【実施例】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0020】
図1は本発明の第1実施例を示す生物学的対象物としてのEBのart−EB分化制御装置の模式図であり、
図1(a)はその全体斜視図、
図1(b)はその部分拡大斜視図である。
【0021】
これらの図において、1は生物学的対象物としてのEBのart−EBの分化制御装置、2は上部チャンネル、3は下部チャンネル、4は上部チャンネル2と下部チャンネル3とを仕切る薄膜、5は薄膜4に形成される微小孔、6は上部チャンネル2のリザーバ、7はリザーバ6から導入されるEB、8はリザーバ6から上部チャンネル2に供給される第1の培地、9は下部チャンネル3のリザーバ、10はリザーバ9から下部チャンネル3に供給される印加される陰圧の第2の培地である。
【0022】
また、微小孔の大きさは、例えば、数μmから数mm(具体的には1μmから1mm)の範囲で制御可能であり、また、薄膜の厚みは特に限定されないが、例えば、5μm〜100μmが望ましい。
【0023】
なお、薄膜4の材料としては、樹脂であればよく、例えば、製作し易いポリジメチルシロキサン(PDMS)やこのPDMS以外にもポリスチレン、ポリカーボネート、又はポリエチレンテレフタレートなどでもよい。
【0024】
また、微小孔5の孔径はEB7の径よりも小さければよいものとする。また、微小孔5の形状は円形に限定されるものではないが、上部チャンネル2と下部チャンネル3とが仕切られるようにする必要がある。
【0025】
上部チャンネル2および下部チャンネル3にはそれぞれリザーバ6,9が設置されており、各チャンネル2,3に供給する培地8,10が貯蔵されている。下部チャンネル3には下部チャンネル3の出口側から陰圧が印加されるように構成しているので、微小孔5には上部チャンネル2から下部チャンネル3方向への流れが生じ、この微小孔5への吸引現象が生じる。リザーバ6から上部チャンネル2へ導入されるEB7をこの吸引現象により微小孔5に固定・保持することができる。このように固定・保持されたEB7を培養し、
図2に示すようなタイムラプス(Time−Lapse)装置にセットアップ〔
図2(a)〕し、培養状態を撮影することで〔
図2(b)〕、培養の様子を観察することができる。さらに、このように固定・保持されたEB7に液性因子暴露を行うこともできる。
【0026】
このように、本発明によれば、培地中で浮遊状態となる三次元構造物であるEB又は受精卵を流体操作のみで固定・保持することができ、観察および液性因子暴露による分化誘導を行うことができる。
【0027】
ところで、実際の培養においては、体内と類似したHeterogenuse環境下で培養を行う必要がある。つまり、EB又は受精卵の培養を行う装置では、そのようなHeterogenuse環境を実現する必要がある。
【0028】
図1(b)に示したように、本発明の装置では、EB7は微小孔5に固定・保持されている。例えば、ここで導入されるEB7の直径が約500μmであり、微小孔5の直径が200μmとすると、EB7の薄膜4により上側部分が第1の培地8に暴露され、EB7の薄膜4により下側部分が第2の培地10に暴露されることになる。そこで、第1の培地8と第2の培地10を異なる培地とすることで、1つのEB7に対し、異なる液性因子暴露を行うことができる。
【0029】
図3は微小孔に固定されたEBを示す図であり、
図3(a)は分化制御装置内のEBに焦点を当てた画像、
図3(b)は微小孔に焦点を当てた画像である。
【0030】
これらの図において、5は薄膜4に形成された微小孔、7は上部チャンネル2に導入されたEBである。
図3(b)に見られるように、微小孔5の輪郭が確認でき、EB7が微小孔5に固定されていることが分かる。この状態で、上部チャンネル2に第1の培地8として心筋分化培地であるFBS(細胞培養液成分)20%培養液、下部チャンネル3に第2の培地10として神経分化培地であるRHBA培養液の送液を開始する。
【0031】
図4は薄膜に形成された微小孔に固定されたEBを示す側面図である。
【0032】
図5は培養1日目及び3日目のEBの分化状態を示す図であり、
図5(a)はその1日目の微小孔5に固定されたEBに焦点を当てた画像、
図5(b)はそのEBが固定された微小孔5に焦点を当てた画像、
図5(c)はその3日目の微小孔5に固定されたEBに焦点を当てた画像、
図5(d)はそのEBが固定された微小孔5に焦点を当てた画像を示す図である。
【0033】
これらの図から明らかなように、時間の経過とともに、微小孔5の手前側に派生したEBが下部チャンネル3で徐々に大きくなっている。つまり、
図5(b)及び
図5(d)の画像では、黒いものが徐々に大きくなっていることがわかる。
【0034】
図6は培養4日目のEBの状態を示す図であり、デバイス内から取り出して培養皿に移したものを示す。この図より分かるように、上部チャンネル2側に心筋分化培地を暴露させた心筋分化培地暴露部位11と下部チャンネル3側で神経分化培地を暴露させた神経分化培地暴露部位12と薄膜に形成された微小孔に対応したそれらの境界部位(括れ部)13を示しており、雪だるま状のEB14が形成されている。
【0035】
図7は上記した
図1〜
図6までをまとめたフローを示す図であり、第1日目の培養〔
図7(a)参照〕から第4日目の培養〔
図7(b)参照〕を経て、
図7(c)に示すように、培養皿15にEBをピックアップするようにしており、上記したようにEBが培養され、
図7(d)に示すように、雪だるま状のEBが形成されている。
【0036】
図8は培養7日目(培養皿に移してから3日目)のEB分化状態を示す図であり、
図8(a)はEBの全体を示す図、
図8(b)は心筋分化培地暴露部位の様子を示す図、
図8(c)は神経分化培地暴露部位の様子を示す図である。ここで、神経分化培地暴露部位12では神経様細胞22を確認し、心筋分化培地暴露部位11での非神経様細胞21とは細胞の形態が明らかに異なる。
【0037】
図9は培養8日目(培養皿に移してから4日目)のEBの分化状態を示す図であり、神経分化培地暴露部位12では神経様細胞22a,22b,22cを確認し、心筋分化培地暴露部位11の非神経様細胞21a,21b,21cとは細胞の形態が明らかに異なる。
【0038】
図10は培養8日目での蛍光観察を示す図であり、心筋分化培地暴露部位11のMitotracker(タカラバイオ株式会社製)による蛍光観察〔
図10(a)〕、T α−1 チューブリンによる蛍光観察〔
図10(b)〕、神経分化培地暴露部位12のMitotrackerによる蛍光観察〔
図10(c)〕、T α−1 チューブリンによる蛍光観察〔
図10(d)〕を示す図である。 より具体的には、本発明でマウス胚性幹細胞(T α−1 チューブリン−GFP マウスES細胞株。なお、T α−1 チューブリンは初期神経分化マーカーの1つ)より作製したEBを本装置中で培養した。まず、ウェルプレートでEBを作製し、ウェルプレートで24時間培養したものを本デバイスに導入する。次に、上部チャンネルについてはFBS20%培地を、下部チャンネルについては神経分化(ND)培地(ステムセル社製)を、リザーバにそれぞれ充填した。4日目にEBをデバイス内から回収し、FBS培地で満たされたコラーゲンコートされた培養皿に移した。
【0039】
上記で示したように,本発明で形成されたEBは、EBの膜上側部分が大きくなっており、同時に薄膜下側にも別の球状構造が形成されている。薄膜上側と薄膜下側の2つの球状構造は互いに結合しており、連接型胚様体(articulated EB;art−EB)と呼ぶような雪だるま形状を形成している。本発明の形成装置では、art−EBの2つの球状部を異なる培地にそれぞれ暴露することができ、art−EBを培養皿に移すと、連接形状がはっきりと観察される。art−EBを接着してさらに培養皿で培養したところ、ND培地に暴露された、art−EBの下側の球状構造に対応する部分の細胞に神経様形状が見られる。さらに、下側の球状部分では、T α−1 チューブリンの発現と関連するGFPの蛍光強度が、art−EBの上側の球状構造に対応する部分よりもかなり高かった。これらの結果から、art−EBの下側の球状部分で神経分化が誘導されたことがわかる。さらに、上側の球状部分は神経細胞とは明らかに異なる形態を示した。
【0040】
このように、本発明によれば、部分的に連接される2つの球状部分を備えるEBを形成することができ、さらに、各球状部分に対して独立した分化制御を行うことに成功した。
【0041】
次に、薄膜の微小孔変更後のEBの固定について説明する。
【0042】
図11は薄膜の微小孔へ変更後(直径100μm)のEBの固定を示す図であり、
図11(a)はEB33に焦点をあてた図、
図11(b)は微小孔32に焦点をあてた図である。なお、31は薄膜である。
図11の右側の蛍光画像は、胚様体が未分化である状態を示す。
【0043】
本実施例では、Nanog−GFP iPS(人工多能幹細胞、なおNanogは未分化を示すマーカー遺伝子)を使用し、上部チャンネルは未分化維持培地〔LIF(+)KSR15%〕、下部チャンネルは分化培地(LIF(−)FBS15%〕である。
【0044】
このように微小孔径を変更しても同様に雪だるま形状のEBを形成することができる。
【0045】
図12はデバイス内のEBの様子を示す図である。
図12(a)は培養開始時のEBの様子を示し、微小孔に焦点を当てたもの(明視野と蛍光画像)で蛍光画像から蛍光が確認できるため、未分化状態が保たれていることを示す。
図12(b)は培養後(培養3日目)のEBの様子を示し、下層流路側に焦点を当てたもの(明視野と蛍光画像)を示す図である。上層流路内のEBから蛍光が観察され、上層流路内の培養液によって未分化状態が維持されていることを示す。
【0046】
図13はart−EB形成時の分化の様子を示す図であり、
図13(a)はart−EBをデバイスから取り出し、上層部に形成されたEBの図、
図13(b)はcontrol実験として、96ウェルプレートの中で、LIF(+)培養液に暴露したEBであり、
図13(c)はLIF(−)培養液に暴露したEBの明視野と蛍光画像、蛍光で光っている部位は未分化状態を示している。一方、蛍光が見られない部位は分化した状態を示している。
【0047】
図14は
図13の培養後のEBの分割を活かした系統分化を示す図である。実験方法としては、art−EBを形成した後、上下層流路に形成された両方のEBを再びデバイスに入れ、培養し、再びart−EBを培養する。この実験を繰り返して、デバイス内で時間的に異なる培養液にさらしたart−EBを形成させることで、生体内での胚発生に準じた分化制御を系統的に行うことができる。
【0048】
図15は本発明の第2実施例を示す生物学的対象物としてのEBの分化制御装置の模式図である。
【0049】
この実施例では、上部チャンネルが開放空間であり、前記生物学的対象物の増殖による大きさの変化に対応させるように構成した例であり、上記した上部チャンネルとして、流路に代えて、開放空間を用いることもできる。また、開放空間にすることによって、微小孔5へのアクセスがしやすくなることで、EBの配置や培養後の回収が可能になる。
【0050】
図15において、41は生物学的対象物としてのEB又は受精卵の分化制御装置、42は上部チャンネルとしての上部空間が開放される桶、43は下部チャンネル、44は桶42と下部チャンネル43とを仕切る薄膜、45は薄膜44に形成される微小孔、46はウェルプレートであり、桶42内に導入される第1の培地48とともに封入されるEB47がセットされている。49は下部チャンネル43のリザーバ、50は下部チャンネル43に供給される印加される陰圧の第2の培地である。
【0051】
このように、第1実施例における上部チャンネル2に代えて、上部空間を設定しておき、上記したように、ES又は受精卵の培養と分化制御を促すことができる。
【0052】
上記実施例では主に、EBについて説明したが、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞又は受精卵を含む三次元生物学的対象物についても適用できる。
【0053】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。