(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5944911
(24)【登録日】2016年6月3日
(45)【発行日】2016年7月5日
(54)【発明の名称】質量分析によってリアルタイムでモニターする固相ペプチド合成
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20060101AFI20160621BHJP
【FI】
G01N27/62 F
G01N27/62 G
G01N27/62 V
【請求項の数】17
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-535526(P2013-535526)
(86)(22)【出願日】2011年10月28日
(65)【公表番号】特表2013-541020(P2013-541020A)
(43)【公表日】2013年11月7日
(86)【国際出願番号】IB2011002547
(87)【国際公開番号】WO2012056300
(87)【国際公開日】20120503
【審査請求日】2014年10月9日
(31)【優先権主張番号】61/408,072
(32)【優先日】2010年10月29日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】513105579
【氏名又は名称】サイノファーム タイワン,リミティド
(73)【特許権者】
【識別番号】513105580
【氏名又は名称】ナショナル サン ヤット−セン ユニバーシティ
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087871
【弁理士】
【氏名又は名称】福本 積
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】チャン リ−チャオ
(72)【発明者】
【氏名】シェア ジェンタイエ
(72)【発明者】
【氏名】チョ イ−ツー
【審査官】
藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−147165(JP,A)
【文献】
特表2010−505781(JP,A)
【文献】
特表2007−525656(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2008/0272294(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2006/0003366(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2005/0199823(US,A1)
【文献】
Chi-Yuan Cheng et al.,"Electrospray-Assisted Laser Desorption/Ionization Mass Spectrometry for Continuously Monitoring the States of Ongoing Chemical Reactions in Organic or Aqueous Solution under Ambient Conditions",Analytical Chemistry,American Chemical Society,2008年10月15日,Vol. 80, No. 20,p. 7699-7705
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析器を用いて化学反応をリアルタイムでモニターする方法であって、
a)固体合成支持体に結合した合成サンプルを、化学合成が起こる容器の中で/容器から準備するステップ;
b)合成された上記サンプルを、プレート上で有機溶媒に供するステップ;
c)光源を使用して、上記サンプルとそれが結合している固体合成支持体との間の化学結合を直接切断し、分析物分子をエレクトロスプレー・イオン化プルームの中に運ぶステップ;及び、
d)上記分析物分子の前駆イオン・スペクトルを分析して合成生成物の分子量を決定するステップ、
を含む、方法。
【請求項2】
前記化学反応がペプチド合成である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ペプチド合成が固相ペプチド合成である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記有機溶媒が、ジクロロメタンまたはメタノールから選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記有機溶媒が、ジクロロメタンから選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記プレートが、鋼鉄またはポリエステルから選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記ポリエステルが、ポリエチレンテレフタラートから選択される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記ポリエチレンテレフタラートが黒色である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
質量分析器を用いて固相ペプチド合成をリアルタイムでモニターするための方法であって、
a)化学合成が起こる容器の中で/容器から、固体ペプチド合成支持体に直接結合したペプチドを準備するステップ;
b)合成されたペプチドを、プレート上で有機溶媒に供するステップ;
c)光源を使用して、上記ペプチドとそれが結合している固体ペプチド合成支持体との間の化学結合を直接切断し、分析物分子をエレクトロスプレー・イオン化プルームの中に運ぶステップ;及び、
d)上記分析物分子の前駆イオン・スペクトルを分析して合成生成物の分子量を決定するステップ、
を含む、方法。
【請求項10】
前記有機溶媒が、ジクロロメタンから選択される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記プレートが、鋼鉄またはポリエステルから選択される、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
前記ポリエステルが、ポリエチレンテレフタラートから選択される、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記ポリエチレンテレフタラートが黒色である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記化学反応のリアルタイムモニタリングが:
a)サンプル;
b)溶媒交換容器;
c)エレクトロスプレー・ユニット;及び
e)質量分析器;
を備えるシステム中で実施される、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
前記サンプルが、化学合成反応装置中に存在する/化学合成反応装置由来である、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記化学反応がペプチド合成である、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記ペプチド合成が固相ペプチド合成である、請求項16に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連する出願の相互参照
本出願は、2010年10月28日に出願されたアメリカ合衆国仮特許出願シリアル番号第61/408,072号の優先権を主張する。このアメリカ合衆国仮特許出願シリアル番号第61/408,072号の内容全体が、参考としてこの明細書に組み込まれている。
【0002】
本明細書では、周囲大気圧下で固相ペプチド合成(SPPS)をリアルタイムでモニターして合成中のペプチド中間体またはペプチド生成物を特徴づけるためのシステムと方法を提供する。本明細書では、このリアルタイムでのモニター・システムがSPPSの段階的反応のプロセスを追跡できることも示す。本明細書の別の実施態様では、固体サンプルを置くサンプル用プレートとして、レーザー脱離エレクトロスプレー・イオン化質量分析法による分析の安定性と感度に影響を与えることのできるプレートが提供される。
【背景技術】
【0003】
コンビナトリアルケミストリーは、多数の異なる化合物を同時に作り出して迅速にスクリーニングすることで有用な化合物を同定するための技術である。そのようなペプチド・ライブラリを用いると、酵素の基質と阻害剤や、細胞に結合するペプチドをスクリーニングすることができる。コンビナトリアルケミストリーは、一度に1種類の分子を取り扱う従来の合成法とは異なり、新しい薬候補、触媒、材料を発見するための重要なツールである。現在のところ、ペプチドに基づく数百の薬が臨床試験の段階に入っていたり、すでに市販されたりしている。なぜならペプチドは、その大きな特異性と低い毒性のため、非常に強力な薬候補であると見なされているからである。したがって大量のペプチド製造に対する要求が増大しており、コンビナトリアルケミストリーを利用した化学合成法が重要な役割を果たしている。
【0004】
さまざまな化学合成法のうちで、1963年にMerrifieldによって最初に報告された固相ペプチド合成(SPPS)法が、標的生成物に至る反応法が単純でその標的生成物の精製/分離ステップが容易であることを理由として、コンビナトリアルケミストリーの発展の重要な突破口となった。樹脂またはプラスチック製ピンからなる不溶性支持体に最初のアミノ酸を結合させた後、適切に保護されたアミノ酸を順番に結合させることにより、望む配列を段階を追って構築する。反応は、過剰な試薬の使用と精製のために繰り返す洗浄によって完了させることができる。この方法により、冗長で時間のかかる精製手続きなしに、効率的な化学に基づく自動化されたペプチド調製が可能になる。その結果、固相化学を利用したコンビナトリアル・ライブラリの合成が、今や薬を発見する際の通例の戦略となっている。
【0005】
しかし固相化学の利用に伴う多くの欠点、特に分析に伴う多くの欠点がまだ残されている。質量分析法によってコンビナトリアル・ライブラリを高スループットで分析できるが、分子が多すぎると、この技術を普遍的に適用しても分子は適切なイオン化特性を有することはできない。さらに、標準的な分光法を利用して多段階の合成を合成中にモニターするには、調べるサンプルを固体支持体から解放して可溶化する必要がある。したがって化合物の決定は、通常は合成の終わりになされる。なぜなら、ペプチドが不溶性支持体から溶液の中に放出されるのは、この段階においてだからである。品質管理と反応のモニターをする手段としてこのような開裂・分析戦略を利用することにはいくつかの欠点がある。中間体の段階におけるこのタイプの化合物評価法は、サンプルが消費されるため破壊的である。この余分な開裂ステップの間に開裂用試薬との間で副反応が起こる可能性がある。するとMS(質量分析法)によって得られる質量スペクトルは複雑になるため、ペプチド生成物の決定が困難になる。
【0006】
いくつかの報告(Michael C. F.他、Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters、第6巻、979〜982ページ、1996年;Stephen C. M.他、Tetrahedron Letters、第40巻、2407〜2410ページ、1999年)において、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間質量分析法(MALDI-TOF)を利用すると、Fmocで保護されたアミノ酸またはペプチドが光不安定性リンカーを通じて固相樹脂に結合したものを選択的に分析できることが示されている。別のいくつかの論文(Delphine M.他、Journal of the American Society for Mass Spectrometry、第12巻、1099〜1105ページ、2001年)には、飛行時間二次イオン質量分析法(TOF-S-SIMS)を利用すると、サンプルの前処理を必要とすることなく、単一のステップで分析物を特徴づけられることが報告されている。しかしMALDI-TOFとTOF-S-SIMSのどちらでも、脱離とイオン化は、高真空系の中で実施せねばならない。合成の品質管理のために固相ペプチド合成をリアルタイムでモニターすることは、こうしたタイプの技術では不可能である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
合成中のモニター法が開発されると、ペプチド固相合成を段階ごとに追跡することが可能になり、品質管理を優れたものにすることができよう。本明細書では、そのような方法を提供することにより、上記の制約のいくつかに対処する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本明細書では、一実施態様において、合成中のペプチド中間体またはペプチド生成物、すなわち固体支持体に結合しているペプチド中間体またはペプチド生成物を特徴づけるため、周囲大気圧下においてリアルタイムでモニターするSPPSシステムが提供される。固相合成サンプルは、有機溶媒に分散された後、ペプチドと固体支持体(例えば樹脂)の間の化学結合を切断するためパルス式レーザー・ビームに曝露され、さらにエレクトロスプレー・プルームに曝露されてイオン化され、質量分析器に向かう(
図11)。本発明の発明者は、この戦略を例えば樹脂に結合したペプチド生成物に適用すると、サンプルの前処理も酸による開裂もなしに質量分析法によってペプチド分子を直接分析できることを見いだした。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、有機溶媒(ジクロロメタン)の中に分散されたサンプル1の正の質量スペクトルを表す。溶媒中のサンプルをパルス式レーザー・ビームに曝露し、次いでエレクトロスプレー・キャピラリーに曝露してイオン化し、イオン・トラップによって分析する。
【
図2】
図2は、有機溶媒(ジクロロメタン)の中に分散されたサンプル2の正の質量スペクトルを表す。溶媒中のサンプルをパルス式レーザー・ビームに曝露し、次いでエレクトロスプレー・キャピラリーに曝露してイオン化し、イオン・トラップによって分析する。
【
図3】
図3は、有機溶媒(ジクロロメタン)の中に分散されたサンプル3(四量体脱Fmoc)の正の質量スペクトルを表す。溶媒中のサンプルをパルス式レーザー・ビームに曝露し、次いでエレクトロスプレー・キャピラリーに曝露してイオン化し、イオン・トラップによって分析する。
【
図4】
図4は、有機溶媒(ジクロロメタン)の中に分散されたサンプル4(五量体)の正の質量スペクトルを表す。溶媒中のサンプルをパルス式レーザー・ビームに曝露し、次いでエレクトロスプレー・キャピラリーに曝露してイオン化し、イオン・トラップによって分析する。
【
図5】
図5は、有機溶媒(ジクロロメタン)の中に分散されたサンプル5(五量体脱Fmoc)の正の質量スペクトルを表す。溶媒中のサンプルをパルス式レーザー・ビームに曝露し、次いでエレクトロスプレー・キャピラリーに曝露してイオン化し、イオン・トラップによって分析する。
【
図6】
図6は、有機溶媒(ジクロロメタン)の中に分散されたサンプル6(六量体)の正の質量スペクトルを表す。溶媒中のサンプルをパルス式レーザー・ビームに曝露し、次いでエレクトロスプレー・キャピラリーに曝露してイオン化し、イオン・トラップによって分析する。
【
図7】
図7は、サンプル5(五量体脱Fmoc)とサンプル4(五量体)をさまざまな重量比で混合したもの(1:9、3:7、5:5、7:3、9:1、95:5、99:1)の正の質量スペクトルを表す。
【
図8】
図8は、五量体/五量体脱Fmocの強度比を五量体脱Fmocの重量%に対してプロットしたグラフを表す:(a)10%〜99%;(b)30%〜90%;(c)91%〜99%。
【
図9】
図9は、4種類のサンプル用プレート((a)綿シート、(b)白色のポリエチレンテレフタラート、(c)鋼鉄、(d)黒色のポリエチレンテレフタラート)に載った四量体脱Fmoc(m/z 603.4)ペプチドの質量スペクトルを表す。
【
図10】
図10は、樹脂の表面にある五量体(m/z 972.5、赤い線)ペプチドと五量体脱Fmoc(m/z 750.4、青い線)ペプチドを用い、異なるサンプル用プレート材料((a)鋼鉄製サンプル用プレート、(b)黒色のポリエチレンテレフタラート)を使用した場合の安定性を調べた質量EIC(抽出イオン・クロマトグラム)スペクトルを表す。
【
図11】
図11は、支持体に結合したサンプルのレーザー・ビームによる破壊を最小にして反応生成物分子を取得し、それをESIエミッターからの液体流の中で質量分析器を用いて分析するという本発明の開示内容を図示する。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の一実施態様により、固体支持体上で合成されるペプチドを直接検出するための重要な1つの分析法が提供される。いくつかの特徴では、固体支持体は樹脂である。当業者であれば、この明細書に記載した方法とシステムではさまざまな支持材料が有用であることがわかるであろう。しかし、いくつかの支持体(例えばテレフタレート樹脂)が好ましい。樹脂-ペプチド・サンプルを分散させるのに有機溶媒を用いる以外は、MS検出の前にサンプルの前処理は必要とされない。従来の破壊的な分析法を利用して固体支持体上の化合物の質量を調べるときには、ペプチド分子を不溶性樹脂から分離するのにその分子を酸で加水分解させるか、酸で開裂させる必要がある。その結果として、脱ブロックまたは脱保護などの副反応により余分な断片がシステム内に形成されるため、中間体または生成物の決定が混乱したり困難になったりする。酸を用いて解放するこれらの方法とは異なり、この直接的な分析システムでは無傷のペプチド分子の分子量の情報を得ることができ、サンプルの消費も大きく減少する。さらに、この方法により、周囲大気圧のもとでの分析が可能になる。この方法は、反応をリアルタイムでモニターして品質管理する上で、高真空システムにおける技術よりも直接的である。この直接的で破壊が最小であるオンラインのモニター法により、ペプチド固相合成を段階ごとに追跡して品質管理を向上させることができる。
【0011】
一実施態様では、化学反応をリアルタイムでモニターするため、
a)サンプルと;
b)溶媒交換容器と;
c)光源と;
d)エレクトロスプレー・ユニットと;
e)質量分析器を備えるシステムが提供される。
【0012】
この明細書に示したサンプルはペプチド合成用の性質を持つが、システムは、固体支持体の表面で段階を追って起こるさまざまな化学合成法をモニターするのに使用できる。上述のように、この明細書に記載したシステムには、サンプルが溶媒と光源(典型的にはレーザー)に接触しやすくするため溶媒交換容器も設けられている。溶媒は、一般に、リアルタイムでのモニターという条件下で反応しない低沸点の溶媒である。溶媒交換容器は、サンプル(と支持体)に自動的に溶媒を放出するシステムと一体化することができる。あるいは溶媒交換容器をシステムから取り除き、溶媒を手でサンプル/支持体に添加してもよい。光源は、典型的には、サンプルの位置に光を収束させるレーザーである。多彩なレーザーが有用である。Nd-YAGレーザー(266〜1064nm、20Hz)(例えば高電圧源(0〜30kV、0〜300μA、Spellman CZE 1000PN30)を有するLotis-Tii LS-2130)や、他の同等のレーザー光源が挙げられる。エレクトロスプレー・ユニットと質量分析器については以下に説明する(例えばBruker社のイオン-トラップ質量分析器Esquire 3000 plusというモデルが挙られる)。
【0013】
一実施態様では、質量分析器を用いて化学反応をリアルタイムでモニターする方法が提供される。この方法は、
a)サンプルを、化学合成が生じる容器の中で/容器から準備するステップと;
b)合成されたそのサンプルを有機溶媒に供するステップと;
c)光源を用いて化学結合を切断し、分析物分子をエレクトロスプレー・イオン化プルームの中に運ぶステップと;
d)その分析物分子の前駆イオン・スペクトルを分析して合成生成物の分子量を決定するステップを含んでいる。
【0014】
一実施態様では、質量分析器を用いて固相ペプチド合成をリアルタイムでモニターする方法が提供される。この方法は、
a)化学合成が起こる容器の中で/容器から、樹脂上にペプチドを準備するステップと;
b)プレート上に合成されたそのペプチドを有機溶媒に供するステップと;
c)光源を用いて化学結合を切断し、分析物分子をエレクトロスプレー・イオン化プルームの中に運ぶステップと;
d)その分析物分子の前駆イオン・スペクトルを分析して合成生成物の分子量を決定するステップを含んでいる。
【0015】
一実施態様では、化学反応は、化学合成反応装置の中で実行される。化学反応にはペプチド合成が含まれる。そのようないくつかの実施態様では、ペプチド合成は固相ペプチド合成である。任意の数の固体支持体を使用でき、その中には、樹脂(例えばポリスチレン系樹脂、ポリアミド系樹脂)が含まれる。ペプチドは、C末端が、典型的にはリンカー(例えば酸不安定性リンカーと光不安定性リンカー)を通じて固体支持体に共有結合する。いくつかの実施態様では、リンカーは、酸不安定性リンカーである。別の実施態様では、リンカーは、トリチル・リンカー(例えば2-クロロトリチル・リンカー)である。ペプチド合成は、一般に、結合したサンプルのN末端に保護されたアミノ酸をカップリングさせることによって実行する。保護されたアミノ酸は、N末端保護基(例えばBoc(t-ブチルオキシカルボニル基またはFmoc(9-フルオレニルメチルオキシカルボニル基)))と、側鎖保護基を含むことができる。
【0016】
いくつかの実施態様では、サンプル反応装置または化学合成反応装置と、溶媒交換容器と、光源と、エレクトロスプレー・ユニットと、質量分析器は、単一の装置を構成する。いくつかの特徴では、化学合成反応装置は、溶媒交換容器と流体で通じている。別の特徴では、反応装置と溶媒交換容器は同じものである、すなわち反応装置が溶媒交換容器でもある。
【0017】
溶媒交換容器には反応装置に供給するための溶媒が含まれていて、サンプルがその溶媒と接触した後に光源に曝露される。一実施態様では、溶媒は有機溶媒であり、その中には極性有機溶媒と非極性有機溶媒が含まれる。いくつかの特徴では、溶媒は塩化メチレンである。いくつかの特徴では、溶媒は、メタノールなどの極性プロトン性溶媒である。一実施態様では、溶媒は、昇華したり、光源への曝露時に電荷をサンプルに移動させたりできる固体マトリックス(例えばMALDI(マトリックス支援レーザー脱離イオン化)で使用されるマトリックス)や結晶化する低分子量有機分子を実質的に含まない。これらの低分子量マトリックスには、分子量が1000 g/モル未満、または500 g/モル未満、または400 g/モル未満、または300 g/モル未満のものが含まれ、例として3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシ桂皮酸(シナピン酸)、α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(α-シアノまたはα-マトリックス)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)が挙げられる。
【0018】
光源、エレクトロスプレー・ユニット、質量分析器はすべて、互いに化学合成反応装置の近くにある。光源は、光を反応装置に当てる位置に配置される。一部の実施態様では、反応装置は、エレクトロスプレー・ユニットから発生するエレクトロスプレー・プルームの経路上に位置する。一部の実施態様では、エレクトロスプレー・プルームは、反応装置を通して散布される。
【0019】
一実施態様では、光源は、レーザー、例えばパルス式レーザーである。レーザーは、サンプルと、そのサンプルが付着している固体支持体の間の共有結合を開裂させる。開裂が起こると得られた分析物分子が露出し、エレクトロスプレー・ユニットから発生するエレクトロスプレー・イオン化プルームの中に取り込まれる。
【0020】
“エレクトロスプレー・ユニット”、“エレクトロスプレー・エミッター”という用語は、本出願では同じ意味である。エレクトロスプレー・ユニットはどのような形状でもよく、針またはキャピラリーの形態にすることができる。エレクトロスプレー・ユニットは、導電性であるか、電極を含んでいる。いくつかの実施態様では、イオンの質量を検出するための検出器を備える質量分析器も、エレクトロスプレー・ユニットに対する電場を発生させるための補助電極として機能する。エミッターからの液体を質量分析器に向けて散布し、一滴ずつ分散された液滴を含むエレクトロスプレー・イオン化プルームに変換する。したがって従来のESI(エレクトロスプレー・イオン化)法とは異なり、散布前の本出願の液体状エレクトロスプレーは分析物を含んでおらず、分析物は、プルームの形成後に初めて取り込まれる。そのプルームが分析物をイオン化させて質量分析器まで運ぶことで、検出とその後の分析がなされる。
【0021】
この明細書に開示したシステム、材料、方法は、周囲大気圧で実験するためのものである。この明細書では、周囲大気圧という用語は、所定の高度で見られる自然状態の空気圧(例えば海面で760mmHg)を意味する。
【0022】
この明細書に開示したシステム、装置、材料の一実施態様では、化学合成の前と化学合成中にサンプルと接触するプレートが提供される。別の実施態様では、サンプルを光源に曝露する前にサンプルと接触した状態にするプレートが提供される。
【0023】
いくつかの実施態様では、プレートは、鋼鉄製プレートまたはポリエステル製プレートである。いくつかの特徴では、ポリエステルとしてポリエチレンテレフタラートが選択される。別の特徴では、ポリエチレンテレフタラートは黒色である。
【実施例】
【0024】
以下の実施例は、さらに理解しやすくすることだけを目的として提示してあり、開示する本発明を制限する意図はない。
【0025】
実施例1
レーザー脱離エレクトロスプレー・イオン化質量分析法により、有機溶媒に分散させた6種類の固相ペプチド合成(SPPS)生成物(サンプル1〜サンプル6)の直接的な分析を、サンプルの前処理も酸による開裂もなしにうまく実行することに成功した。
図1〜
図6は、一般的に使用されるリンカーによって樹脂支持体の表面に所望のペプチド鎖が段階を追って合成された粒子サンプルの質量スペクトルを示している。合成ペプチド分子は、それぞれのスペクトルにおいて優勢な分子イオン[M+H]
+のために容易に特徴づけられる。
【0026】
このリアルタイムのモニター・システムがSPPSの段階的反応のプロセスを追跡できることを示すため、このシステムで(五量体分子から五量体脱Fmoc分子に至る)脱Fmocの段階的反応も調べた。
図7は、サンプル5(五量体脱Fmoc)とサンプル4(五量体)がさまざまな割合で混合された複数のサンプル(1:9、3:7、5:5、7:3、9:1、95:5、99:1)の正の質量スペクトルである。脱Fmocの中の五量体脱Fmocの重量比が上昇するにつれて五量体脱Fmoc(m/z 750.5)の強度は大きくなっていく一方で、五量体(m/z 972.5)の強度は小さくなっていく。
図8は、さまざまな範囲の重量比になった五量体/五量体脱Fmocの強度比を五量体脱Fmocに対してプロットしたグラフである。五量体/五量体脱Fmocの強度比が低下する傾向を、五量体の重量%が5%未満(すなわち五量体脱Fmocが95%超)になっても、やはり追跡することができる。これは、この検出システムを用いて実際にSPPS反応を実際にモニターできること、そして段階を追った反応の完了を判断できることを示している。
【0027】
【表1】
【0028】
【表2】
【0029】
実施例2
固体サンプルを載せるためのサンプル用プレートの材料が、レーザー脱離エレクトロスプレー・イオン化質量分析法の分析の安定性と感度に影響することがわかった。
図9は、樹脂上のサンプル3(四量体脱Fmoc、m/z 603.4)ペプチドを用いて4通りのプレート用材料(綿シート、白色のポリエチレンテレフタラート、鋼鉄、黒色のポリエチレンテレフタラート)の感度を調べた結果を示している。この結果から、鋼鉄または黒色のポリエチレンテレフタラートの上にサンプルを載せるときにより大きな感度が観察されることがわかる。
【0030】
それに加え、樹脂上のサンプル4(五量体、m/z 972.5)とサンプル5(五量体脱Fmoc、m/z 750.5)のペプチドを用い、鋼鉄と黒色ポリエチレンテレフタラートでの分析の安定性を調べる。
図10において、黒色ポリエチレンテレフタラートの上に載せたサンプルは、鋼鉄の上に載せるよりも大きな安定性を示すことが、三回繰り返した実験からわかる。したがってサンプル用プレートの材料は、分析の感度と安定性に影響を与えることができる。