【実施例】
【0042】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0043】
1.ホタテ干し貝柱の製造
下記表1に示す条件でホタテ干し貝柱を製造した。すなわち、原料となるホタテ原貝は、北海道常呂漁業協同組から入手したものを用いた。また、原貝は3S又は5Sサイズのものを使用した。
【0044】
原貝からの貝柱の摘出は、治具を用いた手作業又は
図2に示した飽和蒸気によってホタテ貝殻の外表面の貝柱接着部に対応する部位を部分的に加熱することで開殻及び脱殻することができるホタテシェラーラボ用装置(株式会社ニッコー社製)を用いて行った。すなわち、ホタテ貝殻の外表面の貝柱接着部に対応する部位に飽和蒸気(99℃)で10秒間の蒸気加熱処理を行うことで該原貝の片貝だけを開殻させた後、殻内の軟体部を治具を用いて除去した。なお、軟体部の除去は治具によって簡単に行うことができる。また、軟体部を除去した後、貝柱だけが付着した貝殻の外表面に、再度、飽和蒸気(99℃)で10秒間処理することで貝柱を摘出した。
【0045】
前記摘出貝柱を水に浸漬させ、60〜90℃、15〜25分間の水煮処理を行った。
【0046】
前記水煮処理した貝柱を所定の塩化ナトリウム水溶液(3.5、9、10、20重量%)に浸漬させ、4℃で20時間、1日間又は2日間の塩水浸漬処理を行った。
【0047】
前記塩水浸漬した貝柱を120℃で4分間の過熱水蒸気によって4回焙乾した。なお、焙乾と焙乾の間は、室温で5分間放冷した。
【0048】
前記過熱水蒸気による焙乾後、水分が16重量%以下になるようにプログラムに基づいて温度及び湿度を自動的に調整することが可能な恒温恒湿器(東京理化社製KCL−2000A)を用いて、乾燥及びあん蒸開始から終了時までに庫内の温度を40℃から20℃及び湿度を80%RH又は85%RHから60〜20%RHに漸減させた該恒温恒湿器内で10日間乾燥及びあん蒸を行い、ホタテ干し貝柱を得た。
【0049】
一方、伝統製法によるホタテ干し貝柱は、
図7に示す方法によって製造した。すなわち、原貝を水に浸漬させて一番煮(90℃、5分間)を行うことによって開殻させた後、手作業によってホタテ貝柱を摘出し、この摘出貝柱を塩化ナトリウム10重量%水溶液で95℃、12分間の塩水煮処理を行った。
【0050】
前記塩水煮処理した貝柱を90℃で60分間熱風を送風することで焙乾した後、焙乾した貝柱を天日による乾燥、送風機械乾燥及びあん蒸を行った。また、送風機械乾燥及びあん蒸は、貝柱の水分が20%以下になるまで毎日繰り返し行い、水分16%以下の干し貝柱を得た。
【0051】
【表1】
【0052】
実施例1及び2で製造した干し貝柱の製品歩留まり、エキス分及び色調について調べた。なお、水煮工程を行わなかった場合を比較例1とし、伝統製法で製造した場合を比較例3とした。
【0053】
製品歩留まりの算出は、原貝重量に対する製品重量(出来高)の百分率を求めることによって行った。また、エキス分は、製品に含まれる成分を水で抽出した抽出液中のエキス分を屈折糖度計によってBrix値を測定することで算出した。一方、色調は、色彩色差計(コニカミノルタ社製CR400)を用いて測定し、得られたa
*値を求めることで評価した。また、その結果を表2に示した。
【0054】
【表2】
【0055】
表2に示したように、製品歩留まりは、塩化ナトリウム3.5重量%水溶液で浸漬した場合(実施例1)が2.7重量%、塩化ナトリウム20重量%水溶液で浸漬した場合(実施例2)が3.0重量%と、伝統製法の場合(比較例3)の1.9〜2.2重量%と比べて1.2〜1.6倍増加した。また、実施例1及び2の製造日数は、12又は13日間と、伝統製法の場合(比較例3)の30〜40日間及び水煮工程を行わなかった場合(比較例1)の20日間と比べて短縮された。一方、製品の色調(a
*値)について、伝統製法の場合(比較例3)の3.5及び水煮工程を行わなかった場合(比較例1)の4.0と比べて、実施例1の場合では1.7、実施例2の場合では2.2と製品の色調が優れていた。このように、本発明によってホタテ干し貝柱の生産性及び色調が著しく向上した。
【0056】
2.試験例
(1)貝柱成分の損失に及ぼす貝柱摘出方法の影響
貝柱摘出時の貝柱成分の損失に及ぼす貝柱摘出方法の影響について調べることを目的に、実施例1における貝柱摘出工程で摘出した貝柱(サンプル1)と、伝統製法による一番煮によって摘出した貝柱(サンプル2)の歩留まりを調べると共に、貝柱摘出時に損失するエキス分を調べた。すなわち、蒸気加熱処理によって排出されたドリップ(サンプル3)及び一番煮によって排出された煮汁(サンプル4)をそれぞれ回収し、サンプル3及び4のエキス分を測定した。なお、一番煮は、原貝を90℃で5分間水煮することで行った。
【0057】
歩留まりの算出及びエキス分の測定は、前記1.と同様の方法で行った。また、その結果を表3及び4に示した。
【0058】
【表3】
【0059】
表3に示したように、サンプル1(実施例1:蒸気加熱処理)の歩留まりが13.2重量%と、サンプル2(比較例3:一番煮)の11.8重量%と比べて高い値を示した。
【0060】
【表4】
【0061】
一方、エキス分の損失については、表4に示したように、サンプル3(実施例1:蒸気加熱処理ドリップ)のエキス分が0.4重量%と、サンプル4(比較例3:一番煮煮汁)の場合の9.5重量%と比べて極めて低い値を示した。
【0062】
これらの結果から、伝統製法では一番煮を行うことで貝柱に含まれているエキス分が一番煮の煮汁に多量に溶出するために干し貝柱(製品)の歩留まりが低下するが、本発明においては蒸気加熱処理を行うことによって貝柱に含まれているエキス分の損失が少ないために干し貝柱(製品)の歩留まりが向上することが分かった。
【0063】
(2)干し貝柱の褐変に及ぼす貝柱成分
本発明のホタテ干し貝柱の製造方法は、貝柱に含まれているエキス分の損失が少なく、本発明によって高いエキス分を含有するホタテ干し貝柱を製造することができるが、一方で貝柱に含まれる遊離アミノ酸がグルコースやグリコーゲン代謝物であるリン酸化糖等と反応(アミノカルボニル反応)して干し貝柱が経時的に褐変し、干し貝柱の外観品質の低下が考えられた。そこで、干し貝柱の色調の安定化を目的に、まずはじめに、干し貝柱の褐変に及ぼす貝柱成分について、糖及びアミノ酸試薬を用いた飽和塩溶液による水分活性を調節するモデル実験をTanakaらの方法(Tanaka et al.,Fisheries Sci.,60,607(1994))に基づいて行った。すなわち、密閉容器(デシケータ)下部に塩化ナトリウム飽和水溶液を満たし容器内の水分活性を0.75に調整した。グルコース、グルコース6リン酸及びグリシンをセライトに保持させたシャーレを容器上部に設置し、これらグルコース又はグルコース6リン酸とグリシンとを温度40℃で5日間反応させて生成した褐変物質を0.01N水酸化ナトリウムを用いてセライトより回収した。
【0064】
褐変の評価は、0.01N水酸化ナトリウムによって回収した褐変物質を含む溶液の波長420nmにおける吸光度を測定し、褐変度とした。また、その結果を
図3に示した。
【0065】
図3に示すように、貝柱に含まれている遊離アミノ酸の中で最も多いグリシンは、グルコース及びグルコース6リン酸と反応して褐変し、特にグルコース6リン酸と反応した場合にグルコースの場合と比べて褐変度が高い値を示した。
【0066】
(3)グルコース6リン酸の生成に及ぼす水煮処理温度の影響
上記2.(2)の試験結果から、干し貝柱の製造にあたっては、外観品質である色調の安定化のために、褐変の原因物質の一つであるグルコース6リン酸の生成を抑制することが重要であることが分かった。
【0067】
一方、グルコース6リン酸は代謝産物であることが知られており、摘出した貝柱中に内在する代謝関連酵素を失活させることでグルコース6リン酸の生成を抑制し、製品の干し貝柱の褐変を防止することができると考えた。
【0068】
そこで、実施例1において摘出した貝柱中におけるグルコース6リン酸の生成に及ぼす水煮処理温度の影響を調べた。すなわち、摘出貝柱の中心温度が40℃(サンプル9)、60℃(サンプル10)又は80℃(サンプル11)となるまでそれぞれ沸騰水中で加熱して所定の温度に達したことを確認後氷冷し、4℃で所定時間冷蔵した各サンプル(9〜11)に含まれるグルコース6リン酸を経時的にそれぞれ測定した。なお、水煮処理しない場合(非加熱処理)をサンプル12とした。
【0069】
グルコース6リン酸の定量は、D−Glucose−HKキット(Megazyme社製)を改良した方法によって行った。すなわち、該D−Glucose−HKキット(Megazyme社製)に含まれている他の酵素を含有するグルコース6リン酸デヒドロゲナーゼ(G6P−DH)試薬を用いず、別途グルコース6リン酸デヒドロゲナーゼ(G6P−DH)酵素試薬のみを試料に添加し、グルコース6リン酸と反応することで増加するニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)を吸光度340nm(O.D.340nm)で測定することでグルコース6リン酸量を算出した。また、その結果を
図4に示した。
【0070】
図4に示したように、サンプル9〜11(40℃〜80℃処理)においては、グルコース6リン酸量は、すべての時間でサンプル12(非加熱処理)と比べて低い値であり、時間の経過に伴うグルコース6リン酸の生成は、ほとんど認められなかった。この結果から、貝柱を水煮処理することが製品の褐変防止に有効であることが推察された。なお、サンプル12(非加熱処理)の場合、試験開始から6時間後にグルコース6リン酸の値が最大値を示し、その後代謝反応が進行することよってグルコース6リン酸は減少した。このことから、非加熱処理の場合では、貝柱中の代謝反応が順次進行し、貝柱中のエキス分が減少すると考えられた。
【0071】
(4)製品の色調に及ぼす水煮処理の影響
製品歩留まり及び色調に及ぼす水煮処理の影響について調べることを目的に、水煮処理条件を90℃、15分間(実施例3)としてホタテ干し貝柱を製造し、得られた干し貝柱の色調を求めた(サンプル13)。なお、水煮処理を行わなかった場合(比較例2)の干し貝柱(サンプル14)を対照とした。
【0072】
色彩色差計(コニカミノルタ社製CR400)を用いて測定し、得られたa
*値及びL
*値を求めることで評価した。また、その結果を表5に示した。
【0073】
【表5】
【0074】
表5に示したように、サンプル13(実施例3)は、製品の褐変度を示すa
*値が2.08±0.21と、サンプル14(比較例2)場合の4.17±0.27と比べて低い値を示した。また、製品の明るさを示すL
*値について、サンプル13では40.42±0.38と、サンプル14の場合の33.31±0.92と比べて高い値を示した。このように、水煮処理することでホタテ干し貝柱は優れた色調を呈し、水煮処理を行わない場合と比べて、ホタテ干し貝柱の色調が著しく向上した。
【0075】
(5)塩水浸漬における貝柱への塩味付与に及ぼす水煮処理の影響
摘出した貝柱の塩味付与に及ぼす水煮処理の影響について調べることを目的に、実施例4で製造した干し貝柱(サンプル15)と、摘出貝柱を水煮処理をせずに同様の条件下で塩水浸漬後、水煮処理して製造した干し貝柱(サンプル16)の塩分をそれぞれ測定した。
【0076】
干し貝柱の塩分は、製品に含まれる成分を水で抽出した抽出液中の塩分をデジタル塩分計(アタゴ社製ES−421)で測定することで算出した。また、その結果を
図5に示した。
【0077】
図5に示したように、サンプル15(実施例4)の塩分が9.0重量%と、サンプル16の場合の5.5重量%と比べて高い値を示した。この結果から、摘出した貝柱を塩水に浸漬する前に水煮処理を行うことで塩水浸漬による塩分付与の効率が高まることが分かった。
【0078】
(6)貝柱への塩味付与に及ぼす塩水濃度の検討
摘出した貝柱の塩味付与に及ぼす塩水濃度の影響について調べることを目的に、実施例5〜7で製造した各干し貝柱(サンプル17〜19)の塩分をそれぞれ測定した。
【0079】
干し貝柱の塩分は、前記2.(5)と同様に測定した。また、その結果を
図6に示した。
【0080】
図6に示したように、サンプル17(実施例5:3.5重量%、2日間浸漬)の塩分は4.8重量%、サンプル18(実施例6:20重量%、1日間浸漬)は12.3重量%、サンプル19(実施例7:20重量%、2日間浸漬)は18.1重量%であった。これらの結果から、目的とする塩分の干し貝柱、例えば、直接摂取するのに適する塩分5〜6重量%の干し貝柱を製造する場合、塩水浸漬に用いる塩水の塩分を高くすることで浸漬時間を短縮できることが分かった。
【0081】
3.副産物からの貝柱由来アミノ酸を含有する調味料の製造
(1)水煮液、塩水浸漬液及び蒸煮液に含まれる遊離アミノ酸及びタウリン
本発明におけるホタテ干し貝柱の製造時に産出する副産物の利用を目的に、まず始めに、実施例1における水煮処理によって産出した水煮液(サンプル20)、実施例1及び2における塩水浸漬処理によって産出した塩水浸漬液(サンプル21及び22)及び実施例1における焙乾によって産出した蒸煮液(サンプル23)に含まれる遊離アミノ酸及びタウリン量を調べた。なお、遊離アミノ酸及びタウリンの測定は、HPLC(ポストカラム法)を用いて行った。また、その結果を表6に示した。
【0082】
【表6】
【0083】
表6に示したように、各種サンプル(20〜23)に含まれている遊離アミノ酸及びタウリン量はそれぞれ異なっていたが、それらに含まれる遊離アミノ酸組成には大きな差異がなく、グリシン及びタウリンが全体の約8割を占めていた。
【0084】
(2)粉末化及びその性状
実施例1における水煮処理によって産出した水煮液、実施例1及び2における塩水浸漬処理によって産出した塩水浸漬液及び実施例1における焙乾によって産出した蒸煮液をそれぞれ回収し、これらを凍結乾燥することで各種サンプル(24〜27)をそれぞれ調製した。
【0085】
調製した各種サンプル(24〜27)について、回収した粉末重量から原貝あたりの歩留まり(エキス換算)をそれぞれ算出した(表7)。
【0086】
【表7】
【0087】
表7に示すように、水煮液から調製した乾燥粉末(サンプル24)は、歩留まりが0.83重量%であった。一方、サンプル24の塩量について、前記2.(5)と同様の方法で調べたところ、塩が8.3重量%の値を示し、サンプル24は塩味をほとんど感じず自然な貝柱風味が認められるこれまでにない新しい粉末を得た。また、サンプル24に含まれる成分は、ホタテ貝柱由来の成分のみであり、貝柱由来アミノ酸含有粉末として利用できることも分かった。
【0088】
一方、塩水浸漬処理によって産出した塩水浸漬液から調製した乾燥粉末(サンプル25及び26)は、浸漬する時に用いた塩水の塩化ナトリウム濃度と浸漬時間の違いによって歩留まりが異なり、原貝からの歩留まりは、3.5重量%塩水浸漬粉末(サンプル25)では1.00重量%、20重量%塩水浸漬粉末(サンプル26)では2.65重量%であった。また、サンプル25及び26に含まれる成分は、浸漬液を調製するために用いた食塩とホタテ貝柱由来の成分のみであり、貝柱の風味を具備した今までに無い新しい塩を得ることができた。
【0089】
他方、焙乾によって産出した蒸煮液から調製した乾燥粉末(サンプル27)は、原貝からの歩留まりは0.11重量%であった。一方、サンプル27の塩量について、前記2.(5)と同様の方法で調べたところ、塩の割合が30.0重量%の値を示し、焙乾時に付与されたホタテ干し貝柱様の独特の風味と適度な塩味を有していた。
【0090】
また、これらの乾燥粉末を水に再度溶解し、噴霧乾燥したところ、低固形分濃度(5重量%)においてもデキストリンや賦形剤を添加することなく粉末化が可能であった。