特許第5949743号(P5949743)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ダイキン工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000002
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000003
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000004
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000005
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000006
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000007
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000008
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000009
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000010
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000011
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000012
  • 特許5949743-電動機制御装置及び電動機制御方法 図000013
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5949743
(24)【登録日】2016年6月17日
(45)【発行日】2016年7月13日
(54)【発明の名称】電動機制御装置及び電動機制御方法
(51)【国際特許分類】
   H02P 23/20 20160101AFI20160630BHJP
【FI】
   H02P23/20
【請求項の数】10
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-262718(P2013-262718)
(22)【出願日】2013年12月19日
(65)【公開番号】特開2015-119592(P2015-119592A)
(43)【公開日】2015年6月25日
【審査請求日】2014年10月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002853
【氏名又は名称】ダイキン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088672
【弁理士】
【氏名又は名称】吉竹 英俊
(74)【代理人】
【識別番号】100088845
【弁理士】
【氏名又は名称】有田 貴弘
(74)【代理人】
【識別番号】100103229
【弁理士】
【氏名又は名称】福市 朋弘
(72)【発明者】
【氏名】日比野 寛
(72)【発明者】
【氏名】小林 直人
【審査官】 宮崎 基樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−018465(JP,A)
【文献】 特開2005−280935(JP,A)
【文献】 特開昭63−257494(JP,A)
【文献】 特開2013−198235(JP,A)
【文献】 特開2003−199214(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 1/00−31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電圧(V)を電動機(9)に与えて前記電動機の速度(ω)を制御する装置であって、
原速度指令(ω**)及び前記電動機に流れる電流(I)に基づいて前記速度指令を求める速度指令補正部(1)と、
前記速度指令に基づいて前記電動機へ前記電圧を与える電動機駆動部(6)と
を備え、
前記電流には所定値(Ith)が設定され、
前記電流が前記所定値よりも大きいとき、前記電流が大きいほど、前記速度指令の時間的な上昇率(dω*/dt)の上限たる上限値(Q)は小さい、電動機制御装置(5)。
【請求項2】
前記電流(I)には前記所定値(Ith)より大きい基準値(Irated)が設定され、
前記電流が前記基準値よりも大きいときの前記上限値(Q)は負であり、
前記電流が前記基準値よりも小さいときの前記上限値は正である、請求項1記載の電動機制御装置(5)。
【請求項3】
前記速度指令補正部(1)は、
前記速度指令(ω*)の所定期間(T0)前の旧値(ω^)を、前記原速度指令(ω**)から差し引いて、原速度指令偏差(Δω^)を得る減算器(101)と、
(a)前記電流(I)から前記上限値(Q)を設定し、(b)前記原速度指令偏差が現時点での前記電流に対応した前記上限値よりも小さい場合には当該原速度指令偏差を速度指令偏差(Δω*)として出力し、(c)前記原速度指令偏差が現時点での前記電流に対応した前記上限値以上の場合には当該上限値を前記速度指令偏差として出力する速度指令偏差計算部(102)と、
前記速度指令偏差と前記旧値とを加算して前記速度指令を得る加算器(103)と
を有する、請求項1または請求項2記載の電動機制御装置(5)。
【請求項4】
前記速度指令補正部(1)は、
前記電流(I)から前記上限値を設定する上限値設定部(105)と、
前記上限値と所定周期(T0)との積を得る乗算器(106)と、
前記速度指令(ω*)の前記所定期間前の旧値(ω^)と、前記積との和を得る加算器(103)と、
前記和及び前記原速度指令(ω**)のうち、小さい方を前記速度指令として出力する選択器(107)と
を有する、請求項1または請求項2記載の電動機制御装置(5)。
【請求項5】
前記上限値(Q)は前記電流の1乗に基づいて設定される、請求項1乃至4のいずれか一つに記載の電動機制御装置(5)。
【請求項6】
前記電流(I)の前記所定値(Ith)を含む一定の範囲において、前記上限値(Q)は前記電流の1乗に対して線形である、請求項5記載の電動機制御装置(5)。
【請求項7】
前記上限値(Q)は前記電流の2乗に基づいて設定される、請求項1乃至4のいずれか一つに記載の電動機制御装置(5)。
【請求項8】
前記電流(I)の前記所定値(Ith)を含む一定の範囲において、前記上限値(Q)は前記電流の2乗に対して線形である、請求項7記載の電動機制御装置(5)。
【請求項9】
電動機(9)の速度(ω)を制御する方法であって、
前記電動機に流れる電流(I)には所定値(Ith)が設定され、
前記電動機の加速により前記電流が前記所定値よりも小さい値から前記所定値を超える値へと増大するときに、前記電流が前記所定値を超える直前での前記速度の時間的な上昇率よりも、前記電流が前記所定値を超えた直後での前記上昇率の方を小さくする、電動機制御方法。
【請求項10】
前記電流(I)が前記所定値(Ith)よりも大きな値(Irated)を超えた場合、前記電動機を減速する、請求項9記載の電動機制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は電動機を制御する方法に関し、特に電動機に供給する電流が過大となることを抑制する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
電動機の回転を制御する方法として、当該電動機に供給する電圧を制御する方法が公知である。そして電動機に流れる電流が過大となることを抑制する方法は、例えば下記特許文献1に紹介されている。
【0003】
また、電動機の回転速度を制御する技術として、いわゆる一次磁束制御が公知であり、例えば非特許文献1,2に紹介されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3972171号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】角、山村、常広、「DCブラシレスモータの位置センサレス制御法」、電気学会論文誌D、平成3年、111巻8号、p.639−644
【非特許文献2】瓜田、山村、常広、「同期駆動型汎用インバータについて」電気学会論文誌D、平成11年、119巻5号、p.707−712
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一次磁束制御では、一次磁束と同相のいわゆるδ軸における電流成分(以下「δ成分電流」と称す)をフィードバック制御し、δ軸に対して所定の進み方向に90度進むいわゆるγ軸における電流成分(以下「γ成分電流」と称す)をフィードバック制御しない。γ成分電流は負荷トルクにより変動するため、γ成分電流の絶対値を常時監視し、γ成分電流の絶対値が許容値を超す場合には角周波数の指令値の上昇(下降)率を段階的に下げ、γ成分電流を許容値内に収める方法が非特許文献1に紹介されている。
【0007】
しかしながら、非特許文献1で提案される方法では、γ成分電流のみを制限しているため、δ成分電流が変動すると、電動機に流れる電流の振幅を制限することは容易ではない。δ成分電流の変動を見込んでγ成分電流の制限をマージンを持って行うと、電流振幅の制限値が実質的に小さくなる。
【0008】
特許文献1で提案される方法では、電流指令値が制限されたことに応答して速度指令値を下げることによって、電動機に流れる電流に所定の範囲を越えさせない。
【0009】
しかし増大していた速度指令値そのものを低下させると加速度の極性が反転するので、電動機と負荷の慣性モーメントが大きい場合、当該慣性モーメントに起因するトルク(イナーシャトルク)の変動が大きく、いわゆるハンチングを起こしやすくなる。また、一次磁束制御では、γ成分電流をフィードバック制御しないのでγ成分電流の指令値が無く、特許文献1の技術をそのまま適用することはできない。
【0010】
本願はかかる観点に鑑みたもので、電流指令値や速度指令値を直接に制御することなく、電流を制限し、慣性モーメントが大きくてもハンチングの発生を抑制する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この発明にかかる電動機制御装置(5)は、電圧(V)を電動機(9)に与えて前記電動機の速度(ω)を制御する装置である。
【0012】
そしてその第1の態様は、原速度指令(ω**)及び前記電動機に流れる電流(I)に基づいて前記速度指令を求める速度指令補正部(1)と、前記速度指令に基づいて前記電動機へ前記電圧を与える電動機駆動部(6)とを備える。
【0013】
前記電流には所定値(Ith)が設定される。
【0014】
前記電流が前記所定値よりも大きいとき、前記電流が大きいほど、前記速度指令の時間的な上昇率(dω*/dt)の上限たる上限値(Q)は小さい。
【0015】
この発明にかかる電動機制御装置の第2の態様では、前記電流(I)には前記所定値(Ith)よりも大きい基準値(Irated)が設定される。前記電流が前記基準値よりも大きいときの前記上限値(Q)は負である。前記電流が前記基準値よりも小さいときの前記上限値は正である。
【0016】
例えば前記速度指令補正部(1)は、前記速度指令(ω*)の所定期間(T0)前の旧値(ω^)を、前記原速度指令(ω**)から差し引いて、原速度指令偏差(Δω^)を得る減算器(101)と、(a)前記電流(I)から前記上限値(Q)を設定し、(b)前記原速度指令偏差が現時点での前記電流に対応した前記上限値よりも小さい場合には当該原速度指令偏差を速度指令偏差(Δω*)として出力し、(c)前記原速度指令偏差が現時点での前記電流に対応した前記上限値以上の場合には当該上限値を前記速度指令偏差として出力する速度指令偏差計算部(102)と、前記速度指令偏差と前記旧値とを加算して前記速度指令を得る加算器(103)とを有する。
【0017】
あるいは前記速度指令補正部(1)は、前記電流(I)から前記上限値を設定する上限値設定部(105)と、前記上限値と所定周期(T0)との積を得る乗算器(106)と、前記速度指令(ω*)の前記所定期間前の旧値(ω^)と、前記積との和を得る加算器(103)と、前記和及び前記原速度指令(ω**)のうち、小さい方を前記速度指令として出力する選択器(107)とを有する。
【0018】
例えば前記上限値(Q)は前記電流の1乗に基づいて設定される。このとき、例えば前記電流(I)の前記所定値(Ith)を含む一定の範囲において、前記上限値(Q)は前記電流の1乗に対して線形である。
【0019】
この発明にかかる電動機制御装置の第3の態様は、その第1の態様または第2の態様であって、前記上限値(Q)は前記電流の2乗に基づいて設定される。このとき、例えば前記電流(I)の前記所定値(Ith)を含む一定の範囲において、前記上限値(Q)は前記電流の2乗に対して線形である。
【0020】
この発明にかかる電動機制御方法は、前記電動機(9)の速度(ω)を制御する方法である。
【0021】
そしてその第1の態様では、前記電動機に流れる電流(I)には所定値(Ith)が設定され、前記電動機の加速により前記電流が前記所定値よりも小さい値から前記所定値を超える値へと増大するときに、前記電流が前記所定値を超える直前での前記速度の時間的な上昇率よりも、前記電流が前記所定値を超えた直後での前記上昇率の方を小さくする
【0022】
この発明にかかる電動機制御方法の第2の態様は、その第1の態様であって、前記電流(I)が前記所定値(Ith)よりも大きな値(Irated)を超えた場合、前記電動機を減速する。
【発明の効果】
【0023】
この発明にかかる電動機制御装置の第1の態様によれば、電流が所定値を超えたときに速度指令の時間的な上昇率の上限が低下するので、電流が過大となることが抑制される。
【0024】
また上昇率に比例して増大する、慣性モーメントに基づいたトルクも小さくなり、電流が大きい領域でのハンチングを抑制し、電流が過大となることが抑制される。
【0025】
しかも電流それ自体に直接の制限を掛ける処理を行う必要がないので、電流に対して補償を行わない電動機制御方法、例えば一次磁束制御にも適用することができる。
【0026】
この発明にかかる電動機制御装置の第2の態様によれば、電流が基準値を超えたときに速度指令が低下するので、電流が基準値を超えた状態は維持されない。
【0027】
この発明にかかる電動機制御装置の第3の態様によれば、測定値から、電流の1乗を求めるための演算が不要である。また電流増加によって急峻に速度の上昇率が制限され、電流を制限するための応答が迅速となる。
【0028】
この発明にかかる電動機制御方法の第1の態様によれば、電流が所定値を超えたときに、電流の時間的な上昇率の上限が低下する。また慣性モーメントが大きくても、速度が高い状態でのハンチングが生じにくい。よって電流が過大となることが抑制される。
【0029】
この発明にかかる電動機制御方法の第2の態様によれば、電流が基準値を超えた状態は維持されない。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】実施の形態において採用される電動機制御装置と、その電気的負荷たる電動機とを示すブロック図である。
図2】速度指令の時間的な上昇率の上限値の、電流の振幅に対する依存性を示すグラフである。
図3】速度指令、速度、振幅、速度指令の時間的な上昇率の上限値、のそれぞれの時間的変動を示すグラフである。
図4】イナーシャトルクに起因した電流の振幅の増大を説明するグラフである。
図5】ハンチングを示すグラフである。
図6】速度指令、速度、振幅、速度指令の時間的な上昇率の上限値、のそれぞれの時間的変動を示すグラフである。
図7】第1の実施の形態にかかる電動機制御装置に採用される速度指令補正部の構成を例示するブロック図である。
図8】第2の実施の形態にかかる電動機制御装置に採用される速度指令補正部の構成を例示するブロック図である。
図9】振幅の二乗値に対して上限値を設定するグラフである。
図10】振幅から上限値を求めるための演算を示すブロック図である。
図11】振幅の二乗値から上限値を求めるための演算を示すブロック図である。
図12】速度指令、速度、振幅、速度指令の時間的な上昇率の上限値、のそれぞれの時間的変動を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
図1は電動機制御装置5と、その電気的負荷たる電動機9とを示すブロック図である。
【0032】
電動機制御装置5は速度指令補正部1と、電圧設定部2と、電圧供給部3と、電流測定部4とを備える。電動機制御装置5は速度指令ω*に基づく電圧Vを電動機9に与え、当該電動機9の速度ωを制御する。
【0033】
電動機9は例えば三相交流電動機であり、電圧V及び電流Iは三相交流である。
【0034】
速度指令補正部1は、原速度指令ω**及び電流Iに基づいて速度指令ω*を求める。ここで原速度指令ω**とは電動機9の速度についての所望の速度であるものの、後述するように、電動機9の速度ωが原速度指令ω**を実現できるとは限らない。電動機9の速度ωは速度指令ω*によって設定される。なお、原速度指令ω**、速度指令ω*、速度ωの正負の符号については、電動機9の機械的負荷が正転している場合に、これら全てを正と定義する。
【0035】
電圧設定部2は速度指令ω*に基づいて、電圧Vの指令値V*を設定する。指令値V*は三相であってもよいし、いわゆるdq回転座標系(d軸は電動機9の界磁と同相であり、q軸はd軸に対して90度進相)やδγ回転座標系(δ軸は一次磁束と同相であり、γ軸はδ軸に対して90度進相)における二相として表されていてもよい。
【0036】
電圧供給部3は指令値V*に基づいて電動機9へ電圧Vを与える。電流測定部4は電流Iから振幅Ia(あるいは振幅Iaの二乗値Ia)を求める。
【0037】
かかる電圧設定部2、電圧供給部3、電流測定部4の動作や構成は公知であるので、詳細な説明は省略する。電圧設定部2、電圧供給部3は両者を合わせて電動機駆動部6として把握することができる。電動機駆動部6は速度指令ω*に基づいて電動機9へ電圧Vを与える機能を担う。なお、一般的に、速度指令ω*が増大した場合、これに従って速度ωを増大させるよう電圧Vを制御すると、電流Iが増大する。
【0038】
下記実施の形態の総括的な考え方は下記(i)(ii)のように表される:
(i)電流Iの振幅Ia(あるいはその実効値、平均値、ピーク値など:以下同様)には所定値Ithが設定され、
(ii) 振幅Iaが所定値Ithよりも大きいとき、振幅Iaが大きいほど、速度指令ω*の時間的な上昇率dω*/dtの上限値(以下、当該上限値を上限値Qとして示す)は小さい。
【0039】
但し、振幅Iaには許容される電流上限値Imaxが存在する。電動機9の制御において振幅Iaが電流上限値Imaxを越えることは望ましくない。過剰な電流は電動機9や電圧供給部3の故障を招来するからである。また電動機9の界磁が永久磁石によって発生する場合には、当該永久磁石の減磁による電動機9の性能低下を招来するからである。
【0040】
例えば振幅Iaが電流上限値Imaxを越える、あるいは一定時間を越えて電流上限値Imaxを採った場合には、電動機駆動部6の電動機9への電圧Vの供給を停止する。かかる観点から、所定値Ithは電流上限値Imaxよりも低く設定される。
【0041】
図2は上限値Qの振幅Iaに対する依存性を示すグラフである。速度指令ω*の時間的な上昇率は、単位時間、例えば電動機制御装置5の制御周期T0当たりの速度指令ω*の増分として把握できる。よって図2においては、速度指令ω*の増分Δωを制御周期T0で除した値を上限値Qとして説明する。
【0042】
振幅Iaが所定値Ith以下では、上限値QはΔωM/T0(>0)に設定される。即ち、振幅Iaが所定値Ith以下では、速度指令ω*は、その上昇率dω*/dtが値ΔωM/T0以下であれば急速に増大することができる。もちろん、増分ΔωMは一定である必要はない。但し、増分ΔωMが一定の大きな値であることは、電動機9の速度ωを、迅速に原速度指令ω**に近づける観点で望ましい。
【0043】
このような特徴(i)(ii)を有する技術によれば、速度ωを上昇させるべく指令値V*を上昇させることによって電流Iの振幅Iaが所定値Ithを超えたとき、速度指令ω*の時間的な上昇率(dω*/dt)の上限値Qが低下する。つまり速度指令ω*は振幅Iaが所定値Ithを超えてから上昇するとき、その上昇率の上限値は、振幅Iaが所定値Ith以下のときと比較して小さい。よって電流Iの振幅Iaが急激に上昇することが無く、当該振幅Iaが過大となることが抑制される。
【0044】
上記(ii)に従って変動する上限値Qが所定値、例えば0を採るときの振幅Iaの値を、基準値Irated(>Ith)とする。この場合、振幅Iaが所定値Ithから基準値Iratedへと増大するにつれ、上限値Qは正であって値ΔωM/T0から0へと減少する。
【0045】
図3は速度指令ω*、速度ω、振幅Ia、上限値Qの時間的変動を示すグラフである。時刻t1以前において振幅Iaが値Ii(<Ith)を採っており、速度ωが速度指令ω*に追従して速度ωiで電動機9が回転している場合を想定している。
【0046】
時刻t1において原速度指令ω**が速度ωiよりも大きな値ωkへ変更されることに伴い、電圧設定部2が速度指令ω*を上昇させ始め、これに追従して速度ωも上昇する。図3では、速度指令ω*に対して速度ωが殆ど時間遅れなく追従している状況を示している。
【0047】
かかる速度ωの上昇を実現するため、電圧供給部3は振幅Iaを値Iiから値I1へと急激に上昇させる。これは速度ωが一定値ωiを採っていた状況から時刻t1において上昇を開始したことによって、イナーシャトルクが急激に増大するからである。
【0048】
一般に、電動機9の運動方程式は下記のように表される:
Te=Tm+J・sω+D・ω+K・ω/s…(1)。
【0049】
但し、電動機9のトルク(電動機トルク)Te、電動機9の機械的負荷のトルク(負荷トルク)Tm、電動機9及びその機械的負荷の慣性モーメント(イナーシャ)J、ダンパ定数D、バネ定数K、微分演算子sを導入した。式(1)の右辺第2項がイナーシャトルクを示す。
【0050】
なお、電動機トルクTeの絶対値は振幅Iaに比例することが周知である。
【0051】
時刻t1から上昇を始めた速度指令ω*は、上限値Q以下の上昇率で、上昇する。時刻t2に至るまでは、振幅Iaは所定値Ithよりも小さい。速度指令ω*は、原速度指令ω**へと速度ωを迅速に近づけることが望ましいので、上限値Q=ΔωM/T0の上昇率で上昇する。
【0052】
その後、振幅Iaは、時刻t2において所定値Ithに至る。但し時刻t2においてもまだ速度指令ω*は原速度指令ω**には到達せず、値ωth(<ω**)を採っている。よって時刻t2以降も速度指令ω*は上昇する。但し、これ以上速度指令ω*を上昇させるためには振幅Iaを所定値Ith以上に大きくする必要がある。そして振幅Iaが所定値Ithを超えるに従って、速度指令ω*の上昇率の上限値QはΔωM/T0から減少する。つまり、速度指令ω*が値ωth(これは振幅Iaが所定値Ithを採るときの速度指令ω*の値である)よりも上昇するほど、その上昇率は低下する。
【0053】
その後、速度指令ω*は上昇し続け、時刻t3において原速度指令ω**に至る。これにより振幅Iaは時刻t3において値Ia**(<Irated)に至り、上昇が止まる。
【0054】
ここでは原速度指令ω**に対応する振幅Iaの値Ia**が基準値Iratedよりも小さい場合を例示しているので、速度指令ω*も原速度指令ω**に等しくなるまで上昇している。また、上限値Qは正の値Δω3/T0(<ΔωM/T0)を採っている。
【0055】
基準値Iratedを固定して考えれば、所定値Ithが基準値Iratedに近いほど、時刻t2は遅くなり、速度ωや振幅Iaの傾きが大きい時間帯が拡がる。
【0056】
上述の通り、イナーシャトルクJ・sωは速度ωの微分値に比例するので、速度ωの上昇が停止したときにはイナーシャトルクJ・sωは大きく低下する。よって速度ωの上昇率は、速度ωの上昇が停止する状況に近づくほど、小さくすることが望ましい。速度ωが速度指令ω*に到達してこれを維持するのに必要な振幅Iaが基準値Irated以下であっても、速度ωが速度指令ω*に到達するまでにイナーシャトルクJ・sωの存在により、振幅Iaが基準値Iratedを越える可能性があるからである。
【0057】
図4は、イナーシャトルクJ・sωに起因した電流振幅の増大を説明するグラフである。速度ωは、時刻t4までは値ω1を、時刻t5から時刻t6までは値ω2を、時刻t7以降は値ω1をそれぞれ採り、時刻t4から時刻t5までは値ω1から値ω2へと単調に増加し、時刻t6から時刻t7までは値ω2から値ω1へと単調に減少する場合が例示されている。
【0058】
式(1)を参照して、電動機9を一定の速度ωで回転させるとき、通常は電動機9の負荷トルクTmが一定であって、振幅Iaも一定である。また速度ωが一定となればイナーシャトルクJ・sωは零である。そしてトルクK・ω/sは実質的には電動機9の回転角に比例するので、その回転周期に鑑みて十分長い時間でみれば(換言すれば一回転中で発生する速度変動が小さければ)、一定値となる。以下では、イナーシャトルクJ・sωに起因した電流振幅の増大に絞って説明するため、トルクD・ω,K・ω/sの影響は小さいとする。
【0059】
時刻t4から時刻t5に向かうに従って、あるいは時刻t6から時刻t7へ向かうに従って、速度ωが上昇すると、負荷トルクTmも変動する。例えば電動機9がファン・ブロワやポンプを駆動する場合、負荷トルクTmは速度ωの2乗に比例する。図4ではそのように負荷トルクTmが変化する場合を例示した。
【0060】
上述のように電動機トルクTeは振幅Iaに比例するので、振幅Iaも、速度ωが値ω1を維持するときには値I2を、速度ωが値ω2を維持するときには値I4を、それぞれ維持する。また、速度ωが値ω1から値ω2へと増大する時刻t4から時刻t5では、電動機トルクTeに対応する分(図4中一点鎖線のグラフ)とイナーシャトルクJ・sωに対応する分との和として、振幅Iaは値I3から値I5まで上昇する。また、速度ωが値ω2から値ω1へと減少する時刻t6から時刻t7では、電動機トルクTeに対応する分とイナーシャトルクJ・sωに対応する分との和として、振幅Iaは値I4から値I7まで低下する。
【0061】
図4において、ハッチングを付した分が、イナーシャトルクJ・sωに対応する分である。もし、イナーシャトルクJ・sωがなければ、振幅Iaは時刻t4から時刻t5において値I2から値I4へと上昇する。図4では速度ωが一定の加速度で上昇/下降する場合を例示しており、また負荷トルクTmは速度ωの2乗に比例する場合を例示しているので、振幅Iaは時刻t4から時刻t5において時間変動の二乗に比例して上昇する。同様に、振幅Iaは時刻t6から時刻t7において値I4から値I2へと時間変動の二乗に比例して下降する。
【0062】
他方、イナーシャトルクJ・sωは、速度ωが上昇/下降する場合、それぞれ正/負の値を採るので、これを考慮した振幅Iaは時刻t4から時刻t5において値I3(>I2)から値I5(>I4)へと上昇し、時刻t6から時刻t7において値I6(<I3)から値I7(<I2)へと下降する。
【0063】
図4では速度ωが加速度一定で上昇、加速度一定で下降する場合を例示しているので、I3−I2=I5−I4が、速度上昇時におけるイナーシャトルクJ・sω分の振幅Iaであり、I6−I4=I7−I2が、速度下降時におけるイナーシャトルクJ・sω分の振幅Iaである。
【0064】
このようにイナーシャトルクJ・sωの存在は、加速時に振幅Iaを増大させるので、速度ωが大きい領域において速度ωが上昇中に振幅Iaが基準値Iratedを越える可能性がある。
【0065】
一般的に、過電流から諸回路を保護するために、振幅Iaが基準値Iratedを越えているか否かを所定期間毎に判断し、越えていると判断されれば、振幅Iaを低下させるべく速度指令ω*を低下させる制御(速度垂下制御)を行うことがある。しかしそうすると、速度垂下制御の後には、振幅Iaが基準値Iratedに至るまでに余裕ができるので、速度指令ω*を上昇させることになる。そしてこれに伴って速度ωが上昇すれば、イナーシャトルクJ・sωに起因して振幅Iaが基準値Iratedを越える。このようなハンチングと呼ばれる現象は、特にイナーシャJが大きい場合に生じやすくなる。
【0066】
図5はかかるハンチングを示すグラフである。速度ωは時刻t4までは値ω1を採っており、時刻t4において速度ωが上昇する場合を示す。速度ωが一定の状態から上昇する際には加速度sωが伴うので、振幅Iaはイナーシャトルクに相当する分だけ値I2から値I3へと増大する。その後、時刻t5において振幅Iaは値I5を採り、速度ωは値ω2を採る(図4と同様:但し簡単のため、負荷トルクTmは速度に比例しているように描いた)。
【0067】
しかし、図5では基準値Iratedが値I5よりも小さい場合を例示している。具体的には時刻t5よりも前の時刻t05において、振幅Iaは基準値Iratedを越えている。速度垂下制御は所定の時間間隔ΔTで行われる。ここでは時刻t5において速度垂下制御を行うかどうかが判断され、振幅Iaが基準値Iratedよりも大きな値I5を採っていることにより、速度垂下制御が行われる。具体的には振幅Iaが基準値Iratedよりも小さく設定される。
【0068】
これにより速度ωは減少し、イナーシャトルクによる減少分も相まって、振幅Iaが急激に低下し、値I8(<Irated)を採る。この後、時刻t6(=t5+ΔT)において再び速度垂下制御を行うかどうかが判断され、振幅Iaが基準値Iratedよりも小さな値I8を採っていることにより、速度垂下制御は解除される。よって時刻t6において再び振幅Iaは増加するが、イナーシャトルクによる増大分も相まって、振幅Iaが急激に増大し、基準値Iratedを越えてしまう。このような動作が時刻t7(=t6+ΔT),t8(=t7+ΔT),t9(=t8+ΔT)において繰り返され、速度ωは時間間隔ΔTで上昇/下降を繰り返し、ハンチングが発生する。
【0069】
しかしながら、図3に示されたように速度指令の上昇率(dω*/dt)の上限値が低下すれば、速度ωの時間微分も小さくなり、イナーシャトルクJ・sωも小さくできる。よって速度ωが大きい領域においても、振幅Iaが基準値Iratedを越える可能性が小さくなる。そして、このようなイナーシャトルクJ・sωの抑制は、ハンチングの抑制という観点で望ましい。特に振幅Iaが大きいときのハンチングが抑制されるので、振幅Iaが過大となることが抑制される。
【0070】
また、上記の技術によれば、振幅Iaそれ自体に直接の制限を掛ける処理を行う必要がないので、振幅Iaに対して補償を行わない電動機制御方法、例えば一次磁束制御にも適用することができる。
【0071】
もちろん、原速度指令ω**が大きい場合には、振幅Iaが基準値Iratedを越えないように、速度指令ω*が原速度指令ω**にまで上昇しないこともあり得る。図6は速度指令ω*が原速度指令ω**にまで上昇しない場合の、速度指令ω*、速度ω、振幅Ia、上限値Qの時間的変動を示すグラフである。
【0072】
時刻t2までは図3と同様に、振幅Ia、速度ωは上昇する。しかし図6に示された場合には、原速度指令ω**に対応した振幅Iaの値Ia**が基準値Iratedよりも大きい。速度指令ω*の上昇率は振幅Iaが基準値Iratedを採る時刻t0において上限値Qは零となるので、速度指令ω*は時刻0以降は上昇せず、基準値Iratedに対応する値ωrを維持する。これにより、速度ωも値ωrを維持する。
【0073】
このような速度指令ω*の振る舞いは、振幅Iaが基準値Irated以上となったときに速度指令ω*が減少する速度垂下制御とは異なる。上述の速度指令ω*の振る舞いは、(外乱による変動は別として)速度垂下制御に至ることを予防する処理であると把握できる。
【0074】
下記実施の形態では、下記(iii)の特徴を有することが望ましい:
(iii)振幅Iaが基準値Iratedよりも大きいときの上限値Qは負である。
【0075】
図2に示された例では、振幅Iaが基準値Iratedから電流上限値Imaxへと増大するにつれ、上限値Qは値0から値Δωm/T0(<0)へと漸減する。このように振幅Iaが基準値Iratedを超えたときに速度指令ω*は低下する(減速する)ので、振幅Iaが基準値Iratedを超えた状態は維持されない。
【0076】
図2に示された例では、振幅Iaが基準値Iratedを採るときの値として上限値Qは0となっている。しかしこのときの上限値Qは正であってもよいし、負であってもよい。例えば、振幅Iaが基準値Iratedを採るときの値として上限値Qが正であれば、振幅Iaが基準値Irated以下では上限値Qが正である。また振幅Iaが基準値Iratedを採るときの値として上限値Qが負であれば、振幅Iaが基準値Irated以上では上限値Qが負である。
【0077】
図2に示された例では、振幅Iaが電流上限値Imax以上であれば、上限値Qは値Δωm/T0を採っている。もちろん、増分Δωmは一定である必要はない。
【0078】
図2に示された例では、上限値Qは、振幅Iaが所定値Ithから基準値Iratedの間において傾きΔωM/[T0・(Ith−Irated)]を、振幅Iaが上限値Iratedから電流上限値Imaxの間において傾きΔωM/[T0・(Irated−Imax)]を、それぞれとっており、見かけ上、これら二つの傾きの値は異なっている。しかし、両者の値を等しく設定してもよい。
【0079】
また、振幅Iaの増大に伴った上限値Qの減少は、必ずしも漸減である必要はない。しかしながら、上述のハンチングの防止の観点からは、振幅Iaが基準値Iratedに近いほどイナーシャトルクJ・sωを小さくすることが望ましい。よって振幅Iaが所定値Ithから基準値Iratedに向かう間、その増大に伴って上限値Qが漸減することが望ましい。
【0080】
以下の実施の形態では、速度指令補正部1の具体的な構成を例示する。
【0081】
第1の実施の形態.
図7は第1の実施の形態にかかる電動機制御装置5に採用される速度指令補正部1の構成を例示するブロック図である。
【0082】
速度指令補正部1は、減算器101と、速度指令偏差計算部102と、加算器103と、遅延素子104とを備えている。
【0083】
遅延素子104は、速度指令ω*の所定期間たる制御周期T0前の旧値ω^を得る。
【0084】
減算器101は、速度指令ω*の旧値ω^を原速度指令ω**から差し引いて、原速度指令偏差Δω^を得る。原速度指令偏差Δω^は、上限値Qを無視したときの制御周期T0における速度指令ω*の増分に相当する。
【0085】
速度指令偏差計算部102は、振幅Iaに基づいて上限値Qを設定する。例えば図2において、増分Δωを原速度指令偏差Δω^と読み替えたグラフに従って、速度指令偏差計算部102が上限値Qを設定する。
【0086】
速度指令偏差計算部102は更に、上限値Qと原速度指令偏差Δω^との比較結果に応じて、速度指令偏差Δω*を出力する。速度指令偏差Δω*は、上限値Qを考慮したときの制御周期T0における速度指令ω*の増分に相当する。
【0087】
具体的には、速度指令偏差計算部102は、
(iv)原速度指令偏差Δω^が現時点での振幅Iaに対応した上限値Qよりも小さい場合には当該原速度指令偏差Δω^を速度指令偏差Δω*として出力し;
(v)原速度指令偏差Δω^が現時点での振幅Iaに対応した上限値Q以上の場合には当該上限値Qを速度指令偏差Δω*として出力する。
【0088】
速度指令ω*の上昇率は速度指令偏差Δω*を制御周期T0で除した値として把握できるので、上記(iv)(v)の処理により、速度指令ω*の上昇率を上限値Q以下にすることができる。
【0089】
加算器103は、上述のように上限が値Q・T0に制限された速度指令偏差Δω*と旧値ω^とを加算して、速度指令ω*を得る。つまりこのようにして得られた速度指令ω*の、旧値ω^に対する増分は速度指令偏差Δω*である。従って、得られた速度指令ω*に基づいて電圧設定部2(図1参照)が動作することにより、振幅Iaや速度ωについての指令値を直接に制御することなく、振幅Iaを制限し、慣性モーメントが大きくてもハンチングの発生が抑制される。
【0090】
第2の実施の形態.
図8は第2の実施の形態にかかる電動機制御装置5に採用される速度指令補正部1の構成を例示するブロック図である。
【0091】
速度指令補正部1は、遅延素子104と、上限値設定部105と、乗算器106と、加算器103と、選択器107とを備えている。
【0092】
上限値設定部105は、第1の実施の形態における速度指令偏差計算部102と同様にして、振幅Iaから上限値Qを設定する。
【0093】
乗算器106は、上限値Qと制御周期T0との積Q・T0を得る。この積は速度指令ω*の制御周期当たりの増分の上限値に相当する。
【0094】
遅延素子104は、速度指令ω*の所定期間たる制御周期T0前の旧値ω^を得る。
【0095】
加算器103は、速度指令ω*の旧値ω^と、積Q・T0との和を得る。これは、速度指令ω*が取り得る上限値に相当する。
【0096】
選択器107は加算器103で得られた和と、原速度指令ω**のうち、小さい方を速度指令ω*として出力する。
【0097】
このような加算器103と選択器107との処理は、以下のように纏められる:
(vi)原速度指令ω**が現時点での振幅Iaに対応した速度指令ω*の上限値(ω^+Q・T0)よりも小さい場合には当該原速度指令ω**を速度指令ω*として出力し;
(vii)原速度指令ω**が現時点での振幅Iaに対応した速度指令ω*の上限値(ω^+Q・T0)以上の場合には、速度指令ω*として上限値(ω^+Q・T0)を出力する。
【0098】
このようにして得られた速度指令ω*の、旧値ω^に対する増分は積Q・T0以下となる。従って、得られた速度指令ω*に基づいて電圧設定部2(図1参照)が動作することにより、振幅Iaや速度ωについての指令値を直接に制御することなく、振幅Iaを制限し、慣性モーメントが大きくてもハンチングの発生が抑制される。
【0099】
第3の実施の形態.
第1の実施の形態における速度指令偏差計算部102も、第2の実施の形態における上限値設定部105も、図2のように振幅Ia(の一乗値)に基づいて上限値Qを設定する例を説明した。しかしながら、振幅Iaに基づいて上限値Qを設定するとしても、振幅Iaに基づいた値である振幅Iaの二乗値Iaに基づいて上限値Qを設定することができる。このような場合について、図1図7図8では、振幅Iaの入力の他、二乗値Iaを入力しても良いことを、丸括弧付きで参照符号「Ia」を付記することで示した。
【0100】
このように、振幅Iaの一乗値ではなく、二乗値Iaに基づいて上限値Qを設定することは、計算処理上、以下のメリットがある。
【0101】
(A)電流測定部4が得る電流の測定値から振幅Iaを求めるには、平方根を含む演算が必要となる。例えば、三相の電流Iから座標変換してα軸電流、β軸電流を求めた場合、これらから振幅Iaを求めるためには、α軸電流の二乗値とβ軸電流の二乗値の和を取った上で、更に当該和の平方根を求めなければならない。しかしながら、平方根を計算するのは演算コスト(メモリ容量・演算時間)が高い。
【0102】
これに対して、振幅Iaの二乗値Iaを求める場合には平方根を計算する必要が無く、乗算と加算のみで処理できる。このため、振幅Iaを求める場合と比較して演算コストが低い。
【0103】
(B)負荷変動などで電流Iが急増した場合、振幅Iaに比べてその二乗値Iaの方が増加の割合が大きい。よって電流Iの増加により速度の上昇率の上限値Qによる制限が急峻に行われることになり、電流Iを抑制する効果が高い。
【0104】
図9は振幅Iaの二乗値Iaに対して上限値Qを設定するグラフである。当該グラフに基づいて、速度指令偏差計算部102も、上限値設定部105も、図9に従って上限値Qを設定することができる。
【0105】
但し、横軸には二乗値Iaを採用しているので、上限値Qのグラフが折れ曲がる位置も、所定値Ith、基準値Irated、電流上限値Imaxのそれぞれの二乗値Ith,Irated,Imaxで選定されることになる。
【0106】
第4の実施の形態.
図10は、本実施の形態において振幅Iaから上限値Qを求めるための演算を示すブロック図である。当該ブロック図の構成は例えば第2の実施の形態の上限値設定部105に採用することができる他、第1の実施の形態の速度指令偏差計算部102に組み込んでもよい。
【0107】
振幅Iaとバイアス設定部105aで設定されたバイアス値との和が求められ、増幅部105bに入力する。当該バイアス値は基準値Iratedに設定され、増幅部105bのゲインはJ/(Ith−Irated)あるいはJ/(Irated−Imax)に選定される。
【0108】
増幅部105bの出力はリミッタ105cに入力する。リミッタ105cは自身に入力した値の上限及び下限をそれぞれ値J,(−J)にして出力する。これにより、リミッタ105cは図2においてΔωM/T0=−Δωm/T0=Jである場合の上限値Qを出力することになる。
【0109】
図11は、本実施の形態において振幅Iaの二乗値Iaから上限値Qを求めるための演算を示すブロック図である。
【0110】
二乗値Iaとバイアス設定部105dで設定されたバイアス値との和が求められ、増幅部105eに入力する。当該バイアス値は基準値Iratedの二乗値Iratedに設定され、増幅部105eのゲインはJ/(Ith−Irated)あるいはJ/(Irated−Imax)に選定される。
【0111】
増幅部105eの出力はリミッタ105fに入力する。リミッタ105fは自身に入力した値の上限及び下限をそれぞれ値J,(−J)にして出力する。これにより、リミッタ105fは図9においてΔωM/T0=−Δωm/T0=Jである場合の上限値Qを出力することになる。
【0112】
上記のようにバイアス値、ゲインを設定することにより、振幅Iaが上限値Ithを含む所定の範囲で、振幅Iaあるいはその二乗値Iaに対して、上限値Qの依存性を線形にできる。
【0113】
変形1.
所定値Ith、基準値Irated、電流上限値Imaxを速度ωに応じて変更しても良い。例えばファン・ブロアやポンプなどの負荷トルクに応じた所定値Ith、基準値Irated、電流上限値Imaxをテーブルや近似式として採用し、速度ωに応じて変更することもできる。あるいは例えば所定の外乱があったときの電流に応じた所定値Ith、基準値Irated、電流上限値Imaxをテーブルや近似式として採用し、速度ωに応じて変更することもできる。テーブルのメモリ容量を減らすため、例えば基準値Iratedのみをテーブルとして採用し、基準値Iratedから所定値Ith、電流上限値Imaxを求めても良い。例えば、基準値Iratedに対して所定の係数を乗じたり、所定の値を加算して所定値Ith、電流上限値Imaxを求めても良い。
【0114】
ファン・ブロアやポンプの負荷トルクは、速度ωの二乗に比例する。よって基準値Iratedとして一定の値を設定すると、低速では外乱が大きくても速度垂下制御されず、高速では外乱が小さくても速度垂下制御されることがあり得る。よって速度ωが小さいほど上限値Iratedを小さく設定することで、所定以上の外乱があった場合に速度垂下制御できる。
【0115】
なお、外乱発生時の動作について説明する。図12は外乱Gを受けた場合の、速度指令ω*、速度ω、振幅Ia、上限値Qの時間的変動を示すグラフである。時刻t20以前において外乱Gは値g1で一定している。また振幅Iaが値Ii(<Ith)を採っており、速度ωが速度指令ω*に追従して速度ωiで電動機9が回転していた。時刻t20において外乱Gの増大が発生し、速度ωと速度指令ω*が原速度指令ω**を維持するべく、時刻t12迄は振幅Iaが上昇する。但し、時刻t11(t20<t11<t12)において振幅Iaが所定値Ithに到達し、上限値Qは低下する。
【0116】
そして時刻t12において振幅Iaが基準値Iratedに達したことにより、上限値Qは負となり、速度垂下制御が行われ、速度指令ω*及びこれに追従する速度ωが低下し始める。その後も、速度垂下制御に必要な振幅Iaは上昇し続けるが、時刻t13において外乱Gはその増大が停止して値g2で一定となり、速度垂下制御に必要な振幅Iaは一定値で足りることとなる。更に、時刻t14において外乱Gの減少が開始し、速度垂下制御に必要な振幅Iaは減少し、時刻t15において振幅Iaは再び所定値Ithに到達する。この時刻t12〜t15の間の速度垂下制御において、上限値Qは減少、一定、増加と変動することになる。
【0117】
時刻t15以降は上限値Qが正となり、速度指令ω*が上昇するが、これに速度ωが追従するために必要な振幅Iaは低下し、やがて外乱Gの減少が停止して値g1で一定となり、時刻t16において、時刻t20以前の状態に復帰する。
【0118】
変形2.
速度垂下制御によって速度ωが所定値以下となった場合には、電圧供給部3の動作を止めてもよい。かかる場合は電動機9の動作が脱調している可能性があり、かかる動作を停止させるためである。例えば図12においては上限値Qはその取り得る最小値Δωm/T0(図2参照)までは到達しなかった場合が例示された。しかしながら、振幅Iaが電流上限値Imaxに到達してしまう場合(つまり上限値Qの絶対値がΔωm/T0に到達した場合)になっても速度ωが低下する場合には、電動機9の動作が脱調している可能性がある。
【0119】
変形3.
速度指令ω*の絶対値の時間的な上昇率d|ω*|/dtの上限値を上限値Qとしても良い。これにより、速度ωが正負両方を採る場合(四象限運転)でも、適切に制御できる。
【0120】
上記の種々の実施の形態や変形は、互いの機能を損なわない限り、適宜に組み合わせることができる。
【符号の説明】
【0121】
1 速度指令補正部
101 減算器
102 速度指令偏差計算部
103 加算器
105 上限値設定部
106 乗算器
107 選択器
4 電流測定部
6 電動機駆動部
9 電動機
I 電流
I (電流の)振幅
Irated (電流の振幅の)基準値
Ith 所定値
Q (速度指令の時間的な上昇率の)上限値
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12