特許第5938422号(P5938422)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ジーイー・ヘルスケア・リミテッドの特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5938422
(24)【登録日】2016年5月20日
(45)【発行日】2016年6月22日
(54)【発明の名称】PET前駆体の製造
(51)【国際特許分類】
   C07C 269/06 20060101AFI20160609BHJP
   C07C 271/24 20060101ALI20160609BHJP
   C07B 51/00 20060101ALN20160609BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20160609BHJP
【FI】
   C07C269/06
   C07C271/24
   !C07B51/00 F
   !C07B61/00 300
【請求項の数】8
【全頁数】9
(21)【出願番号】特願2013-557076(P2013-557076)
(86)(22)【出願日】2012年3月7日
(65)【公表番号】特表2014-514268(P2014-514268A)
(43)【公表日】2014年6月19日
(86)【国際出願番号】EP2012053867
(87)【国際公開番号】WO2012120025
(87)【国際公開日】20120913
【審査請求日】2015年2月27日
(31)【優先権主張番号】61/450,177
(32)【優先日】2011年3月8日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】305040710
【氏名又は名称】ジーイー・ヘルスケア・リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100137545
【弁理士】
【氏名又は名称】荒川 聡志
(74)【代理人】
【識別番号】100105588
【弁理士】
【氏名又は名称】小倉 博
(74)【代理人】
【識別番号】100129779
【弁理士】
【氏名又は名称】黒川 俊久
(72)【発明者】
【氏名】フェアウェイ,スティーブン・マイケル
(72)【発明者】
【氏名】ローラン−ディスガード,マリット
【審査官】 井上 千弥子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2007/063824(WO,A1)
【文献】 国際公開第00/066579(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/047674(WO,A1)
【文献】 国際公開第2009/114512(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/006621(WO,A1)
【文献】 特開2006−240997(JP,A)
【文献】 SHOUP TIMOTHY M.,SYNTHESIS OF [F-18]-1-AMINO-3-FLUOROCYCLOBUTANE-1-CARBOXYLIC ACID (FACBC): 以下備考,JOURNAL OF LABELLED COMPOUNDS AND RADIOPHARMACEUTICALS,英国,JOHN WILEY,1999年 1月 1日,V42 N3,P215-225,A PET TRACER FOR TUMOR DELINEATION
【文献】 ALIBES RAMON,HIGHLY EFFICIENT AND DIASTEREOSELECTIVE SYNTHESIS OF (+)-LINEATIN,ORGANIC LETTERS,米国,AMERICAN CHEMICAL SOCIETY,2004年,V6 N9,P1449-1452
【文献】 Journal of the American Chemical Society,1959年,81,pp. 2494-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 269/00−271/68
C07B 51/00
CAplus/REGISTRY/CASREACT(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の式IIIaの化合物から以下の式IVaの化合物を製造する方法であって、式IIIaの化合物と極性溶媒とを含む反応媒質に酢酸を添加することによって反応媒質のpHを2.0〜5.0に調整する段階、及び湿パラジウム触媒を用いてXの水素化分解を行う段階を含んでなる方法。
【化1】
【化2】
式中、
Rは1〜5の炭素原子を有するアルキル基を表し、
Yはtert−ブトキシカルボニル(BOC)であり、
Xはベンジルである
【請求項2】
Rがエチル基であ、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記触媒が1〜10%のパラジウム装填量を有する炭素上パラジウムである、請求項1又は請求項記載の方法。
【請求項4】
前記溶媒がエタノールである、請求項1乃至請求項のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
pHが2.5〜3.5に調整される、請求項1乃至請求項のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
前記触媒が、30〜70重量%の水を含むスラリーの形態である、請求項1乃至請求項5のいずれか1項記載の方法。
【請求項7】
前記反応媒質中における式IIIaの化合物と溶媒とのmmol/ml比が1:4〜1:8である、請求項1乃至請求項6のいずれか1項記載の方法。
【請求項8】
当該方法が、100g以上の式IVaの化合物を製造する大規模プロセスとして実施される、請求項1乃至請求項7のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性医薬品前駆体、特に陽電子放出断層撮影法(PET)のようなインビボイメージング方法で使用するための放射性標識アミノ酸を製造するための前駆体として使用される保護アミノ酸誘導体の製造方法に関する。詳しくは本発明は、[18F]−1−アミノ−3−フルオロシクロブタンカルボン酸([18F]FACBC)PET薬剤の前駆体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
陽電子放出断層撮影法(PET)によって代表される核医学検査は、心疾患及び癌を含む各種の疾患を診断するのに有効である。これらの技法は、特定の放射性同位体で標識された薬剤(以後は放射性医薬品という)を患者に投与し、続いて薬剤から直接又は間接に放出されるγ線を検出することを含んでいる。核医学検査は、他の検査技法に比べ、疾患に対して高い特異性及び感度を有するばかりでなく、病変の機能性に関する情報を提供するという利点も有することに特徴がある。例えば、PET検査のために使用される放射性医薬品の1種である[18F]−2−フルオロ−2−デオキシ−D−グルコース(「[18F]FDG」)は、グルコース代謝が高まった領域に集中する傾向があり、それによってグルコース代謝が高まった腫瘍を特異的に検出することを可能にする。核医学検査は投与された放射性医薬品の分布を追跡することによって実施されるが、それから得られるデータは放射性医薬品の性質に応じて変化する。したがって、様々な疾患に関して様々な放射性医薬品が開発されており、その一部は臨床用途に供されている。例えば、各種の腫瘍診断剤、血流診断剤及び受容体マッピング剤が開発されている。
【0003】
近年、[18F]−1−アミノ−3−フルオロシクロブタンカルボン酸([18F]FACBC)をはじめとする一連の放射性ハロゲン標識アミノ酸化合物が、新規な放射性医薬品として設計されている。
【0004】
18F]FACBCは、アミノ酸輸送体によって特異的に取り込まれる性質を有するので、高増殖性腫瘍に関する診断剤として有効であると考えられる。[18F]FACBC及びその前駆体を製造するための改良法が探求されている。
【0005】
欧州特許出願公開第1978015号は、小規模で[18F]FACBCを製造する方法を提供している。この方法における中間体の1つは、1−(N−(t−ブトキシカルボニル)アミノ)−3−ヒドロキシ−シクロブタン−1−カルボン酸エチルエステル(下記スキーム1中の式IV)である。この中間体を製造するための欧州特許出願公開第1978015号の方法段階では、中性pHの乾燥パラジウムが使用されている。スキーム1は、欧州特許出願公開第1978015号に概述されているように、[18F]FACBCを製造するための多段階合成法を示している。
【0006】
【化1】
上記スキーム1中では、BnOはベンジエーテルを表し、Bocはtert−ブチルカルバメート(tert−ブトキシカルボニル)を表し、OTfはトリフルオロメタンスルホネートを表す。
【0007】
自動合成ユニット上で実施される、[18F]FACBCの合成法の最後の段階は、式(V)の前駆体からの[18F]フッ化物イオンによるトリフレート基の求核置換に基づいている。[18F]フッ化物イオンは、クリプトフィックス(K222)、炭酸カリウム、水及びアセトニトリルの溶液を用いて反応器内に導入することができる。次いで、18F標識中間体化合物は2つの脱保護段階を受け、そこではエチル保護基及びBoc保護基がそれぞれ塩基加水分解及び酸加水分解によって除去される。
【0008】
次の式(IV)の化合物は、1−(N−(t−ブトキシカルボニル)アミノ)−3−ヒドロキシ−シクロブタン−1−カルボン酸エチルエステルと命名される。
【0009】
【化2】
この中間体は、スキーム1の段階3に示されるような、1−(N−(t−ブトキシカルボニル)アミノ)−3−ベンジルオキシ−シクロブタン−1−カルボン酸エチルエステル(式III)の水素化分解によって製造される。かかる水素化分解(即ち、脱ベンジル化)は、パラジウム触媒及び水素ガスの使用によって実施することができる。小規模では乾燥パラジウム触媒の使用が容認されるが、大規模では安全性の観点から湿潤パラジウム触媒を使用するのが良かろう。パラジウムはある種の条件下では自然発火性を有し、したがって発火することがあるからである。しかし、乾燥パラジウムの代わりに湿潤パラジウムを使用しながらこの水素化分解を大規模で実施した場合には、数日後であってもベンジル基の除去は不完全であることが経験された。小規模で乾燥パラジウムを使用した場合、水素化分解反応は2〜4日後に完了する。したがって、安全でありかつ効率的に完了する式(IV)の化合物の製造方法に対するニーズが存在している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
欧州特許出願公開第1978015号明細書
【発明の概要】
【0011】
このたび意外にも、特定の条件を使用すれば、湿潤パラジウムを用いる方法を成功裡に実施し得ることが見出された。したがって、本発明の方法は乾燥バランスに関連する発火のリスクを回避すると共に、水素化分解反応は許容し得る時間内に完了する。見出された解決策は、水素化分解すべき化合物を含む出発原料のpHを低下させると共に、湿潤パラジウムを使用することである。
【0012】
したがって第1の態様では、本発明は、以下の式IIIaの化合物から以下の式IVaの化合物を製造する方法であって、式IIIaの化合物を含む反応媒質のpHを2.0〜5.0に調整する段階、及び白金族金属から選択される湿潤触媒を用いてXの水素化分解を行う段階を含んでなる方法を提供する。
【0013】
【化3】
【0014】
【化4】
式中、
Rは1〜5の炭素原子を有するアルキル基を表し、
Yはアミンに対する保護基を表し、
Xはアルコールに対する保護基を表す。
【0015】
R部分は線状又は枝分れアルキル鎖であり、好ましくはメチル、エチル、1−プロピル及びイソプロピルから選択されるアルキル基であり、最も好ましくはエチルである。
【0016】
単独で又は組み合わせて使用される「アルキル」という用語は、一般式Cn2n+1を有す直鎖又は枝分れアルキル基を意味する。かかる基の例には、メチル、エチル及びイソプロピルがある。
【0017】
本明細書中で「アルコール」という用語は、−OH基を含む置換基をいう。
【0018】
本明細書中で「アミン」という用語は、−NR'R"基(式中、R'及びR"は独立に水素又はアルキルであり、好ましくは共に水素である。)をいう。
【0019】
保護基」という用語は、望ましくない化学反応を阻止又は抑制するが、分子の残部を変質させない程度に温和な条件下で問題の官能基から脱離させて所望の生成物を得るのに十分な反応性を有するように設計された基を意味する。保護基は当業者にとって公知であり、‘Protective Groups in Organic Synthesis’,Theorodora W.Greene and Peter G.M.Wuts(Foourth Edition,John Wiley & Sons,2007)に記載されている。
【0020】
本発明で使用するための好ましいアミノ保護基は、t−ブトキシカルボニル基、アリルオキシカルボニル基、フタルイミド基及びN−ベンジリデンアミン置換基からなる群から選択される。したがってY部分は、カルバメートのような、アミンに対する保護基である。
【0021】
X部分はアルコールに対する保護基であり、この保護基は保護基がその関連エーテルを形成するように選択される。かかる保護基には、例えば、ベンジル(Bn)、ベンジルカルボネート、メトキシメチル(MOM)、2−メトキシエトキシメチル(MEM)、メチルチオメチル(MTM)、テトラヒドロピラニル(THP)、ベンジルオキシメチル(BOM)、p−メトキシフェニル、p−メトキシベンジル(MPM)、p−メトキシベンジルオキシメチル(PMBM)、トリイソプロピルシリル(TIPS)、tert−ブチルジメチルシリル(TBDMS)、2−(トリメチルシリル)エトキシメチル(SEM)及び(フェニルジメチルシリル)メトキシメチル(SMOM)がある。水素化によって除去できる基が好ましく、好ましい実施形態ではXはベンジルである。
【0022】
特に好ましい実施形態では、Rはエチル基であり、YはBOCであり、Xはベンジルである。その結果、スキーム1に従えば、式IVaの化合物は式IVの化合物であり、式IIIaの化合物は式IIIの化合物である。
【0023】
本発明の方法で使用する触媒は白金族金属から選択され、したがってルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム及び白金からなる群から選択される。さらに好ましくは、触媒はパラジウムである。
【0024】
本発明の方法で使用する触媒は、いかなる発火のリスクも回避するため、湿潤したものにすべきである。使用する触媒は好ましくは濃厚スラリーの形態を有し、かかるスラリーは水を含んでいる。一実施形態では、湿潤触媒は30〜70重量%の水、さらに好ましくは40〜60重量%の水、最も好ましくは45〜55重量%の水を含んでいる。特に好ましい実施形態では、湿潤触媒は約50重量%の水を含んでいる。さらに、使用する触媒は好ましくは不均一触媒であり、これは反応媒質中に懸濁された金属の固体粒子を含むことを意味する。本発明で使用する触媒(例えば、パラジウム)は、好ましくは微粉砕された炭素上に分配されている(炭素上パラジウム(Pd/C)という)。かかる触媒は1〜30%の金属装填量で商業的に入手可能であり、これらを本発明の方法で使用することができる。金属装填量(例えば、パラジウム装填量)は、さらに好ましくは1〜10%、最も好ましくは5〜10%である。本方法で使用すべき触媒の量は、選択される触媒の種類及び%装填量に依存する。例えば、10%装填量の炭素上パラジウムでは、本発明の方法で使用すべき触媒の量は1〜30重量%/化合物、さらに好ましくは5〜20重量%/化合物、最も好ましくは約10重量%/化合物である。この文脈中での「化合物」とは、出発原料、即ち式IIIaの化合物(例えば、式IIIの化合物)である。
【0025】
本発明の方法の水素化分解反応は、水素源を用いて触媒的に実施される。好ましい水素源は水素ガスである。
【0026】
本発明の方法を実施する場合、意外にも、湿潤触媒の使用とpHの調整とを組み合わせることで脱ベンジル化を成功裡に完了させ得ることが見出された。式IIIaの化合物(例えば、式IIIの化合物)及び溶媒を含む反応媒質のpHは、酸の添加によって2.0〜5.0に調整される。さらに好ましくは、pHは2.5〜3.5に調整され、最も好ましくは3.0に調整される。意外にも、これらの条件下では脱ベンジル化反応が許容し得る短い時間で完了することが見出された。その時点では、アミン官能基の保護基(Y基)は影響を受けなかった。この保護基は後に酸加水分解で除去されることになっており、本発明の方法の脱水素化分解段階中に除去されないことが極めて重要である。本方法で使用する酸は鉱酸又は有機酸であり、好ましくは塩酸、酢酸、ギ酸及び硫酸からなる群から選択される。最も好ましくは、酸は酢酸である。したがって、本発明の方法では、式IIIaの化合物は溶媒に溶解され、pHが測定され、反応媒質に酸を添加することで所望レベルに調整される。式IIIaの化合物(例えば、式IIIの化合物)を溶解するために使用する溶媒はプロトン性又は非プロトン性の極性溶媒であり、好ましくはアルコール類、エステル類、エーテル類及び塩素化溶媒からなる群から選択される。溶媒はさらに好ましくはアルコールであり、最も好ましくはエタノールである。溶媒の量は、式IIIaの化合物を完全に溶解するのに十分なものとすべきである。式IIIaの化合物と溶媒とのmol/ml比は、例えば1:4〜1:8である。
【0027】
本発明の方法はあらゆる規模で使用でき、式IVaの化合物の100g以上(例えば、300g又は最大500g以上まで)を製造する場合のように大規模で製造する場合に特に有用である。小規模では、乾燥白金族金属触媒を使用してもよいが、スケールアップ時には安全上の理由から湿潤形態のかかる触媒を使用することが有利である。湿潤パラジウム及び2.0〜5.0への反応媒質のpH調整を含む本発明の方法は、ずっと安全であり、より効率的であり、しかも水素化分解反応が短い時間で完了するのでコスト効率が良いことが判明した。酸を添加しないと反応が不完全であったのに対し、本発明の方法を実施した場合、脱水素化分解は例えば5日以下、好ましくは4日以下、最も好ましくは3日以下で完了する。
【0028】
さらに別の態様では、本発明は、次の式Vで表される[18F]FACBCの前駆体化合物の製造方法であって、第1の態様の方法に従って式IVの化合物を製造する段階を含んでなる方法を提供する。
【0029】
【化5】
OTfはトリフルオロメタンスルホネートを表す。この場合、式IVa中のYはBocであり、Rはエチルである。
【0030】
下記の実施例によって本発明を例示する。
【実施例】
【0031】
実施例1
様々な量の1−(N−(t−ブトキシカルボニル)アミノ)−3−ベンジルオキシ−シクロブタン−1−カルボン酸エチルエステル(式IIIの化合物)をエタノール(18.4〜20.0ml/g)に添加した。1−(N−(t−ブトキシカルボニル)アミノ)−3−ヒドロキシ−シクロブタン−1−カルボン酸エチルエステル(式IVの化合物)を製造するための脱ベンジル化反応を最適化するために複数回の試験を行った。式IIIの化合物及びエタノールを含む反応媒質に様々な量の酢酸を添加して、pHを約3に調整した。脱水素化分解のために様々な量の炭素上パラジウム(10%装填量)を使用して、湿潤触媒及び乾燥触媒の両方を試験した。反応はTLCによって追跡した。結果を表1中に示す。
【0032】
【表1】
湿潤形態のパラジウム触媒を使用しかつpHを約3に調整した場合、反応はわずか2〜4日で完了することが判明した。pH調整を行わずに中性pHで反応を行い、かつ湿潤パラジウムを使用した場合、脱ベンジル化は完了しないか、或いは完了までに10日もの時間を要した。