【実施例】
【0030】
以下の本発明を実施例に基づいて説明する。
[実施例1〜4]
以下に示すようにして、実施例1〜4に係る摺動部材を製造した。平板状(50×50×10mm)のシリコンブロックからなる基材の表面に公知のプラズマCVD装置により摺動部材の摺動面に非晶質炭素被膜を82nmの厚さで被覆した。なお、本実施形態では、このような膜厚の非晶質炭素被膜を成膜したが、これは、以下に示す比較例1〜4の非晶質炭素被膜も同様である。
【0031】
非晶質炭素被膜を形成した摺動部材を用いて、
図1に示す製造装置により直線偏光されたレーザパルスを照射して表面加工を行った。フェムト秒レーザシステムとして、サイバーレーザー社製IFRITを用い、波長800nm、パルス幅180fs、パルスエネルギー最大1.0mJ、周波数1.0kHzのレーザパルスを直線偏光制御し、焦点距離f=2000mmの放物鏡で集光し、150mW〜410mWのレーザ出力で大気中の摺動部材の非晶質炭素被膜の表面に垂直に照射した。レーザパルスのスポット面積は2.497μm
2であった。レーザパルスのフルーエンスをアブレーション閾値近傍の0.04J/cm
2〜0.09J/cm
2に設定し(具体的には、実施例1〜4の順に、0.04J/cm
2、0.06J/cm
2、0.08J/cm
2、0.09J/cm
2)、毎秒1000パルスでレーザパルスを照射しながらステージ移動速度を8mm/sに調整することで照射動作を調整した。そして、副走査方向のずらし量を60μmに設定した。なお、レーザパルスの各フルーエンスは、レーザ出力を変えることで調整した。
【0032】
[比較例1〜4]
実施例1と同じようにして、摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、比較例1は、非晶質炭素被膜の表面にパルスレーザを照射していない摺動部材、比較例2〜4は、パルスレーザとしてフェムト秒レーザを用い、順に0.02J/cm
2、0.10J/cm
2、0.16J/cm
2のフルーエンスで照射した摺動部材を作製した点である。
【0033】
<表面観察>
実施例2、3、比較例4に係る摺動部材の非晶質炭素被膜の表面を顕微鏡で観察した。
図3(a)は、実施例2のフルーエンス0.06J/cm
2でパルスレーザを照射した摺動部材の表面を顕微鏡で観察したときの写真図、(b)は、実施例3のフルーエンス0.08J/cm
2でパルスレーザを照射した摺動部材の表面を顕微鏡で観察したときの写真図、(c)は、比較例4のフルーエンス0.16J/cm
2でパルスレーザを照射した摺動部材の表面を顕微鏡で観察したときの写真図である。
【0034】
[結果1]
実施例2および3に係る摺動部材は、全て、非晶質炭素被膜の表面(摺動面)が周期性を有した表面とはなっていなかった。一方、パルスレーザとしてフェムト秒レーザを用い、フルーエンス0.16J/cm
2のもの(比較例4)は、非晶質炭素被膜の表面(摺動面)が周期構造となり、その周期構造は、偏光方向Eに対して直角方向に形成されていた。
【0035】
<摩擦・摩耗試験>
リング・オン・プレート試験装置を用いて非晶質炭素被膜の摺動試験を行った。実施例1〜3および比較例1〜4に係る摺動部材(直径45mm)のプレート試験片として用いた。リング外径25.6mm、内径20mm、高さ18mmの材質FC230からなるリング試験片を製作した。プレート試験片の摺動面(非晶質炭素被膜が被覆された表面)と、リング試験片の端面とを接触させ、60℃±1に加温した、粘度14.8mm
2/sのパラフィン系鉱油(添加剤なし)を潤滑油として供給しながら、周速度2m/秒、面圧を4.4MPa、滑り距離10.000mmの摩擦・摩耗試験を行い、摩擦係数を測定した。この結果を
図4に示す。なお、
図3にも、摩擦係数の結果を合わせて示した。
【0036】
[結果2]
実施例1〜3に係る摺動部材の摩擦係数は、比較例1、2に係る摺動部材(フルーエンス0J/cm
2(レーザパルスを照射していない)、0.02J/cm
2)の摩擦係数よりも、低い結果となった。この結果から、フルーエンスが、0.04J/cm
2未満では、非晶質炭素被膜の表面の改質(グラファイト化)が十分でなかったと考えられる。さらに、比較例3に係る摺動部材(フルーエンス0.10J/cm
2)の摩擦係数は低かったが、摺動面を観察すると、実施例1に係る摺動部材に比べて摩耗量が大きかった。さらに、比較例4に係る摺動部材(フルーエンス0.16J/cm
2)の摺動面を観察すると、実施例1に係る摺動部材に比べて摩耗量が大きく、摩擦係数も大きくなった。このような結果、比較例3に係る摺動部材(フルーエンス0.09J/cm
2を越えたパルスレーザを照射した場合)の表面は、周期的な構造の摺動面となっているため、非晶質炭素被膜の摩耗が促進され易くなったと考えられる。
【0037】
このような結果、パルスレーザとしてフェムト秒レーザを用い、0.04J/cm
2〜0.09J/cm
2のフルーエンスで照射することにより、非晶質炭素被膜の表面が周期性を有した表面とならず、かつ、非晶質炭素被膜の内部から表面に進むにしたがって炭素密度が傾斜的に低くなり、耐摩耗性を高めつつ低摩擦化を図ることができる摺動部材を得ることができると考えられる。
【0038】
<密度測定試験>
実施例2に係る摺動部材(フルーエンス0.06J/cm
2)と、比較例1に係る摺動部材(レーザパルスを照射していない)ものに対して、中性子反射法により、炭素の原子数密度を測定した。具体的には、
図5および表1に示す条件で、中性子ビーム源のビームを、離間して配置されたスリット1、2を介して摺動部材の摺動面(非晶質炭素被膜が形成された表面)に照射し、得られた散乱ベクトルから散乱長密度Nbを求めた。なお、散乱長密度Nbは、原子数密度N(個数/cm
3)に比例する値であり、Nと核散乱振幅b(cm)の積で与えられる。核散乱振幅bは、元素固有の値(既知)であるため、解析からNbが求まっている場合、原子数密度が算出できることになる。この結果を、表2に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
[結果3]
表2に示すように、実施例2の摺動部材の如くパルスレーザを照射した場合には、非晶質炭素被膜の内部から表面に進むにしたがって炭素密度が傾斜的に低くなっていることが確認できた。さらに、実施例2に係る非晶質炭素被膜は、パルスレーザを照射することにより、膜厚(体積)が増加していることがわかった。これらの結果から、摺動面に被覆された非晶質炭素被膜にパルスレーザを照射することにより、摺動面に近づくにしたがって非晶質炭素材料のグラファイト化が促進されたと考えられる。
【0042】
<ラマン測定試験>
実施例2に係る摺動部材(フルーエンス0.06J/cm
2)と、実施例3に係る摺動部材(フルーエンス0.08J/cm
2)と、比較例4に係る摺動部材(フルーエンス0.16J/cm
2)に対して、ラマン分光測定装置(日製エレクトロニクス株式会社製LABRAM、レーザースポット径2μm)を用いて、ラマン強度比を測定した。なお、これらの摺動部材に対しては、パルスレーザを照射前、上述した摩擦・摩耗試験(摺動試験)後においても、ラマン散乱ピーク強の強度比(ID/IG)(以下「ラマン強度比」という)を測定した。
【0043】
[結果4]
表3に示すように、いずれの場合にも、パルスレーザを照射後には、ラマン強度比が増加しており、パルスレーザを照射することにより、非晶質炭素被膜の表層がグラファイト化していることがわかる。そして、ラマン分光測定において、sp
2結合に基づいて1355cm
−1に現れるラマン散乱ピーク強度(ID)及びsp
3結合に基づいて1590cm
−1に現れるラマン散乱ピーク強度(IG)の強度比(ID/IG)を、照射処理前後と、摺動試験後で比較した場合、実施例2、3は変化がない(摩耗無し)に対して、比較例4は、摺動後に構造が変化する(摩擦しやすい)ことがわかる。
【0044】
【表3】