【実施例1】
【0032】
1.前培養条件
クロレラChlorella kessleri 11h 株を、1/4ガンボーグB5培地にて、温度30℃、2%-CO
2を加えた空気を発泡管(キノシタボールフィルター 木下理化工業株式会社)から通気し、東芝蛍光灯フィッシュルクス20Wを用いて光強度15W/m
2で光独立栄養的にOD
730≒0.5になるまで育成させた。
【0033】
2.本培養条件:乾燥ストレス負荷条件での培養
乾燥ストレス負荷条件にて培養を行うため、前培養を行った細胞を、glass micro fiber filter (Whatman GF/C)に20mL滴下し、aspiratorで7秒間吸引ろ過することで前培養に使用した培養液を除去した。それを横26.5cm×幅35.5cm×高5.5cmの細胞培養容器(株式会社エンテック Hi-PACK, ポリプロピレン製)にて、温度30℃、湿度90%以上、光強度3.8W/m
2、通気2%‐CO
2の条件に置き、光独立栄養的に培養を継続した。本培養にて、0時間と96時間でサンプルを回収、および分析を実施した。
参考例1
【0034】
1.前培養条件
クロレラ Chlorella kessleri 11h 株を、培養用試験管(内容量50mL程度のガラス製)を用いて、3/10HSM培地にて、温度30℃、2%-CO
2を加えた空気を発泡管(キノシタボールフィルター 木下理化工業株式会社)から通気し、東芝蛍光灯フィッシュルクス20Wを用いて光強度15W/m
2で光独立栄養的OD
730≒0.5になるまで育成させた。
【0035】
2.本培養条件:硫黄欠乏ストレス負荷条件での培養
硫黄欠乏ストレス負荷条件にて培養を行うため、前培養を行った細胞を、3000rpm、4℃、10min遠心を行い、上澄み除去後、3/10HSM液体培地(-S)を50mL加えて撹拌し、上記条件にて遠心を行うことで硫黄を洗い流した。この工程を2回行い、硫黄欠乏ストレス負荷条件を設定した。上澄み除去後の細胞を前記の硫黄欠損培地50mLにて懸濁し、温度30℃、光強度15W/m
2、通気2%-CO
2の条件に置き、光独立栄養的に培養を継続した。96時間培養の後、細胞培養液全量50mLの内、10mLをglass micro fiber filterにて吸引ろ過し、乾固させて乾燥重量を測定した。また、細胞培養液30mLを3000rpm、4℃、10min遠心し、細胞中の脂質抽出、および分析を実施した。
【実施例2】
【0036】
培養時条件として、濾紙への塗布方法、培養温度、CO
2濃度、湿度、光源および光強度は特に記載がない限り、実施例1の乾燥ストレス負荷条件での培養と同様の条件で、かつ、以下に説明するGb、D.w、Wash、Triple、Dark、LL、VLL条件にて本培養を実施した。
【0037】
1.前培養条件
クロレラChlorella kessleri 11h 株を、1/4ガンボーグB5培地にて、温度30℃、2%-CO
2を加えた空気を発泡管(キノシタボールフィルター 木下理化工業株式会社)から通気し、東芝蛍光灯フィッシュルクス20Wを用いて光強度15W/m
2で光独立栄養的に、ベックマン社DU700分光光度計にてOD
730≒0.5になるまで育成させた。
【0038】
2.本培養条件:Gb、D.w、Wash、Triple、Dark、LL、VLL条件での培養
乾燥ストレス負荷条件であるGb条件、乾燥ストレス負荷条件かつ硫黄欠乏ストレス負荷条件であるD.w、Wash、Triple、Dark、LL、VLLの各種条件で培養した。具体的には、Gb条件は、200mLの培養液(1/4ガンボーグB5液体培地)を染み込ませたキムタオル(2枚)、網、濾紙の順に積層し本培養を実施した。D.w条件は、200mLの蒸留水を染み込ませたキムタオル(2枚)、網、濾紙の順に積層し本培養を実施した。Wash条件は、濾紙上の細胞を50mLの蒸留水にて洗浄後、吸引濾過し本培養を実施した。Triple条件は、濾紙上への細胞量を3倍量の60mLとして本培養を実施した。Dark条件は、光条件を暗条件として本培養を実施した。LL (Low light:1 W/m
2)、VLL (Very low light:0.4 W/m
2) 条件は、弱光条件で本培養を実施した。
【0039】
試験例1
実施例1および2、参考例1での培養について、各種の試験を行って評価した。
【0040】
試験方法
1.サンプリング
サンプリングでは、クロロフィル定量用に1サンプル、湿重量および乾燥重量測定用に1サンプル、脂質定量用に2サンプルのサンプリングを実施し、これを計4回繰り返すことで再現性を検討した。
【0041】
2.クロロフィル定量
培養後の細胞重量を測定後、100%メタノールを1mL加えてボルテックスを用いて懸濁した。5min静置後、室温にて10000rpmで10min遠心した。上清に対して665nmと650nmにおける吸光度を測定した。計算式「Chla+b=4.0×A
665+25.5×A
650」によりクロロフィル量を定量した。
【0042】
3.Nile Redによる中性脂質の染色
細胞液1mLに対してアセトン1mLに0.5gのNile Red(9-diethylamino-5H-benzo[[a]phenoxa-]phenoxazine-5-one)を溶解した溶液を50mL添加し、サンプルを調製した。サンプルをスライドガラスに乗せ、UV光で励起(フィルター:WIG、励起光520から550nm、透過光580nm‐)しながら光学顕微鏡で観察した。
【0043】
4.湿重量・乾燥重量測定方法
あらかじめ用いる濾紙の質量を測定した。その後、本培養後の細胞を回収した。回収した細胞はそのまま湿重量を測定した後、55℃の乾燥器に5時間以上置き、完全に乾固させ乾燥重量を測定した。湿重量は、濾紙の質量、細胞の乾燥重量を引いて、濾紙に含まれている水分の質量のみを求めた。乾燥重量は、濾紙分の質量を引いて、細胞の乾燥重量を求めた。なお、濾紙上に残った無機塩類の質量は最大でも0.4mg程度である為、考慮しなくてもよい。
【0044】
5.脂溶性成分の抽出
本培養後の濾紙上の細胞にメタノール、クロロホルムを10mLずつ加え、ボルテックスを用いて懸濁し、脂溶性成分を細胞から完全に分離した。蒸留水を5mL加え、3000rpm、4℃、15min遠心し、メタノール/水層、クロロホルム層の2相に分離させた。その後、クロロホルム層を回収し、エバポレーターで溶媒を留去することで濃縮し、クロロホルム:メタノール=2:1(v/v)溶液に溶解し、脂溶性成分とした。
【0045】
6.薄層クロマトグラフィーによる各脂質の分離
薄層クロマトグラフィープレート(5721 Silica gel60,MERCK,Darmsadt,Germany)を120℃、2時間処理し、水分を完全に飛ばした。抽出した脂溶性成分を薄層クロマトグラフィープレートにスポットし、ドライヤーにより溶媒を乾燥させた。展開溶媒として、ヘキサン:ジエチルエーテル:酢酸=70:30:1を用いて約45min展開した。薄層クロマトグラフィープレートの溶媒を乾燥後、プリムリン溶液(アセトン:蒸留水=4:1(v/v)を溶媒として0.01%プリムリン(東京化成工業)溶液を調製)を噴霧し、365nmの励起光により各脂質を確認した。
【0046】
7.データ解析
定量にはデータ処理装置(C-R7 pulas, SHIMADZU, Kyoto, Japan)により得られたデータを用いた。アラキジン酸を含めた各成分のピーク面積から重量比を計算し、アラキジン酸のモル数から各成分のモル数を計算した。
【0047】
8.不飽和度の計算
二重結合の数を相対的に求めた。それぞれの脂肪酸の割合に2重結合の数を掛け、次式により算出した。{[(18:1)+(16:1)×1]+[(18:2)+(16:2)×2]+[(18:3)+(16:3)×3]}/全脂肪酸量=不飽和度
【0048】
9.脂溶性成分の定量
薄層クロマトグラフィーで分離されたスポットをスパーテルで削り取り、5%(w/v)塩酸メタノール溶液を加えた。90℃、3時間熱処理を施すことにより、脂質中のアシル基、遊離脂肪酸がメチルエステル化される。これを冷却後に、ヘキサン2mLを加えた後静置することにより2層分離し、上層のヘキサン層を回収した。下層には、再びヘキサン2mLを加え同様の回収を3回行うことで回収率を向上させた。回収後のヘキサン溶液をエバポレーターにより溶媒留去することで濃縮し、ガスクロマトグラフを用いて定量した。また、あらかじめアラキジン酸(Sigma, St.Louis, USA)をネジ蓋式ガラス試験管の中に添加し、窒素ガスで蒸散乾固しておくことで、指標とした。
【0049】
試験結果
1.乾燥ストレス負荷条件での培養による中性脂質の蓄積
Nile Redを用いて、細胞内の中性脂質を染色し、波長520-550nmの光により励起させて顕微鏡観察を行った。実施例1において、乾燥ストレス負荷条件にて96時間培養を行った結果、黄色い蛍光で示される中性脂質が顕著に増加することが示された(
図1)。
【0050】
2.乾燥ストレス負荷条件での培養による薄層クロマトグラフィーによる
脂溶性成分の分離
薄層クロマトグラフィーにより、抽出した脂溶性成分中の中性脂質を分離した。この結果、実施例1において、乾燥ストレス負荷条件にて96時間培養することにより、TGを含む中性脂質が増加していることが確認された(
図2)。
【0051】
3.乾燥ストレス負荷条件での培養におけるTGの蓄積
実施例1の培養において、乾燥ストレス負荷条件での培養時間経過に伴うTGの濃度変化を
図3、および表1に示す。フィルター上での微細藻類の乾燥重量は23.6mgから60.0mgへと約2.5倍の増加に留まったが、全脂肪酸量は、1.5mgから12.9mgへと8.6倍に大幅な増加を示した。TG量は0.07mgから8.5mgへと増加しており、全脂肪酸量の増加の大半がTGに起因していた。この結果は、TGを構成する脂肪酸がストレス負荷前は全脂肪酸量の4.7%であったのに対して、ストレス負荷後に全脂肪酸量の65.9%に増加したこと、さらには、TGが微細藻類乾燥重量の14.2%に達したことを示す。
【0052】
【表1】
【0053】
4.乾燥ストレス負荷条件での培養における脂肪酸組成と不飽和度の経時的変化
実施例1の培養において、総脂質における脂肪酸組成の不飽和度の経時的変化を
図4、および表2に示す。全脂肪酸量での脂肪酸組成の割合における不飽和度は培養時間の経過とともにわずかに低下する傾向がみられた。一方、TGにおける不飽和脂肪酸の割合に大きな変化がみられず、
図3に示した全脂肪酸におけるTG量は24時間目以降で増加する傾向がみられたため、96時間目における不飽和脂肪酸量の総和は増加すると考えられる。
【0054】
【表2】
【0055】
5.乾燥ストレス負荷条件での培養におけるクロロフィル量、および乾燥重量の測定
実施例1の培養において、クロロフィル量、および細胞乾燥重量の経時的変化を
図5、および表3に示す。クロロフィル含有量は本培養開始から経時的に減少する傾向がみられた。この条件においては、48時間目以降、細胞増殖は横這いとなり、乾燥重量あたりのクロロフィル量は、5%から2%程度まで減少した。特に, 24-48時間後までの減少が顕著であった。
【0056】
【表3】
【0057】
6.乾燥ストレス負荷条件での濾紙中の水分残存量の変化
実施例1の培養において、乾燥ストレス負荷条件での濾紙中の水分残量の経時的変化を
図6に示す。濾紙中の水分残量は、約0.5g強から0.2g強となり、ゆるやかに減少していた。これは、細胞培養容器内の湿度を90%以上に維持している為であると考えられ、屋内(湿度:30-50%)で乾燥させた場合では、数時間で乾燥してしまい、Nile Redでの染色結果においても脂質の増加がみられなかった。この為、脂質の蓄積にはゆるやかな乾燥ストレスを付加することが重要であることが示唆された。
【0058】
7.乾燥ストレス負荷条件と硫黄欠乏ストレス負荷条件での培養におけるTG蓄積
実施例1の乾燥ストレス負荷条件と参考例1の硫黄欠乏ストレス負荷条件での培養について、湿重量・乾重量測定、脂溶性成分の抽出、薄層クロマトグラフィー、脂溶性成分の定量、およびデータ解析は上記方法と同様に実施した。硫黄欠乏ストレス負荷条件で培養した結果、乾燥重量あたりの総脂質蓄積量では乾燥ストレス負荷条件、および硫黄欠乏ストレス負荷条件における培養と同程度であったが、総脂質蓄積量あたりのTG量が52%と低い値となった(
図7、および表4)。
【0059】
【表4】
【0060】
8.乾燥ストレス負荷条件と硫黄欠乏ストレス負荷条件における脂肪酸の不飽和度の比較
実施例1の乾燥ストレス負荷条件と、参考例1の硫黄欠乏ストレス負荷条件における全脂肪酸、および脂質中の脂肪酸の不飽和度の比較を
図8、および表5に示す。乾燥ストレス負荷条件と硫黄欠乏ストレス負荷条件において、脂肪酸組成に大きな変化がみられなかったが、18:3においては乾燥ストレス負荷条件が僅かに多い結果となった。
【0061】
【表5】
【0062】
9.乾燥ストレス負荷条件とGb、D.w、Wash、Triple、Dark、LL、VLL条件の脂質蓄積量の比較
実施例1の乾燥ストレス負荷条件と実施例2に記載の各条件でのTGの蓄積の比較を
図9、および表6に示す。GbとD.w条件の比較において、Gb条件では、脂質蓄積量の増加が小さい一方、細胞の乾燥重量増加は大きく、D.w条件では、脂質蓄積量の増加が大きく、細胞の乾燥重量増加が小さかった。D.w条件の脂質蓄積量は、乾燥ストレス負荷条件と比較して少ない為、乾燥ストレス負荷条件における脂質蓄積量の多さは単なる栄養欠乏ストレスではないと推測でき、細胞体における脱水ストレスであることが示唆された。Wash条件では、乾燥重量増加と脂質蓄積量は実施例1の乾燥ストレス負荷条件と同程度となり、乾燥ストレス負荷条件時の濾紙中に残った栄養培地の有無は、96時間後の脂質蓄積量に関係しないと考えられる。Triple条件では、細胞あたりの脂質蓄積量は実施例1の乾燥ストレス負荷条件の半値程度となった。濾紙上の細胞量が3倍となり細胞密度が高くなった結果、細胞あたりで使用しうる光エネルギーが減少することによるものと考えられる。LL、VLL条件では、TGの蓄積、細胞の乾燥重量共に低下し、Triple条件同様、弱光条件となったことに由来すると考えられる。
【0063】
【表6】
【0064】
10.乾燥ストレス負荷条件とGb、D.w、Wash、Triple、Dark、LL、VLL条件のクロロフィル量の比較
実施例1の乾燥ストレス負荷条件と実施例2に記載の各本培養条件でのクロロフィル量の比較を
図10、および表7に示す。乾燥ストレス負荷条件、およびD.w、Wash、Dark条件において、細胞の乾燥重量あたりのクロロフィル量が小さい値となった。実施例1の乾燥ストレス負荷条件、およびD.w、Wash条件では、乾燥や蒸留水への溶媒置換による浸透圧変化、栄養欠乏状態への変化により細胞へのダメージが生じた結果であると考えられる。また、Dark条件では、暗条件であることからクロロフィルが減少したものと考えられる。TG蓄積量の増加が小さいLL、VLL条件では、クロロフィル量が大きい傾向がみられた。
【0065】
【表7】
【0066】
11.乾燥ストレス負荷条件とWash、Triple、LL、VLL条件の水分残存量の比較
実施例1の乾燥ストレス負荷条件と実施例2に記載の各本培養条件での水分残存量の比較を
図11、および表8に示す。TG蓄積量の増加が小さいLL、VLL条件では、クロロフィル量と同様に水分残存量が大きい傾向がみられた。乾燥ストレス負荷条件にて乾燥が不十分な場合、脂質蓄積が減少することを実験的に確認しており、LL、VLL条件でTG蓄積量が小さい値となった理由として、水分残存量が大きいことが原因の一つとして考えられる。
【0067】
【表8】
【0068】
12.乾燥ストレス負荷条件とGb、D.w、Wash、Triple、Dark、LL、VLL条件における脂肪酸の不飽和度の比較
実施例1の乾燥ストレス負荷条件と実施例2に記載の各本培養条件での脂肪酸の不飽和度の比較を
図12に示す。各条件で脂肪酸組成に大きな変化はみられなかったが、LL、VLL、Dark条件でのTGの不飽和度が低くなった。TGを構成する脂肪酸の二重結合を作る際に単結合と比較して多くのエネルギーが必要となるため、弱光条件において不飽和度が低下した可能性が考えられる。
【0069】
以上の結果から、微細藻類を乾燥ストレス負荷条件にて培養することにより、TGを優先的に微細細胞内に蓄積できることが明らかとなった。また、前培養した微細藻類を、硫黄欠乏ストレス負荷条件にて培養することにより、TGを優先的に微細細胞内に蓄積できることも明らかとなった。更には、微細藻類を乾燥ストレス負荷条件かつ硫黄欠乏ストレス負荷条件にて培養することにより、TGを優先的に微細細胞内に蓄積できることも明らかとなった。