(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、C:0.01-0.25%、Si:0.01-1.0%、Mn:0.05-3.0%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Al:0.15-10.0%、Sn:0.03-0.5%を含有し、残部Feおよび不純物からなり、かつ、Sn中の固溶Snの割合が95%以上である鋼材であって、その表面がAlおよびSnとともにα−FeOOHを含有する保護性錆層で覆われており、かつ保護性錆層中のα−FeOOHのβ−FeOOHに対する比が0.5以上であることを特徴とする、耐食性に優れた鋼材。
さらに、質量%で、Cr:7.0%以下、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Mo:1.0%以下、W:1.0%以下、Sb:0.2%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1に記載の耐食性に優れた鋼材。
さらに、質量%で、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下の1種または2種を含有することを特徴とする、請求項1から3までのいずれかに記載の耐食性に優れた鋼材。
さらに、質量%で、Nb:0.1%以下、V:0.5%以下、B:0.01%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1から4までのいずれかに記載の耐食性に優れた鋼材。
【背景技術】
【0002】
鋼材の腐食を加速する因子として、塩化物の影響が極めて大きいことが良く知られている。特に海岸地域にある橋梁等の構造物、港湾施設に使用される鋼矢板や鋼管杭等、船舶外板やバラストタンク、海洋構造物、洋上風力発電設備などにおいては直接海水の飛沫を受け、さらに乾湿繰り返し環境にさらされるため、きわめて腐食が大きい。また、海水中においても乾湿繰り返し環境ほどではないが腐食が大きく長期の使用に際しては問題となることがある。海浜地域においては海水の飛沫は無いものの、海塩粒子の飛来により腐食が促進される。また、内陸部においても冬季には路面凍結を防ぐために塩化物を含む凍結防止剤を散布することがなされているなど、塩化物による腐食はいたるところで問題となっている。さらには、直接海水環境には曝されないが海水による洗浄等がおこなわれる鉱石運搬船や原油タンカーのタンクなども洗浄後に残留する塩化物による腐食が問題となる。また、原油タンカー内においては高濃度塩化物溶液であるドレン水が存在する厳しい腐食環境となっている。その他、オイルサンドの掘削・輸送設備においても塩化物による腐食が問題となる。
【0003】
このような事情より、特に塩化物による腐食が問題となる環境では鋼材を塗装して用いられているが、塗膜の劣化により、また鋼材エッジなどの塗膜厚の薄い部分から腐食が発生・進行するため、構造物を長期使用する際にはメンテナンス(再塗装)が必須である。その場合、構造物によっては足場を設置する必要があることなどからメンテナンス費が莫大なものとなること、また塗装により人体に有害とされているVOC(揮発性有機化合物)が大量に発生することなどが問題となる。こうしたことから、塗装をしなくても耐食性の良い鋼材、または再塗装の間隔を延長可能な鋼材の開発が従来から強く望まれてきた。
【0004】
このような塩化物環境下で耐食性に優れた鋼材としては、特許文献1に示されるCrの含有量を増加させた鋼材、特許文献2に示されるNi含有量を増加させた鋼材等が提案されている。
【0005】
CrやNiを増加させずに耐食性に優れる鋼としては、例えば、特許文献3に、P, Ni, Moを必須元素とし、Sbおよび/またはSnを添加した鋼材が開示され、そして、特許文献4には、P, Cu, Ni, Sbを必須添加した鋼材が開示されている。
【0006】
さらに、特許文献5には、Cuを必須元素とし、Sbおよび/またはSnを添加した鋼材が開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、Crは一般に鋼材の耐食性に寄与する元素であるが、特許文献1に示されるCrの含有量を増加させた鋼材では、非常に厳しい塩化物環境においては鋼材にCrを一定量含有させても耐食性が不十分になり、鋼材が長期間の使用に耐えられない場合がある。鋼材中のNi含有量を増加させた場合にも耐食性の改善効果を期待できるが、特許文献2に示されるNi含有量を増加させた鋼材では、非常に厳しい塩化物環境下では十分な耐食性を持たず、また鋼材のコストが高くなるという問題がある。
【0009】
そして、特許文献3に開示された、P, Ni, Moを必須元素とし、Sbおよび/またはSnを添加した溶接構造物用鋼材は、溶接性を阻害する0.03%以上のPを含有することから、その溶接性には不安が残る。一方、特許文献4に開示された、P, Cu, Ni, Sbを必須添加した鋼材は、飛来塩分量0.8mddの環境において耐候性が良好であるとしているにすぎず、それを超えるような厳しい塩分飛来環境下においては耐候性が十分でないという問題がある。
【0010】
さらに、特許文献5に開示された、Cuを必須元素とし、Sbおよび/またはSnを添加した鋼材は、重油などを燃焼させたときに排出される燃焼排ガスに対する耐食性を有する鋼材であって、本願発明にかかる塩化物環境下とは大きく異なる環境下で使用する鋼材である。したがって、必ずしもこのような鋼材をそのまま本願発明の塩化物環境下で適用することはできない。
【0011】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたもので、その目的は、海水などの塩化物による腐食に対する抵抗性に優れる耐食性鋼材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題を解決するために、塩化物による腐食促進機構について詳細に検討した結果、塩化物の多い環境においてはFe
3+の加水分解により腐食界面のpHが低下し、そのため腐食が促進されることを見出した。従来の鋼材については塩化物が非常に多い環境においては錆層の保護性は期待できなかったが、特定の元素を含有させた鋼材については、非常に保護性の高い錆層が形成されるために腐食界面のpH低下の原因となる鉄イオンの溶出を著しく抑制し、結果としてpHの低下を抑制する作用を有することが判明した。
【0013】
本発明者等は、上記の考え方をもとに、種々の合金元素の耐候性への影響について検討した結果、下記の(a)〜(i)に示す知見を得た。
【0014】
(a) ある濃度以上のAlを含有させることにより、厳しい塩化物環境においても保護性の高い錆層が形成されることにより著しく耐食性が向上する。
【0015】
(b) Al含有鋼にSnを複合して含有させると、Alを単独で含有させた場合に比べ極めて保護性の高い錆層が形成され、厳しい腐食環境においても従来の材料とは異なり時間とともに腐食速度が低減する。
【0016】
(c) これは、SnがSn
2+として溶解し、2Fe
3+ + Sn
2+
→ 2Fe
2+ + Sn
4+ なる反応によりFe
3+の濃度を低下させることでFe
3+の加水分解によるpH低下を抑制するためであり、さらに、Snには溶解後イオンとしてアノード溶解を大幅に抑制する作用があることから、微量で耐食性を大幅に向上させることができる。
【0017】
(d) その際、鋼材表面に生成する錆層には、α−FeOOHとβ−FeOOHが含まれる。そして、保護性の高い錆層が形成されるためには、α−FeOOHのβ−FeOOHに対する比(α/β比)を0.5以上とするのが好ましい。
【0018】
(e) なお、Snは鋼材中に固溶状態で存在している場合、Sn
2+として溶解しやすい。鋼材中の固溶Snが多ければ、Fe
3+の加水分解によるpH低下をより抑制することができるとともに、アノード溶解反応もより抑制することができる
【0019】
(f) さらにCrを添加することにより、中性環境での耐食性改善効果により腐食界面におけるpH低下を抑制し、耐食性が向上する。
【0020】
(g) Snと同様に鋼のアノード溶解反応を抑制するにはCu,
Ni, Mo, W, Sbが有効である。
【0021】
(h) また、Ti, Zrを含有させると腐食の起点となる介在物を低減することにより耐食性が向上する。
【0022】
(i) Ca, Mgは腐食界面のpHを上昇させて腐食環境をマイルドにする作用を有する。
【0023】
本発明は、上記の知見に基づいて完成したものであって、その要旨は下記の(1)〜
(7)に示す耐食性に優れた鋼材である。
【0024】
(1) 質量%で、C:0.01-0.25%、Si:0.01-1.0%、Mn:0.05-3.0%、P:0.05%以下、S:0.01%以下、Al:
0.15-10.0%、Sn:0.03-0.5%を含有し、残部Feおよび不純物からなり、かつ、Sn中の固溶Snの割合が95%以上である鋼材であって、その表面がAlおよびSnとともにα−FeOOHを含有する保護性錆層で覆われており、かつ保護性錆層中のα−FeOOHのβ−FeOOHに対する比が0.5以上であることを特徴とする、耐食性に優れた鋼材。
【0027】
(2) さらに、質量%で、Cr:7.0%以下、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Mo:1.0%以下、W:1.0%以下、Sb:0.2%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする、
上記(1)に記載の耐食性に優れた鋼材。
【0028】
(3) さらに、質量%で、Ti:0.2%以下、Zr:0.2%以下の1種または2種を含有することを特徴とする、
上記(1)または(2)に記載の耐食性に優れた鋼材。
【0029】
(4) さらに、質量%で、Ca:0.01%以下、Mg:0.01%以下の1種または2種を含有することを特徴とする、
上記(1)〜(3)のいずれかに記載の耐食性に優れた鋼材。
【0030】
(5) さらに、質量%で、Nb:0.1%以下、V:0.5%以下、B:0.01%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする、
上記(1)〜(4)のいずれかに記載の耐食性に優れた鋼材。
【0031】
(6) さらに、質量%で、REM:0.01%以下を含有することを特徴とする、
上記(1)〜(5)のいずれかに記載の耐食性に優れた鋼材。
【0032】
(7) 鋼材表面の少なくとも一部に防食
皮膜が被覆されていることを特徴とする、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の耐食性に優れた鋼材。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、塩化物を含む環境における耐食性に優れる耐食性鋼材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0034】
本発明が適用される鋼材は特に制限されていないが、好ましくは構造用鋼材、特に海洋構造物や港湾施設、船舶、建築・土木構造物、自動車、鉄道などにおいての構造材料として用いられる鋼材である。
【0035】
鋼材の形態については特に制限されず、板や棒、形鋼、管、鋳造品などを含む任意の形態でよく、ラインパイプや配管等で使用する鋼管の他、鋼管杭、鋼矢板、鉄筋などの種々の形状の鋼材にも適用できる。
【0036】
以下、本発明について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0037】
(A) 鋼材の化学組成について
本発明において、鋼材の化学組成を規定する理由は次のとおりである。
【0038】
C: 0.01〜0.25%
Cは、材料としての強度を確保するために必要な元素であり、0.01%以上の含有量が必要である。しかし、0.25%を超えて含有させると溶接性が著しく低下する。また、C含有量の増大とともに、pHが低下する環境でカソードとなって腐食を促進するセメンタイトの生成量が増大するため、耐食性が低下する。このため上限を0.25%とした。Cの下限値は0.02%が好ましく、0.03%がより好ましい。Cの上限値は0.18%が好ましく、0.16%がより好ましい。
【0039】
Si: 0.01〜1.0%
Siは脱酸に必要な元素であり、十分な脱酸効果を得るためには0.01%以上含有させる必要がある。しかし、1.0%を超えて含有させると母材および溶接継手部の靱性が損なわれる。このため、Siの含有量を0.01〜1.0%とした。Siの下限値は0.03%が好ましく、0.05%がより好ましい。Siの上限値は0.8%が好ましく、0.6%がより好ましい。
【0040】
Mn: 0.05〜3.0%
Mnは低コストで鋼の強度を高める作用を有する元素であり、この効果を得るためには0.05%以上の含有量が必要である。しかし、3.0%を超えて含有させると溶接性が劣化するとともに継手靭性も劣化する。このため、Mnの含有量を0.05〜3.0%とした。Mnの下限値は0.2%が好ましく、0.4%がより好ましい。Mnの上限値は2.5%が好ましく、2.0%がより好ましい。
【0041】
P: 0.05%以下
Pは鋼材中に不可避的不純物として存在する。Pは耐酸性を低下させる元素であり、腐食界面のpHが低下する塩化物腐食環境においては耐食性を低下させる。さらには溶接性および溶接熱影響部の靭性を低下させることから、含有量は少なければ少ないほどよい。このため、Pの含有量は0.05%以下に制限する。0.04%以下とすることが好ましく、0.03%未満とすることがより好ましい。
【0042】
S: 0.01%以下
Sは鋼中に不純物として不可避的に存在する。Sは鋼中に腐食の起点となるMnSを形成し、その含有量が0.01%を超えると、耐食性の低下が顕著になる。このため、Sの含有量は0.01%以下に制限する。0.008%以下とすることが好ましく、0.006%以下とすることがより好ましい。
【0043】
Al: 0.03%を超えて10.0%以下
Alは本発明において最も重要な元素であり、0.03%を超えて含有することにより塩化物環境において保護性錆層(α−FeOOH)が形成される。錆層の形成に際して一定の量のAlが保護性錆層に取り込まれる。その形態の詳細は不明であるが、FeがAlに置換された形で保護性錆層(α-(Fe,Al)OOH)が形成されると推測される。この結果、耐食性が著しく向上する。一方で、10.0%を超えて含有させても効果が飽和する。したがって、Alの含有量は0.03%を超えて10.0%以下とする。Alの下限値は0.1%が好ましく、0.5%がより好ましい。Alの上限値は9.0%が好ましく、8.0%がより好ましい。
【0044】
Sn: 0.01〜0.5%
Snは、低pH塩化物腐食環境における耐食性を大幅に向上させる作用を有する。SnはSn
2+として溶解し、2Fe
3+ + Sn
2+ → 2Fe
2+ + Sn
4+
なる反応によりFe
3+の濃度を低下させることでFe
3+の加水分解によるpH低下を抑制する作用を有する、さらに、Snには溶解後イオンとしてアノード溶解を大幅に抑制することができる。さらに、上記のAlを0.03%を超えて含有する鋼材にSnを複合して含有させると、塩化物の多い厳しい腐食環境においてAlを単独で含有する鋼材に比べ著しく保護性の高いSnを含む保護性錆層が形成される。この保護性錆層中のSnも上述同様アノード溶解を抑制する作用を有する。これらの効果を得るにはSnを0.01%以上含有させる必要がある。一方、Snを0.5%を超えて含有させても、前記の効果は飽和するばかりでなく、母材および大入熱溶接継手の靭性が劣化する。したがって、Snの含有量は0.01〜0.5%とする。Snの下限値は0.02%が好ましく、0.03%がより好ましい。Snの上限値は0.4%が好ましく、0.3%がより好ましい。
【0045】
本発明に係る鋼材は、上記の化学組成を有し、残部がFeおよび不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に鉱石やスクラップ等のような原料をはじめとして製造工程の種々の要因によって混入する成分を意味する。
【0046】
本発明に係る鋼材は、上記の成分のほか、必要に応じて、次の第1群から第5群までの少なくとも1群のうちから選んだ1種以上の成分を含有させることができる。以下、これらの群に属する成分について述べる。
【0047】
第1群の成分:Cr, Cu, Ni, Mo, W, Sb
【0048】
Cr: 7.0%以下
Crは中性環境での耐食性を著しく向上させる作用を有するので、必要に応じて含有させることができる。塩化物が多い環境においては腐食界面のpH低下がおこるが、Crを含有させることによりFe
2+の溶出が著しく抑えられるため、空気酸化によるFe
3+の生成も少なくなる。その結果、Fe
3+の加水分解によるpH低下が大幅に抑制されるため、耐食性が著しく向上する。さらに、CrをSnと複合して含有させると、塩化物の多い厳しい腐食環境においても極めて保護性の高い錆層が形成される。しかし、Crを7.0%を超えて含有させると、溶接性が著しく低下する。したがって、Crの含有量は7.0%以下とする。好ましくは1.0%以下、さらに好ましくは0.8%以下である。上記効果を効果的に得るためには、Crを0.01%以上含有させることが好ましく、0.05%以上含有させることがより好ましい。
【0049】
Cu: 1.0%以下
Cuは、低pH環境における鋼のアノード溶解を抑制することにより耐食性を向上させる作用を有するので、必要に応じて含有させることができる。ただし、Cuを1.0%を超えて含有させると、効果が飽和するだけでなく、脆化を起こす原因となる。したがって、その含有量は1.0%以下とする。上記効果を効果的に得るためには、Cuを0.02%以上含有させることが好ましく、0.03%以上含有させることがより好ましい。
【0050】
なお、鋼中にCuを添加した場合にはCuとSnが共存することになるため、製造方法によっては圧延割れが生じることもある。圧延割れを抑制するためには、Cuの含有量を少なくした上で、Snに対するCuの含有量の比を小さくするのが好ましい。Cuの含有量を0.2%未満とし、Cu/Snの含有量比を1.0以下とすることが好ましい。Cuの含有量は0.1%未満とすることがより好ましい。
【0051】
Ni: 1.0%以下
NiもCuと同様、低pH環境における鋼のアノード溶解を抑制することにより耐食性を向上させる作用を有するので、必要に応じて含有させることができる。ただし、1.0%を超えて含有させると効果が飽和するだけでなく、コストの著しい上昇につながる。したがって、その含有量は1.0%以下とする。Niの上限値は0.8%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.01%以上含有させるのが好ましく、0.02%以上含有させるのがより好ましい。
【0052】
Mo: 1.0%以下
Moは溶解して酸素酸イオンMoO
42-の形で錆に吸着し、錆層中の塩化物イオンの透過を抑制する作用効果を有する元素であるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、含有量が1.0%を超えると効果が飽和するだけでなく、鋼材のコストが大幅に上昇する。したがって、Moの含有量は1.0%以下とする。Moの上限値は0.7%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.01%以上含有させることが好ましく、0.02%以上含有させることがより好ましい。
【0053】
W: 1.0%以下
WはMoと同様に、溶解して酸素酸イオンの形で存在し、錆層中の塩化物イオンの透過を抑制するので、必要に応じて含有させることができる。ただし、含有量が1.0%を超えると効果が飽和するだけでなく、鋼材のコストが大幅に上昇する。したがって、Wの含有量は1.0%以下とする。Wの上限値は0.7%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.01%以上含有させることが好ましく、0.02%以上含有させることがより好ましい。
【0054】
Sb: 0.2%以下
Sbは耐酸性に優れた元素であり、低pH環境において鋼のアノード溶解反応を抑制するとともに、水素ガス発生反応やFe
3+の還元反応を抑制することで塩化物環境における耐食性を向上させるので、必要に応じて含有させることができる。ただし、0.2%を超えて含有させると靭性が著しく劣化する。したがって、Sbの含有量は0.2%以下とする。Sbの上限値は0.15%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.01%以上含有させることが好ましく、0.02%以上含有させることがより好ましい。
【0056】
Ti: 0.2%以下
Tiは硫化物の形成により腐食の起点となるMnSの形成を抑える作用効果を有するので、必要に応じて含有させることができる。ただし、0.2%を超えて含有させると効果が飽和するだけでなく鋼材のコストが上昇する。したがって、Tiの含有量は0.2%以下とする。Tiの上限値は0.15%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.001%以上含有させることが好ましく、0.005%以上含有させることがより好ましい。
【0057】
Zr: 0.2%以下
ZrはTiと同様に硫化物を形成することにより腐食の起点となるMnSの形成を抑える作用効果を有しているので、必要に応じて含有させることができる。ただし、0.2%を超えて含有させると効果が飽和するだけでなく鋼材のコストが上昇する。したがって、Zrの含有量は0.2%以下とする。Zrの上限値は0.15%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.001%以上含有させることが好ましく、0.005%以上含有させることがより好ましい。
【0059】
Ca: 0.01%以下
Caは鋼中に酸化物の形で存在し、腐食反応部における界面のpHの低下を抑制して、腐食の促進を抑える作用を有しているので、必要に応じて含有させることができる。ただし、0.01%を超えて含有させると効果が飽和する。したがって、Caの含有量は0.01%以下とする。Caの上限値は0.005%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.0002%以上含有させることが好ましく、0.0005%以上含有させることがより好ましい。
【0060】
Mg: 0.01%以下
Mgは、Caと同様に、腐食反応部における界面のpHの低下を抑制するので、必要に応じて含有させることができる。ただし、0.01%を超えて含有させると効果が飽和する。したがって、Mgの含有量は0.01%以下とする。Mgの上限値は0.005%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.0002%以上含有させることが好ましく、0.0005%以上含有させることがより好ましい。
【0062】
Nb: 0.1%以下
Nbは鋼材の強度を上昇させる元素であるので、必要に応じて含有させることができる。しかし、0.1%を超えて含有させると効果が飽和するため、Nbの含有量は0.1%以下とする。Nbの上限値は0.05%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.001%以上含有させることが好ましく、0.003%以上含有させることがより好ましい。
【0063】
V: 0.5%以下
VはNbと同様に鋼材の強度を上昇させる元素であり、また、MoやWと同様に、溶解して酸素酸イオンの形で存在しさび層中の塩化物イオンの透過を抑制する作用も有するので、必要に応じて含有させることができる。しかし、含有量が0.5%を超えると効果が飽和するばかりでなくコストが著しく上昇する。したがって、Vの含有量は0.5%以下とする。Vの上限値は0.3%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.005%以上含有させることが好ましく、0.01%以上含有させることがより好ましい。
【0064】
B: 0.01%以下
Bは焼入性を向上させて強度を高める元素であるので、必要に応じて含有させることができる。しかし、Bの含有量が0.01%を超えると、強度を高める効果が飽和し、また、母材、HAZともに靱性劣化の傾向が著しくなる。したがって、Bの含有量は0.01%以下とする。焼入れ性と強度を高める効果を効果的に得るためには、0.0003%以上含有させることが好ましい。
【0066】
REM: 0.01%以下
REM(希土類元素)は鋼の溶接性を向上させる作用を有するので、必要に応じて含有させることができる。しかし、含有量が0.01%を超えると効果が飽和するため、REMの含有量は0.01%以下とする。REMの上限値は0.005%が好ましい。上記効果を効果的に得るためには、0.0002%以上含有させることが好ましく、0.0005%以上含有させることがより好ましい。
【0067】
ここで、REMとは、ランタノイドの15元素にYおよびScをあわせた17元素の総称であり、これらの元素のうちの1種または2種以上を含有させることができる。なお、REMの含有量はこれら元素の合計含有量を意味する。
【0068】
(B)保護性錆層中のAl量、Sn量およびα−FeOOH量について
錆層中にAlが含有されることにより、塩化物環境において著しく高い保護性が発揮される。保護性錆層中のAl量は多ければ多いほうがよい。本発明における鋼材においては、保護性錆層中のAl量は金属換算で1.5〜2000 mg/m
2とするのが好ましい。
【0069】
錆層中にSnが含有されることにより、塩化物環境において著しく高い保護性が発揮される。保護性錆層中のSn量は多ければ多いほうがよい。本発明における鋼材においては、保護性錆層中のSn量は金属換算で0.5〜100 mg/m
2とするのが好ましい。
【0070】
保護性錆層中には、安定錆であるα−FeOOHのほかに、β−FeOOHが生成する。塩化物環境において著しく保護性の高い錆層が形成されるためには、α−FeOOHのβ−FeOOHに対する比(α/β比)を0.5以上とする必要がある。α/β比は、1.0以上が好ましく、1.5以上がより好ましい。なお、α/β比は、錆層中のα−FeOOHとβ−FeOOHをX線回折測定により定量分析することによって求めることができる。
【0071】
なお、錆層中のα/β比を0.5以上とするためには、年平均飛来塩分量が0.05〜10mg/dm
2/day(mdd)、かつ相対湿度が76%以上となる時間の割合が年平均で5%以上となる環境下において腐食させればよい。
【0072】
(C) 固溶Snについて
本発明においては、鋼材に添加したSnが高い割合で固溶していることが好ましい。特に、Sn中の固溶Snの割合が95.0%以上であると、保護性錆が形成され、十分な耐食性を確保することができるからである。先に述べたように、耐食性を向上させるのは腐食により溶解したSnイオンであることから、難溶性の析出物中にSnが含有されて鋼中への固溶度が低くなると、耐食性向上作用が十分でなくなる。また、固溶Snの割合が低いと、保護性錆形成に寄与するSnの量が減少するため、保護性錆の形成が不十分となりやすい。
【0073】
なお、固溶Snの割合を95%以上とするためには、例えば、Snと化合物を形成しやすいSやOの含有量を低く抑えたスラブを、鋼の組成に応じて、1100〜1200℃程度で加熱後、圧延1パスあたりの圧下率が3%以上、圧延仕上げ温度が700〜900℃程度の条件で熱間圧延する。圧延後は大気中で放冷するか、あるいはAr
3点以上の温度から少なくとも550℃程度までの温度域を、5℃/s以上の冷却速度で冷却することにより製造することができる。なお、ここでの温度とは鋼材表面の温度である。
【0074】
(D)防食皮膜について
上記に説明した本発明の鋼材は、そのまま使用しても良好な耐食性を示す。しかし、その表面を有機樹脂や金属からなる防食被膜で被覆した場合には、従来の鋼材に比べ防食被膜の耐久性が向上し、耐食性が一段と向上する。
【0075】
ここで、有機樹脂からなる防食被膜としては、ビニルブチラール系、エポキシ系、ウレタン系、フタル酸系等の樹脂被膜を挙げることができる。また、金属からなる防食被膜としては、Zn、Al、Zn-Al等のメッキ被膜やZn、Al、Al-Mgなどの溶射被膜を挙げることができる。
【0076】
防食被膜の耐久性が向上するのは、下地である本発明鋼材の腐食が著しく抑制される結果として、防食被膜欠陥部からの下地鋼材腐食に起因する防食被膜のふくれや剥離が抑制されるためであると考えられる。
【0077】
上記の防食被膜で覆う処理は通常の方法で行えばよい。また、必ずしも鋼材の全面に防食被膜を施す必要はなく、腐食環境に曝される面としての鋼材の片面、鋼管であれば外面または内面だけ、すなわち鋼材表面の少なくとも一部を防食処理するだけでもよい。
【実施例】
【0078】
真空溶解炉を用いて
47種類の鋼を溶製し、50kg鋼塊とした後、通常の方法で熱間鍛造して厚さが60mmのブロックを作製した。
【0079】
表1および2に、作製したブロックの化学組成を示す。併せて、Sn中の固溶Snの割合(Sn固溶度)を示す。
【0080】
【表1】
【0081】
【表2】
【0082】
なお、SnはO(酸素)やSと化合物を形成し、酸化スズ(SnO、SnO
2など)や硫化スズ(SnS、SnS
2)を形成する。したがって、これらの化合物が鋼中に形成されると、鋼材中の固溶Snは減少することから、鋼を溶製するに当たっては、鋼No.46を除き、以下のように脱酸、脱硫の管理をして鋼材中の固溶Snを調整した。
【0083】
すなわち、脱酸は、溶製初期段階で予めSiとMnを添加して予備脱酸を行い、溶存酸素濃度を100ppm以下とした後、Alを添加して改めて脱酸を行った。このとき、必要によりAlと共に脱酸効果を有するTiも合わせて添加した。一方、脱硫は、溶製により形成されたスラグに生石灰をスラグ改質剤とともに投入することにより行った。
【0084】
次いで、上記ブロックを、1120℃で1時間加熱してから熱間圧延し、850℃で厚さ20mmに仕上げ、その後室温まで大気中で放冷して鋼板とした。
【0085】
前記厚さが20mmの各鋼板から、幅が60mm、長さが100mm、厚さが3mmの試験片を採取し、塩化物環境における試験に供した。一部の鋼種については、変性エポキシ系塗料でスプレー塗装により約200μmの防食皮膜を形成した上、防食皮膜に十字の疵を入れて一部地金を露出し、同様の腐食試験に供した。
【0086】
腐食試験は、海岸地域における暴露試験を用いた。沖縄地方の海岸で海水飛沫の飛来がある極めて厳しい環境において、3年間の暴露試験をおこなった。
【0087】
暴露試験後、各試験片の表面の錆層を除去し、板厚減少量を測定した。また、採取した錆試料をデシケーター内で1週間以上乾燥した後、ZnO粉末(和光純薬製、粒径約5μm)を内部標準物質として、粉末X線回折法により、錆構成化合物の定量分析を行った。粉末X線回折用試料は予め採取した錆重量に対して一定重量比(本実施例では30%とした。)のZnOを混ぜ、めのう乳鉢により錆とZnOが均一に分散するように混合した。X線回折測定は理学電気(株)製RU200型を用い、Coターゲット、電圧-電流は30kV-100mAとして、走査速度2°/minで測定を行った。予め標準試薬であるα−FeOOH、γ-FeOOH(レアメタリック社製)、Fe
3O
4(高純度化学製)、およびFeCl
3水溶液を100°Cで加水分解して合成したβ−FeOOHを用いて作製した検量線を用い、得られたX線回折パターンの強度より、定量分析を行った。こうして定量された錆中のβ−FeOOHとα−FeOOHの量(質量%)を比較した。さらに、一定面積より採取した錆試料を濃塩酸に溶解し、ICP分析によりAl量およびSn量の測定をおこなった。
【0088】
防食処理された鋼材については、防食皮膜疵部の最大腐食深さを測定した。試験結果を表3および4に示す。ここで、「腐食減量」は、試験片の平均の板厚減少量であり、試験前後の重量減少と試験片の表面積を用いて算出したものである。また、「腐食深さ」は、塗装疵部の鋼材表面からの深さの最大値である。
【0089】
【表3】
【0090】
【表4】
【0091】
保護性錆形成の判定方法としては以下の方法を用い、保護性錆層が十分に形成されている場合は「○」と表示した。保護性錆層の十分な形成が顕著な場合は、特に「◎」と表示した。これに対して、保護性錆層の形成が不十分の場合は「×」と表示した。
【0092】
暴露試験1, 2, 3年結果を用い、試験期間をx、腐食減量あるいは腐食深さをyとして、
y=A・x
B ・・・ (1)
の形で近似し、求めた係数Bが0.8以下である場合、保護性錆層が形成されているとした。なお、保護性さびが形成されていない場合は腐食減量あるいは腐食深さが試験期間とともに直線的に増加するため、係数Bが1に近い値となる。
【0093】
さらに、試験材に生成した錆を上記のX線回折測定により定量分析し、生成したα−FeOOHのβ−FeOOHに対する比(α/β比)を求め、表3および4に併せて示した。
【0094】
表3および4の結果から明らかなように、比較例の鋼No.50〜
53では、鋼中のAl含有量、Sn含有量、α/β比のうちの少なくとも1つが低かったため、腐食減量および腐食深さが大きく、十分な保護性錆層が形成されなかった。すなわち、鋼No.50は鋼中のAl含有量が低いため、十分な保護性錆が形成されなかった。鋼No.51は鋼中にSnを含有せず、またα/β比も低いため、十分な保護性錆が形成されなかった。鋼No.52は鋼No.50と同様に鋼中のAl含有量が低いため、十分な保護性錆が形成されなかった。鋼No.53は鋼中のAl含有量が低く、かつ鋼中にSnも含有せず、またα/β比も低いため、十分な保護性錆が形成されなかった
。
【0095】
一方、本発明例の鋼No.1〜4、7
、8、10〜16、18〜20、22〜27および29〜45では、鋼中のAl含有量、Sn含有量、固溶Snの割合、α/β比のいずれも満足しており、保護性錆層の十分な形成が顕著であった。これは、α/β比が1.7〜3.5と高く、β−FeOOHの生成が抑制され、α−FeOOHが多く生成しているためである。なお、鋼No.
9、17、28および46は参考例である。