特許第5939928号(P5939928)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5939928
(24)【登録日】2016年5月27日
(45)【発行日】2016年6月22日
(54)【発明の名称】すべり軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/12 20060101AFI20160609BHJP
   F16C 17/02 20060101ALI20160609BHJP
   F16C 33/10 20060101ALI20160609BHJP
   F16C 33/20 20060101ALI20160609BHJP
   F02B 77/00 20060101ALI20160609BHJP
【FI】
   F16C33/12 Z
   F16C17/02 Z
   F16C33/10 D
   F16C33/20 Z
   F02B77/00 Q
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-174252(P2012-174252)
(22)【出願日】2012年8月6日
(65)【公開番号】特開2014-31871(P2014-31871A)
(43)【公開日】2014年2月20日
【審査請求日】2015年2月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100095577
【弁理士】
【氏名又は名称】小西 富雅
(74)【代理人】
【識別番号】100100424
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 知公
(72)【発明者】
【氏名】小早川 大樹
(72)【発明者】
【氏名】川上 直久
(72)【発明者】
【氏名】福田 守孝
【審査官】 久島 弘太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−179566(JP,A)
【文献】 特開2010−196813(JP,A)
【文献】 特開2008−308595(JP,A)
【文献】 特開平07−259856(JP,A)
【文献】 特開平07−259863(JP,A)
【文献】 国際公開第1997/019279(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 17/00− 17/26
F16C 33/00− 33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒形状の少なくとも一部分に沿う形状の内周面を有する金属層と、
前記金属層の内周面上に形成された樹脂コーティング層と、を有する内燃機関用すべり軸受であって、
前記金属層の内周面には、前記円筒形状の略円周方向に沿う環状又は螺旋状の溝が形成されることにより、前記円筒形状の軸方向に隣接し前記略円周方向に伸びる凸部が形成され、
前記樹脂コーティング層は、前記溝及び前記凸部の形状に倣う形状に形成され、
前記凸部の頂上以外の部分における前記樹脂コーティング層の平均膜厚をtとし、該樹脂コーティング層の突出山部高さをRpkとした場合、tおよびRpkは、
1.0μm≦t≦5.0μm、
0.06≦Rpk/t≦5.04
という関係を満たし、
前記凸部の頂上以外の部分における前記樹脂コーティング層の膜厚の標準偏差をσとし、該膜厚の実測値をTとした場合、T、tおよびσは、
t−2σ≦T≦t+2σ
という関係を満たし、
前記金属層の内周面上の隣接する凸部の間の平均長さをRsmaとし、該金属層の凸部に相当する前記樹脂コーティング層の隣接する凸部の間の平均長さをRsmrとした場合、RsmaおよびRsmrは、
|Rsma−Rsmr|≦0.05mm
という関係を満たし、かつ、
前記金属層の内周面上の凸部と、それに最も近接する前記樹脂コーティング層の凸部との前記軸方向における距離をΔとすると、RsmaとΔとは、
Δ≦Rsma/3
という関係を満たす、ことを特徴とする内燃機関用すべり軸受。
【請求項2】
前記樹脂コーティング層のスクラッチ強度は、500MPaから2000MPaの範囲内である、ことを特徴とする請求項1に記載のすべり軸受。
【請求項3】
円筒形状の少なくとも一部分に沿う形状の内周面を有する金属層と、
前記金属層の内周面上に形成された樹脂コーティング層と、を有する内燃機関用すべり軸受であって、
前記金属層の内周面には、前記円筒形状の略円周方向に沿う環状又は螺旋状の溝が形成されることにより、前記円筒形状の軸方向に隣接し前記略円周方向に伸びる凸部が形成され、
前記樹脂コーティング層は、前記溝及び前記凸部の形状に倣う形状に形成され、
前記凸部の頂上以外の部分における前記樹脂コーティング層の平均膜厚をtとし、該樹脂コーティング層の突出山部高さをRpkとした場合、tおよびRpkは、
1.0μm≦t≦5.0μm、
0.06≦Rpk/t≦5.04
という関係を満たし、
前記樹脂コーティング層のスクラッチ強度は、500MPaから2000MPaの範囲内である、ことを特徴とする内燃機関用すべり軸受。
【請求項4】
前記樹脂コーティング層の平均膜厚tおよび突出山部高さRpkは、
2.0μm≦t≦4.5μm、
0.1≦Rpk/t≦2.0
という関係を満たす、ことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のすべり軸受。
【請求項5】
前記樹脂コーティング層はベース樹脂と固体潤滑剤からなり、
前記ベース樹脂は、ポリアミドイミドと、該ポリアミドイミドに対して2〜20体積%のポリアミドからなり、
前記固体潤滑剤は、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、および、グラファイトのうち一種または二種以上からなり、合計で前記樹脂コーティング層の全体に対して20〜60体積%に相当する、ことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のすべり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はすべり軸受に関し、より詳しくは、内燃機関用すべり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
すべり軸受の特性を向上させるための構造として、軸受合金層の最表面に樹脂コーティング層を設ける構造が有効であることが知られている。その一例として、平坦にされた軸受合金層の表面に、固体潤滑剤としての二硫化モリブデン(MoS)と、バインダ樹脂としてのPAI樹脂(ポリアミドイミド樹脂)とからなるオーバレイ層を形成し、このオーバレイ層の表面に凹凸形状としてのらせん状の溝および環状突起を形成したすべり軸受が提案されている(特許文献1参照)。このすべり軸受によれば、オーバレイ層の表面に規則的な凹凸形状を形成して凹凸形状の凹部に潤滑油を確保できるので、耐焼付性の向上が期待できる。
【0003】
上記特許文献1に記載のすべり軸受は、オーバレイ層の塑性変形による回転軸とのなじみ性の向上を意図したものである(特許文献1の段落0006参照)。しかしながら、当該オーバレイ層は合成樹脂製であり高い弾性を有するため塑性変形が生じ難く、なじみ性が確保されるまでに長時間を要する可能性がある。一方、オーバレイ層の摩耗によって回転軸とのなじみ性が確保されるとも考え得るが、オーバレイ層を形成する合成樹脂が低摩擦性を有しているため、オーバレイ層の摩耗により十分ななじみ性が確保できるまでには、やはり長時間を要する可能性がある。
【0004】
このような問題点に着目した技術として、特許文献2に記載の技術がある。この技術によれば、すべり軸受は、環状溝と山部とを形成した軸受合金層と、該軸受合金層の表面を覆う低摩擦性合成樹脂製のオーバレイ層とを備えており、該オーバレイ層の表面は、軸受合金層の表面の凹凸面に倣って凹凸面となっている。このように軸受合金層に山部を設けることで、回転軸による荷重がすべり軸受に加わった際に当該軸受合金層の山部が塑性変形することをねらっている。こうすることで、低摩擦性合成樹脂製のオーバレイ層を設ける構成であっても、回転軸に対する軸受のなじみ性が速やかに確保されることを意図している。特許文献2に記載された実験例においては、低摩擦性合成樹脂製のオーバレイ層の存在にもかかわらず、軸受合金層の山部が塑性変形を生じたとの結果が得られている(特許文献2の段落0012、図2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−211859号公報
【特許文献2】特開2011−179566号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2に記載の実験例は、軸受面圧が84MPa(図3では50MPa)という、一般的なアルミニウム製軸受の限界面圧性能に近い面圧を条件として行われたものである。この実験例は、内燃機関における実際の使用状況で発生する面圧(約10〜20MPa)と比較して非常に高い面圧を実験条件としたものであると言える。非常に高い面圧下であれば軸受合金層の山部が塑性変形を生じ得るとしても、当該軸受を内燃機関に適用した場合の実際の一般的な使用状況下(面圧約10〜20MPa)においては、意図したような軸受合金層山部の塑性変形が生じ難く、早期のなじみ性の確保は困難であると考えられる。
【0007】
本発明は上記問題を解決するためになされたものであって、その目的は、樹脂コーティング層の適切な摩耗により早期になじみ性を確保可能な内燃機関用すべり軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは前記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、下記のように本発明の各局面に想到した。
【0009】
すなわち、本発明の第1の局面によれば、
円筒形状の少なくとも一部分に沿う形状の内周面を有する金属層と、
前記金属層の内周面上に形成された樹脂コーティング層と、を有する内燃機関用すべり軸受であって、
前記金属層の内周面には、前記円筒形状の略円周方向に沿う環状又は螺旋状の溝が形成されることにより、前記円筒形状の軸方向に隣接し前記略円周方向に伸びる凸部が形成され、
前記樹脂コーティング層は、前記溝及び前記凸部の形状に倣う形状に形成され、
前記凸部の頂上以外の部分における前記樹脂コーティング層の平均膜厚をtとし、該樹脂コーティング層の突出山部高さをRpkとした場合、tおよびRpkは、
1.0μm≦t≦5.0μm、
0.06≦Rpk/t≦5.04
という関係を満たす、ことを特徴とする内燃機関用すべり軸受である。
【0010】
このようにすべり軸受の樹脂コーティング層の平均膜厚及び、該平均膜厚に対する突出山部高さの比を上記の各数値範囲内とすることにより、樹脂コーティング層が低摩擦性を有する樹脂材料からなるものであっても、樹脂コーティング層、特に金属層の凸部の頂上付近における樹脂コーティング層の初期摩耗に要する時間を適切に制御することができる。すなわち、上記構成とすることにより、樹脂コーティング層が低摩擦性を有する樹脂材料からなるものであっても、金属層の凸部の頂上付近において樹脂コーティング層が摩耗し易くなり、早期になじみ(すなわち、初期なじみ)が完了する。また、特許文献2の実験例のように非常に高い面圧(50MPa以上)が発生するような特殊な状況ではなく、内燃機関において実際に使用される際の通常の面圧(約10〜20MPa)が発生する状況下であって、樹脂コーティング層に覆われた軸受合金層山部の塑性変形が生じ難いと考えられるような一般的な使用状況下であっても、本願発明の内燃機関用すべり軸受においては、樹脂コーティング層の適切な摩耗により、早期になじみが完了する。こうして、樹脂コーティング層を有するすべり軸受がなじみ性を確保するのに長時間を要するという課題に対し、好適な解決を与えることができる。
なお、「なじみが完了する」とは、回転軸に対するすべり軸受の摩擦係数の経時変化を観察した場合に、該摩擦係数が飽和する(大きな変動をしない)時点に到達することを意味する。
また、「凸部の頂上以外の部分」について、例えば、円筒形状の軸方向に沿った断面における軸受合金層の凸部の頂上位置を中心に軸方向の両側へのそれぞれ15μmの範囲以外の部分を、軸受合金層の凸部の頂上以外の部分としても良い。
ここで、内燃機関は自家用車向けのものに限らない。すなわち、船舶あるいはバスやトラック等の大型自動車の内燃機関に用いられるような大径の軸受においても、上記構成は同様の効果を奏する。
また、なじみによって熱伝導性の高い金属層が一部露出し、あるいは、熱伝導性の低い樹脂コーティング層が薄くなることにより、すべり軸受全体の放熱性が向上するため、耐焼付性が向上するという効果も得られる。
【0011】
また、本発明の第2の局面によれば、前記樹脂コーティング層の平均膜厚tおよび突出山部高さRpkは、
2.0μm≦t≦4.5μm、
0.1≦Rpk/t≦2.0
という関係を満たす。このような構成とすることにより、より好適に早期のなじみ性を確保するという効果が得られる。
【0012】
また、本発明の第3の局面によれば、前記凸部の頂上以外の部分における前記樹脂コーティング層の膜厚の標準偏差をσとし、該膜厚の実測値をTとした場合、T、tおよびσは、
t−2σ≦T≦t+2σ
という関係を満たし、
前記金属層の内周面上の隣接する凸部の間の平均長さをRsmaとし、該金属層の凸部に相当する前記樹脂コーティング層の隣接する凸部の間の平均長さをRsmrとした場合、RsmaおよびRsmrは、
|Rsma−Rsmr|≦0.05mm
という関係を満たし、かつ、
前記金属層の内周面上の凸部と、それに最も近接する前記樹脂コーティング層の凸部との前記軸方向における距離をΔとすると、RsmaとΔとは、
Δ≦Rsma/3
という関係を満たす。
【0013】
このように、樹脂コーティング層の膜厚を略均一とし、かつ、金属層の凹凸形状と樹脂コーティング層の凹凸形状のピッチ及び位相を揃えることにより、樹脂コーティング層の凹凸の表面形状を、金属層の凹凸の表面形状に精度良く倣わせる(近似させる)ことができる。これにより、樹脂コーティング層の弾性変形が抑制され、初期なじみのための樹脂コーティング層の摩耗がより生じやすくなり、なじみ時間が短縮されるという効果を奏することができる。
【0014】
また、本発明の第4の局面によれば、前記樹脂コーティング層のスクラッチ強度は、500MPaから2000MPaの範囲内である。このような数値範囲内のスクラッチ強度を有する樹脂コーティング層を用いることにより、初期なじみのための摩耗がより生じやすくなり、なじみ時間が短縮されるという効果を奏することができる。なお、スクラッチ強度については後述する。
【0015】
また、本発明の第5の局面によれば、前記樹脂コーティング層はベース樹脂と固体潤滑剤からなり、
前記ベース樹脂は、ポリアミドイミドと、該ポリアミドイミドに対して2〜20体積%のポリアミドからなり、
前記固体潤滑剤は、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、および、グラファイトのうち一種または二種以上からなり、合計で前記樹脂コーティング層の全体に対して20〜60体積%に相当する。
【0016】
このように、ポリアミドイミド(PAI)に対してポリアミド(PA)を2〜20体積%添加することにより、樹脂コーティング層の伸び特性を適正化できる。固体潤滑剤を樹脂コーティング層全体に対して20〜60体積%添加することにより、より低摩擦係数化が達成できるとともに、それにより温度上昇が抑えられるため、焼付現象の発生が抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明の一実施形態による内燃機関用すべり軸受の軸方向断面を表す模式的拡大図であり、図1(A)は当該すべり軸受の初期なじみ前の状態を表し、図1(B)は、初期なじみ完了後の状態を表す。
図2図2は、本実施形態によるすべり軸受の軸受合金層の表面形状と樹脂コーティング層の表面形状との関係を表した模式図であり、図2(A)は軸受合金層の表面上における樹脂コーティング層の膜厚の計測方法を表し、図2(B)は軸受合金層の表面形状の凸部間の長さと樹脂コーティング層の表面形状の凸部間の長さの関係を表し、図2(C)は軸受合金層の表面形状の凸部と樹脂コーティング層の表面形状の凸部とのずれを表す。
図3図3は、本発明の複数の実施例による内燃機関用すべり軸受の初期なじみについての試験結果を、比較例による試験結果と併せて示す表である。
図4図4は、内燃機関用すべり軸受の摩擦係数の経時的な変化について、本発明の一実施例による内燃機関用すべり軸受の場合と、比較例による内燃機関用すべり軸受の場合とを比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明を具体化した一実施形態に係る内燃機関用すべり軸受について、図1を参照しながら説明する。
図1(A)は本実施形態に係る円筒形状または半割り円筒形状のすべり軸受10につき、その軸方向に沿った断面の一部を拡大して示す概略図である。図示するように、本実施形態のすべり軸受10は、裏金層1の表面に圧接されたアルミニウム合金製の軸受合金層2(金属層)を有する。軸受合金層2を形成するアルミニウム合金はビッカース硬度30以上のものであることが好ましい。軸受合金層2の内周面、すなわち裏金層1とは反対側の面には、円筒形状の略円周方向に沿った環状又は螺旋状の凹溝が形成されている。そのため、軸方向に隣接し合う凹溝の間の隆起部分によって略円周方向に伸びる連続的な環状又は螺旋状の凸部が形成されている。更に、軸受合金層2の表面は樹脂コーティング層3により被覆されている。この樹脂コーティング層3の表面は軸受合金層2の表面の凹凸面に倣って凹凸面となっている。なお、図中における寸法比は、実際のすべり軸受とは異なっており、軸方向寸法が圧縮されている。
【0019】
上述した構成のすべり軸受10は、樹脂コーティング層3の表面に規則的な凹溝を形成しているため、当該凹溝内に潤滑油を流通させることにより、すべり軸受10の内周面に均等に潤滑油を行き渡らせることができる。そのため、すべり軸受10の内周側に挿嵌された回転軸(図示略)が高速回転してもすべり軸受10の温度上昇を緩和することができ、優れた耐焼付性を発揮することができる。
【0020】
本実施形態のすべり軸受10においては、樹脂コーティング層3の平均膜厚、及び、該平均膜厚に対する樹脂コーティング層3の突出山部高さの比を詳細に規定することにより、樹脂コーティング層3(及び、場合によっては更に軸受合金層2)の摩耗による回転軸に対するなじみ性の確保(すなわち、形状なじみ、初期なじみ)の早期化を図っている。
すなわち、本実施形態のすべり軸受10においては、軸受合金層2の凸部の頂上以外の部分における樹脂コーティング層3の平均膜厚をtとすると、樹脂コーティング層3は、平均膜厚tが1.0μm以上かつ5.0μm以下(1.0μm≦t≦5.0μm)となるように形成されている。この平均膜厚tは、例えば、図2(A)中の両矢印にて示すように、軸受合金層2の凸部の頂上以外の部分における樹脂コーティング層3の10点における膜厚の平均値とすることができる。なお、図2(A)は、図1(A)の断面図上における、軸受合金層2の表面2aと樹脂コーティング層3の表面3aとの位置的な関係を模式的に表した図である。
なお、本実施形態においては、軸方向に沿った断面における軸受合金層2の凸部の頂上位置を中心に軸方向の両側へのそれぞれ15μmの範囲以外の部分を、軸受合金層2の凸部の頂上以外の部分として、それぞれ測定した。
【0021】
更に、本実施形態のすべり軸受10は、樹脂コーティング層3の平均膜厚tに対する、JIS B0671−2に基づく突出山部高さRpkの比が、0.06以上かつ5.04以下(0.06≦Rpk/t≦5.04)となるように形成されている。
【0022】
このような構成とすることで、回転軸の回転に伴う回転軸との摩擦により、軸受合金層2の凸部の頂上付近における樹脂コーティング層3が摩耗し易くなるため、早期に、回転軸に対するすべり軸受10のなじみが完了する。なお、「なじみが完了する」とは、すべり軸受10の使用開始初期における回転軸に対する摩擦係数の経時変化を観察した場合に、摩擦係数が飽和する時点に到達することを意味する。図1(B)はなじみが完了したすべり軸受10の軸方向断面の一例を示す概略図である。本例においては、初期なじみが完了した状態において、軸受合金層2の凸部の頂上付近の樹脂コーティング層3の部分に加えて、軸受合金層2の凸部の頂上部も摩耗している。
【0023】
なじみの完了後は、回転軸とすべり軸受の間に油が引き込まれ易く油膜形成が容易に達成される状態になるため、低摩擦係数が実現される。もしも、なじみの完了後にすべり軸受10の表面に弾性変形に富む樹脂コーティング層3が多く厚く残存する場合には、形成される油膜の厚さが樹脂コーティング層3の弾性変形のために場所によって不均一となり、摩擦係数が安定せずかつ高い値を推移することが考えられる。この点、本実施形態によるすべり軸受10においては、なじみの完了後、軸受合金層2の金属表面が一部露出することによりすべり軸受10の内周面が金属と樹脂との混合構造になり、あるいは、内周面に樹脂コーティング層3が残存するとしても薄く残存することとなるため、樹脂コーティング層3の弾性変形による影響が抑制される。即ち、油膜厚さが安定して、摩擦係数が下がる。
【0024】
また、形状なじみによって熱伝導性の高い軸受合金層2が一部露出し、あるいは、熱伝導性の低い樹脂コーティング層3が薄くなることにより、すべり軸受10全体の放熱性が向上するため、耐焼付性が向上する。
なお、本実施形態のすべり軸受10においては、なじみの進行により樹脂コーティング層3の凸部の頂上近傍から徐々に摩耗が進行するため、たとえ軸受合金層2の一部が露出するとしても、その露出は非常に狭い範囲から徐々に拡大していくものとなる。そのため、露出した軸受合金層2と回転軸の金属との間には常に潤滑油が存在することとなり、広い面積における金属同士の急激かつ直接の接触は生じない。そのため、金属同士の接触による焼付の発生は効果的に抑制される。
【0025】
発明者らの行った試験によれば、Rpk/tの値が0.06未満の場合には、摩耗による初期なじみが早期に完了する可能性はあるものの、なじみ後の摩擦係数の低下や耐焼付性の向上に寄与しないことが明らかになった。一方、Rpk/tの値が5.04より大きい場合には、なじみ後の摩擦係数の低下や耐焼付性の向上が図られる可能性はあるものの、一般的な使用状況下では、摩耗による初期なじみの早期化を図れないことが明らかになった。
【0026】
更には、樹脂コーティング層3の平均膜厚tを2.0μm以上かつ4.5μm以下とし(2.0μm≦t≦4.5μm)、樹脂コーティング層3の突出山部高さRpkの平均膜厚tに対する比を0.1以上、2.0以下とする(0.1≦Rpk/t≦2.0)ことが好ましい。これにより上記の各効果をより好適に奏することができる。
【0027】
また、軸受合金層2の凸部の頂上以外の部分における樹脂コーティング層3の膜厚は略均一に形成されていることが好ましい。具体的には、上記膜厚の計測値の標準偏差をσとすると、上記膜厚の実測値Tはt−2σ≦T≦t+2σなる範囲内に存在することが好ましい。更に、軸受合金層2の隣接する凸部間長さ(図2(B)中の破線両矢印部分)の平均長さをRsmaとし、軸受合金層2の両凸部に相当する樹脂コーティング層3の隣接する凸部間長さ(図2(B)中の実線両矢印部分)の平均長さをRsmrとした場合、RsmaとRsmrとの差が0.05mm以下となるように形成されていることが好ましい(|Rsma−Rsmr|≦0.05mm)。つまり、軸受合金層2の凹凸形状のピッチと、樹脂コーティング層3の凹凸形状のピッチとが、略等しくなっていることが好ましい。更に、軸受合金層2の凸部(例えば、図2(C)の頂上P2)と、それに最も近い樹脂コーティング層3の凸部(例えば、図2(C)の頂上P3)との軸方向における距離Δが、軸受合金層2の隣接する凸部間の平均長さRsmaの3分の1以下となるように形成されていることが好ましい(Δ≦Rsma/3)。つまり、軸受合金層2の凹凸形状の位相と、樹脂コーティング層3の凹凸形状の位相とのずれが少ないことが好ましい。
【0028】
このように、樹脂コーティング層3の膜厚を略均一とし、かつ、軸受合金層2の凹凸形状と樹脂コーティング層3の凹凸形状のピッチ及び位相を略揃えることにより、樹脂コーティング層3の表面形状を、軸受合金層2の表面形状に対して精度良く倣わせる(近似させる)ことができる。これにより、樹脂コーティング層3の弾性変形が抑制され、初期なじみのための樹脂コーティング層3の摩耗がより生じやすくなり、一般的な使用状況下においてもなじみ完了までの時間が短縮されるという効果を奏することができる。
【0029】
更に、樹脂コーティング層3のスクラッチ強度は、500MPaから2000MPaの範囲内とすることが好ましい。この場合のスクラッチ強度とは、円錐状ダイヤモンド圧子にて樹脂コーティング層3を掻いたときの抵抗度合であり、摩擦力を、樹脂コーティング層3にもぐりこんだ圧子の投影面積で除した値である。上記の数値範囲内のスクラッチ強度を有する樹脂コーティング層3により被覆することにより、初期なじみのための摩耗がより生じやすくなる。よって、なじみ完了までの時間が短縮されるという効果を奏することができる。
【0030】
また、樹脂コーティング層3はベース樹脂と固体潤滑剤からなり、ベース樹脂は、ポリアミドイミド(PAI)と、ポリアミドイミドに対して2〜20体積%のポリアミド(PA)からなり、固体潤滑剤は、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、窒化ホウ素、および、グラファイトのうち一種または二種以上からなり、合計で樹脂コーティング層3の全体に対して20〜60体積%に相当するものであることが好ましい。
【0031】
このように、ポリアミドイミドに対してポリアミドを2〜20体積%添加することにより、樹脂コーティング層3の伸び特性を適正化できる。固体潤滑剤を樹脂コーティング層3全体に対して20〜60体積%添加することにより、より低摩擦係数化が達成できるとともに、回転軸の回転時における温度上昇が抑えられるため、焼付現象の発生が抑制される。
【0032】
図3は、すべり軸受10のなじみ性を表す指標として、摩擦係数安定時間と最終摩擦係数を様々な条件の下で測定した試験の結果を表す表であり、本発明者らが行った試験の結果を表すものである。
本試験に用いたすべり軸受10のサンプルは、次のように作製した。まず、裏金層1に対してアルミニウム合金製の軸受合金層2を圧接したものを半割形状に加工し、その半割形状のサンプルに対して各種粗さで内面仕上げを実施した。その後、スプレー法により各種膜厚にて樹脂コーティング層3となる樹脂を主成分とする層を形成した。さらに200℃で約1時間の焼成を行って試験サンプルを得た。
このようにして、図3に示すように、樹脂コーティング層3の成分、膜厚、および下地粗さを種々設定した各種のサンプル(実施例1〜13及び比較例1〜4)を作製した。
【0033】
試験項目としては、摩擦係数の経時変化測定とした。試験の具体的な条件は以下の通りである。
試験時間:6時間
試験面圧:10MPa
回転数:1300rpm
給油温度:常温
軸:S45C焼入れ
潤滑:5W−30
軸受サイズ:外径56mm、幅18mm、厚さ1.5mm
【0034】
図3の表において、樹脂コーティング層3の平均膜厚tが1.0μm以上かつ5.0μm以下であり(1.0μm≦t≦5.0μm)、かつ、平均膜厚tに対する突出山部高さRpkの比が0.06以上かつ5.04以下である(0.06≦Rpk/t≦5.04)例を、実施例1〜実施例13として記載した。平均膜厚tが1.0μm以上の場合、軸受合金層2に均等な厚さの樹脂コーティング層3を形成させ易かった。一方、平均膜厚t及び平均膜厚tに対する突出山部高さRpkの比の少なくとも一方が上記の範囲外である例を比較例1〜比較例4として記載した。
また、なじみ完了までの時間の指標として、摩擦係数が安定するまでの時間(摩擦係数安定時間)を、及び、最終的な摩擦係数(最終摩擦係数)を、各実施例及び比較例について計測した。
また、図3の「膜厚の均一性」については、樹脂コーティング層3の上記膜厚の実測値Tが上述のt−2σ≦T≦t+2σなる範囲内に存在するものを「○」、範囲外であるものを「×」とした。
【0035】
図3に示すように、実施例1〜13においては、摩擦係数安定時間が相対的に短く(平均2.3時間)、また、最終摩擦係数についても相対的に低くなっている(平均0.00035)。対して、比較例においては、摩擦係数が安定しなかった例(比較例4)もあり、安定したとしても摩擦係数安定時間は相対的に長く(平均4.7時間)、最終摩擦係数も相対的に高くなっている(平均0.00063)。これらのことから、樹脂コーティング層3の平均膜厚t及び平均膜厚tに対する突出山部高さRpkの比を上記範囲内とする本発明の構成により、すべり軸受10のなじみ性が向上するとともに摩擦係数が低下することが示された。
【0036】
更に、実施例1〜13のうち、実施例1〜5は、樹脂コーティング層3の平均膜厚tを2.0μm以上かつ4.5μm以下とし(2.0μm≦t≦4.5μm)、かつ、樹脂コーティング層3の突出山部高さRpkの平均膜厚tに対する比を、0.1以上かつ2.0以下としている(0.1≦Rpk/t≦2.0)。これらの実施例1〜5における平均の摩擦係数安定時間は1.2時間、最終摩擦係数の平均値は0.00028となっており、実施例1〜13の平均の平均的な値よりも優れた数値が得られている。
【0037】
また、樹脂コーティング層3の平均膜厚t及び平均膜厚tに対する突出山部高さRpkの比による影響が比較的近似していると考えられる実施例6〜13について、他のパラメータによる影響についても考察を行った。例えば、軸受合金層2の内周面の凹凸形状と、樹脂コーティング層3の凹凸形状との近似性の指標である凸部ピッチの差が0.05mm以下であり(|Rsma−Rsmr|≦0.05mm)、かつ、軸受合金層2の内周面上の凸部と、近接する樹脂コーティング層3の凸部との軸方向における距離Δが軸受合金層2の凸部ピッチRsmaの3分の1以下である(Δ≦Rsma/3)実施例6〜実施例11は、そのような数値範囲から外れる実施例12および実施例13よりも平均的な摩擦係数安定時間は相対的に短く(実施例12及び実施例13の平均値が3.8時間であるのに対し、実施例6〜実施例11の平均値が2.8時間)、平均的な最終摩擦係数は相対的に低い(実施例12及び実施例13の平均値が0.00040であるのに対し、実施例6〜実施例11の平均値が0.00038)という結果になっている。
このように、本発明による上記各範囲内に各パラメータが収まるように軸受合金層2及び樹脂コーティング層3を形成することにより、なじみ時間の短縮が図られることが確認された。また、実施例1〜13では、低摩擦係数化も図られたことが確認された。
【0038】
更に、初期なじみにおける摩擦係数の経時的変化の概略を、実施例と比較例においてそれぞれ表したものが図4である。実施例における変化を実線Iにて表し、比較例における変化を実線IIにて表す。ここにおける実施例とは、平均膜厚t、突出山部高さRpkと平均膜厚tの比Rpk/t、および軸受合金層2の内周面の凹凸形状と、樹脂コーティング層3の凹凸形状との近似性の条件の全てが本発明に規定する範囲内に入っているものとし、例えば、1.0μm≦t≦5.0μm、0.06≦Rpk/t≦5.04、t−2σ≦T≦t+2σ、|Rsma−Rsmr|≦0.05mm、かつ、Δ≦Rsma/3であるものとする。一方、比較例とは、それらの条件のうち「1.0μm≦t≦5.0μm」及び「0.06≦Rpk/t≦5.04」の少なくとも一方の条件を満たさないものであるとする。図4中の矢印aで示すように、比較例と比べると、実施例においてはより早期になじみが完了していることがわかる。また、図4中の矢印bで示すように、比較例と比べると、実施例においてはなじみ完了後の最終的な摩擦係数が低減されていることがわかる。この図4からも、本発明によるなじみ性の向上と低摩擦係数の達成という、有利な効果が示されている。
【0039】
なお、上記の実施形態においては、軸受合金層2をアルミニウム合金製としたが、これに代えて、ビッカース硬度30以上の銅合金製あるいは錫合金製とすることも可能である。
樹脂コーティング層3に対して、リン酸カルシウム、リン酸マグネシウム、リン酸バリウム、リン酸リチウム、第三リン酸リチウム、第三リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム、リン酸水素マグネシウム、ピロリン酸リチウム、ピロリン酸カルシウム、ピロリン酸マグネシウム、メタリン酸リチウム、メタリン酸カルシウム、メタリン酸マグネシウム、炭酸リチウム、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸ストロンチウム、硫酸カルシウム、硫酸バリウム、炭酸バリウム、酸化チタン、酸化鉄(III)、フッ化カーボン、超高分子ポリエチレン、セリサイト、硫化第二錫等の粒子を添加しても良い。
樹脂コーティング層3形成の前処理として、軸受合金層2に対してショットブラストによる粗面化処理あるいは、アルカリなどによる表面改質処理、化学エッチングによる超微細凹凸処理、化成処理、プライマー処理、コロナ放電処理等を実施しても良い。
樹脂コーティング層3はスプレーコートに限らず、ロールコートにより形成しても良い。
すべり軸受10の内周面に周方向又は軸方向に伸びる油溝を形成する場合、当該油溝内にも樹脂コーティング層を形成しても良い。
【0040】
本発明は、前記各局面および前記実施形態の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様も本発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【符号の説明】
【0041】
1…裏金層
2…軸受合金部(金属層)
3…樹脂コーティング層
10…すべり軸受
図1
図2
図3
図4