【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットを工具基体材料とし、cBNからなる硬質被覆層を形成した被覆工具において、基体と硬質被覆層間の付着強度を確保・向上させるための下部層について鋭意研究したところ、次のような知見を得た。
【0007】
本発明は、炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットからなる工具基体表面に、硬質被覆層としてのcBN層を被覆形成するにあたり、工具基体表面とcBN層との間に、下部層を介在形成し、かつ、下部層を所定の層厚を有するZr又はTiのいずれか1種類の硼化物と窒化物と酸化物の混合層から構成することにより、衝撃により発生する応力を緩和し、工具基体とcBN層とが強固な付着強度を備えるようになることを見出したのである。そして、本発明の被覆工具は、上記下部層を工具基体表面とcBN層との間に介在形成することによって、焼入れ鋼等の高硬度鋼の切削に用いた場合でも、特に、切削初期にチッピング、欠損等を発生することはなく、長期の使用に亘って、すぐれた切削性能を発揮するとともに、工具寿命の延命化が図られることを見出したのである。
【0008】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金または炭窒化チタン基サーメットで構成された工具基体の表面に、下部層および上部層からなる硬質被覆層
が形成されている表面被覆切削工具において、
(a)下部層は、0.1〜2.0μmの平均層厚を有するZr又はTiのいずれか1種類の硼化物と窒化物と酸化物の混合層からなり、該層の
縦断面の5〜90面積%をZr又はTiのいずれか1種類の酸化物が占め、
(b)上部層は、0.1〜10.0μmの平均層厚を有する立方晶窒化硼素層、
であって、該層は、結晶粒の平均短径が10〜300nmの柱状晶組織を有し、また、Cu管球を用いた薄膜X線回折により入射角度0.5°にて測定した場合、(111)のピークの半価幅が1.5度以下であり、
さらに、ナノインデンテーション硬さが50〜75GPaであることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 上記下部層において、その
縦断面の60〜90面積%を、層状のZr又はTiのいずれか1種類の酸化物が占めていることを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 上記下部層において、その
縦断面の5〜40面積%を、粒径が0.5μm以下の粒状のZr又はTiのいずれか1種類の酸化物が占めていることを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。」
を特徴とするものである。
【0009】
本発明について、以下に説明する。
図1、
図2に示すように、まず、本発明の被覆工具の硬質被覆層の層構造は、工具基体3側から、下部層2、上部層1の順に構成されている。
【0010】
下部層:
下部層はZr又はTiのいずれか1種類の硼化物と窒化物と酸化物の混合層より構成される。上部層であるcBN層との付着強度は、Tiの硼化物と窒化物と酸化物の混合層に比べZrの硼化物と窒化物と酸化物の混合層の方がやや優れる。下部層中の酸化ジルコニウム又は酸化チタンは、耐熱性に優れ、衝撃により発生する応力を緩和し、チッピング、欠損の発生を抑制する。酸化ジルコニウム又は酸化チタンは下部層内に層状または粒状の状態で形成される。下部層の
縦断面
(以下、「縦断面」を、単に、「断面」という)に占める酸化ジルコニウム又は酸化チタンの面積割合が5面積%未満の場合、衝撃により発生する応力を緩和する効果が小さく、90面積%を超えると、下部層の強度が低下するため、下部層の断面に占める酸化ジルコニウム又は酸化チタンの面積割合を5〜90面積%とした。
図1に示すように酸化ジルコニウム又は酸化チタンが層状に形成される場合には、切削時に発生する熱に対する耐熱性が高く、耐摩耗性の向上に効果が強く表れる。ただ、下部層の断面に占める酸化ジルコニウム又は酸化チタンの面積割合が60面積%未満では、切削時の耐熱性がわずかではあるが低下するため、耐熱性、耐摩耗性の観点を特に重視した連続切削加工の場合には、下部層の断面に占める酸化物の好ましい面積割合は60〜90面積%である。
図2に示すように酸化ジルコニウム又は酸化チタンが粒状に形成される場合には、刃先に断続的な力が働く場合の応力が緩和されることにより、切れ刃にチッピング、欠損の発生を抑制する効果が得られる。ただ、下部層の断面に占める酸化ジルコニウム又は酸化チタンの面積割合が5%未満あるいは40面積%を超えると応力緩和の効果がわずかではあるが小さくなり、断続切削に用いた場合に刃先にチッピングを生じやすい傾向が現れ、また粒径が0.5μmを超えた場合も、断続切削時に刃先にチッピングが生じやすい傾向がみられる。このため、耐チッピング性等の耐異常損傷性を重視した断続切削加工の場合には、下部層の断面に占める酸化ジルコニウム又は酸化チタンの好ましい面積割合は5〜40面積%であり、また、酸化ジルコニウム又は酸化チタンの粒径は0.5μm以下である。
下部層の断面に占める酸化ジルコニウム又は酸化チタンの面積割合が40面積%を超え60面積%未満の場合においても耐摩耗性の向上や断続切削におけるチッピング、欠損の発生を抑制する効果が認められる。
下部層に形成される硼化ジルコニウム又は硼化チタンは層状または粒状に形成され、下部層の断面に占める硼化ジルコニウム又は硼化チタンの面積割合は10面積%以下である。
下部層に形成される窒化ジルコニウム又は窒化チタンは層状に形成され、下部層の断面に占める窒化ジルコニウム又は窒化チタンの面積割合は90面積%以下の範囲で形成される。
下部層の層厚が0.1μm未満の場合には、下部層と上部層間の付着強度を確保することができず、一方、その層厚が2.0μmを超える場合には、耐摩耗性が低下する。したがって、本発明では、下部層の層厚を0.1〜2.0μmと定めた。
【0011】
下部層の形成法:
下部層は、例えば、微量の酸素を含むArガス雰囲気中で、DCスパッタ法によりZr又はTi金属層を基体の表面に蒸着することで、微量酸素を含むZr又はTi金属層が形成される。その後、この微量酸素を含むZr又はTi金属層の表面上へ、例えば、DCアークジェットプラズマ装置でcBN層を蒸着することによって形成することができる。
即ち、Zr又はTi金属層の表面にcBN層が蒸着される際に、Zr又はTi金属層の硼化、窒化および酸化が同時に進行することによって形成される。また、下部層内の酸化ジルコニウム又は酸化チタンの形態は、下部層蒸着時のArガスに含まれる酸素濃度により制御される。すなわち、Arガスに含まれる酸素濃度が高い場合は下部層内の酸化ジルコニウム又は酸化チタンが層状に形成され、酸素濃度が低い場合は酸化ジルコニウム又は酸化チタンが粒状に形成される。
【0012】
上部層(cBN層):
上部層であるcBN層は、上記のとおり、Zr又はTi金属層の表面に、例えば、DCアークジェットプラズマ装置によって形成することができるが、形成したcBN層の層厚が、0.1μm未満の場合には、長期の使用にわたって、すぐれた耐摩耗性を発揮することができず、一方、その層厚が10.0μmを超える場合には、チッピングを発生しやすくなるので、上部層であるcBN層の層厚は、0.1〜10.0μmと定めた。
cBN層は、例えば下記のように蒸着される。下部層が蒸着された基体を冷却機構を備えたチャンバー内のホルダーに固定し、真空排気装置にて10
−1Pa以下までチャンバー内を減圧後、H
2を15sccm、Arガスを20slm導入し、アーク電流、アーク電圧を制御し、アークジェットプラズマをチャンバー内に発生させ、基体に−60〜−80Vの高周波バイアスを印加し、基体の表面をプラズマによりクリーニング処理をした後、Heガスで10%に希釈されたBF
3ガスを43〜48sccm、N
2ガスを0.6〜1.0slm導入し、チャンバー内の圧力を6650Paに維持する。蒸着時の基体の温度を830〜1050℃の範囲になるように、好ましくは880〜970℃の範囲になるように、アーク電流、アーク電圧を制御し、基体に印加するバイアスを−60〜−80Vの範囲で所定時間制御することにより、本発明のcBN層が下部層上に蒸着される。
図3に本発明で得られた上部層の断面の透過電子顕微鏡像の模式図を示す。本発明のcBN層の結晶粒の平均短径が10〜300nmの柱状晶組織を有することが透過電子顕微鏡により確認できる。またcBN層の結晶はcBNより構成されることが電子線回折像によって確認できる。またcBN層の結晶粒の平均短径は、下部層にTi金属層を用いた場合よりもZr金属層を用いた場合に小さくなる傾向がある。基体に印加するバイアスを−30〜−50V、蒸着時の基体の温度を1050℃超え1100℃以下の範囲でcBN層を蒸着する条件(高温、低バイアス条件)では、cBN層の結晶粒の平均短径が300nmを超え、cBN層の剥離、工具基体の変形および切削時にcBN層の結晶粒の脱落を生じやすい。
また基体に印加するバイアスを−60〜−80V、蒸着時の基体の温度を750℃以上830℃未満の範囲でcBN層を蒸着する条件(低温条件)では、cBN層の結晶粒の平均短径が10nm未満となるため、cBN層の耐摩耗性そのものも低く、切削性能が低下する。このためcBN層の結晶粒の平均短径を10〜300nmとした。
基体に印加するバイアスを−30〜−50V、蒸着時の基体の温度を750℃以上830℃未満の範囲でcBN層を蒸着する条件(低温、低バイアス条件)では、cBN層について、Cu管球を用いた薄膜X線回折により入射角度0.5°にて測定した場合、低温、低バイアス条件におけるcBNの(111)のピークの半価幅は1.5度を越え、結晶性が低下し、十分な耐摩耗性を発現しない。このためcBNの(111)ピークの半価幅を1.5度以下とした。また低温、低バイアス条件におけるcBN層のナノインデンテーション硬さは50GPa未満となり、十分な耐摩耗性を発現しない。また、cBN層のナノインデンテーション硬さが75GPaを超えるものは、今回の試験では得られていないが、得られたとしても、cBN層の残留応力が高いために、チッピングまたは剥離を生じやすくなるため、cBN層のナノインデンテーション硬さを50〜75GPaとした。