(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
基板に形成される素子が、前記基板の表裏面と直交する断面が矩形である素子部を含み、前記素子部が、前記基板の厚さ方向で対向する第1及び第2主面と、前記第1及び第2主面と直交する第1及び第2側面とを有し、前記素子部に電極膜を成膜して前記素子を製造する方法であって、
真空チャンバー内にて成膜源と離間して配置され、かつ、回転軸に支持された基板ホルダーに、前記基板の表裏面を露出させて前記基板を支持して、前記回転軸をチルト駆動させて前記第1主面及び前記第1側面を前記成膜源と向い合わせ、前記第1主面及び第1側面に電極膜を成膜する第1成膜工程と、
前記第1成膜工程の後に、前記回転軸をチルト駆動させて前記第1主面及び前記第2側面を前記成膜源と向い合わせ、前記第1主面及び前記第2側面に前記電極膜を成膜する第2成膜工程と、
前記第1または第2成膜工程の後に、前記回転軸の駆動により前記基板を反転駆動させて、前記第2主面と前記第1及び第2側面の一方とを前記成膜源と向い合わせ、前記第2主面と前記第1及び第2側面の一方とに前記電極膜を成膜する第3成膜工程と、
前記第3成膜工程後に、前記回転軸をチルト駆動させて前記第2主面と前記第1及び第2側面の他方とを前記成膜源と向い合わせ、前記第2主面及び第2側面の他方とに前記電極膜を成膜する第4成膜工程と、
を含むことを特徴とする電極膜を有する素子の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献2の方法は、共振周波数fと温度Tとの相関データや、温度Tと固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)との相関に基づいて圧力を演算することから、個々の水晶振動子についての相関データのデータ収集工数と演算回路の分だけコストアップするという課題を有していた。
【0012】
固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)の温度依存性を改善することに加えて、水晶摩擦圧力計の測定下限を下げる要求がある。水晶摩擦圧力計の測定下限は、音叉型水晶振動子の圧力感度と、固有共振インピーダンスZ
0の電気雑音(瞬時の最大電圧変化、単位時間内の電圧ドリフトまたは1℃あたりの電圧変化)によって決定される。圧力感度は音叉型水晶振動子のサイズに依存して実用的な限度が存在する。一方、電気雑音については、固有共振インピーダンスZ
0の温度依存性と同様に、水晶の物性に深く係っているため、理論的解析が待たれていた。
【0013】
本発明者は、音叉型水晶振動子の固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)の温度特性及び電気雑音に関する実験データから、従来から言われている水晶振動子の振動時の内部摩擦や水晶片の支持系損失といった振動エネルギーの損失の他に違う要因があると確信した。そして、水晶振動子に形成される電極膜の特性が、固有共振インピーダンスに大きな影響を与えることを発見した。
【0014】
音叉型水晶振動子は、一枚の水晶基板上に同時に多数個製造される。このような場合、基板に形成される複数の素子(例えば音叉型水晶振動子)の各々が矩形断面の素子部を含み、素子部が、基板の厚さ方向で対向する第1及び第2主面と、前記第1及び第2主面と直交する第1及び第2側面とを有する。そして、電極膜は、第1及び第2主面と、第1及び第2側面との全ての面に形成される。この場合、音叉型水晶振動子の固有共振インピーダンス等の素子の特性が、特に第1及び第2の側面に形成される電極膜の膜厚及び膜質に影響される。
【0015】
本発明の幾つかの態様では、素子に形成される矩形断面の第1及び第2主面と第1及び第2側面との全ての面に良質で適切な膜厚の電極膜を形成することができる素子の製造方法
を提供することを目的とする。
【0016】
本発明の他のいくつかの態様は、音叉型水晶振動子の固有共振インピーダンスの特性を改善する素子の製造方法
を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
(1)本発明の一態様は、基板に形成される素子が、前記基板の表裏面と直交する断面が矩形である素子部を含み、前記素子部が、前記基板の厚さ方向で対向する第1及び第2主面と、前記第1及び第2主面と直交する第1及び第2側面とを有し、前記素子部に電極膜を成膜して前記素子を製造する方法であって、
真空チャンバー内にて成膜源と離間して配置され、かつ、回転軸に支持された基板ホルダーに、前記基板の表裏面を露出させて前記基板を支持して、前記回転軸をチルト駆動させて前記第1主面及び前記第1側面を前記成膜源と向い合わせ、前記第1主面及び第1側面に電極膜を成膜する第1成膜工程と、
前記第1成膜工程の後に、前記回転軸をチルト駆動させて前記第1主面及び前記第2側面を前記成膜源と向い合わせ、前記第1主面及び前記第2側面に前記電極膜を成膜する第2成膜工程と、
前記第1または第2成膜工程の後に、前記回転軸の駆動により前記基板を反転駆動させて、前記第2主面と前記第1及び第2側面の一方とを前記成膜源と向い合わせ、前記第2主面と前記第1及び第2側面の一方とに前記電極膜を成膜する第3成膜工程と、
前記第3成膜工程後に、前記回転軸をチルト駆動させて前記第2主面と前記第1及び第2側面の他方とを前記成膜源と向い合わせ、前記第2主面及び第2側面の他方とに前記電極膜を成膜する第4成膜工程と、
を含むことを特徴とする電極膜を有する素子の製造方法に関する。
【0018】
本発明の一態様では、素子の第1及び第2主面が露出された状態で基板が基板ホルダーに支持されている。よつて、回転軸により基板ホルダーを反転させれば、素子の第1及び第2主面に電極膜を形成する動作を、基板を大気に接触させずに実現できる。
【0019】
基板ホルダーの回転軸は、チルト駆動により基板を傾斜させことができる。よって、チルト駆動無しでは成膜源と向かい合うことができなかった第1または第2側面を、基板をチルト駆動させることで、第1または第2側面を成膜源と向かい合わせることができる。それにより、第1〜第4成膜工程では、第1または第2の主面と同時に第1または第2側面に成膜することができる。ここで、成膜源と向かい合うとの意味は、第1及び第2主面の一方と第1及び第2側面の一方の面上の任意の点と、成膜源上の点とを、基板と干渉せずに直線で結ぶことができる位置関係を意味する。
【0020】
ここで、第1〜第4成膜工程の計4回の成膜工程中に、第1主面、第2主面、第1側面および第2側面の各々について、2回ずつ成膜を実施することができる。これにより、特に成膜が困難であった第1及び第2側面にも、連続膜となって低い電気抵抗の所望の膜厚の電極膜を、基板を大気と接触させずに形成することができる。
【0021】
(2)本発明の一態様では、
前記電極膜は、前記基板に形成される第1電極膜と、前記第1電極膜上に形成される第2電極膜とを含み、
前記成膜源は、前記第1電極膜となる材料を蒸着させる第1蒸着源と、前記第2電極膜となる材料を蒸着させる第2蒸着源とを含み、
前記第1蒸着源を用いた前記第1〜第4成膜工程にて前記第1電極膜を形成し、前記第2蒸着源を用いた前記第1〜第4成膜工程にて前記第2電極膜を形成することができる。
【0022】
この場合、第1電極膜として例えば基板との密着性が高い例えば高融点金属を選択でき、第2電極膜として例えば高融点金属と拡散合金化する金属材料を選択できる。
【0023】
(3)本発明の一態様では、
前記電極膜は、前記基板に形成される第1電極膜と、前記第1電極膜上に形成される第2電極膜とを含み、
前記成膜源は、前記第1電極膜となる材料を蒸着させる第1蒸着源と、前記第2電極膜となる材料を蒸着させる第2蒸着源とを含み、
前記第1〜第4成膜工程の各々では、前記第1蒸着源と前記第2蒸着源とを同時に用いて、前記第1電極膜と前記第2電極膜との拡散合金化電極膜を形成することができる。
【0024】
このように、上記(2)とは異なり第1及び第2蒸着源から第1及び第2電極膜を同時蒸着することで、第1,第2電極膜の拡散合金化を達成することができる。それにより、第1,第2電極膜の成膜時間を大幅に短縮できる。後述の通り上記(2)でも熱処理により拡散合金化が可能であるが、同時蒸着によって再結晶化温度がより低い条件で拡散合金化することができる。また、この場合にも第1,第2電極膜間の酸化膜の形成を無視できる。
【0025】
(4)本発明の一態様では、
前記成膜源は、前記電極膜を蒸着させる蒸着源であり、
前記蒸着源と前記基板間の距離をLとした時、前記真空チャンバー内にて前記電極膜を蒸着する圧力は、前記真空チャンバー内での残留気体分子の平均自由工程がLの1000倍以上となる圧力とすることができる。
【0026】
こうすると、蒸着源と基板との距離Lが、真空チャンバー内での蒸着時の圧力に依存して決定される残留気体分子の平均自由工程laよりも十分に小さくなり、蒸発分子と残留ガス分子との衝突の確率は1/1000以下に低減できる。これにより、真空チャンバー内の気相中で残留ガスとの反応によって発生する不純物が、電極膜中に混入されることを防ぐことができる。それにより、成膜中の構造欠陥の発生が抑えられ、素子が例えば音叉型水晶振動子の場合には、音叉型水晶振動子の固有共振インピーダンスを低くすると共に、固有共振インピーダンスの温度係数に基づく温度勾配を小さくして、固有共振インピーダンスの温度依存性を小さくすることができる。
【0027】
(5)本発明の一態様では、前記真空チャンバー内の蒸着時の圧力を、1.33×10
−5Pa以下とすることができる。この圧力は、真空チャンバー内での残留気体分子の平均自由工程がLの1000倍以上となる圧力である。
【0028】
(6)本発明の一態様では、前記真空チャンバー内の蒸着時の酸素分圧を、1×10
−6Pa以下とすることができる。これにより、電極膜に酸化膜が形成されることを防止できる。とくに、電極膜として第1,第2電極膜を積層形成する時に、第1,第2電極膜間に酸化膜が形成されることを防止して、第1,第2電極膜を拡散合金化させる熱処理温度を低下させることができる。
【0029】
(7)本発明の一態様では、前記基板を、前記基板とは非接触にて、前記電極膜を形成する蒸着材料の再結晶化温度未満の成膜温度で加熱しながら、前記電極膜を蒸着することができる。
【0030】
これにより、基板表面の水、不純物を除去して基板と電極膜との付着力を高めると共に、蒸着された電極膜と基板との熱膨張率の差により発生する内部応力を低減できる。しかも、再結晶化温度未満の基板温度で成膜することで、蒸着される電極膜の巨視的形状を変化させることがない。
【0031】
(8)本発明の一態様では、前記電極膜の成膜後に、前記成膜温度より高い温度で、前記基板を熱処理する工程をさらに有することができる。
【0032】
それにより、成膜時に電極膜中に生じた空孔、格子間原子、各種の転移、積層欠陥、不純物(異種原子・分子)などの構造欠陥を、成膜後に減少させることができる。構造欠陥の少ない電極膜を形成することで、例えば音叉型水晶振動子の固有共振インピーダンス値及び電気雑音を下げることができる。それにより、この音叉型水晶振動子を用いて摩擦水晶圧力計を構成した時、測定圧力範囲の下限を下げることができる。とくに、電極膜として第1,第2電極膜を積層形成する時に、第1,第2電極膜を拡散合金化させることができる。その際に、上述した通り第1,第2電極膜間に酸化膜が形成されることが防止される。また、第1,第2電極膜を拡散合金化させる熱処理温度は、上記(2)の時分割蒸着と同じか、もしくは蒸着材料の再結晶化温度よりも低い温度とすることができる。
【0033】
(9)本発明の一態様では、前記電極膜を蒸着する時の蒸着速度をAvとしたとき、10
−5g/(cm
2・S)≦Av≦10
−2g/(cm
2・S)とすることができる。
【0034】
実用的範囲である上記の蒸着速度を得るための電極膜材料の蒸発温度と飽和蒸気圧曲線との関係から、蒸着時の圧力が10
−5Pa以下では、電極膜材料が蒸発するのに全く問題にならない。
【0035】
(10)本発明の一態様では、前記基板は水晶基板であり、前記素子は、2本の腕を前記素子部として有する音叉型水晶振動子とすることができる。
【0036】
音叉型水晶振動子の製造方法に本発明を適用すると、上述した通り、音叉型水晶振動子の固有共振インピーダンスの温度係数に基づく温度勾配を小さくして、固有共振インピーダンスの温度依存性を小さくすることができる。また、音叉型水晶振動子の固有共振インピーダンス値及び電気雑音を下げることができる。
【0037】
(11)本発明の他の態様は、
真空チャンバーと、
前記真空チャンパ内に配置された成膜源と、
前記真空チャンバー内にて前記成膜源と離間して配置され、かつ、基板の表面及び裏面を露出させて前記基板を支持し、回転軸に支持されて基板を支持する基板ホルダーと、
を有し、
前記基板ホルダーは、前記回転軸の回転角が制御されて、前記基板の前記表面及び前記裏面の一方が前記成膜源と向かい合うように前記基板を反転させる反転駆動と、前記基板を傾斜させるチルト駆動とを行う成膜装置に関する。
【0038】
本発明の他の態様によれば、上述した(1)の本発明方法を好適に実施することができる。
【0039】
(12)本発明の他の態様では、前記成膜源は蒸着材料の蒸着源であり、前記真空チャンバー内には、前記基板ホルダーに支持された前記基板を、前記電極膜の成膜中に、前記蒸着材料の再結晶化温度未満の成膜温度にて、前記基板とは非接触にて加熱する加熱部をさらに有することができる。
【0040】
これにより、基板表面の水、不純物を除去して基板と電極膜との付着力を高めると共に、蒸着された電極膜と基板との熱膨張率の差により発生する内部応力を低減できる。しかも、再結晶化温度未満の基板温度で成膜することで、蒸着される電極膜の巨視的形状を変化させることがない。
【0041】
(13)本発明の他の態様では、前記加熱部は、前記電極膜の成膜後に、前記基板ホルダーに支持された前記基板を、前記成膜温度より高い温度にて、前記基板を熱処理することができる。
【0042】
成膜後に電極膜を成膜温度よりも高い基板温度で熱処理することで、成膜時に生じた電極膜中の構造欠陥を少なくすることができる。熱処理温度は成膜時の温度よりも高ければ、再結晶化温度未満でも再結晶化温度以上でもよい。熱処理温度が再結晶化温度未満であれば、蒸着された電極膜の巨視的形状を変化させることがない。熱処理温度が再結晶化温度以上であっても、短時間の熱処理であれば、蒸着された電極膜の巨視的形状を変化させることがない。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、以下に説明する本実施形態は特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではなく、本実施形態で説明される構成の全てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。
【0045】
1.水晶摩擦圧力計の概要
1.1.圧力計の構造
図1は、本発明の第1実施形態に係る水晶摩擦圧力計の断面図である。
図1において、この圧力計1は、真空室10と連通する部屋12を形成する筒状のケース本体20を有する。ケース本体20の下端フランジ22が、真空室10の壁部14に固定される。音叉型水晶振動子30は、電極40に接続されている。電極40を気密シールして保持し、かつ、電極40に接続された水晶振動子30を部屋12内に配置して、ケース本体20に対して気密シールされて支持される気密シール構造50が設けられている。さらに、気密シール構造50に保持され、電極40に接続された水晶振動子30を包囲して測定室62を形成し、かつ、測定室62と真空室10とを連通させるフィルタ部材60が設けられている。フィルタ部材60は、例えばSUS(ステンレス)焼結体にて形成される。
【0046】
気密シール構造50は、例えば第1シール体52、金属製筒体54及び第2シール体58に3分割されている。第1シール体52は、筒体54内にて電極40を気密シールして保持し、かつ電極40を電気的に絶縁する碍子として機能する。筒体54の下端にはネジ部56が形成され、フィルタ部材60と螺合している。第2シール体58はリング状に形成され、筒体54をケース本体20内にて気密シールして保持している。この第2シール体58は、ケース本体20と筒体54とがそれぞれ接地される場合に、両者を電気的に絶縁する碍子としても機能する。
【0047】
1.2.音叉型水晶振動子の構造
素子部に電極膜を有する素子の一例である音叉型水晶振動子30は、
図2に示すように、素子部である2つの腕部32A,32Bと、この2つの腕部32A,32Bの一端を連結した基部34と、を有する。2つの腕部32A,32Bの各々は、断面幅Wおよび断面厚tの矩形断面部を有する。2つの腕部32A,32Bの矩形断面部の寸法W,t及び腕の長さLaは、共振インピーダンスZの圧力依存性が大きくなるように設計される。2つの腕部32A,32Bの寸法については後述する。
【0048】
図3は、
図2に示す音叉型水晶振動子30の2つの腕部32A,32Bの矩形断面部を模式的に示す。
図3に示すように、2つの腕部32A,32Bには、
図1に示す電極40を構成する2本の第1,第2の電極40A,40Bに接続される第1,第2の電極パターン(電極膜)70A,70Bが形成される。
【0049】
図3では、腕部32Aの2つの主面であって、腕部32Aの厚さ方向(断面厚tの方向)にて相対向する第1主面32A1および第2主面32A3には、第1の電極パターン70Aが形成されている。腕部32Aの2つの側面であって、厚さ方向と直交する幅方向(断面幅Wの方向)にて相対向する第1側面32A2および第2側面32A4には、第2の電極パターン70Bが形成されている。
【0050】
一方、腕部32Bの2つの主面であって、腕部32Bの厚さ方向(断面厚tの方向)にて相対向する第1主面32B1および第2主面32B3には、第2電極パターン70Bが形成されている。腕部32Bの2つの側面であって、厚さ方向と直交する幅方向(断面幅Wの方向)にて相対向する第1側面32B2および第2側面32B4には、第1の電極パターン70Aが形成されている。
【0051】
ただし、
図3は第1,第2の電極パターン70A,70Bと電極40A,40Bとの接続を模式的に示したもので、実際には
図4に示すように、2つの腕32A,32Bの4つの面(32A1〜32A4,32B1〜32B4)の各々にて、第1及び第2の電極パターン70A,70Bの一方または双方が、互いに絶縁された異なる領域に形成されている。
【0052】
音叉型水晶振動子30は、第1,第2の電極パターン70A,70B間に挟まれた水晶片に発生する圧電効果と、外部から掛けられる振動電界が「共振」することを利用して、一定周波数のメカ的振動と電気的振動(圧電効果)を起こすものである。
【0053】
1.3.水晶摩擦圧力計を含む測定回路
図5は、水晶摩擦圧力計1を含む測定回路200のブロック図である。
図5において、水晶振動子30の一端に接続され、水晶振動子30を流れる電流を電圧に変換する電流電圧変換器210と、水晶振動子30の他端に接続された減衰器例えば1/10減衰器220と、1/10減衰器220からの電流を整流する第1の全波整流器230と、第1の全波整流器230からの電圧と、基準電圧源240からの基準電圧とを比較する比較器250と、比較器250の出力電圧に基づいて1/10減衰器220の出力をさらに減衰する電圧制御減衰器260と、電圧制御減衰器260及び電流電圧変換器210の加算出力を整流する第2の全波整流器270と、を有する。
【0054】
図5では、第2の全波整流器270に接続されたアナログ/デジタル(A/D)変換器280と、水晶振動子30の発振周波数を測定する周波数測定手段例えば周波数カウンタ320と、1/10減衰器220に接続された周波数カウンタ290と、記憶部300とが設けられる。A/D変換器280、周波数カウンタ290及び記憶部300の出力は演算回路310に入力され、演算回路310の演算結果が表示部320に表示される。
【0055】
ここで、電流電圧変換器210、電圧制御減衰器260、1/10減衰器220及び比較器250によって定電圧駆動型の自励発振回路を構成する。
図3に示すように電極40A,40Bを、例えば±100mVピーク値の一定電圧で例えば周波数32kHzで交流駆動すると、電流電圧変換器210の出力振幅は水晶振動子の共振インピーダンス(Z)に反比例する。よって、水晶振動子30の共振インピーダンスZを反映した値(1/Z)が第2の全波整流器270の出力として得られる。例えば24bit分解能のA/D変換器280は、第2の全波整流器270の出力をデジタル変換して演算回路310に出力する。
【0056】
ここで、水晶振動子30の発振周波数と温度の関係は
図6に示す通りであり、水晶振動子30の発振周波数fは実温度Tと直線的な相関を有する。このように、発振周波数が温度に対して直線的に変化する水晶振動子30を感温振動子と称する。このような感温振動子は、水晶のカット角に依存して形成することができる。
【0057】
1/10減衰器220の出力は、音叉型水晶振動子30の発振周波数fと相関のある矩形波出力である。よって、周波数カウンタ290は1/10減衰器220の出力周波数をカウントすることで、水晶振動子30の発振周波数fと相関のある温度T、その温度Tと対応する水晶振動子30のインピーダンスの温度依存値ΔZ
Tを検出できる。
【0058】
一方、記憶部300はRAM、PPROMまたはROMなどにより形成され、水晶振動子30の固有共振インピーダンスZ0(高真空における値)を記憶している。従って、演算回路310は、A/D変換器280、周波数カウンタ290及び記憶部300の出力に基づいて、ΔZ=Z−(Z
0+ΔZ
T)に相当する電圧V
DCを出力することができる。
【0059】
測定された水晶振動子30の共振インピーダンスZと、温度Tにおける水晶振動子30の固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)との差ΔZは、気体の粘性(濃度)に依存した気体の圧力に相当する。なお、固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)は、高真空下で測定される値であり、高真空下にて測定されていないCI値とは異なる。インピーダンス変化分ΔZは、共振状態の水晶振動子30と、気体等との摩擦とによって生ずる。水晶摩擦圧力計1の測定原理は、気体の摩擦効力による水晶振動子30の共振インピーダンス変化分ΔZが、分子流領域(≧10Pa)では圧力の1乗に比例し、粘性流領域(≦100Pa)では圧力の1/2乗に比例する特性を利用している。ただし、中間流領域(10〜100Pa)では、気体の平均自由工程と振動子サイズが同程度になるため、すべり効果(振動子表面での気体の流れと振動子表面の速度との間にずれが生じる現象)によって特性が複雑となる。
図7は、音叉型水晶振動子30のインピーダンス変化分ΔZと圧力(Pa)との関係を示す特性の一例を示している。
【0060】
2.音叉型水晶振動子の課題とその原因の考察
2.1.音叉型水晶振動子の課題
上述の通り、音叉型水晶振動子30の固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZT)は温度Tに依存したΔZ
T成分を含む温度依存性を有する。
図8は、音叉型水晶振動子30の固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)を示している。固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)は一般に、温度T
Pにて最小値Z
0となり、温度T
Pより低い温度ではΔZ
T成分は負の温度係数T1(ppm/℃)となり、温度T
Pより高い温度領域ではΔZ
T成分は正の温度係数T2となる。
【0061】
音叉型水晶振動子30の課題は、振動子30の固有共振インピーダンスCIの最小値Z
Oが大きいことと、ΔZ
T成分に伴う温度依存性が大きいことである。固有共振インピーダンスCIの最小値Z
0が大きいと、水晶振動子30の共振インピーダンス変化分ΔZの測定値が小さくなり、
図7に示すように特に低い圧力での感度が劣化するという問題がある。それにより、圧力測定の下限値が高くなる。
【0062】
一方、ΔZ
T成分に伴う温度依存性が大きいと、ΔZ
T成分に相当する圧力が誤差となる。この点に関して、本願出願人による特許第2077851号では、水晶振動子30が、
図6に示すように周波数が温度に対して比例する温度センサー機能を持つことを利用して、温度補償している。つまり、周波数から振動子30の温度Tを算出し、その温度Tでのインピーダンス値を補正し、圧力測定の下限を例えば10
‐3Paまで可能にしている。ただし、ΔZ
T成分に伴う温度依存性は小さい方が良いことには変わりはない。
【0063】
他の課題として、共振インピーダンス変化分ΔZは電圧として検出されるので、電気雑音の問題がある。
図9は、水晶摩擦圧力計1にて検出される共振インピーダンス変化分ΔZに相当する直流電圧V
DCと圧力(Pa)との関係を示している。電気雑音が大きいと、
図9に示すように特に低い圧力でのSNが劣化するという問題がある。それによっても、圧力測定の下限値が高くなる。
【0064】
音叉型水晶振動子30の固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)の温度依存性は、これまで「水晶のカット角によって決まる」との定説があったが、制御が難しく、水晶の物性解析が待たれていた。
【0065】
2.2.音叉型水晶振動子の課題が生ずる原因の考察
本発明者は、音叉型水晶振動子30の固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)の温度特性及び電気雑音に関する実験データから、従来から言われている水晶振動子の振動時の内部摩擦や水晶片の支持系損失といった振動エネルギーの損失の他に違う要因があると確信した。そのために、水晶インピーダンスの観点から、これまで一般的に使用されている水晶振動子30の等価回路を見直した。
【0066】
図10は、一般的な水晶振動子の等価回路を示している。ここで、等価直列抵抗Rsは、振動時の内部摩擦や水晶片の支持系損失、音響損失といった振動エネルギーの損失成分を表す。等価直列静電容量C1は、機械的な運動に置き換えると,バネやゴムの弾力に相当する。等価直列インダクタンスL1は、機械的な運動に置き換えると振動している部分の質量に相当する。等価並列容量C0は、浮遊容量を含めた電極間の静電容量である。
【0067】
従来、水晶摩擦圧力計1では、
図10に示す等価回路中の等価直列抵抗Rsの特性を反映していると思われていた。しかし、
図10に示す等価回路では、電極間容量C0は考慮されているが、
図3に示す第1および第2の電極パターン(電極膜)70A,70Bの抵抗は考慮されていなかった。本発明者は、インピーダンス観点から見ると、第1および第2の電極パターン70A,70Bの電気抵抗は無視できないとの仮説を設定した。
【0068】
図11は、
図3に示す第1および第2の電極パターン70A,70Bの展開図を示している。
図11中、R1〜R4は第1及び第2側面32A2,32A4,32B2,32B4の電極膜70A,70Bの抵抗値を示し、r1〜r4は第1および第2主面32A1,32A3,32B1,32B3の電極膜70A,70Bの抵抗値を示している。
【0069】
図12(A)〜
図12(D)は、電極膜70A,70B抵抗値を考慮に入れた水晶振動子30の等価回路を示している。
図12(A)は、水晶振動子30に接続される、
図11に示す抵抗値R1〜R4およびr1〜r4を示している。
図12(B)は、
図12(A)を変形した等価回路図であり、水晶振動子30が
図10に示す等価回路に置き換えられている。
図12(B)ではさらに、第1の電極パターン70Aの抵抗値のうち、第1側面32A2および第2側面32A4の抵抗値R1,R2が側面合成抵抗Raと表記され、第1主面32B1および第2主面32B3の抵抗値r3,r4が主面合成抵抗raと表記されている。同様に、
図12(B)では、第2の電極パターン70Bの抵抗値のうち、第1側面32B2および第2側面32B4の抵抗値R3,R4が側面合成抵抗Rbと表記され、第1主面32A1および第2主面32A3の抵抗値r1,r2が主面合成抵抗rbと表記されている。
図12(C)は、
図12(B)等価回路図での共振状態を示し、水晶振動子30は等価直列抵抗Rsと表記されている。
図12(D)は、
図12(C)を変形した等価回路図であり、側面32A2,32A4,32B2,32B4での合成抵抗R=Ra+Rb、主面32A1,32A3,32B1,32B3での合成抵抗r=ra+rbを示している。
図12(D)の通り、共振時には側面合成抵抗Rおよび主面合成抵抗rと、水晶振動子30自体の等価直列抵抗Rsとが、直列に接続された形になる。
【0070】
従来の用途では、水晶振動子30の共振時のインピーダンスを利用した例はほとんどなかった。これまでは、振動周波数が安定なことに基づいて水晶振動子30か利用されていた。この場合には、電極膜70A,70Bの抵抗値は温度特性に優れており、浮遊容量が小さく、表皮効果の影響も少ないため、極めて高い周波数領域でも使用に耐える性能を有しているため、問題にならなかつた。
【0071】
図13は、上述した抵抗値R1〜R4、r1〜r4、Ra、Rb、ra、rb、R、rの計測値の一例である。ここで、各抵抗値R1〜R4、r1〜r4は、電気抵抗値(Ω)=体積抵抗率(μ・Ω・cm)×[電極膜の長さ(m)/電極膜の断面積(mm
2)]×0.01で計算される。ここで、
図2に示す水晶振動子30の腕部32A,32Bの長さLaは2.7mmとし、腕部32A,32Bの矩形断面部の幅W=0.365mm、厚さt=0.13mmとした。
【0072】
また、第1および第2電極パターン70A,70B(電極膜)は、
図3に示すように第1電極膜(例えばCr)と第2電極膜(例えばAu)の二層とした。第1電極膜Crは、水晶振動子30と第2電極膜Auとの密着層として機能する。
【0073】
第1電極膜Crは、第1および第2主面32A1,32A3,32B1,32B3では50Åの膜厚、第1および第2側面32A2,32A4,32B2,32B4では10Åの膜厚にて形成し、第2電極膜Auは、第1および第2主面32A1,32A3,32B1,32B3では200Åの膜厚、第1および第2側面32A2,32A4,32B2,32B4では40Åの膜厚にて形成されていると仮定した。主面に比べて側面では電極膜を形成し難く、側面での膜厚が主面よりも薄くなる理由は後述する。電極膜70A,70の電気抵抗値の計算に用いられる第1電極膜Crおよび第2電極膜Auの長さと断面積は
図13に示す通りである。また、温度0℃での第1電極膜Crの体積抵抗率は12.7(μ・Ω・cm)であり、温度0℃での第2電極膜Auの体積抵抗率は2.05(μ・Ω・cm)である。
【0074】
上述した計算式により算出される側面合成抵抗値R、主面合成抵抗rは、
図13からR+r=10.4+0.62=11.02kΩとなる。別途計測される水晶振動子30の固有共振インピーダンスZ
0(=R+r+Rs)を約15kΩとすると、Rs=Z
0−(R+r)=3.76kΩとなる。よって、側面合成抵抗値Rおよび主面合成抵抗値rは水晶振動子30の等価直列抵抗Rsに対して無視できるものではなく、水晶振動子30自体の固有共振インピーダンスZ
0に大きく影響することが分かる。
【0075】
図14は、第1および第2側面32A2,32A4,32B2,32B4での第1電極膜Crの膜厚を、10Åと30Åとの2種類とした例を示す。膜厚10Åの第1電極膜Crのみでは、
図14に示す値からR+r=10.6kΩ、膜厚30Åの第1電極膜Crのみでは、
図14に示す値からR+r=3.98kΩとなる。
図13と同じ第2電極膜Auを含めた全体の電気抵抗値(R+r)は、11.02kΩ(10Åのとき)、または4.52kΩ(30Åのとき)となる。よって、Rs=Z
0−(R+r)により求まる水晶振動子30の等価直列抵抗Rsは、水晶振動子30の固有共振インピーダンスZ
0(=R+r+Rs)が共に約15kΩであると仮定すると、Rs=3.75kΩ(10Åのとき)またはRs=10.48kΩ(30Åのとき)の値をとることになる。しかし、同じ水晶振動子30の等価直列抵抗Rsが、電極膜の厚さによって大きく変わることは考えられないので、側面での電極膜を10Åから30Åと厚く形成することで、水晶振動子30の固有共振インピーダンスの最小値Z
0は低下することが分かる。
【0076】
以上のことから、固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)の温度特性は、水晶振動子30の等価直列抵抗Rsの温度特性だけではなく、電極膜70A,70Bの側面合成抵抗値Rおよび主面合成抵抗値rの温度特性を反映していることになる。
【0077】
ところで、側面の薄い電極膜の抵抗値は、半導体と同じように温度係数(ppm/℃)が負(温度と抵抗値は反比例)となり、主面の厚い電極膜の抵抗値は、電極膜の構成素材である金属と同じく温度係数が正(温度と抵抗値は正比例)となる。よって、側面合成抵抗値Rおよび主面合成抵抗値rを含む
図12(D)の等価回路の温度特性が、
図8に示す特性となる理由は、次の通りと推測される。つまり、
図8に示す温度T
Pより低い温度領域での負の温度係数T1は、側面合成抵抗Rの負の温度係数に依存し、
図8に示す温度T
Pより高い温度領域での正の温度係数T2は、主面合成抵抗rの正の温度係数に依存すると推定される。そして、
図8に示す温度特性は、側面合成抵抗Rおよび主面合成抵抗rを含む
図12(D)の等価回路が持つ、正負の温度特性の合成であると推測される。
【0078】
2.3.薄膜の抵抗値
図3に示す第1および第2の電極パターン(電極膜)70A,70Bの成膜過程は次の通りである。先ず、水晶基板にぶつかる原子のうち、一部ははね返ってしまい、多くは基板面やその近くにとどまる。次に、基板に定着した原子、または基板近くにある原子は、気体または液体の状態でとどまる。その後、金属粒子の厚さが例えば5nm(原子の直径の約10倍)になると、金属粒子が点状に散在する。さらにその後、点と点とが接触し合って成長して、金属粒子の厚さが例えば8nmで島が現れる。金属粒子の厚さが11〜15nmになると、島と島の間に海峡を残すように、島が徐々に大きく成長する。金属粒子の厚さが例えば19nmになると、島と島との間の海峡が湖や穴のように小さくなる。金属粒子の厚さが例えば20〜22nmになると、金属粒子が基板面を覆って薄膜となる。
【0079】
以上のことから、特に成膜が困難な第1および第2の側面32A2,32A4,32B2,32B4に形成される電極膜70A,70Bは、島状の金属粒子のままでは抵抗値が大きくなり、好ましくない。電極膜70A,70Bの膜厚が電子の平均自由工程よりも小さい場合(<10nm)は、電子は島伝いに飛び飛びに流れるため、電気抵抗が高くなるからである。
【0080】
電極膜70A,70Bの膜厚が電子の平均自由工程よりも大きい場合は、電気抵抗が低くなる。ただし、ある程度(例えば50nm)以上に膜厚を厚くすると、抵抗は低くならない。また、電極膜70A,70Bの電気伝導はバルクよりも良くなることはない。バルクよりも密度が低く内部欠陥多いため。
【0081】
電極膜70A,70Bの形成には、スバッタや蒸着等の成膜工程を適用できる。スパッタの方が蒸着よりも一般的に、電極膜70A,70Bの電気抵抗が小さい。スパッタの方が初期の核密度が大きいためである。
【0082】
バルクの金属は温度が高くなると抵抗が高くなるが、島状の金属粒子群のように非常に薄い薄膜の場合には、温度が高い方ほど抵抗が低い(
図8に示す負の温度係数T1)。温度が高い方が化学的に活性で、亜酸化などの反応によって、半導体に近い性質示すためと考えられている。島と島を電子が飛ぶにはより活性な方がいいからである。電極膜70A,70Bの膜厚が厚くなると、バルクの金属と同じく抵抗温度係数が正となる(
図8に示す正の温度係数T2)。
【0083】
以上のことから、第1および第2の側面32A2,32A4,32B2,32B4に形成される電極膜70A,70Bは、島状の金属粒子群でなく薄膜として確保されるために、膜厚が20nm以上とすることが好ましい。それにより、上述した理由から、
図8中の負の温度係数T1は、温度勾配が小さくなるか、または正の温度係数に変更することができ、しかも電極膜を有する振動子30の固有共振インピーダンスの最小値Z
0をより小さくすることが可能となる。ただし、第1および第2の側面32A2,32A4,32B2,32B4に形成される電極膜70A,70Bの膜厚をある程度以上厚くすると抵抗値は下がらないので、膜厚は40nm以下が好ましい。それにより、成膜時間を短縮できる。同様の理由により、第1および第2の主面32A1,32A3,32B1,32B2に形成される電極膜70A,70Bは、膜厚は80nm未満とすることができる。こうすると、電極膜中の内部歪の増大を防止でき、音叉型水晶振動子の特性を不安定にする要因となる内部応力を低減できるが、振動子を安定に発振させる電極膜として通常300Å程度の膜厚が選ばれている。
【0084】
2.4.電極膜(薄膜)の抵抗特性と熱処理との関係
一般に、薄膜の構造欠陥の要因として、空孔、格子間原子、各種の転移、積層欠陥、不純物(異種原子・分子)が知られている。これらの構造欠陥に起因する抵抗成分は、温度に依存しない。薄膜への不純物効果としては、薄膜を形成するときの雰囲気ガスが、薄膜の応力に影響を与える。薄膜への残留ガスの効果としては、薄膜での圧縮応力の発生に関係し、薄膜中に残留ガスが多いほど大きな圧縮応力が発生する。
【0085】
図15は、水晶振動子30の固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)を改善する要因を示している。
図15に示すように、水晶振動子30の固有共振インピーダンスの最小値Z
0は、薄膜である電極膜70A,70Bの構造欠陥に起因すると考えられる。一方、水晶振動子30の固有共振インピーダンスのうちのΔZ
T成分は、不純物効果に起因すると考えられる。この点は、以下の実験により立証された。
【0086】
構造欠陥(空孔・格子間原子・各種の転移等)及び薄膜を形成するときの雰囲気ガスによる圧縮応力は、成膜時の温度よりも高い温度、例えば薄膜金属の再結晶化温度以上の焼鈍しによって減少できる。この点については後述する。
【0087】
図16は、電極膜70A,70Bを高真空(<10
−3Pa)下にて焼鈍し(300℃、1時間)して得られた水晶振動子30の固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)の特性を示す。
図17は、電極膜70A,70Bを高真空(<10
2Pa)下にて焼鈍し(300℃、1時間)して得られた水晶振動子30の固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)の特性を示す。
【0088】
図16では、固有共振インピーダンス(Z
0+ΔZ
T)の温度特性は、15℃付近での最小でのインピーダンス値Z
0が焼鈍し前ではZ
01=15.5kΩであったのに対して、焼鈍し後ではZ
02=12.5kΩに低下している。加えて、高真空下での焼鈍し後では、抵抗値の温度係数も小さい値に変化していることが判る。これは、高真空下での薄膜の焼鈍によって、電極膜70A,70Bの構造欠陥が除去され、高真空処理によって、不純物による圧縮応力が減少した効果が現われているからである。
【0089】
これに対して
図17では、T
P1=15℃付近での最小でのインピーダンス値Z
01からT
P2=−15℃付近での最小値Z
02へと約3kΩ低下した点は
図16と同様であるが、抵抗値の温度係数は、低温側、高温側ともに大きくなっている。この現象は、300℃の熱処理によって電極薄70A,70Bの構造欠陥は除去されるものの、高真空下での処理とは逆に、成膜時よりも処理圧力が高いため、電極膜70A,70Bに不純物が取り込まれていることによるものである。
【0090】
2.5.固有共振インピーダンスの電気雑音と熱処理との関係
図18(A)〜
図18(C)は、水晶振動子30の固有共振インピーダンスの3つのタイプの電気雑音を示している。
図18(A)〜
図18(C)はいずれも、水晶振動子30を1.0×10Pa以下に減圧されたケースに封入して、各種電気雑音を計測した結果である。
図18(A)は、出力電圧VDCの瞬時最大変化ΔVSを示している。
図18(B)は、出力電圧VDCの4分内最大変化ΔV4を示している。
図18(C)は、室温変化より変動が大きい数℃の温度変化ΔTに対する出力電圧VDCの最大変化ΔVを示している。
【0091】
薄膜である電極膜70A,70Bには、薄膜中に含まれる空孔、格子間原子、各種の転位、積層欠陥、結晶粒界など、結晶に固有のあらゆる欠陥が成膜形成時に導入されるとともに、異種原子・分子が不純物としても混入する。これらの欠陥は、すべての電子の散乱原因となり、欠陥の消滅の活性化エネルギーの小さい欠陥の消滅の過程が電気的性質の不安定性につながる。蒸着した薄膜に多く含まれるこれらの欠陥は、焼鈍しにより除去され、電気的特性が向上することが知られている。
【0092】
水晶振動子30として、焼鈍し前後のサンプルを各100ずつ用意して、
図18(A)〜
図18(C)に示す3つのタイプの電気雑音を評価してみた。
図18(A)〜
図18(C)にて定義された電気雑音ΔVs、ΔV4、ΔVは、焼鈍しの熱処理前には、ノイズ値が大きく、広いばらつき分布を示した。しかし、焼鈍しの熱処理後はノイズ値が小さく、かつ多くの振動子30の特性が揃っていることが判った。この結果、固有共振インピーダンスの電気雑音、電極膜の熱処理によって大きく改善され、電極薄膜が固有共振インピーダンス値に大きく影響していることを示している。
【0093】
ここで、
図18(A)は、室温変化に対して、出力電圧VDCの瞬時最大変化電圧ΔVsが3.5mVであることを示している。そうすると、出力電圧V
DCは7.5Vであり、瞬時最大変化電圧ΔVsによる誤差は約0.5%となる。
【0094】
しかし、1×10
-2Pa等のより高真空の圧力において、電気雑音による誤差を1%以下にするには、1.5×10
-5V以下の電気雑音に抑えることが必要である。
【0095】
従来、瞬時最大変化電圧ΔVsは最も良い数値で、2×10
-4Vが得られている。ただし、水晶摩擦圧力計1の圧力測定範囲の下限を拡大するには、電極薄70A,70Bの低雑音化が重要である。後述する本実施形態の成膜装置によって電極膜70A,70Bを成膜すると、低雑音化が期待できるので、瞬時最大変化電圧ΔVsを1.5×10
-5V以下が達成できれば、1×10
-2Paの高真空測定帯域でも1%以下の測定精度が可能となる。
【0096】
3.電極膜の成膜方法および成膜装置
3.1.水晶振動子の製造方法の概要
図19(A)〜
図19(H)は、水晶振動子30の製造方法の概要を模式的に示し、各膜の膜厚の大小関係については考慮されていない。
図19(A)は、表面100Aおよび裏面1100Bを有する水晶基板100の洗浄工程を示している。なお、
図19(A)〜
図19(H)は、水晶基板100のうち振動子30の一つ分の領域のみを示しているが、実際には一枚の水晶基板100に多数個の振動子30が形成される。
【0097】
図19(B)は、水晶基板100の表面100A及び裏面100B上にレジスト膜102を形成する工程を示している。レジスト膜102は、露光され、現像されてパターニングされる。
【0098】
パターニングされたレジスト膜102Aをマスクとして、
図19(C)に示すように水晶基板100がエッチングされ、音叉型水晶振動子30の輪郭形状が形成される。
図19(C)には、音叉型水晶振動子30の素子部である2つの腕部32A,32Bが示されている。
【0099】
図19(D)は、2本の腕部32A,32Bの矩形断面部の全面32A1〜32A4および32B1〜32B4(
図3参照)に例えば第1電極膜104(Cr)と第2電極膜105(Au)を形成する工程を示している。
図19(D)に示す工程の詳細については後述する。
【0100】
図19(E)は、第2電極膜105の全面にレジスト膜106を形成する工程を示している。レジスト膜106は、露光され、現像されてパターニングされてマスク106A(
図19(F)参照)となる。
【0101】
図19(F)は、マスク106Aで覆われた領域を除いて、第1および第2電極膜104,105の異方性エッチング工程を示している。これにより、
図3に示す第1および第2の電極パターン70A,70Bが形成される。そして、
図19(G)に示すように、マスク106Aを剥離することで、
図3に示す音叉型振動子30が形成される。ここで、
図19(D)の全面電極成膜工程は真空チャンバー内での超真空中で実施される。従って、従来のように第1および第2の電極パターン70A,70Bを形成する途中で大気と真空とに交互に基板100を出し入れすることで生ずる不純物の混入や酸化膜の形成等を、全く無視することができる。なお、図示していないが、上述した通り、第1および第2の電極パターン70A,70Bは焼鈍し等により熱処理される。第1および第2の電極パターン70A,70Bの熱処理は、後述する通り、
図19(D)での成膜工程後に同一真空チャンバー内にて実施することができる。
【0102】
図19(H)は、追加的に実施される工程として、振動子30を絶縁膜107例えばSiO
2でコーティングする工程を示している。ここで、第1および第2の電極パターン70A,70Bを構成する二層電極膜(Au/Cr)のサイド側は、電極エッチングの過程で、クロムCrが露出する。このため、時間の経過と共にクロムCrの酸化が進行する。振動子30を絶縁膜107例えばSiO
2でコーティングすることで、振動子30の信頼性を高めることができる。また、絶縁膜例えばSiO
2は緻密な膜を形成する。このため、絶縁膜107例えばSiO
2は、振動子30および電極膜70A,70B内部からの異種原子の拡散を抑えるバリア層の役割も果たすことができる。なお、
図19(H)の工程は、水晶基板100上にて音叉型水晶振動子30が完成された後に、水晶基板100から音叉型水晶振動子30を切り離した後であって、かつ、音叉型水晶振動子30をハーメチック端子に半田によって接合した後に実施されることが望ましい。それにより、半田部も、絶縁膜107でコーティングすることができ、耐食性を向上できる。
【0103】
3.2.電極膜の成膜装置(蒸着装置)の概要
図19(E)にて電極膜104,105を形成するには、スパッタ法または蒸着法を用いることができる。スパッタ法は、初期の核密度が大きいため電極膜104,105の電気抵抗を小さくでき、高沸点金属や化合物の薄膜形成ができ、基板100がプラズマに曝されるため基板表面を清浄化、活性化できる点で利点がある。ただし、スパッタ法は、蒸着法と比較して、原子に付与されるエネルギーが高い(〜10
1eV)。そのため、薄膜形成の過程で結晶内部に空孔や格子間原子が生成されることがある。これらは、構造欠陥や電気雑音をもたらす。その点、蒸着は、原子に付与されるエネルギーが低く(10
−1〜10
0eV)、構造欠陥や電気雑音を低減できる。また、スパッタ法では、プラズマ中の加速イオンまたは中性化された加速原子が不純物として基板100に捕獲され、さらに表面原子を基板内部に叩き込む。これによりPeening効果が生じ、基板又は電極膜の圧縮残留応力が大きくなる。また、スパッタ法では、不純物の発生が妨げられない。これらの点を比較しても、スパッタ法より蒸着法が優れている。そこで、以下の説明では成膜装置を、蒸着装置の例を挙げて説明する。
【0104】
図20は、蒸着装置400を示している。蒸着装置400は、真空チャンバー401と、真空チャンバー401内に配置された成膜源である蒸着源402と、真空チャンバー401内にて蒸着源402と離間して配置された基板ホルダー403とを有する。
【0105】
真空チャンバー401は、大気−真空置換するロードロックチャンバー(図示せず)をおよびゲートバルブ介して、搬送治具に支持された基板100が搬入出される。
【0106】
真空チャンバー401は、ドライポンプで粗引き後に、ターボポンプで10
−6Paまで高真空引きされる。その後にクライオポンプで排気しながら蒸着時の圧力が
1×10−5Pa以下に維持される。
【0107】
蒸着源402は、第1電極膜104の材料(例えばCr)を蒸発させる第1蒸着源402Aと、第2電極膜105の材料(例えばAu)を蒸発させる第2蒸着源402Bとを有する。
【0108】
基板ホルダー403は、基板100の表面100Aおよび裏面100Bを露出させて(
図20では上向きの裏面100Bのみが示されている)基板100を支持する。このために、基板ホルダー403は基板100の周縁部で表面100Aおよび裏面100Bを挟んで固定することができる。
【0109】
基板ホルダー403はさらに、回転軸404に支持(固定)されている。回転軸404は、軸受け405,405に支持され、真空チャンバー401の外部に設けられた駆動部により回転駆動またはチルト駆動される。
【0110】
基板ホルダー403に支持される基板100と対向して、真空チャンバー401内には、基板100とは非接触にて基板100を加熱して熱処理する加熱部406を有することができる。加熱部406は、抵抗加熱、熱電子発生用フィラメントなどでもよいが、本実施形態では、非接触加熱可能でかつ放出ガスが少ない赤外線ランプにて加熱部406を構成している。加熱部406は、蒸着材料の再結晶化温度を考慮した温度(例えばCr及びAuについて150〜400℃)にて基板100を加熱する。
【0111】
ここで、金属材料の再結晶化温度は融点の約1/3とされており、Crの融点1875℃、Auの融点1063℃から、再結晶化温度はCrで625℃、Auで350℃となる。例えばCr及びAuから成る電極膜70A,70Bが形成される基板100を、成膜中にて再結晶化温度未満の成膜温度例えば150℃に加熱すると、基板表面の水、不純物を除去して基板100と電極膜70A,70Bとの付着力を高めると共に、蒸着された電極膜70A,70Bと基板100との熱膨張率の差により発生する内部応力を低減できる。しかも、再結晶化温度未満の成膜温度で成膜することで、蒸着材料を単原子状態で蒸着させるなどして、蒸着される電極膜の巨視的形状を変化させることがない。加熱部406はさらに、成膜後に、基板100を成膜温度よりも高い温度、例えば再結晶化温度以上の温度例えば350〜400℃にて基板100を加熱して、基板100を熱処理することができる。この熱処理により、電極膜が形成された後に基板100の温度が下がるときに生ずる熱応力、成膜時に生じた薄膜中の構造欠陥および電気雑音を低減できる。加熱部406は、加熱部406を冷却例えば水冷する収容部407内に収容することができる。また、再結晶化温度以上の基板温度で熱処理しても、熱処理時間が短時間であれば巨視的形状を変えることがないと考えられる。
【0112】
収容部407と基板ホルダー403の間には、例えば有底筒状の反射板408と、その例えば底部に設けられるシールド板409と、を設けることができる。反射板408の反射機能により、加熱部406である赤外線を基板100に向けて効率よく集光して照射する。例えば、赤外線ランプ406が点光源であると、楕円形の反射板408の2つの焦点の一方に赤外線ランプ406を、他方に基板100を配置することで、加熱効率を高めることができる。シールド板409のシールド機能により、蒸発材料が赤外線ランプ406等に付着することを防止できる。
【0113】
なお、必要に応じて、蒸着源402と基板ホルダー403との間に設けられるシャッターや、第1,第2蒸着源402A,402B間のクロスコンタミネーションを防止する仕切り板や、膜厚モニター部などを配置することができる。
【0114】
3.3.基板ホルダーによる反転駆動およびチルト駆動
図21(A)(B)は基板100の反転駆動を示している。
図21(A)は、基板100の裏面100Bが上向きとされているので、下向き状態の表面100Aが蒸着源402と向かい合わされている。これにより、表面100Aに第1電極膜104の材料(例えばCr)または第2電極膜105の材料(例えばAu)を蒸着させることができる。
【0115】
なお、基板100の表面100Aに異なる電極膜を積層するために、第1,第2蒸着源402A,402Bをそれぞれ加熱するための加熱源や電子線が切り換えられる。
【0116】
基板100の表面100Aに電極膜が形成されたら、基板ホルダー403は、回転軸404の180度回転により反転駆動される。それにより、基板100の裏面100Bが蒸着源402と向かい合うように配置される。こうして、基板100を基板ホルダー403に保持したまま、真空チャンバー401内にて基板ホルダー403及び基板100を容易に反転させることができる。
【0117】
図22(A)(B)は基板100のチルト駆動を示している。
図22(A)(B)では、基板100の裏面100B側が上向きとされているので、下向き状態の表面100A側が蒸着源402と向かい合わされているが、水平面に対する傾斜角(チルト角)のチルト方向が正負で異なる。
図22(A)の時計回り方向のチルト角を例えば+30°とすると、
図22(B)の反時計回り方向のチルト角は−30°である。
【0118】
図23及び
図24は、
図21(A)に示す正転状態(基板100の表面100Aが下向き)にて実施される第1及び第2成膜工程を示している。
図23は
図22(A)のチルト駆動後の第1成膜工程を示し、
図24は
図22(B)のチルト駆動後の第2成膜工程を示している。
図23および
図24は、
図3の2本の腕32A,32Bの間の空隙33を挟んで対向する第1側面32B2と第2側面32A4の成膜工程を拡大して示している。
【0119】
図23の第1成膜工程では、基板100の表面100A(第1主面32A1,32B1)が蒸着源402と向かい合う。加えて、チルト駆動により腕部32Bの第1側面32B2が斜め下向きとなり、蒸着源402と向かい合う。それにより、上昇する蒸発材料は基板100の表面100A(第1主面32A1,32B1)に蒸着されると共に、空隙33を介して進行して第1側面32B2にも蒸着される。
【0120】
図23の第1成膜工程後の
図24の第2成膜工程でも、基板100の表面100A(第1主面32A1,32B1)が蒸着源402と向かい合う。加えて、チルト駆動により腕部32Aの第2側面32A4が斜め下向きとなり、蒸着源402と向かい合う。それにより、上昇する蒸発材料は基板100の表面100A(第1主面32A1,32B1)に蒸着されると共に、空隙33を介して進行して第2側面32A4にも蒸着される。このとき、
図3に示すチルト駆動により、第1側面32Bの上端と第2側面32A4の下端とを実質的に同一鉛直線上に位置させると、蒸着材料が空隙33を介して基板100の上方に通り抜けてしまうことを低減できる。
【0121】
図23の第1成膜工程後の
図24の第2成膜工程でも、基板100の表面100A(第1主面32A1,32B1)が蒸着源402と向かい合う。加えて、チルト駆動により腕部32Aの第2側面32A4が斜め下向きとなり、蒸着源402と向かい合う。それにより、上昇する蒸発材料は基板100の表面100A(第1主面32A1,32B1)に蒸着されると共に、空隙33を介して進行して第2側面32A4にも蒸着される。
【0122】
図25及び
図26は、
図21(B)に示す反転状態(基板100の裏面100Bが下向き)にて実施される第3及び第4成膜工程を示している。
図25は例えば
図24の状態から180度反転された反転駆動後の第3成膜工程を示し、
図26は
図25の状態からチルト駆動後の第4成膜工程を示している。
【0123】
図25の第3成膜工程では、基板100の裏面100B(第2主面32A3,32B3)が蒸着源402と向かい合う。加えて、チルト駆動により腕部32Bの第1側面32B2が斜め下向きとなり、蒸着源402と向かい合う。それにより、上昇する蒸発材料は基板100の裏面100B(第2主面32A3,32B3)に蒸着されると共に、空隙33を介して進行して第1側面32B2にも蒸着される。
【0124】
図25の第3成膜工程後の
図26の第4成膜工程でも、基板100の裏面100B(第3主面32A3,32B3)が蒸着源402と向かい合う。加えて、チルト駆動により腕部32Aの第2側面32A4が斜め下向きとなり、蒸着源402と向かい合う。それにより、上昇する蒸発材料は基板100の裏面100B(第3主面32A3,32B3)に蒸着されると共に、空隙33を介して進行して第2側面32A4にも蒸着される。
【0125】
なお、第1〜第4成膜工程の順序は適宜変更して実施できる。第2成膜工程が第1成膜工程の後であり、第4成膜工程が第3成膜工程の後であり、第3成膜工程は第1成膜工程または第2成膜工程の後に実施できる。よって、第1、第3、第2、第4成膜工程の順序や、第1、第3、第2、第4成膜工程の順序であってもよい。
【0126】
ここで、第1〜第4成膜工程の各々において、主面32A1,32A3,32B1,32B3に蒸着される電極膜104の膜厚をt11と定義し、側面32A2,32A4,32B2,32B4に蒸着される電極膜104の膜厚をt21と定義する。第1〜第4成膜工程の各々において、主面32A1,32A3,32B1,32B3と、側面32A2,32A4,32B2,32B4とには、それぞれ2回ずつ蒸着が実施される。よって、主面32A1,32A3,32B1,32B3の電極膜104の最終膜厚をt12とし、側面32A2,32A4,32B2,32B4の電極膜104の最終膜厚をt22とすると、第1〜第4成膜工程の時間が等しい場合、t12=2×t11、t22=2×t21となる。
【0127】
また、
図23〜
図26から明らかなように、第1側面32B2および第2側面32A4では、蒸着材料の入射角度が第1,第2主面よりも浅く、蒸着効率は悪い。このことが、2本の腕部32A,32Bの第1,第2側面32A2,32A4,32B2,32B4への電極膜の膜厚t22が、2本の腕部32A,32Bの第1,第2主面32A1,32A3,32B1,32B3への電極膜の膜厚t12よりも薄くなる理由である。ただし、側面32A2,32A4,32B2,32B4とには、それぞれ2回ずつ蒸着が実施されることから、2本の腕部32A,32Bの第1,第2側面32A2,32A4,32B2,32B4への第1電極膜104(Cr)は、連続膜となる20〜40nmの膜厚が確保される。
【0128】
上述した第1〜第4成膜工程は、
図20に示す真空チャンバー401内に基板100を配置したまま実施することができる。よって、成膜途中で基板100が大気と接触して電極膜上に自然酸化膜が形成されることがない。また、
図19に示すように第1,第2電極膜104,105を成膜する場合には、第1蒸着源402Aを用いて第1電極膜104を第1〜第4成膜工程にて成膜し、第2蒸着源402Bに切り換えた後に、第2電極膜105を第1〜第4成膜工程にて成膜することができる。この場合にも、
図20に示す真空チャンバー401内に基板100を配置したまま第1,第2電極膜104,105を成膜することができる。よって、第1,第2電極膜104,105を成膜する途中で基板100が大気と接触して、第1,第2電極膜104,105間に電極膜上に自然酸化膜が形成されることがない。
【0129】
第1〜第4成膜工程の各々では、第1蒸着源402Aと第2蒸着源402Bとを同時に用いて、第1電極膜104と第2電極膜105との拡散合金化電極膜を形成しても良い。それにより、第1,第2電極膜104,105の成膜時間を大幅に短縮できる。上述の通り第1蒸着源402Aと第2蒸着源402Bとを切り換えても、熱処理により拡散合金化が可能であるが、同時蒸着によって基板温度が低い条件で拡散合金化することができる。また、この場合にも第1,第2電極膜104,105間の酸化膜の形成を無視できる。
【0130】
3.4.蒸着装置での圧力と蒸着速度
本実施形態では、
図20に示す蒸着源402と基板100との間の距離をLとした時、真空チャンバー401内にて電極膜を蒸着する圧力は、真空チャンバー401内での残留気体分子の平均自由工程がLの1000倍以上となる圧力に設定することができる。
【0131】
ここで、平均自由行程(la)と蒸着時圧力(P)との間には、la=k/Pの関係が成立する。kはガスの種類に依存する定数であり、空気ついてはk=6.78Pa・mmである。蒸着時圧力(P)を1.33×10
−2Paとすれば、平均自由工程laはla=500mmとなる。したがって、普通の真空チャンバーであれば、蒸着時圧力(P)≦1.33×10
−2Paの場合、真空チャンバー内の分子は分子同士の衝突ではなくチャンバー壁との衝突が主となる。
【0132】
図27は、蒸着源402と基板100との間の距離がLの場合の蒸発分子と残留ガス分子との衝突する確率を示す。ただし、残留気体分子の平均自由工程はlaである。
図27から、L=laの時にすでに蒸着分子のほぼ60%が残留気体分子と衝突を起こすことが判る。従って、残留ガスと蒸気分子の衝突確率を非常に小さくするには、L≪laにすることが要求される。本実施形態では、L≪laを満たす条件として、L≦1000×laを採用する。これを満たすためには、蒸着時圧力(P)≦1.33×10
−5Paが成立する。
【0133】
真空チャンバー401内の蒸着時圧力(P)を1.33×10
−5Pa以下にすることにより、
図28に示すように蒸発分子と残留ガス分子との衝突の確率は1/1000以下に低減できる。これにより、真空チャンバー401内の気相中で残留ガスとの反応によって発生する不純物が、薄膜である電極膜中に混入されることを防ぐことができる。
【0134】
真空チャンバー401内の蒸着時圧力(P)を10
−5Paオーダーとするには、蒸着前での真空チャンバー401の到達圧力PuをPu<1×10
−6Paとする必要がある。Jまた、空チャンバー401内の蒸着時での酸素分圧P
O2は、P
O2<1×10
−6Paとすることが好ましい。このように酸素分圧P
O2を低くすると、
図19に示す第1電極膜104(Cr)の成膜後に第1電極膜104上に酸化膜が形成されることを防止できる。それにより、第1電極膜104(Cr)と第2電極膜105(Au)とが、蒸着材料の再結晶化温度未満の基板温度で拡散合金化される。もし、第1電極膜104(Cr)と第2電極膜105(Au)との間に酸化膜が介在すると、拡散合金化させるために再結晶化温度以上に加熱することになる。
【0135】
蒸着時の圧力ついて、別の観点から考察する。残量ガスが293Kの温度の空気であると仮定すると、次式が当てはまる。
【0136】
νL/νD=7.4×103(MDPL/ρak)
ここで、νL: 基板に入射する残留ガス分子の入射
νD: 基板に入射する蒸発分子の入射率
MD: 蒸発分子の質量数
ρ: 蒸着膜の密度
PL: 蒸発時、蒸発容器内残量ガス全圧
aK: 薄膜の成長速度
【0137】
図29は、1.33×10
−3Pa(空気293K)におけるCrとAuの薄膜成長速度と、基板に入射する残留ガス分子の入射率νLと蒸発分子の入射率νDとの比率の関係を表したものである。成長速度akは、実際には1〜100nm/sの範囲内である。従って、圧力が1.33×10
−3Paでは、
図29に示すようにνL/νDは10
−2〜1の範囲となり、残留ガスの混入が影響するのはあきらかである。
【0138】
残留ガス分子の混入を少なくするには、圧力を低くするか、または非常に速い蒸発速度を選ぶ必要がある.基板に蒸着膜が着膜する速さが速ければ欠陥が多く、遅ければ欠陥の少ない膜になることこれまでに判明している。
【0139】
図30は、1×10
-6PaにおけるCrとAuの薄膜成長速度と、基板に入射する残留ガス分子の入射率νLと蒸発分子の入射率νLとの比率の関係を表したものである。
図29と同じくaK=1〜100nm/sの条件下では、νL/νDは8×10
-3〜1×10
-5の範囲となる。このように、真空チャンバー401内の蒸着時の圧力を10
−6Pa台で成膜することによって、
図29に示す成膜条件と比較して1/100以下に残留ガスの混入を抑えることができる。それにより、成膜された電極膜内の構造欠陥、内部応力を軽減できる。
【0140】
Cr,Auが基板100に蒸着される単位面積当たりの蒸着速度は、次式で表される。
Av1=5.85x10-2・Ps√(MD/T)
ここで、Av1: 理想的な条件での単位面積当たりの蒸発速度
Ps : 温度Tにおける飽和蒸気圧
MD : 蒸発分子のグラム分子量
T : 蒸発温度の絶対温度
【0141】
また、飽和蒸気圧Psは、K1,K2をそれぞれ材料の定数として、次式で表される。
【0142】
Ps=K1×e
−K2/T
図31は、Cr、Auの飽和蒸気圧曲線を示す。上式の飽和蒸気圧を用いて蒸着速度Av1が求められ、Cr,Auについての蒸着速度Av1は
図32に示される。実用的には10
−5〜10
−2(g/cm
2・s)の蒸発速度が必要となる。
図32から明らかなように、十分な蒸発速度を得るために、一般に蒸発材料を溶解し溶融表面からCr,Auを蒸発させるには、それぞれ1350〜1600K、1600〜2050Kの温度が必要である。この温度における飽和蒸気圧は、Cr、Auについては
図31から10
−1〜10
1Paとなり、この圧力以下では蒸着は可能である。
【0143】
3.5.音叉型水晶振動子の特性
以上の通り、真空チャンバー401内の蒸着時の圧力を1.33×10
−5Pa以下とし、蒸着時に基板100を加熱することにより、適切な薄膜成長速度で、残留ガス分子(特に酸素)の影響を受けずに、構造欠陥・内部応力の少ない水晶振動子電極薄膜の製膜が可能となる。
【0144】
上述のようにして製造される音叉型水晶振動子30は、
図33に示す固有共振インピーダンス特性を有することができる。従来型の音叉型水晶振動子の固有共振インピーダンスの最小値Z0=12.5kΩ(T
P=15℃)は、本実施形態では電極膜の構造欠陥が低減されてZ0=10.0kΩ(T
P=15℃)まで低下させることができる。また、従来型の音叉型水晶振動子は、温度Tが15℃≦T≦55°範囲で±500ppm/℃温度依存性を有していたのが、本実施形態では電極膜中の不純物を低減することで±50ppm/℃以内に改善することができる。さらに、2つの腕34A,34Bの第1,第2側面34A2,34A4,34B2,34B4での第1電極膜(Cr)を20〜40nmの膜厚の連続膜として形成することで、温度TPよりも低温領域での抵抗値が正の温度係数となり、温度勾配も低減することができる。
【0145】
なお、上記のように本実施形態について詳細に説明したが、本発明の新規事項および効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは当業者には容易に理解できるであろう。従って、このような変形例はすべて本発明の範囲に含まれるものとする。例えば、明細書又は図面において、少なくとも一度、より広義又は同義な異なる用語と共に記載された用語は、明細書又は図面のいかなる箇所においても、その異なる用語に置き換えることができる。
【0146】
例えば、素子の主面と側面とに電極膜を成膜するためのチルト及び反転駆動機構を基板ホルダーに設けた成膜装置は、圧力センサーやタイミングセンサを含む各種用途に用いられる音叉型水晶振動子等の素子の製造にも適用でき、必ずしも蒸着装置に限定されないことは明らかである。
【0147】
また、電極膜を二層積層する場合には、第1電極膜はCrに限らず、他の高融点金属であるNi、Ti、V、Nb、Ta、Hf、Mo、Zrから選択できる。第2電極膜もAuに限らず、高融点金属と密着性の良いAg、Ptなどであって良い。