(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態による成膜装置について説明する。なお、以下に説明する各実施形態及び図面において、成膜装置における同一の構成部材には、同一の符号及び同一の名称を付すこととする。従って、同一の符号及び同一の名称が付された構成部材については、同じ説明を繰り返さない。
[第1実施形態]
図1及び
図2を参照しながら、本発明の第1実施形態による成膜装置1について説明する。
図1は、本実施形態による成膜装置1の構成を示す概略図である。
図2は、成膜装置1の基材搬送装置2aの構成を示す概略図である。
【0018】
成膜装置1は、例えば幅1メートルほどで、厚さ数十〜数百μm程度の薄い樹脂又はガラス製のフィルム状の基材(フィルム基材)Wがロール状に巻かれた基材ロールからフィルム基材Wを巻き出す巻出し部3と、巻き出されたフィルム基材Wに対してスパッタリング法やCVD法などによる表面処理を施す表面処理工程へ搬送するフィルム基材搬送部と、表面処理が施されたフィルム基材Wを再びロール状の基材ロールとして巻き取る巻取り部4とを有している。成膜装置1は、例えば100m以上にわたる長尺のフィルム基材Wがロール状に巻かれたガラスロールを、巻出し部3から巻取り部4へ、いわゆるロール・ツー・ロール方式で搬送しつつフィルム基材Wに対して表面処理を施す装置である。
【0019】
図1を参照しながら、本実施形態による成膜装置1の構成を説明する。
以下の説明では、
図1の紙面に向かっての上下方向を成膜装置1の上下方向とし、同じく紙面に向かっての左右方向を成膜装置1の左右方向とする。また、
図1の紙面貫通方向を前後方向という。
巻出し部3、基材搬送装置2a、及び巻取り部4を有する成膜装置1は、例えば箱形の真空チャンバ5内に設けられている。
【0020】
真空チャンバ5は、内部が空洞の筺状に形成されており、真空チャンバ5の外部に対して内部を気密的に保持するものである。図示しないが、真空チャンバ5の下側には真空ポンプが設けられており、この真空ポンプによって真空チャンバ5の内部が低圧状態または真空状態にまで減圧される。
図1に示す真空チャンバ5内の上下方向における中央部の左側上方には、基材ロールを装着した巻出し部3が配置されている。巻出し部3は、フィルム基材Wの幅よりも若干全長の長い円筒状又は円柱状の巻き付け芯である巻出しコアを有しており、巻出しコアにフィルム基材Wを巻回することで基材ロールが形成されている。この基材ロールを成膜装置1に取り付けることで、巻出し部3となる。
【0021】
このように基材ロールを装着した巻出し部3は、巻出し部3の回転軸10が、
図1の紙面に向かって垂直方向となるように真空チャンバ5内に配置されている。
図1に示す真空チャンバ5内の上下方向における中央より下側であって、巻出し部3の下方には、巻出し部3から巻き出されたフィルム基材Wの表面に対して、例えばスパッタリングやプラズマCVD等による表面処理(表面処理工程)を施す成膜機構部が備えられている。本実施形態では、成膜機構部の一例としてスパッタリング法によるスパッタリン
グ成膜部が備えられている。
【0022】
基材搬送装置2aは、この表面処理工程を実施するスパッタリング成膜部におけるフィルム基材Wの搬送部材を含んで構成されている。
図1は、一般的なスパッタリング成膜部の構成の一部であってフィルム基材Wを搬送する搬送部材としての基材搬送ロール6及びスパッタ蒸発源Tが示されている。以下の説明では、基材搬送ロール6の一例として成膜ロールを示して説明する。
【0023】
図1に示すスパッタリング成膜部の成膜ロール6は、ステンレス材料等によって円筒状又は円柱状に形成されており、曲面を形成する外周面にフィルム基材Wを巻き付けて搬送する搬送部材である。成膜ロール6は、回転中心となる成膜ロール6の軸心(回転軸10)が、巻出し部3の回転中心となる軸心と略平行となるように配置されている。
このような成膜ロール6を有する基材搬送装置2aは、基材Wと成膜ロール6との間の伝熱効率を向上させるために、基材Wと成膜ロール6の間に形成される空間に気体を導入するガス導入機構を有するものであり、本実施形態による成膜装置1を特徴づける固有の構成を有している。成膜ロール6及び基材搬送装置2aの詳細な構成については、後述する。
【0024】
スパッタ蒸発源Tは、成膜ロール6で搬送されるフィルム基材Wと対向するように、成膜ロール6の左右側に配置されている。スパッタ蒸発源Tは、フィルム基材Wの表面に堆積させる成分で構成された蒸発源であり、周知のとおりグロー放電によってスパッタされた(蒸発した)成分がフィルム基材Wの表面へ導かれて堆積する。
また、
図1に示す真空チャンバ5内において、
図1の紙面に向かって巻出し部3の右側には、巻取り部4が配置されている。巻取り部4は、基材搬送装置2aを通って表面処理が施されたフィルム基材Wを再びロール状の基材ロールとして巻き取るものであり、巻出し部3と同様の構成及び配置となっている。
【0025】
さらに、
図1を参照して、基材搬送装置2aは、巻出し部3と成膜ロール6との間で成膜ロール6寄りに第1ガイドローラ7を備えている。
第1ガイドローラ7の回転軸10は、巻出し部3及び成膜ロール6の回転軸10と平行であって、真空チャンバ5の左右方向において、成膜ロール6の左端よりも真空チャンバ5の中央寄り、つまり、成膜ロール6の回転軸10寄りに配置されており、成膜ロール6に対して、常に一定の角度及び方向から基材Wを搬送することを可能にする。
【0026】
また、
図1に示すように、基材搬送装置2aは、巻取り部4と成膜ロール6との間であって第1ガイドローラ7の右側に、第2ガイドローラ8を備えている。第2ガイドローラ8は、第1ガイドローラ7と同様の構成であって、第1ガイドローラ7の外径とほぼ同じ外径を有している。
以下に、
図2を参照しながら、成膜ロール6の構成について詳細に説明する。
【0027】
図2は、成膜ロール6を有する基材搬送装置2aの構成を示す概略図であり、
図1に示す成膜装置1の右方又は左方から見たときの基材搬送装置2aの構成を示している。
図2の紙面に向かっての上下方向は、
図1に示す成膜装置1の上下方向と一致しており、
図1において紙面に対して垂直方向(貫通方向)に示された成膜ロール6の軸心(回転軸10)は、
図2において、左右方向に沿うように示されている。
【0028】
成膜ロール6は、真空チャンバ5内で前後方向に離れていて所定の位置に保持される2つのベアリング9と、2つのベアリング9に保持されて回転する回転軸10と、回転軸10に一体となるように設けられた2つの両端大径部11a,11bと、2つの両端大径部11a,11bの間に挟まれるように設けられた中央小径部12を有している。
回転軸10は、一様な太さの円柱又は円筒状の部材であって、両端の近傍が2つのベアリング9によって保持されている。従って、回転軸10は、長手方向に沿った軸心を中心に回転することが可能であり、図示しない駆動装置によって所定の回転速度で回転する。
【0029】
このような構成の回転軸10に対して、回転軸10の長手方向の中央より右側のベアリング9寄りには両端大径部11aが設けられ、同じく長手方向の中央より左側のベアリング9寄りには両端大径部11bが設けられている。
両端大径部11a,11bは共に、フィルム基材Wの幅方向における端部(側部)側が
巻き掛けられるのに十分な所定の厚みを有する円板状の外形を有する部材である。両端大径部11a,11bの径は、望まれる成膜装置1の性能に合わせて任意に決定されるが、少なくとも回転軸10より大径である。
【0030】
両端大径部11a,11bは、フィルム基材Wの幅方向における両端部(両側部)が巻き掛けられるのに十分で、且つフィルム基材Wの幅よりも狭い間隔を空けて、回転軸10に対して同軸となるように設けられている。このとき、両端大径部11a,11bは、回転軸10の長手方向における中央位置に関してほぼ左右対称となる位置に設けられる。このような構成の両端大径部11a,11bは、回転軸10と一体に形成されてもよいし、回転軸10に対して固定具を用いて固定されてもよい。いずれにしても、両端大径部11a,11bは、回転軸10の回転に合わせて回転可能となる。
【0031】
ここで、
図2を参照すると、フィルム基材Wが、幅方向における中央の位置を回転軸10の長手方向における中央の位置にほぼ一致させて、フィルム基材Wの幅方向における両端部(両側部)によって両端大径部11a,11bに巻きかけられている状態が示されている。フィルム基材Wは、幅方向における両端が両端大径部11a,11b上に存在するように、両端大径部11a,11bに巻きかけられており、幅方向における両端が、両端大径部11a,11b上から回転軸10の端部側へはみ出すことはない。このように両端大径部11a,11bに巻きかけられたフィルム基材Wは、両端大径部11a,11bの回転によって搬送される。
【0032】
図2を参照して、中央小径部12は、一様な太さの円柱又は円筒状であって、軸心に沿った長さが両端大径部11a,11bの間隔よりも短くなるように形成された部材である。中央小径部12の径は、両端大径部11a,11bの径より小さく、両端大径部11a,11b及び回転軸10に対して同軸となるように設けられている。このような構成の中央小径部12は、回転軸10と一体に形成されてもよいし、回転軸10に対して固定具を用いて固定されてもよい。いずれにしても、中央小径部12は、回転軸10の回転に合わせて回転可能となる。
【0033】
図2に示すように、中央小径部12の径が両端大径部11a,11bの径より小さいので、両端大径部11a,11bに巻き掛けられたフィルム基材Wと中央小径部12との間に空間(隙間)が形成される。ここで、フィルム基材Wと中央小径部12との間に形成される空間を、特に気体導入空間という。従って、中央小径部12の径は、望まれる成膜装置1の性能に合った空間がフィルム基材Wとの間に形成されるように任意に決定される。
【0034】
これによって、中央小径部12は、回転軸10の長手方向において、中央小径部12の長手方向における中央の位置と、両端大径部11a,11bの中間位置と、回転軸10の中央の位置とがほぼ一致する位置に設けられ、これによって、成膜ロール6が、回転軸10の長手方向における中央位置に関してほぼ左右対称な外形を有することとなる。
以上に述べたように、本実施形態における成膜ロール6は、回転軸10が回転することによって、回転軸10と一体に形成された又は回転軸10に固定された中央小径部12と両端大径部11a,11bとが、互いに同期して回転する構成となる。
【0035】
基材搬送装置2aは、上述の第1ガイドローラ7、第2ガイドローラ8、成膜ロール6を有するものであるが、これらに加えて、圧力隔壁13、及びフィルム基材Wと中央小径部12との間に形成された空間(気体導入空間)に気体(ガス)を導入するガス導入機構14aを有している。以下、圧力隔壁13及びガス導入機構14aについて説明する。
図1及び
図2に示すように、圧力隔壁13は、中央小径部12の基材Wと対向しない面と向かい合う位置に設けられ、成膜ロール6(中央小径部12及び両端大径部11a,11b)のフィルム基材Wと対向しない面を覆うように、第1ガイドローラ7と第2ガイドローラ8の間の開口を塞ぐ部材である。
【0036】
このように設けられた圧力隔壁13は、両端大径部11a,11bに接触する基材W、中央小径部12、及び両端大径部11a,11bとともに、フィルム基材Wと中央小径部12との間に形成された気体導入空間をほぼ密閉した略閉空間を作り、ガス導入機構14aによって気体が導入された際に、当該略閉空間の内部の圧力が十分に保持されるように構成されている。
【0037】
気体導入空間を略閉空間として構成することで、真空環境下において気体導入空間内の圧力が十分に上昇しないといった問題を回避することができる。つまり、気体導入空間内を所定の圧力に保持することが可能となり、気体導入空間内の気体を介してフィルム基材Wと中央小径部12との間の伝熱効率を向上させることが可能となる。
詳しくは、
図2に示すように、圧力隔壁13は、第1ガイドローラ7に巻き掛けられた基材Wと対向する第1気密部13a、第2ガイドローラ8に巻き掛けられた基材Wと対向する第2気密部13b、第1気密部13aと第2気密部13bを接続する接続部13cとから構成される。なお、圧力隔壁13の左右方向(
図2(a)における左右方向)には、第1気密部13a、第2気密部13b、接続部13cの側部を覆う第1壁部13dと第2壁部13eが設けられている。第1壁部13dは、一方の両端大径部11aの基材Wと対向しない面と対向するものとなっており、第2壁部13eは、他方の両端大径部11bの基材Wと対向しない面と対向するものとなっている。
【0038】
図2(b)に示すように、第1気密部13aは、第1ガイドローラ7の長手方向に沿って成膜ロール6とほぼ同じ長さを有する柱状の部材であり、第1ガイドローラ7に対向する湾曲面を有している。湾曲面は、第1ガイドローラ7に巻き掛けられた基材Wの湾曲に沿った形状を有しており、この湾曲面が、第1ガイドローラ7に巻き掛けられた基材Wから、例えば1mm程度の微少な距離だけ離れた位置に配置されている。
【0039】
第2気密部13bは、第1気密部13aと同様の構成及び形状を有しており、湾曲面を第2ガイドローラ8に対向させて、第2ガイドローラ8に巻き掛けられた基材Wから、例えば1mm程度の微少な距離だけ離れた位置されている。
接続部13cは、第1気密部13a及び第2気密部13bの長手方向に沿った長さとほぼ同じ長さの平板状の部材であり、上述のように配置された第1気密部13a及び第2気密部13bを、第1気密部13a及び第2気密部13bの長手方向に沿って、成膜ロール6(中央小径部12及び両端大径部11a,11b)のフィルム基材Wと対向しない面を覆うように一体につないで、第1ガイドローラ7と第2ガイドローラ8の間の開口を塞ぐものである。
【0040】
図2(b)に示すように、第1気密部13a、第2気密部13b、及び接続部13cが一体につながれることで、第1ガイドローラ7と第2ガイドローラ8の間の開口を塞ぐ蓋が設けられたともいえる。このとき、一体となった第1気密部13a、第2気密部13b、及び接続部13cの一端側と他端側には、開口が形成されている。圧力隔壁13は、さらに、これら一端側の開口を塞ぐための第1壁部13d、及び他端側の開口を塞ぐための第2壁部13eを有している。
【0041】
第1壁部13dは、第1ガイドローラ7と第2ガイドローラ8の間の距離とほぼ同じ幅を有し、一体に形成された第1気密部13a、第2気密部13b、及び接続部13cと両端大径部11a,11bとの間に形成される開口を閉じる平板状の部材である。第1壁部13dは、一方の両端大径部11aの基材Wと接触しない面と対向する位置に配置され、該両端大径部11aと対向する面は、両端大径部11aの外周面に沿って湾曲する湾曲面となっている。
【0042】
また、第1壁部13dは、第1ガイドローラ7から成膜ロール6に搬送される基材Wに対向する面と、成膜ロール6から第2ガイドローラ8に搬送される基材Wに対向する面とが、基材Wの搬送方向に沿って形成されている。
第1壁部13dは、これら第1ガイドローラ7及び第2ガイドローラ8と成膜ロール6との間で基材Wの搬送方向に沿って形成された面が、対向する基材Wから、例えば1mm程度の微少な距離だけ離れるとともに、両端大径部11aに対向する湾曲面が、両端大径部11aの外周面から、例えば1mm程度の微少な距離だけ離れる位置に配置される。
【0043】
第2壁部13eは、第1壁部13dと同様の構成及び形状を有しており、一体となった第1気密部13a、第2気密部13b、及び接続部13cの他端側に設けられている。
図2に示すように、上述の構成を有する圧力隔壁13によって、圧力隔壁13と成膜ロール6との間に空間が形成され、該空間が、両端大径部11a,11bに巻き掛けられた基材Wと中央小径部12との間に形成される気体導入空間と連続することで、成膜ロール
6の中央小径部12の外周全体を包囲する一体の空間が形成される。
【0044】
上述の構成を有する圧力隔壁13によって、成膜ロール6の中央小径部12の外周全体を包囲する空間を、真空チャンバ5内の空間からほぼ隔絶することができるので、次に説明するガス導入機構14aによって、気体導入空間の圧力を、真空チャンバ5内の圧力とは異なった圧力に調整することが可能となる。
図2に示すように、ガス導入機構14aは、例えば、内部が空洞となった管状のパイプで構成された部材であり、パイプ内の空洞に供給されたガスをパイプの外部に流出させるための孔が長手方向に沿って複数形成されている。このような構成を有するパイプ状のガス導入機構14aは、圧力隔壁13と中央小径部12の間に成膜ロール6の長手方向に沿って配置されている。
【0045】
図2(a)に示すように、ガス導入機構14aには、ガスの供給管(ガス供給管)を介して導入ガス源15が接続され、ガス供給管に設けられたニードル弁などの調整弁16によりガス導入機構14aに供給されるガスの流量が調整される。ガス導入機構14aによって供給されるガスは、スパッタリング法による成膜に悪影響を及ぼさない不活性ガスなどである。
【0046】
ガス導入機構14aから供給されたガスは、圧力隔壁13と成膜ロール6との間に形成された空間を満たすと共に、両端大径部11a,11bに巻き掛けられた基材Wと中央小径部12との間に形成された気体導入空間に流れ込む。これによって、成膜ロール6の中央小径部12の外周全体を包囲する一体の空間がガスで満たされ、減圧された真空チャンバ5内の圧力に対して、ガスで満たされた気体導入空間の圧力が高くなる。そのため、圧力隔壁13と基材W及び両端大径部11a,11bとの間に設けられた約1mmの隙間からガスが流出するが、そのガスの流出量に対するガス導入機構14aからのガスの供給量によって、ガスで満たされた気体導入空間の圧力が決定される。 ここで、圧力隔壁13によって形成された中央小径部12の外周を包囲する空間の圧力について考察する。
【0047】
例えば、巾370mm、直径400mmの円筒状の成膜ロール6にフィルム状の基材Wを成膜ロール6の中心角180度にわたって巻き掛けた状態で、基材Wに10Nの張力を与えた場合、基材Wが成膜ロール6の円筒面から受ける面圧(接触圧)は約140Paである。ここで、張力が変化した場合、面圧は張力と比例関係である。従って、基材Wと成膜ロール6の中央小径部12の間の気体導入空間にガスを導入(供給)する場合、気体導入空間内の圧力を、基材Wが成膜ロール6から受ける面圧以下となるように導入ガス源15及び調整弁16を調整すれば、ガス導入機構14aから供給されたガスを、基材Wの接触圧によって基材Wと成膜ロール6の中央小径部12の間の気体導入空間内に密閉することが可能となる。
【0048】
通常、スパッタリング法による成膜プロセスでは、0.1Paオーダの圧力下で実施される。0.1Paにおける不活性ガスアルゴン(Ar)の平均自由工程は、約7cmである。この領域では、気体導入空間の隙間空間のサイズに比べて平均自由工程が十分大きく、分子流とみなして良い。平均自由工程は圧力と反比例の関係にあり、10〜100Paの領域では、平均自由工程が0.07〜0.7mmであり、隙間空間のサイズと同等となるので、分子流から粘性流に遷移する領域とみなせる。一般に、分子流から粘性流に遷移する領域では、圧力に比例して気体分子の数が増え、気体導入空間を取り巻く壁面への衝突数も増加する。壁面間の対流による熱収支は、ミクロに見れば気体分子の衝突によるエネルギーのやり取りであり、衝突数が大きくなるほど伝達する熱量も増加する関係となる。従って、熱伝達係数は圧力比例の関係となる。
【0049】
一方、気体導入空間の圧力を上述のように高める際、気体導入空間の周囲の圧力も同時に高くなってしまうと、スパッタリング等の成膜プロセスに影響を及ぼしてしまう。従って、気体導入空間内外の圧力差を十分に確保するために、圧力隔壁13周囲の隙間によるコンダクタンス(流通抵抗)を適切に設計する必要があり、これによって隙間内圧力の上限が規定される。
【0050】
例えば、
図1及び
図2において、第1ガイドローラ7及び第2ガイドローラ8の直径を74mm、第1ガイドローラ7及び第2ガイドローラ8の幅を370mm、第1ガイドロ
ーラ7及び第2ガイドローラ8と圧力隔壁13との間隙を1mm、第1ガイドローラ7及び第2ガイドローラ8における基材Wの抱き角(巻き掛け角度)を90度とすれば、第1ガイドローラ7及び第2ガイドローラ8と圧力隔壁13との間隙が作るガス出口ギャップを、開口1mm×巾370mm、奥行き60mm(直径74mm円周長の1/4)の矩形スリットとしてモデル化することができる。実際には、第1ガイドローラ7及び第2ガイドローラ8の曲率影響や、第1ガイドローラ7及び第2ガイドローラ8の側面のギャップによる影響も生じるが、ここでは考慮しないこととする。
【0051】
この場合のコンダクタンスは、モデル化した矩形スリットの式より0.003[m
3/s]程度と見積もられ、気体導入空間内の圧力を100Pa、気体導入空間の外部圧力を0Paとすると、圧力隔壁13からのガス漏れ量は180sccm程度と見積もることができる。
このガス漏れ量に相当する量のガス量をガス導入機構14aから常時導入し、ターボ分子ポンプ(TMP)などの排気能力が十分な高真空排気ポンプを用いれば、上記の考察は実現可能となる。気体導入空間内の圧力を高めることによって、気体導入空間内の圧力を、スパッタリング時のプロセス圧力に比べて約100〜1000倍に高めることが可能となり、これに対応した(分子流ならば圧力比例の)熱伝達係数の上昇を見込むことができる。
【0052】
従って、本実施形態による基材搬送装置2aを用いれば、両端の大径部と中央の小径部からなる2段形状を有する基材搬送ロールであっても、真空チャンバ5内の圧力をスパッタリングに必要とされる程度の真空に維持しつつ、基材Wと基材搬送ロールとの非接触箇所にガスを供給することができる。従って、輻射熱に加えて気体分子を媒体とした熱伝達の寄与度を増加させることができ、成膜プロセスによる入熱で温度が上昇した基材Wから成膜ロール6への伝熱効率が向上する。
【0053】
これにより、スパッタリングなどの成膜プロセスによる基材Wの入熱を十分に逃がすことができ、2段形状を有する基材搬送ロールに搬送される基材Wにおける、皺や折れの発生を防ぐことができる。
[第2実施形態]
図3を参照して、本発明の第2実施形態について説明する。
図3は、第2実施形態による成膜装置1の基材搬送装置2bの概略構成を示している。
図3(a)は、成膜装置1の右方又は左方から見たときの基材搬送装置2bの構成を示し、
図3(b)は、
図3(a)におけるB−B断面図である。
【0054】
本実施形態の基材搬送装置2bは、圧力隔壁13を有していない点、及びガス導入機構14bが成膜ロール6の中央小径部12に形成されている点が、第1実施形態の基材搬送装置2aとは異なる。以下の説明では、これら相違点について詳しく説明する。
図3に示すように、本実施形態におけるガス導入機構14bは、成膜ロール6の中央小径部12に設けられている。
【0055】
ガス導入機構14bは、中央小径部12の径方向に沿って中央小径部12の外周面から中央小径部12の内部に向かって形成されたガス流路としての穿孔であり、中央小径部12の長手方向に沿って一端側から他端側にかけてスリット状に複数形成されている。
図3(b)に示すように、これら複数のスリット状の穿孔は、中央小径部12の円形の断面において、円周方向に沿って隣り合うスリット状の穿孔が形成する中心角がほぼ30度となるように12箇所に形成されているが、形成されるスリット状の穿孔の数は、12より多くても少なくても良い。
【0056】
但し、後に説明するが、特に成膜ロール6の回転が低速である場合、円周方向における本数が少な過ぎると、ガス流路であるガス導入機構14bへ供給されるガスの流量が成膜ロール6の回転位相によって変動してしまい、成膜ロール6に巻き掛けられた基材Wと中央小径部12との間に形成された空間(気体導入空間)内の圧力変動が大きくなってしまう。そのため、円周方向に沿って隣り合うスリット状の穿孔が形成する中心角がほぼ45度以下となるように、ガス導入機構14bが8箇所以上に形成されることが望ましい。
【0057】
図3(a)ではスリット形状の穿孔を例示したが、中央小径部12の幅方向に沿ったガ
ス流路の形状は特に限定されるものではない。スリット形状の穿孔の代わりに、スリット形状の穿孔の各々を複数に分割して、複数の穴状のガス流路が中央小径部12の幅方向に沿って並列に設けられた構成としてもよい。この場合、中央小径部12の幅方向に沿って並ぶ複数のガス流路は、中央小径部12の軸心に近い内部で互いに連通していることが望ましい。
【0058】
また、
図3(b)に示すように、これら複数のガス流路であるガス導入機構14bのうち、例えば左右方向に沿って水平位置にあるガス導入機構14bに対して、第1実施形態と同様の構成の導入ガス源15から不活性ガスなどが導入される。導入ガス源15は、複数のガス導入機構14b全てに対して同時にガスを導入するのではなく、成膜ロール6の回転によって回転する複数のガス導入機構14bのうち、水平位置を通過するガス導入機構14bに対してガスを導入する。
【0059】
このように構成することで、
図3(b)に矢印で明示するように、複数のガス流路であうガス導入機構14bに対して順にガスを導入することができると共に、成膜ロール6に巻き掛けられた基材Wと中央小径部12との間に形成された気体導入空間に対して、常に一定の位置及び位相からガスを導入することができる。ガスを導入する位置及び位相を、スパッタ蒸発源Tなどプロセス源の配置に対応するように適切に決めることにより、プロセス源背後の熱伝達を高め、より生産性の高いプロセス条件を実現することが可能となる。
【0060】
ここで、導入ガス源15に接続された回転しないガス供給管から、中央小径部12の回転と共に回転する複数のガス導入機構14bへガスを導入する手段として、回転しないガス供給管と回転するガス導入機構14bとの間の狭いギャップを介したガスの導入を考えることができる。この場合、ギャップの開口部から真空チャンバ内に僅かに漏れるガスを、成膜プロセスへ及ぼす影響が小さい場所まで引き回したり、同じく影響が小さい場所まで差動排気機構によって誘導したりするなどして、ギャップから僅かに漏れるガスを排出することが可能である。ギャップから漏出しなかった大部分のガスは、成膜ロール6に形成したガス導入機構14bに流入することとなる。
【0061】
上述したように、本実施形態では、巻き掛けられた基材Wが成膜ロール6から離れていく箇所から回転方向とは反対に十分離れたガス流路によってガスを導入することで、第1実施形態で示したスリット状矩形ダクトに相当する空間を、中央小径部12と巻き掛けられた基材Wで形成している。例えば、直径230mm、両端大径部11a,11bと中央小径部12の段差が1mmの成膜ロール6では、中心角30度の円弧長が約60mmとなる。このとき、基材Wが成膜ロール6から離れる点から、中心角30度程度、回転方向とは反対にガス流路の噴出し口を設ければ、第1実施形態で説明した構成に相当するコンダクタンスを得ることができる。
【0062】
[第3実施形態]
図4を参照して、本発明の第3実施形態について説明する。
図4は、第3実施形態による成膜装置1の成膜ロール6の概略構成を示している。
図4(a)は、成膜装置1の右方又は左方から見たときの成膜ロール6の構成を示し、
図4(b)は、
図4(a)におけるC−C断面図である。
【0063】
本実施形態の成膜ロール6は、第2実施形態の成膜ロール6と同様の構成であるが、ガス導入機構14cのガス流路の構成が、第2実施形態とは異なる。以下の説明では、ガス導入機構14cの構成について詳しく説明する。
図4に示すように、本実施形態における成膜ロール6は、両端大径部11a,11bが回転するが、中央小径部12は回転しない構成となっている。つまり、回転する両端大径部11a,11bによって基材Wは搬送されるが、中央小径部12は回転しない。
【0064】
ガス導入機構14cは、このような回転しない非回転部材である中央小径部12に形成されている。
図4に示すように、ガス導入機構14cは、中央小径部12の外周面に中央小径部12の長手方向に沿って溝状に形成された2本のガス流路17a,17bと、成膜ロール6のほぼ軸心位置に形成されたガス導入路19と、ガス導入路を2本のガス流路につなぐ接続
路18a,18bを有している。
【0065】
2本のガス流路17a,17bは、中央小径部12の外周面上にほぼ平行、且つ互いの距離が中央小径部12の外周の半分より小さくなるように形成された溝であり、成膜ロール6に巻き掛けられた基材Wと中央小径部12との間に形成された気体導入空間における一定の位置(ある所定の位置)に対応するように、中央小径部12の外周面上に配置されている。具体的には、
図4(b)に向かっての上下方向における上方を時計の12時方向としたときに、12時方向を0度とし、反時計周りを位相の正方向と定義すると、気体導入空間内である120度および240度の位置のそれぞれに配置されている。
【0066】
第1実施形態と同様の構成を有する導入ガス源15は、成膜ロール6のほぼ軸心位置に形成されたガス導入路19に不活性ガスなどを導入し、導入されたガスは、接続路18a,18bを通って2本のガス流路17a,17bへ導入される。このようにして、成膜ロール6に巻き掛けられた基材Wと中央小径部12との間に形成された気体導入空間における一定の位置及び位相から、ガスを導入することができる。
【0067】
気体導入空間において、両ガス流路17a,17bで挟まれた120度〜240度の領域では、圧力は周辺部より高い値でほぼ一定になり、主にこの領域で熱伝達が生じる。この領域に向かい合う位置にスパッタ蒸発源Tなどプロセス源を配置することで、成膜プロセスによる入熱で温度が上昇した基材Wから成膜ロール6への伝熱効率が向上させることができ、プロセスの生産性を高めることが可能となる。
【0068】
一方、気体導入空間に導入されたガスは、基材Wが成膜ロール6から離れるほぼ90度及び270度の位置から、周辺空間に流出することとなる。90〜120度、及び240〜270度の領域では、導入されたガスが、常に周辺空間への流出側に向かって一定方向に流れることとなる。
非回転部である中央小径部12に形成されるガス導入路19、接続路18a,18b、及び2本のガス流路17a,17bの構造と位置は、スパッタ蒸発源Tなど周辺のプロセス源の配置等に応じて適宜決定することができる。
【0069】
本実施例においても、第1実施形態で説明した構成に相当するコンダクタンスを得ることができる。
[第4実施形態]
図5を参照して、本発明の第4実施形態について説明する。
図5は、第4実施形態による成膜装置1の基材搬送装置2dの概略構成を示している。
図5(a)は、成膜装置1の右方又は左方から見たときの基材搬送装置2dの構成を示し、
図5(b)は、
図5(a)におけるD−D断面図である。
【0070】
本実施形態の基材搬送装置2dは、第1実施形態の基材搬送装置2aとほぼ同様の構成を有しているが、中央小径部12の内部に昇降温機構を有している点で第1実施形態の基材搬送装置2aとは異なる。以下の説明では、昇降温機構の構成について詳しく説明する。
昇降温機構は、熱媒体油や水などの流体を温度制御媒体として循環させる管状のパイプ、又はシースヒータなどによって中央小径部12の内部に設けられた昇降温媒体経路20である。
【0071】
図5(a)に一点鎖線で示すように、昇降温媒体経路20は、成膜ロール6の外部から導入されて中央小径部12の内部に配置され、特に基材Wと対向する面に沿うように配置される。ここで、
図5(b)に示すように、中央小径部12の内部には、3つの領域(ZONE1〜ZONE3)が設けられている。昇降温媒体経路20は、ZONE1〜ZONE3の各領域のそれぞれに互いに独立に設けられており、ZONE1〜ZONE3に設けられた昇降温媒体経路20のそれぞれは、ZONE1〜ZONE3の各領域内で基材Wと対向する面に沿って一巡した後に、成膜ロール6の外部へ導かれるように配置される。
【0072】
ここで、本実施形態における成膜ロール6は、両端大径部11a,11bが回転するが、中央小径部12は回転しない構成となっている。つまり、回転する両端大径部11a,11bによって基材Wは搬送されるが、中央小径部12は回転しない。
このように独立に配置された管状の昇降温媒体経路20に、加熱又は冷却された温度制
御媒体を循環させることで、中央小径部12におけるZONE1〜ZONE3の基材Wと対向する各面の温度を独立に温度制御して上昇又は下降させ、中央小径部12と対向する基材Wの温度を上昇又は下降させることができる。
【0073】
このように、昇降温媒体経路20で構成される昇降温機構は、中央小径部12の基材Wと対向する面の温度を複数の領域に分けて昇降させることで、中央小径部12に対向する基材Wの温度を、1つの成膜ロール6上で複数の成膜プロセスの温度を実現するものである。
本実施形態の基材搬送装置2dを用いれば、成膜プロセスの温度毎に複数の成膜ロール6を用いる必要がなくなるので真空チャンバ5の容量を小さくすることができ、ひいては成膜装置1を小型化することができる。
【0074】
なお、上述の各実施形態では、スパッタリングやプラズマCVD等の表面処理(成膜処理)を実施する成膜装置1を例示して、この成膜装置1で用いられる基材搬送装置2dの特徴について説明した。しかし、本実施形態で説明した構成を有する基材搬送装置2dは、フィルム状の基材Wを搬送する際に基材Wの温度を制御する必要のある装置であれば、成膜装置1に限らず様々な装置に適用できることは明らかである。
【0075】
成膜装置1内においても、基材搬送装置2dに限らず、基材搬送速度を決定する駆動ロールや、基材Wとの摩擦トルクによって基材Wに従動し搬送方向を変えるアイドラーなど、ロールの駆動有無によらず広く適用可能である。
ところで、今回開示された実施形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。特に、今回開示された実施形態において、明示的に開示されていない事項、例えば、動作条件や測定条件、各種パラメータ、構成物の寸法、重量、体積などは、当業者が通常実施する範囲を逸脱するものではなく、通常の当業者であれば、容易に想定することが可能な値を採用している。