【実施例】
【0052】
以下、マウスを用いて行った実験について説明する。
[実験手順]
実験には、8週齢のC57BL/6マウス(日本クレア株式会社)を用いた。まず、このマウスに体重1kg当たり60mgのストレプトゾトシン(streptozotosin(STZ),シグマ社)を、腹腔内に投与することで糖尿病を誘発させた。投与は1日1回、3日間行った。
【0053】
次に、メディセーフミニGR-102(テルモ株式会社製)を用いてマウスの尾静脈の血中グルコース濃度(血糖値)を測定した。そして、STZの最初の投与から7日後に血中グルコース濃度が250mg/dl以上であったマウスを糖尿病が発症したものとした。糖尿病が発症したマウスを2群に分け、一方に0.1%ルテイン添加餌を、他方にルテイン無添加餌(以下では「対照餌」ともいう)を、それぞれ自由に与えた。また、対照群として、糖尿病マウスと年齢を適合させた非糖尿病マウスを用意し、この非糖尿病マウスも2群に分けてルテイン添加餌及び対照餌を与えた。ルテイン添加餌として、マウス・ラット・ハムスター用の粉末飼料(コバルト60照射飼料、CE-2粉、日本クレア株式会社)にルテイン粉末(95%含有、株式会社わかさ生活より供与された)を0.1(w/w%)となるように加えたものを使用した。
以下、糖尿病が発症したマウスを「糖尿病マウス」とし、糖尿病発症から(即ちルテイン添加餌或いは対照餌の投与開始から)1ヶ月および4ヶ月経過した糖尿病マウスをそれぞれ1ヶ月および4ヶ月糖尿病マウスと表記する。
【0054】
図1は、ルテイン添加餌及び対照餌の投与開始から1ヶ月及び4ヶ月経過後における糖尿病マウス及び非糖尿病マウスの体重及び血中グルコース濃度を示す表である。
図1に示すように、ルテイン添加餌を1ヶ月間与えた糖尿病マウス、及び4ヶ月間与えた糖尿病マウスの間では、体重及び血中グルコース濃度に有意な差はなかった。
なお、表には示していないが、ルテイン添加餌を与えた非糖尿病マウスと、対照餌を与えた非糖尿病マウスの間では、体重及び血中グルコース濃度に差が無かった。このため、以下では、対照餌を与えた非糖尿病マウスを対照群とする。
【0055】
[活性酸素種(Reactive oxygen species;ROS)の測定]
マウスから眼球を摘出し、OCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン株式会社)中で凍結させた。非固定化凍結切片(10μm)を作成した後、この非固定化凍結切片をジヒドロエチヂウム(DHE、5μM)と共に37℃で20分間インキュベートし、この後、蛍光顕微鏡によって後極部網膜(posterior retina)の4箇所の内顆粒層(INL)における発光強度を測定した。DHEは細胞内のスーパーオキサイドアニオン(ROS)を特異的に検出することができる蛍光プローブである。
【0056】
図2は、ルテイン添加餌及び対照餌の摂取開始から1ヶ月経過後における凍結切片の蛍光観察像を示す。対照餌を与えた1ヶ月糖尿病マウスでは、網膜の各層のROSの存在が赤色の蛍光として観察されたが、ルテイン添加餌を与えた糖尿病マウスでは網膜全体にわたって蛍光が観察されなかった(
図2A)。さらに、各切片での蛍光強度を数値化し比較しても、ルテイン添加餌を与えた糖尿病マウスでの強度は対照餌を摂食させた糖尿病マウスに比べ有意に弱くなった(
図2B)。従って、糖尿病によって誘発される網膜中の酸化ストレスが、ルテイン添加餌の摂取により減少することが分かった。
【0057】
[網膜電図(ERG)分析]
マウスを少なくとも12時間連続で暗所においた(完全暗順応)後、ペントバルビタールナトリウムを腹腔内注射(70 mg/Kg)することでマウスに麻酔をかけた。さらに散瞳させるために0.5%のトロピカミド(tropicamide)と0.5%のフェニレフリン(phenylephrine)の溶液(Mydrin-P;参天製薬株式会社製)を点眼した。
【0058】
次に、角膜中央部に探査用のコンタクトレンズ電極(active contact lens electrodes)を設置し、両目の間の皮下に対照電極(reference electrode)を設置し、マウス尾部の皮下にアース用電極(ground electrode)を針入した。そして、Ganzfeld System SG-2002(LKC Technologies,Inc., Gaithersburg, MD)を用いて800 cd-s/m
2、4ミリ秒の光パルスで刺激した。この装置では、OP1(OP:Oscillatory potential)はa波の反応と区別されない。従って、OP2,OP3,OP4の大きさ及び潜時(implicit times)を分析した。また、OP2,OP3,OP4の振幅を加算したものをΣOPsとした。
【0059】
なお、記録の際の電極の設置など、全ての操作を赤色灯下で行った。また、a波、b波の振幅が温度に依存して変化しうることから、安定した網膜電図を得るために測定中はマウスをヒーティングパッド上に置き、体温を37度に保温した。
【0060】
ERGの測定データを
図3Aに、OP2,OP3,OP4の振幅とそれらの積算値(ΣOPs)を
図3Bに示す。これら
図3A及び3Bから明らかなように、対照餌を与えた1ヶ月糖尿病マウスではOP波(OP3及びΣOPs)の振幅が減少するが、糖尿病の発症初期からの継続的なルテイン摂取により、OP波の振幅の減少が抑えられた。各OP波の振幅の大きさは、網膜内層の機能状態を反映している。なお、データには示さないが、ルテイン添加餌を摂取させた非糖尿病マウス及び糖尿病マウスのいずれにおいても、OPsの潜時、及び、a波、b波については変化がなかった。
以上より、ルテイン添加餌の継続的な摂取が、糖尿病に起因する機能障害から網膜内層を保護することが分かった。
【0061】
[イムノブロット分析]
マウスの網膜を取り出し、溶解緩衝液(10mM Tris-HCl(pH7.6), 100mM NaCl, 1mM EDTA, 1% Triton X-100, プロテアーゼインヒビター)中で組織を可溶化させた後、試料をSDS-PAGEで分離し、PVDF膜に転写した。このPVDF膜を4%のスキムミルクでブロッキングした後、抗リン酸化ERK抗体、または抗シナプトフィジン抗体、または抗BDNF抗体と共に4℃で一晩インキュベートした。また、比較したいサンプル間のタンパク質量を補正するための内部標準タンパク質としてチューブリンを用いた。それらの抗体を化学発光法により検出した。
【0062】
図4ではルテイン添加餌または対照餌を与えた1ヶ月糖尿病マウス(Diabetes+Lutein, Diabetes)及び対照餌を与えた非糖尿病マウス(Non-Diabetes)の網膜における各種タンパク質の発現量をイムノブロット分析で調査した。
図4Aは、網膜中の活性化ERK(つまりリン酸化ERK、pERK)のイムノブロット分析の結果を、
図4Dは、
図4Aの対照餌を食べさせた非糖尿病マウスでのシグナル強度を1とした時の相対値を示す。これらのことから1ヶ月糖尿病マウスの網膜における活性化ERK(pERK)の量はルテイン添加餌の摂取により有意に抑制された。
【0063】
図4Bは、網膜中のシナプトフィジンのイムノブロットの結果を、
図4Eは
図4Bの非糖尿病マウスでのシグナル強度を1とした時の相対値を示す。シナプトフィジンはシナプス小胞タンパク質であり、視細胞においてOP波の発生、つまりシグナル伝達に重要な役割を果たす。イムノブロット分析の結果、1ヶ月糖尿病マウスでは、シナプトフィジンの発現量は減少するが、糖尿病発症からのルテイン添加餌の継続的な摂取により、その発現レベルが維持された。
【0064】
また、図には示していないが、ルテイン添加餌を摂取した非糖尿病マウスの網膜では、活性化ERK(pERK)及びシナプトフィジンのレベルは変化しなかった。
以上より、糖尿病マウスの網膜では、活性化ERK(pERK)及びその結果生じるシナプトフィジンの減少が継続的なルテイン添加餌の摂取により抑制されることが示された。
【0065】
図4Cは、網膜中のBDNFのイムノブロットの分析結果を、
図4Fは
図4Cの非糖尿病マウス(Non-Diabetes)でのシグナル強度を1とした時の相対値を示す。BDNFは網膜ニューロンの主要な栄養因子のひとつであり、糖尿病によってBDNFが減少することが知られている。しかし、
図4Fから明らかなように、ルテイン添加餌の継続的な摂取によりBDNFの減少が抑えられた。
【0066】
[構造解析及び免疫組織化学]
網膜を4%のパラフォルムアルデヒドで固定し、パラフィン切片(6μm)を作成した。実験には水晶体の中心と視神経乳頭の中心を通るようにカットできた切片を用いた。切片にヘマトキシリン・エオシン染色を施し、内網状層(IPL)、内顆粒層(INL)、外顆粒層(ONL)の厚さを測定した。また、神経節細胞層(GCL)の神経細胞数を計測した。
【0067】
図5Aに、ルテイン添加餌または対照餌を与えた4ヶ月糖尿病マウス(Diabetes+Lutein, Diabetes)及び対照餌を与えた非糖尿病マウス(Non-Diabetes)の外顆粒層(ONL)の厚さに対する内網状層(IPL)または内顆粒層(INL)の厚さの比率を示す。
図5Aでは、外顆粒層(ONL)の厚さを1とした場合の内網状層(IPL)、内顆粒層(INL)の相対的な厚さを示している。それらの比率は、糖尿病マウスの網膜において有意に減少したが、長期間のルテイン投与によりその減少が明らかに抑制された。また、内顆粒層(INL)の厚みの減少も同様に抑制された(
図5A参照)。
また、
図5Bに、ルテイン添加餌または対照餌を与えた4ヶ月糖尿病マウス及び対照餌を与えた非糖尿病マウスの神経節細胞層(GCL)の神経細胞数を示す。
図5Bに示すように、神経節細胞層(GCL)の神経細胞の消失が長期間のルテイン投与により抑えられた。
【0068】
上述の結果より、糖尿病によって引き起こされる網膜内層細胞、神経突起及び神経節細胞の減少が、ルテインを継続的に摂取することにより抑制されることが分かった。
【0069】
[アポトーシス・マーカーの発現分析]
アポトーシス・マーカーである活性化カスパーゼ3(cleaved caspase3)の局在及びTUNEL陽性細胞の存否をルテイン添加餌または対照餌を与えた4ヶ月糖尿病マウス及び対照餌を与えた非糖尿病マウスの網膜において観察した。
図6Aは活性化カスパーゼ3の局在を示す。局在を矢じりで示した。さらに、
図6Cでは活性化カスパーゼ3のシグナルが得られた細胞の数を示した。その結果、対照餌を摂取させた糖尿病マウスでは活性化カスパーゼ3は神経節細胞層(GCL)に多く存在し、切片あたりの数も多かった。しかし、糖尿病マウスにルテインを摂取させることでその数が有意に減少しただけではなく、非糖尿病マウスとほぼ同程度となった。
図6BではTUNEL染色の結果を示す。陽性細胞(細胞死を起こしている細胞)を矢じりで示している。TUNEL陽性細胞もまた神経節細胞層(GCL)において観察された。しかし、陽性細胞の数は、ルテインを摂取させることで有意に減少した(
図6D)。
以上の二点から、糖尿病網膜症で誘発されるアポトーシスとその関連因子がルテイン添加餌の継続的な摂取によって抑制されるまたは減少することを示している。