特許第5950230号(P5950230)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5950230
(24)【登録日】2016年6月17日
(45)【発行日】2016年7月13日
(54)【発明の名称】セラミックス被膜
(51)【国際特許分類】
   C23C 16/48 20060101AFI20160630BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20160630BHJP
【FI】
   C23C16/48
   B23B27/14 A
【請求項の数】3
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2012-190304(P2012-190304)
(22)【出願日】2012年8月30日
(65)【公開番号】特開2014-47381(P2014-47381A)
(43)【公開日】2014年3月17日
【審査請求日】2015年3月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】市川 喬啓
(72)【発明者】
【氏名】津田 圭一
(72)【発明者】
【氏名】後藤 孝
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 暁彦
【審査官】 吉野 涼
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−263913(JP,A)
【文献】 特開2008−100345(JP,A)
【文献】 木村禎一、他, レーザーCVD法による構造傾斜イットリア膜の合成 ,粉体および粉末冶金 ,日本,2005年11月15日,Vol.52, No.11,P.845-850,ISSN:0532-8799
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/00−16/56
B23B 27/14
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1層と第2層とが交互に積層した多層構造を含むセラミックス被膜であって、
前記第1層は、Al23を主成分として含み、
前記第2層は、Al23とZrO2とを主成分として含み、
前記多層構造は、少なくともその一部において積層方向が前記セラミックス被膜全体の厚み方向に対して傾斜しており、かつ樹枝状組織を有する、セラミックス被膜。
【請求項2】
前記第1層および前記第2層は、ともに300nm以下の厚みである、請求項1に記載のセラミックス被膜。
【請求項3】
前記多層構造は、正方晶型ZrO2を含む、請求項1または請求項2に記載のセラミックス被膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラミックス被膜に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミックス被膜は、耐熱性、硬度等に優れることから各種の産業分野において用いられている。たとえば、基材表面をこれにより被覆した表面被覆切削工具では、切削加工の高能率化により、さらに優れた耐熱性および硬度が求められている。
【0003】
酸化ジルコニウム、またはジルコニウムと酸化アルミニウムとを併用したものは耐熱性が優れていることから、このようなセラミックス被膜用の素材として種々のものが提案されている。
【0004】
たとえば、特開2002−239808号公報(特許文献1)は、耐熱セラミックス被膜として酸化ジルコニウム被膜を用いた表面被覆切削工具を開示している。また、特開2009−045729号公報(特許文献2)は、酸化ジルコニウムを酸化アルミニウム層に含有させることにより、酸化ジルコニウムの耐熱性と酸化アルミニウムの高硬度特性を両立させることを目標とした被膜を開示している。また、特開2004−042150号公報(特許文献3)は、ジルコニウムとアルミニウムとの複合酸化物被膜であって、酸化ジルコニウム高含有層と酸化アルミニウム高含有層とを熱CVD法によって積層したセラミックス被膜が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−239808号公報
【特許文献2】特開2009−045729号公報
【特許文献3】特開2004−042150号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の被膜は、酸化ジルコニウム単独で構成されているため、耐熱性は期待されるものの、さらなる硬度の向上が求められる。
【0007】
特許文献2に記載の被膜は、たとえばその図4に示されているように、酸化ジルコニウムが酸化アルミニウム中に一様に分布したような構成とはなっておらず、酸化アルミニウムの結晶粒界に酸化ジルコニウムが偏析したような構成となっている。このため、ある程度の耐熱性の向上は期待されるものの、酸化アルミニウムと酸化ジルコニウムとの結晶の境界にクラックが発生しやすく、十分な硬度を得ることができないと推測される。
【0008】
また、特許文献3の被膜は、熱CVD法により原料ガスを切り替えることで積層構造を形成していることから、成膜条件が不安定となり均一な被膜を得ることが困難であると考えられる。このため、生産効率が劣るばかりではなく、十分な硬度の被膜を得ることができないと推測される。
【0009】
このように、酸化ジルコニウムを含むセラミックス被膜は、酸化ジルコニウム自体が有する優れた耐熱性のため耐熱性の向上は期待されるものの、十分なる硬度を併せ持つものは得られておらず、耐熱性の向上と硬度の向上とを両立させることが求められている。
【0010】
本発明は、このような状況に鑑みなされたものであって、その目的とするところは、耐熱性の向上と硬度の向上とを両立させたセラミックス被膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねたところ、耐熱性の向上と硬度の向上とを両立させるためには、Al23(酸化アルミニウム)とZrO2(酸化ジルコニウム)とを被膜中に共存させ、両者の積層状態を制御することが最も有効であるとの知見を得、この知見に基づきさらに検討を重ねることにより本発明を完成させたものである。
【0012】
すなわち、本発明のセラミックス被膜は、第1層と第2層とが交互に積層した多層構造を含むものであって、レーザーCVD法により形成されており、該第1層は、Al23を主成分として含み、該第2層は、Al23とZrO2とを主成分として含み、該多層構造は、少なくともその一部において、積層方向が該セラミックス被膜全体の厚み方向に対して傾斜していることを特徴とする。
【0013】
ここで、上記多層構造は、樹枝状組織を有することが好ましく、該第1層および該第2層は、ともに300nm以下の厚みであることが好ましい。また、上記多層構造は、正方晶型ZrO2を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明のセラミックス被膜は、上記の構成を有することにより、耐熱性の向上と硬度の向上とを両立させたという優れた効果を示す。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】レーザーCVD成膜装置の概略図である。
図2】実施例3のセラミックス被膜の透過型電子顕微鏡写真である。
図3】実施例3のセラミックス被膜を拡大した透過型電子顕微鏡写真である。
図4】実施例3のセラミックス被膜をさらに拡大した透過型電子顕微鏡写真である。
図5】実施例4のセラミックス被膜の透過型電子顕微鏡写真である。
図6】実施例4のセラミックス被膜を拡大した透過型電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
<セラミックス被膜>
本発明のセラミックス被膜は、第1層と第2層とが交互に積層した多層構造を含むものである。このような多層構造を含む限り、他の付加的な構成(たとえば第1層および第2層以外の層や多層構造以外の構造)を含んでいても差し支えない。
【0017】
このようなセラミックス被膜は、0.5〜20μm、好ましくは5〜15μmの厚みを有することができる。その厚みが0.5μm未満であると、十分な耐熱性および硬度を得られない場合があり、また20μmを超えると、被膜自体が破壊する場合がある。
【0018】
このような本発明のセラミックス被膜は、通常、各種の基材を被覆することにより、耐熱性や硬度が要求される広範な産業分野において用いることができる。たとえば、そのような用途の一例としては、切削工具、機械部品、バルブ等を挙げることができる。
【0019】
また、被覆される基材としては、特に限定されるものではないが、たとえば、窒化アルミニウムなどの各種セラミックス、立方晶窒化ホウ素やダイヤモンドなどの各種焼結体、超硬合金、ガラスなどを挙げることができる。とりわけ、基材として窒化アルミニウム(AlN)を用いた場合に、優れた耐熱性の向上と硬度の向上とを達成することができる。
【0020】
<第1層>
本発明の第1層は、Al23を主成分として含むことを特徴とする。ここで、「Al23を主成分として含む」とは、X線回折で第1層中にAl23の存在が確認でき、かつ第1層に含まれる全金属原子に対してAlを99原子%以上含むことを意味する。第1層中に含まれる全金属原子に対するAlのより好ましい含有量は、99.5原子%以上である。
【0021】
なお、本発明において「金属原子」とは、水素、ヘリウム、ネオン、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドン、フッ素、塩素、臭素、ヨウ素、アスタチン、酸素、硫黄、セレン、テルル、窒素、リン、ヒ素、アンチモンおよび炭素以外の元素の原子のことをいう。
【0022】
このように本発明の第1層は、そのほとんどがAl23で構成されていることを意味し、不可避不純物を除きAl23のみで構成されていてもよい。しかしながら、このような第1層は、Al23以外にZrO2を含むこともでき、このようにZrO2を含んでいたとして本発明の範囲を逸脱するものではない。
【0023】
このような第1層は、300nm以下の厚みを有することが好ましく、150nm以下の厚みを有することがより好ましい。300nmを超える厚みを有すると、第2層と多層構造を構成したとしても第1層単独の特性が示される傾向を示し、耐熱性と硬度との両立が困難となる場合がある。一方、厚みの下限は、1nm以上とすることが好ましい。厚みが1nm未満であると、第1層自体が安定して存在することができない場合があるからである。
【0024】
<第2層>
本発明の第2層は、Al23とZrO2とを主成分として含むことを特徴とする。ここで、「Al23とZrO2とを主成分として含む」とは、X線回折で第2層中にAl23とZrO2との存在が確認できるとともに、第2層中の全金属原子に対してAlを40原子%以上90原子%以下含み、Zrを10原子%以上60原子%以下含み、かつ両者の合計で99原子%以上含むことを意味する。第2層中に含まれる全金属原子に対するAlのより好ましい含有量は50原子%以上80原子%以下であり、Zrのより好ましい含有量は20原子%以上50原子%以下であり、かつ両者の合計含有量は99.5原子%以上である。このような第2層は、不可避不純物を除きAl23とZrO2とのみにより構成されていてもよい。
【0025】
このような第2層は、300nm以下の厚みを有することが好ましく、150nm以下の厚みを有することがより好ましい。300nmを超える厚みを有すると、第1層と多層構造を構成したとしても第2層単独の特性が示される傾向を示し、耐熱性と硬度との両立が困難となる場合がある。一方、厚みの下限は、1nm以上とすることが好ましい。厚みが1nm未満であると、第2層自体が安定して存在することができない場合があるからである。
【0026】
<多層構造>
本発明の多層構造は、上記の第1層と第2層とが交互に積層した構成を有し、少なくともその一部において、積層方向がセラミックス被膜全体の厚み方向に対して傾斜していることを特徴とする。そして、このような多層構造は、樹枝状組織を有することが好ましい。
【0027】
ここで、「第1層と第2層とが交互に積層した」とは、第1層と第2層とが各1層ずつ交互に繰り返し積層される構造を意味する。また、「積層方向がセラミックス被膜全体の厚み方向に対して傾斜している」とは、多層構造を構成する第1層と第2層とをそれぞれ平面と仮定した場合に、各平面に垂直な直線(すなわちこの直線の方向が積層方向となる)とセラミックス被膜全体の厚み方向に平行な直線とが、同一平面上にある場合、ある角度を持って交差する状態をいう。換言すれば、当該セラミックス被膜が、ある基材上に形成される場合、セラミックス被膜全体としては基材表面に対して平行に形成されるが、それに含まれる多層構造は基材表面に対して平行に形成されないことをいう。
【0028】
また、「樹枝状組織」とは、以下の図2図6に示されるように、互いに異なる積層方向を有する複数の積層単位が混在する状態を意味する。換言すれば、このような積層単位をラメラ構造として捉えるならば、本発明の多層構造は、複数の異なったラメラ構造を有することができ、各ラメラ構造の積層方向はセラミックス被膜の厚み方向に対して互いに異なった角度を持つものとなる。
【0029】
本発明のセラミックス被膜は、このような構造の多層構造を含むことにより、耐熱性の向上と硬度の向上とを両立させたものであるが、これは恐らくこのような多層構造において、第1層および第2層が、上記のような特定の厚みでかつ特定の積層方向で交互に積層されたことにより、各層単独の特性よりも両層によって奏される相乗的特性が優位に発現されるためであると推測される。すなわち、バルク状のセラミックス被膜中に、第1層および第2層が互いにセカンダリーフェーズとして均質に存在することにより耐破壊性が向上し、亀裂の伝播等が抑制されたことにより、結果的に硬度が向上したと考えられ、酸化ジルコニウムが本来的に有する耐熱性と相俟って、これら両者の特性が高度に発現されたものと推測される。
【0030】
この点、上記の第1層と第2層とは、ともに300nm以下の厚みを有することが好ましい。なお、第1層と第2層の各厚みは、互いに異なっていてもよいし、同じであってもよい。
【0031】
また、このような多層構造は、正方晶型ZrO2を含むことが好ましい。このような正方晶型ZrO2を含むことにより、硬度の向上が顕著となるからである。正方晶型ZrO2は、通常室温では不安定であり安定的に存在し得ないものであるが、上記のような構成の多層構造とすることにより安定化されたものと考えられる。とりわけ、この正方晶型ZrO2の安定化には、詳細なメカニズムは不明ながら本発明の多層構造としたことによりAl23が関与しているものと推測される。
【0032】
このような正方晶型ZrO2は、本発明の多層構造中に含まれる限り、第1層中に含まれていてもよいし第2層中に含まれていてもよく、その含有部位は限定されない。
【0033】
なお、セラミックス被膜全体の厚みおよび第1層と第2層との厚みが、それぞれ上記の範囲となる限り、多層構造を構成する第1層と第2層との積層数は特に限定されるものではないが、通常、各1層〜10000層、より好ましくは各50層〜1500層とすることができる。また、当該多層構造を構成する第1層と第2層との境界は、たとえば図4に示すようにTEM(透過型電子顕微鏡)観察により、拡大した明視野像のコントラストにより確認することができる。
【0034】
また、当該多層構造において、積層の開始と終了は、第1層であってもよいし、第2層であってもよく、特に限定されることはない。
【0035】
<製造方法>
本発明のセラミックス被膜は、レーザーCVD(化学蒸着)法により形成されることを特徴とする。レーザーCVD法は、化学蒸着法の一種であり、たとえば図1に概略を示したようなレーザーCVD成膜装置1を用いて実行することができる。このようなレーザーCVD法は、レーザーCVD成膜装置1のチャンバー14内に導入した原料ガスの励起にレーザーを用いることを特徴とする。
【0036】
具体的には、たとえばレーザーCVD成膜装置1において、ガス流量制御装置2を通してキャリアガスであるアルゴン(Ar)ガスを投入し、ヒーター室5によりAl23形成用原料を気化させ、気化したAlがArガスとともにノズル7へと送られる。同様にして、ガス流量制御装置3を通してキャリアガスであるArガスを投入し、ヒーター室6によりZrO2形成用原料を気化させ、気化したZrがArガスとともにノズル7へと送られる。一方、ノズル7へは、ガス流量制御装置4を通して酸素ガスも送られる。
【0037】
そして、ノズル7からチャンバー14内へ投入されたAl、Zr、および酸素ガスは、水晶窓10を通して照射されるレーザー9により励起され、加熱ステージ11上に置かれた基材13の表面に堆積され、本発明のセラミックス被膜が形成される。
【0038】
なお、加熱ステージ11には、熱電対12が取り付けられており、チャンバー14内の温度(すなわち成膜温度)がモニターされる。また、チャンバー14内のガスは、真空ポンプ8により排気される。
【0039】
ここで、気化されるAl23形成用原料としてはアルミニウムアセチルアセトナート(aluminum acetylacetonate、Al(acac)3)を用いることができ、気化されるZrO2形成用原料としてはジルコニウムジピバロイルメタナート(zirconium dipivaloylmethanato、Zr(dpm)4)またはジルコニウムアセチルアセトナート(zirconium acetylacetonate、Zr(acac)4)を用いることができる。
【0040】
基材としては、多結晶窒化アルミニウム(AlN、形状:12mm×12mm×1mm)を用いることができる。
【0041】
また、Al23形成用原料を気化させる温度(Al気化温度)は400〜500Kとすることができ、ZrO2形成用原料を気化させる温度(Zr気化温度)は400〜500Kとすることができる。キャリアガス(Arガス)の流量は50〜125sccmとすることができ、酸素ガスの流量は100〜200sccmとすることができる。
【0042】
また、チャンバー内の圧力(成膜圧力)は100〜200Paとすることができ、チャンバー内の温度(成膜温度)は700〜1400Kとすることができる。
【0043】
さらに、レーザーとしては半導体レーザー(波長:808nm、連続発振モード)を用いることができ、レーザー出力は60〜200Wとすることができる。
【0044】
なお、Al気化温度およびZr気化温度を高くすると、原料気化量が増加し、それに応じて対応する組成がセラミックス被膜中で増加することとなる。すなわち、気化量と被膜組成とは一致すると考えられる。一方、レーザー出力を増加すると、成膜温度が上昇し、それに応じて成膜速度が増加する。
【0045】
このようにして本発明のセラミックス被膜(すなわち多層構造)は、レーザーCVD法により好適に製造される。
【実施例】
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0047】
<実施例1〜4>
図1の構成を有するレーザーCVD成膜装置を用いて、レーザーCVD法により本発明のセラミックス被膜を基材(多結晶窒化アルミニウム(AlN)、形状:12mm×12mm×1mmの板状)上に形成した。レーザーCVD法の詳細は上記に示した通りであり、その具体的条件を以下の表1に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
<比較例1〜2>
比較例のセラミックス被膜として、従来公知の熱CVD法により酸化アルミニウム被膜(比較例1)および酸化アルミニウムと酸化ジルコニウムとの複合酸化物被膜(比較例2)を実施例と同じ基材上にそれぞれ形成した。熱CVD法の具体的条件を以下の表2に示す。
【0050】
【表2】
【0051】
<被膜構造の特定>
上記のようにして得られた実施例および比較例の各セラミックス被膜について、以下の特定を行なった。
【0052】
すなわち、各セラミックス被膜について、透過型電子顕微鏡(商品名:「Topcon EM−002B」、トプコン社製)、走査型電子顕微鏡(商品名:「SU−6600」、Hitachi社製)、およびエネルギー分散型X線分析装置(商品名:「INCA Energy」、OXFORD INSTRUMENTS社製)を用いて、多層構造の有無、第1層および第2層の厚み、組成および結晶構造、ならびに合計層数、全体厚み、全体組成を確認した。その結果を表3に示す。
【0053】
【表3】
【0054】
表3中、第1層および第2層の欄が空欄になっているものは、多層構造が確認されなかったことを示す。すなわち、実施例1〜4は多層構造が確認できたが、比較例1〜2は多層構造が確認できなかった。なお、第1層および第2層の厚みは、明確な多層構造を示す部分について測定し、その平均値とした。
【0055】
また、第1層の組成は、第1層の全金属原子に対するAlの原子%(at%)を示し、第2層の組成は、第2層の全金属原子に対するAlの原子%(at%)とZrの原子%(at%)とを示す(「Al/Zr(at%)」の欄の数値はこれを意味している)。
【0056】
なお、第1層および第2層の結晶構造については、透過型電子顕微鏡のX線回折パターンによる測定に加えて、実施例1および2についてはX線回折装置(商品名:「Rigaku RAD−2C」、リガク社製)を用いたθ−2θ法による確認も実施した。表3中、「α−Al23」はα型Al23が観察されたこと、「γ−Al23」はγ型Al23が観察されたこと、「t−ZrO2」は正方晶型ZrO2が観察されたこと、「m−ZrO2」は単斜晶型ZrO2が観察されたことをそれぞれ示す。なお、実施例3におけるm−ZrO2とt−ZrO2との比率(X線回折の強度比)は、m−ZrO2:t−ZrO2=1:1であった。
【0057】
また、「合計層数」は、2〜3μm程度の厚みを有して明確な積層構造を示す部分について積層数を計測し、1μm当りの積層数を算出することにより、これをセラミックス被膜全体の厚みに換算した数値を記載した。
【0058】
また、「全体厚み」とはセラミックス被膜全体の厚みを示し、「全体組成」とはセラミックス被膜全体における全金属原子に対するAlの原子%(at%)とZrの原子%(at%)とを示す。
【0059】
なお、実施例3および実施例4のセラミックス被膜の多層構造の透過型電子顕微鏡写真を図2図6に示す。
【0060】
図2は、基材22上に形成された実施例3のセラミックス被膜21を示している。図2中の左下のゲージ(1μm)により、セラミックス被膜21は約7.5μmの厚みを有し、積層方向がセラミックス被膜全体の厚み方向に対して傾斜している多層構造が含まれていることが分かる。また、その多層構造が樹枝状組織を有していることも認められる。
【0061】
図3は、図2のセラミックス被膜部分を拡大したものであり、多層構造が第1層(白色〜淡色)と第2層(灰色〜黒色)とを交互に積層したものであることが認められる。図4は、図3をさらに拡大したものであり、左下のゲージ(50nm)より、第1層が40〜60nmの厚みを有し、第2層が20〜30nmの厚みを有することが認められる。このように、本発明の第1層と第2層とは、異なった厚みを有していてもよい。
【0062】
一方、図5は、基材32上に形成された実施例4のセラミックス被膜31を示している。図6は、図5のセラミックス被膜部分を拡大したものであり、多層構造が図3と同様の樹枝状組織を有していることが確認できる。
【0063】
なお、実施例1および実施例2のセラミックス被膜も、図2図6と同様の構造を有していることを確認した。
【0064】
すなわち、各実施例のセラミックス被膜は、第1層と第2層とが交互に積層した多層構造を含むセラミックス被膜であって、レーザーCVD法により形成されており、第1層は、Al23を主成分として含み、第2層は、Al23とZrO2とを主成分として含み、多層構造は、少なくともその一部において、積層方向がセラミックス被膜全体の厚み方向に対して傾斜しており、樹枝状組織を有することを確認した。
【0065】
一方、比較例2の複合酸化物被膜は、特許文献2の図4のような構成を有するものであり、Al23とZrO2とが偏析しており本発明のような多層構造は確認できなかった。
【0066】
<物性評価>
実施例および比較例の各セラミックス被膜について、以下の物性評価を行なった。
【0067】
<熱浸透率>
熱物性顕微鏡(商品名:「TM3」、BETHEL社製)を用いて、サーモリフレクタンス法により各セラミックス被膜の熱浸透率を測定した。その結果を以下の表4に示す。熱浸透率が低いものほど耐熱性に優れていることを示す。
【0068】
<硬度>
マイクロビッカース硬度計(商品名:「自動微小硬さ試験システムAAV−502」、株式会社アカシ製)を用いて、各セラミックス被膜の硬度を測定した。その結果を以下の表4に示す。数値が高いものほど硬度が高いことを示す。
【0069】
<亀裂の有無>
走査型電子顕微鏡(商品名:「S−3100H」および「S−3400」、Hitachi社製)を用いて、各セラミックス被膜中に亀裂が発生しているか否かを被膜断面を観察することにより確認した。その結果を以下の表4に示す。「無」とは亀裂が発生していないことを示し、「有」とは亀裂が発生していることを示す。
【0070】
【表4】
【0071】
表4より明らかなように、各実施例のセラミックス被膜は、ZrO2単独の硬度(文献値:1200mHV)よりも高い硬度を示し、またAl23単独(比較例1)の耐熱性よりも優れた耐熱性を示した。また、被膜中に亀裂の発生は、確認されなかった。
【0072】
よって、本発明のセラミックス被膜が、耐熱性の向上と硬度の向上とを両立させたという優れた効果を示すものであることは明らかである。
【0073】
なお、比較例2のセラミックス被膜は、Al23とZrO2との複合酸化物被膜であるが、Al23とZrO2とが偏析しており、その粒界に亀裂が発生するために、硬度は劣っていた。すなわち、亀裂の発生していない箇所での硬度は比較的高いものであったが(表4に記載の数値参照)、多数の亀裂が発生しており、その亀裂箇所における硬度は測定できず、被膜全体としての硬度は実施例に比し劣っていた。
【0074】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0075】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0076】
1 レーザーCVD成膜装置、2,3,4 ガス流量制御装置、5,6 ヒーター室、7 ノズル、8 真空ポンプ、9 レーザー、10 水晶窓、11 加熱ステージ、12 熱電対、13 基材、14 チャンバー、21,31 セラミックス被膜、22,32 基材。
図1
図2
図3
図4
図5
図6