特許第5938836号(P5938836)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5938836高次構造体が示す抗細胞効果の新規調整技法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5938836
(24)【登録日】2016年5月27日
(45)【発行日】2016年6月22日
(54)【発明の名称】高次構造体が示す抗細胞効果の新規調整技法
(51)【国際特許分類】
   C08F 2/44 20060101AFI20160609BHJP
   C08F 283/04 20060101ALI20160609BHJP
   C08F 20/44 20060101ALI20160609BHJP
【FI】
   C08F2/44 B
   C08F283/04
   C08F20/44
【請求項の数】5
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2013-507723(P2013-507723)
(86)(22)【出願日】2012年3月29日
(86)【国際出願番号】JP2012058354
(87)【国際公開番号】WO2012133648
(87)【国際公開日】20121004
【審査請求日】2015年3月25日
(31)【優先権主張番号】特願2011-78781(P2011-78781)
(32)【優先日】2011年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】513236194
【氏名又は名称】株式会社ナノカム
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】城武 昇一
【審査官】 繁田 えい子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2009−541462(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/101178(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F
A61K
JSTPlus(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸及びその誘導体並びにそれらのオリゴマー及びポリマーから成る群より選択される少なくとも1種が共存し、かつ、糖類及びポリソルベートのいずれも実質的に共存しない条件下において、水性溶媒中でシアノアクリレートモノマーをアニオン重合することを含む、シアノアクリレートポリマー粒子の製造方法。
【請求項2】
アミノ酸及びその誘導体並びにそれらのオリゴマーから成る群より選択される少なくとも1種が共存する条件下において前記アニオン重合を行なう請求項1記載の方法。
【請求項3】
アミノ酸が共存する条件下において前記アニオン重合を行なう請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記アミノ酸が、アルギニン、ヒスチジン、リジン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アラニン、グリシン、ロイシン、バリン、イソロイシン、セリン、スレオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、シスチン又はシステイン、グルタミン、アスパラギン、プロリン、メチオニン、β−アラニン、γ−アミノ酪酸、カルニチン、γ−アミノレブリン酸、及びγ−アミノ吉草酸から成る群より選択される少なくとも1種である請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記誘導体が、クレアチン、オルニチン、サイロキシン、デスモシン、ヒドロキシプロリン、ヒドロキシリジン、ホスホセリン、テアニン、カイニン酸、トリコロミン酸、及びサルコシンから成る群より選択される少なくとも1種である請求項1又は2記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シアノアクリレートナノ粒子の新規製造方法、アミノ酸及びその誘導体並びにそれらのオリゴマー及びポリマーから成る群より選択される少なくとも1種を抱合したナノ粒子を有効成分とする細胞障害剤、並びにその細胞障害活性の調整技法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬物のデリバリーシステム(DDS)や徐放化による薬物の効果向上を目的に、薬剤の微粒子化の研究が進んでおり、例えばシアノアクリレートポリマー粒子に薬剤を抱合させたDDSが公知である(特許文献1、2及び非特許文献1)。本願発明者らも、現在までに、粒径のばらつきが少ないシアノアクリレートポリマー粒子の製造方法、抗菌剤抱合粒子、及びプラスミド抱合粒子を開示している(特許文献3〜5)。従来のポリマー粒子合成法では、シアノアクリレートのアニオン重合反応の開始及び安定化の目的で、重合反応系内に糖類やポリソルベートを共存させる。これらの過去の研究は、薬物のDDSと徐放化が目的であった。
【0003】
その後、本願発明者は、シアノアクリレートポリマー粒子そのものにグラム陽性細菌に対する抗菌活性があることを見出した(特許文献6)。ナノサイズのポリマー粒子は、グラム陽性細菌の細胞壁に特異的に接着し、細菌を溶菌に導く。抗生物質とは全く異なる作用機序で抗菌活性を発揮し、MRSAやVRE等の多剤耐性菌に対しても有効である。
【0004】
さらに、本願発明者は、アミノ酸を抱合したシアノアクリレートポリマー粒子に抗がん活性があることを見出した(特許文献7)。アミノ酸自体に特別な薬理作用はないが、アミノ酸を抱合させることでポリマー粒子の抗がん作用が向上する。また、抱合させるアミノ酸の種類に応じて抗がん作用が変化し、アミノ酸の種類を選択することで各種のがんに対応可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表平11−503148号公報
【特許文献2】特表2002−504526号公報
【特許文献3】特開2008−127538号公報
【特許文献4】国際公開第2008/126846号公報
【特許文献5】特開2008−208070号公報
【特許文献6】国際公開第2009/084494号公報
【特許文献7】国際公開第2010/101178号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Christine Vauthier et al., Adv. Drug Deliv. Rev., 55, 519-548 (2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、抗菌剤や抗がん剤などとして従来のものよりもさらに有用なシアノアクリレートポリマー粒子を提供できる新規な手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者は、鋭意研究の結果、糖類やポリソルベートを使用せず、アミノ酸のみでアニオン重合を開始及び安定化できること、中性・酸性・塩基性アミノ酸のいずれでも、そして直鎖・芳香族・イミノ・含硫黄構造のいずれでも重合開始・安定化の作用があることを見出し、新規なシアノアクリレートナノ粒子の合成法を確立した。また、抗がん用途が知られていたアミノ酸抱合粒子について、特許文献6記載のアミノ酸非抱合ナノ粒子よりも高い抗菌活性を発揮し得ること、グラム陽性細菌のみならずグラム陰性細菌に対しても抗菌活性を発揮できること、上記新規合成法でアミノ酸抱合粒子を製造すればさらに抗菌活性を高め得ることを見出した。そして、シアノアクリレートポリマー粒子の活性とは、該粒子が有する細胞に対する作用(細胞障害活性)が抗菌活性及び抗がん活性として現れたものだと理解できることを見出し、粒子に抱合させるアミノ酸の種類の選択やナノ粒子の合成法の選択によって粒子の細胞障害活性の強弱を調整できることを見出すことにより、本願発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、アミノ酸及びその誘導体並びにそれらのオリゴマー及びポリマーから成る群より選択される少なくとも1種が共存し、かつ、糖類及びポリソルベートのいずれも実質的に共存しない条件下において、水性溶媒中でシアノアクリレートモノマーをアニオン重合することを含む、シアノアクリレートポリマー粒子の製造方法を提供する

【発明の効果】
【0010】
本発明により、粒径のばらつきが少ないナノサイズのシアノアクリレートポリマー粒子を製造する新規な方法が提供された。また、シアノアクリレートナノ粒子が有する細胞に対する活性の強弱を調整できる新規な手段が提供された。アミノ酸及びその誘導体並びにそれらのオリゴマー及びポリマーから選択される少なくとも1種を抱合した粒子は公知のナノ粒子抗菌剤(特許文献6)よりも抗菌活性が高く、耐性菌と感受性菌の両者に対してさらに高い抗菌作用を発揮できる。該粒子はまた、グラム陽性細菌のみならずグラム陰性細菌に対しても抗菌活性を発揮できる。この抗菌活性は、糖類もポリソルベートも使用せず、アミノ酸及びその誘導体並びにそれらのオリゴマー及びポリマーから選択される少なくとも1種のみでシアノアクリレートの重合反応を行なうことによって、さらに高めることができる。また、アミノ酸抱合粒子に高い抗がん活性があること、アミノ酸の種類を選択することで各種のがんに対応可能であることが公知であるが(特許文献7)、アミノ酸及びその誘導体並びにそれらのオリゴマー及びポリマーから選択される少なくとも1種のみでシアノアクリレートの重合反応を行なうことで、抗がん活性の強さも制御することができる。従って、予防及び治療の対象となるがんの種類の幅と、多数の患者各人にあわせたオーダーメイド治療の幅をより一層広げることができる。抗菌活性と抗がん活性を細胞に対する作用として捉えることができる薬剤はこれまでになく、本発明はシアノアクリレートナノ粒子の可能性を高める極めて意義深い発明である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】製造例1のDex-Amino acid抱合系で製造した粒子の、各種黄色ブドウ球菌株に対する抗菌活性(最小発育阻止濃度(MIC))を示すグラフである。
図2】製造例1のDex-Amino acid抱合系で製造した粒子の、各種腸球菌株に対する抗菌活性(最小発育阻止濃度(MIC))を示すグラフである。
図3】製造例1及び製造例2で製造したアミノ酸抱合ナノ粒子の、各種黄色ブドウ球菌株に対する抗菌活性(最小発育阻止濃度(MIC))を示すグラフである。
図4】製造例1及び製造例2で製造したアミノ酸抱合ナノ粒子の、各種腸球菌株に対する抗菌活性(最小発育阻止濃度(MIC))を示すグラフである。
図5】製造例1で製造したアミノ酸抱合ナノ粒子(0.01HCl-Gly+Dex70)で処理した、VRE NCTC12201株のSEM像である(粒子処理から1時間後、3時間後及び6時間後)。
図6】製造例1及び製造例2で製造したアミノ酸抱合ナノ粒子で処理した各種がん細胞株の生存率を示すグラフである。
図7】製造例1で製造したアミノ酸抱合ナノ粒子(0.01HCl-Gly+Dex70)で処理したH9細胞のSEM像である(粒子処理から2時間後)。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明のナノ粒子新規合成法では、シアノアクリレートの重合開始及び安定化のために従来用いられていた糖類やポリソルベートに代えて、アミノ酸及びその誘導体並びにそれらのオリゴマー及びポリマーから選択される少なくとも1種(以下、これらをまとめて「アミノ酸系分子(amino-based molecule)」ということがある)を用いる。アミノ酸系分子を抱合するシアノアクリレートナノ粒子は、アミノ酸及びその誘導体並びにそれらのオリゴマー及びポリマーから選択される少なくとも1種が共存し、かつ、糖類及びポリソルベートのいずれも実質的に、好ましくは全く共存しない条件下において、シアノアクリレートモノマーをアニオン重合することにより製造することができる。
【0013】
本発明において、「アミノ酸」とは、分子内にアミノ基とカルボキシ基とを持つ化合物をいい、一般的なアミノ酸の定義の通り、アミノ基の水素が分子内の他の部分と置換して二級アミンとなった環状化合物であるイミノ酸も包含する。本発明で使用できるアミノ酸の代表的な例としては、天然のタンパク質を構成する20種のα−アミノ酸が挙げられるが、これらに限定されず、β−、γ−及びδ−アミノ酸系分子も包含される。具体例を挙げると、アルギニン、ヒスチジン、リジン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アラニン、グリシン、ロイシン、バリン、イソロイシン、セリン、スレオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、シスチン又はシステイン、グルタミン、アスパラギン、プロリン、メチオニン、β−アラニン、γ−アミノ酪酸(GABA;神経伝達物質)、カルニチン、γ−アミノレブリン酸、γ−アミノ吉草酸などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0014】
アミノ酸の「誘導体」とは、上記定義によるアミノ酸においていずれかの基が修飾又は置換された構造を有する化合物をいう。生物体成分として天然に存在するアミノ酸誘導体は、通常、本発明で好ましく使用することができる。使用可能なアミノ酸誘導体の具体例を挙げると、クレアチン(アルギニン誘導体で1-メチルグアニジノ酢酸)、オルニチン(アルギニン誘導体で尿素サイクル産物)、サイロキシン(芳香族アミノ酸類であるトリヨウドサイロニン;T4)、デスモシン(角質エラスチンやコラーゲンの構成成分;3分子のアリシンの側鎖と1分子のリシンの側鎖が結合した構造)、ヒドロキシプロリン及びヒドロキシリジン(ゼラチンやコラーゲン構成成分)、ホスホセリン(セリンとリン酸のエステル;カゼイン構成成分)、テアニン(茶成分、グルタミン酸誘導体)、カイニン酸(海人草の虫下し成分)、トリコロミン酸(シメジの成分)やサルコシン(卵黄・ハム・豆類成分;Nメチルグリシン)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0015】
本発明において、アミノ酸の「オリゴマー」とは、10個以下のアミノ酸残基がペプチド結合により結合したオリゴペプチドをいい、アミノ酸の「ポリマー」とは、11個以上のアミノ酸残基がペプチド結合により結合したポリペプチドをいう。いずれも、アミノ酸だけではなくアミノ酸誘導体を残基として含んでいてよい。ポリペプチドの残基数の上限は特に限定されないが、例えば500残基以下であり得る。ポリペプチドとしては、11〜100残基、11〜50残基、11〜30残基、11〜20残基、あるいは11〜15残基のものが好ましく用いられ得る。
【0016】
オリゴペプチドはポリペプチドよりも好ましく用いられ得る。中でも、2〜7残基、2〜5残基、あるいは2又は3残基のオリゴペプチドがより好ましく用いられ得る。
【0017】
下記実施例では、天然のタンパク質を構成する20種のα−アミノ酸(すなわち、アルギニン、ヒスチジン、リジン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アラニン、グリシン、ロイシン、バリン、イソロイシン、セリン、スレオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、シスチン又はシステイン、グルタミン、アスパラギン、プロリン、メチオニン)のいずれでも、糖類やポリソルベートを使用しない条件でナノサイズ(1000nm未満)のシアノアクリレートポリマー粒子を合成できることが示されている。中性・酸性・塩基性アミノ酸のいずれでも、そして直鎖・芳香族・イミノ・含硫黄構造のいずれでも、糖類もポリソルベートも使用せずにナノ粒子を製造できることが示されている。従って、下記実施例で実際に用いられている20種のα−アミノ酸のみならず、上記したその他のアミノ酸及びアミノ酸誘導体もナノ粒子合成に使用することができるし、また、オリゴペプチドやポリペプチドも分子内にアミノ酸構造を有するので、やはりナノ粒子合成に使用することができる。
【0018】
シアノアクリレートモノマーとしては、アルキルシアノアクリレートモノマー(アルキル基の炭素数は好ましくは1〜8)が好ましく、特に、外科領域において傷口の縫合のための接着剤として用いられている、下記式で表されるn-ブチル-2-シアノアクリレート(nBCA)が好ましい。
【0019】
【化1】
【0020】
ナノ粒子新規合成法では、重合反応の際に糖類やポリソルベートを使用せず、アミノ酸構造により発揮される重合開始・安定化作用を利用する。従って、該方法で製造した場合、アミノ酸系分子抱合粒子には糖類もポリソルベートも実質的に、好ましくは全く含まれない。例えば、粒子に抱合させるべきアミノ酸系分子を溶媒中に溶解させた後、撹拌下にてシアノアクリレートモノマーを加え、適宜撹拌を続けて重合反応を進行させることで、粒径の揃ったナノサイズのシアノアクリレートポリマー粒子を得ることができる。粒子に抱合させるアミノ酸系分子は1種類でもよいし、2種類以上を溶媒に溶解して同時に抱合させてもよい。後述するように、粒子に抱合されるアミノ酸系分子の種類は粒子がもつ細胞障害活性に影響し、アミノ酸系分子の種類の選択によって細胞障害活性の強弱を調整できる。
【0021】
アミノ酸系分子が粒子に抱合される態様としては、シアノアクリレートのエチレン末端の炭素にアミノ酸構造中の-COO基が結合する態様や、このような共有結合によらず粒子に付着している態様などが考えられる。本発明では、アミノ酸系分子抱合粒子におけるアミノ酸系分子の抱合の態様は限定されず、シアノアクリレートポリマー粒子にアミノ酸系分子が含まれていればよい。
【0022】
アミノ酸系分子の共存下でシアノアクリレートモノマーをアニオン重合すると、アミノ酸系分子がポリマー粒子に付着して抱合されるのみならず、上記のような共有結合によっても粒子に抱合される。共有結合によりポリマー部分に結合しているアミノ酸系分子の官能基を利用すれば、アミノ酸系分子含有粒子を所望の資材に共有結合により固定化することができるので、医療用資材への粒子の固定化に好都合である。なお、上記方法で得られる粒子のアミノ酸系分子抱合率は通常約20%〜約65%程度である。もっとも、細胞障害活性を有する限り、抱合率がこの範囲外であっても差し支えない。アミノ酸系分子の抱合率は、重合後にフィルター洗浄したときのフィルター通過液の吸光度を適当な波長で測定し、フィルター通過液中のアミノ酸系分子の量(すなわち粒子に結合しなかったアミノ酸系分子の量)を吸光度法により求めた後、下記の式によって算出することができる。
アミノ酸系分子抱合量=(アミノ酸系分子添加量)−(フィルター通過液中のアミノ酸系分子の量)
アミノ酸系分子抱合率(%)=アミノ酸系分子抱合量÷アミノ酸系分子添加量×100
【0023】
重合反応の溶媒としては、水を主体とする水性溶媒(例えば水、低級アルコール水溶液など)を使用することができ、アミノ酸系分子抱合粒子の製造の場合は、通常、水が好ましく用いられる。アニオン重合は水酸イオンにより開始されるので、反応液のpHは重合速度に影響する。反応液のpHが高い場合には、水酸イオンの濃度が高くなるので重合が速く、pHが低い場合には重合が遅くなる。アミノ酸系分子抱合粒子を製造する場合には、通常、pHが1.5〜3.0程度の酸性下で適度な重合速度が得られる。反応液を酸性にするために添加する酸としては、特に限定されないが、反応に悪影響を与えず、反応後に揮散する塩酸を好ましく用いることができる。塩酸の濃度は、特に限定されないが、0.0005N〜0.5N程度の範囲で適宜選択可能である。
【0024】
反応開始時の重合反応液中のシアノアクリレートモノマーの濃度は、特に限定されないが、通常、0.5v/v%〜2.0v/v%程度、好ましくは0.8v/v%〜1.2v/v%程度である。
【0025】
反応開始時の重合反応液中のアミノ酸系分子の濃度は、特に限定されないが、通常0.1w/v%〜3w/v%程度である。もっとも、ナノ粒子新規合成法ではなく従来法でアミノ酸系分子抱合粒子を製造する場合には、これよりも低い濃度であっても差し支えない。
【0026】
反応温度は、特に限定されないが、室温で行なうことが簡便で好ましい。反応時間は、反応液のpH、溶媒の種類等に応じて反応速度が異なるため、これらの要素に応じて適宜選択される。特に限定されないが、通常、反応時間は10分〜5時間程度、好ましくは30分〜4時間程度である。得られたアミノ酸抱合粒子は、通常、中性の粒子として用いられるので、反応終了後、水酸化ナトリウム水溶液等の塩基を反応液に添加して中和することが好ましい。
【0027】
糖類やポリソルベートを用いた従来法によって所望の物質を抱合したシアノアクリレートポリマー粒子を製造する方法は、特許文献3、特許文献4(抗菌剤抱合)、特許文献5(プラスミド抱合)、特許文献7(アミノ酸抱合)等に記載され公知である。これら従来法に従って所望のアミノ酸系分子を抱合する粒子を製造する場合、例えば、粒子に抱合させるべきアミノ酸系分子と、糖類及びポリソルベートから選択される少なくとも1種を溶媒中に溶解させた後、撹拌下にてシアノアクリレートモノマーを加え、適宜撹拌を続けて重合反応を進行させればよい。糖類は特に限定されず、水酸基を有する単糖類(例えばグルコース、マンノース、リボース及びフルクトース等)、水酸基を有する二糖類(例えばマルトース、トレハロース、ラクトース及びスクロース等)及び水酸基を有する多糖類(例えばデキストランやマンナン等)のいずれであってもよい。これらの糖は、環状、鎖状のいずれの形態であってもよく、また、環状の場合、ピラノース型やフラノース型等のいずれであってもよい。また、糖には種々の異性体が存在するがそれらのいずれでもよい。ポリソルベートとしては、特に限定されず、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(商品名 Tween 20)、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート(商品名 Tween 80)等の公知のTween系界面活性剤のいずれであってもよい。単糖類、二糖類及び多糖類並びにポリソルベートは、単独で用いることもできるし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。上記した糖類及びポリソルベートのうち、グルコース、デキストラン、Tween 20(商品名)が好ましく、特にデキストランが好ましい。デキストランとしては、平均分子量7万程度以上の重合度であるデキストランが好ましい。デキストランの分子量の上限は特にないが、通常、分子量50万程度以下である。
【0028】
従来法では、反応開始時の重合反応液中の糖類及びポリソルベートの濃度(複数種類用いる場合はその合計濃度)は、特に限定されないが、通常、0.5%〜10%程度、好ましくは0.75%〜7.5%程度である。なお、糖類の濃度はw/v%、ポリソルベートの濃度はv/v%を意味し、例えば糖類を単独で用いる場合には、上記した濃度範囲はそれぞれ「0.5w/v%〜10w/v%」、「0.75w/v%〜7.5w/v%」を意味する。また、糖類を5w/v%、ポリソルベートを1v/v%で併せて用いる場合には、これらの合計濃度を6%というものとする。ただし、単糖類(例えばグルコース)のみを用いる場合には、2.5w/v%〜10w/v%程度で用いることが好ましい。
【0029】
上記したナノ粒子新規合成法や従来法によれば、平均粒径が1000nm未満であるナノサイズのアミノ酸系分子抱合粒子を容易に製造することができる。粒子サイズの下限は特に限定されないが、上記の重合反応で製造される粒子の粒径は通常7nm程度以上となる。好ましくは、粒子の平均粒径は20nm〜600nm、より好ましくは50nm〜550nmである。粒子のサイズは、反応液中のシアノアクリレートモノマーの濃度やpH、反応時間を調節することによって調節することができる。また、重合開始・安定剤として糖類及びポリソルベートから選択される少なくとも1種を用いる場合には、該重合開始・安定剤の濃度や種類を変えることによっても、粒子サイズを調節することができる(特許文献3、4等参照)。一般に、反応液のpHを高めた場合、反応時間を長くした場合、及び反応液の糖濃度を低くした場合には粒子サイズが大きくなり、重合開始・安定剤としてポリソルベートを用いた場合には粒子サイズが小さくなる。これらの反応条件を適宜組み合わせることで、所望のサイズの粒子を製造することができる。
【0030】
また、アミノ酸系分子抱合粒子の電荷(ゼータ電位)は、特に限定されないが、通常-50mV〜0mV程度である。ゼータ電位とは、粒子表面の電荷を示すもので、粒子の分散性の指標となる。粒子サイズとゼータ電位は、例えばHe・Neレーザーを用いた市販の装置(例えばMalvern Inst.UK社製のゼータサイザー等)を用いて容易に測定することができる。
【0031】
本発明の細胞障害剤は、上記した方法で製造可能な、少なくとも1種のアミノ酸系分子を抱合したナノサイズのシアノアクリレートポリマー粒子を有効成分とする。本発明で用いるアミノ酸系分子抱合粒子は、実質的にアミノ酸系分子及びシアノアクリレートポリマー(並びに、従来法で合成した場合は糖類及び/又はポリソルベート)から成り、細胞毒成分として知られる物質は含有せず、対象細胞への特異的接着性により細胞障害活性を発揮する。細菌類に対しては、細胞壁に粒子が接着して溶菌に導き(抗菌活性)、腫瘍細胞に対しては、アポトーシス様の反応を生じさせ、細胞死を誘導し、増殖を抑制する(抗がん活性)。本発明でいう「細胞障害活性」とは、抗菌活性と抗がん活性の両者を包含する概念である。従って、本発明の細胞障害剤は、抗菌剤やがんの治療及び/又は予防剤として用いることができる。ナノ粒子が有する細胞障害活性は、正常な哺乳動物細胞に対しては発揮されず、ナノ粒子にはin vivo毒性もないことが確認されている。
【0032】
粒子の細胞障害活性は、重合方法の選択(糖類及びポリソルベートから選択される少なくとも1種を用いるか否か)によってその強弱を調整できる。ナノ粒子新規合成法により製造した粒子は、従来法で製造した糖類やポリソルベートが含まれるアミノ酸抱合粒子よりも細胞障害活性が高い。従って、細胞障害活性を強めたい場合には、糖類及びポリソルベートのいずれも実質的に共存しない条件下でアニオン重合を行えばよい。
【0033】
また、粒子の細胞障害活性は、抱合させるアミノ酸系分子の種類の選択によっても強弱を調整できる。例えば、公知のナノ粒子抗菌剤(特許文献6)よりも高い抗菌活性が得られるアミノ酸としては、アラニン、グリシン、バリン、イソロイシン、セリン、スレオニン、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン、アスパラギン酸、グルタミン酸、アスパラギン、グルタミン、ヒスチジン及びプロリンが挙げられる。なかでもグリシン、セリン、スレオニン、グルタミン酸、アスパラギン、ヒスチジン及びプロリンによる抗菌活性が高く、とりわけグリシン、アスパラギン及びヒスチジンによる抗菌活性の増強が特に高い。また、抗がん活性についていえば、特許文献7にも記載される通り、がんの種類によって効果の高いアミノ酸の種類が異なるので、粒子に抱合するアミノ酸の種類を適宜選択することで各種のがんに対応可能である。例えば、悪性リンパ腫に対してはグリシン、アスパラギン、グルタミン及びヒスチジン抱合粒子が特に効果的であり得る。大腸がんに対してはグリシン、アスパラギン及びヒスチジン抱合粒子が、膵臓癌細胞に対してはグリシン及びヒスチジン抱合粒子が、肝臓がんに対してはヒスチジン抱合粒子が特に効果的であり得る。ナノ粒子の抗菌活性と抗がん活性の両者を特に高めることができるアミノ酸として、グリシン、アスパラギン及びヒスチジンを挙げることができる。
【0034】
アミノ酸非抱合ナノ粒子の抗菌活性については特許文献6に開示されている。本願発明者は、アミノ酸系分子を粒子に抱合させることでナノ粒子の抗菌活性を増強できること、グラム陽性細菌のみならずグラム陰性細菌に対しても抗菌活性を発揮できるようになること、ナノ粒子新規合成法で粒子を製造することでさらに抗菌活性を増強できることを新たに見出した。アミノ酸系分子抱合粒子の抗菌作用も特許文献6の粒子と同様であり、細菌の表面(細胞壁)に粒子が接着し、細菌を溶菌に導く(図5)。対象となる細菌の種類は特に限定されず、グラム陽性細菌でもグラム陰性細菌でもよい。アミノ酸系分子抱合粒子は、ヒトを含む動物の病原菌をはじめとした各種の細菌に対して有効であり、グラム陽性細菌に対する効果が特に高い。例えば、対象となるグラム陽性細菌の具体例としては、黄色ブドウ球菌、腸球菌、レンサ球菌(肺炎レンサ球菌、口腔レンサ球菌、化膿レンサ球菌、ペプトストレプトコッカス属細菌等)、ジフテリア菌、プロピオニバクテリウム・アクネス、抗酸菌(結核菌、非結核性抗酸菌等)等が挙げられ、対象となるグラム陰性細菌の具体例としては、大腸菌、緑膿菌、サルモネラ菌、肺炎桿菌等が挙げられるが、これらに限定されない。また、細菌の薬剤耐性も問わず、感受性菌でも多剤耐性菌でも抗菌することができる。例えば、MSSA(メチシリン感受性黄色ブドウ球菌)、VSE(バンコマイシン感受性腸球菌)、感受性結核菌等の感受性菌であっても、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)、VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)、多剤耐性結核菌等の多剤耐性菌であっても、粒子の接合により溶菌が生じ、増殖が抑制される。アミノ酸系分子抱合粒子の抗菌活性は従来の抗生物質とは全く異なるものであるため、現存する多剤耐性菌をも抗菌することができるほか、新たな多剤耐性菌を出現させるおそれがなく、臨床応用上も極めて有利である。
【0035】
粒子の接着性が溶菌を生じる原理の詳細は不明であり、本発明の範囲は理論に拘束されるものではないが、以下のことが考えられる。細胞壁合成の基本はUDP−MurNAc−ペンタペプチドと、次に、細胞膜の脂肪酸と結合し後にGluNAcと結合した脂質−MurNAc(GluNAc)−ペンタペプチドを形成し、そのMurNAcが合成中のペプチドグリカンのGluNAcと結合して多枝構造の細胞壁が構築される。その細胞壁合成は細胞壁の外側において施工されている。グラム陽性細菌に対しては、粒子が細菌表面に接着することでその接合面における細胞壁合成が妨害され、細胞壁の弱体化から細胞壁の破断が生じて菌が溶菌することが、走査および透過電子顕微鏡像の観察や放射同位体ラベルグルコースの細胞壁への取り込み阻害の事象から推定される。グラム陰性細菌ではペプチドグリカン細胞壁の外側に外膜が存在するが、アミノ酸をナノ粒子に含有させることによって親油性のアミノ基が粒子に導入され、これにより陰性菌表面のリピド層との親和性が増したため、陰性菌にも接着して抗菌できるようになったと考えられる。
【0036】
なお、本発明で用いるナノ粒子は、細菌に対する抗菌活性成分を実質的に含まず、好ましくは全く含まない。「抗菌活性成分」とは、細菌の代謝経路ないしは生理機能に生化学的に作用して該細菌の発育を阻止することができる化学物質成分をいい、具体的には、細菌の抗菌に利用可能な抗生物質その他の化学物質成分を言う。「実質的に含まない」とは、抗菌活性成分を全く含まないか、含んでいるとしても、その抗菌活性成分に対し感受性である細菌を抗菌することができない程度の微量にしか該抗菌活性成分を含んでいないことを意味する。「抗菌することができない程度の微量」とは、粒子単位体積当たりに含まれる粒子中の抗菌活性成分量を粒子中の含有濃度と定義し、この含有濃度と同濃度の抗菌活性成分を粒子に抱合させず単独で感受性細菌に作用させた場合に、該感受性細菌の発育を阻止できない量のことを意味する。
【0037】
アミノ酸抱合粒子の抗がん活性については特許文献7に開示されている。アミノ酸抱合粒子は、子宮頚癌、T細胞リンパ腫、B細胞リンパ腫、単球性白血病、腎癌及び膵臓癌など、そして下記実施例にも記載されるように大腸癌及び肝癌など、各種のがん細胞に対して細胞障害活性を発揮でき、アミノ酸誘導体、オリゴペプチド又はポリペプチドを抱合する粒子においても同様の効果が得られると考えられる。一方で、健常マウスにアミノ酸抱合粒子を投与した場合には、マウスに異常は無く、正常細胞に対する細胞毒性は認められない。従って、生体に投与すれば、生体内に存在するがん細胞に対して特異的に障害活性を発揮し得るため、アミノ酸系分子抱合粒子はがんの治療及び/又は予防剤として有用である。
【0038】
アミノ酸系分子抱合粒子をがんの治療及び/又は予防に用いる場合、対象となるがんは特に限定されず、子宮癌(子宮頚癌等)、リンパ腫(T細胞リンパ腫、B細胞リンパ腫等の非ホジキンリンパ腫等)、白血病(単球性白血病等)、腎癌、膵臓癌、大腸癌、肝癌等の各種がんに対して適用可能である。
【0039】
最も高い抗がん活性をナノ粒子に付与できるアミノ酸系分子の種類はがんの種類に応じて異なっており、また同一の種類のがんであっても患者ごとに効果が異なる可能性がある。本発明では、抱合させるアミノ酸系分子の種類を適宜選択することで各種のがん・患者各人に対応できる。
【0040】
患者ごとにアミノ酸系分子抱合粒子の種類を選択する場合には、例えば、患者のがん病巣から採取したがん細胞を用いて各種アミノ酸系分子抱合粒子の抗がん活性(がん細胞を障害する活性など)を評価し、いずれのアミノ酸系分子抱合粒子が効果が抗がん活性が高いかを調べる。既存の抗がん剤又はアミノ酸系分子を抱合しないコントロールのポリマー粒子と比較して有意に抗がん活性が高いアミノ酸系分子抱合粒子が見出された場合、該アミノ酸系分子抱合粒子をその患者に投与する粒子として選択できる。in vitro試験で効果の高いアミノ酸系分子抱合粒子が複数種類見出された場合には、それらすべてを同一の又は異なる粒子に抱合させて患者に投与してよい。最も効果が高いと考えられるアミノ酸系分子抱合粒子を選択して投与すれば、患者ごとに治療法を最適化したテーラーメイド治療が可能になる。細胞試料の抗がん活性の評価方法としては、MTT assay等の各種方法が公知であり、いずれの方法を採用してもよい。
【0041】
また、ポリマー粒子の重合方法を選択することで抗がん活性の強弱を調整できる。例えば、図6に示される通り、アラニン抱合粒子の場合、T細胞リンフォーマ、大腸癌、膵臓癌、肝臓癌の4種のがんに対して、ナノ粒子新規合成法の粒子の方ががん細胞の増殖を抑制する効果が高い。グリシン抱合粒子はT細胞リンパ腫に対し極めて効果的であり、大腸癌、膵臓癌、肝臓癌に対しても非常に効果が高いが、ナノ粒子新規合成法で粒子を製造するとさらに抗がん活性が高まる。プロリン抱合粒子はナノ粒子新規合成法により抗がん活性が高まる傾向がある。粒子の重合方法の選択も、上記したアミノ酸系分子の種類の選択方法に準じて行なうことができる。
【0042】
本発明の細胞障害剤は、アミノ酸系分子抱合粒子のみからなっていても良いし、医薬として用いる場合には、賦形剤や希釈剤等の公知の担体をさらに含有させて投与形態に適した剤形に調製することもできる。単一種類の粒子のみからなるものであってもよく、また2種類以上の粒子を混合して用いてもよい。
【0043】
粒子の投与方法としては、皮下、筋肉内、腹腔内、動脈内、静脈内、直腸内等への非経口投与の他、経口投与が挙げられる。具体的には、例えば、生理緩衝食塩水にアミノ酸系分子抱合粒子を懸濁し、注射等により非経口投与することができ、また、カプセル剤やシロップ剤などとして経口投与することができる。家畜、家禽や養殖魚に投与する場合は、飼料に添加して経口投与することができる。がんの治療又は予防に用いる場合には、例えば腫瘍及びその近傍に局部投与してもよい。また、医療器具等の殺菌に用いる場合には、例えば、水やアルコール溶媒等に粒子を分散させ、これに医療器具等を浸漬すればよい。アミノ酸系分子抱合粒子を生体に投与又は器具類等と接触させることにより、抗菌すべき細菌と該粒子を接触させることで、細菌を抗菌することができる。
【0044】
アミノ酸系分子抱合粒子を感染症の治療や予防に用いる場合、投与量は、特に限定されないが、粒子を成人に対し1回当たり通常0.01g〜100g程度、例えば0.01g〜25g程度投与すればよい。グラム陰性細菌による感染症の場合は、成人への1回当たりの粒子投与量は0.1g〜200g程度、例えば0.5g〜50g程度であり得るが、これに限定されない。アミノ酸系分子抱合粒子の抗菌活性の強さ(MIC値及びMBC値)は、細菌の種類に応じても異なり得るが、グラム陽性細菌に対しては概ね1μg/ml〜1000μg/ml程度、グラム陰性細菌に対しては概ね50μg/ml〜7mg/ml程度の粒子濃度で抗菌活性を発揮できる。
【0045】
アミノ酸系分子抱合粒子を抗がん用途で用いる場合、投与量は、腫瘍の大きさや症状等に応じて適宜選択される。特に限定されないが、成人に対し1回当たり粒子の量として通常10mg〜200g程度、特に100mg〜50g程度とすればよい。
【0046】
アミノ酸系分子抱合粒子によるがんの治療及び/又は予防の対象となる動物は、特に限定されないが、好ましくは哺乳動物であり、例えばヒト、イヌ、ネコ、ウサギ、ハムスター、サル、マウス、ウマ、ヒツジ、ウシ等が挙げられる。投与対象となるこれらの動物は、通常、がんの治療及び/又は予防を必要とする動物である。例えば、がんと診断された個体はがんの治療が必要な動物であり、これに対してはがん細胞を障害してがんを治療する目的でアミノ酸系分子抱合粒子を投与できる。また、がんの遺伝的要因を有しておりがん発症リスクが高いと考えられる個体や、あるいはがんが一旦治療された個体においては、がんの発症又は再発を防止することが強く望まれるため、そのような動物に対してはがんの予防目的でアミノ酸系分子抱合粒子を投与できる。
【実施例】
【0047】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0048】
1.アミノ酸抱合ナノ粒子の製造
塩基性アミノ酸(アルギニン、ヒスチジン、リジン)、酸性アミノ酸(アスパラギン酸、グルタミン酸)及び中性アミノ酸(アラニン、グリシン、ロイシン、バリン、イソロイシン、セリン、スレオニン、フェニルアラニン、トリプトファン、チロシン、シスチン、メチオニン、グルタミン、アスパラギン、プロリン)を用いて、各アミノ酸を抱合するシアノアクリレートポリマー粒子を製造した。
【0049】
(1) Dex-Amino acid抱合系(製造例1)
10mLの0.01N HClに20mgのアミノ酸と100mgのデキストラン70K又は60Kを溶解し、その液性pHを要時1N塩酸を用いてpH=2に調整した。ただし、CysとMetについては、0.001N HCl溶液を使用し、pH=3に調整した。
【0050】
(2) Amino acid単独抱合系(製造例2)
10 mLの0.001N HClに、100mgのアミノ酸を溶解して、その液性pHを要時1N塩酸を用いてpH=3に調整した。
【0051】
(1)(2)の各溶液を撹拌下、100μLのnBCAを加え、3時間撹拌し重合反応を実施した。1N NaOHを滴下して反応溶液を中和後(pH7.8)、さらに30分撹拌した。Centriprep(YM-10)フィルター(MILLIPORE社)を用いて反応溶液を3500rpm/15min遠心濾過した。フィルターを通過しなかった液に蒸留水を加えて再度遠心濾過することにより、重合粒子を洗浄した。この遠心洗浄操作を合計4回行ない、各種アミノ酸を抱合する粒子を得た。各粒子は10mLコロイド溶液に調整した。このうちの5mLを凍結乾燥して重量等の測定に使用し、残量を抗菌活性の測定に用いた。
【0052】
市販のゼータサイザー(Malvern Inst.UK社製)を用いて粒子の平均粒径及びゼータ電位を測定した。製造例1(Dex-Amino acid抱合系)の粒子の測定結果を表1に、製造例2(Amino acid単独抱合系)の粒子の測定結果を表2に示す。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
2.アミノ酸抱合粒子の抗菌活性
2.1 Dex-Amino acid抱合系粒子の抗菌活性(その1)
製造例1のDex-Amino acid抱合系で製造した粒子の各種菌株に対する抗菌活性(最小発育阻止濃度(MIC))を調べた。ポジティブコントロールとしてアンピシリン(ABPC)及びバンコマイシン(VCM)を使用した。測定方法は微量液体希釈法(NCCLS)に準拠した。すなわち、APBC及びVCMについては256μg/mlを原液(1倍希釈)とし、粒子については6.4mg/mlを原液(1倍希釈)として、それぞれ2倍希釈〜2048倍希釈までの12段階の希釈系列を調製して抗菌活性を評価した。96ウェルプレートにこれらの希釈系列を添加して、各ウェルに菌株を105 CFU/mlとなるように加えて35℃で18時間インキュベートし、目視にて濁りが観察された場合を菌株の発育ありとして、発育が認められなかった最低濃度をMICとした。結果を表3に示す。また、表3の結果を図1(黄色ブドウ球菌)及び図2(腸球菌)にグラフで示す。
【0056】
【表3】
【0057】
アミノ酸抱合粒子は、公知のアミノ酸非抱合ナノ粒子抗菌剤と同等又はそれ以上に強い抗菌活性を示した。アミノ酸抱合粒子の抗菌活性は、感受性菌だけでなく、MRSAやVREのような耐性菌に対しても同等に効果的であった。特に、グリシン、アスパラギン及びヒスチジンにおいて、他のアミノ酸抱合粒子よりも強い抗菌活性が確認された。
【0058】
2.2 Dex-Amino acid抱合系粒子の抗菌活性(その2)
製造例1のDex-Amino acid抱合系で製造した粒子の各種菌株に対する抗菌活性(最小発育阻止濃度(MIC))を調べた。ポジティブコントロールとしてアンピシリン(ABPC)及びレボフロキサシン(LVFX)を使用した。測定方法は上記2.1と同様に微量液体希釈法(NCCLS)に準拠した。結果を表4に示す。
【0059】
【表4-1】
【0060】
【表4-2】
【0061】
【表4-3】
【0062】
【表4-4】
【0063】
【表4-5】
【0064】
アミノ酸抱合粒子は、グラム陽性細菌のみならず、グラム陰性細菌を包含する各種の細菌の増殖を抑制できることが確認された。
【0065】
3.アミノ酸抱合粒子の抗菌活性
(Dex-Amino acid抱合系とAmino acid単独抱合系の比較)
デキストランを使用しない製造例2のナノ粒子4種(Gly, Ala, His, Pro)について、上記と同様の方法で抗菌活性を評価し、製造例1のナノ粒子と活性を比較した。その結果を表5に示す。また、表5の結果を図3(黄色ブドウ球菌)及び図4(腸球菌)にグラフで示す。
【0066】
【表5】
【0067】
4種のアミノ酸単独抱合粒子は、いずれもデキストランを用いた製造例1のナノ粒子と同等又はそれ以上に強い抗菌活性を示した。重合開始・安定剤としてのデキストランを使用しないことで、ナノ粒子の抗菌活性はさらに向上した。
【0068】
4.アミノ酸抱合粒子による溶菌現象の確認
製造例1で合成したアミノ酸抱合ナノ粒子(0.01HCl-Gly+Dex70)を処理したグラム陽性細菌の形態変化を電子顕微鏡により観察した。ナノ粒子による処理は以下の通りに行なった。
【0069】
上記粒子を生理食塩水に懸濁して粒子懸濁液(6μg/ml)を調製した。市販の24ウェル細胞培養プレートを用いて、1ウェル当たり105個〜106個/1ml程度の細菌密度のVREに1ウェル当たり1mlの粒子懸濁液を添加し、ウェル中にて室温で1時間粒子と細菌を混合浮遊させた。その後、生理食塩水を1ml/ウェル添加してプレートを2〜3回振とうし、洗浄液を吸引除去した。この洗浄操作を2回繰り返して合計3回の洗浄操作を行ない、洗浄後の細菌を走査型電子顕微鏡(SEM)により観察した。
【0070】
処理後1時間、3時間、及び6時間のVRE NCTC12201株のSEM像を図5に示す。アミノ酸抱合ナノ粒子で処理すると、粒子が細菌表面に接着し、菌体が膨潤して溶菌する様子が観察された。
【0071】
5.アミノ酸抱合ナノ粒子のin vivo抗菌活性
VREを感染させたマウス(マウス1匹に対し108cfu/0.5mlのVREを経口接種)において、アミノ酸抱合ナノ粒子の抗菌活性を確認した。VRE接種の3日前又は1時間後に、グリシン抱合ナノ粒子を1mg/mlの濃度でマウスに経口投与した。マウス体内でのVRE量は、糞便1gあたりのVRE菌数を計測することで確認した。その結果、感染前投与と感染後投与のいずれにおいても、コントロールの生理食塩水投与群マウスと比較して菌数が顕著に低下していた。これにより、アミノ酸抱合粒子がin vivoでも感染の予防効果及び治療効果があることが確認された。
【0072】
6.アミノ酸抱合粒子の抗がん活性
(Dex-Amino acid抱合系とAmino acid単独抱合系の比較)
製造例1及び製造例2のアミノ酸抱合粒子で各種細胞株を処理し、MTT法による細胞増殖アッセイを行なうことにより、各種アミノ酸抱合粒子の細胞障害活性を評価した。アッセイにはMTTアッセイキット(ロシュ)を用いた。細胞株としては、H9(ヒト悪性リンパ腫)、HCT116(ヒト大腸癌)、MIAPaCa(ヒト膵臓癌)及びHepG2(ヒト肝臓癌)を用いた。
【0073】
各細胞株は牛胎児血清5%添加RPMI1640培地で1×105cell/mLに調整した。96穴細胞培養プレート(CELLSTAR(登録商標))のウェルに細胞懸濁液を100μLずつ滴下し、CO2インキュベーターで37℃、24時間培養した。次いで、蒸留水で濃度を調整したナノ粒子を各ウェルに滴下し(ナノ粒子処理濃度は、H9に対して5μg/ml、他の細胞株に対して10μg/ml)、CO2インキュベーターで24時間粒子処理を行なった。10μLのMTT labeling reagentを各ウェルに加え(MTT最終濃度:0.5mg/mL/well)、CO2インキュベーターで4時間培養した。100μLのSolubilization solutionを各wellに加え、CO2インキュベーターで一夜培養した後、吸光度を550nmで測定した。基準波長は700nmとした。
【0074】
結果を図6に示す。アミノ酸の種類やがんの種類により、細胞障害活性には強弱が見られた。H9悪性リンパ腫に対して、Gly, Asn, Gln, His抱合ナノ粒子は強い抗細胞効果を示した。HCT116大腸癌に対してはGly, Asn, His抱合ナノ粒子が強く、MIAPaCa膵臓癌に対してはGly, His抱合ナノ粒子が強く、HepG2肝臓癌に対してはHis抱合ナノ粒子が強い抗細胞効果を示した。また、アミノ酸単独合成系による製造例2の粒子の方が、従来法の製造例1の粒子よりも高い細胞障害活性を示すケースがあった。例えば、グリシン及びアラニンでは、4種の細胞株全てに対して、アミノ酸単独合成系の粒子の方が細胞障害活性が高かった。スレオニンでは、一部の細胞株(H9, HCT116)に対して、アミノ酸単独合成系の粒子の方が細胞障害活性が高かった。なお、粒子に抱合せずにアミノ酸単独で細胞株を処理した場合には、処理濃度が200μg/ml以上でも細胞障害活性が認められなかった。
【0075】
7.腫瘍細胞へのアミノ酸抱合粒子の接着の確認
製造例1で合成したアミノ酸抱合ナノ粒子(0.01HCl-Gly+Dex70)を処理したH9細胞を電子顕微鏡により観察した。ナノ粒子による処理は上記6と同様に行なった。図7はナノ粒子添加2時間後のH9細胞のSEM像である。細胞は球形を保っており、細胞の周囲に遊離のナノ粒子と、細胞表面に接合したナノ粒子が確認された(図7A)。細胞表面を拡大して観察すると、ひだは退化し滑面化が見られ(図7B)、滑面化した部位には複数のナノ粒子の接合が認められた(図7C)。
【0076】
8.in vivo毒性の検討
(1) 正常マウス及びヌードマウスに対し、アミノ酸抱合ナノ粒子を1mg/mlの濃度で投与(経口投与、静注投与、腹腔投与、皮下投与)した。投与後6ヶ月まで観察しても、マウスに異常は認められず正常に生存していた。アミノ酸抱合ナノ粒子は正常細胞を障害しないことが確認された。
(2) ICR系6週齢雌マウス(体重20g〜24g)にグリシン抱合ナノ粒子50mg/bodyを経口投与、又は10mg/bodyを腹腔内投与、尾静脈内投与、皮下投与、若しくは皮膚塗布により単回投与し(各投与群5匹ずつ)、投与後8日間毎日体重変化及び排泄・行動の観察を行なった。対象として生理食塩水投与群と比較したところ、異常を認めなかった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7