【実施例】
【0048】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明する。
【0049】
[実施例]
清浄な3000系アルミニウム合金基板をジンケート処理し、その上に、電解めっきにより、ニッケル層を0.1μm、0.3μm、0.5μm、0.8μmの4通りの厚さで形成した。さらにその上に、電解めっきにより、厚さ約1μmのスズ層を形成し、ニッケル層の厚さが異なる4通りの実施例にかかる試料片を作成した。
【0050】
[比較例1]
ジンケート処理した3000系アルミニウム合金基板の上に、ニッケル層を形成せず、直接厚さ約1μmのスズ層を電解めっきによって形成し、比較例1にかかる試料片を作成した。
【0051】
[比較例2]
清浄な銅合金基板の表面に、電解めっき法によって、厚さ約1μmのスズ層を形成し、比較例2にかかる試料片を作成した。
【0052】
[試験方法]
(テープ剥離試験)
めっき層と母材との間の密着性を評価するため、テープ剥離試験を行った。つまり、各実施例及び比較例1の試料片の表面に、それぞれ粘着テープを貼り付けた。そして、粘着テープを試料片の表面から剥がし、めっき層がテープによって剥離されたかどうかを目視で確認した。
【0053】
(SEMによる観察)
各実施例及び比較例1の試料片について、表面及び断面の走査電子顕微鏡(SEM)観察を行った。そして、層界面の密着性に注目して構造の評価を行った。
【0054】
さらに、それぞれの試料片を120℃で120時間放置した後(以後この条件を「高温放置」と称する場合がある)、再び断面のSEM観察を行った。これにより、高温放置による層構造の変化を評価した。
【0055】
(接触抵抗の評価)
各実施例及び比較例1、2にかかる試料片について、接触抵抗を四端子法によって測定した。まず、各試料片を用いて、平板状部材と、曲率半径3mmのエンボス状の接点部を形成した部材よりなるモデル接点部を作製した。平板状部材を水平に保持し、鉛直方向からエンボス状接点部の頂部を接触させ、水平方向に摺動させることなく、鉛直方向から接触荷重を印加した。この際、0〜40Nの荷重を増加させる方向及び減少させる方向に往復で印加した。また、接触抵抗測定における開放電圧は20mV、通電電流は10mAとした。
【0056】
各試料片を120℃で120時間放置(高温放置)し、室温に放冷後に、同様に接触抵抗を測定した。そして、高温放置前後の各試料片について、荷重を増加させる方向で5Nの荷重を印加した際に計測された接触抵抗値を比較し、高温放置による接触抵抗値の変化を評価した。
【0057】
[試験結果及び考察]
(テープ剥離試験)
図3に、各試料片について、テープを剥がした状態の写真を示す。(a)のニッケル層を有さない比較例1の場合においては、試料片上のスズ層が部分的に剥離され、テープの粘着面に付着している。一方、ニッケル層を有する各実施例にかかる試料片については、ニッケル層の厚さによらずスズ層及びニッケル層の剥離は起こっていない。
【0058】
つまり、ニッケル層を有さず、スズ層がアルミニウム合金母材上に直接形成されている場合には、スズ層の母材に対する密着性が弱く、スズ層が容易に剥離されてしまうのに対し、ニッケル層が存在することで、スズ層とアルミニウム合金母材との間の密着性が高まり、界面の強度が増大している。
【0059】
(SEMによる観察)
図4に、各試料片の表面及び断面のSEM像を示す。まず、(f)のニッケル層が存在しない場合の断面像を見る。画像下部の暗い部分がアルミニウム合金母材であり、その上の明るい層がスズ層である。アルミニウム合金母材とスズ層の間の界面には、矢印で示したひときわ暗く観察される空洞(ボイド)や、明るく観察される粒状の析出物のような多数の微構造が観察される。このことは、スズ層が母材表面に強く密着していないことを示している。アルミニウム合金/スズ界面の密着性が低いことに対応して、(a)の表面像において、凹凸構造が観察されている。特に画像中央部には、深い欠陥構造が見られる。このようなアルミニウム合金/スズ界面での微視的な密着性の低さが、テープ剥離試験で観察された(
図3(a))スズ層の剥離のしやすさの原因となっている。この密着性の低さは、スズとアルミニウムが合金を形成しないことによるものである。
【0060】
図4(g)〜(j)のニッケル層を有する場合の断面像においては、暗く観察される母材と明るく観察されるスズ層との間に、両者の中間の明るさでニッケル層が観察されている。いずれの画像においても、母材とニッケル層の間の界面及びニッケル層とスズ層の間の界面に、(f)でアルミニウム合金/スズ界面に見られたようなボイドや粒状析出物は観察されていない。このことは、ニッケル層がアルミニウム合金母材とスズ層の双方に強く密着していることを示している。
【0061】
図4(b)〜(e)の表面像においては、(a)の像に見られた大きな欠陥構造のようなものは観察されず、均一な表面が形成されている。また、(b)〜(e)においてはニッケル層が厚くなるほど、小さなスズ粒子が緻密に配置された表面が形成されるようになり、表面の均一性が向上している。つまり、密着性の高い層界面が形成されることにより、最表面が均一になっている。
【0062】
以上において観察されたようなニッケル層と母材及びスズ層との密着性は、ニッケルがアルミニウムとスズの双方と合金を形成していることに起因するものである。この密着性は、テープ剥離試験においてスズ層及びニッケル層の剥離が観測されなかったことと対応している。
【0063】
次に、
図5に各試料片について、高温放置前後の断面像を示す。
図5(a)〜(e)の高温放置前の断面像は、
図4(f)〜(j)のものと同一である。
【0064】
まず、
図5(f)のニッケル層を有さない場合について見ると、高温放置によって、スズ層内部に厚さ方向に走る複数の亀裂が発生している。また、スズ層とアルミニウム合金母材の間の界面ほぼ全域にわたり、ひときわ暗い部分つまりボイドが生じている。これらより、高温放置によって、スズ層のアルミニウム合金母材に対する密着性が一層悪化していることが分かる。初期状態においてもアルミニウム合金母材にあまり密着していなかったスズ層が、高温放置による膨張などによって、さらにアルミニウム合金母材との密着性を失ったものと考えられる。
【0065】
一方、
図5(g)〜(j)のニッケル層を有する場合には、高温放置によって、ニッケル層とスズ層の間に、両層の中間の明るさを有する構造が観察されるようになっている。これは、高温放置によって形成されたニッケル−スズ合金に対応するものである。このニッケル−スズ合金の表面には、合金形成に消費されなかったスズが残っている。また、合金形成に伴い、ニッケル層は消失するか、初期状態よりも厚さが減少している。
【0066】
合金形成は、ニッケル/スズ界面から平坦な層状の構造をとりながら進行しているのではなく、不均一に進行し、各画像中にニッケル−スズ合金層が厚い部分と薄い部分がドメイン状に混在している。これは、ニッケル層からスズ層へのニッケル原子の拡散が面内で均一に起こらないことによるものである。
【0067】
このように、ニッケル−スズ合金の厚さには空間的な分布が存在するが、各断面像において、最表面の大部分にはニッケル−スズ合金よりも明るく観察されるスズ層が残存している。
【0068】
さらに、ニッケル層を有する場合に、高温放置を経た後も、アルミニウム合金母材、ニッケル層、ニッケル−スズ合金層、スズ層の各層の内部に、
図5(f)でスズ層に見られたような亀裂が形成されることはない。また、各層の界面にボイドが発生することもない。つまり、初期状態において、アルミニウム合金/ニッケル界面及びニッケル/スズ界面に高い密着性が付与されていたが、高温放置を経た後も、各層の間に高い密着性が保たれている。
【0069】
(接触抵抗の評価)
図6に、各実施例と比較例1にかかる試料片について初期と高温放置後に測定した荷重5Nにおける接触抵抗値を、ニッケルの膜厚に対して示す。ニッケルの膜厚ごとのプロット点は、5つの同様に作成した試料片に対する測定の平均値であり、エラーバーはそれら5つの試料片についての測定値の分布範囲を示している。なお、データ点の重なりを解消し、見やすくするため、高温放置後の各データ点は、実際のニッケルの膜厚に0.02μmを加えて表示してある。
【0070】
図には同時に、比較例2にかかる銅合金表面にスズめっき層を有する試料片についての結果を併せて示してある。スズめっきを施した銅合金は、コネクタ端子の材料として汎用されているものであり、この試料における接触抵抗値及び高温放置によるその上昇量は、コネクタ端子用材料の接触抵抗値を評価するのに、基準となるものだからである。この試料片は、初期状態においては平均で1.70mΩ、最大で2.18mΩの接触抵抗値を示している。これを高温放置すると、接触抵抗値は平均で1.79mΩ、最大で2.52mΩに上昇している。高温放置によって接触抵抗が上昇するのは、スズめっきに比べ圧倒的な量のある銅合金母材から潤沢な量の銅原子がめっき中に拡散し、高い接触抵抗を有する銅−スズ合金が形成され、最表面に露出されるとともに、表面の酸化が進むからであると考えられる。
【0071】
図6によると、スズ層を有するアルミニウム合金試料片がニッケルめっき層を有さない場合(ニッケル膜厚:0μm)には、初期状態において、平均で0.65mΩと、スズめっきされた銅合金の場合の約1/3の接触抵抗値を有している。しかしながら、高温放置を経ると、接触抵抗値は初期状態の約4倍にまで増大し、スズめっきされた銅合金の場合よりも大きな値となっている。初期状態においては、テープ剥離試験及びSEM観察で明らかになったように、アルミニウム合金/スズ界面の密着性に劣るものの、接触抵抗の増大に寄与するような合金形成が界面において起こらないため、低い接触抵抗が得られていると考えられる。しかし、高温に放置することで、
図5(f)で見られたように亀裂やボイドが発生して界面の密着性が一層悪化し、接触抵抗が増大されているものと考えられる。
【0072】
ニッケル層が形成されている場合にも、その膜厚によらず、ニッケル層が形成されていない場合と同程度の接触抵抗値、つまり銅合金表面にスズ層が形成されている場合の1/3程度の低い接触抵抗値を有する。
図6に示すように、ニッケル層を有する試料片が高温放置を経ても、ニッケル層を有さない場合とは異なり、その接触抵抗値はほとんど変化せず、スズめっきされた銅合金の場合の約1/3の接触抵抗値を保持し続けている。つまり、アルミニウム合金の表面にニッケル層とスズ層が積層された実施例の試料片においては、スズめっきされた銅合金よりも低い接触抵抗値と耐熱性を有し、さらにニッケル層が存在しない場合よりも高い耐熱性を有することが分かる。
【0073】
このように、実施例にかかる試料片が初期状態において低い接触抵抗値を有するのは、テープ剥離試験及びSEM観察で明らかになったように、初期状態において最表面に低い接触抵抗を与える純スズ層が形成されており、さらにニッケル層の存在により、スズ層とアルミニウム合金母材との間の密着性が高められているからである。そして、高い耐熱性を有し、高温放置を経てもその低い接触抵抗値を有する状態が維持されるのは、高温放置を経てニッケル−スズ合金が形成されても、最表面は純スズ層に覆われた状態が維持され、かつ各層の間に高い密着性が維持されること、そしてアルミニウムとスズが合金層を形成せず、これらの合金化で純スズが減量されることがないことによる。
【0074】
実施例にかかる各試料片について、ニッケルの膜厚が上昇するのに伴い、高温放置後の接触抵抗がわずかに上昇する傾向を示しているが、これは、高温放置の際にニッケルと合金化せずに最表面を被覆する純スズ層の厚さが、ニッケル層が厚くなるとともに減少しているため、もしくは最表面での純スズの面積が僅かに減少するためであると考えられる。
【0075】
なお、上記の検討は、接触荷重5Nで計測された接触抵抗の値に基づいてなされたものであるが、全荷重領域にわたり、測定された接触抵抗値は同様の傾向を示した。従って、上記の議論は接触荷重によらず成り立つ。
【0076】
(まとめ)
以上より、アルミニウム合金母材の表面にニッケル層とスズ層を積層した構造によれば、母材に対するスズ層の密着性が高められるとともに、スズ層とニッケル層の厚さを、高温放置によってニッケル−スズ合金が形成された後にも純スズ層が残されるような値に調節しておくことで、高温放置後も接触抵抗値が低い状態、つまり高い接続信頼性が維持されることが明らかになった。
【0077】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。