特許第5950401号(P5950401)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5950401
(24)【登録日】2016年6月17日
(45)【発行日】2016年7月13日
(54)【発明の名称】摺動部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20160630BHJP
【FI】
   C23C26/00 M
【請求項の数】1
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2012-204727(P2012-204727)
(22)【出願日】2012年9月18日
(65)【公開番号】特開2014-58720(P2014-58720A)
(43)【公開日】2014年4月3日
【審査請求日】2015年2月25日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100105463
【弁理士】
【氏名又は名称】関谷 三男
(74)【代理人】
【識別番号】100160668
【弁理士】
【氏名又は名称】美馬 保彦
(72)【発明者】
【氏名】新吉 隆利
(72)【発明者】
【氏名】不破 良雄
(72)【発明者】
【氏名】岩井 善郎
(72)【発明者】
【氏名】本田 知己
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−168845(JP,A)
【文献】 特開2010−215950(JP,A)
【文献】 特開2003−268531(JP,A)
【文献】 Naoki Yasumaru et al.,Frictional properties of diamond-like carbon, glassy carbon and nitrides with femtosecond-laser-induced nanostructure,Diamond & Related Materials,20 (2011),542-545
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00−30/00
C23C 14/00−16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動面に被覆された非晶質炭素被膜にパルスレーザを照射して、前記非晶質炭素被膜を改質する摺動部材の製造方法であって、
前記摺動部材の製造方法は、前記非晶質炭素被膜の表面が周期性を有した表面とならず、かつ、前記非晶質炭素被膜の内部から表面に進むにしたがって炭素密度が傾斜的に低くなるような出力に調整したパルスレーザを、前記非晶質炭素被膜の表面に照射するものであり、
前記パルスレーザとしてフェムト秒レーザを用い、
前記非晶質炭素被膜の表面に対して、前記パルスレーザの照射領域が重なるように、前記照射領域を一定の間隔でずらしながら、0.04J/cm〜0.09J/cmのフルーエンスで、前記非晶質炭素被膜に前記パルスレーザを照射することを特徴とする摺動部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軸受、ピストンといった機械部品の摺動面に用いられるに好適な摺動部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、自動車において、エンジン、トランスミッションなど様々な機器に摺動部材が用いられており、これらの摺動部材の摺動抵抗を低減してエネルギー損失を減らし、地球環境の保護のための今後の燃費規制に対応すべく、様々な研究開発が進められている。たとえば、このような研究開発の1つに、摺動部材の耐摩耗性を向上させると共に低摩擦特性を得るために、その摺動面にコーティングを行う技術があるが、近年、このコーティング材料として、非晶質炭素被膜が注目されている。
【0003】
非晶質炭素被膜は、ダイヤモンドの炭素構造及びグラファイトの炭素構造が混在した構造となっており、ダイヤモンドの如き耐摩耗性を有するとともに、グラファイトの如き固体潤滑性を有する。
【0004】
例えば、非晶質炭素被膜の内部から摺動面にいくに従い硬度が低くなるように、摺動面に形成された非晶質炭素被膜にパルスレーザを照射する摺動部材の製造方法が提案されている(たとえば引用文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−168845号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の如く、非晶質炭素被膜の表面にパルスレーザを照射することにより、非晶質炭素被膜の表層は、改質されてグラファイト化されることになるが、発明者らの後述する実験によれば、特許文献1に示す方法で、パルスレーザを照射した場合には、非晶質炭素被膜の炭素の一部が除去されて、非晶質炭素被膜の摺動面が周期性を有した表面になってしまうことがある。この結果、周期性を有した表面は、上述した如くグラファイト化しているので、その表面は摩耗し易く、摺動時間の経過に伴い摩擦係数も高くなる傾向にある。
【0007】
本発明はこのような点を鑑みて成されたものであり、その目的とするところは、非晶質炭素被膜の表面にパルスレーザを照射することにより、耐摩耗性を高めつつ低摩擦化を図ることができる摺動部材の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を鑑みて本発明に係る摺動部材の製造方法は、摺動面に被覆された非晶質炭素被膜にパルスレーザを照射して、前記非晶質炭素被膜を改質する摺動部材の製造方法であって、前記非晶質炭素被膜の表面が周期性を有した表面とならず、かつ、前記非晶質炭素被膜の内部から表面に進むにしたがって炭素密度が傾斜的に低くなるような出力に調整したパルスレーザを、前記非晶質炭素被膜の表面に照射することを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、パルスレーザを非晶質炭素被膜に照射することにより、その摺動面は、グラファイト化することにより、内部の非晶質炭素被膜よりも低密度となるので、摺動部材の摩擦係数を低減することができる。さらに、摺動部材の摺動面は周期性を有しないので、周期性を有するものに比べて、耐摩耗性を向上させることができる。
【0010】
さらに、好ましい態様としては、前記パルスレーザとしてフェムト秒レーザを用い、0.04J/cm〜0.09J/cmのフルーエンスで照射する。このような範囲のフルーエンスで、パルスレーザを照射することにより、非晶質炭素被膜の表面が周期性を有した表面とならず、かつ、前記非晶質炭素被膜の内部から表面に進むにしたがって炭素密度が傾斜的に低くなるような摺動部材を容易に製造することができる。
【0011】
すなわち、フルーエンスが、0.04J/cm未満の場合には、摺動面のグラファイト化(炭素の低密度化)が十分に促進されず、摺動部材の低摩擦を期待することができず、0.09J/cmを越えた場合には、摺動面が周期的な摺動面となり、非晶質炭素被膜の摩耗が促進され易くなる。
【0012】
ここで、「パルスレーザ」とは、出力光強度が時間的に変化して一定の持続時間だけ発振するレーザのことであるが、本明細書では、特にパルス幅が10−9秒〜10−15のレーザをパルスレーザと称する。そして、「フルーエンス」(fluence)とは、レーザの1パルス当りの出力エネルギーを照射断面積で割って求めたエネルギー密度(J/cm)である。一般に、レーザを材料表面に照射することで材料表面が蒸散する現象が生じるエネルギー密度の最小値(アブレーション閾値)近傍の低いフルーエンスの範囲で、パルスレーザを照射すれば熱影響がほとんど生じないことが知られている。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、非晶質炭素被膜の表面にパルスレーザを照射することにより、耐摩耗性を高めつつ低摩擦化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の摺動部材の製造方法を実施するための製造装置に関する概略構成図である。
図2】平板状の摺動部材表面に対するパルスレーザの照射動作を示す説明図である。
図3図3(a)は、実施例2のフルーエンス0.06J/cmでパルスレーザを照射した摺動部材の表面を顕微鏡で観察したときの写真図、(b)は、実施例3のフルーエンス0.08J/cmでパルスレーザを照射した摺動部材の表面を顕微鏡で観察したときの写真図、(c)は、比較例4のフルーエンス0.16J/cmでパルスレーザを照射した摺動部材の表面を顕微鏡で観察したときの写真図。
図4】実施例1〜3および比較例1〜3に係る摺動部材の摩擦・摩耗試験の結果を示した図。
図5】密度測定試験の原理を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る実施形態について詳しく説明する。
【0016】
まず、摺動部材の基材を準備する。摺動部材の基材は、摺動時において非晶質炭素被膜との密着性を確保することができるような材質および表面硬さであれば、金属、セラミック又は樹脂など特に限定されるものではなく、この摺動部材と摺動する他方の摺動部材も、この非晶質炭素被膜に対して極端に表面硬さが低く、摺動時に摩耗し易いものでなければ、その材質は特に限定されるものではない。
【0017】
次に、摺動部材の摺動面に非晶質炭素被膜が被覆されるように、プラズマPVD法、スパッタリング法、真空蒸着法、非平衡マグネトロンスパッタリング法など物理気相成長法、または、プラズマCVD法又はアークイオンプレーティング法などの化学気相成長法を利用して、非晶質炭素被膜を成膜する。なお、非晶質炭素被膜が摺動部材の摺動面に形成できるのであれば、特にその成膜方法は、限定されるものではない。
【0018】
また、この非晶質炭素被膜中に、Si、Ti、Cr、Fe、W、Bなどの添加元素を含有させてもよく、このような元素を添加することにより、被膜の表面硬さを調整することもできる。
【0019】
摺動部材の摺動面に形成される非晶質炭素被膜の膜厚は、3μm〜30μmが好ましい。3μmより薄いと摩耗により非晶質炭素被膜が除去されるおそれがあり、30μmより厚いと非晶質炭素被膜が内部圧縮応力の影響を受け易い。
【0020】
次に、摺動面に被覆された非晶質炭素被膜にパルスレーザを照射する。具体的には、図1に示す製造装置を用いて、パルスレーザを照射する。製造装置は、パルスレーザシステム1、シャッタ2、レーザ制御ユニット3、反射ミラー4及び5、凹面反射鏡6、3軸ステージ7を少なくとも備えている。凹面反射鏡6による集光以外に、石英等からなるレンズを用いてレーザを集光させてもよい。
【0021】
パルスレーザシステム1は、フェムト秒レーザを発振する公知のパルスレーザシステムが用いられる。なお、フェムト秒レーザ以外のパルスレーザを使用することもできる。すなわち、非晶質炭素被膜が熱的、機械的な影響により変質しない範囲で局所的に高密度のエネルギーを加えることが可能であれば改質層を形成することができることから、非晶質炭素被膜の状態(層厚、基材の材料等の外部環境)によっては、例えばピコ秒(10−9秒〜10−12秒)レーザやナノ秒(10−6秒〜10−9秒)レーザといったパルスレーザを発振するパルスレーザシステムを使用してもよい。
【0022】
フェムト秒レーザシステム1から発振されたレーザパルスは、シャッタ2を通過してレーザ制御ユニット3に入射される。レーザ制御ユニット3では、レーザパルスの波長を変換するとともに偏光制御を行う。偏光制御では、直線偏光(縦方向・横方向)及び円偏光を必要に応じて行う。直線偏光にすると、細長い溝部が周期的に形成された微細構造となり、円偏光にすると、粒状突起部が周期的に形成された微細構造となる。
【0023】
レーザ制御ユニット3から出射されたレーザパルスは、反射ミラー4及び5により反射されて凹面反射鏡(放物鏡)6に入射して集光されるようになる。そして、集光されたレーザパルスは、3軸ステージ7の試料台に設置された摺動部材Mの非晶質炭素被膜の表面(摺動面)に照射される。
【0024】
3軸ステージ7は、試料台を取り付けたZ軸ステージ及びZ軸ステージを取り付けたXY軸ステージを備えており、制御装置8からの制御信号に基づいてXY軸ステージ及びZ軸ステージを移動させて摺動部材Mの非晶質炭素被膜の表面(摺動面)の照射位置を移動させるようにする。
【0025】
本実施形態では、摺動部材Mを移動させてレーザパルスを照射するようにしているが、レーザパルスの発振及び光学系を含む装置側を移動させるようにしてもよく、また両方を移動させて摺動部材M表面の照射位置を位置決めするようにしてもよい。
【0026】
図2は、平板状の摺動部材M表面に対するパルスレーザの照射動作を示す説明図である。この例では、主走査方向をZ軸にとり、副走査方向をX軸にとっている。照射位置を1つの円で示しており、円内が照射領域となっている。主走査方向に照射する場合には、Z軸方向に所定の速度でZ軸ステージを移動させて行う。その際に主走査方向Z1に照射スポットが重なり合いながら(具体的には、隣接する円の中心と円周の一部が一致するように重なり合いながら)帯状に摺動部材M表面が照射されるようにする。
【0027】
主走査方向Z1について照射した後、XY軸ステージにより摺動部材MをX軸方向にずらす。その際に主走査方向Z1の照射領域と重なり合うように副走査方向に位置決めする。この例では照射領域を示す円の半径分だけ副走査方向にずらすようにしており、そのため、次の主走査方向Z2の照射領域と主走査方向Z1の照射領域が重なり合うように位置決めされる。そして、主走査方向Z2に主走査方向Z1と同様に所定の速度で照射位置を移動させながら照射動作が行われる。以後、副走査方向にずらしながら主走査方向に照射動作を繰り返すことで、基板T表面には満遍なく複数回の照射動作が行われるようになる。
【0028】
レーザパルスの照射スポットの中心部と周辺部では、照射エネルギーに差が生じることから、適宜照射スポットの重なり合う部分を調整して照射領域全体の照射エネルギーがほぼ均一になるように設定する。この際に、パルスレーザにより前記非晶質炭素被膜の表面が周期性を有した表面とならず(非晶質炭素被膜の一部がパルスレーザにより除去されないよう)、かつ、前記非晶質炭素被膜の内部から表面に進むにしたがって炭素密度が傾斜的に低くなるような出力に調整したパルスレーザを、前記非晶質炭素被膜の表面に照射する。
【0029】
より具体的には、本実施形態では、従来知られたパルスレーザによる照射とは異なり、パルスレーザとしてフェムト秒レーザを用い、0.04J/cm〜0.09J/cmのフルーエンスで照射する。すなわち、発明者らの実験によれば、フェムト秒レーザを発振する公知のパルスレーザシステムを用いた場合、このような範囲でパルスレーザを照射することにより、非晶質炭素被膜の一部がパルスレーザにより除去されないため、非晶質炭素被膜の表面が周期性を有した表面とならず、かつ、非晶質炭素被膜の内部から表面に進むにしたがって炭素密度が傾斜的に低くなることがわかった。すなわち、フルーエンスが、0.04J/cm未満の場合には、摺動面のグラファイト化(炭素の低密度化)が十分に促進されず、摺動部材の低摩擦を期待することができず、0.09J/cmを越えた場合には、パルスレーザにより非晶質炭素被膜の一部が除去されることにより摺動面が周期的な摺動面となり、非晶質炭素被膜の摩耗が促進され易くなる。
【実施例】
【0030】
以下の本発明を実施例に基づいて説明する。
[実施例1〜4]
以下に示すようにして、実施例1〜4に係る摺動部材を製造した。平板状(50×50×10mm)のシリコンブロックからなる基材の表面に公知のプラズマCVD装置により摺動部材の摺動面に非晶質炭素被膜を82nmの厚さで被覆した。なお、本実施形態では、このような膜厚の非晶質炭素被膜を成膜したが、これは、以下に示す比較例1〜4の非晶質炭素被膜も同様である。
【0031】
非晶質炭素被膜を形成した摺動部材を用いて、図1に示す製造装置により直線偏光されたレーザパルスを照射して表面加工を行った。フェムト秒レーザシステムとして、サイバーレーザー社製IFRITを用い、波長800nm、パルス幅180fs、パルスエネルギー最大1.0mJ、周波数1.0kHzのレーザパルスを直線偏光制御し、焦点距離f=2000mmの放物鏡で集光し、150mW〜410mWのレーザ出力で大気中の摺動部材の非晶質炭素被膜の表面に垂直に照射した。レーザパルスのスポット面積は2.497μmであった。レーザパルスのフルーエンスをアブレーション閾値近傍の0.04J/cm〜0.09J/cmに設定し(具体的には、実施例1〜4の順に、0.04J/cm、0.06J/cm、0.08J/cm、0.09J/cm)、毎秒1000パルスでレーザパルスを照射しながらステージ移動速度を8mm/sに調整することで照射動作を調整した。そして、副走査方向のずらし量を60μmに設定した。なお、レーザパルスの各フルーエンスは、レーザ出力を変えることで調整した。
【0032】
[比較例1〜4]
実施例1と同じようにして、摺動部材を作製した。実施例1と相違する点は、比較例1は、非晶質炭素被膜の表面にパルスレーザを照射していない摺動部材、比較例2〜4は、パルスレーザとしてフェムト秒レーザを用い、順に0.02J/cm、0.10J/cm、0.16J/cmのフルーエンスで照射した摺動部材を作製した点である。
【0033】
<表面観察>
実施例2、3、比較例4に係る摺動部材の非晶質炭素被膜の表面を顕微鏡で観察した。図3(a)は、実施例2のフルーエンス0.06J/cmでパルスレーザを照射した摺動部材の表面を顕微鏡で観察したときの写真図、(b)は、実施例3のフルーエンス0.08J/cmでパルスレーザを照射した摺動部材の表面を顕微鏡で観察したときの写真図、(c)は、比較例4のフルーエンス0.16J/cmでパルスレーザを照射した摺動部材の表面を顕微鏡で観察したときの写真図である。
【0034】
[結果1]
実施例2および3に係る摺動部材は、全て、非晶質炭素被膜の表面(摺動面)が周期性を有した表面とはなっていなかった。一方、パルスレーザとしてフェムト秒レーザを用い、フルーエンス0.16J/cmのもの(比較例4)は、非晶質炭素被膜の表面(摺動面)が周期構造となり、その周期構造は、偏光方向Eに対して直角方向に形成されていた。
【0035】
<摩擦・摩耗試験>
リング・オン・プレート試験装置を用いて非晶質炭素被膜の摺動試験を行った。実施例1〜3および比較例1〜4に係る摺動部材(直径45mm)のプレート試験片として用いた。リング外径25.6mm、内径20mm、高さ18mmの材質FC230からなるリング試験片を製作した。プレート試験片の摺動面(非晶質炭素被膜が被覆された表面)と、リング試験片の端面とを接触させ、60℃±1に加温した、粘度14.8mm2/sのパラフィン系鉱油(添加剤なし)を潤滑油として供給しながら、周速度2m/秒、面圧を4.4MPa、滑り距離10.000mmの摩擦・摩耗試験を行い、摩擦係数を測定した。この結果を図4に示す。なお、図3にも、摩擦係数の結果を合わせて示した。
【0036】
[結果2]
実施例1〜3に係る摺動部材の摩擦係数は、比較例1、2に係る摺動部材(フルーエンス0J/cm(レーザパルスを照射していない)、0.02J/cm)の摩擦係数よりも、低い結果となった。この結果から、フルーエンスが、0.04J/cm未満では、非晶質炭素被膜の表面の改質(グラファイト化)が十分でなかったと考えられる。さらに、比較例3に係る摺動部材(フルーエンス0.10J/cm)の摩擦係数は低かったが、摺動面を観察すると、実施例1に係る摺動部材に比べて摩耗量が大きかった。さらに、比較例4に係る摺動部材(フルーエンス0.16J/cm)の摺動面を観察すると、実施例1に係る摺動部材に比べて摩耗量が大きく、摩擦係数も大きくなった。このような結果、比較例3に係る摺動部材(フルーエンス0.09J/cmを越えたパルスレーザを照射した場合)の表面は、周期的な構造の摺動面となっているため、非晶質炭素被膜の摩耗が促進され易くなったと考えられる。
【0037】
このような結果、パルスレーザとしてフェムト秒レーザを用い、0.04J/cm〜0.09J/cmのフルーエンスで照射することにより、非晶質炭素被膜の表面が周期性を有した表面とならず、かつ、非晶質炭素被膜の内部から表面に進むにしたがって炭素密度が傾斜的に低くなり、耐摩耗性を高めつつ低摩擦化を図ることができる摺動部材を得ることができると考えられる。
【0038】
<密度測定試験>
実施例2に係る摺動部材(フルーエンス0.06J/cm)と、比較例1に係る摺動部材(レーザパルスを照射していない)ものに対して、中性子反射法により、炭素の原子数密度を測定した。具体的には、図5および表1に示す条件で、中性子ビーム源のビームを、離間して配置されたスリット1、2を介して摺動部材の摺動面(非晶質炭素被膜が形成された表面)に照射し、得られた散乱ベクトルから散乱長密度Nbを求めた。なお、散乱長密度Nbは、原子数密度N(個数/cm)に比例する値であり、Nと核散乱振幅b(cm)の積で与えられる。核散乱振幅bは、元素固有の値(既知)であるため、解析からNbが求まっている場合、原子数密度が算出できることになる。この結果を、表2に示す。
【0039】
【表1】
【0040】
【表2】
【0041】
[結果3]
表2に示すように、実施例2の摺動部材の如くパルスレーザを照射した場合には、非晶質炭素被膜の内部から表面に進むにしたがって炭素密度が傾斜的に低くなっていることが確認できた。さらに、実施例2に係る非晶質炭素被膜は、パルスレーザを照射することにより、膜厚(体積)が増加していることがわかった。これらの結果から、摺動面に被覆された非晶質炭素被膜にパルスレーザを照射することにより、摺動面に近づくにしたがって非晶質炭素材料のグラファイト化が促進されたと考えられる。
【0042】
<ラマン測定試験>
実施例2に係る摺動部材(フルーエンス0.06J/cm)と、実施例3に係る摺動部材(フルーエンス0.08J/cm)と、比較例4に係る摺動部材(フルーエンス0.16J/cm)に対して、ラマン分光測定装置(日製エレクトロニクス株式会社製LABRAM、レーザースポット径2μm)を用いて、ラマン強度比を測定した。なお、これらの摺動部材に対しては、パルスレーザを照射前、上述した摩擦・摩耗試験(摺動試験)後においても、ラマン散乱ピーク強の強度比(ID/IG)(以下「ラマン強度比」という)を測定した。
【0043】
[結果4]
表3に示すように、いずれの場合にも、パルスレーザを照射後には、ラマン強度比が増加しており、パルスレーザを照射することにより、非晶質炭素被膜の表層がグラファイト化していることがわかる。そして、ラマン分光測定において、sp結合に基づいて1355cm−1に現れるラマン散乱ピーク強度(ID)及びsp結合に基づいて1590cm−1に現れるラマン散乱ピーク強度(IG)の強度比(ID/IG)を、照射処理前後と、摺動試験後で比較した場合、実施例2、3は変化がない(摩耗無し)に対して、比較例4は、摺動後に構造が変化する(摩擦しやすい)ことがわかる。
【0044】
【表3】
【符号の説明】
【0045】
M 摺動部材
1 パルスレーザシステム
2 シャッタ
3 レーザ制御ユニット
4 反射ミラー
5 反射ミラー
6 凹面反射鏡
7 3軸ステージ
8 制御装置
図1
図2
図3
図4
図5