特許第5942841号(P5942841)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5942841強度と耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体及びホットスタンプ成形体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5942841
(24)【登録日】2016年6月3日
(45)【発行日】2016年6月29日
(54)【発明の名称】強度と耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体及びホットスタンプ成形体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160616BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20160616BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20160616BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20160616BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20160616BHJP
   B21D 22/20 20060101ALI20160616BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20160616BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C22C38/38
   C22C38/58
   C21D9/00 A
   C21D1/18 C
   B21D22/20 E
   B21D22/20 H
   B21D22/20 Z
   !C21D9/46 G
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-279668(P2012-279668)
(22)【出願日】2012年12月21日
(65)【公開番号】特開2014-122398(P2014-122398A)
(43)【公開日】2014年7月3日
【審査請求日】2015年8月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100113918
【弁理士】
【氏名又は名称】亀松 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100172269
【弁理士】
【氏名又は名称】▲徳▼永 英男
(74)【代理人】
【識別番号】100140121
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 朝幸
(74)【代理人】
【識別番号】100111903
【弁理士】
【氏名又は名称】永坂 友康
(72)【発明者】
【氏名】川▲崎▼ 薫
(72)【発明者】
【氏名】東 昌史
(72)【発明者】
【氏名】虻川 玄紀
【審査官】 静野 朋季
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−070346(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/169640(WO,A1)
【文献】 国際公開第2013/105631(WO,A1)
【文献】 特開2004−124207(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2008/0286603(US,A1)
【文献】 特開2013−79441(JP,A)
【文献】 特表2013−527312(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 1/18
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.12〜0.40%、Si:0.3〜1%未満、Mn+Cr:1〜3%、P:0.001〜0.015%、S:0.001〜0.01%、Al:0.005〜0.1%、B:0.0003〜0.002%、O:0.0005〜0.0070%、N:0.001〜0.007%を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなり、ホットスタンプ成形後の鋼板組織が、鋼板組織全体に対する面積分率で、残留オーステナイトを1%以上5%未満とし、さらにマルテンサイトを70%以上含みかつ、マルテンサイトとベイナイトの合計で95%以上を含む組織であることを特徴とする1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
【請求項2】
さらに質量%で、Ti:0.005〜0.1%、Nb:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%を1種以上含む請求項1に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
【請求項3】
さらに質量%で、Ni:0.01〜2.0%、Cu:0.01〜2.0%、Mo:0.01〜0.5%を1種以上含む請求項1あるいは2に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
【請求項4】
さらに質量%で、Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%を1種以上含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
【請求項5】
ホットスタンプを行う際に、2℃/s以上の加熱速度でAc3点以上の950℃以下の温度域に加熱し、プレス成形を行い、プレス成形と同時に実施される冷却について、Ar3〜Ms-50℃の温度域を100℃/s以上の冷却速度で冷却し、(Ms-50)〜100℃間を平均冷却速度50℃/s以下で冷却することを特徴とする、請求項1〜4のいずれか1項に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体用の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプによって製造する部品に適用する際に、ホットスタンプ後の強度が1180MPa以上の強度を有しかつ、成形後の水素脆化特性を具備した成形体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境保護の視点から自動車車体軽量化は喫緊の課題であり、それに対して高強度鋼板を適用する検討が積極的に行われており、その鋼材強度も益々高まっている。しかし、鋼板強度が高くなるに伴い加工性が劣化するとともに、形状凍結性への配慮が必要となる。一方、通常使用されるプレス加工においては、その成形荷重が益々高まり、プレス能力上も実用化に向けて大きな課題である。
【0003】
こうした視点よりホットスタンプ技術は、鋼板をオーステナイト域の高温まで加熱した後にプレス成形を実施するものである。そのため、室温で実施する通常のプレス加工に比べ、成形荷重が大幅に低減される。また、プレス加工と同時に、金型内においていわゆる焼入れ処理を実施することになるため、鋼中に含まれるC量に応じた強度を得ることができることから、形状凍結性と強度確保を両立する技術として注目されている。
【0004】
一方、強度が高くなるに伴い、これまで薄板では問題にならなかった水素脆化の問題が懸念される。これを回避する技術として特許文献1〜4及び非特許文献1に記載されている。特許文献1はTRIP鋼を対象とし、水素トラップ能とラス状の残留オーステナイトを活用するものである。しかし、プレス成形後の状態では、TRIP(Transformation Induced Plasticity)効果により残留オーステナイトがマルテンサイトに変態した部分では、逆に水素が吐き出されることから、水素脆化が懸念される。また、残留オーステナイトを確保するために添加されるSi量が1%以上と高いため、めっき性の劣化が懸念される。
【0005】
また、特許文献2には、熱間プレス後に冷却−再加熱することにより、熱間成形後のプレス部材において、焼戻しマルテンサイトを含むマルテンサイト、ベイニティックフェライトを含むベイナイト及び残留オーステナイトを有する高強度プレス部材及びその製造方法が開示されている。しかし、5%以上と多量の不安定な残留オーステナイトが含まれていることから、部材として使用中に生じるいわゆるTRIP(Transformation Induced Plasticity)効果により高い延性が得られる一方、水素脆化特性の劣化が懸念される。なお、再加熱工程が必要なことから、設備コストの上昇を招くことも懸念される。
【0006】
特許文献3には、熱間プレス時の冷却過程におけるMs点までの冷却速度と、Ms点〜200℃までの冷却速度を規定し、安定した強度と靭性に優れたマルテンサイト組織を形成させることによる熱間成形法と熱間成形部材に関する技術が開示されている。しかし、本発明に比べてSi量が低いことに加え、熱間成形後に形成される残留オーステナイトに対する配慮がないため、本発明とは異なるものである。
【0007】
特許文献4には、(Mn+Cr)量と加熱終了から熱間プレスを開始するまでの時間を規定し、十分な靭性を得ることができる技術が開示されているが、水素脆化を改善する視点からホットスタンプ後に形成される残留オーステナイトを積極的に活用する本発明とは異なるものである。
【0008】
一方、非特許文献1は、残留オーステナイトの加工誘起変態に起因する水素脆化の助長について記載されたものである。これは、薄鋼板の加工性を考慮したものであり、非特許文献1には、水素脆化特性を劣化させない限界の残留オーステナイト量が記載されているが、これは残留オーステナイトの安定度に起因したものと考えられる。しかし、本発明が対象としているホットスタンプでは、加熱−加工−冷却後に残留するオーステナイトを対象としているため、本発明とは全く視点が異なるものである。
【0009】
さらに、残留オーステナイトを含むことを開示した技術として、特許文献5〜10がある。しかし、いずれも残留オーステナイトの形成による効果が記載されていないばかりか、ホットスタンプ時の熱履歴による残留オーステナイトの形成に関する記載が無いことから、水素脆化特性の改善を実現した本発明とは全く異なるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平2006−207017号公報
【特許文献2】特開2011−184758号公報
【特許文献3】特開2004−353026号公報
【特許文献4】特開2008−264836号公報
【特許文献5】特開2010−174280号公報
【特許文献6】特開2006−213959号公報
【特許文献7】特開2006−183139号公報
【特許文献8】特開2006−130519号公報
【特許文献9】特開2005−205477号公報
【特許文献10】特開2005−177805号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】CAMP−ISIJ、Vol.5、No.6、1839−1842頁、山崎ら、1992年10月、日本鉄鋼協会発行
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、強度と優れた耐水素脆性が両立する自動車部材の開発が強く求められている状況に鑑み、ホットスタンプ後の引張最大強度で1180MPa以上の高強度を有するとともに、優れた耐水素脆性を有する部材と、その製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
そこで、本発明者らはこうした実情に鑑み、上記課題を解決する方法について鋭意検討した。その結果、ホットスタンプ後に残留オーステナイトを形成させることにより、1180MPa以上の強度と優れた耐水素脆性を両立させることを目的として、本発明を完成させた。
その要旨は以下の通りである。すなわち、
【0014】
(1)質量%で、C:0.12〜0.40%、Si:0.3〜1%未満、Mn+Cr:1〜3%、P:0.001〜0.015%、S:0.001〜0.01%、Al:0.005〜0.1%、B:0.0003〜0.002%、O:0.0005〜0.0070%、N:0.001〜0.007%を含み、残部Fe及び不可避的不純物からなり、ホットスタンプ成形後の鋼板組織が、鋼板組織全体に対する面積分率で、残留オーステナイトを1%以上5%未満とし、さらにマルテンサイトを70%以上含みかつ、マルテンサイトとベイナイトの合計で95%以上を含む組織であることを特徴とする1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
【0015】
(2)さらに質量%で、Ti:0.005〜0.1%、Nb:0.005〜0.1%、V:0.005〜0.1%を1種以上含む(1)に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
【0016】
(3)さらに質量%で、Ni:0.05〜2.0%、Cu:0.05〜2.0%、Mo:0.05〜0.5%を1種以上含む(1)あるいは(2)に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
【0017】
(4)さらに質量%で、Ca:0.0005〜0.03%、REM:0.0005〜0.03%を1種以上含む(1)〜(3)のいずれか1項に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体。
【0018】
(5)ホットスタンプを行う際に、2℃/s以上の加熱速度でAc3点以上の950℃以下の温度域に加熱し、プレス成形を行い、プレス成形と同時に実施される冷却について、Ar3〜Ms-50℃の温度域を100℃/s以上の冷却速度で冷却し、(Ms-50)〜100℃間を平均冷却速度50℃/s以下で冷却することを特徴とする、(1)〜(4)のいずれか1項に記載の1180MPa以上の強度を有し耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体用の製造方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、ホットスタンプ後の強度と耐水素脆性に優れたホットスタンプ成形体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明はホットスタンプにより製造される成形体に関するものである。本発明において「鋼板」という文言を用いるが、これは、「成形体を構成する鋼板」という意味で用いている場合と、「成形に供される素材としての鋼板」という意味で用いている場合がある。前後の文脈からの判断で、これを取り違えることはないと考えるが、念のために記しておく。
【0021】
まず、本発明のホットスタンプ成形体におけるミクロ組織の特徴について説明する。
【0022】
成形体を構成する鋼板の組織中には、残留オーステナイトが形成されるが、基本的にはマルテンサイトを主体として一部ベイナイトを含む組織とすることを特徴とする。すなわち、残留オーステナイトはフェライトに比べて水素の固溶量が多いため、使用時に環境から鋼板中に侵入する水素をトラップし、水素脆化の発生を抑制する効果が期待できるために形成させるものである。
【0023】
また、強度を確保するために、一部ベイナイトを含むマルテンサイトを主体とする組織を形成させる。この組織については面積分率で全体の95%以上とすることを特徴とするが、これはホットスタンプ後の強度として1180MPa以上の強度を得るためである。
【0024】
本発明において残留オーステナイトは、ホットスタンプにおける熱処理で得られる成形体において、とくに耐水素脆性を具備するために必要なミクロ組織である。そのため、面積分率で1%未満ではその効果が得られない。一方、面積分率で5%を超えると不安定な残留オーステナイトが増えるため、使用中にTRIP効果によるマルテンサイトに変態し、残留オーステナイト中に固溶している水素が吐き出され、水素脆化を招くことからこれを上限とする。
【0025】
鋼板組織を構成するマルテンサイト、ベイナイト、フェライト、パーライト、残留オーステナイト及び残部組織の同定、存在位置の確認及び面積分率の測定は、ナイタール試薬及び特開昭59-219473号公報に開示の試薬で、鋼板圧延方向断面又は圧延方向直角方向断面を腐食して、1000〜100000倍の走査型及び透過型電子顕微鏡で観察することで可能である。また、FESEM-EBSP法を用いた結晶方位解析や、マイクロビッカース硬度測定等の微小領域の硬度測定からも、組織の判別は可能である。
【0026】
本発明では、ベイナイト及びマルテンサイトの面積分率は、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨し、ナイタールエッチングし、板厚の1/4を中心とする1/8〜3/8厚の範囲を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission Scanning Electronmicroscope)で観察して面積分率を測定した。その際、5000倍の倍率で各10視野測定し、その平均値を面積分率とした。なお、ここでマルテンサイトには冷却後あるいは冷却中に炭化物が析出した焼き戻しマルテンサイトも含まれる。一方、残留オーステナイト量の測定は、X線回折による強度測定、具体的にはフェライトとオーステナイトのX線回折強度比から求めることができる。フェライトは塊状の結晶粒であって、内部に、ラス等の下部組織を含まない組織を意味する。
【0027】
次に本発明成形体を構成する鋼板の成分について説明する。鋼板成分元素の含有量については、%は質量%を意味する。
【0028】
C:0.12〜0.40%
Cは、鋼板の強度を高めるために添加する元素である。Cが0.12%未満であると、1180MPa以上の引張最大強度を確保することができず、一方、0.40%を超えると、溶接性や加工性が不充分となるので、0.12〜0.40%とする。Cは、0.14〜0.37%が好ましく、より好ましくは0.15〜0.35%である。
【0029】
Si:0.3〜1%未満
Siは、鉄系炭化物の析出を抑制し、ホットスタンプ後に残留オーステナイトを形成させるために必要な元素である。0.3%未満では十分な残留オーステナイトが形成されないため、耐水素脆化特性が向上しない。一方、1.0%以上添加すると、めっき性が劣化することからこれを上限とする。
【0030】
Mn+Cr:1〜3%
MnやCrは、ホットスタンプ時の冷却過程でのフェライト変態を遅延し、ホットスタンプ成形体においてマルテンサイトあるいはベイナイトの1種または2種から形成される組織を主相とするため、合計で1%以上添加する必要がある。これら元素の添加量の合計が1%未満では、マルテンサイトあるいはベイナイトの1種または2種から形成される組織を主相とすることが出来ず、1180MPa以上の強度確保が得られないため、下限を1%とする。
【0031】
特に、本発明の成形体は、従来手法と異なり、ホットスタンプ時の冷却速度を冷却途中の温度で低下させている。このことから、MnやCrの添加量が低いと、フェライトやパーライトが形成されるため、1180MPa以上の強度確保が難しい。そこで、MnおよびCrを合計で、1%以上添加する必要がある。一方、MnとCrの添加量の合計が3%を超えると、その効果が飽和するばかりでなく、Mnの偏析に起因する脆化が起こり、鋳造したスラブが割れるなどのトラブルが起こり易くなり、また、溶接性も劣化するので、上限を3%とする。
【0032】
一方、熱延板の強度も過度に高まり、冷延時の板破断、切断時の刃の摩耗や欠損といったトラブルを招くので好ましくない。MnやCrは、単独で添加しても同様の効果が得られることから、単独で添加してもよい。
【0033】
P:0.001〜0.015%
Pは、鋼板の板厚中央部に偏析する元素であり、また、溶接部を脆化させる元素でもある。Pが0.015%を超えると、溶接部の脆化が顕著になるので、これを上限とする。下限は特に定めることなく本発明の効果が発揮されるが、Pを0.001%未満に低減することは、脱Pコストの極端な上昇を招き、経済的に不利であることから、下限を0.001%とする。
【0034】
S:0.0001〜0.01%
Sは、溶接性と、鋳造時及び熱延時の製造性に悪影響を及ぼす元素である。それ故、上限を0.01%とした。Sを0.0001%未満に低減することは、脱硫コストの極端な上昇を招き経済的に不利であることから、下限を0.0001%とした。
【0035】
Al:0.005〜0.1%
Alは、脱酸のために添加されるものである。0.005%未満では脱酸が不十分となり、鋼中に酸化物が多量に残存し、とくに局部変形能が劣化するとともに、特性バラツキも大きくなる。一方、0.1%を超えて含有されると、鋼中にアルミナを主体とする酸化物が多く残存し、やはり局部変形能の劣化を招くため、好ましくない。
【0036】
B:0.0003〜0.002%
Bは、ホットスタンプ時の焼き入れ性を高め、主相をマルテンサイトとすることに寄与する。この効果は、0.0003%以上で顕著となるため、0.0003%以上添加する必要がある。一方、0.002%を超える添加は、その効果が飽和するばかりでなく、鉄系の硼化物の析出を招き、Bの焼き入れ性の効果を失うことから好ましくない。
【0037】
N:0.001〜0.007%
Nは、粗大な窒化物を形成し、曲げ性や穴拡げ性を劣化させる元素である。Nが0.007%を超えると、曲げ性や穴拡げ性が顕著に劣化するので、上限を0.007%とした。なお、Nは、溶接時のブローホールの発生原因になるので、少ない方が好ましい。Nの下限は、特に定める必要はないが、0.001%未満に低減すると、製造コストが大幅に増加するため、0.001%が実質的な下限である。Nは、製造コストの観点から、0.0005%以上が好ましい。
【0038】
O:0.0005〜0.0070%
Oは、酸化物を形成し、介在物として存在することから、ホットスタンプ成形体の特性劣化をもたらす。例えば、鋼板表面近傍に存在する酸化物は、表面疵の原因となり、外観品位を劣化させる。あるいは、切断面に存在すると、端面に切欠き状の疵を形成し、成形体の特性劣化をもたらす。このことから、含有量は低く抑える必要がある。Oが0.007%を超えると、上記傾向が顕著となるので、上限を0.007%とした。好ましい上限は0.005%である。一方、Oを0.0001%未満に低減することは、過度のコスト高を招き、経済的に好ましくないので、下限を0.0001%とした。ただし、Oを0.0001%未満に低減しても、1180MPa以上の引張最大強度と優れた耐遅れ破壊特性を確保することは可能である。
【0039】
本発明成形体を構成する鋼板は、さらに、必要に応じて、以下の元素を含有する。
Ti:0.005〜0.1%
Nb:0.005〜0.1%
V:0.005〜0.1%
【0040】
Ti、Nb及びVは、ホットスタンプ時のオーステナイトの成長抑制による細粒強化により、強度上昇や靭性向上を図るために添加される元素である。この効果は、0.005%以上の添加で顕著となることから、0.005%以上添加することが望ましい。0.1%超の添加は、Ti、NbまたはV炭化物形成により、マルテンサイトの強化に寄与するC量が低減し、強度低下が引き起こされることから好ましくない。好ましくは、0.005〜0.08%の範囲であり、更に好ましくは、0.005〜0.05%の範囲である。
また、Tiは、Nと結合し、TiNを形成することで、Bが窒化物となることを抑制するためにも添加される元素である。
【0041】
Ni:0.01〜2.0%
Cu:0.01〜2.0%
Mo:0.01〜0.5%
Ni、Cu、Moは、ホットスタンプ時の焼き入れ性を高め、主相をマルテンサイトあるいはベイナイトの1種または2種とすることで高強度化に寄与する元素である。この効果は、Ni、Cu、Moの1種又は2種以上を、それぞれ、0.01%以上添加することで顕著になる。好ましくは、それぞれ0.05%以上とする。各元素の量が、各元素の上限を超えると、溶接性、熱間加工性などが劣化するため、Cr、Ni、及び、Cuの上限は2.0%とし、Moの上限は0.5%とする。
【0042】
Ca:0.0005〜0.03%
REM:0.0005〜0.03%
さらに、Ca、REMの1種または2種以上を、合計で0.0005〜0.03%含有してもよい。Ca、REMは、強度の向上や、組織微細化による靭性改善に寄与する元素である。Ca、REMの1種又は2種以上の合計が0.0005%未満であると、充分な添加効果が得られないので、合計の下限を0.0005%とする。Ca、REMの1種又は2種以上の合計が0.03%を超えると、鋳造性や熱間での加工性を劣化させるので、上限を0.03%とする。なお、REMとは、Rare Earth Metalの略であり、ランタノイド系列に属する元素をさす。本発明においては、REMは、ミッシュメタルにて添加することが多く、また、LaやCeの他に、ランタノイド系列の元素を複合で含有する場合がある。本発明成形体を構成する鋼板が、不可避不純物として、Laや、Ce以外のランタノイド系列の元素を含んでいても、また、金属LaやCeを添加しても、本発明の効果は発現する。
【0043】
なお、本発明成形体は、鋼板表面にアルミめっき層、亜鉛めっき層や合金化した亜鉛めっき層を有するものを含むものである。素材鋼板表面にめっき層を形成することにより、ホットスタンプ工程でのスケール形成の抑制や優れた耐食性を確保することができる。
【0044】
次に本発明成形体の製造方法、ホットスタンプ条件について説明する。
ホットスタンプを行う際は、Ac3以上の温度域に、2℃/s以上の加熱速度で加熱する。2℃/s以上の速度で加熱することで、オーステナイト粒の粗大化を抑制でき、靭性の向上や耐遅れ破壊特性を改善する。このことから、2℃/s以上の加熱速度で加熱する必要がある。望ましくは、3℃/s以上であり、更に望ましくは、4℃/s以上である。また、加熱速度の増大は、生産性高めるためにも有効である。
【0045】
ホットスタンプを行う際の加熱温度は、Ac3〜950℃の範囲とする必要がある。この温度域で熱処理を行うことにより、オーステナイト単相組織とすることが可能であり、引き続いて行われるプレス成形と同時に実施される冷却により形成される組織としてマルテンサイトあるいはベイナイトの1種または2種を主相とする組織とすることができる。この際の下限温度がAc3点を下回ると、熱処理時の組織がフェライトおよびオーステナイト組織となるとともに、冷却過程でこのフェライトが成長し、その結果、ホットスタンプ成形体の強度が1180MPaを下回ってしまう。このことから、熱処理温度の下限は、Ac3以上にする必要がある。一方、950℃超の温度域での熱処理は、その効果が飽和するばかりでなく、オーステナイト粒径の粗大化を招き、靭性を劣化させる懸念がある。このことから、950℃以下での熱処理を行う必要がある。
【0046】
なお、Ac3点は、下記式により計算する。
Ac3点[℃]=910-203√C-30Mn-11Cr +44.7Si+400Al+700P-15.2Ni -20Cu+400Ti+104V+31.5Mo+13.1W
(式中のC、Mn、Cr、Si、Al、P、Ni、Cu、Ti、V、Mo、Wは、鋼中の各成分の含有量[質量%]である。)
【0047】
上記の加熱の後、プレス成形を行うが、プレス成形と同時に実施される冷却について、1段目の冷却条件としてAr3〜(Ms-50)℃間を100℃/s以上の冷却速度で冷却する。Ar3〜(Ms-50)℃間の冷却速度を100℃/s以上とするのは、フェライト変態及びパーライト変態を回避し、マルテンサイトを主体として一部ベイナイトを含む組織とするためである。100℃/s未満では、フェライトやパーライトが形成するため、1180MPa以上の強度確保が難しい。
【0048】
一方、冷却速度の上限は特に定める必要はないが、工業的には500℃/s以下が実用的範囲である。Ar3点超の温度域では、フェライト変態をはじめとする変態が起こらないため、冷却速度を規定する必要がない。ただし、100℃/sを超える冷却速度で冷却したとしても、本発明の効果を損なうものではない。下限温度を(Ms-50)℃とするのは、この温度未満まで冷却されるとマルテンサイト変態が完了し、鋼板組織全体に対する面積分率で1%以上の残留オーステナイトが得られなくなるためである。また、(Ms-50)℃未満100℃までの温度域での冷却速度を50℃/s以下とするのは、残留オーステナイトを形成させるためである。そのため、(Ms-50)℃を下回る温度域において50℃/s以上の冷却速度で冷却されると、残留オーステナイトが形成されず、耐水素脆化特性が劣化する。
【0049】
なお、本発明において、Ar3変態点及びMs点は次の式により計算する。
Ar3変態点(℃)=901-325C+33Si-92(Mn+Ni/2+Cr/2+Cu/2+Mo/2)
Ms点(℃)=561-474C-33Mn-17Ni-17Cr-21Mo
(式中のC、Si、Mn、Ni、Cr、Cu、Moは、鋼中の各成分の含有量[質量%]である。)
【0050】
次に、本発明成形体に使用される鋼板の製造方法について説明する。
本発明においては、使用される鋼板の製造法は特に限定されるものではなく、以下では工業的な実用性も含めて、好ましい製造条件について記述する。
【0051】
本発明に使用される鋼板を製造するには、まず、上述した成分組成を有するスラブを鋳造する。熱間圧延に供するスラブとして、連続鋳造スラブや、薄スラブキャスターなどで製造したもの用いることができる。そのため、鋼板の製造方法は、鋳造後、直ちに熱間圧延を行なう連続鋳造−直接圧延(CC-DR)のようなプロセスにも適合する。
【0052】
スラブ加熱温度は1300℃以下が良い。スラブ加熱温度が過度に高いと、生産性に劣るばかりでなく、製造コストが高くなることから、好ましくは上限を1250℃とする。
【0053】
一方、スラブ加熱温度が1050℃未満の温度域であると、仕上げ圧延温度の低下を招くことから、仕上げ圧延時の仕上げ圧延時の強度も高くなりがちである。その結果、圧延性が劣化するばかりでなく、圧延後の鋼板の形状不良を招くため、スラブ加熱温度は1050℃以上とするのが良い。
【0054】
仕上圧延は、850℃以上で実施する方が良い。仕上げ圧延温度が、850℃を下回ると圧延荷重が高くなり、圧延が困難となるばかりでなく、圧延後の鋼板の形状不良を招いたりするので、仕上げ圧延温度の下限は、850℃が好ましい。仕上げ圧延温度の上限は、特に定める必要はないが、仕上げ圧延温度を過度に高くすると、その温度を確保するためにスラブ加熱温度も過度に高くなることから、仕上圧延温度の上限は1000℃が好ましい。
【0055】
巻取温度は700℃以下が良い。巻取り温度が700℃を超えると、鋼板表面に形成する酸化物の厚さが過度に増大し、酸洗性の劣化を招くことから好ましくない。この後、冷間圧延を行う場合は、巻取温度の下限を600℃以上とすることが望ましい。巻取温度が600℃未満となると、極端に熱延板強度が増大して、冷間圧延時の板破断や形状不良を誘発し易いので、巻取温度の下限は600℃が良い。
【0056】
なお、熱延時に粗圧延板同士を接合して連続的に仕上げ圧延を行ってもよい。また、粗圧延板を一旦巻き取っても構わない。
【0057】
このようにして製造した熱延鋼板に酸洗を施す。酸洗は、鋼板表面の酸化物を除去するので、溶融アルミめっき、溶融亜鉛又は合金化溶融亜鉛めっき鋼板用の冷延鋼板の溶融めっき性向上のために重要である。また、酸洗は、一回でもよいし、複数回に分けて行ってもよい。
【0058】
酸洗した熱延鋼板に、圧下率30〜90%で冷間圧延を施し、連続焼鈍ラインや連続溶融亜鉛めっきラインに供する。圧下率が30%未満であると、鋼板の形状を平坦に保つことが困難となり、また、最終製品の延性が劣化するので、圧下率の下限は30%が良い。圧下率が90%を超えると、圧延荷重が大きくなりすぎて、冷間圧延が困難となるので、一般的には圧下率の上限は90%である。圧下率は、40〜70%が好ましい。なお、圧延パスの回数、パス毎の圧下率は、特に規定しなくても、本発明の効果は発現するため、圧延パスの回数、パス毎の圧下率は、規定する必要がない。
【0059】
その後、冷延鋼板を、連続焼鈍ラインに通板しても良い。目的は、冷間圧延により高強度化した鋼板の軟化が目的であることから、鋼板が軟化する条件であればどのような条件でも良い。例えば、焼鈍温度が550〜850℃の範囲であれば、冷間圧延時に導入された転位が、回復、再結晶、あるいは、相変態により解放されるので、この温度域で焼鈍を行うことが望ましい。
【0060】
同様の目的で、箱型炉による焼鈍を行っても、本発明のホットスタンプ用の鋼板を得ることが出来る。
【0061】
焼鈍に引き続いて、溶融めっきを行っても良い。溶融めっきは、アルミ、亜鉛、あるいは、合金化アルミめっき及び合金化溶融亜鉛めっきのいずれであっても、これによって得られるスケール形成の抑制や耐食性向上の効果は得られる。これらめっき層中に、Ni、Cu、Cr、Co、Al、Si、Znを含んだとしても、本発明の効果は得られる。高強度アルミめっき及び高強度亜鉛めっき鋼板を製造する際、めっき密着性を向上させるために、焼鈍前の鋼板に、Ni、Cu、Co、Feから選ばれる1種又は2種以上よりなるめっきを施してもよい。
【0062】
また、電気めっきでも同様の効果を得ることが出来るが、ホットスタンプでのスケール形成抑制の効果を得るためには、めっき層の厚みが厚いことが望ましいため、厚いめっき層を形成可能な溶融めっきが望ましい。
【0063】
(実施例)
次に、本発明の実施例について説明する。実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、この一条件例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限りにおいて、種々の条件を採用し得るものである。
【0064】
表1に示すa〜r、A〜Iの成分組成のスラブを鋳造し、表2及び3に示す条件(スラブ加熱温度、熱間圧延完了温度)で熱間圧延に供し、表2及び3に示す巻取温度で巻き取った。熱延鋼板としてホットスタンプに供する熱延鋼板の仕上げ板厚は、1.6mmとした。一方、冷間圧延に供する熱延鋼板の板厚は3.2mmとし、冷間圧延にて50%(3.2→1.6mm)の冷間圧延を行った。その後、この冷延鋼板にそれぞれ連続焼鈍設備あるいは連続溶融めっき設備を通板し、それぞれ溶融亜鉛めっき鋼板、合金化溶融亜鉛めっき鋼板および溶融アルミめっき鋼板とした。
【0065】
【表1】
【0066】
その後に、表2及び3で示す条件にてホットスタンプを行い、引張特性、ミクロ組織、並びに、水素脆化特性を評価した。
【0067】
【表2】
【0068】
【表3】
【0069】
引張特性は、JIS Z 2201に準拠した引張試験片を採取し、引張試験を、JIS Z 2241に準拠して行い、引張最大強度を測定した。
【0070】
ミクロ組織観察(面積分率測定)は、下記手法にて実施した。鋼板組織を構成するマルテンサイト(M)、ベイナイト(B)、フェライト(F)、残留オーステナイト(γR)及び残部組織の同定及び面積分率の測定は、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨し、その際、5000倍の倍率でナイタールエッチングし、板厚の1/4を中心とする1/8〜3/8厚の範囲を電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission Scanning Electronmicroscope)で観察して面積分率を測定し、各10視野での測定結果について、その平均値を用いた。
【0071】
マルテンサイト及び残留オーステナイトは、ナイタールエッチングでは充分に腐食されないので、FE-SEMによる観察において、上述の組織(フェライト、ベイナイト)を測定した。その後、マルテンサイトの体積分率は、FE-SEMで観察される腐食されていない領域の面積分率と、X線で測定した残留オーステナイトの面積分率との差分として求めることができる。なお、表2及び3の条件の中では、パーライト組織は観察されなかった。
【0072】
水素脆化特性の評価は、下記手法に従って実施した。すなわち、得られた成形体をシャー切断して、圧延方向に垂直な方向が長手方向となる、1.6mm×30mm×100mmの試験片を作製した。その後、バリ側が曲げの試験での外側になるように押曲げ法で曲げ、半径7.5Rの曲げ試験片を作製した。応力除荷後の曲げ試験片の開き量は、40mmとした。
【0073】
曲げ試験片の表面に歪ゲージを貼り、曲げ試験片の両端部をボルトで締め付けて、曲げ試験片を変形させ、歪量を読み取ることで負荷応力を算出し、0.9×TS(表2及び3)となるように調整した。その後、曲げ試験片を室温にてチオシアン酸アンモニウム3g/lを3%食塩水に溶かした水溶液に浸漬して、電流密度1.0mA/cm2で電解チャージを行い、鋼板中に水素を侵入させる遅れ破壊促進試験を行った。電解チャージ時間が100時間となっても割れが生じないものを良好(○)な耐遅れ破壊特性を有する成形体と評価し、割れが生じたものを不良(×)と評価した。
【0074】
本発明の条件を満たすものは、1180MPa以上の引張最大強度と優れた耐遅れ破壊特性が得られた。発明の条件を満たさないものは、強度が1180MPa未満となるものや、水素脆化特性を満足しないものであった。なお、比較例B−1、G−1は成形体鋼板の組織については、発明範囲を満足する。しかし、B−1については、強度が高くなり過ぎ脆くなり、耐遅れ破壊性が劣化してしまう。また、G−1については強度についても発明範囲を満足するが、Mn+Crが過剰となり材料が脆化してしまい、耐遅れ破壊特性が十分なものにならない。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明により、ホットスタンプを実施する際の加熱温度とその後の冷却条件により、1180MPa以上の強度と部材における耐水素脆化特性の付与が可能となり、ホットスタンプ後の強度と耐水素脆化特性に優れたホットスタンプ成形体及びホットスタンプ成形体用鋼板の製造が可能となる。