特許第5947462号(P5947462)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5947462円筒形ボアの内面を粗面化するための工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5947462
(24)【登録日】2016年6月10日
(45)【発行日】2016年7月6日
(54)【発明の名称】円筒形ボアの内面を粗面化するための工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 41/12 20060101AFI20160623BHJP
   B23Q 11/00 20060101ALI20160623BHJP
   B23Q 11/10 20060101ALI20160623BHJP
   B23B 47/34 20060101ALI20160623BHJP
   B23B 47/00 20060101ALI20160623BHJP
【FI】
   B23B41/12
   B23Q11/00 P
   B23Q11/10 F
   B23B47/34 A
   B23B47/00 B
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-524662(P2015-524662)
(86)(22)【出願日】2013年7月26日
(65)【公表番号】特表2015-529569(P2015-529569A)
(43)【公表日】2015年10月8日
(86)【国際出願番号】EP2013002226
(87)【国際公開番号】WO2014019666
(87)【国際公開日】20140206
【審査請求日】2015年1月30日
(31)【優先権主張番号】102012015163.2
(32)【優先日】2012年7月31日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】598051819
【氏名又は名称】ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト
【氏名又は名称原語表記】Daimler AG
(74)【代理人】
【識別番号】100101856
【弁理士】
【氏名又は名称】赤澤 日出夫
(72)【発明者】
【氏名】ノイファング,オリバー
【審査官】 齊藤 彬
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2006/097981(WO,A1)
【文献】 特開2006−026713(JP,A)
【文献】 特開2010−228095(JP,A)
【文献】 特開2010−201554(JP,A)
【文献】 独国特許発明第102006045275(DE,B3)
【文献】 特開2008−138867(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0121348(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00
41/12
47/00
47/34
B23Q 11/00
11/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
粗面化された表面を作るために、削りくず(12)を持ち上げるための少なくとも1つの切削エッジと前記削りくず(12)を切断するための少なくとも1つの別のエッジ又は面とを有するラジアル切削ヘッド(7)と、工作機械と共に使用するために設計され、1つが軸方向に見て工具先端(6)と向かい合っている工具ホルダ(2)とを備え、前記円筒形ボア(9)の内面(8)を平滑化するための別のラジアル切削ヘッド(16)が、軸方向に見て前記工具ホルダ(2)と前記円筒形ボア(9)の内面(8)を粗面化するための前記ラジアル切削ヘッド(7)との間に配置されており、少なくとも1つのフラッシング媒体ライン(14)が、それぞれ1つの、前記ラジアル切削ヘッド(7)と前記別のラジアル切削ヘッド(16)とに対応するフラッシング媒体出口(15、17)を備えている、円筒形ボア(9)の内面(8)を粗面化するための工具であって、
前記円筒形ボア(9)の内面(8)を粗面化するための前記ラジアル切削ヘッド(7)に対応した前記フラッシング媒体出口(15)が、前記工具先端(6)の方向に方向要素を備えて形成され、
前記円筒形ボア(9)の内面(8)を平滑化するための前記ラジアル切削ヘッド(16)と対応する前記フラッシング媒体出口(17)が、前記工具ホルダ(2)の方向に方向要素を備えて形成されていることを特徴とする、工具。
【請求項2】
前記2つのラジアル切削ヘッド(7、16)が、円周方向に最大120°の角度(α)互いにずらされて配置されていることを特徴とする、請求項に記載の工具(1)。
【請求項3】
粗面化された表面を作るために、削りくず(12)を持ち上げるための少なくとも1つの切削エッジと前記削りくず(12)を切断するための少なくとも1つの別のエッジ又は面とを有するラジアル切削ヘッド(7)と、工作機械と共に使用するために設計され、1つが軸方向に見て工具先端(6)と向かい合っている工具ホルダ(2)とを備え、前記円筒形ボア(9)の内面(8)を平滑化するための別のラジアル切削ヘッド(16)が、軸方向に見て前記工具ホルダ(2)と前記円筒形ボア(9)の内面(8)を粗面化するための前記ラジアル切削ヘッド(7)との間に配置されており、少なくとも1つのフラッシング媒体ライン(14)が、それぞれ1つの、前記ラジアル切削ヘッド(7)と前記別のラジアル切削ヘッド(16)とに対応するフラッシング媒体出口(15、17)を備えている、円筒形ボア(9)の内面(8)を粗面化するための工具であって、
っている削りくず(12)の突出を切断するための第三のラジアル切削ヘッド(19)を備え、該第三のラジアル切削ヘッドが軸方向に見て前記円筒形ボア(9)の内面(8)を粗面化するための前記ラジアル切削ヘッド(7)と前記工具先端(6)との間に配置されると共に、該第三のラジアル切削ヘッドが円周方向にそれぞれ2つの他のラジアル切削ヘッド(7、16)に対してずらして配置されており、前記第三のラジアル切削ヘッド(19)がフラッシング媒体の供給なしに形成されていることを特徴とする、工具。
【請求項4】
3つすべてのラジアル切削ヘッド(7、16、19)が、外側にある2つの前記ラジアル切削ヘッド(7、16、19)の間で、円周方向の角度(α+β)に、最大120°互いにずらされて配置されていることを特徴とする、請求項に記載の工具。
【請求項5】
前記円筒形ボア(9)の内面(8)を粗面化するための前記ラジアル切削ヘッド(7)と対応する前記フラッシング媒体出口(15)が前記工具先端(6)の方向に方向要素を備えて形成され、
前記円筒形ボア(9)の内面(8)を平滑化するための前記ラジアル切削ヘッド(16)と対応するフラッシング媒体出口(17)が前記工具ホルダ(2)の方向に方向要素を備えて形成されていることを特徴とする、請求項又は請求項に記載の工具。
【請求項6】
前記工具を、少なくとも1つの水平スピンドルを備えた工作機械の水平スピンドルで保持すること特徴とする、請求項〜請求項のいずれか一項に記載の工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、円筒形ボアの内面を粗面化するための工具に関する。
【背景技術】
【0002】
この種類の工具は、特許文献1により公知である。
【0003】
円筒形ボアの内面を粗面化するための方法及び工具は、従来技術により公知である。これについては、例えば特許文献2及び特許文献3に示されている。これら2つの明細書による工具及び方法では、ラジアル切削ヘッドを備えた、回転式の軸方向に移動可能な工具が使用されており、この工具がラジアル切削ヘッドを使って切削加工を行うように円筒形ボア内に進入し、その後材料切削時に持ち上げられた削りくずが、同じラジアル切削ヘッドの別の刃、エッジ又は面によって切断される。次に続く、同じ作業工程内で行われる、持ち上げられた削りくずの切断を伴う切削加工により、多数のアンダーカットを備えた、粗面化された表面が得られる。
【0004】
このような粗面化された表面は、後でこの表面に施されたコーティングを理想的に保持できるようにするために特に適している。したがってこの表面は特に、適切に粗面化された表面を用意するために、内燃機関のシリンダボア又はシリンダライナ内のボアの準備に使用される。ボア壁とその中で動くピストンとの間のトライボロジー特性を最適化するため、このボアにはコーティングが施される。この場合コーティングは、好ましくはサーマルコーティングであってよく、これは特にプラズマ溶射、ワイヤアーク溶射又はそれに類した方法で、粗面化により適切に準備された表面に施される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】独国特許出願公開第102012207455(A1)号明細書
【特許文献2】独国特許出願第60131096(T2)号明細書
【特許文献3】欧州特許第1756133(B1)号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来技術に記述されている方法はこの場合、1つの作業工程内で及び非常時短い加工時間でシリンダボア内面の粗面化を達成するために非常に適しており、この内面は後でコーティングの極めて良好な付着を保証する。しかしこの方法及び工具は、加工及び削りくずの切断により、円筒形ボア内へ沈み込む際に、工具と円筒形ボアを軸方向に配置して加工することによって、垂直方向に又はわずかな角度だけ垂線から傾くことが必要となるため、その使用が比較的制限されている。こうすることによってのみ、加工プロセスで生じる削りくずが円筒形ボア内で下方へ又は円筒形ボアから外へ落ちることが確保される。さまざまな試みで示されたように、水平スピンドルを使用した工作機械での相応する加工は、実際には並外れて困難である、なぜなら削りくずは加工する表面の範囲に留まることがあり、そのため加工プロセスで、円筒形ボア内で工具が動かなくなってしまう場合があるからである。これに関係した、工具と加工時間の問題の他に、一般に重大な問題が生じる。つまり削りくずによってすでに製造された、粗面化された表面がその表面品質を損なうか、又は削りくず、特にアルミニウム、アルミニウム合金又は他の軽金属合金を加工する際にスミアリングの傾向が生じる。このことによっても、所望の粗面化された表面が損なわれ、後で施されたサーマルコーティングがこの面に十分に付着せず、それによって重大な品質問題がもたらされる可能性がある。
【0007】
したがって本発明の目的は、これらの欠点を回避して単純で信頼性が高く低コストの製造プロセスを保証する方法及び工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、この目的は独立請求項又はの特徴部分の特徴を備えた工具によって達成される。工具の有利な発展形態及び実施形態は、その従属請求項に開示される。
【0009】
本発明による方法では、従来技術の方法とは異なり、工具のラジアル切削エッジがすでに加工された表面部分の上をその送り方向に案内されて加工が行われるのではなく、工具がまず、例えば円筒形ボア内を通って又は通り抜けて進められ、その際好ましくは偏心した位置決めによって、円筒形ボアの内面で生じる材料削剥を行わないか、行ってもわずかである。その後、工具は所望の方法で位置決めされ、ラジアル切削ヘッドの切削エッジが、円筒形ボア内面を、求められる製造寸法に調節する。続いて円筒形ボア内面の本来の加工がラジアル切削ヘッドを使って行われる。すなわち送り方向にヘッドが円筒形ボアから外に出され、同時に所望の方法で表面が加工され、材料が削られる。このように加工方向を後戻りすることによって工具が円筒形ボアから外へ出されるときにはじめて加工が行われることで、加工時に落ちる削りくずが工具とすでに加工された面との間に入り込まずに加工済みの面上には相応に何もなくなる。場合によってそこにとどまる削りくずは、粗面化された表面で削りくずの挟み込みやスミアリングが工具自身によって生じることなく、簡単に除去することができる。本発明による方法により、すでに加工された表面範囲に残っている、削りくずと工具の相互作用によって、すでに加工された表面を損なう恐れのある、挟み込まれる削りくずの危険が、完全に防止される。したがって本方法における重要な利点は、工具が垂直方向に位置決めされておらず、工具とボアとが水平方向に向けられていても、非常に優れた表面品質を得られることである。これにより、水平スピンドルを備えた工作機械の使用が可能になる。これは、垂直スピンドルを備えた工作機械と比べると、非常に簡単に低コストで構築することが可能である。さらに、水平スピンドルを備えた工作機械は、現在の製造技術におけるトランスファーラインにおいて一般的な工作機械である。本発明による方法は、円筒形ボア内面の加工を簡素化し、従来型のトランスファーラインで、簡単に低コストで行うことを可能にする。その他に、特に円筒形ボアの内面がV型内燃機関のクランクケース内のシリンダ内面である場合、装備組立時に利点がある。これを水平スピンドルを備えた工作機械で加工する場合、加工機に対する位置決めの手間がはるかに少なくて済む。その結果、加工機自体のコスト低減の他に、少なくともこの場合は、装備組立の際に加工するべき構成部品を保持するための手間を省いて大幅なコスト低減が可能となる。
【0010】
本発明による方法の非常に好都合な実施形態では、ラジアル切削ヘッドの範囲にフラッシング及び/又は冷却のためのフラッシング媒体が供給される。ラジアル切削ヘッドの範囲へのフラッシング媒体の供給は、一方で加工が行われる範囲を冷却し、他方で、ラジアル切削ヘッドの特殊な構造によって持ち上げられて切断され、落ちた削りくずを、粗面化された表面の範囲に付着する前に吹き飛ばすため、粗面化するべき表面が残った又は挟み込まれた削りくずの残留なしに安全確実に加工できることでさらなる改善が得られる。
【0011】
本発明による方法の使用目的に応じて、フラッシング媒体は例えば、金属加工で一般に知られており普通である、冷却エマルジョン及び潤滑エマルジョンであってよい。これは特に、ねずみ鋳鉄製又はそれに類した材料製のシリンダライナ範囲に使用する場合に有意義である。粗面化された表面は、その後で粗面化された表面にコーティングが良好に確実に付着できるよう、続いて例えば油分除去によりフラッシング媒体の残留物が除かれるとよい。
【0012】
その中に円筒形状ボアが設けられる原材料として特に軽金属合金を使用する場合は、本発明による方法の特に好都合で有利な発展形態に従い、フラッシング媒体としてオイルフリーで少なくともほとんど乾燥したガス、特に圧縮空気を使用する。このようなガスによる、好ましくはオイルフリーの圧縮空気によるフラッシング及び冷却により、同様に少なくとも軽金属合金の加工のために通常は十分な冷却が可能になり、生じた削りくずを非常に良好に吹き飛ばすことができる。オイルフリーの乾燥した、又は少なくともほとんど乾燥したガスにより、加工表面が望ましくない物質で汚れることが完全に防止され、その結果表面加工後及び後続の表面サーマルコーティング前の浄化工程を省略することができる。このことによって、追加の加工工程の省略の他に、粗面化された表面を浄化する際、粗さの輪郭が不利に変更されることでサーマルコーティングの付着が妨げられてしまう危険も軽減される。
【0013】
本発明による方法の別の非常に有利な実施形態ではさらに、同じ作業工程において、送り方向に見て内面を粗面化するためのラジアル切削ヘッドの前方で、別のラジアル切削ヘッドを用いて円筒形ボア内面を平滑化する加工が行われ得る。このようなただ1つの作業工程における平滑化とそれに続く粗面化の組み合わせは、特に好都合で効率的であり得る。なぜならこれによって追加の作業工程が省略できるためである。特に本発明による、従来技術とは反対向きの送り方向により、これは特に効率的に形成され得る。なぜなら平滑化の際に落ちる削りくずは、特に水平スピンドル使用時に、送り方向に例えば適切なフラッシング媒体を供給して運び去ることができるためである。それにもかかわらず、工具と表面の間に削りくずが残ってしまったとしても、ここでは問題にはならない。なぜならこの範囲は、次に続く平滑化プロセスでさらに加工しなければならないからである。送り方向には、平滑化プロセスの後に、第二のラジアル切削ヘッドによって円筒形ボア内面の粗面化が、記述された方法で行われ得る。その際に落ちる削りくずは、既述したように、加工面の上で吹き飛ばされるか又はそこにとどまり続けるが、それが危険でないのは、工具がこの面の範囲からすでに遠ざかってしまっているからである。
【0014】
本発明による工具は、請求項に従い、円筒形ボア内面の粗面化のための第一のラジアル切削ヘッドの他に、円筒形ボア内面の平滑化のための別のラジアル切削ヘッドがあり、このヘッドが軸方向に工具ホルダと円筒形ボア内面の粗面化のためのラジアル切削ヘッドとの間に配置されるように、構成される。2つのラジアル切削ヘッドを備えたこの工具は、平滑化のためでも粗面化のためでもあり、この工具は好ましくは本発明の方法に従って、つまり送り方向に、材料切削中に工具ホルダに向かって使用が可能であるように、形成される。したがって工具は、特に円筒形ボア内に又は円筒形ボアを通って入れられ、相応に位置決めされ、続いて円筒形ボアから外へ出てくる際に所望の材料削剥が行われ得る。工具ホルダの視線の方向から見て、平滑化用ラジアル切削ヘッドが最初に、円筒形ボア内面の粗面化用ラジアル切削ヘッドがその後に配置されているため、ただ1つの作業ステップで最初に表面が所望の寸法に平滑化され、次にそれが粗面化されるよう、加工が行われる。
【0015】
本発明による工具は、少なくとも1つのフラッシング媒体ラインが、それぞれ1つの、ラジアル切削ヘッドのどちらにも対応しているフラッシング媒体出口を備えていることを特徴としている。円筒形ボア内面の粗面化用ラジアル切削ヘッドに対応しているフラッシング媒体出口は、工具先端方向に方向要素を備えるように形成されている。このフラッシング媒体出口を通って出るフラッシング媒体は、削りくずを工具先端方向に、つまり送り方向とは反対に、粗面化され及びそれによって最終加工された表面からフラッシングし、その結果削りくずの付着と挟み込みが安全で確実に防止される。別のフラッシング媒体出口は、これが円筒形ボア内面の平滑化用ラジアル切削ヘッドに対応するように、すなわちこれが工具ホルダの方向に方向要素を備えるように配置されている。平滑化の際に落ちる削りくずは、これによって工具ホルダ方向に、つまり送り方向に吹き飛ばされる。この削りくずは、工具又は工具シャフトと円筒形ボアの壁面との間から外へと出る。削りくずの挟み込みは、適切に方向を調整されたフラッシング媒体出口を通って噴出したフラッシング媒体によって、ほぼ防止されるか又は少なくとも場合によって挟み込まれる削りくずの最小の残数が低減される。さらに、これによって平滑化の削りくずが表面を粗面化するためのラジアル切削ヘッドの範囲及び粗面化された表面の範囲に到達し、そこで相応の損傷を引き起こす可能性は阻止される。工具ホルダと平滑化のためのラジアル切削ヘッドとの間は、工具のシャフトの範囲にある表面がまだ粗面化されていないため、削りくずの危険がない。それにもかかわらず、想定に反して工具によって表面に押しつけられる場合は、それに続く平滑化によって表面の障害が除去される。ここで重要なことは、削りくずが粗面化された表面の範囲又は粗面化のためのラジアル切削ヘッドの範囲に到達しないということである。これは、平滑化のためのラジアル切削ヘッドの範囲にあるフラッシング媒体出口を適切に調整することによって保証される。
【0016】
本発明による工具の非常に好都合な実施形態ではさらに、2つのラジアル切削ヘッドが円周方向に、最大120°の角度、好ましくは最大90°の角度、相互にずらして配置されている。2つのラジアル切削ヘッドは、円周方向に、つまり例えば工具を工具先端上から見て、ある角度だけ互いにずらされて配置されている。これにより、2つのラジアル切削ヘッドを軸方向に比較的接近して並べて、上述の順番に位置決め可能になる。角度が円周方向に120°未満、好ましくは90°未満で形成されることで、工具が中へ入るときに円筒形ボアの内面と接触しないように又は場合によって接触が最小になるように位置決めできるよう、工具がその回転軸で偏心して円筒形ボア内に配置されることが可能になる。そうして初めて、工具が所望の方法で位置決めされ、典型的には位置決めが工具回転軸とシリンダボアの中心軸とが一致するように配置されることで位置決めが行われる。工具はその後、送り方向に円筒形ボアから引き出され、そのとき同時に所望の材料切削が、すなわち一方で平滑化が、及び他方で同じ作業行程で続いて行われる表面粗面化が行われる。
【0017】
別の実施形態では、本発明による工具は請求項に従い、場合によって突出している削りくずを切り落とすための第三のラジアル切削ヘッドを有しており、これは軸方向に、円筒形ボア内面の粗面化用ラジアル切削ヘッドと工具先端との間に配置されている。このラジアル切削ヘッドは、2つの他の切削ヘッドに対して円周方向にずらされて配置されている。この追加のラジアル切削ヘッドはチョップカッタ(トリミングブレード:trimming blade)であり、単に追加の安全器具であり、場合によって突出している、切断された削りくずを適切に切り取るので、突出した削りくずは、後で実施されるサーマルコーティングから突き出てしまうことのない程度まで、円筒形ボア表面からの突出が小さくされる。3つのラジアル切削ヘッドが、相応して軸方向に互いに接近して、記述された順番に並んで位置決めできるようにするため、場合によって残った削りくずの突出を切り取るための追加のラジアル切削ヘッドも、相応に円周方向にずらして配置されている。
【0018】
この実施形態の有利な一発展形態では、3つすべてのラジアル切削ヘッドが円周方向に、それぞれある角度だけ互いにずらして配置されており、その際に角度の合計が最大120°、好ましくは最大90°である。ラジアル切削ヘッドが3つあっても、材料が削剥されたり円筒形ボアの表面が損傷したりすることなく工具が円筒形ボアに入る、又は場合によって外へ出ることができるよう、工具がラジアル切削ヘッドと偏心して位置決めされ得ることが確保される。
【0019】
有利な一発展形態ではさらに、第三のラジアル切削ヘッドがフラッシング媒体の供給なしに形成されている。場合によって残った削りくずの突出を切り取るための第三のラジアル切削ヘッドのフラッシング媒体供給又は冷却媒体供給は、たいていは省略可能である。なぜなら切り取りに使用するラジアル切削ヘッドはそれほど頻繁に使われず、使用される場合も短時間でありかつ切断面積も最小で使用されるからである。それゆえに、これによって所望の粗面化された表面に不利が生じない場合は、冷却及びフラッシングは行われないままでよい。しかし、工具の範囲に別のフラッシング媒体出口を省略することによって、工具コストと工具の製造に関して相応の利点を備えながら工具を格段に単純にすることが可能になる。
【0020】
本発明による方法は、サーマルコーティングの準備として、好ましくは円筒形ボア内面の粗面化のために、特にワイヤアーク溶射を使用してよい。特にこの使用目的のために、本発明による方法によって簡単で効率的に水平スピンドルを備えた工作機械に適用できる上述の種類の粗面化は、格段に有利である。なぜならサーマルコーティングの非常に良好な付着が保証されるからである。本方法は、特に非鉄金属、特にアルミニウム又は非鉄金属を含む合金からできた内面に適用できる。とりわけ、非鉄金属、特に軽金属、例えばアルミニウム又はその合金の場合、例えば内燃機関のシリンダ滑り面のサーマルコーティングが決定的に重要である。なぜなら、製造工程及びそれに類することに関する軽金属の利点をなくすことなく、サーマルコーティングによって内燃機関のトライボロジー特性が改善できるからである。特にこの構造には、本発明による方法が特によく適している。
【0021】
すでに何度も言及したとおり、本発明による方法も、本発明による工具も、好ましくは工具を保持するための少なくとも1つの水平スピンドルを備えた工作機械に取り付けられて使用され得る。このような水平スピンドルは、垂直スピンドルを備えた同等の工作機械と比べて単純で低価格である。さらに、水平スピンドルを備えた工作機械は、例えば自動車産業における通常のトランスファーラインで、一般的によく知られており、そのために大きな換装費用をかけることなくこの種類のトランスファーラインで加工を行うことが可能である。また、これによって、やはり製造及び工場計画に関して相乗効果が得られ、それに伴ってはるかに高価な垂直スピンドル付き機械と比べて相応のコストメリットが得られる。
【0022】
本発明による方法及び本発明による工具の別の有利な実施形態については、残りの従属請求項と実施形態に示され、以下で図を使用して詳細に記述される。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】従来技術に係る、円筒形ボアの内面を粗面化するための工具及び方法の模式図である。
図2】本発明の第一の実施形態に係る、円筒形ボアの内面を粗面化するための工具及び方法の模式図である。
図3】本発明の第二の実施形態に係る、円筒形ボアの内面を粗面化するための工具及び方法の模式図である。
図4図3に示された工具の平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
図1には従来技術に係る構造が示されている。工具1は、ここに全体は図示していない工作機械の対応する相手方部品3内の工具ホルダ2の中に収容されている。工具1の中心軸4及び工作機械のスピンドルを示す軸5は、ここでは互いに中心を合わせされて配置されている。工作機械は、垂直に伸びるスピンドルと、それに対応して当該スピンドルの垂直に伸びる軸5とを備えて形成されている。このような工作機械は、垂直スピンドラーとも呼ばれる。工具1自身は、工具ホルダ2と軸方向で対向する側に工具先端6を有している。この工具先端6の範囲には原理的に示されたラジアル切削ヘッド7があり、これは円筒形ボア9の内面8の粗面化のために支承される。内面8の粗面化のためのラジアル切削ヘッド7は、以後簡略化して粗面化刃7と呼ぶ。この円筒形ボアは特に、内燃機関の軽金属合金製、特にアルミニウム合金製の図示されたクランクケース10のシリンダボアである。円筒形ボア9の内面8は、例えばプラズマ溶射又は特にワイヤアーク溶射によるサーマルコーティングのための理想的な準備を行うため、工具1の粗面化刃7によって粗面化される。内面8を粗面化するとサーマルコーティングが非常に良く付着する。なぜならば、持ち上げ及びそれに続く持ち上げられた削りくずの切断が、多数のアンダーカットを備えた表面をもたらし、このアンダーカットによってサーマルコーティングの材料が相応にしっかり絡み合うことができるためである。
【0025】
材料削剥時の、つまり粗面化刃7による内面8の加工時の、Vで示された工具1の送り方向は、工具1が、図示された実施形態では上に配置されているシリンダヘッド見切り面11から、円筒形ボア9内に入り、及びその際に材料削剥が行われる方向である。粗面化の際に生じた削りくず12は、この配置では重力により下へ、円筒形ボア9から出て、クランクシャフトの空間13の方向へ落ちる。従来技術によるこの構造の欠点は基本的に、その構造が、加工中に円筒形ボア9の回転軸と一致する工具1の軸4の図示された位置合わせに、特に工作機械のスピンドルの軸5に限定されることである。工作機械として比較的複雑で高価な垂直スピンドラーを水平スピンドラーと交換したとしたら、この削りくず12は重力によって下へ、クランクケースに落ちることはなくなり、少なくとも一部が、工具1のシャフト20とすでに粗面化された内面8との間に入り、ここで挟み込まれることになる。このことは、工具1を損傷して加工の精度を損なうだけでなく、最悪の場合加工が中断される。いずれにしても、削りくず12が工具1のシャフト20とすでに加工された円筒形ボア9の内面8との間に挟み込まれることによって内面8が損傷し、それによって粗面化された内面8の品質が悪化し、後のサーマルコーティングの付着が悪化しかねない。このことは、重大な欠点となりかねず、そうなればここに記述された構造、ひいては実施される方法は、工作機械として垂直スピンドラーを使用する場合に限定される。
【0026】
図2では、比較できる構造が確認できる。ここではこの工作機械スピンドル軸5が水平に配置されて構成され、それによっていわゆる水平スピンドラーが工作機械として使用できる。これは製造時に決定的な利点をもたらす。なぜなら水平スピンドラーはより単純で堅牢に組み立てることができ、それに相応して安価であるからである。さらに、通常のトランスファーラインにおいては、例えば自動車産業の製造で使用されているように、1つ又は特別な複数のスピンドルを備えた水平スピンドラーが工作機械の普通のタイプとして使用されており、その結果図2に示された構造が単純で安価な製造を可能にしている。これは、送り方向Vを従来技術に従った構造に対して逆向きにすることによって達成される。その他の点では、この構造及び構造の記述に使用されている符号は、ほとんど図1に記述されている内容と一致する。したがって工具1が典型的には偏心して円筒形ボア9内に入るか又は場合によってはクランクシャフトの空間13まで円筒形ボアを通って入ることにより、工具1が円筒形ボア9内に入り込む際の加工が行われず、その結果このことによって、工具1のシャフト20と内面8との間に残ってそこに挟み込まれ得る、削りくず12が落ちることもない。その後で初めて、工具1がその軸4と共に、対応する位置に、特に軸4が円筒形のボア9の軸と一致するように送られる。その後、従来技術でも加工中にその軸4の周りを回転する工具1が、送り方向Vに、この場合は円筒形ボア9から出されることで、本来の加工が始まる。場合によって削りくず12は、ここではシャフト20と円筒形ボア9の内面8との間に落ちるのではなく、せいぜいすでに内面8の粗面化された表面にあるだけであり、この表面にはもはや工具1に覆われることはなく、その結果挟み込み及び場合によって削りくず12のスミアリングが、すでに粗面化された表面では確実に生じない。このことにより、示された方法によれば、スピンドルの水平軸5を備えた加工機上で加工が可能であり、同時にこの方法は当然ながら垂直スピンドルを備えた機械にも基本的に適している。
【0027】
削りくず除去の別の発展によれば、粗面化刃7の範囲にフラッシング媒体出口15を備えたフラッシング媒体ライン14が可能になる。適切なフラッシング媒体の補給により、加工プロセス中に、冷却と生じた削りくず12の吹き飛ばしの両方が保証される。フラッシング媒体は、工具ホルダ2及び工具1のシャフト20を通って、図示していない工作機械を介してそれ自体周知の方法で給送される。従来技術で知られているように、基本的にさまざまなフラッシング媒体、又は冷却及びフラッシング媒体が好適である。油分を含んだエマルジョンの使用は、ここでは特に円筒形ボア9、ねずみ鋳鉄製シリンダライナ又は他の鉄素材の加工に適している。なぜならここでは削りくずの吹き飛ばしと並んで集中的な冷却が必要だからである。しかし、従来の冷却エマルジョンを使用する場合は、後で円筒形ボア9の内面8へのサーマルコーティングが確実に付着するよう、粗面化された表面から残留物を完全に除去するための洗浄に費用がかかる。これは追加的な費用のかかる作業ステップであり、場合によっては望ましくない損傷が粗面化された表面に生じる。それゆえに、特に軽金属合金を加工する場合、フラッシング媒体としてオイルフリーの乾燥又は少なくともほとんど乾燥した圧縮空気か、又は、他の適切なガスを使用することが望ましい。このことにより十分な冷却が軽金属合金加工時に達成され、また、フラッシング媒体が特に、生じた削りくず12を吹き飛ばして、すでに粗面化が完了した表面が削りくず12によって損傷する危険を最小化する役割を担う。
【0028】
図3には、工具1の別の可能な実施形態が図2の表示と同様に示されている。ここでもやはり送り方向はクランクシャフトの空間13からシリンダヘッド見切り面11の方向に伸び、工具1はすでに記述した構造とほぼ同じに仕上げられている。これまで記述した工具1とは異なり、ここに示された工具1はラジアル切削ヘッドとして粗面化刃7を備えているだけでなく、別の、円筒形ボア9の内面8の平滑化のためのラジアル切削ヘッド16を備えている。すでに記述した体系に従い、この内面8の平滑化のためのラジアル切削ヘッド16は、以後簡略化して粗面化刃16と呼ぶ。平滑化刃16は、ここでは粗面化刃7に対して軸方向に間隔を空けており、すなわち平滑化刃16は粗面化刃7と工具ホルダ2との間に配置されている。記述されている送り方向Vは、まず平滑化刃16が円筒形ボア9を囲む材料に食い込み、これを希望の寸法まで平滑化することを示している。こうして所望の寸法まで平滑化が完了した円筒形ボア9の内面8は、次に上述の方法で粗面化刃7によって粗面化される。平滑化刃16と粗面化刃7は、その際に図3の模式図とは異なって実際には軸方向に数ミリメートルだけ互いにずらされて配置されている。このようなコンパクトな構造を適切に実現できるよう、粗面化刃7と平滑化刃16は工具1の円周方向に、角度α分だけ互いにずらして配置されており、これは工具1の工具先端6を上から見た図4の平面図で確認できる。
【0029】
この工具1はやはり、冷却及び/又はフラッシング媒体を給送するためのフラッシング媒体ライン14を有している。フラッシング媒体は、ここでは上述の実施形態と同様に、可能な限りオイルフリーで、かつほとんど乾燥している必要があり、特にそのように処理された圧縮空気である。粗面化刃7と対応するフラッシング媒体出口15は、やはり図2と同様に、粗面化の際に落ちる削りくず12がすでに粗面化された内面8の表面の上を吹き飛ばされ、粗面化削りくず12の挟み込みが生じないように配置されている。なぜならすでに加工された表面は、工具1のシャフト20によってまったく又はほとんど覆われないからである。方向要素を備えた第二のフラッシング媒体出口17は、送り方向に、つまり工具ホルダ2の方向に形成されている。このフラッシング媒体出口17は平滑化刃16と対応しており、圧縮空気を方向付けて給送し、平滑化の際に落ちる平滑化削りくず(以後18の符号で示される)を、シャフト20に沿って円筒形ボア9を通って外へフラッシングする。もしもこの平滑化削りくず18の吹き飛ばしの機能性が損なわれた場合、平滑化削りくず18は内面8とシャフト13との間に相応して挟み込まれ、それにより同様に削りくずのスミアリングと、この範囲の内面8の表面の損傷とが引き起こされかねない。このことは、この範囲がすでに加工されている従来技術による構造の場合とは異なり、ここでは送り方向Vが反対であるために比較的問題とならない。なぜならこの範囲の表面はまだ加工が必要であり、場合により表面の平滑化が損なわれても、平滑化刃16によってそれが再び取り除かれるため、加工の完了後にそのことが加工品質に不利に影響することはもはやないからである。
【0030】
図3にはさらに、別の最適なラジアル切削ヘッド19が示されている。これは工具1の軸方向に見て工具先端6と粗面化刃7との間に配置されており、図4に示されるように、2つの他の刃7、16に対してやはり円周方向にずらして配設されている。ラジアル切削ヘッド19は場合によって残って突出している削りくずを、すでに粗面化された表面の範囲で切断する役割を果たし、突出した削りくず又は十分切断されなカッタ残留削りくずが残ってしまうことを防止する。なぜならこれらは、後で行われるサーマルコーティングから突き出て品質を損なう可能性があるからである。上述の体系に応じて、場合によって残った突出している削りくずを切断するためのラジアル切削ヘッド19は、チョップカッタ19と呼ぶことができる。
【0031】
図4には、軸方向に見て典型的には互いに数ミリメートルずらされて配置されている刃7、16、19が、工具1の円周方向に見てそれぞれ相応する角度だけ互いにずらして配置されていることが示されている。すでに上述したように、この図は粗面化刃7と平滑化刃16との間の角度をαで表している。粗面化刃7とオプションのチョップカッタ19との間の角度は、図4ではβで表している。図の表示とは異なり、個々の刃7、16、19を円周方向に別の任意の順に配置することも当然ながらも可能である。ここで工具1の構造にとって重要なことは、2つの角度α及びβの合計が120°未満、好ましくは最大90°であることである。この、3つすべての刃7、16、19が、又はチョップカッタ19がない場合は2つの刃7、16が、理想的には互いの間に最大90°の角度がある配置により、前もって材料削剥が行われることなく工具1を送り方向Vとは反対に円筒形ボア9内に挿入するために、この工具1が偏心して円筒形ボア9内に位置決めできることが保証される。そうして初めて、工具1が適切に位置決めされ、送り方向Vに材料削剥を行いながら再び円筒形ボア9から出される。
図1
図2
図3
図4