(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5944862
(24)【登録日】2016年6月3日
(45)【発行日】2016年7月5日
(54)【発明の名称】陽極酸化処理後の表面品質に優れたアルミニウム合金板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/00 20060101AFI20160621BHJP
C22F 1/00 20060101ALI20160621BHJP
C22F 1/04 20060101ALI20160621BHJP
【FI】
C22C21/00 C
C22F1/00 604
C22F1/00 611
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/04 L
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2013-107742(P2013-107742)
(22)【出願日】2013年5月22日
(65)【公開番号】特開2014-51734(P2014-51734A)
(43)【公開日】2014年3月20日
【審査請求日】2014年7月3日
【審判番号】不服2015-4243(P2015-4243/J1)
【審判請求日】2015年3月4日
(31)【優先権主張番号】特願2012-175697(P2012-175697)
(32)【優先日】2012年8月8日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】100098682
【弁理士】
【氏名又は名称】赤塚 賢次
(72)【発明者】
【氏名】浅野 峰生
(72)【発明者】
【氏名】山本 裕介
【合議体】
【審判長】
鈴木 正紀
【審判官】
木村 孔一
【審判官】
富永 泰規
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−237926(JP,A)
【文献】
国際公開第2013/187308(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C21/00-21/18
C22F1/00
C22F1/04-1/057
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg:1.0%(質量%、以下同じ)〜6.0%、Cu:0.5%以下、Fe:0.4%以下、Si:0.3%以下を含有し、残部Alおよび不可避的不純物からなる、陽極酸化皮膜を形成すべき5000系アルミニウム合金板であって、該アルミニウム合金板の最表層部における固溶状態のMgの濃度が、アルミニウム合金板の幅方向において0.05mm以上の幅の帯として変化し、隣り合う帯における濃度の差が0.20%(質量%、以下同じ)以下であることを特徴とする陽極酸化処理後の表面品質に優れたアルミニウム合金板。
【請求項2】
前記5000系アルミニウム合金板が、Mg:1.0%〜6.0%、Cu:0.5%以下、Fe:0.4%以下、Si:0.3%以下を含有し、さらにTi:0.001%〜0.1%、Cr:0.4%以下、Mn:0.5%以下のうちの1種または2種以上を含有し、残部Alおよび不可避的不純物からなることを特徴とする請求項1記載の陽極酸化処理後の表面品質に優れたアルミニウム合金板。
【請求項3】
請求項1または2に記載の5000系アルミニウム合金板を製造する方法であって、鋳塊について、鋳塊を構成するアルミニウム合金の(固相線温度−50℃)以上の温度域で3hを超える時間均質化処理を行って、鋳塊の圧延面に存在する結晶粒の中心部の直径5μm領域部と該結晶粒の粒界から2.5μm離れた粒界近傍部の直径5μm領域部のMgの濃度の差を0.80%以下とした鋳塊を用い、熱間圧延、冷間圧延を経て製造することを特徴とする陽極酸化処理後の表面品質に優れたアルミニウム合金板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、陽極酸化処理後に帯状の筋模様が発生しない、陽極酸化処理後の表面品質に優れたアルミニウム合金板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車用内装部品、家電用外板へのアルミニウム合金板の適用が増加しているが、いずれも製品になった際に優れた表面品質が求められる。これらの製品は陽極酸化処理を施して使用されることが少なくなく、例えば、家電用外板の場合、陽極酸化処理後に筋模様が発生することがあり、筋模様欠陥を生じないアルミニウム合金板が要望されている。
【0003】
これまで、前記の筋模様を改善するための検討が種々行われており、化学成分、最終板の結晶粒径、析出物の寸法および分布密度などを制御する方法が提案されているが、これらの方法では改善できない帯状筋模様が発生することもあり、この問題を十分に解決したとはいえないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2000−273563号公報
【特許文献2】特開2006−52436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
発明者らは、先に、陽極酸化処理後における帯状の筋模様の発生には、固溶状態で存在するアルミニウムに対して包晶反応を示す元素(包晶元素)の存在状態が影響することを見出し、包晶元素の存在状態を制御する方法を提案したが、この方法によっても筋模様が生じる場合があり、完全な解決策とはなっていない。
【0006】
発明者らはさらに試験、検討を重ねた結果、アルミニウムに対して共晶反応を示すMgを含有するアルミニウム合金において、固溶状態で存在するMgの存在状態が陽極酸化処理後における帯状の筋模様の発生に影響することを見出した。本発明は、この知見に基づいてなされたものであり、その目的は、陽極酸化処理後に帯状の筋模様が生じることがなく、陽極酸化処理後の表面品質に優れたアルミニウム合金板およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するための請求項1による陽極酸化処理後の表面品質に優れたアルミニウム合金板は、
Mg:1.0%(質量%、以下同じ)〜6.0%、Cu:0.5%以下、Fe:0.4%以下、Si:0.3%以下を含有し、残部Alおよび不可避的不純物からなる、陽極酸化皮膜を形成すべき5000系アルミニウム合金板であって、該アルミニウム合金板の最表層部における固溶状態のMgの濃度が、アルミニウム合金板の幅方向において0.05mm以上の幅の帯として変化し、隣り合う帯における濃度の差が0.20%(質量%、以下同じ)以下であることを特徴とする。
【0008】
請求項2による陽極酸化処理後の表面品質に優れたアルミニウム合金板は、請求項1において、
前記5000系アルミニウム合金板が、Mg:1.0%〜6.0%、Cu:0.5%以下、Fe:0.4%以下、Si:0.3%以下を含有し、さらにTi:0.001%〜0.1%、Cr:0.4%以下、Mn:0.5%以下のうちの1種または2種以上を含有し、残部Alおよび不可避的不純物からなることを特徴とする。
【0009】
請求項3による陽極酸化処理後の表面品質に優れたアルミニウム合金板の製造方法は、請求項1または2に記載の5000系アルミニウム合金板を製造する方法であって、
鋳塊について、鋳塊を構成するアルミニウム合金の(固相線温度−50℃)以上の温度域で3hを超える時間均質化処理を行って、鋳塊の圧延面に存在する結晶粒の中心部の直径5μm領域部と該結晶粒の粒界から2.5μm離れた粒界近傍部の直径5μm領域部のMgの濃度の差
を0.80%以下
とした鋳塊を用い、熱間圧延、冷間圧延を経て製造することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、陽極酸化処理後に帯状の筋模様が生じることがなく、陽極酸化処理後の表面品質に優れたアルミニウム合金板およびその製造方法が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明によるアルミニウム合金板は、Mgを含有する5000系アルミニウム合金板で、該アルミニウム合金板の最表層部における固溶状態のMgの濃度が、アルミニウム合金板の幅方向において0.05mm以上の幅の帯として変化し、隣り合う帯における濃度の差が0.20%以下であることを特徴とし、この特徴を有するアルミニウム合金板を陽極酸化処理すると、帯状の筋模様が発生しない表面品質の優れた陽極酸化処理アルミニウム合金板を得ることができる。隣り合う帯における濃度の差が0.20%を超える場合には、陽極酸化処理後、目視で筋模様を判別できるようになり、優れた表面品質が得られなくなる。
【0012】
陽極酸化処理後、Mgは固溶状態で陽極酸化皮膜に取り込まれ、上記の特徴を有するアルミニウム合金板を陽極酸化処理した場合には、陽極酸化処理されたアルミニウム合金板においても、陽極酸化皮膜に取り込まれた固溶状態のMgの濃度は、板幅方向において0.05mm以上の幅、最大5mm程度の帯として変化し、隣り合う帯における濃度の差が0.05%以下となる。
【0013】
固溶状態のMgの濃度は、電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて、10μmピッチで電子線を照射して発生する蛍光X線から濃度を測定する線分析を行い、隣り合う帯における濃度の差を求める。
【0014】
本発明の5000系アルミニウム合金板において、Mgは強度を高めるよう機能する。Mgの好ましい含有量は1.0%〜6.0%であり、1.0%未満では強度を高める効果が十分でなく、6.0%を超えると、熱間圧延時に割れが発生し易くなり、圧延が困難になる。
【0015】
本発明においては、上記のMg以外の添加元素として以下の合金元素の1種または2種以上を含有させることができる。
Ti:
Tiは、鋳造組織の粗大化を抑制するよう機能する元素として用いられ、好ましい含有量は0.001%〜0.1%である。0.001%未満では鋳造組織の粗大化を抑制できなくなり、0.1%を超えると、粗大な金属間化合物が生成して、陽極酸化処理後に金属間化合物を原因とした筋模様が発生し易くなる。
【0016】
Cr:
Crは、強度を高め、結晶粒を微細化するよう機能する元素として用いられる。好ましい含有量は0.4%以下であり、0.4%を超えると、粗大な金属間化合物が生成して、陽極酸化処理後に金属間化合物を原因とした筋模様が発生し易くなる。
【0017】
Cu:
Cuは強度を高め、陽極酸化処理後の皮膜全体の色調を均質にするよう機能する。好ましい含有量は0.5%以下であり、0.5%を超えるとAl−Cu系の析出物を形成し、この金属間化合物に起因して筋模様や皮膜の混濁が発生する。
【0018】
Mn:
Mnは強度を高め、結晶粒を微細化するよう機能する。好ましい含有量は0.5%以下であり、0.5%を超えるとAl−Mn−Si系、Al−Mn系の晶出物や析出物を形成し、この金属間化合物に起因して筋模様や皮膜の混濁が発生する。
【0019】
Fe:
Feは強度を高め、結晶粒を微細化するよう機能する。好ましい含有量は0.4%以下であり、0.4%を超えるとAl−Fe−Si系、Al−Fe系の晶出物や析出物を形成し、これらの金属間化合物に起因して筋模様や皮膜の混濁が発生する。
【0020】
Si:
Siは強度を高め、結晶粒を微細化するよう機能する。好ましい含有量は0.3%以下であり、0.3%を超えるとAl−Fe−Si系の晶出物やSiの析出物を形成し、これらの金属間化合物に起因して筋模様や皮膜の混濁が発生する。但し、高純度地金を用いると製造コストの高騰を招くので、FeおよびSiを0.01%未満とすることは好ましくない。
【0021】
本発明のアルミニウム合金板には、不可避不純物としてZnなどの元素が必然的に含有されるが、これらの不可避的不純物がそれぞれ0.25%以下であれば本発明の効果に影響を与えることはない。
【0022】
以下、本発明のアルミニウム合金板の製造方法について説明する。本発明においては、鋳塊の圧延面における結晶粒の中心部の直径5μm領域部とこの結晶粒の粒界から2.5μm離れた粒界近傍部の直径5μm領域部のMgの濃度の差が0.80%以下の鋳塊を用い、熱間圧延、冷間圧延を経てアルミニウム合金板を製造する。上記の鋳塊を用いて製造されたアルミニウム合金板は陽極酸化処理後に筋模様が無く、表面品質に優れたものとなる。
【0023】
通常の半連続鋳造により鋳造され、均質化処理された鋳塊について、鋳塊の圧延面において鋳造時に形成される結晶粒を見ると、平均粒径50〜500μmの結晶粒からなる鋳塊組織が観察される。例えば、鋳塊の上下圧延面の数か所の結晶粒について、結晶粒の中心部の直径5μm領域部とこの結晶粒の粒界から2.5μm離れた粒界近傍部の直径5μm領域部について、EPMAを用いて電子線を照射して発生する蛍光X線から濃度を測定する点分析を行い、Mgの濃度差を求め、濃度差が0.80%以下であることを確認し、この鋳塊を用いて陽極酸化すべきアルミニウム合金板を製造する。
【0024】
Mgを含むアルミニウム合金溶湯を造塊し、均質化処理された鋳塊の圧延面に存在する結晶粒の中心部の直径5μm領域部とこの結晶粒の粒界から2.5μm離れた粒界近傍部の直径5μm領域部のMgの濃度の差が0.80%以下の鋳塊を得るには、造塊された鋳塊について、各アルミニウム合金の固相線温度未満、望ましくは(固相線温度−50℃)以上の温度域で3hを超える時間均質化処理を行うのが好ましい。
【実施例】
【0025】
以下、本発明の実施例を比較例と対比して説明し、本発明の効果を実証する。これらの実施例は、本発明の一実施態様を示すものであり、本発明はこれらに限定されない。
【0026】
実施例1、比較例1
表1に示す組成を有するアルミニウム合金(A〜D)をDC鋳造により造塊し、得られた鋳塊(横方向断面寸法:厚さ500mm、幅1200mm)を表2に示す条件で均質化処理した後、室温まで冷却し、鋳塊の上下圧延面および左右側面を各25mm面削した。この鋳塊の圧延面に存在する5か所の結晶粒についてEPMAを用いて点分析を行い、固溶状態のMgの分布状態を調査し、結晶粒の中心部の直径5μm領域部とこの結晶粒の粒界から2.5μm離れた粒界近傍部の直径5μm領域部のMgの濃度の差を求めた。
【0027】
なお、表1に示す各合金の固相線温度は、合金A:620℃、合金B:585℃、合金C:560℃、合金D:620℃である。各合金の好ましい均質化処理温度域は、合金A:570℃以上620℃未満、合金B:535℃以上585℃未満、合金C:510℃以上560℃未満、合金D:570℃以上620℃未満であり、表2に示す均質化処理温度を選択した。均質化処理時間は、合金A:5h、合金B:12h、合金C:24h、合金D:5hとし、いずれも3hを超える時間とした。
【0028】
上記均質化処理後の鋳塊を470℃まで再加熱して熱間圧延を開始し、厚さ6.0mmまで圧延した。熱間圧延の終了温度は250℃とした。続いて、1.0mmまで冷間圧延した後、420℃で1hの軟化処理を行った。
【0029】
得られた板材を試験材(試験材1〜8)とし、幅方向の任意の5か所について、EPMAを用いて、各々10mm長さの線分析を行い、固溶状態のMgの分布状態を調査し、隣り合う帯におけるMgの濃度の差を求めた。10mm長さの線分析を行うと、複数の帯を測定することになり、濃度差の値も複数得られるが、
各か所で隣り合う帯の濃度差の最も大きい値を代表値とした。5か所の代表値を用いて平均値を算出した。
【0030】
上記の板材をショットブラストにより粗面化仕上げした後、燐酸および硫酸による化学研磨を行い、その後、硫酸による陽極酸化処理により、10μm厚さの陽極酸化皮膜を形成した。得られた陽極酸化処理材について、目視にて帯状筋模様の発生有無を確認し、また、陽極酸化処理材の幅方向の5か所について、筋模様の発生しているものは筋模様の部分を、筋模様の発生していないものは任意の部分について、EPMAを用いて、各々10mm長さの線分析を行い、固溶状態のMgの分布状態を調査し、隣り合う帯におけるMgの濃度の差を求めた。10mm長さの線分析を行うと、複数の帯を測定することになり、濃度差の値も複数得られるが、
各か所で隣り合う帯の濃度差の最も大きい値を代表値とした。5か所の代表値を用いて平均値を算出した。
【0031】
得られた結果を表2、表3に示す。表2において、本発明の条件を外れたものには下線を付した。表2に示すように、本発明に従う試験材1〜4は、均質化処理後の鋳塊において、結晶粒の中心部の直径5μm領域部とこの結晶粒の粒界から2.5μm離れた粒界近傍部の直径5μm領域部のMgの濃度の差は0.80%以下であり、陽極酸化処理前の板材において、隣り合う帯におけるMgの濃度の差は0.20%以下であった。
【0032】
また、表3に示すように、試験材1〜4においては、陽極酸化処理後に帯状筋模様が発生せず、優れた表面品質を有していた。また、陽極酸化処理材において、隣り合う帯におけるMgの濃度の差は0.05%以下であることが確認された。
【0033】
これに対して、試験材5〜8は、低温で均質化処理を行ったことに起因して、表2に示すように、均質化処理後の鋳塊において、結晶粒の中心部の直径5μm領域部とこの結晶粒の粒界から2.5μm離れた粒界近傍部の直径5μm領域部のMgの濃度の差は0.80%を超え、また、陽極酸化処理前の板材において、隣り合う帯におけるMgの濃度の差も0.20%を超えており、表3に示すように、いずれも陽極酸化処理後に帯状筋模様が発生し、陽極酸化処理材において、隣り合う帯におけるMgの濃度の差は0.05%を超えていることが確認された。
【0034】
【表1】
【0035】
【表2】
【0036】
【表3】