(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5950105
(24)【登録日】2016年6月17日
(45)【発行日】2016年7月13日
(54)【発明の名称】可変カム角を有するリミテッドスリップディファレンシャル装置
(51)【国際特許分類】
F16H 48/22 20060101AFI20160630BHJP
F16H 48/38 20120101ALI20160630BHJP
F16H 48/08 20060101ALI20160630BHJP
【FI】
F16H48/22
F16H48/38
F16H48/08
【請求項の数】1
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-150875(P2012-150875)
(22)【出願日】2012年6月18日
(65)【公開番号】特開2014-1841(P2014-1841A)
(43)【公開日】2014年1月9日
【審査請求日】2015年4月8日
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】511229341
【氏名又は名称】佐藤 良明
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 良明
【審査官】
稲垣 彰彦
(56)【参考文献】
【文献】
特開平7−293665(JP,A)
【文献】
特開平4−107345(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 48/00−48/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンの駆動力が伝達されて回転するディファレンシャルケース内に、プレッシャーリングとディファレンシャルケースとの間に複数のプレッシャープレートを有し、プレッシャーリングに加わる回転方向の駆動力の大きさによってピニオンシャフトがプレッシャーリングを押し広げるカム角が可変するリミテッドスリップディファレンシャル装置において、
平面状の弾性材をプレッシャーリングに掘った保持溝に嵌め込む構造によりカム角可変機構を実現していることを特徴としたリミテッドスリップディファレンシャル装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単一の動力を2つの駆動輪に分配する差動機構を制限するリミテッドスリップディファレンシャル装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在の自動車の多くは、単一のエンジンが発生する駆動力を前または後の2つのタイヤに分配している。自動車が直線を走行する際は、左右のタイヤに均等の駆動力を分配すればよい。しかし、自動車がカーブを曲がる際、内側のタイヤが描く円と外側のタイヤが描く円の大きさが異なるため、エンジンの駆動力を左右のタイヤに対して均等の駆動力を分配すると、スムーズに曲がることができない。
【0003】
通常では内側のタイヤと外側のタイヤを異なる速度で回転(差動)させるための差動ギヤを原理とするディファレンシャル装置を有している。前輪駆動車では前輪軸上に、後輪駆動車では後輪軸上に、ディファレンシャル装置が存在する。4輪駆動車では、前後にディファレンシャル装置を具備するのはもちろん、前後の回転差を吸収するセンターディファレンシャル装置を具備することもある。
【0004】
自動車のカーブ走行をスムーズにするディファレンシャル装置には、2つの問題点がある。駆動軸の片方のタイヤが溝に落ちたり、氷に乗り上げたりして無負荷状態あるいは無負荷に近い状態になった場合、ディファレンシャル装置は、負荷の小さい側のタイヤにエンジンの駆動力をより多く伝達するため、もう一方の地面に接地しているタイヤには駆動力を伝えられない。つまり、ディファレンシャル装置があることにより、脱輪、氷上、ぬかるみによって、一方のタイヤが空回りすると、自動車は前進することができなくなる。これが一つ目の問題である。
【0005】
もう一つの問題は、ディファレンシャル装置を具備するスポーツカーやモータースポーツ用の車がカーブを旋回する際の問題である。スポーツカーやモータースポーツ用の車が、速度の高い状態でカーブを旋回する際、遠心力によって車体が外側に傾き、内側のタイヤが浮き気味となって、接地荷重(抵抗)が減少する。この内側のタイヤの状態は、先の脱輪状態と同様な状態であり、ディファレンシャル装置によってエンジンの駆動力が多く伝達されるため、本来内側のタイヤより多くの駆動力を伝えるべき外側のタイヤには十分な駆動力を与えられないことになる。つまり、ディファレンシャル装置があることにより、スポーツカーやモータースポーツ用の車は、コーナリング中に一時的な推進力を失ってしまうことになる。これが二つ目の問題である。
【0006】
上記の二つの問題を解決するため、ディファレンシャル装置の差動機能を制限する機構を組み込んだリミテッドスリップディファレンシャル装置(以下、「LSD」と呼ぶ)が知られている。様々な原理のLSDが存在しているが、ここでは、従来技術として一般的な機械式と呼ばれるLSDについて、
図1と
図2にて原理と効果を説明する。
【0007】
図1は、左後輪のみが滑りやすい路面にのって、発進しようとしているLSD付の後輪駆動車を描いてある。エンジンの駆動力は、プロペラシャフトによって、LSDに伝えられる。プロペラシャフトにつけられたファイナルピニオンギヤは、LSDのディファレンシャルケースにつけられたリングギヤと噛み合い、LSD本体を回転させる。
【0008】
通常のディファレンシャル装置では、左後輪のみが回転するため、車は発進できない。しかし、LSDの場合、サイドシャフトに固定されているプレッシャープレートとディファレンシャルケースに固定されているプレッシャープレートがギヤオイルを介して面接触による摩擦力を発生しており、左後輪を駆動するサイドシャフトの動作を制限する。この摩擦力をイニシャルトルクと呼ぶ。イニシャルトルクは、上記二種類のプレッシャープレートをコーンプレート(サラバネ)やスプリングによってあらかじめ圧着させて得られる摩擦力で発生させる。以上の原理により、LSD付の自動車では後輪が滑りやすい路面に乗っても、ディファレンシャル装置の差動機能が制限されているため、ゆっくり発進することができる。これがLSDによる一つ目の問題の解決である。
【0009】
図2は、右方向に高速で旋回しようとしているLSD付の後輪駆動のスポーツカーまたはモータースポーツ用の車を描いてある。速度が高いほど、または旋回の回転半径が小さいほど、自動車全体には、円の中心から外側に向かう遠心力が働き、駆動輪である右後輪が浮き気味となり、右後輪の空回りによりエンジンの駆動力が逃げてしまう。LSDには、上述のイニシャルトルクがあるが、高速旋回中はエンジンからの駆動力はイニシャルトルク以上であり、右後輪の空回りを抑えきれない。
【0010】
しかしながら、LSDは、LSDに加えられるエンジンの駆動力に比例して、ディファレンシャル装置の差動機能を制限することができる。LSDのプレッシャーリングにはカム穴が設けられており、エンジンから伝わる駆動力により、プレッシャーリングのカム穴をピニオンシャフトが押し広げようとする。カム穴が押し広げられると、プレッシャーリングとディファレンシャルケースの間にある、二種類のプレッシャープレート間の摩擦力を増加することができる。つまり、LSDは、LSDに加えられるエンジンの駆動力の増加に比例して、二種類のプレッシャープレート間の摩擦力を増加させることにより、ディファレンシャル装置の差動機能を制限している。
【0011】
以上の原理により、LSD付の自動車では、エンジンの駆動力が高い状態を維持しながら高速でカーブを旋回しようとするとき、失速することなく通過することができる。これがLSDによる二つ目の問題の解決である。
【0012】
図3に、LSDのカム穴構造を示す。ダイヤ型のカム穴に、丸の断面を有するピニオンシャフトが挟み込まれている。エンジンのスロットルを開けて加速するときと、エンジンブレーキをかけるときでは、ピニオンシャフトがプレッシャーリングに加える力の方向が180度異なる。つまり、一般的なLSDでは、加速時もエンジンブレーキ時にも差動機能を制限することになる。
【0013】
カーブに進入する自動車は、フットブレーキとエンジンブレーキを使用する。このときLSDは差動ギヤの動作を制限し、左右のタイヤの回転数を合わせようとするため、曲がりにくくなる欠点がでてしまう。このため、エンジンのスロットルを開けて加速するときのカム角と、エンジンブレーキ時のカム角の角度を変える方法が提案されている(特許公開2007−315555)。カム角が広いほど、ピニオンシャフトはプレッシャーリングを押し広げやすく、LSDの効きが良くなる。加速側とエンジンブレーキ側のカム角が同じLSDを2Way、加速側に比べてエンジンブレーキ側のカム角が狭いLSDを1.5Way、エンジンブレーキ側のカム角をゼロにし、加速時のみLSD機能が動作するLSDを1Wayと呼ぶ。
【0014】
図4に、LSDの特性を示す。横軸はLSDに加えられるエンジン出力による駆動トルク、縦軸は、LSDの効きである、差動機能の制限率(ロック率)である。縦軸の100%とは、ディファレンシャル装置のない状態、つまりデフロック状態である。低速走行時にLSDが効きすぎると、交差点等の旋回など日常走行において扱いにくくなる。最低限のイニシャルトルクを確保し、広いカム角を設け、駆動トルクの増加にあわせてLSDの効きが高まることが理想となる。一方、大きなカム角では、日常走行で多用する低速走行時にもLSDが効き始めてしまう。反対に、カム角を狭くすると、低速走行時のLSDの効きは抑えられるが、高速走行時に十分なLSDの効きが得られなくなる。
【0015】
低速走行時と高速走行時のLSD性能要求を満足するためには、
図4の中に示した
39のような特性を満たす必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【特許文献】特許公開2007−315555
【0018】
この構成により、最小限の部品追加で図4の39の特性を実現することは可能であるが、2つの課題が残る。L字状の弾性材は、イニシャルトルクにより、プレッシャーリングとピニオンシャフトで挟まれている。このため、イニシャルトルクが大きければ、想定通りの動作が期待できるが、イニシャルトルクが小さいとき、L字状の弾性材のプレッシャーリングに接している面が“がたつき”を発生する。この場合、カム角の可変特性がエンジンから伝わる駆動力に比例せず、スムーズな動作が期待できない。可変カム角を有するLSDは、低速走行時にLSDのデメリットを全く感じさせないことが目標であり、イニシャルトルクが小さいことが前提である。このため、引用文献1によるL字状の弾性材を用いたLSD構成では、“がたつき“が課題となる。これが一つ目の課題である。二つ目の課題は、弾性材を直角に折り曲げているため、金属疲労により、折り曲げ部分が破断する可能性があることである。
【0019】
本発明で
は、平面状の弾性材をプレッシャーリングに掘った保持溝に嵌め込む機構によりカム穴のカム角の可変機構を実現する。ピニオンシャフトの回転力より
平面状の弾性材が板バネ
として作用する力が強ければ、カム角は小さくなる。一方、エンジン出力に比例して、ピニオンシャフトの回転力が大きくなると、
平面状の弾性材が板バネとして作用する力を押し負かして、カム角を広げることができる。本発明によれば、イニシャルトルクの大小により、
平面状の弾性材が“がたつき“を発生することはない。また、折り曲げ加工をしていない平面状の弾性材であり、金属疲労が特定の箇所に集中することはない。
【0020】
本発明のLSDによれば、低速走行時にはLSDのデメリットを全く感じることなく、エンジン出力が大きい高速走行時には、LSDの性能を十分に引き出すことができる。
【産業上の利用可能性】
【0021】
本発明は、単一の動力を2つの駆動輪に分配する差動機構を制限するリミテッドスリップディファレンシャル装置に関する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】従来のLSDを備えた自動車の原理と効果を示す図である(滑りやすい路面)。
【
図2】従来のLSDを備えた自動車の原理と効果を示す図である(高速の旋回時)。
【
図3】従来のLSDのカム穴構造と動作を示す説明図である。
【
図5】本発明による実施例1のLSDを示す説明図である。
【
図6】
従来技術による可変カム機構を有するLSDを示す説明図である。
【符号の説明】
【0023】
1 後輪駆動の自動車
2 左前輪
3 右前輪
4 エンジン
5 プロペラシャフト
6 左サイドシャフト
7 右サイドシャフト
8 左後輪
9 右後輪
10 リミテッドスリップディファレンシャル装置
11 滑りやすい路面
12 接地加重の減少した右後輪
13 ファイナルピニオンギヤ
14 プレッシャーリング
15a ディファレンシャルケースに固定されたプレッシャープレート
15b サイドシャフトに固定されたプレッシャープレート
16 コーンプレート(サラバネ)
17 左サイドギヤ
18 右サイドギヤ
19 ピニオンシャフト
20 ピニオンギヤ
21 カム穴
22 ディファレンシャルケース
23 リングギヤ
24 加速時のピニオンシャフトの動き
25 減速時のピニオンシャフトの動き
26 プレッシャープレートを押し付ける力
27 加速側のカム角
28 減速側のカム角
29 1.5Way型カム穴
30 1Way型カム穴
31 差動機能の制限率(ロック率)
32 駆動トルク
33 低速走行時の領域(網線の領域)
34 100%
35 デフロックの特性
36 カム角大の特性
37 カム角小の特性
38 イニシャルトルク
39 本発明の特性
40 エンジン出力の小さい低速前進時の動作
41 エンジン出力の大きい時の動作
42 減速時の動作
43 板バネ
44 板バネの保持溝
45 スプリング
46 可変カム
【実施例1】
【0024】
本発明の実施例1を説明する。
図5は、本発明による板バネを使ったカム穴の動作を示している。カム穴は、1Wayの場合を示している。加速側のカム角は大きくしており、その前に板バネを設置してある。加速時には、ピニオンシャフトが板バネを押し開くようになる。低速時には、板バネが少し開くため、カム角が小さい状態と等価となる。さらに、エンジン出力を上げて、ピニオンシャフトが板バネを押し開く力が板バネの力を超えた場合、板バネは本来のカム穴に押し付けられてしまうため、カム角は大きくなる。以上、本発明によれば、プレッシャーリングに板バネを追加するだけで、可変カム角を実現することができ、低速時にLSDのデメリットがなく、高速のコーナリング性能を得ることのできるLSDが実現できる。
【0025】
実施例1のLSDでは、板バネの強さによって、LSDの特性を調整できる。やわらかい板バネであれば、カム角が変化するポイントを低速側にすることができる。反対に、硬いバネであれば、カム角が変化するポイントを高速側にすることができる。
【0026】
以上、1WayのLSDの場合を例に本発明の実施例1を説明したが、1.5Wayまたは2WayのLSDも実現することが可能である。