(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
上記送給停止検知信号を受けると、上記経路長変化装置の駆動を停止するための経路長変化停止信号を、上記経路長変化装置に送る経路長制御回路を更に備える、請求項2に記載のアーク溶接システム。
上記経路長制御回路は、上記電源回路が上記アンチスティック電圧の印加を開始した後に、上記経路長変化停止信号を、上記経路長変化装置に送る、請求項4に記載のアーク溶接システム。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[アーク溶接システムA1について]
図1に示すアーク溶接システムA1は、溶接ロボット1と、ロボット制御装置2と、電源装置3とを備える。
【0016】
溶接ロボット1は、母材Wに対してたとえばアーク溶接を自動で行うものである。溶接ロボット1は、ベース部材11と、複数のアーム12と、複数のモータ13と、溶接トーチ14と、送給装置16と、経路長変化装置17と、コンジットケーブル19と、を含む。
【0017】
ベース部材11は、フロア等の適当な箇所に固定されている。各アーム12は、ベース部材11に軸を介して連結されている。
【0018】
溶接トーチ14は、溶接ロボット1の最も先端側に設けられたアーム12aの先端部に設けられている。溶接トーチ14は、消耗電極15を母材Wの近傍の所定の位置に導くものである。
図5に模式的に示すように、溶接トーチ14は、コンタクトチップ141と、ノズル142とを有する。コンタクトチップ141は、たとえばCuまたはCu合金製である。コンタクトチップ141には、消耗電極15を挿通するための貫通孔が設けられている。この貫通孔は、内面が消耗電極15に擦れ合う程度の寸法である。ノズル142は、たとえば、CuまたはCu合金製である。ノズル142は、適宜、水冷構造を有する。ノズル142には開口143が形成されている。ノズル142とコンタクトチップ141との間には、たとえばArなどのシールドガスSGが供給される。供給されたシールドガスSGは開口143から噴出する。このシールドガスSG内に消耗電極15が送給される。
【0019】
モータ13は、アーム12の両端または一端に設けられている(一部図示略)。モータ13は、ロボット制御装置2により回転駆動する。この回転駆動により、複数のアーム12の移動が制御され、溶接トーチ14が上下前後左右に自在に移動できるようになっている。モータ13には、図示しないエンコーダが設けられている。このエンコーダの出力は、ロボット制御装置2に与えられる。この出力値により、ロボット制御装置2では、溶接トーチ14の現在位置を認識するようになっている。
【0020】
送給装置16は、溶接ロボット1における上部に設けられている。送給装置16は、溶接トーチ14に対して、消耗電極15を送り出すためのものである。送給装置16は、送給モータ161(
図1参照)と、プッシュ装置162(
図6参照)とを有する。送給モータ161はプッシュ装置162を駆動する。プッシュ装置162は、送給モータ161を駆動源として、ワイヤリールWL(
図6参照)に巻かれた消耗電極15を溶接トーチ14へと送り出す。
【0021】
コンジットケーブル19は、消耗電極15を挿通し、且つ、消耗電極15を送給装置16から溶接トーチ14へと導くものである。
図1によく表れているように、コンジットケーブル19は、送給装置16から溶接トーチ14に至るまでの中途部分において、湾曲した部位を有する。
図5に模式的に示すように、コンジットケーブル19は、コイルライナ191と、被覆チューブ192とを有する。
【0022】
コイルライナ191は、たとえば金属線材をコイル状に形成したものである。コイルライナ191には、消耗電極15が挿通される。上述のようにコンジットケーブル19は湾曲した部位を有する。そのためこの湾曲した部位において、消耗電極15がコイルライナ191の内壁に擦れながら送給される。被覆チューブ192は、チューブ状を呈する。被覆チューブ192は、たとえば、塩素化ポリエチレン(CPE:chlorinated polyethylene)よりなる。被覆チューブ192はコイルライナ191を囲んでいる。上述のようにコンジットケーブル19は湾曲した部位を有するため、この湾曲した部位において、被覆チューブ192はコイルライナ191と擦れ合う。
【0023】
図1〜
図3に示す経路長変化装置17は、送給経路長La(
図6参照)を変化させるものである。送給経路長Laは、消耗電極15のうち、消耗電極15の軸線方向における、プッシュ装置162から溶接トーチ14に至るまでの長さのことを言う。本実施形態においては、経路長変化装置17は、モータ171と、偏芯シャフト172と、カム機構173と、ベアリング174a,174bと、マウント175と、ブッシュ176と、シャフト177とを有する。
【0024】
図2に示すように、モータ171は、溶接トーチ14に対し固定されている。すなわちモータ171は溶接トーチ14に対し相対移動しない。モータ171は、経路長変化装置17を駆動する。モータ171は、
図3の左右方向に延びる軸を回転軸としている。モータ171には図示しないエンコーダが取り付けられている。偏芯シャフト172は、モータ171の回転軸に固定されている。偏芯シャフト172は、モータ171の回転軸に対して偏芯した位置にボルトが設けられている。カム機構173は、ドライブカムであり、カム機構173には2つの孔が形成されている(
図4参照)。カム機構173は、これらの2つの孔の一方に設けられたベアリング174aを介して、偏芯シャフト172の上記ボルトに連結されている。マウント175は、上記2つの孔の他方に設けられたベアリング174bを介してカム機構173に連結されている。マウント175は、ブッシュ176を介して、シャフト177に連結されている。シャフト177は、モータ171の本体に対して固定されている。マウント175は、シャフト177に沿って、
図2の上下方向に移動できる。
図5に示すように、マウント175は、コンジットケーブル19のコイルライナ191に固定されている。
【0025】
モータ171が回転すると、偏芯シャフト172のボルトが偏芯回転する。すると、この偏芯回転に従って、
図4に示すように、カム機構173が(K1)から(K4)まで一連の動作をする。そして
図3に示すように、マウント175は、シャフト177に沿って往復運動をする。これにより、コンジットケーブル19(本実施形態においてはコイルライナ191)が溶接トーチ14に対し
図5の上下に微小に往復運動をする。コイルライナ191の往復運動に伴い、コイルライナ191と擦れ合う消耗電極15が往復運動をする。コイルライナ191の往復運動によって、送給経路長Laが変化することとなる。なお、経路長変化装置17からは、モータ171の回転角θ(t)に関する回転角信号Sθが後述の電流制御回路32に送られる。カム機構173が
図4の(K1)に示す状態である場合、回転角θ(t)=0(rad)である。カム機構173が同図(K2)に示す状態である場合、回転角θ(t)=π/2(rad)である。カム機構173が同図(K3)に示す状態である場合、回転角θ(t)=π(rad)である。カム機構173が同図(K4)に示す状態である場合、回転角θ(t)=3π/2(rad)である。
【0026】
図7は、
図1のアーク溶接システムA1におけるロボット制御装置2と電源装置3との詳細を示すブロック図である。
【0027】
ロボット制御装置2は、動作制御回路21と、ティーチペンダント23とを含む。ロボット制御装置2は、溶接ロボット1の動作を制御するためのものである。
【0028】
動作制御回路21は、図示しないマイクロコンピュータおよびメモリを有している。このメモリには、溶接ロボット1の各種の動作が設定された作業プログラムが記憶されている。また、動作制御回路21は、後述のロボット移動速度VRを設定する。動作制御回路21は、上記作業プログラム、上記エンコーダからの座標情報、およびロボット移動速度VR等に基づき、溶接ロボット1に対して動作制御信号Msを送る。溶接ロボット1は動作制御信号Msを受け、各モータ13を回転駆動させる。これにより、溶接トーチ14が、母材Wにおける所定の溶接開始位置に移動したり、母材Wの面内方向に沿って移動したりする。
【0029】
動作制御回路21は、終了判断回路211を有する。終了判断回路211は、溶接を終了すべきと判断すると、溶接終了指示信号Wsを送る。溶接を終了すべきと終了判断回路211が判断するのは、たとえば、溶接トーチ14が母材Wの所定の終了位置に到達したことや、溶接開始から所定の時間が経過したことに基づく。もしくは、溶接を終了すべきと終了判断回路211が判断するのは、下記のティーチペンダント23に対しユーザから溶接を終了する旨の入力がされたことに基づいてもよい。
【0030】
ティーチペンダント23は、動作制御回路21に接続されている。ティーチペンダント23は、各種動作をアーク溶接システムA1のユーザが設定するためのものである。
【0031】
電源装置3は、電源回路31と、電流制御回路32と、電圧制御回路33と、算出回路35と、送給制御回路36と、経路長制御回路37と、送給停止検知回路38と、電流値記憶部39と、を含む。電源装置3は、消耗電極15と母材Wとの間に、溶接電圧Vwを印加し、溶接電流Iwを流すための装置であるとともに、消耗電極15の送給を行うための装置である。
【0032】
電源回路31は、電力発生回路MCと、電源特性切替回路SWと、電流誤差計算回路EIと、電圧誤差計算回路EVと、電流検出回路IDと、電圧検出回路VDとを有する。電源回路31は、消耗電極15と母材Wとの間に指示された値で溶接電圧Vwを印加し、また、消耗電極15から母材Wに指示された値で溶接電流Iwを流すためのものである。
【0033】
電力発生回路MCは、たとえば3相200V等の商用電源を入力として、後述の誤差信号Eaに従ってインバータ制御、サイリスタ位相制御等の出力制御を行い、溶接電圧Vwおよび溶接電流Iwを出力する。
【0034】
電流検出回路IDは、消耗電極15と母材Wとの間に流れる溶接電流Iwの値を検出するためのものである。電流検出回路IDは、溶接電流Iwに対応する電流検出信号Idを送る。電流誤差計算回路EIは、実際に流れている溶接電流Iwの値と、設定された溶接電流の値との差ΔIwを計算するためのものである。具体的には、電流誤差計算回路EIは、電流検出信号Idと、設定された溶接電流の値に対応する後述の電流設定信号Irとを受け、差ΔIwに対応する電流誤差信号Eiを送る。なお、電流誤差計算回路EIは、電流誤差信号Eiとして、差ΔIwを増幅した値に対応するものを送ってもよい。
【0035】
電圧検出回路VDは、消耗電極15と母材Wとの間に印加される溶接電圧Vwの値を検出するためのものである。電圧検出回路VDは、溶接電圧Vwに対応する電圧検出信号Vdを送る。電圧誤差計算回路EVは、実際に印加されている溶接電圧Vwの値と、設定された溶接電圧の値との差ΔVwを計算するためのものである。具体的には、電圧誤差計算回路EVは、電圧検出信号Vdと、設定された溶接電圧の値に対応する後述の電圧設定信号Vrとを受け、差ΔVwに対応する電圧誤差信号Evを送る。なお、電圧誤差計算回路EVは、電圧誤差信号Evとして、差ΔVwを増幅した値に対応するものを送ってもよい。
【0036】
電源特性切替回路SWは、電源回路31の電源特性(定電流特性もしくは定電圧特性)を切り替えるものである。電源回路31の電源特性が定電流特性である場合には、溶接電流Iwの値が設定された値となるように、電源回路31において出力が制御される。一方、電源回路31の電源特性が定電圧特性である場合には、電源回路31は溶接電圧Vwの値が設定された値となるように、電源回路31において出力が制御される。より具体的には、電源特性切替回路SWは、後述の電源特性切替信号Swと、電流誤差信号Eiと、電圧誤差信号Evとを受ける。電源特性切替回路SWの受ける電源特性切替信号SwがHighレベルである場合には、電源特性切替回路SWにおけるスイッチは、
図7のa側に接続される。この場合、電源回路31の電源特性は定電圧特性であり、電源特性切替回路SWは、電圧誤差信号Evを誤差信号Eaとして電力発生回路MCに送る。このとき、電力発生回路MCは、溶接電圧Vwの値が設定された値となる(すなわち上述の差ΔVwがゼロとなる)ような制御を行う。一方、電源特性切替回路SWの受けた電源特性切替信号SwがLowレベルである場合には、電源特性切替回路SWにおけるスイッチは、
図7のb側に接続される。この場合、電源回路31の電源特性は定電流特性であり、電源特性切替回路SWは、電流誤差信号Eiを誤差信号Eaとして電力発生回路MCに送る。このとき、電力発生回路MCは、溶接電流Iwの値が設定された値となる(すなわち上述の差ΔIwがゼロとなる)ような制御を行う。
【0037】
電流値記憶部39は、スパッタ抑制電流値ir1の値を記憶する。スパッタ抑制電流値ir1は、たとえばティーチペンダント23から入力され動作制御回路21を経由して、電流値記憶部39に記憶される。
【0038】
電流制御回路32は、消耗電極15と母材Wとの間に流れる溶接電流Iwの値を設定するためのものである。電流制御回路32は、電流値記憶部39に記憶された、スパッタ抑制電流値ir1に基づき、溶接電流Iwの値を指示するための電流設定信号Irを生成する。そして電流制御回路32は、生成した電流設定信号Irを電源回路31に送る。
【0039】
電圧制御回路33は、消耗電極15と母材Wとの間に印加する溶接電圧Vwの値を設定するためのものである。電圧制御回路33は、図示しない記憶部に記憶された設定電圧値に基づき、溶接電圧Vwの値を指示するための電圧設定信号Vrを電源回路31に送る。
【0040】
算出回路35は、溶接電流Iwの値を降下させる降下時刻td1(
図8参照)を算出する。算出回路35は、アーク状態検出回路351と、計算回路352と、設定時間記憶部353と、を含む。
【0041】
設定時間記憶部353は、設定時間Tbの値を記憶する。設定時間Tbの値は、たとえばティーチペンダント23から入力され動作制御回路21を経由して、設定時間記憶部353に記憶される。
【0042】
アーク状態検出回路351は、消耗電極15と母材Wとの間のアークa1が発生しているか消滅しているかを検出する。本実施形態においては、アーク状態検出回路351は、電圧検出信号Vdを受ける。アーク状態検出回路351は、溶接電圧Vwの値に基づき、アークa1の発生の有無を判断する。アーク状態検出回路351は、溶接電圧Vwがあるしきい値を下回っているときは、アークa1が消滅していると判断する。またアーク状態検出回路351は、溶接電圧Vwが当該しきい値を上回っているときは、アークa1が発生していると判断する。
【0043】
アーク状態検出回路351は、アーク状態変化Ch1(
図8参照)を検出すると、アーク状態変化検出信号As1を計算回路352に送る。アーク状態変化Ch1とは、消耗電極15および母材Wの短絡が発生すること、および、上記短絡が解消し消耗電極15および母材Wの間にアークa1が発生すること、のいずれか一方である。本実施形態において、アーク状態変化Ch1は、短絡が解消し消耗電極15および母材Wの間にアークa1が発生することである。
【0044】
計算回路352は、アーク状態変化検出信号As1と、回転角信号Sθと、溶接終了指示信号Wsと、を受ける。計算回路352は、上述の降下時刻td1を求める。本実施形態においては、計算回路352は、アーク状態変化検出信号As1と、回転角信号Sθと、設定時間記憶部353に記憶された設定時間Tbと、に基づき、降下時刻td1を求める。計算回路352による降下時刻td1を求める工程については、後述する。計算回路352は、降下時刻td1に至ると、電源回路31(具体的には、電源特性切替回路SW)に送っている電源特性切替信号Swを、HighレベルからLowレベルに切り替える。これにより、電源回路31の電源特性が定電圧特性から定電流特性に切り替わる。
【0045】
送給制御回路36は、送給装置16が消耗電極15を送り出す速度(送給速度Vf)を制御するためのものである。送給制御回路36は、送給速度Vfを指示するための送給速度制御信号Fcを送給装置16に送る。
【0046】
経路長制御回路37は、上述の送給経路長Laの値を制御するためのものである。本実施形態においては、経路長制御回路37は、回転速度信号Wcを経路長変化装置17に送る。回転速度信号Wcは、経路長変化装置17におけるモータ171の回転速度dθ(t)/dtを指示するものである。
【0047】
送給停止検知回路38は、送給装置16による消耗電極15の送給が停止したことを検知すると、送給停止検知信号Sstを生成する。送給停止検知回路38は、生成した送給停止検知信号Sstを、経路長制御回路37に送る。
【0048】
[アーク溶接システムA1を用いたアーク溶接方法について]
次に、
図8、
図9をさらに用いて、アーク溶接システムA1を用いたアーク溶接方法について説明する。
図8は、本実施形態のアーク溶接方法の定常溶接状態における、各信号等を示すタイミングチャートである。
【0049】
図8(a)はモータ171の回転角θ(t)、(b)は送給経路長Laの変化量V1(t)、(c)は溶接トーチ14に囲まれた部位(
図5のRa)の消耗電極15の溶接トーチ14から母材Wへ向かう母材Wに対する相対的な速度V2(t)、(d)は溶接電圧Vw、(e)は電流設定信号Ir、(f)は溶接電流Iw、(g)は電源特性切替信号Sw、の変化状態をそれぞれ示す。なお、変化量V1(t)、速度V2(t)、および送給速度Vfなどは、溶接トーチ14から母材Wへ向かう方向を正とする。なお、速度V2(t)は、消耗電極15のうち溶接トーチ14の先端における部位の速度と同一である。
【0050】
本実施形態の定常溶接状態では、経路長制御回路37は、モータ171の回転速度dθ(t)/dtを一定の値2π/T
Wに指示する回転速度信号Wcを、経路長変化装置17に送る(T
Wはたとえば、10〜20msである)。これにより、モータ171は、値2π/T
Wの回転速度dθ(t)/dtで回転する。そして、
図8(a)に示すモータ171の回転角θ(t)は、下記(1)式により表わされる。
θ(t)=(2π/T
w)・(t−(n−1)T
w)
((n−1)T
w≦t<nT
w) (nは整数) ・・・・(1)
【0051】
図8(a)に示すように、モータ171が回転すると、
図8(b)に示すように、送給経路長Laの変化量V1(t)が変化する。変化量V1(t)は、下記(2)式により表わされる。
V1(t)=Va・cos(θ(t))・・・・(2)
(2)式においてVaは振幅であり、一定の値である。このように、変化量V1(t)は周期的に変化する。
【0052】
一方、本実施形態の定常溶接状態では、送給制御回路36が、送給速度Vfを指示するための送給速度制御信号Fcを送給装置16に送っている。そのため、消耗電極15は、送給装置16からは送給速度Vfで溶接トーチ14に向かって送り出されている。よって、
図8(c)に示すように、溶接トーチ14に囲まれた部位(
図5のRa)の速度V2(t)は、上述の変化量V1(t)と送給速度Vfとを加算したものとなる。すなわち、速度V2(t)は、下記(3)式により表わされる。
V2(t)=Vf+Va・cos(θ(t))・・・・(3)
【0053】
図8(c)に示すように、本実施形態の定常溶接状態では、消耗電極15が、速度V2(t)が単位期間T
Wを一周期とする周期関数となるように、送給される。実際、(1)式および(3)式によると、V2(t+T
w)=V2(t)の関係が満たされている。単位期間Twは定数である。単位期間T
wは、速度V2(t)が正の値である前進送給期間T
W1と、速度V2(t)が負の値である後退送給期間T
W2とからなる。前進送給期間T
W1においては、速度V2(t)が正の値であるから、消耗電極15は溶接トーチ14から送り出されている状態(前進送給されている状態)にある。一方、後退送給期間T
W2においては、速度V2(t)が負の値であるから、消耗電極15は溶接トーチ14から引き上げられている状態(後退送給されている状態)にある。
【0054】
以上のように、本実施形態の定常溶接状態では、溶接電流Iwや溶接電圧Vwの値の変化に依らず、速度V2(t)が一定の周期の周期関数となるように消耗電極15が送給される。そして、このように消耗電極15を送給した状態で、消耗電極15と母材Wとが短絡している短絡期間Tsと、消耗電極15と母材Wとの間にアークa1が発生しているアーク発生期間Taとを繰り返す。各前進送給期間T
W1のある時点で、消耗電極15を母材Wに短絡させる。これにより、短絡期間Tsが開始する。また、各後退送給期間T
W2のある時点で、消耗電極15を母材Wから離間させ、消耗電極15と母材Wとの短絡状態を開放する。これにより、アーク発生期間Taが開始する。以下、溶接開始時からの工程について具体的に説明する。
【0055】
まず、溶接開始時において、溶接トーチ14と母材Wとがある程度離間した状態で、溶接を開始するための溶接開始信号St(図示略)がティーチペンダント23に入力される。入力された溶接開始信号Stが、ティーチペンダント23から動作制御回路21を経由して、算出回路35と、経路長制御回路37と、送給制御回路36と、に送られる。すると、送給制御回路36は送給速度制御信号Fcを送給装置16に送り、また、経路長制御回路37は経路長変化装置17に回転速度信号Wcを送り、消耗電極15が
図8(c)に示す速度V2(t)で送給される。次に、溶接トーチ14を母材Wに接近させてゆき、短絡期間Tsとアーク発生期間Taとが繰り返し発生する定常溶接状態に移行させる。定常溶接状態においては、溶接トーチ14は、母材Wとの距離を一定に保ちつつ、母材Wの面内方向における溶接進行方向に沿って、ロボット移動速度VRで移動している。
【0056】
(1)アーク発生期間Ta(時刻t0〜時刻t3)
アーク発生期間Taは、アークa1を発生させ母材Wを加熱するための期間である。
図8(g)に示すように、アーク発生期間Taのほぼ全期間(時刻t1〜時刻t3)において、電源特性切替信号SwはHighレベルとなっている。そのため、時刻t1〜時刻t3において、電源回路31の電源特性は定電圧特性となっている。また、同図(c)に示すように、時刻t2において、消耗電極15が後退送給される状態から前進送給される状態に変化する。
【0057】
(2)短絡期間Ts(時刻t3〜時刻t5)
<時刻t3〜降下時刻td1>
短絡期間Tsは、消耗電極15の先端を母材Wに接触させ消耗電極15の一部を母材Wに移行させるための期間である。消耗電極15が前進送給されることにより、時刻t3において、消耗電極15と母材Wとが接触し消耗電極15と母材Wとが短絡する。消耗電極15と母材Wとが短絡すると、
図8(d)に示すように、時刻t3において、溶接電圧Vwの値が急激に低下する。時刻t3〜降下時刻td1において、ジュール熱により消耗電極15が溶融し、消耗電極15と母材Wとの接触面積が徐々に大きくなる。これにより、消耗電極15から母材Wに流れる溶接電流Iwに対する抵抗値が小さくなり、
図8(f)に示すように、溶接電流Iwの値が徐々に上昇する。
図8(c)に示すように、時刻t3〜降下時刻td1においては、消耗電極15は前進送給されている。しかし、時刻t3〜降下時刻td1においては、消耗電極15は、上述のように溶融し軟化しているため座屈しにくくなっている。
【0058】
<降下時刻td1〜時刻t5>
図8(g)に示すように、算出回路35の計算回路352は、降下時刻td1において、電源特性切替信号SwをHighレベルからLowレベルに変化させる。これにより、電源回路31の電源特性が定電流特性に変化する。一方、同図(e)に示すように、電流制御回路32は、溶接電流Iwを比較的小さなスパッタ抑制電流値ir1で通電させるための電流設定信号Irを電源回路31(本実施形態においては、電流誤差計算回路EI)に送っている。そのため、同図(f)に示すように、降下時刻td1に至ると、溶接電流Iwの値がスパッタ抑制電流値ir1まで降下し、溶接電流Iwとしてスパッタ抑制電流Iw1が流れる。なお、降下時刻td1の決定方法は後述する。そして、同図(c)に示すように、時刻t4において、消耗電極15が前進送給される状態から後退送給される状態に変化する。
【0059】
(3)アーク発生期間Ta(時刻t5〜)
時刻t5において、消耗電極15と母材Wとが離間し、アークa1が発生する。すなわち、上述のアーク状態変化Ch1(短絡が解消し消耗電極15および母材Wの間にアークa1が発生すること)が生じる。時刻t5、すなわちアーク状態変化Ch1が生じた時刻において、スパッタ抑制電流Iw1の通電は継続している。スパッタ抑制電流Iw1の電流値は、比較的小さいスパッタ抑制電流値ir1であるから、アークa1の発生時に生じうるスパッタの発生を抑制できる。消耗電極15と母材Wとの短絡が解消すると、
図8(d)に示すように、時刻t5において、溶接電圧Vwの値が急激に上昇する。この溶接電圧Vwの値の上昇に基づき、アーク状態検出回路351は、アーク状態変化Ch1を検出し、アーク状態変化検出信号As1を計算回路352に送る。計算回路352は、アーク状態変化検出信号As1を受けた後の時刻tu1において、電源特性切替信号SwをLowレベルからHighレベルに変化させる。これにより、電源回路31の電源特性が定電圧特性に変化する。そして、同図(f)に示すように、溶接電流Iwの値が母材Wを熱するのに十分な値にまで上昇し、上述と同様の工程が再び行われる。
【0060】
降下時刻td1は、算出回路35における計算回路352において求められる。降下時刻td1の決定方法の一例は次のとおりである。
【0061】
まず、計算回路352は、アーク状態変化Ch1が生じた変化時刻(本実施形態では時刻t0)に関する変化時情報に基づき、時刻t0の後における、アーク状態変化Ch1が生じる予測時刻(本実施形態では時刻t5)に関する予測情報を求める。変化時情報は、たとえば、アーク状態変化Ch1が生じた時刻t0や、時刻t0における回転角θ(t)や、時刻t0における変化量V1(t)や、時刻t0における速度V2(t)の値などである。本実施形態においては、変化時情報は時刻t0における回転角θ(t)である。同様に、予測情報は、たとえば、アーク状態変化Ch1が生じる時刻t5や、時刻t5における回転角θ(t)や、時刻t5における変化量V1(t)や、時刻t5における速度V2(t)の値などである。本実施形態においては、予測情報は時刻t5における回転角θ(t)である。すなわち、計算回路352は、時刻t0において短絡が解消しアークa1が生じると、アーク状態変化検出信号As1をアーク状態検出回路351から受ける。すると、計算回路352は、経路長変化装置17から送られている回転角信号Sθに基づき、変化時情報たる、時刻t0における回転角θ(t)がθ3であると認識する。本実施形態では、速度V2(t)が周期的に変化する。そのため、計算回路352は、再びアーク状態変化Ch1が生じる時刻における回転角θ(t)(予測情報)がθ3であると予測する。
【0062】
次に、計算回路352は、予測情報たる回転角θ(t)がθ3であると予測したことに基づき、時刻t0の後における、アーク状態変化Ch1が生じる時刻が時刻t5であると予測する。そして、計算回路352は、時刻t5より設定時間Tb前の時刻を、降下時刻td1として決定する。設定時間Tbは、たとえば、100〜500μsである。
【0063】
次に、
図9をさらに用いて、アーク溶接システムA1を用いたアーク溶接方法の終了方法について説明する。
図9は、本実施形態のアーク溶接方法の溶接終了時における、各信号等を示すタイミングチャートである。
図9の時間のスケールは、
図8の時間のスケールよりも小さい。同図(a)〜(g)は、
図8(a)〜(g)における信号とそれぞれ同一である。
図9(h)は、溶接終了指示信号Wsの変化状態を示し、同図(i)は、送給経路長Laの周波数Ffの変化状態を示す。送給経路長Laの周波数Ffは、上述の回転角θ(t)を用いると、(dθ(t)/dt)/2πとして表される。
【0064】
時刻t21において、終了判断回路211が、溶接を終了すべきと判断し、
図9(h)に示すように、溶接終了指示信号Wsを生成する。溶接終了指示信号Wsが生成された後の時刻t21〜時刻t5のいずれかの時点において、溶接トーチ14の溶接進行方向に向かう移動が停止する。溶接終了指示信号Wsは、算出回路35における計算回路352と、送給制御回路36と、経路長制御回路37とに送られる。送給制御回路36は、溶接終了指示信号Wsを受けると、送給装置16の駆動を停止するための信号(送給速度Vfを0とするための送給速度制御信号Fc、本発明の送給停止指示信号)を、送給装置16に送る。これにより、
図9(c)に示すように、消耗電極15の送給速度Vfが、徐々に減少してゆく。そして、時刻t22において、消耗電極15の送給が停止する。なお、送給装置16が駆動を停止するための信号を受けた時刻t21に送給装置16による消耗電極15の送給が即座に停止しておらず、時刻t21よりも少し後の時刻t22に消耗電極15の送給が停止しているのは、送給モータ161が慣性によって、時刻t21からしばらくの間、回転し続けるからである。時刻t21から、送給装置16による消耗電極15の送給が停止する時刻t22までの時間は、送給モータ161の性能に依存し、本実施形態では、50〜100msec程度である。
【0065】
時刻t21において、経路長制御回路37は、溶接終了指示信号Wsを受けると、モータ171の回転速度dθ(t)/dtを減少させるための回転速度信号Wcを、経路長変化装置17に送る。これにより、モータ171の回転速度dθ(t)/dtが徐々に減少する。モータ171の回転速度dθ(t)/dtが徐々に減少すると、
図9(i)に示すように、送給経路長Laの周波数Ffが徐々に減少する。このように、経路長変化装置17は、送給装置16の駆動を停止するための信号(送給速度Vfを0とするための送給速度制御信号Fc、本発明の送給停止指示信号)が生成されると、送給経路長Laの周波数Ffを減少させる。
【0066】
時刻t22において、送給停止検知回路38は、送給装置16による消耗電極15の送給が停止したと判断すると、送給停止検知信号Sstを生成する(
図9では図示略)。送給停止検知回路38は、送給モータ161の回転数がある値よりも小さくなったときに、送給装置16による消耗電極15の送給が停止したと判断する。生成された送給停止検知信号Sstは、経路長制御回路37に送られる。
【0067】
時刻t22において、経路長制御回路37は送給停止検知信号Sstを受ける。本実施形態においては、経路長制御回路37は、送給停止検知信号Sstを受ける時刻t22まで、モータ171の回転速度dθ(t)/dtを減少させるための回転速度信号Wcを、経路長変化装置17に送っている。そのため、送給停止検知信号Sstが生成される時刻t22まで、モータ171の回転速度dθ(t)/dtが徐々に減少している。すなわち、
図9(i)に示すように、時刻t22まで、送給経路長Laの周波数Ffが徐々に減少している。このように、経路長変化装置17は、送給停止検知信号Sstが生成される時刻t22まで、送給経路長Laの周波数Ffを徐々に減少させる。
【0068】
時刻t21〜時刻t22における、送給経路長Laの周波数Ffの単位時間当たりの変化率(傾き)は、予め実験によって求めておくとよい。さらに、送給経路長Laの周波数Ffの単位時間当たりの変化率は、時刻t21以前の送給速度Vfの値に応じて、溶接方法ごとに、適宜変更してもよい。
【0069】
本実施形態では、
図9(i)に示すように、時刻t22以降、送給経路長Laの周波数Ffを、時刻t21における値まで上昇させる。本実施形態とは異なり、時刻t22以降、送給経路長Laの周波数Ffを、時刻t21における値まで上昇させることなく、時刻t22における値以下に維持してもよい。
【0070】
図9の時刻t5において、消耗電極15と母材Wとの短絡が解消し、アークa1が発生する。そして、同図(d)に示すように、電源回路31は、消耗電極15と母材Wとの間にアンチスティック電圧Vwaの印加を開始する。すなわち、電源回路31は、送給停止検知信号Sstが生成された後に、短絡が解消しアークa1が発生した時刻t5から、アンチスティック電圧Vwaの印加を開始する。アンチスティック電圧Vwaの印加は、アンチスティック時間Ttaの間継続する。時刻t5からアンチスティック時間Ttaが経過すると、電源回路31は、出力を停止する。これにより、
図9(d)、
図9(f)に示すように、溶接電圧Vwおよび溶接電流Iwが0となる。
【0071】
一方、経路長制御回路37は、電源回路31がアンチスティック電圧Vwaの印加を開始する時刻t5の後に、経路長変化装置17の駆動を停止するための信号(回転速度dθ(t)/dtを0とするための信号、本発明の経路長変化停止信号の一例に相当する。)を、経路長変化装置17に送る。これにより、経路長変化装置17の駆動が停止し、回転速度dθ(t)/dtが0となる。すなわち、
図9(i)に示すように、送給経路長Laの周波数Ffが0となる。
【0072】
本実施形態の作用効果について説明する。
【0073】
本実施形態においては、経路長変化装置17は、送給装置16の駆動を停止するための信号(送給速度Vfを0とするための送給速度制御信号Fc、本発明の送給停止指示信号)が生成されると、送給経路長Laの周波数Ffを減少させる。このような構成によると、時刻t21以降に消耗電極15の送給速度Vfが減少しても、
図9(d)に示すように、時刻t21以降における、短絡期間Tsとアーク発生期間Taとの繰り返し周期を、時刻t21以前における繰り返し周期に、より近づけることができる。したがって、時刻t21以降に形成されるビードの形状が崩れることを抑制できる。
【0074】
本実施形態にかかるアーク溶接システムA1は、経路長制御回路37を含む。経路長制御回路37は、送給停止検知信号Sstを受けると、経路長変化装置17の駆動を停止するための信号を、経路長変化装置17に送る。このような構成によると、送給装置16における送給モータ161としてあまり応答性の良くないものを用いたとしても、送給速度Vfがほぼ0になるまで、経路長変化装置17の駆動を停止させない。そのため、送給速度Vfがほぼ0になるまで、短絡期間Tsとアーク発生期間Taとを、確実に繰り返すことができる。
【0075】
本実施形態においては、電源回路31は、送給停止検知信号Sstが生成された後に、短絡が解消しアークa1が発生した時刻から、消耗電極15と母材Wとの間にアンチスティック電圧Vwaの印加を開始する。このような構成によると、消耗電極15の送給がほぼ停止した後に、アンチスティック電圧Vwaの印加を開始することができる。そのため、アンチスティック電圧Vwaの印加を終え、電源回路31からの出力を停止した後に、消耗電極15が母材Wないし母材Wに形成された溶融池に突っ込むことを防止できる。
【0076】
本実施形態においては、経路長制御回路37は、電源回路31がアンチスティック電圧Vwaの印加を開始した後に、経路長変化装置17の駆動を停止するための信号(回転速度dθ(t)/dtを0とするための信号、本発明の経路長変化停止信号の一例に相当する。)を、経路長変化装置17に送る。このような構成によると、アンチスティック電圧Vwaの印加が開始するまでは、送給経路長Laの変化を停止しない。そのため、アンチスティック電圧Vwaの印加を開始するまで、アーク発生期間Taと短絡期間Tsとを繰り返すことができる。これにより、より確実に、アンチスティック電圧Vwaの印加をアークa1が発生した時刻から、開始することができる。アンチスティック電圧Vwaの印加をアークa1が発生した時刻から開始できると、溶接終了時に消耗電極15の先端に形成される溶融粒の大きさを所望の大きさにすることが可能となる。溶接終了時に消耗電極15の先端に形成される溶融粒の大きさを所望の大きさにできると、次の溶接におけるアークスタートの安定化を図ることができる。
【0077】
本実施形態においては、上述のように、時刻t21以降における、短絡期間Tsとアーク発生期間Taとの繰り返し周期を、時刻t21以前における繰り返し周期に、より近づけることができる。そのため、時刻t21以降において、アーク状態変化Ch1(本実施形態においては、短絡が解消し消耗電極15および母材Wの間にアークa1が発生すること)が生じる前に、溶接電流Iwの値を確実に降下させ、スパッタ抑制電流Iw1の通電を開始することが可能となる。これにより、時刻t21以降において、アーク状態変化Ch1が生じた時刻にて、スパッタ抑制電流Iw1を確実に通電させることができ、アーク状態変化Ch1が生じた時刻において発生しうるスパッタを抑制することができる。
【0078】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではない。本発明の各部の具体的な構成は、種々に設計変更自在である。短絡発生前や、アーク発生前に、溶接電流を降下させることは必ずしも必要ない。短絡発生前やアーク発生前に溶接電流を降下させる構成を採用しない場合、算出回路35を電源装置3が含んでいなくても良い。上述の実施形態では、アーク状態変化Ch1が、上記短絡が解消し消耗電極15および母材Wの間にアークa1が発生すること、として説明したが、本発明はこれに限られない。アーク状態変化Ch1が、消耗電極15および母材Wの短絡が発生することであってもよい。すなわち、短絡発生直前に溶接電流を降下させる構成を採用してもよい。また、アーク発生直前、および、短絡発生直前のいずれもにおいて、溶接電流を降下させる構成を採用してもよい。