(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記化学成分として、質量%で、B:0.0001%〜0.0015%、Cr:0.10%〜0.50%、Ni:0.10%〜0.50%、V:0.05%〜0.50%、Cu:0.10%〜0.20%、Mo:0.10%〜0.20%、Nb:0.05%〜0.10%からなる群から選択される1種または2種以上をさらに含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の高炭素鋼線材。
化学成分が、質量%で、C:0.60%〜1.20%、Si:0.1%〜1.5%、Mn:0.1%〜1.0%、P:0.001%〜0.012%、S:0.001%〜0.010%、Al:0.0001%〜0.010%、N:0.0010%〜0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼片に対して、950℃〜1130℃に加熱した後、熱間圧延を行って線材とし;
前記線材を700℃〜900℃で巻き取り;
前記線材を15℃/秒〜40℃/秒の1次冷却速度で630℃〜660℃まで1次冷却し;
前記線材を660℃〜630℃で15秒〜70秒間滞留させ;
前記線材を5℃/秒〜30℃/秒の2次冷却速度で25℃〜300℃まで2次冷却を行う;
ことを特徴とする請求項1に記載の高炭素鋼線材の製造方法。
【背景技術】
【0002】
自動車のラジアルタイヤや、各種のベルト、ホースの補強材として用いられるスチールコード用鋼線、あるいは、ソーイングワイヤ用の鋼線は、一般に、熱間圧延後調整冷却した線径、即ち直径が4〜6mmの線材を素材とする。この線材を、1次伸線加工により直径3〜4mmの鋼線にする。次いで、鋼線に中間パテンティング処理を行い、さらに2次伸線加工により、鋼線の直径を1〜2mmにする。この後、鋼線に最終パテンティング処理を行い、次いで、ブラスメッキを施す。そして、最終湿式伸線加工により、直径が0.15〜0.40mmの鋼線にする。このようにして得られた高炭素鋼線を、さらに撚り加工により、複数本撚り合わせて撚鋼線とすることでスチールコードが製造される。
【0003】
近年、鋼線の製造コスト低減の目的から、上記の中間パテンティングを省略し、調整冷却した線材から、最終パテンティング処理後の線径である1〜2mmまで、ダイレクトに伸線する例が多くなってきた。このため、調整冷却した線材に対して、線材からのダイレクト伸線特性、いわゆる生引性が要求されるようになり、線材の高延性および高加工性に対する要求が極めて大きくなっている。
【0004】
例えば特許文献1〜5に記載されているように、パテンティング処理を行った線材の伸線加工性を改善する手法は、これまで多くの提案がなされている。
【0005】
例えば、特許文献1には面積率で95%以上のパーライト組織を有し、そのパーライト組織における平均ノジュール径を30μm以下、平均ラメラ間隔を100nm以上とした高炭素線材が開示されている。また、特許文献4にはBを添加した高強度線材が開示されている。
【0006】
しかし、これらの従来技術によっても、伸線速度の高速化や伸線加工度の増大に伴って発生する断線の低減や、伸線時の加工コストに影響するほどの伸線加工性の改善効果が得られていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、従来技術の現状に鑑み、高い生産性の下に歩留りよく廉価に、スチールコードやソーイングワイヤなどの用途に好適な、伸線加工性に優れた高炭素鋼線材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
高炭素鋼線材の伸線加工性を向上させるためには、線材の引張強さを低減させることと、パーライト組織のパーライトブロックを細粒化して線材の延性を向上させることとが有効である。
通常、パーライト組織を主体とする高炭素鋼線材の、引張強さと延性とはパーライト変態温度に依存する。
パーライト組織は、セメンタイトとフェライトとが層状に並んだ組織であり、その層間隔であるラメラ間隔が引張強さに大きく影響する。また、パーライト組織のラメラ間隔は、オーステナイトからパーライトに変態する際の変態温度で決定される。パーライト変態温度が高い場合には、パーライト組織のラメラ間隔が大きく、線材の引張強さが低くなる。一方、パーライト変態温度が低い場合には、パーライト組織のラメラ間隔が小さく、線材の引張強さが高くなる。
また、線材の延性は、パーライト組織におけるパーライトブロックの粒径(パーライトブロック粒径)に影響される。また、このパーライトブロック粒径も、ラメラ間隔と同様にパーライト変態温度に影響される。例えば、パーライト変態温度が高い場合にはパーライトブロック粒径が大きく、延性が低くなる。一方、パーライト変態温度が低い場合にはパーライトブロックが小さく、延性も向上する。
即ち、パーライト変態温度が高い場合は、線材の引張強さ及び延性が低い。一方、パーライト変態温度が低くなると、線材の引張強さ及び延性が高くなる。線材の伸線加工性の向上には、線材の引張強さを低くして、延性を高くすることが有効である。しかしながら、上述の通り、変態温度が高い場合であっても、低い場合であっても、線材の引張強さと延性との両立は困難であった。
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するため、線材の組織と機械的特性とが伸線加工性に及ぼす影響について詳細に調査し、その結果、以下の知見を見出した。
以下、線材の表面から中心に向けて深さ1mm以下までの領域を第1表層部とし、線材の表面から中心に向けて深さ30μm以下までの領域を第2表層部とする。
(a)断線頻度を低減するためには、第1表層部及び第2表層部の組織を、パーライト組織を主体とした組織にすることが有効である。第2表層部に初析フェライト組織や疑似パーライト組織、ベイナイト組織などの軟質組織が存在すると、伸線加工の際に変形が集中し亀裂の発生起点となる。したがって、伸線加工性の向上のためには、これらの軟質組織の抑制が有効である。
(b)断線頻度を低減するためには、線材の断面におけるパーライトブロックの平均ブロック粒径を15μm〜35μmとすることが有効である。また、ブロック粒径が50μmを超える粗大なパーライトブロックの面積率が20%を超えると、断線する頻度が高くなる。
(c)第1表層部のパーライト組織におけるラメラ間隔を大きくすることが、線材の伸線加工性の向上に有効である。また、第1表層部において、ラメラ間隔が150nm以下の領域を20%以下とすることで、断線する頻度が低下する。
(d)線材の引張強さを760×Ceq.+325MPa以下とすることが、線材の伸線加工性の向上に有効である。
(e)線材の引張強さのバラツキを低下させることが、線材の伸線加工性の向上に有効である。特に、線材の引張強さの標準偏差を20MPa以下とすることで、断線頻度が低下する。
(f)線材の第1及び第2表層部の硬さを軟化させないことが、断線頻度の低減に有効である。脱炭や減炭などで第1及び第2表層部が軟化すると、線材に対して伸線加工歪みが3.5を超えるような強加工を行った際に、断線の発生頻度が高くなる。特に、第2表層部におけるビッカース硬さがHV280未満になると、断線する頻度が高くなる。
【0011】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
(1)本発明の一態様に係る高炭素鋼線材は、化学成分として、質量%で、C:0.60%〜1.20%、Si:0.10%〜1.5%、Mn:0.10%〜1.0%、P:0.001%〜0.012%、S:0.001%〜0.010%、Al:0.0001%〜0.010%、N:0.0010%〜0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物からなり;長手方向に垂直な断面において、パーライトの面積率が95%以上であり、残部が、ベイナイト、擬似パーライト、初析フェライト、初析セメンタイトの1種以上を含む非パーライト組織であり;前記パーライトの平均ブロック粒径が15μm〜35μmであり、ブロック粒径が50μm以上の前記パーライトの面積率が20%以下であり;表面から深さ1mmまでの領域において、前記パーライトにおけるラメラ間隔が150nm以下である領域が20%以下であり、C(%)、Si(%)及びMn(%)をそれぞれ、C、Si、Mnの単位質量%での含有量として、Ceq.を式Aにより求めたとき、前記高炭素鋼線材の引張強さが760×Ceq.+325MPa以下であり、かつ、前記引張強さの標準偏差が20MPa以下である。
Ceq.=C(%)+Si(%)/24+Mn(%)/6・・・式A
(2)上記(1)に記載の高炭素鋼線材では、前記化学成分として、質量%で、C:0.70%〜1.10%を含有してもよく、かつ、前記高炭素鋼線材の表面から深さ30μmまでの領域において、前記パーライトの面積率が90%以上であり、残部が、前記ベイナイト、前記擬似パーライト、前記初析フェライトの1種以上を含む前記非パーライト組織でもよく、かつ、前記高炭素鋼線材の表面から深さ30μmの位置において、ビッカース硬さの平均値がHV280〜HV330でもよい。
(3)上記(1)または(2)に記載の高炭素鋼線材では、前記化学成分として、質量%で、B:0.0001%〜0.0015%、Cr:0.10%〜0.50%、Ni:0.10%〜0.50%、V:0.05%〜0.50%、Cu:0.10%〜0.20%、Mo:0.10%〜0.20%、Nb:0.05%〜0.10%からなる群から選択される1種または2種以上をさらに含有してもよい。
(4)本発明の別の態様に係る高炭素鋼線材の製造方法では、化学成分が、質量%で、C:0.60%〜1.20%、Si:0.1%〜1.5%、Mn:0.1%〜1.0%、P:0.001%〜0.012%、S:0.001%〜0.010%、Al:0.0001%〜0.010%、N:0.0010%〜0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼片に対して、950℃〜1130℃に加熱した後、熱間圧延を行って線材とし、前記線材を700℃〜900℃で巻き取り、前記線材を15℃/秒〜40℃/秒の1次冷却速度で630℃〜660℃まで1次冷却し、前記線材を660℃〜630℃で15秒〜70秒間滞留させ、前記線材を5℃/秒〜30℃/秒の2次冷却速度で25℃〜300℃まで2次冷却を行う。
(5)
また、本発明の別の態様に係る高炭素鋼線材の製造方法では、化学成分が、質量%で、C:0.70%〜1.10%、Si:0.1%〜1.5%、Mn:0.1%〜1.0%、P:0.001%〜0.012%、S:0.001%〜0.010%、Al:0.0001%〜0.010%、N:0.0010%〜0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼片に対して、950℃〜1130℃に加熱した後、熱間圧延を行って線材とし;前記線材を700℃〜900℃で巻き取り;前記線材を15℃/秒〜40℃/秒の1次冷却速度で630℃〜660℃まで1次冷却し;前記線材を660℃〜630℃で15秒〜70秒間滞留させ;前記線材を5℃/秒〜30℃/秒の2次冷却速度で25℃〜300℃まで2次冷却を行う。
(6)上記(4)または(5)の高炭素鋼線材の製造方法においては、前記鋼片が質量%で、B:0.0001%〜0.0015%、Cr:0.10%〜0.50%、Ni:0.10%〜0.50%、V:0.05%〜0.50%、Cu:0.10%〜0.20%、Mo:0.10%〜0.20%、Nb:0.05%〜0.10%からなる群から選択される1種または2種以上をさらに含有してもよい。
【発明の効果】
【0012】
上記(1)〜(
6)の各態様によれば、伸線加工性に優れた高炭素鋼線材を安価に提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
まず、本実施形態における、高炭素鋼線材の化学成分の限定理由について説明する。なお、以下の説明における%は、質量%を意味する。
【0015】
C:0.60%〜1.20%
Cは、線材の強度を高めるのに必要な元素である。
C含有量が0.60%未満の場合には、強度を安定して最終製品に付与させることが困難であると同時に、オーステナイト粒界に初析フェライトの析出が促進され、均一なパーライト組織を得ることが困難となる。
そのため、C含有量の下限を0.60%とする。より均一なパーライト組織を得るためには、C含有量は0.70%以上が好ましい。
一方、C含有量が1.20%を超えると、オーステナイト粒界にネット状の初析セメンタイトが生成して伸線加工時に断線が発生しやすくなるだけでなく、最終伸線後における高炭素鋼線の靱性・延性が著しく劣化する。
そのため、C含有量の上限を1.20%とする。より確実に線材の靱性・延性の劣化を防ぐためには、C含有量は1.10%以下が好ましい。
【0016】
Si:0.10%〜1.5%
Siは、線材の強度を高めるのに必要な元素である。
さらに、脱酸剤として有用な元素であり、Alを含有しない線材を対象とする際にも必要な元素である。
Si含有量が0.10%未満では、脱酸作用が過少である。そのため、Si含有量の下限を0.10%とする。
一方、Si含有量が1.5%を超えると、過共析鋼において、初析フェライトの析出が促進する。さらに、伸線加工での限界加工度が低下する。また、メカニカルデスケーリング、即ちMDによる伸線加工が困難になる。そのため、Si含有量の上限を1.5%とする。
【0017】
Mn:0.10%〜1.0%
MnもSiと同様、脱酸剤として必要な元素である。
また、焼き入れ性を向上させ、線材の強度を高めるのにも有効である。さらにMnは、鋼中のSをMnSとして固定して熱間脆化を防止する効果を有する。
Mn含有量が0.10%未満では前記の効果が得難い。そのため、Mn含有量の下限を0.10%とする。
一方、Mnは偏析しやすい元素である。Mn含有量が1.0%を超えると、特に、線材の中心部にMnが偏析し、その偏析部にはマルテンサイトやベイナイトが生成するので、伸線加工性が低下する。そのため、Mn含有量の上限を1.0%とする。
【0018】
線材中のSi含有量とMn含有量との合計量は0.61%以上が好ましい。
その合計量が0.61%未満では、前記脱酸効果、熱間脆化防止効果を好適に得られない場合がある。また、より脱酸剤としての効果を得るためには、Si含有量とMn含有量の合計量は0.64%以上がより好ましく、0.67%以上がさらに好ましい。
一方、Si含有量とMn含有量との合計量が2.3%を超えると、MnやSiの鋼線の中心部への偏析が顕著となる場合がある。そのため、Si含有量とMn含有量との合計量は2.3%以下が好ましい。より伸線加工を好適な状態とするためには、Si含有量とMn含有量との合計量は2.0%以下がより好ましく、1.7%以下がさらに好ましい。
【0019】
P:0.001%〜0.012%
Pは、粒界に偏析して線材の靱性を低下させる元素である。
P含有量が0.012%を超えると、線材の延性が著しく劣化する。そのため、P含有量の上限を0.012%とする。なお、P含有量の下限は、現状の精錬技術と製造コストとを考慮し、0.001%とする。
【0020】
S:0.001%〜0.010%
Sは、Mnと硫化物MnSを形成して熱間脆化を防止する。
S含有量が0.010%を超えると、線材の延性が著しく劣化する。そのため、S含有量の上限を0.010%とした。なお、S含有量の下限は、現状の精錬技術と製造コストとを考慮し、0.001%とする。
【0021】
Al:0.0001%〜0.010%
Alは、硬質非変形のアルミナ系非金属介在物を生成して、線材の延性を劣化させる元素である。そのため、Al含有量の上限を0.010%とした。なお、Al含有量の下限は、現状の精錬技術と製造コストとを考慮し、0.0001%とする。
【0022】
N:0.0010%〜0.0050%
Nは、固溶Nとして、伸線中の時効を促進させ、伸線加工性を劣化させる元素である。そのため、N含有量の上限を0.0050%とした。なお、N含有量の下限は、現状の精錬技術と製造コストを考慮し、0.0010%とする。
【0023】
線材中のAl含有量とN含有量との合計量は0.007%以下が好ましい。その合計量が0.007%を超えると、金属介在物の生成により線材の延性が劣化する場合がある。また、現状の製錬技術と製造コストとを考慮すると、Al含有量とN含有量との合計量の下限は0.003%が好ましい。
【0024】
以上の元素が、本実施形態における高炭素鋼線材の基本成分であり、上記元素以外の残部は、Fe及び不純物である。しかしながら、この基本成分に加え、残部のFeの一部の代わりに、本実施形態における高炭素鋼線材では、強度、靭性、延性等の線材の機械的特性の向上を目的として、B、Cr、Ni、V、Cu、Mo、Nbの1種または2種以上の元素を後述する範囲内で含有してもよい。
【0025】
B:0.0001%〜0.0015%
Bは、固溶状態でオーステナイト中に存在する場合、粒界に濃化してフェライト、擬似パーライト、ベイナイト等の非パーライト析出の生成を抑制し伸線加工性を向上させる。そのため、0.0001%以上の含有が好ましい。一方、0.0015%を超えて含有させると、粗大なFe
23(CB)
6などのボロン炭化物が生成し、線材の伸線加工性が劣化する。そのため、B含有量の上限を0.0015%とすることが好ましい。
【0026】
Cr:0.10%〜0.50%
Crは、パーライトのラメラ間隔を微細化し、線材の強度や伸線加工性等を向上させるのに有効な元素である。この様な作用を有効に発揮させるには0.10%以上の含有が好ましい。一方、Cr含有量が0.50%を超えると、パーライト変態が終了するまでの時間が長くなり、線材中にマルテンサイトやベイナイトなどの過冷組織が生じる恐れがある。さらに、メカニカルデスケーリング性も悪くなる。そのため、Cr含有量の上限を0.50%とすることが好ましい。
【0027】
Ni:0.10〜0.50%
Niは、線材の強度上昇にはあまり寄与しないが、高炭素鋼線材の靭性を高める元素である。この様な作用を有効に発揮させるには0.10%以上の含有が好ましい。一方、Niを0.50%を超えて含有させるとパーライト変態が終了するまでの時間が長くなる。そのため、Ni含有量の上限を0.50%とすることが好ましい。
【0028】
V:0.05%〜0.50%
Vは、フェライト中に微細な炭窒化物を形成することにより、加熱時のオーステナイト粒の粗大化を防止して、線材の延性を向上させる。また、熱間圧延後の強度上昇にも寄与する。この様な作用を有効に発揮させるには、0.05%以上の含有が好ましい。しかし、Vを0.50%を超えて含有させると、炭窒化物の形成量が多くなり過ぎ、かつ、炭窒化物の粒子径も大きくなる。そのため、V含有量の上限を0.50%とすることが好ましい。
【0029】
Cu:0.10%〜0.20%
Cuは、高炭素鋼線の耐食性を高める効果がある。この様な作用を有効に発揮させるには0.10%以上の含有が好ましい。しかし、Cuを0.20%を超えて含有させると、Sと反応して粒界中にCuSを偏析して、線材の製造工程において、鋼塊や線材などに疵を発生させる。この様な悪影響を防止するためには、Cu含有量の上限を0.20%とすることが好ましい。
【0030】
Mo:0.10%〜0.20%
Moは、高炭素鋼線の耐食性を高める効果がある。この様な作用を有効に発揮させるには0.10%以上の含有が好ましい。一方、Moを0.20%を超えて含有させるとパーライト変態が終了するまでの時間が長くなる。そのため、Mo含有量の上限を0.20%とすることが好ましい。
【0031】
Nb:0.05%〜0.10%
Nbは、高炭素鋼線の耐食性を高める効果がある。この様な作用を有効に発揮させるには0.05%以上の含有が好ましい。一方、Nbを0.10%を超えて含有させるとパーライト変態が終了するまでの時間が長くなる。そのため、Nb含有量の上限を0.10%とすることが好ましい。
【0032】
次に、本実施形態に係る高炭素鋼線材の組織と機械的特性とについて説明する。
【0033】
パーライト組織を主要組織とする本実施形態に係る高炭素鋼線材において、長手方向に垂直な断面における初析フェライトやベイナイト、疑似パーライト、初析セメンタイトなどの非パーライト組織の面積率が5%を超えると、伸線加工時に亀裂が発生しやすくなり伸線加工性が劣化する。このためパーライト組織の面積率を95%以上とする。
本実施形態に係る高炭素鋼線材の非パーライト面積率とは、Dを線径としたとき、第1表層部、1/2D部、1/4D部にそれぞれにおける非パーライトの面積率の平均面積率を示し、パーライト面積率とは、第1表層部、1/2D部、1/4D部にそれぞれにおけるパーライトの面積率の平均面積率を示す。
【0034】
非パーライト面積率の測定は以下の方法で行えばよい。すなわち、高炭素鋼線材のC断面、即ち長手方向に垂直な断面を樹脂埋め込み後、アルミナ研磨し、飽和ピクラールにて腐食し、SEM観察を実施する。以下、線材の表面から中心に向けて1mm以下までの範囲を第1表層部とする。SEM観察における観察領域は、Dを線径としたとき、第1表層部、1/4D部、1/2D部とする。そして、各領域にて、倍率3000にて50μm×40μmの面積の写真を45°おきに8箇所で撮影する。そして、非パーライト組織である、セメンタイトが粒状に分散した擬似パーライト部、板状セメンタイトが周囲より3倍以上の粗いラメラ間隔で分散しているベイナイト部、旧オーステナイト粒界に沿って析出した初析フェライト部、及び初析セメンタイト部のそれぞれの面積率を、画像解析により測定する。そして測定した非パーライト組織それぞれの面積率を合計し、非パーライト面積率とする。パーライト組織の面積率は、100%から非パーライト面積率を減じて求める。
【0035】
本実施形態に係る高炭素鋼線材において、表面から中心に向けて深さ30μmまでの領域を第2表層部とする。第2表層部において、初析フェライトやベイナイト、疑似パーライトなどの非パーライト組織の面積率が10%を超えると、線材の表層部の強度が不均一となり、伸線加工時に線材の表層に亀裂が発生しやすくなり伸線加工性が劣化する場合がある。このため、第2表層部において、パーライト組織の面積率を90%以上とすることが好ましい。パーライト組織以外の残部はベイナイト、擬似パーライト、初析フェライトの1種以上を含む非パーライト組織とすることが好ましい。より好ましくは、ベイナイト、擬似パーライト、初析フェライトから選択される1種以上からなる非パーライト組織である。
【0036】
第2表層部の非パーライト組織の面積率の測定のために、高炭素鋼線材のC断面を樹脂埋め込み後、アルミナ研磨し、飽和ピクラールにて腐食し、SEM観察を実施する。SEMの観察において、第2表層部を、倍率2000倍にてC断面における中心角45°おきに8箇所で写真撮影する。そして、非パーライト組織である、セメンタイトが粒状に分散した擬似パーライト部、板状セメンタイトが周囲より3倍以上の粗いラメラ間隔で分散しているベイナイト部、旧オーステナイト粒界に沿って析出した初析フェライト部のそれぞれ面積率を、画像解析により測定する。そして、測定した非パーライト組織それぞれの面積率を合計し、非パーライト面積率とする。パーライト組織の面積率は、100%から非パーライト面積率減じて求める。
【0037】
パーライトブロックは略球状である。パーライトブロックはフェライトの結晶方位が同じと見なせる領域であり、平均ブロック粒径が微細になるほど線材の延性が向上する。平均ブロック粒径が35μmを超えると線材の延性が低下し、伸線加工の際に断線が発生しやすくなる。一方、平均ブロック粒径を15μm未満とすると、引張強さが上昇し伸線加工の際に変形抵抗が大きくなるので、加工コストが増加する。また、ブロック粒径が50μm以上のパーライトブロックの面積率が20%を超えると、伸線加工の際に断線頻度が増加する。なお、ブロック粒径とは、パーライトブロックが占める面積と同じ面積となる円の直径である。
【0038】
パーライトブロックのブロック粒径は次の方法で得られる。線材のC断面を、樹脂に埋め込み後、切断研磨する。そして、C断面中心部において、800μm×800μmの領域をEBSDにより解析する。この領域における方位差9°以上となる界面をパーライトブロックの界面とする。そして、その界面で囲まれた領域を、一つのパーライトブロックとして解析する。このパーライトブロックの円相当径の平均値を平均ブロック粒径とする。
【0039】
第1表層部において、パーライト組織のラメラ間隔が150nm以下である領域の面積率が20%を超えると、伸線加工の際に断線が発生しやすくなる。なお、パーライト組織のラメラ間隔は、次のような方法で求めることができる。まず、線材のC断面をピクラールでエッチングし、パーライト組織を現出させる。次に、第1表層部にて、C断面における中心角45°おきに8箇所、FE−SEMを使用して、10000倍の倍率にて写真撮影をする。そして、ラメラの方向が揃った各コロニーにおいて、2μmの線分に対して垂直に交差するラメラ数から、各コロニーでのラメラ間隔を求める。このように、観察視野において、ラメラ間隔が150nm以下である領域の面積率を画像解析により求める。
【0040】
線材の表面から中心に向けて深さ30μmの位置における、ビッカース硬さの平均値がHV280未満になると、伸線加工の際に断線の発生頻度が高くなる場合がある。そのため、その位置における表層硬さ、即ちビッカース硬さの下限をHV280とすることが好ましい。一方、ビッカース硬さがHV330を超えるとダイスの摩耗により伸線加工性が劣化するため、上限をHV330とすることが好ましい。
なお、表層硬さ、即ちビッカース硬さは、マイクロビッカース硬度計を用いて、線材のC断面の表面から中心に向けて深さ30μmの位置において、中心角45°おきに8箇所測定する。
【0041】
線材の引張強さが760×Ceq.+325MPaを超えると、伸線加工の際に変形抵抗が大きくなる。その結果、線材の伸線加工性が劣化する。なお、Ceq.は下記式(1)により得られる。また、引張強さの標準偏差が20MPaを超えると伸線加工での断線の発生頻度が高くなる。
Ceq.=C(%)+Si(%)/24+Mn(%)/6・・・式(1)
【0042】
線材の引張強さを求めるための引張試験は、JIS Z 2241に準拠して行う。線材の長手方向から9B号試験片を連続して16本採取し、引張強さを求める。これらの平均値にて引張強さを評価する。
引張強さの標準偏差は16本の引張強さのデータより求める。
【0043】
次に、本実施形態に係る高炭素鋼線材の製造方法について説明する。
【0044】
本実施形態では、上述の化学成分からなる鋼片に対して、950℃〜1130℃に加熱して熱間圧延を行って線材とし、前記線材を700℃〜900℃で巻き取り、巻き取り後、15℃/秒〜40℃/秒の1次冷却速度で630℃〜660℃まで1次冷却し、その後、660℃〜630℃の温度域に15秒〜70秒間滞留させ、その後5℃/秒〜30℃/秒の2次冷却速度で25℃〜300℃まで2次冷却を行う。本実施形態に係る高炭素鋼線材は、上述の方法により製造可能となる。なお、1次冷却における、鋼線リング内の最大冷速部、即ち、1次冷却速度が最も速い領域と、最小冷速部、即ち、1次冷却速度が最も遅い領域の1次冷却速度の差は、10℃/秒以下であることが望ましい。この製造方法によって、線材圧延後の冷却過程での再昇温は不要となり、高炭素鋼線材を安価に製造できる。
【0045】
鋼片の加熱温度が、950℃未満では、熱間圧延の際の変形抵抗が大きくなり生産性を阻害する。また、加熱温度が1130℃を超えると、パーライトの平均ブロック粒径が大きくなったり、脱炭により第2表層部の非パーライト面積率が大きくなったりして、伸線加工性が低下する。
巻き取り温度が700℃を下回ると、メカニカルデスケーリングでのスケール剥離性が劣化する。また、巻き取り温度が900℃を上回ると、パーライトの平均ブロック粒径が大きくなり、伸線加工性が低下する。
1次冷却速度が15℃/秒を下回ると、平均ブロック粒径が35μmを超える。また、1次冷却速度が40℃/秒を上回ると、過冷却により温度制御が困難になり、強度のバラツキが大きくなる。
滞留する温度域が、660℃を超えるとパーライトの平均ブロック粒径が大きくなり、伸線加工性が劣化する。630℃未満では、線材の強度が高くなり、伸線加工性が劣化する。また、滞留時間が、15秒未満では、ラメラ間隔が150nm以下の領域が20%を超える。滞留時間が70秒を超えると、滞留により得られる効果が飽和する。
2次冷却速度が5℃/秒を下回ると、メカニカルデスケーリングでのスケール剥離が劣化する。また、2次冷却速度が30℃/秒を上回ると、効果が飽和する。
なお、1次冷却における最大冷速部と最小冷速部との1次冷却速度の差が、10℃/秒を超えると、強度が不均一となる場合があり好ましくない。
【実施例】
【0046】
次に、本発明の実施例を挙げながら、本発明の技術的内容について説明する。しかしながら、実施例における条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した条件例であり、本発明は、この条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0047】
(実施例1)
表1に示す化学成分を有する鋼のビレットを加熱後、熱間圧延により直径5.5mmの線材とし、所定の温度にて巻き取り後、ステルモア設備により冷却を行った。
【0048】
冷却後の線材を用いて、線材のC断面の組織観察及び引張試験を行った。伸線加工性は線材のスケールを酸洗にて除去した後、ボンデ処理によりリン酸亜鉛皮膜を付与した長さ4mの線材を10本用意し、アプローチ角10度のダイスを使用して、1パス当たりの減面率を16%〜20%とする単頭式伸線を行った。そして、伸線破断する限界の真ひずみの平均値を求めた。
【0049】
表2に製造条件、組織及び機械的特性を示す。表2中の「滞留時間」は、660℃〜630℃の温度域での滞留時間を示す。表2において、実施例No.2、4、6、11、14、16は本発明の請求範囲を満たしていなかった。実施例No.2、実施例No.11、実施例No.14は第1表層部において、ラメラ間隔が150nm以下の領域が20%を超えていた。そして、引張強さが本発明の好ましい範囲を超えていた。それぞれ同一鋼種の発明例である実施例No.1、実施例No.10、実施例No.13と比較して、比較例となった実施例は、伸線断線する歪みが低くなっていた。また、実施例No.4、実施例No.16はパーライトの平均ブロック粒径が本発明の上限を超え、かつブロック粒径が50μm以上のパーライトブロックの面積率が20%を超えていた。それぞれ同一鋼種の発明例である実施例No.3、実施例No.15と比較して、これらの比較例は、伸線断線する歪みが低くなっていた。また、実施例No.6は、引張強さの標準偏差が本発明の好ましい範囲を超えていた。同一鋼種の発明例である実施例No.5と比較して、伸線断線する歪みが低くなっていた。
【0050】
【表1】
【0051】
【表2】
【0052】
(実施例2)
表3に示す化学成分を有する鋼のビレットを加熱後、熱間圧延により直径5.5mmの線材とし、所定の温度にて巻き取り後、ステルモア設備により冷却を行った。
【0053】
冷却後の線材を用いて、線材のC断面の組織観察及び引張試験を行った。伸線加工性は線材のスケールを酸洗にて除去した後、ボンデ処理によりリン酸亜鉛皮膜を付与した長さ4mの線材を10本用意し、アプローチ角10度のダイスを使用して、1パス当たりの減面率を16%〜20%として単頭式伸線を行った。そして、伸線破断する限界の真ひずみの平均値を求めた。
【0054】
表4に製造条件、組織及び機械的特性を示す。表4中の「滞留時間」は、660℃〜630℃の温度域での滞留時間を示す。第2表層部のパーライト組織の面積率は、線材の表面から中心に向けて深さ30μmのまでの領域におけるパーライト組織の面積率である。第2表層部のビッカース硬さは、線材の表面から中心に向けて深さ30μmの位置におけるビッカース硬さである。表4において、実施例No.19、22、24、26、30、32は本発明の好ましい範囲を満たしていなかった。実施例No.19、実施例No.22、実施例No.26、実施例No.30は第2表層部のパーライト組織の面積率が本発明の好ましい範囲を下回っていた。さらに、第2表層部のビッカース硬さの平均値が本発明の好ましい範囲を下回っていた。それぞれ同一鋼種の発明例である実施例No.18、実施例No.21、実施例No.25、実施例No.12と比較して、比較例となった実施例は、伸線断線する歪みが低くなっていた。また、実施例No.29は第2表層部のビッカース硬さの平均値が、本発明の好ましい範囲を下回っていた。同一鋼種の発明例である実施例No.31と比較して、伸線断線する歪みが低くなっていることがわかる。また、実施例No.24は引張強さの標準偏差が本発明の好ましい範囲を超える例である。同一鋼種の発明例である実施例No.23と比較して伸線断線する歪みが低くなっていた。
【0055】
【表3】
【0056】
【表4】