【実施例】
【0016】
==走光性試験容器==
走光性試験には、内寸が(長さ)12cm×(幅)5cm×(深さ)4cmの走光性試験容器を用いた。この容器は、一方の短側面の下半分が石英ガラス板(厚さ5mm、縦2cm、横5cm)からなり、この部分のみが光透過性である。石英ガラス板を通じて容器外部から容器内部にLED光が入射するように、容器の外側に光源としてのLEDパネルを配置した。
【0017】
走光性試験容器の底面は、
図1に示すように、石英ガラス板から5mm間隔でラインを引いて5mm幅の区画に分け、石英ガラス板から最も近い区画から順に第1区画〜第24区画と名づけた。容器内で、石英ガラスに向かう移動方向を「正方向(正の走光性)」とし、石英ガラスから離れる方向を「負方向(負の走光性)」とした。第1区画〜第12区画を「正方向の領域」として、第13区画〜第24区画を「負方向の領域」とした。第12区画と第13区画との間のラインを、幼生を投入する「幼生投入ライン」とした。「幼生投入ライン」は、石英ガラス板の表面から6cm離れた位置である。
==LEDパネル==
走光性試験には、ピーク波長が562〜582nmのプロジェクションライト(Olympus LG-PS2)、ピーク波長が370〜380nmのLED発光素子を実装したLEDパネル(シーシーエス株式会社製、LEDパネル型式:ISL−150X150UU375TPNL)、ピーク波長が409〜412nmのLED発光素子を実装したLEDパネル(シーシーエス株式会社製、LEDパネル型式:ISL−150X150−VV−TPNL)、ピーク波長が440〜460nmのLED発光素子を実装したLEDパネル(シーシーエス株式会社製、LEDパネル型式:ISL−150X150BB45−TPNL)、ピーク波長が460〜480nmのLED発光素子を実装したLEDパネル(シーシーエス株式会社製、LEDパネル型式:ISL−150X150−BB−TPNL)、およびピーク波長が515〜535nmのLED発光素子を実装したLEDパネル(シーシーエス株式会社製、LEDパネル型式:ISL−150X150−GG−TPNL)を用いた。各LED光の波長特性を表1に示す。
【0018】
LED光の照射照度は、ピーク波長が370〜380nmの光を照射する場合には20W/m
2に設定し、その他のピーク波長の光を照射する場合には100W/m
2に設定して実験を行った。アカフジツボのキプリス幼生については、ピーク波長が409〜412nmのLED光を125W/m
2の照射照度に設定した条件でも行った。なお、この照射照度は、走光性試験容器の外部に配置したLEDパネルから発光した光が石英ガラス板を透過して走光性試験容器内部に入射した光を、石英ガラス板の表面から0cmの位置で測定し、調整した。照射照度の測定にはメイワフォーシス株式会社製、照射照度計Pyranometer LI−200 (400〜1100nm)、照射照度計UV−AB sensor SD204AB−Cos(UV−AB)を使用した。各LED光の照度と光量子束密度を表2に示す。
【0019】
409〜412nmの光を石英ガラス板の表面から0cmの位置での放射照度を100W/m
2に設定した場合の、石英ガラス板の表面から0cmの位置でのピーク波長分光放射照度について分光放射計(株式会社オプトリサーチ社製、MSR−7000N)を用いて測定したところ、82.1088μWcm
-2nm
-1であった。また、409〜412nmの光を石英ガラス板の表面から0cmの位置で125W/m
2に設定した場合の、石英ガラス板の表面から0cmの位置でのピーク波長分光放射照度について分光放射計(株式会社オプトリサーチ社製、MSR−7000N)を用いて測定したところ90.3643μWcm
-2nm
-1であった。
【0020】
また、石英ガラス板の表面から0cmの位置での放射照度を100W/m
2に設定した場合の、石英ガラス板の表面から6cmの位置(幼生投入ライン)における放射照度およびピーク波長分光放射照度を算出した。まず、石英ガラス板の表面から0cmの位置での放射照度を88.51W/m
2に設定した場合の海水中において、石英ガラス板の表面から0cmと6cmでの光量子束密度を測定器(メイワフォーシス株式会社製 光量子計 LI−192SA)を用いて測定し、ピーク波長分光放射照度を分光放射計(株式会社オプトリサーチ社製、MSR−7000N)を用いて測定した。そして、測定した光量子束密度から放射照度を式(放射照度=0.112884×光量子束密度+0.051842)から求めた。そして、放射照度とピーク波長分光放射照度の透過率をそれぞれ求めたところ、放射照度の透過率が67.78%であり、ピーク波長分光放射照度の透過率は76.64%であった。このことから、石英ガラス板の表面から0cmの位置での放射照度を100W/m
2(ピーク波長分光放射照度は、82.1088μWcm
-2nm
-1)に設定した場合の放射照度とピーク波長分光放射照度は、幼生投入ライン(石英ガラス板の表面から6cmの位置)において、放射照度は式(100Wm
-2×0.6778=67.78Wm
-2)より67.78W/m
2であり、ピーク波長分光放射照度は式(82.1088μWcm
-2nm
-1× 0.7664 = 62.9282μWcm
-2nm
-1)より62.9282μWcm
-2nm
-1であった。
==キプリス幼生の選別==
付着生物であるアカフジツボの付着期幼生であるキプリス幼生に照射照度100W/m
2のプロジェクションライト(Olympus LG-PS2)光を、実験直前まで1時間以上照射し、光源に近づく行動をとる個体を以下の実験に使用した。
【0021】
また、タテジマフジツボの付着期幼生であるキプリス幼生も同様に選別して以下の実験に使用した。
==幼生の観察方法==
部屋の一画に暗幕を用いて、外部の光を完全に遮光した暗室(試験室)を設け、この暗室内で次の実験をした。
【0022】
目合い3μmのメンブレンフィルター(ADVANTEC)でろ過した海水(水温23.1℃、塩分29.5PSU、pH8.4)(水深2cm)の入った走光性試験容器の幼生投入ラインの位置に1〜5個体の幼生を投入した後、アカフジツボのキプリス幼生に対しては5分間、タテジマフジツボのキプリス幼生に対しては10分間LED光を照射した。光の照射中、容器上方から幼生を目視観察し、幼生の移動方向と幼生の位置を記録した。アカフジツボのキプリス幼生とタテジマフジツボのキプリス幼生の結果をそれぞれ
図2A〜Gと
図3A〜Fに示す。
図2A〜Gおよび
図3A〜F中、黒丸はLED光の照射終了時の幼生の位置を示し、図中の丸で番号を囲んだものは、幼生が一時的に停止した位置及び幼生が停止した順番を示す。次に、この観察結果から、幼生の移動距離を求めた。アカフジツボのキプリス幼生の移動方向および移動距離を
図4A〜Gに、タテジマフジツボのキプリス幼生の移動方向および移動距離を
図5A〜Fにまとめた。
【0023】
なお、
図4A〜Gおよび
図5A〜Fの白色のバーは正方向への移動距離、黒色のバーは負方向への移動距離を示す。また、光照射終了時における正方向の領域または負方向の領域に位置していた個体数の割合を、アカフジツボのキプリス幼生については
図6、タテジマフジツボのキプリス幼生については
図7にまとめた。
==結果==
アカフジツボのキプリス幼生およびタテジマフジツボのキプリス幼生はいずれも、ピーク波長が562〜582nmのプロジェクションライト光、ピーク波長が460〜480nmおよび515〜535nmの光に対して強い正の走光性を示した(
図2A〜C、
図3A〜C、
図4A〜C、
図5A〜C、
図6、
図7)。これに対し、ピーク波長が440〜460nmの光を照射した場合、レーン1まで移動する個体が減少し、また、一時的に負方向へ移動する個体が出現した(
図2D、
図3D、
図4D、
図5D、
図6、
図7)。さらに、ピーク波長が409〜412nmの光を照射した場合、レーン1まで移動する個体がさらに減少し、また、負方向へ移動する個体が増加した(
図2E,F、
図3E、
図4E,F、
図5E、
図6、
図7)。
【0024】
波長370〜380nmの光を照射した場合も、負方向へ移動する個体が増加した(
図2G、
図3F、
図4G、
図5F、
図6、
図7)。しかし、400〜420nmは、海水中での透過性が紫外線(400nmより小さい波長)より高いことを考慮すると、フジツボ類の付着期幼生が水中で付着物に付着することを広範囲で抑制するには、紫外線のみを含む光を照射するよりも、波長409〜412nmの波長域においてピークを有する紫色光を含む光を照射することが特に有効である。
【0025】
また、アカフジツボのキプリス幼生およびタテジマフジツボのキプリス幼生のいずれにも、ピーク波長が409〜412nmの光の放射照度が67.78W/m
2であり、ピーク波長分光放射照度が62.9282μWcm
-2nm
-1である幼生投入ラインの位置から負方向に移動する個体が確認された(
図2E、
図3E、
図4E、
図5E)。このように、フジツボ類の付着期幼生が水中で付着物に付着するには、付着物における放射照度を67.78W/m
2以上、ピーク波長分光放射照度を62.9282μWcm
-2nm
-1以上とすることが有効である。