特許第5941805号(P5941805)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5941805
(24)【登録日】2016年5月27日
(45)【発行日】2016年6月29日
(54)【発明の名称】電池缶の封缶前洗浄方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 2/02 20060101AFI20160616BHJP
   H01M 2/04 20060101ALI20160616BHJP
   B23K 26/20 20140101ALI20160616BHJP
   B23K 26/00 20140101ALI20160616BHJP
   B08B 3/02 20060101ALI20160616BHJP
   C22C 21/00 20060101ALN20160616BHJP
【FI】
   H01M2/02 A
   H01M2/04 A
   H01M2/04 C
   H01M2/02 C
   B23K26/20
   B23K26/00 H
   B08B3/02 F
   !C22C21/00 L
   !C22C21/00 M
   !C22C21/00 N
【請求項の数】8
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-213614(P2012-213614)
(22)【出願日】2012年9月27日
(65)【公開番号】特開2014-67664(P2014-67664A)
(43)【公開日】2014年4月17日
【審査請求日】2015年6月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100078190
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 三千雄
(74)【代理人】
【識別番号】100115174
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 正博
(72)【発明者】
【氏名】滝口 浩一郎
【審査官】 ▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−152127(JP,A)
【文献】 特開平9−111485(JP,A)
【文献】 特開平9−129191(JP,A)
【文献】 特開2008−84673(JP,A)
【文献】 特開2009−140753(JP,A)
【文献】 特開2000−123822(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 2/02
H01M 2/04
B08B 3/02
B23K 26/00
B23K 26/20
C22C 21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
開口部を有する缶体形状のAl製電池ケース本体と、該電池ケース本体の開口部を閉塞するAl製蓋部材とを、レーザー溶接することにより、封缶して、電池缶を製造するに際して、かかるレーザー溶接に供される前記電池ケース本体及び前記蓋部材を、それぞれ、導電率が10μS/cm以下の洗浄水を用いて、60℃以下の温度で洗浄した後、60℃以下の温度で乾燥することを特徴とする電池缶の封缶前洗浄方法。
【請求項2】
前記洗浄水が、イオン交換樹脂による処理、活性炭による処理、及びフィルタによる濾過処理を施して得られたものである請求項1に記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
【請求項3】
前記洗浄水が、逆浸透膜を用いて濾過された水を原水として得られたものである請求項1又は請求項2に記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
【請求項4】
前記洗浄水が、紫外線照射によって殺菌処理されている請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
【請求項5】
前記洗浄に先立ち、前記電池ケース及び/又は前記蓋部材に対して、脱脂処理が施される請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
【請求項6】
前記洗浄が、40℃以下の温度で実施される請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
【請求項7】
前記Al製電池ケース本体が、1000系又は3000系アルミニウム合金にて形成されている請求項1乃至請求項6の何れか1項に記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
【請求項8】
前記Al製蓋部材が、1000系又は3000系アルミニウム合金にて形成されている請求項1乃至請求項7の何れか1項に記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電池缶の封缶前洗浄方法に係り、特に、主に車載用として利用されるリチウムイオン電池等の電池のケース本体とその蓋部材とをレーザー溶接にて接合することにより、封缶して、電池缶を製造する際に、そのような電池缶の封缶前に、それらケース本体や蓋部材を洗浄する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、車載用リチウムイオン電池用ケースの如き電池缶にあっては、例えば、特開2000−123822号公報等に示される如く、アルミニウム(Al)合金板を絞りしごき成形して得られた、開口部を有する缶体形状の電池ケース本体と、その開口部を閉塞する、Al合金板をプレス成形して得られた封口板(蓋部材)とを組み合わせ、電極等の内部構造体を収容した後、それらケース本体と封口板との接合部位をレーザー溶接することによって製造されており、そしてその後、封口板に設けた注入口を通じて電解液を注入することによって、目的とする電池が製造されている。
【0003】
しかしながら、そのような電池ケース本体と蓋部材との接合部位に対して、パルスレーザーやCW(Continuous Wave;連続波)レーザー等を用いて、レーザービームを照射して、レーザー溶接を実施したときに、その形成された接合部に、ビード不揃い(局所的にビードが大きくなる現象)や、アンダーフィル(局所的にビードが不均一となり、凹みが生じる現象)等の溶接欠陥が発生することがあり、これが、電池缶の品質に悪影響をもたらしているのである。即ち、前者のビード不揃いの欠陥は、局所的にビードが深くなるところから、ポロシティの発生や内部の樹脂部品への熱影響が懸念されているのであり、後者のアンダーフィルの欠陥にあっては、レーザー溶接により封止された部分の残厚が薄くなって、電池の安全性を損なうことがあるところから、車載用リチウムイオン電池の量産時において大きな問題となる恐れがある。
【0004】
ところで、車載用に利用されるリチウムイオン電池のケース本体や蓋部材の材質には、一般に、JISの合金番号でA1050やA3003等のAl合金が主に使用されてきているが、これまで、そのような材質のケース本体と蓋部材とのレーザー溶接における溶接欠陥の低減には、主として材料面からのアプローチが為されてきている。例えば、特開2009−127075号公報においては、レーザー溶接時に発生する溶接欠陥の発生数を低減するアルミニウム材料として、Ti含有量を0.01%以下に抑制したAl合金材を用いることが明らかにされており、また特許第4880664号公報においては、Ti及びBの含有量を調整して、液相における粘度が0.0016Pa・s以下であるA1000系Al合金材を用いることが、提案されている。しかしながら、そのようなAl合金材を用いても、実際の生産において溶接欠陥発生数に及ぼす、そのようなAl合金材の効果は未だ不充分なものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−123822号公報
【特許文献2】特開2009−127075号公報
【特許文献3】特許第4880664号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ここにおいて、本発明は、かかる事情を背景にして為されたものであって、Al製電池ケース本体とAl製蓋部材とをレーザー溶接することによって封缶して、電池缶を製造する際に、発生する溶接欠陥の発生数を効果的に低減することの出来る電池缶の封缶前洗浄方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者は、上記の課題を解決すべく種々検討した結果、先ず、電池ケース本体と蓋部材を所定のAl板から成形し、次いで、プレス油や金属粉を除去するために実施される酸洗浄、アルカリ洗浄等の洗浄(脱脂)処理の後に、更に、すすぎのために採用される最終洗浄(仕上げ洗浄)において、その洗浄水中には、CaやFe等の不純物が含まれており、また、それら不純物のレーザー吸収率、即ち、車載用リチウムイオン電池の組み立てに用いられているYAGレーザー(波長=1.06μm)やファイバーレーザー(波長=1.07μm)の吸収率が、溶接されるAl母材のレーザー吸収率よりも高いことに着目した。
【0008】
そして、そのような洗浄水を乾燥させる際に、Al材の表面には、洗浄水中に含有されている不純物が付着するようになるが、その付着した不純物にレーザーが当たった際、局所的にレーザー吸収率が高くなり、急激に熱変換効率が上昇することによって、溶接欠陥が惹起されるようになることを見出し、また、そのような洗浄水の温度が高くなると、Al材の表面に水和皮膜が形成されるようになるが、そのような水和皮膜が存在すると、レーザー溶接の際に溶接部に存在する水和皮膜中の水分が気化して、スパイク状の溶け込み状態となり、レーザー溶接欠陥が多発するようになることも見出し、更に研究を進めた結果、本発明を完成するに至ったのである。
【0009】
すなわち、本発明は、上記した課題又は明細書全体の記載や図面から把握される課題を解決するために、以下に列挙せる如き各種の態様において、好適に実施され得るものであるが、また、以下に記載の各態様は、任意の組み合わせにおいても、採用可能である。なお、本発明の態様乃至は技術的特徴は、以下に記載のものに何等限定されることなく、明細書全体の記載並びに図面に開示の発明思想に基づいて、認識され得るものであることが、理解されるべきである。
【0010】
(1) 開口部を有する缶体形状のAl製電池ケース本体と、該電池ケース本体の開口部を閉塞するAl製蓋部材とを、レーザー溶接することにより、封缶して、電池缶を製造するに際して、かかるレーザー溶接に供される前記電池ケース本体及び前記蓋部材を、それぞれ、導電率が10μS/cm以下の洗浄水を用いて、60℃以下の温度で洗浄した後、60℃以下の温度で乾燥することを特徴とする電池缶の封缶前洗浄方法。
(2) 前記洗浄水が、イオン交換樹脂による処理、活性炭による処理、及びフィルタによる濾過処理を施して得られたものである前記態様(1)に記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
(3) 前記洗浄水が、逆浸透膜を用いて濾過された水を原水として得られたものである前記態様(1)又は前記態様(2)に記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
(4) 前記洗浄水が、紫外線照射によって殺菌処理されている前記態様(1)乃至前記態様(3)の何れか1つに記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
(5) 前記洗浄に先立ち、前記電池ケース及び/又は前記蓋部材に対して、脱脂処理が施される前記態様(1)乃至前記態様(4)の何れか1つに記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
(6) 前記洗浄が、40℃以下の温度で実施される前記態様(1)乃至前記態様(5)の何れか1つに記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
(7) 前記Al製電池ケース本体が、1000系又は3000系アルミニウム合金にて形成されている前記態様(1)乃至前記態様(6)の何れか1つに記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
(8) 前記Al製蓋部材が、1000系又は3000系アルミニウム合金にて形成されている前記態様(1)乃至前記態様(7)の何れか1つに記載の電池缶の封缶前洗浄方法。
【発明の効果】
【0011】
このように、本発明に従う電池缶の封缶前洗浄方法にあっては、Al製電池ケース本体の開口部に対してAl製蓋部材をレーザー溶接して、封缶することにより、電池缶を製造するに際し、かかる封缶前の電池ケース本体と蓋部材に対して、CaやFe等の不純物を除去して、導電率が10μS/cm以下の洗浄水を用いて、洗浄が行なわれているところから、電池ケース本体と蓋部材との接合部位における不純物の付着が有利に低減乃至は阻止され得ることとなり、これによって、レーザーが当たった際に局所的にレーザー吸収率が高くなって、急激に熱変換効率が上昇することによる溶接欠陥の発生を、効果的に回避し得ることとなるのである。
【0012】
しかも、本発明にあっては、電池ケース本体と蓋部材の洗浄が60℃以下の温度で実施され、そして乾燥温度も60℃以下とされているところから、電池ケース本体や蓋部材の表面に水和皮膜が形成されることが有利に回避され得ることとなるのであり、これによって、レーザー溶接の際に溶接部位に存在する水和皮膜に起因するところのレーザー溶接欠陥の発生も、効果的に低減乃至は阻止され得ることとなるのである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例において得られた正常なレーザー溶接部を示す拡大顕微鏡写真であって、(a)は、その平面形態を示す写真であり、(b)は、溶接部の横断面を示す写真である。
図2】実施例において得られたレーザー溶接部に発生した欠陥部を示す拡大顕微鏡写真であって、(a)は、その平面形態を示す写真であり、(b)は、その横断面を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
ところで、本発明において対象とする電池缶を与えるAl製電池ケース本体とAl製蓋部材とは、何れも、従来から公知の形状のものであって、それらは、所定のAl合金板に絞りしごき成形やプレス成形等の公知の成形操作を施すことによって、製造されることとなる。
【0015】
具体的には、Al製電池ケース本体は、よく知られている如く、Al合金板を絞りしごき成形して得られる、有底の筒体形状を呈するものであって、開口部を有する缶体形状のケース本体として形成されるものである。そして、その全体形状としては、一般に、有底の矩形筒体形状が採用されている。勿論、有底円筒形状等、その他の各種の有底筒体形状のものも、電池ケース本体として採用可能であることは、言うまでもないところである。また、そのような電池ケース本体の開口部を閉塞するAl製蓋部材にあっても、それは、公知の各種の形状乃至は形態において用いられるところであるが、一般に、Al合金板をプレス成形して得られる全体として板状の部材、所謂封口板が用いられ、それが、電池ケース本体の開口部に嵌合乃至は当接せしめられて、かかる開口部を覆蓋して閉塞し得るようになっている。なお、そのような蓋部材には、よく知られているように、電解液を注入するための注入口等が設けられている。
【0016】
また、かくの如き電池ケース本体や蓋部材を与えるAl合金にあっても、従来から公知の各種のAl合金が用いられ得、例えばJISの合金番号で、A1050、A1100、A1200等の1000系や、A3003等の3000系のAl合金が、好適に採用されることとなる。その中でも、特に、質量基準で、Si:0.6%以下、Fe:0.7%以下、Cu:0.25%以下、Mn:1.5%以下、Zn:0.25%以下、及びAl+不可避的不純物:残部からなる組成のAl合金が、より好ましく用いられる。
【0017】
そして、そのようなAl合金中において、Si(ケイ素)は、鋳塊の均質化処理時にAl−Mn−Si系の金属間化合物を生成し、金属間化合物の分散性を向上させる効果を発揮するものであるが、Siの含有量が0.6%を超えるようになると、粗大なAl−Fe−Si系若しくはAl−Mn−Si系金属間化合物が生成し、レーザー溶接時に発生する溶接欠陥の起点となる恐れがあるところから、かかるSiの含有量は、0.6%以下となるように調整されることが望ましいのである。このSi含有量は、より好ましくは0.35%以下、更に好ましくは0.05%以下に規制するのがよいが、Si含有量の低減は、地金の純度アップ、つまり製造コストの上昇に繋がると共に、固溶Si量の低減に伴い、導電率が向上し、照射されたレーザーの熱変換効率が低下して、溶け込み深さが減少するようになるところから、コスト及び要求される溶け込み深さとの兼ね合いから、その最適値が、適宜に選定されることとなる。
【0018】
また、Fe(鉄)は、鋳塊の均質化処理時にAl−Fe系やAl−Fe−Si系の金属間化合物を生成して、金属間化合物の分散性を向上させる効果があるが、このFeの含有量が0.7%を超えるようになると、粗大なAl−Fe系金属間化合物が増加し、ケース本体の成形時に破胴を増加させ、また蓋部材の成形時における防爆弁部の成形性等を低下させるようになる。このため、Fe含有量は、0.7%以下とすることが好ましいのである。
【0019】
さらに、Cu(銅)は、材料表面の電位調整を目的として添加されるものであって、その含有量が0.25%を超えるようになると、析出したAl−Cu系金属間化合物を起点とした局所腐食を起こし易くなる。従って、Cuの含有量は、0.25%以下とするのが好ましいのである。
【0020】
加えて、Mn(マンガン)は、リチウムイオン電池用Al材料の強度を高めるために有効な元素である。このMnの含有量は、1.5%以下とすることが好ましく、その含有量が1.5%を超えるようになると、鋳造時に粗大な金属間化合物が生成して、ケース本体の成形時における破胴を増加せしめ、また蓋部材の成形時において、防爆弁部等の成形性を低下させる等の問題を惹起する恐れがある。なお、このMnは、Al母材中に固溶して導電率を下げ、照射されたレーザーの熱変換効率を高めると共に、Al−Mn系やAl−Mn−Si系の金属間化合物を生成し、レーザーの吸収率を高める働きをする重要な元素となっている。
【0021】
また、Zn(亜鉛)の含有量は、0.25%以下となるように調節されることが好ましい。Zn含有量が0.25%を超えるようになると、材料表面の電位が卑となり、全面腐食を起こし易くなるために、好ましくないのである。
【0022】
ところで、上記の如き、電池缶を与えるAl製電池ケース本体やAl製蓋部材には、それらを与える所定のAl合金板の製造工程において付着した油分やほこり等の汚れや、そのようなAl合金板の成形操作によって付着したプレス油や金属粉等の汚れを除去するために、前処理として、酸、アルカリ、有機溶剤、或いは界面活性剤等を用いた洗浄処理、所謂脱脂処理が、従来と同様に施されることとなる。また、そのような脱脂処理の施されたケース本体や蓋部材には、脱脂処理の後に、表面に付着する薬液を除去すべく、水洗によるすすぎ処理が実施されている。
【0023】
しかしながら、そのような脱脂処理の施された電池ケース本体や蓋部材の表面には、脱脂処理後のすすぎ処理において用いられた洗浄水からもたらされるCaやFe等のイオンに起因する不純物が存在したり、また、乾燥操作によって生じた水和皮膜が存在するようになるところから、本発明にあっては、それらの不純物や水和皮膜が存在しないように、それら電池ケース本体及び蓋部材に対して、レーザー溶接に先立って、最終的な特定の洗浄処理が施されるようにしたのである。
【0024】
すなわち、本発明にあっては、先ず、レーザー溶接に供される電池ケース本体及び蓋部材を、それぞれ、導電率が10μS/cm以下の洗浄水を用いて、60℃以下の温度で洗浄することが、行なわれる。このような洗浄処理は、上記した脱脂処理後のすすぎ処理に続いて行なわれ得る他、そのようなすすぎ処理に代えて、実施することも可能である。そして、そのような導電率の洗浄水を用いた洗浄操作によって、洗浄水中のCa、Fe等のイオンに起因する不純物が、電池ケース本体や蓋部材の表面に付着するのが、効果的に抑制乃至は阻止されることとなるのである。なお、ここで用いられる洗浄水の導電率が10μS/cmを超えるようになると、洗浄水中に存在するCaやFeの如きイオン等の不純物が、その後の乾燥によって、電池ケース本体や蓋部材の表面に付着して、残留するようになり、このため、その後のレーザー溶接操作において、かかる不純物にレーザーが当たった際に、局所的にレーザーの吸収率が高くなって、溶接欠陥が惹起され易くなるという問題を生じる。なお、そのような洗浄処理において用いられる洗浄水としては、導電率が1.0μS/cm以下であることが、更に望ましいものである。
【0025】
なお、そのような洗浄水の導電率を低下させる方法としては、公知の各種の手法を採用することが可能である。例えば、原水として水道水を利用する場合において、水道水は、先ず、10μmのフィルターにて濾過処理されて、水中に存在する粗大異物(Ca粒や鉄錆等)が除去された後、イオン交換樹脂を通して、水中のイオン(CaやNa、Cl等)が除去され、続いて、活性炭を通して水中の有機物が除去され、最後に、1μmのフィルターを通して、微細異物(Ca粒や鉄錆、イオン交換樹脂の破片、活性炭の破片等)が除去されるようにすることによって、目的とする、導電率が10μS/cm以下の洗浄水を得ることが出来るのである。なお、イオン交換樹脂や活性炭、フィルターの寿命を延ばす目的で、原水として、R/O水(逆浸透膜を用いて濾過された水)を使用することが望ましく、更には、洗浄水中の微生物を除去するため、紫外線照射による殺菌を施すことも、有利に採用されるところである。
【0026】
また、かかる洗浄水による洗浄処理の温度、一般には、洗浄水の温度としては、60℃以下の温度が採用され、これによって、Al合金からなる電池ケース本体や蓋部材の表面に水和皮膜が生成するのが、効果的に抑制乃至は阻止されることとなる。なお、この洗浄水の温度(洗浄温度)が60℃を超えるようになると、Al合金からなる表面に水和皮膜が生成し、レーザー溶接の際に、かかる水和皮膜中の水分が気化して、スパイク状の溶け込み状態となり、レーザー溶接欠陥が多発する恐れが生じるのである。特に、洗浄水の温度が高くなって、70℃を超えるようになると、水和皮膜(ベーマイト)の生成が著しくなり、溶接欠陥の発生頻度が急激に増加するようになるところから、高温での洗浄操作、所謂湯洗を採用することは、避けなければならない。また、かかる洗浄水の温度は40℃以下であることが好ましく、その下限は、特に限定されるものでないが、一般に、室温程度とされることとなる。
【0027】
なお、かくの如き、本発明に従う特定の導電率を有する洗浄水による洗浄操作には、公知の各種の洗浄方式が、適宜に採用され得るところであって、例えば、電池ケース本体や蓋部材を、そのような洗浄水中に所定時間浸漬する浸漬方式や、この浸漬方式に、超音波振動処理を加えてなる併用方式、洗浄水の高圧ジェット水流を電池ケース本体や蓋部材に吹き付ける高圧吹付方式、更には、洗浄水のシャワーを電池ケース本体や蓋部材にかけるシャワー方式等の中から、適宜に採用されるのである。
【0028】
その後、本発明にあっては、上記の如く、特定の導電率を有する洗浄水を用いて洗浄された電池ケース本体や蓋部材に対して、60℃以下の温度での乾燥操作が施され、その表面に付着する水分(水滴)が、除去せしめられることとなる。この乾燥温度が60℃を超えるようになると、電池ケース本体や蓋部材の表面に付着残留した水滴が、乾燥、蒸発する際に、水和皮膜が形成されるようになって、それが、レーザー溶接の際に、溶接欠陥を惹起させる等の問題を招く恐れがある。なお、かかる乾燥温度の下限は、特に限定されるものではないが、一般に、室温以上の温度が採用されることとなる。
【0029】
また、それら電池ケース本体や蓋部材の乾燥方法としては、従来から公知の各種の乾燥方式が、採用され得るところであって、例えば、風乾の如き自然乾燥の他、ベルトコンベア等の搬送手段に載置して、所定温度の乾燥空気を吹き付ける乾燥炉内を通過させることにより、表面付着水滴を除去する方式や、ハンディガンやエアーノズルから、所定温度の乾燥空気を吹き付けて、電池ケース本体や蓋部材の表面に付着、残留する水滴を乾燥、除去せしめる方式等の強制乾燥方式の中から、適宜に選択される。
【0030】
そして、かくの如くして表面が清浄化された電池ケース本体と蓋部材とは、その表面状態を維持しつつ組み付けられて、それら電池ケース本体と蓋部材との嵌合乃至は当接部位(接合部位)に対して、従来と同様なYAGレーザーやファイバーレーザー等を用いたレーザー溶接操作が施されて、電池ケース本体の開口部に蓋部材が溶接、接合されて、一体化せしめられるのである。なお、その際、電池ケース本体内には、その開口部を通じて、電極等の内部構造体が収容されることとなることは、従来と同様である。そして、そのようなレーザー溶接により、電池ケース本体の開口部が蓋部材にて液密に封止されるのであるが、そこでは、電池ケース本体や蓋部材の表面、特にそれらの接合部位には、洗浄水に起因するような不純物や高温処理に起因するところの水和皮膜の存在が、可及的に低減されているところから、レーザー溶接欠陥の発生が有利に抑制乃至は回避され得ることとなるのである。
【0031】
なお、このようにして得られる、電池ケース本体と蓋部材とのレーザー溶接による接合体からなる電池缶には、その蓋部材に設けられている注入口から、従来と同様にして、所定の電解液が注入された後、その注入口が気密封止され、更に必要な部材を取り付けることにより、目的とする電池が製造されるのである。
【実施例】
【0032】
以下に、本発明の代表的な実施例を示し、本発明の特徴を更に具体的に明らかにすることとするが、本発明が、そのような実施例の記載によって、何等の制約をも受けるものでないことは、言うまでもないところである。また、本発明には、以下の実施例の他にも、更には上記した具体的記述以外にも、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々なる変更、修正、改良等を加え得るものであることが、理解されるべきである。
【0033】
先ず、Al板材として、下記表1に示される化学成分(合金成分)を有する、JISの合金番号でA3003相当及びA1050相当のAl合金からなる、板厚が1.0mmの2種の板材(O材)を、それぞれのビレットからの圧延によって準備した。
【0034】
【表1】
【0035】
次いで、この準備された2種のAl板材に対して、それぞれ、常法に従って、酸洗(脱脂)を施し、板表面の油分を除去した後、下記表2に示される、各種導電率の洗浄水を用いた洗浄試験を、実施した。なお、洗浄方式としては、それぞれの洗浄水を振り掛けるシャワー方式を採用し、また乾燥方式としては、各部材をベルトコンベアに載置して、所定の温度に調節された乾燥空気を吹き付ける乾燥炉内を通過させる方式を採用した。そして、採用した洗浄水の温度や乾燥温度は、下記表2に示される通りである。
【0036】
また、下記表2に示される各試料において用いられた洗浄水の導電率は、ラコムテスター導電率計:TDScan40(Omega Scientific PTY LTD製)を使用して、25℃における流水中の値として、測定した。なお、本実施例において用いられた洗浄水は、原水として水道水(名古屋市水道水)を用いて、先ず、10μmのフィルターにて濾過処理を行なって、水中の粗大異物(Ca粒や鉄錆等)を除去した後、イオン交換樹脂を通して、水中のイオン(CaやNa、Cl等)を除去し、続いて、活性炭を通して水中の有機物を除去し、最後に、1μmのフィルターを通して、微細異物(Ca粒や鉄錆、イオン交換樹脂の破片、活性炭の破片等)を除去することで得られた、導電率が0.1μS/cmの非常に小さな導電率の水に対して、必要に応じて水道水を適宜に混合することで、それぞれ、所定の導電率に調整して得られたものである。ただし、試料D及びJにおいて用いられた洗浄水は、水道水(名古屋市水道水)のままである。
【0037】
そして、このように表面が清浄化された各種のAl板材に対して、レーザー溶接機として、YLR−2000(Ytterbium Fiber Laser)(IPG Photonics社製)を用いて、モード=CW(連続波)、ファイバー径=0.1mm、出力2.0kW、前進角=5°、溶接速度=300mm/s、シールドガス=Ar(0.25L/s)の条件下において、レーザー溶接を実施した。また、かかるレーザー溶接においては、各Al板の長さ:280mm×幅:50mmのサンプルに対して、長さ:250mmのレーザー溶接を6mmピッチにて8回繰り返して行ない、更にこれを各板材の5枚ずつに対して実施することにより、合計10mの長さのレーザー溶接を実施して、その長さにおける溶接欠陥(アンダーフィル)の数を計測し、その結果を、下記表2に併せ示した。そして、その溶接欠陥の発生数が0.5個/m未満の場合を合格として、評価した。
【0038】
【表2】
【0039】
かかる表2の結果から明らかなように、本発明に従う洗浄・乾燥処理が施されてなる試料A、B及びG、Hは、何れも、溶接欠陥の発生数が0.5個/m以下となり、良好な結果を示した。一方、比較例となる試料C、D及びI、Jは、何れも、洗浄水の導電率が高く、Ca、Fe等の不純物がAl板材の表面に付着、残留しているため、また、試料E、F及びK、Lでは、Al板材の表面に水和皮膜が生成しているため、溶接欠陥発生数が1.3〜15.6個/mとなり、目標値を大幅に超える発生数となっていることが認められるのである。
【0040】
また、上記の如く、レーザー溶接して得られた試料における正常部位と溶接欠陥の発生部位を明らかにするために、その拡大顕微鏡写真を、図1及び図2に示した。即ち、図1は、正常なレーザー溶接部を示す拡大顕微鏡写真であって、(a)は、その平面形態を示す写真であり、(b)は、溶接部の横断面を示す写真である。また、図2は、レーザー溶接部に発生した欠陥部を示す拡大顕微鏡写真であって、(a)は、その平面形態を示す写真であり、(b)は、その横断面を示す写真である。
【0041】
そして、かかる試験結果より、上記の試料A、B及びG、Hを与える洗浄・乾燥操作をAl製電池ケース本体やAl製蓋部材に適用することにより、レーザー溶接時に発生する溶接欠陥の大幅な低減が可能となることが明らかとなった。
図1
図2