【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、上述の観点から、TiとAlの複合炭窒化物(以下、「(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)」で示すことがある)からなる硬質被覆層を化学蒸着で被覆形成した被覆工具の耐チッピング性、耐摩耗性の改善をはかるべく、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0010】
炭化タングステン基超硬合金(以下、「WC基超硬合金」で示す)、炭窒化チタン基サーメット(以下、「TiCN基サーメット」で示す)、または立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体(以下、「cBN基超高圧焼結体」で示す)のいずれかで構成された基体の表面に、例えば、トリメチルアルミニウム(Al(CH
3)
3)を反応ガス成分として含有する熱CVD法等の化学蒸着法により、硬質被覆層として、立方晶構造の(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層(但し、X、Yは原子比であって、0.55≦X≦0.95、0.0005≦Y≦0.005)を成膜するとともに、蒸着時の成膜条件を調整することにより、硬質被覆層について電子線後方散乱回折装置を用いて個々の結晶粒の結晶方位を解析した場合、基体表面の法線方向に対する結晶粒の{110}面の法線がなす傾斜角を測定して、0〜45度の範囲内にある測定傾斜角の度数を集計したとき、2〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記2〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体の45%以上の割合を示す立方晶構造の領域A層、また、同じく25〜35度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記25〜35度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体の60%以上の割合を示す立方晶構造の領域B層で構成され、さらに、領域A層と領域B層が膜厚方向に亘って、交互に少なくともそれぞれ1層以上形成されている場合には、耐チッピング性が向上することを見出したのである。
【0011】
さらに、本発明者等は、熱CVD法等の化学蒸着法により成膜した上記(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層からなる硬質被覆層について、結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にTi、Al、炭素、窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係でNの上限値を28とする)に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3のΣN+1全体に占める分布割合が50%以上である構成原子共有格子点分布グラフを示すTiとAlの複合炭窒化物層である場合には、結晶粒の粒界強度が向上し、その結果、一段と耐チッピング性が向上することを見出したのである。
【0012】
したがって、上記のような硬質被覆層を備えた被覆工具を、例えば、合金鋼の高速断続切削等に用いた場合には、チッピング、欠損、剥離等の発生が抑えられるとともに、長期の使用にわたってすぐれた耐摩耗性を発揮することができるのである。
【0013】
この発明は、上記の研究結果に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、または立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された基体の表面に、平均層厚1〜20μmの層厚で硬質被覆層が被覆された表面被覆切削工具であって、
(a)上記硬質被覆層は
、立方晶構造のTiとAlの複合炭窒化物層からなり、その平均組成を、
組成式:(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)
で表した場合、Al含有割合XおよびC含有割合Y(但し、X、Yは何れも原子比)は、それぞれ、0.55≦X≦0.95、0.0005≦Y≦0.005を満足し、
(b)上記TiとAlの複合炭窒化物層について、電子線後方散乱回折装置を用いて個々の結晶粒の結晶方位を、上記TiとAlの複合炭窒化物層の縦断面方向から解析した場合、
基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、法線方向に対して0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計したとき、2〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記2〜12度の範囲内に存在する度数が、傾斜角度数分布における度数全体の45%以上の割合を示す領域A層と、
基体表面の法線方向に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、法線方向に対して0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計したとき、25〜35度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記25〜35度の範囲内に存在する度数が、傾斜角度数分布における度数全体の60%以上の割合を示す領域B層とが、上記TiとAlの複合炭窒化物層内に存在し、該領域A層、該領域B層が膜厚方向に亘って、交互に少なくともそれぞれ1層以上存在することを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 前記(1)に記載の表面被覆切削工具の硬質被覆層において、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、硬質被覆層の縦断面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射して、基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合前記結晶粒は、格子点にTi、Al、炭素、窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係でNの上限値を28とする)に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3のΣN+1全体に占める分布割合が50%以上である構成原子共有格子点分布グラフを示すTiとAlの複合炭窒化物層であることを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具
の製造方法において、上記硬質被覆層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜
することを特徴とする前記(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具
の製造方法。」
に特徴を有するものである。
【0014】
つぎに、この発明の被覆工具の硬質被覆層について、より具体的に説明する。
【0015】
TiとAlの立方晶複合炭窒化物層((Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層)の平均組成と平均層厚:
上記(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層において、Alの含有割合X(原子比)の値が0.55未満になると、高温硬さが不足し耐摩耗性が低下するようになり、一方、X(原子比)の値が0.95を超えると、相対的なTi含有割合の減少により、(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層自体の靭性が低下し、チッピング、欠損を発生しやすくなることから、X(原子比)の値は、0.55以上0.95以下とすることが必要である。
また、上記(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層において、C成分には硬さを向上させ、一方、N成分には高温強度を向上させる作用があるが、C成分の含有割合Y(原子比)が0.0005未満となると高硬度が得られなくなり、一方、Y(原子比)が0.005を超えると、高温強度が低下してくることから、Y(原子比)の値は、0.0005以上0.005以下と定めた。
ただ、上記硬質被覆層は、その平均層厚が1μm未満では、基体との密着性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20μmを越えると、高熱発生を伴う高速断続切削でチッピング、欠損、剥離等の異常損傷を発生しやすくなることから、その合計平均層厚は1〜20μmと定めた。
なお、PVD法によって上記組成の(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層を成膜した場合には、結晶構造は六方晶であるが、本発明では、後記する化学蒸着法によって成膜していることから、立方晶構造を維持したままで上記組成の(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層を得ることができるので、皮膜硬さの低下はない。
【0016】
上記(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層について、電子線後方散乱回折装置を用いて個々の結晶粒の結晶方位を、その縦断面方向から解析した場合、基体表面の法線方向(断面研磨面における基体表面と垂直な方向)に対する前記結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角(
図1(a)、(b)参照)を測定し、前記測定傾斜角のうち、法線方向に対して0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計したとき、2〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記2〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体の45%以上の割合を示す領域A層により、上記硬質被覆層が高い靭性を保持するようになり、同じく{110}面の法線がなす傾斜角を測定し、前記測定傾斜角のうち、法線方向に対して0〜45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分して各区分内に存在する度数を集計したとき、25〜35度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記25〜35度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体の60%以上の割合を示す領域B層により、上記硬質被覆層が高い耐磨耗性を保持するようになり、かつ、上記領域A層と上記領域B層とが、層厚方向に亘って、交互に少なくとも1層以上存在する場合には、高速断続切削等に用いた場合であっても、チッピング、欠損、剥離等の発生が抑えられ、しかも、すぐれた耐摩耗性を発揮する。一方、領域A層の前記2〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記2〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体の45%未満である場合、高い靭性を確保することが出来ず、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷を発生しやすくなり、また、領域B層の前記25〜35度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記25〜35度の範囲内に存在する度数の合計が、傾斜角度数分布における度数全体の60%未満である場合、高い耐磨耗性を確保することが出来ず、短時間で寿命にいたる。
【0017】
また、請求項2に係る発明では、上記(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層について、電界放出型走査電子顕微鏡を用い、硬質被覆層の縦断面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に電子線を照射して、基体表面の法線に対して、前記結晶粒の結晶面である(001)面および(011)面の法線がなす傾斜角を測定し、この場合、前記結晶粒は、格子点にTi、Al、炭素、窒素からなる構成原子がそれぞれ存在するNaCl型面心立方晶の結晶構造を有し(
図2(a)、(b)参照)、この結果得られた測定傾斜角に基づいて、相互に隣接する結晶粒の界面で、前記構成原子のそれぞれが前記結晶粒相互間で1つの構成原子を共有する格子点(構成原子共有格子点)の分布を算出し、前記構成原子共有格子点間に構成原子を共有しない格子点がN個(NはNaCl型面心立方晶の結晶構造上2以上の偶数となる)存在する構成原子共有格子点形態をΣN+1で表した場合、個々のΣN+1がΣN+1全体(ただし、頻度の関係でNの上限値を28とする)に占める分布割合を示す構成原子共有格子点分布グラフにおいて、Σ3のΣN+1全体に占める分布割合が50%以上である構成原子共有格子点分布グラフを示す硬質被覆層を形成することにより、結晶粒の粒界強度が向上し、その結果高速断続切削等に用いた場合であっても、チッピング、欠損、剥離等の発生がさらに一段と抑えられ、しかも、より一段とすぐれた耐摩耗性を発揮するのである。
【0018】
この発明の領域A層、即ち、基体表面の法線方向に対する結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定した際に、2〜12度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記2〜12度の範囲内に存在する度数の合計が、度数全体の45%以上の割合となる傾斜角度数分布を示す立方晶の(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層を成膜するには、例えば、
反応ガス組成(容量%):
TiCl
4 1.5〜 2.5%、Al(CH
3)
3 0〜 5.0%、
AlCl
3 0〜 5.0%、NH
3 10〜 15%、
N
2 6〜 7%、C
2H
4 0〜 0.5%、
Ar 0〜 10%、残りH
2、
反応雰囲気温度: 750〜 900℃、
反応雰囲気圧力: 2〜 5kPa、
という条件で蒸着することによって成膜することができる。
【0019】
また、この発明の領域B層、即ち、基体表面の法線方向に対する結晶粒の結晶面である{110}面の法線がなす傾斜角を測定した際に、25〜35度の範囲内の傾斜角区分に最高ピークが存在すると共に、前記25〜35度の範囲内に存在する度数の合計が、度数全体の60%以上の割合となる傾斜角度数分布を示す立方晶の(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層を成膜するには、例えば、
反応ガス組成(容量%):
TiCl
4 0.5〜 1.5%、Al(CH
3)
3 0〜 5.0%、
AlCl
3 6〜 10.0%、NH
3 10〜 15%、
N
2 9〜 10%、C
2H
4 0〜 1%、
Ar 0〜 10%、残りH
2、
反応雰囲気温度: 700〜 850℃、
反応雰囲気圧力: 2〜 5kPa、
という条件で蒸着することによって成膜することができる。
【0020】
さらに、請求項2に係るこの発明では、成膜条件をより限定することによって、構成原子共有格子点分布グラフにおいて、ΣN+1全体に占めるΣ3の分布割合が50%以上である構成原子共有格子点形態を示す立方晶の(Ti
1−XAl
X)(C
YN
1−Y)層を成膜することができる。
例えば、領域A層の形成においては、
反応ガス組成(容量%):
TiCl
4 1.5〜 2.5%、Al(CH
3)
3 0〜 5.0%、
AlCl
3 0〜 5.0%、NH
3 10〜 12%、
N
2 6〜 7%、C
2H
4 0〜 0.5%、
Ar 5〜 10%、残りH
2、
反応雰囲気温度: 750〜 900℃、
反応雰囲気圧力: 2〜 3kPa、
という条件で蒸着することによって、Σ3の分布割合が50%以上である構成原子共有格子点形態を示す領域A層を形成することができ、
さらに、領域B層については、
反応ガス組成(容量%):
TiCl
4 0.5〜 1.5%、Al(CH
3)
3 0〜 5.0%、
AlCl
3 6.0〜 10.0%、NH
3 10〜 12%、
N
2 9〜 10%、C
2H
4 0〜 1%、
Ar 5〜 10%、残りH
2、
反応雰囲気温度: 700〜 850℃、
反応雰囲気圧力: 2〜 3kPa、
という条件で蒸着することによって、Σ3の分布割合が50%以上である構成原子共有格子点形態を示す領域B層を形成することができる。