特許第5941503号(P5941503)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5941503
(24)【登録日】2016年5月27日
(45)【発行日】2016年6月29日
(54)【発明の名称】摺動機械
(51)【国際特許分類】
   C10M 141/12 20060101AFI20160616BHJP
   F16C 33/10 20060101ALI20160616BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20160616BHJP
   F01L 1/04 20060101ALI20160616BHJP
   F01L 1/16 20060101ALI20160616BHJP
   F01L 1/18 20060101ALI20160616BHJP
   C10M 125/02 20060101ALN20160616BHJP
   C10M 125/04 20060101ALN20160616BHJP
   C10M 139/00 20060101ALN20160616BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20160616BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20160616BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20160616BHJP
   C10N 40/04 20060101ALN20160616BHJP
   C10N 40/25 20060101ALN20160616BHJP
【FI】
   C10M141/12
   F16C33/10 Z
   F16C33/12 Z
   F01L1/04 J
   F01L1/16
   F01L1/18 M
   !C10M125/02
   !C10M125/04
   !C10M139/00 Z
   C10N10:12
   C10N30:06
   C10N40:02
   C10N40:04
   C10N40:25
【請求項の数】6
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-143309(P2014-143309)
(22)【出願日】2014年7月11日
(65)【公開番号】特開2016-17174(P2016-17174A)
(43)【公開日】2016年2月1日
【審査請求日】2015年7月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】遠山 護
(72)【発明者】
【氏名】奥山 勝
(72)【発明者】
【氏名】林 圭二
(72)【発明者】
【氏名】池田 直也
【審査官】 中野 孝一
(56)【参考文献】
【文献】 特表2014−510196(JP,A)
【文献】 特開2004−339486(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M101/00−177/00、
F01L1/00−1/32、
F01L1/36−1/46、
F16C17/00−17/26、
F16C33/00−33/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対移動し得る対向した摺動面を有する一対の摺動部材と、
該対向する摺動面間に介在し得る潤滑油と、
を備えた摺動機械であって、
前記摺動面の少なくとも一方は、クロム(Cr)を含む非晶質炭素膜で被覆された被覆面からなり、
前記潤滑油は、モリブデン(Mo)の三核体からなる化学構造を有する油溶性モリブデン化合物を含むことを特徴とする摺動機械。
【請求項2】
前記非晶質炭素膜は、膜全体を100原子%(単に「%」という。)としたときに、1〜49%のCrと、0〜30%の水素(H)と、残部が炭素(C)および不純物とからなる請求項1に記載の摺動機械。
【請求項3】
前記非晶質炭素膜は、Hを3〜28%含む請求項2に記載の摺動機械。
【請求項4】
前記三核体は、MoまたはMoの少なくとも一方からなる請求項1に記載の摺動機械。
【請求項5】
前記潤滑油は、前記油溶性モリブデン化合物を、該潤滑油全体に対するMoの質量割合で5〜800ppm含む請求項1または4に記載の摺動機械。
【請求項6】
前記被覆面は、Biを1次イオンとする飛行時間型2次イオン質量分析法(TOF−SIMS)を用いて最表面を解析した際に、負イオンスペクトルに関して測定される質量数517.4付近に現れる98Moに帰属されるピークのカウント数(A)と、正イオンスペクトルに関して測定される質量数40.0付近に現れる40Caに帰属されるピークのカウント数(B)との比であるカウント数比(A/B)が0.006以上である請求項1〜5のいずれかに記載の摺動機械。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定元素であるクロム(Cr)を含む非晶質炭素膜(Cr−DLC膜)と特定の化学構造を有する油溶性モリブデン化合物を含有した潤滑油との組合わせにより、摺動面間に作用する摩擦係数や摺動抵抗等を顕著に低減できる摺動機械に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの機械は摺接しつつ相対移動する摺動部材を備える。このような摺動部材を有する機械(本明細書では「摺動機械」という。)では、その摺動部分に作用する抵抗力(摺動抵抗)を小さくすることにより、性能が向上すると共に稼動に必要なエネルギーが低減される。このような摺動抵抗の低減は、通常、摺動面間に作用する摩擦係数の低減により達成される。
【0003】
摺動面間に作用する摩擦係数は、摺動面の表面状態と摺動面間の潤滑状態により異なる。このため摩擦係数の低減を図る場合、摺動面の表面改質と摺動面間へ供給する潤滑剤(潤滑油)の改良が検討される。摺動面の表面改質には種々あるが、低摩擦化を図れ耐摩耗性にも優れる非晶質炭素膜(いわゆるダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜)が摺動面に形成されることが多い。また、潤滑剤も摺動機械の種類、使用環境等に応じて種々改良されるが、通常は摩擦低減効果のある添加剤の配合により対応されることが多い。
【0004】
ところが、摩擦低減効果があるとされるDLC膜も、乾式下と湿式下では特性が異なる。しかも湿式下におけるDLC膜の摺動特性は、介在する潤滑油の種類により異なる。そこで、特定のDLC膜と特定の潤滑油を最適に組合わせることが、摩擦係数の低減を図る上で重要となる。これに関連する提案が、例えば下記の特許文献でされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−316686号公報
【特許文献2】WO2005/14763号公報
【特許文献3】特開2011−252073号公報
【特許文献4】特開2004−339486号公報(欧州特許EP1462508B1号公報)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、MoまたはTiを含むDLC膜と、モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)を500ppm含む潤滑油とを組合わせることを提案している。また特許文献2は、金属元素等を含まない一般的なDLC膜と、MoDTC(硫黄含有モリブデン錯体)をMo含有割合で9.9質量%含む潤滑油とを組合わせることを提案している。これらの特許文献で用いられているMoDTCは、周知なエンジンオイルの添加剤であり、Moの二核体からなる。特許文献3は、そのMoDTCに替えて、窒素とモリブデンの質量比(N/Mo)が所定範囲内となる有機モリブデン化合物を含む潤滑剤と、H(20%)含有DLC膜と組合わせることを提案している。
【0007】
特許文献4は、金属元素等を含まない一般的なDLC膜とベースオイルに三核モリブデンジチオカルバメートをMo量で550ppm添加した潤滑油とを組合わせることを提案している。もっとも特許文献4は、その組合わせにより摩擦係数が低減される旨を記載しているに留まり、そのメカニズム等について一切明らかにしていない。また、その組合わせにより得られる摩擦係数は高々0.1程度であり、未だ摩擦係数の低減が不十分である。
【0008】
このようにDLC膜と潤滑油の好適な組合わせにより摩擦係数を低減させる提案が従来よりなされているが、摩擦係数を顕著に低減させるまでには至っていない。また、DLC膜と潤滑油の組合わせにより摩擦係数が変化するメカニズム等についても未だ明確にはされていなかった。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みて為されたものであり、DLC膜と潤滑油の新たな組合わせにより、少なくとも摺動面間における摩擦係数を従来よりも著しく低減できる摺動機械を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、Crを含む非晶質炭素膜と、特定の化学構造を有する油溶性モリブデン化合物を含有した潤滑油との新たな組合わせにより、摺動面間の摩擦係数が著しく低減されることを発見した。しかも、この優れた低摩擦特性は耐摩耗性と両立し得ることもわかった。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《摺動機械》
(1)本発明の摺動機械は、相対移動し得る対向した摺動面を有する一対の摺動部材と、該対向する摺動面間に介在し得る潤滑油と、を備えた摺動機械であって、前記摺動面の少なくとも一方は、クロム(Cr)を含む非晶質炭素膜で被覆された被覆面からなり、前記潤滑油は、モリブデン(Mo)の三核体からなる化学構造を有する油溶性モリブデン化合物を含むことを特徴とする。
【0012】
(2)Crを含む非晶質炭素膜(適宜「Cr−DLC膜」または単に「DLC膜」という。)により被覆された摺動面と、特定の化学構造を有する油溶性モリブデン化合物を含む潤滑油とを組合わせることにより、摺動面間の摩擦係数を大幅に低減した摺動機械が得られる。具体的にいうと、その摩擦係数が0.05以下、0.04以下さらには0.03程度となる超低摩擦特性が発現され得る。この結果、本発明の摺動機械は、摺動抵抗や摩擦損失の大幅な低減が可能となり、運動性能や省エネルギー化等の顕著な向上を図ることが可能となる。しかも本発明に係るCr−DLC膜は、その低摩擦特性と併せて優れた耐摩耗性も発揮し得る。従って本発明の摺動機械は、境界潤滑条件から混合潤滑条件に至る厳しい条件下で長期間運転される駆動系機械(例えばエンジン、変速機)等に特に好適である。
【0013】
(3)本発明に係る特定のDLC膜と潤滑油の組合わせが非常に優れた摩擦低減効果を発現するメカニズムは必ずしも定かではないが、本発明者が鋭意研究したところ、現状では次のように考えられる。
【0014】
本発明に係るDLC膜の場合、Crが存在する部分において、潤滑油中に含まれるMoの三核体からなる油溶性モリブデン化合物(適宜「Mo三核体化合物」または単に「Mo三核体」という。)の吸着反応が促進される。その結果、Mo三核体化合物と競争吸着関係にある他の添加剤またはその構成元素は、摺動面(DLC膜)上における吸着反応が抑制される。
【0015】
例えば、Mo三核体化合物が存在しないと、潤滑油に添加されることが多い過塩基性Caスルホネート等の添加剤は、摺動面に吸着して厚さ(高さ)が5nmを超える反応化合物を偏在的に生成し、その摺動面上に微細な凸部(突起)を形成し得る。このような微細な凸部は境界潤滑下(または混合潤滑下)において摩擦係数を増大させる原因となる。
【0016】
しかし、本発明の摺動機械では、上述したように、Crを含むDLC膜とMo三核体化合物を含む潤滑油が相乗的に作用する結果、他の添加剤が摺動面に吸着反応することが阻害され、摺動面の表面粗さが大きくなる事態が回避される。こうして本発明に係る摺動面は、少なくとも摺動機械が試運転等されて、DLC膜と潤滑油が十分に接触した後であれば、他の添加剤の吸着反応等による微細凸部の形成が殆ど無い超平滑面(例えば表面粗さ(最大高さ)が5nm以下さらには2nm以下)となり得る。このような平滑な摺動面が潤滑油からなる油膜を介在させつつ相対移動することにより、摺動面同士の微細な直接接触が回避され、流体潤滑状態が維持され易くなって、摺動面間の摩擦係数が著しく低下したと考えられる。
【0017】
さらに本発明に係るCr−DLC膜は、通常、摺動部材の基材(例えば鋼材)よりも硬く、かつ摺動相手側の摺動面へも移着しにくい特性がある。またCr−DLC膜は、他の金属元素(W、V、Al等)を含有するDLC膜と異なり、硬質なCrCがマトリックスであるDLC中に微細分散して高硬度となり易い。この結果、本発明の摺動機械は、上述した潤滑油の存在下で、低摩擦特性のみならず高耐摩耗性をも発揮し、優れた摺動特性(低摩擦特性)を長期的に安定して発現し得る。
【0018】
なお、本発明に係るMo三核体化合物は摺動面に吸着反応することにより、Mo、Mo 、Moなどの化学構造を有する硫化モリブデン化合物をその摺動面上に形成し得る。これら硫化モリブデン化合物は、二硫化モリブデン(MoS)と類似した構造を有するため、二硫化モリブデンと同様に、層状構造に基づく低剪断特性も摺動面間で発揮すると推察される。この結果、摺動面同士の直接接触が回避され、境界摩擦係数も低減され得る。このような点も、マクロ的な摩擦係数の低減に寄与していると考えられる。
【0019】
(4)本発明に係るCr−DLC膜は、種々の組成をとり得るが、例えば、膜全体を100原子%(単に「%」という。)としたときに、1〜49%のCrと、0〜30%の水素(H)と、残部が炭素(C)および不純物とからなると好適である。なお、本発明に係るCr−DLC膜は、Crを含む限りHを必ずしも含む必要はなく、Hを実質的に含まないHフリー(H含有量:3%以下さらには2%以下)でもよいし、H含有量が3〜10%さらには5〜8%低水素DLC膜(DLC−低H膜)でもよい。勿論、本発明に係るDLC膜は、適量のH(H含有量:10〜30%さらには15〜28%)を含むものでもよい。
【0020】
(5)本発明に係るMo三核体は、例えば、MoまたはMoからなり、特にMoからなると好適である。本発明に係るMo三核体化合物は、そのような三核体からなる骨格(分子構造)を備える限り、末端に結合している官能基や分子量等は問わない。参考までに、Moからなる硫化モリブデン化合物の一例を図8に示した。図8中のRはヒドロカルビル基である。
【0021】
《その他》
(1)本発明でいう「摺動機械」は、摺動部材と潤滑油を備えれば足り、機械としての完成体に限らず、その一部を構成する機械要素の組合わせ等でもよい。このため本発明の摺動機械は、摺動構造、摺動システム等と換言することもできる。
【0022】
本発明に係るDLC膜による被覆面は、相対移動する対向した摺動部材の少なくとも一方の摺動面に形成されていればよい。勿論、対向する両摺動面ともDLC膜による被覆面となっているとより好ましい。
【0023】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】Mo三核体化合物を含有した潤滑油を用いた場合における各供試材の摩擦係数を示す棒グラフである。
図2】Mo三核体化合物を含有した潤滑油またはそれを含有しない潤滑油を用いた場合における各供試材の摩擦係数を示す棒グラフである。
図3】Mo三核体化合物を含有した潤滑油を用いた場合におけるDLC膜中のCr含有量と摩擦係数の関係を示すグラフである。
図4】Mo三核体化合物を含有した潤滑油を用いて摩擦試験を行った後の摺動面をTOF−SIMSで分析して得られた質量数300〜600付近の陰イオンに着目したスペクトル図である。
図5】そのスペクトル図に基づいて得られた40Ca98Moのカウント数比(A/B)と摩擦係数の関係を示す図である。
図6】各DLC膜の表面硬さを示す棒グラフである。
図7】Mo三核体化合物を含有した潤滑油を用いて摩擦試験を行った後の各供試材の摺動面を示す立体図である。
図8】本発明に係るMo三核体化合物の一例を示す分子構造図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成要素を付加し得る。本明細書で説明する内容は、本発明の摺動機械全体としてのみならず、それを構成する摺動部材や潤滑油にも適宜該当し、また方法的な構成要素であっても物に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0026】
《潤滑油》
本発明に係る潤滑油は、Mo三核体化合物を含むものであれば、基油の種類や他の添加剤の有無等を問わない。通常、エンジンオイル等の潤滑油には、S、P、Zn、Ca、Mg、Na、BaまたはCu等を含む種々の添加剤が含まれる。このような潤滑油中でも、本発明に係るMo三核体化合物は、DLC膜で被覆された摺動面(被覆面)上に優先的に作用し、他の添加元素によって被覆面の表面粗さを劣化させる化合物が吸着反応等により生成されることを抑止する。なお、本発明に係る潤滑油は、Mo三核体化合物以外のMo系化合物(例えばMoDTC、二硫化モリブデン等)を含んでもよいが、Moはレアメタルの一種であり、含有されるMoの合計量は少ないほど好ましい。
【0027】
Mo三核体化合物が過少であると、上記のような効果が発揮され難くなるが、Mo三核体化合物が過多でも問題はない。但し、上述したようにMoの使用量は少ないほど好ましい。そこで本発明に係るMo三核体化合物は、潤滑油全体に対するMoの質量割合で5〜800ppm、10〜500ppm、40〜200ppmさらには60〜100ppmであると好ましい。なお、潤滑油全体に対するMoの質量割合をppmで表すときはppmMoと表記する。ちなみに、Mo三核体化合物以外のMo系化合物等が潤滑油中に含まれる場合でも、潤滑油全体に対するMo総量の上限値は400ppmMoさらには300ppmMoであると好ましい。
【0028】
《摺動部材の摺動面》
本発明に係る摺動部材は、潤滑油を介在させつつ相対移動する摺動面を有するものであれば、その種類、形態、摺動形態等を問わない。本発明の場合、相対移動する対向した一対の摺動面のうち、少なくとも一方にCrを含むDLC膜が被覆されていれば、上述した潤滑油との組合わせにより、摺動面間の摩擦係数が顕著に低下し得る。特に、DLC膜と潤滑油の組成をマッチングさせることにより、本発明の摺動機械は、摺動面間の摩擦係数が0.04以下さらには0.03近傍となるような超低摩擦特性を発揮し得る。
【0029】
このように顕著な低摩擦特性が発揮される理由として、Mo三核体化合物を含む潤滑油が存在する状況で、Cr−DLC膜で被覆された摺動面(被覆面)が対向する摺動面と摺接することにより、その被覆面の表面形状(表面粗さ)が非常に平滑な状態になることが挙げられる。この被覆面の平滑度合は、DLC膜や潤滑油の種類、摺動条件等により変化し得るが、例えば、1μm×1μmの方形状の測定領域について原子間力顕微鏡を用いて摺動方向に対して垂直方向へ走査して測定した際の表面粗さが最大高さ(Rmax)で、8nm以下、5nm以下さらには2nm以下ともなり得る。さらに本発明に係る被覆面は、その測定領域を10μm×10μmに拡張しても、Rmaxが上記の範囲内ともなり得る。
【0030】
このような顕著な平滑面が形成される理由として、上述したように、潤滑油中に含まれるMo三核体化合物が、被覆面上の表面粗さを劣化させる化合物の生成を阻害することが挙げられる。このような化合物を生成する添加元素として、例えば、エンジンオイルの清浄剤等に多く含まれるCaがある。このCaとMo三核体を構成する代表的な化学構造をもつMoとが被覆面上に存在する割合(存在比率)を調査したところ、摺動面間の摩擦係数と相関があることも明らかとなった。具体的にいうと、本発明に係る被覆面が、Biを1次イオンとする飛行時間型2次イオン質量分析法(TOF−SIMS)を用いて最表面を解析した際に、負イオンスペクトルに関して測定される質量数517.4付近に現れる98Moに帰属されるピークのカウント数(A)と、正イオンスペクトルに関して測定される質量数40.0付近に現れる40Caに帰属されるピークのカウント数(B)との比であるカウント数比(A/B)が0.006以上さらには0.01以上であるときに、優れた低摩擦特性が発揮され得ることがわかった。
【0031】
従って、本発明に係る摺動面がCr−DLC膜で被覆されていることを前提に、本発明に係る潤滑油はCaの含有量が少なく、Mo三核体化合物(特にMoからなるMo化合物)が多いほど、摺動面間の低摩擦係数化を図り易いといえる。但し、被覆面の表面粗さを劣化させ得る添加元素の含有量が少ないなら、それに応じてMo三核体化合物の含有量を所定範囲内で低減してもよい。
【0032】
《DLC膜》
(1)組成
本発明に係るCr−DLC膜は、上述したように、膜全体を100原子%としたときに、合計で1〜49%さらには3〜29%となるCrを含むと好ましい。Crが過少ではMo三核体化合物との相互作用が十分に機能せず、Crが過多では良好なDLC膜の形成が困難となり得る。
【0033】
また、Hを実質的に含まないHフリ−Cr−DLC膜やHの含有量が少ない低水素Cr−DLC膜も、低摩擦性と耐摩耗性の両特定を高次元で発揮し得るが、膜中のH量が増加するにつれて、低摩擦特性がさらに向上し得る。そこで本発明に係るCr−DLC膜は、膜全体を100原子%としたときに0〜30%(下限値は0%超、0.1%さらには1%)、6〜28%、さらには10〜26%のHを含有すると好ましい。但し、Hが過多になると、DLC膜が過度に軟質になり、その耐摩耗性が低下し得る。
【0034】
本発明に係るDLC膜は、上述した元素以外に、その摺動特性等を改善する改質元素や不可避不純物を含み得る。このような元素として、B、O、Ti、V、Mo、Al、Mn、Si、Cr、W、Ni等がある。これら元素の含有量は問わないが、DLC膜中における合計量が8原子%未満さらには4原子%未満であると好ましい。なお、DLC膜の組成は、厚さ方向に関して、均質的でも、多少変化していても、さらには傾斜的でもよい。
【0035】
(2)構造・特性
本発明に係るCr−DLC膜は、従来のDLC膜と同様にアモルファス構造からなるが、それのみならず、無配向性組織からなると、より好ましい。
【0036】
DLC膜が形成される基材(または摺動部材の基材)は問わないが、DLC膜は基材よりも硬質であり、基材よりも弾性率が小さいと好ましい。これにより本発明に係る被覆面の耐摩耗性、靱性または耐衝撃性等の向上を図り得る。例えば、本発明に係るDLC膜は、硬さが15〜35GPaさらには17〜30GPaであると好ましい。硬さが過小では耐摩耗性が低下し、硬さが過大ではDLC膜の割れ等を生じ易くなる。またDLC膜の弾性率も同様な観点から、例えば100〜200GPaさらには130〜170GPaであると好ましい。
【0037】
(3)成膜方法
DLC膜の成膜方法は問わないが、例えばスパッタリング法、特にアンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法によると、緻密なDLC膜が効率的に形成されて好ましい。
【0038】
DLC膜の成膜前に、チャンバー内を10−5Pa以下まで真空排気(予備排気)するか、チャンバー内に水素ガスを導入して、成膜前のチャンバー内に残存する酸素および水分を除去すると好ましい。水素ガスの導入量は、DLC膜中のH量に応じて調整するとよい。
【0039】
スパッタガスは、例えば、アルゴン(Ar)ガス、ヘリウム(He)ガス、窒素(N)ガスなどの希ガスの一種以上を用いることができる。Hを含有した反応ガスとして、メタン(CH)、アセチレン(C)、ベンゼン(C)などの炭化水素系ガスの一種以上を用いることができる。
【0040】
ガスの流量は、例えば、希ガス:200〜500sccm、炭化水素ガス:10〜25sccmとするとよい。これらに加えて、Hガス:1〜25sccmを導入して、膜中のOや不純物の混入を低減させてもよい。なお、単位:sccmは、大気圧(1013hPa)の室温における流量である。
【0041】
DLC膜の成膜温度は150〜300℃であると、炭化物の生成を抑制できて好ましい。なお、成膜温度は、成膜中の基材の表面温度であり、熱電対または放熱温度計により測定され得る。
【0042】
この他、ガス圧は0.5〜1.5Pa、ターゲット(Cターゲット、Crターゲット)に印可する電力は1kW〜3kW、基材(摺動面)近傍の磁場の強度は6〜10mTとしてスパッタリングを行うと好ましい。さらには基材へ50〜2000Vの負のバイアス電圧を印加してもよい。
【0043】
スパッタリング法の他、アークイオンプレーティング(AIP)法によりDLC膜を成膜してもよい。AIP法は、真空中でアーク放電を生じさせ、各ターゲットから蒸発させたCおよびCr等を、反応容器内の処理ガスと反応させて、基材の表面にDLC膜を形成する方法である。
【0044】
《用途》
本発明の摺動機械は、その具体的な形態や用途を問わず、多種多様な機械や装置等へ幅広く適用できる。特に本発明の摺動機械は、摺動面間の摩擦係数が非常に小さくなる超低摩擦特性を発現するため、摺動抵抗の低減や摺動による機械損失の低減が厳しく要求される機械等に好適である。例えば、自動車等に搭載されるエンジンや変速機等の駆動系ユニット、それらの一部を構成する摺動体などに本発明の摺動機械は好適である。ここでいう摺動体は、軸と軸受、ピストンとライナー、噛合する歯車、ポンプ等である。また、このような摺動体を構成する摺動部材は、例えば、動弁系を構成するカム、バルブリフタ、フォロワ、シム、バルブ、バルブガイド等、その他、ピストン、ピストンリング、ピストンピン、クランクシャフト、歯車、ロータ、ロータハウジング等である。
【実施例】
【0045】
《概要》
ドープする金属元素(ドープ元素)またはその含有量が異なるDLC膜で被覆された種々の供試材(摺動部材)と、Mo三核体化合物(油溶性モリブデン化合物)を含有した潤滑油(「潤滑油A」という。)またはそれを含有しない潤滑油(「潤滑油B」という。)と組合わせてブロックオンリング摩擦試験を行った。この試験結果に基づいて、本発明をより具体的に説明する。
【0046】
《試料の製造》
(1)基材
焼入れ処理した鋼材(JIS SUS440C)からなるブロック状(6.3mm×15.7mm×10.1mm)の基材を複数用意した。各基材の表面(DLC膜の被覆面)は鏡面仕上げ(表面粗さRa:0.08μm)した。
【0047】
DLC膜を被膜しない比較試料(表1の試料C1)として、浸炭処理しただけの鋼材(JIS SCM420)も用意した。その浸炭面(硬さHV600)も同様な表面粗さに鏡面仕上げした。
【0048】
(2)DLC膜の成膜
上記の各基材表面に、表1に示すようにドープ元素またはH含有量の異なるDLC膜を成膜した供試材(試料10〜15)と、表2に示すようにCr含有量の異なるDLC膜を成膜した供試材(試料20〜24)を用意した。
【0049】
(i)ドープ元素を含有したDLC膜の成膜は、アンバランスドマグネトロンスパッタリング装置(株式会社神戸製鋼所製UBMS504)を用いて行った。具体的には次の通りである。先ず、DLC膜の形成前に、その密着性を確保するため、鏡面仕上げした基材表面にCr系中間層を形成した。この中間層は、上記のスパッタリング装置内を1×10−5Paまで排気した後、基材表面に対向配置した純クロムターゲットをArガスでスパッタし、これに続けてCHガスを装置内へ導入して形成した。この中間層の厚さは約0.5μm以上あった。なお、各試料に係る基材表面とターゲット表面との距離は100〜800mmの範囲内で調整した。なお、本明細書でいう膜厚は、CMS社製Calotestにより得られた摩耗痕から特定した(以下同様)。
【0050】
次に、その基材表面に対向配置した各種のドープターゲット(ドープ元素(Cr、Al、WまたはV)の純金属)およびグラファイトターゲットをArガスでスパッタリングした。これに続けてArガスおよびCHガス(炭化水素系ガス)を装置内へ導入した。この際、スパッタ出力または各ガスの導入量を適宜変更して、所望組成のDLC膜を成膜した。こうして、上述した中間層上に、各種のDLC膜(膜厚:1〜1.5μm)が成膜された供試材を得た。なお、CH /Arのガス流量比(体積比率)を5%程度としたときに、硬質なCr−DLC膜が形成された。
【0051】
(ii)ドープ元素を含有せず、H含有量の多いDLC膜(試料11または試料20)は、ドープターゲットをCに変更し、CHガスを導入して成膜した。またHフリーDLC膜(試料10)は、特開2004−115826号公報等に記載されているアークイオンプレーティング法(カソードアーク法)により形成した。
【0052】
《試料の測定》
(1)膜組成
各DLC膜の膜組成は次のように測定した。膜中のドープ元素は、電子プローブ微小部分析法(EPMA)により定量した。Hは、弾性反跳粒子検出法(ERDA)により定量した。ERDAは、2MeVのヘリウムイオンビームを膜表面に照射して、その膜からはじき出される水素を半導体検出器により検出して水素濃度を測定する方法である。こうして得られた各DLC膜の組成を表1および表2に併せて示した。
【0053】
(2)膜構造
透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、各DLC膜の厚さ方向の断面中央部へ電子線を照射して電子線回折像を得た。各電子線回折像から、ハローパターンが観察されており、各DLC膜はアモルファス構造であることが確認された。
【0054】
(3)表面硬さおよび表面粗さ
各DLC膜の表面硬さは、ナノインデンター試験機(株式会社東陽テクニカ製MTS)による測定値から求めた。また、本明細書でいう各供試材の表面粗さは、特に断らない限り、白色干渉法非接触表面形状測定機(Zygo社製NewView5022)により測定した。こうして得られた各DLC膜の膜特性を表1および表2に併せて示した。
【0055】
《潤滑油》
摩擦試験に用いる潤滑油として表3に示す2種類のエンジンオイルを用意した。潤滑油Aは、粘度グレード0W−20でILSAC GF−5規格に相当するエンジンオイル(トヨタ自動車株式会社製モーターオイルSN 0W−20)をベースに、Infineum社の公開資料「Molybdenum Additive Technology for Engine Oil Applications」にて“Trinuclear”と記されたMo三核体化合物(適宜、単に「Mo三核体」という。)を、オイル全体に対するMo含有量が80ppmMo相当となるように追加配合したものである。一方、潤滑油Bは、そのようなオイル添加剤を追加配合していないベースのエンジンオイルである。なお、いずれの潤滑油も、モリブデンジチオカーバメート(MoDTC)を含んでいない。
【0056】
《ブロックオンリング摩擦試験》
(1)摩擦係数
各供試材と各潤滑油とを組合わせてブロックオンリング摩擦試験(単に「摩擦試験」という。)を行い、各摺動面の摩擦係数(μ)を測定した。Mo三核体を含有した潤滑油Aを用いたときの各供試材の摩擦係数を表1および表2に併せて示した。
【0057】
摩擦試験は、各供試材を摺動面幅6.3mmのブロック試験片とし、浸炭鋼材(AISI4620)から成るFALEX社製S−10標準試験片(硬さHV800、表面粗さ1.7〜2.0μmRzjis)をリング試験片(外径φ35mm、幅8.8mmの)として行った。この際、試験荷重:133N(ヘルツ面圧:210MPa)、すべり速度:0.3m/s、油温:80℃(一定)として、30分間の摩擦試験を行い、試験終了直前の1分間におけるμ平均値を本試験における摩擦係数とした。
【0058】
(2)摺動面上の生成物
摩擦試験後の各供試材の摺動面を、飛行時間型2次イオン質量分析法(TOF−SIMS)により測定した。Ion−Tof社製TOF−SIMS5装置を用いて、30keVのBi+ビームを1次イオンとして、摺動面の100μm×100μmの測定領域に対して高分解能スペクトル測定を行った。この測定により得られた代表的な二次イオン質量スペクトルを図4に示した。同図中には摩擦試験により得られたμ値も付記した。なお、図4に示したいずれのスペクトルも、潤滑油Aを用いた摩擦試験後の摺動面を測定したものである。
【0059】
(3)摺動面の摩耗
潤滑油Aを用いた摩擦試験後の各供試材の摺動面を、前述した非接触表面形状測定機により測定した。こうして得られた各摺動面の立体形状(摩耗深さ)を図7にまとめて示した。
【0060】
《評価》
(1)摩擦特性
先ず、ドープ元素の異なる各DLC膜と潤滑油A(Mo三核体含有)とを組合わせたときの摩擦係数を図1に示した。Cr−DLC膜の摩擦係数が、他のDLC膜の摩擦係数やDLC膜を有さない浸炭材の摩擦係数よりも、著しく低下していることがわかる。
【0061】
また、Cr−DLC膜または浸炭材と、潤滑油Aまたは潤滑油B(Mo三核体非含有)とを組合わせたときの摩擦係数を図2に示した。浸炭材の場合、いずれの潤滑油を用いても摩擦係数は殆ど変化しなかった。これに対してCr−DLC膜(Cr:13at%)の場合、潤滑油Aを用いたときの摩擦係数が潤滑油Bを用いたときの摩擦係数よりも、大幅に低下した。このことからCr−DLC膜とMo三核体を含有した潤滑油との組合わせにより、特異な超低摩擦特性が発現されることが明らかとなった。
【0062】
次に、こうして得られた結果を受けて、Cr−DLC膜中のCr含有量と潤滑油Aを用いたときの摩擦係数との関係を図3に示した。図3から明らかなように、CrがDLC膜中に僅か1at%以上(さらには3at%以上)含まれるだけでも、摩擦係数が十分に低減されることがわかった。そして、Cr含有量が22at%以上になっても、超低摩擦特性が発揮されることもわかった。これらのことから、Mo三核体を含有した潤滑油とCr−DLC膜とを組合わせたときの超低摩擦特性は、DLC膜中のCr含有量にあまり影響を受けず、安定的に発現し得ることがわかった。
【0063】
(2)摺動面上の生成物
図4に示すTOF−SIMSの分析結果から明らかなように、Cr−DLC膜(Cr:13at%)とHフリ−DLC膜の場合、潤滑油Aを用いた摩擦試験後の摺動表面には、−Mo、−Mo等のMoxSyのフラグメントが検出されており、Mo三核体の吸着が確認された。一方、浸炭材の場合は、そのようなMo三核体の吸着は認められなかった。
【0064】
このTOF−SIMSの分析結果を受けてさらに調査したところ、40Caに係る二次イオン質量スペクトル量がCr−DLC膜とHフリ−DLC膜で異なることがわかった。具体的にいうと、Cr−DLC膜がHフリ−DLC膜よりも40Caのスペクトル強度が相当小さいことが明らかとなった。これは、Cr−DLC膜の方がHフリ−DLC膜よりも、摩擦試験後の摺動面に付着または生成するCa化合物が少ないことを意味している。なお、Caはエンジンオイルに酸の中和作用やデポジット等の清浄作用を付与するためにしばしば配合される過塩基性Ca-スルホネートに由来する成分と考えられる。
【0065】
これらの結果から、潤滑油Aを用いたときにCr−DLC膜が他のDLC膜と異なって超低摩擦特性を発現した理由は、摺動面にMo三核体が吸着すると共にCa化合物の吸着・生成が抑制されたためと考えられる。このようなMo三核体とCa化合物が摩擦係数に及ぼす影響を定量化するために、Moおよび40Caのカウント数比(Mo40Ca)と摩擦係数の関係を図5に示した。図5から明らかなように、カウント数比が0.006以上、0.01以上さらには0.015以上となるときに摩擦係数が大幅に低下するといえる。
【0066】
以上をまとめると、Mo三核体を含有した潤滑油の存在下で、摺動面がCr−DLC膜で被覆された摺動部材を用いると、その摺動面に硫化モリブデン化合物(Mo、Mo等のMo三核体)が吸着する。この硫化モリブデン化合物は、MoSと類似した層状構造を有しており、その低せん断特性が上述した摩擦係数の低減に寄与したと考えられる。
【0067】
さらに、潤滑油中にCa系添加剤(過塩基性Ca-スルホネート等)が配合されている場合、その硫化モリブデン化合物は、摩擦係数の増大をもたらすCa化合物が摺動面に吸着・生成することを抑制する。この点も、上述した摩擦係数の低減に寄与したと考えられる。
【0068】
なお、本実施例に係るCr−DLC膜の表面粗さはいずれもRa0.01〜0.02μmであり、非常に平滑な状態であった。これにより、上述した摩擦係数の低減効果が摺動開始直後から安定的に発現したと考えられる。
【0069】
(3)耐摩耗性
ドープ元素の異なる各DLC膜の硬さを図6に対比して示した。図6から明らかなように、Cr−DLC膜は、他のドープ元素を含むDLC膜よりも十分に硬く、H−DLC膜と同程度な硬さを有している。なお、各DLC膜中のH含有量は同程度であるため、各DLC膜の硬さはドープ元素の種類に依るものと考えられる。
【0070】
また摩擦試験後の各摺動面を示す図7から、Cr−DLC膜はCr含有量に拘わらず、殆ど摩耗しておらず、優れた耐摩耗性を発揮することもわかった。
【0071】
このようにCr−DLC膜が高硬度で耐摩耗性に優れる理由は必ずしも明確ではないが、硬質で微細な強化粒子であるクロム炭化物(CrC)がマトリックスであるDLC中に均一的に分散しており、そのCrCがマトリックス(DLC)との整合的であることが一因と考えられる。なお、DLC膜中におけるCrCの分散状態は、TEM等により確認することができる。
【0072】
【表1】
【0073】
【表2】
【0074】
【表3】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図8
図7