッタ法によりAl
2O
3(拡散防止層;膜厚150nm)を成膜した上に、イオンビームスパッタ法によりY
2O
3(ベッド層;膜厚20nm)を成膜した。次いで、このベッド層上に、イオンビームアシストスパッタ法(IBAD法)によりMgO(中間層;膜厚10nm)を形成した上に、パルスレーザー蒸着法(PLD法)により300nm厚のCeO
2(キャップ層)を成膜した。次いでCeO
2層上にPLD法により300nm厚のGdBa
2Cu
3O
7(酸化物超電導層)を形成し、さらに酸化物超電導層上にスパッタ法により8μm厚の銀層(第1の金属安定化層)を形成し、超電導テープを作製した。
【0036】
次に、この超電導テープの片面に厚さ40μmのアクリル系樹脂からなる粘着層を形成した厚さ25μm、幅17mmのポリイミドテープを用意し、このポリイミドテープを超電導線材に縦添えしてポリイミドテープの両端側を基材裏面側にまで折返し、基材裏面側をポリイミドテープで覆う部分の幅を3mmとして絶縁被覆型の超電導線材(実施例1)を得た。前記粘着層の粘着力は3N/cmのものを用いている。
また、上述の例と同等構造の超電導テープを用い、前記同等の粘着層を片面に形成した幅21mmのポリイミドテープを縦添えしてポリイミドテープの両端側を基材裏面側にまで折返し、基材裏面側のほぼ全面をポリイミドテープで覆う構造として絶縁被覆型の超電導線材(実施例2)を得た。
【0037】
次に、比較のために、前記超電導テープと同等構造の超電導テープを用意し、この超電導テープの上面のみに(Agの安定化層の上面のみ)、前記同等の粘着層を片面に形成した幅10mmのポリイミドテープを縦添えした構造として絶縁被覆型の超電導線材を得た(比較例1)。
比較例1の絶縁被覆型の超電導線材を作製する際、粘着層付きのポリイミドテープを真空中で貼り付けて絶縁被覆型の超電導線材を作製した(比較例2)。真空中とは、減圧チャンバの内部を100Paに減圧した環境下で粘着層と安定化層との境界に空気を巻き込まないようにして貼り付けて製造した被覆層付きの超電導線材試料である。
通常絶縁の超電導線材として粘着層付きのポリイミドテープに代えて粘着層を備えていないポリイミドテープを超電導積層体の周面に1/2重ねラップ巻きして超電導線材(通常絶縁線)を作製した。
【0038】
これら超電導線材の臨界電流値(Ic0)を測定した。また、プレッシャークッカー試験を行った後に臨界電流値を再測定した結果を以下の表1に記載する。プレッシャークッカー試験は、温度100℃、湿度100%、圧力2気圧の雰囲気中に48時間保持する試験を行った。
48時間経過後の各試料の液体窒素温度(77K)における臨界電流値Icを測定した。各試料について、プレッシャークッカー試験前の臨界電流値Ic0に対して試験後の臨界電流値Icの割合(Ic/Ic0×100(%))を算出した。得られた結果を以下の表1に記載する。
Ic/Ic0の値において、60%未満は×印、60〜80%は△印、80〜90%は○印、90%以上は◎印にて評価した。
【0039】
次に、先の各超電導線材を用いて外径60mmの巻き芯に100ターン巻回して超電導コイルを作製し、この超電導コイルについて同様にコイル化前の臨界電流値Icに対しコイル化後の臨界電流値Ic0を求め、その結果を表1に示す。Ic/Ic0の値において、60%未満は×印、60〜80%は△印、80〜90%は○印、90%以上は◎印にて表記した。
次に、前記各超電導コイルについて各々真空容器の内部に収容し、各真空容器の内部を減圧雰囲気5×10
−2Paとした後、エポキシ樹脂を含浸して固め、樹脂含浸固定型の超電導コイルを作製し、樹脂含浸後に臨界電流値Icの割合(Ic/Ic0×100(%))を算出した。得られた結果を以下の表1に記載する。評価基準は先の例と同等である。
【0040】
【表1】
【0041】
表1に示す試験結果から、粘着層を備えたポリイミドテープを絶縁被覆として用いた実施例1、2の超電導線材は、ポリイミドテープをラップ巻きした通常絶縁の超電導線材に比べ、プレッシャークッカー試験後、コイル化後、コイル化後真空含浸のいずれの場合においても臨界電流値の低下が少なく、優れた評価を得ることができた。
表1の通常絶縁線と比較例1の対比から、安定化層の上面のみに粘着層付きの絶縁被覆を形成するなら、プレッシャークッカー試験後、コイル化後、真空含浸後のいずれの場合においても特性は向上するが、プレッシャークッカー試験後の結果が悪い。これは、プレッシャークッカー試験は超電導線材にとって過酷な環境加速試験であり、大気中で超電導線材に多少の水分が浸入しても問題を起こす確率は低いが、プレッシャークッカー試験のように高温多湿環境で大量の水分が浸入するとIcの低下を引き起こすこととなる。なお、希土類系の酸化物超電導層は一部系の材料で水分との反応性があり、また、中間層として用いるMgOも水分との反応性を有していることから、水分の浸入による超電導層自体の結晶配向性が低下するか、下地として用いているMgOの中間層が水分と反応して剥離するなど、が原因となってその上の酸化物超電導層に影響が現れたものと思われる。
【0042】
この面から考察すると、粘着層付きのポリイミドテープで超電導積層体の周面を1/2ラップ巻きして覆っていても、ラップ巻きしたポリイミドテープの重ね合わせ部分の隙間から水分が浸入し、臨界電流値が低下したと思われる。また、超電導テープの上面にのみ粘着層付きのポリイミドテープを被覆した超電導線材は、ある程度特性の向上効果が見られるが、プレッシャークッカー試験後の特性は低下している。これは、超電導積層体の主に側面側からの水分の浸入を受けた影響であると思われる。
これらに対し、実施例1、2の超電導線材はプレッシャークッカー試験後、コイル化後、真空含浸後のいずれにおいても臨界電流値の低下割合が少なく、優れた結果を発揮した。
また、比較例2の試料は真空中で第1の安定化層上にポリイミドテープを貼着し、第1の安定化層上に空気を巻き込むこと無く隙間無く、良好な密着性でポリイミドテープの絶縁被覆層を設けた例であるが、プレッシャークッカー試験後の臨界電流値が若干低下した。
【0043】
次に、ポリイミドテープを貼り付ける粘着層の粘着力を把握するために、先の実施例1で用いたポリイミドテープに用いた粘着層に代え、粘着層として、1.5N/cm〜6N/cmのそれぞれの粘着層を使い分けてポリイミドテープを作製し、それぞれ超電導テープに縦添えし、幅方向両端部側を基材裏面の両端に幅3mm被着する構造を採用し、粘着力の影響を評価した。その結果を以下の表2に記載する。
なお、表2においてハンドリングと記載した欄の評価基準は、ポリイミドテープの剥がれている部分があるか無いかを目視で確認した結果である。剥離部分が6以上のものは×印、剥離部分が1〜5カ所生じたものは△印、剥離部分が生じなかったものは○印で示した。
【0044】
【表2】
【0045】
表2に示す結果から、超電導積層体を粘着層付きの絶縁被覆層で縦添えして覆う場合、粘着力として2N/cm以上の粘着層を適用すると、プレッシャークッカー試験後の臨界電流値の低下割合が少なく電流特性に優れた酸化物超電導線材を提供することができる。
また、粘着力2N/cm以上、5N/cm以下の粘着層であるならば、プレッシャークッカー試験後の臨界電流値の低下割合が少なく電流特性に優れるとともに、ハンドリングにおいても良好な酸化物超電導線材を提供することができる。なお、ハンドリングについては、一端被覆した超電導積層体の端末処理あるいは端末接続などのために、絶縁被覆層を剥離してその内側の金属安定化層を露出させることがあるため、粘着力としてあまりに高いものを用いると、後処理で絶縁被覆層を剥がすことができなくなる。このため、粘着力の上限を5N/cmとすることが好ましい。
【0046】
次に、先の実施例で用いたアクリル系樹脂からなる粘着層を形成した厚さ25μmのポリイミドテープを用意し、このポリイミドテープを長さ10cmの超電導線材に縦添えしてポリイミドテープの両端側を基材裏面側にまで折返し、基材裏面側をポリイミドテープで覆う構造を採用し、基材裏面側を覆う部分の幅を変更した場合、幅の大小に応じて剥離が発生するか否か試験した。前記粘着層の粘着力は3N/cmのものを用いている。その結果を以下の表3に示す。
【0047】
【表3】
【0048】
表3に示す試験結果が示すように、絶縁被覆層の裏面部が基材の裏面側を覆う部分の幅LについてL値が厚さtの20倍の場合に1箇所剥離部分を生じたが、20倍を超える場合、例えば21倍以上は剥離が発生しなかった。このため、t×20<Lの関係を満足することが重要であると思われる。なお、剥離部分を全く生じないようにするためには、L値が厚さtの21倍以上になるように設定することがより好ましい。