特許第5950497号(P5950497)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5950497電池ケース用アルミニウム合金板及び電池ケース
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5950497
(24)【登録日】2016年6月17日
(45)【発行日】2016年7月13日
(54)【発明の名称】電池ケース用アルミニウム合金板及び電池ケース
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20160630BHJP
   C22F 1/00 20060101ALI20160630BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20160630BHJP
   H01M 2/02 20060101ALI20160630BHJP
【FI】
   C22C21/00 L
   C22F1/00 623
   C22F1/00 630A
   C22F1/00 630K
   C22F1/00 630M
   C22F1/00 661Z
   C22F1/00 673
   C22F1/00 682
   C22F1/00 683
   C22F1/00 685Z
   C22F1/00 686
   C22F1/00 691A
   C22F1/00 691B
   C22F1/00 691C
   C22F1/00 692A
   C22F1/00 694A
   C22F1/04 B
   H01M2/02 A
   H01M2/02 F
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2011-15824(P2011-15824)
(22)【出願日】2011年1月27日
(65)【公開番号】特開2012-82506(P2012-82506A)
(43)【公開日】2012年4月26日
【審査請求日】2013年9月2日
【審判番号】不服2015-3885(P2015-3885/J1)
【審判請求日】2015年2月27日
(31)【優先権主張番号】特願2010-206113(P2010-206113)
(32)【優先日】2010年9月14日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100100974
【弁理士】
【氏名又は名称】香本 薫
(72)【発明者】
【氏名】松本 剛
(72)【発明者】
【氏名】小林 一徳
【合議体】
【審判長】 鈴木 正紀
【審判官】 木村 孔一
【審判官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−134069(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C21/00-21/18
C22F1/00
C22F1/04-1/057
H01M2/02
H01M2/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mn:0.8〜1.5質量%、Cu:0.05〜0.2質量%、Si:0.05〜0.6質量%、Fe:0.05〜0.7質量%を含有し、Znが0.05質量%以下、Mgが0.05質量%以下、Tiが0.04質量%未満、Bが10質量ppm未満に規制され、残部がAl及び不可避的不純物からなり、肉厚が0.5mm以上である、溶け込み深さが0.25mm以上のパルスレーザー溶接に使用されるパルスレーザー溶接性に優れた電池ケース用アルミニウム合金板。
【請求項2】
請求項1に記載された電池ケース用アルミニウム合金板からなることを特徴とする電池ケース本体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池ケース等に用いられる電池ケース用アルミニウム合金板及び電池ケースに関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話やノート型パーソナルコンピュータ等の電源として、リチウムイオン二次電池が広く使用されている。この二次電池の外装であるケース(以下、適宜、電池ケースという)の材料には、従来、電池の小型化及び軽量化、そして電池ケース(主として電池ケース本体)に成形するための加工性(成形性)等を満足するためアルミニウム合金材が用いられている。
【0003】
携帯電話やノートパソコンの電池においては、電池の膨れが問題となるため、高い強度を得るためにAl−Mn系合金をベースにCu、Mgを多量に添加した合金が開発されている(特許文献1参照)。しかし、携帯電話等の電池と異なり、車両用の電池ケースは軽量化が望まれるものの、ケースの枠体等の併設によりある程度の強度が得られるため、携帯電話等の電池程の強度は求められておらず、むしろ強度を備えつつ加工性・溶接性の良い合金が求められている。
【0004】
このような電池ケース用のアルミニウム合金としては、JISA3003をベースにしたAl−Mn系アルミニウム合金が知られている(特許文献2参照)。Al−Mn系アルミニウム合金はレーザー溶接性に優れており、JISA1050等の純アルミニウムに比較しても溶け込みが容易に得られ、連続レーザーと共にパルスレーザーが用いられている。パルスレーザーは連続レーザーに比較して、薄肉材の溶接に適しているという特徴があるが、溶接条件が厳しいため割れが生じたり、純アルミニウムにおいてはイレギュラービード(ビードの不揃い)が発生するという問題がある(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3867989号公報
【特許文献2】特開2002−134069号公報
【特許文献3】特開2009−287116号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
携帯電話の電池ケース用アルミニウム材のように板厚の薄い材料と異なり、自動車用の電池ケースにおいては、板厚がある程度厚いことから、所定の溶接部強度を得るためには、溶込深さを深くする必要がある。しかし、JISA3003アルミニウム合金においては、溶込深さが0.25mmを超えると著しく溶接ビードの形状安定性が低下し、イレギュラービードの発生率が急激に増加する。このイレギュラービードは、場合によっては被溶接材の裏面にまで突き抜ける溶け込みとなり、導電性及び動作電圧等の性能に悪影響を与える問題を生じる。イレギュラービードが発生した溶接部を、図1(b),図2(b)に示す。図1(b)において大径に形成されたビード、図2(b)において2箇所深く溶け込んだビードがイレギュラービードである。図1(a),図2(a)はイレギュラービードの発生がない溶接部を示す。ビードの径が揃っており、溶け込み深さがほぼ一定である
【0007】
本発明は、このような従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、電池ケースに作製するための加工性(特に本体部)及びパルスレーザー溶接性を有する電池ケース用アルミニウム合金板、及び、この電池ケース用アルミニウム合金板を用いた電池ケースを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
パルスレーザー溶接における異常部(イレギュラービード)の発生は、以下に説明するように、パルスレーザー溶融時(660〜750℃)から再凝固(660〜640℃)する間にビード内に残留するポロシティ欠陥の発生度と関連すると推測される(特許文献3参照)。
【0009】
溶接時、パルスレーザー照射部は溶融状態となり、その溶融池内には、水素、シールドガス、金属蒸気等による気泡が存在する。1パルスのパルスレーザー照射が完了すると、パルスレーザー照射部は凝固過程へと移行するが、溶融池から気泡が抜けにくい場合には、そのままポロシティ欠陥として残留しやすい。パルスレーザー溶接の場合、凝固完了したビードに新たにビードが重なるように次のパルスレーザー光が照射される。そして、凝固完了したビードがパルスレーザー光の照射により再溶融した際には、残留したポロシティにパルスレーザー光が照射されることになり、ポロシティが膨張して、通常パルスレーザー光照射により形成されるキーホールが肥大化し、レーザー光が奥深くまで入り込みやすくなる。その結果、溶け込みが深く形成されて、非定常溶け込み部となる。この非定常溶け込み部が凝固して、溶接部におけるイレギュラービードが発生する。
【0010】
通常のJISA3003アルミニウム合金等のAl−Mn合金板を、0.25mm以下の溶け込み深さでパルスレーザー溶接した場合は、大入熱で溶接してもイレギュラービードは発生しないが、溶け込みが0.25mmを超えた辺りで急激に発生率が高くなる。
そこで、本発明者らは、リチウムイオン電池ケース用の素材として優れているJISA3000系アルミニウム合金板の利点を生かしつつ、パルスレーザー溶接による溶け込み深さを深くした場合であっても、イレギュラービードの発生を防止できる素材を開発すべく、種々実験研究した。
【0011】
その結果、本発明者らは、JISA3000系アルミニウム合金の微量成分であるTiとBの含有が、パルスレーザー溶接におけるイレギュラービードの発生に大きな影響を与えていること、及び、この合金に含まれるTiやBの含有量を適正な範囲に規制することによって、イレギュラービードの発生を防止できることを見出した。
【0012】
すなわち、本発明に係る電池ケース用アルミニウム合金板(以下、適宜、アルミニウム合金板という)は、Mn:0.8〜1.5質量%、Cu:0.05〜0.2質量%、Si:0.05〜0.6質量%、Fe:0.05〜0.7質量%を含有し、Znが0.05質量%以下、Tiが0.04質量%未満、Bが10質量ppm未満に規制され、残部がAl及び不可避的不純物からなることを特徴とする。
【0013】
上記アルミニウム合金板は、Mn,Cu,Siを所定量含有することによって、それぞれの元素が母相内に固溶し、アルミニウム合金板の強度が向上する。また、Mn,Si,Feを所定量含有することによって、金属間化合物の形成により成形性が向上する。さらに、Zn濃度を所定量以下に規制することによって、アルミニウム合金板のレーザー溶接時に、蒸気圧の低いZnが飛散せず、周囲を汚染することがない。そして、Ti,Bを所定量以下に規制することによって、パルスレーザー溶接照射による素材の溶融時に、凝固ビード内に気泡が残留しにくくなり、溶接部におけるイレギュラービードの発生が防止される。
【0014】
上記電池ケース用アルミニウム合金板は、例えば自動車用の電池ケースとして用いる場合、ある程度厚い板厚(例えば0.5mm以上)のものが用いられる。上記電池ケース用アルミニウム合金板は、溶け込み深さが0.25mmを超える深さの場合でも、パルスレーザー溶接におけるイレギュラービードの発生を防止することができる。
電池ケースはケース本体と蓋材からなり、両者はパルスレーザー溶接される。上記電池ケース用アルミニウム合金板は、電池ケースのケース本体及び蓋材として用いられる。ただし、蓋材としては、JISA1050アルミニウム合金等の他のアルミニウム合金に代えることもできる。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る電池ケース用アルミニウム合金板は、優れたパルスレーザー溶接性を有する。具体的には、従来材ではイレギュラービードの発生を防止できなかった深い溶け込み深さ(0.25mm超)のパルスレーザー溶接であっても、イレギュラービードの発生を防止することができる。従って、パルスレーザー溶接による深い溶け込み深さを必要とする自動車用等の電池ケース材として好適である。
また、本発明に係る電池ケース用アルミニウム合金板は、従来材と同様の強度を保ち、かつ従来材と同様にケース本体を成形する際に要求される優れた成形性(しごき加工性)を有する。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】パルスレーザーによる溶接部の平面図(光学顕微鏡写真)であり、(a)は良好な溶接部、(b)はイレギュラービードが生じた溶接部を示す。
図2】パルスレーザーによる溶接部の断面図(光学顕微鏡写真)であり、(a)は良好な溶接部、(b)はイレギュラービードが生じた溶接部を示す。(a),(b)において右下のゲージは200μmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る電池ケース用アルミニウム合金板についてより具体的に説明する。
〔アルミニウム合金板の構成〕
本発明に係るアルミニウム合金板は、Mn,Cu,Si,Feを所定量含有し、Zn,Mg,Ti,Bが所定量以下に規制され、残部がAl及び不可避的不純物からなるアルミニウム合金板である。
以下、各成分の限定理由について説明する。
【0018】
(Mn:0.8〜1.5質量%)
Mnは、母相内に固溶して、アルミニウム合金板の強度を高め、耐圧強度を向上させる効果があり、Mn含有量増加に伴い強度を高めることができる。また、Mnは、Al,Fe,Siと金属間化合物(Al−Fe−Mn系金属間化合物、Al−Fe−Mn−Si系金属間化合物)を形成し、これが微細に析出して電池ケースに成形加工する際の潤滑効果に寄与し、アルミニウム合金板の成形性を向上させる。しかし、Mn含有量が0.8質量%未満では、これらの効果が不十分であり、1.5質量%を超えると、粗大な金属間化合物の数が増え、成形時の割れの起点となりやすく、アルミニウム合金板の成形性が低下する。従って、Mn含有量は、0.8質量%以上、1.5質量%以下とする。好ましくは0.9質量%以上、1.3質量%以下である。
【0019】
(Cu:0.05〜0.2質量%)
Cuは、固溶してアルミニウム合金板の強度を高める効果がある。しかし、Cu含有量が0.05質量%未満ではこの効果が不十分であり、0.2質量%を超えると溶接割れが発生しやすくなるため好ましくない。従って、Cu含有量は0.05質量%以上、0.2質量%以下とする。好ましくは、0.1質量%以上、0.18質量%以下である。
【0020】
(Si:0.05〜0.6質量%)
Siは、母相内に固溶して、アルミニウム合金板の強度を高め、耐圧強度を向上させる効果がある。また、Siは、Al,Mn,FeとAl−Fe−Mn−Si系金属間化合物を形成し(Mnに関する先の記載参照)、アルミニウム合金板の成形性を向上させる。しかし、Si含有量が0.05質量%未満では、これらの効果が不十分であり、0.6質量%を超えると、前記金属間化合物が粗大なものとなり、成形時の割れの起点となりやすく、アルミニウム合金板の成形性が低下する。また、Si含有量が0.6質量%を超えると、溶接割れが発生しやすくなる。従って、Si含有量は0.05質量%以上、0.6質量%以下とする。好ましくは0.05質量%以上、0.2質量%以下である。
【0021】
(Fe:0.05〜0.7質量%)
Feは、Mn,Siと同様にAl−Fe−Mn系、Al−Fe−Mn−Si系金属間化合物を形成し(Mnに関する先の記載参照)、アルミニウム合金板の成形性を向上させる効果がある。しかし、Fe含有量が0.05質量%未満では、この効果が不十分であり、0.7質量%を超えると、粗大な前記金属間化合物の数が増え、成形時の割れの起点となりやすく、アルミニウム合金板の成形性が低下する。また、Fe含有量が0.7質量%を超えると、ポロシティが発生しやすくなる。従って、Fe含有量は0.05質量%以上、0.7質量%以下とする。好ましくは、0.4質量%以上、0.6質量%以下である。
【0022】
本発明に係るアルミニウム合金板の主要成分は以上のとおりで、これらの含有量は、ほぼJISA3003の組成に準じたものとなっている。Mn、Cu、Fe、Siを除く残部は、後述するTi、Bのほか、Al及び不可避的不純物からなる。不可避的不純物は、地金や中間合金に含まれている。Ti、B及び主な不可避的不純物について、以下説明する。
【0023】
(Ti:0.04質量%未満)
Tiは、アルミニウム合金鋳造組織を微細化、均質化(安定化)する効果があり、圧延用スラブの造塊時の鋳造割れ防止を目的に、0.02〜0.15質量%の範囲で常用されている。しかし、前記組成のアルミニウム合金の場合、Tiを0.04質量%以上含有すると、パルスレーザー照射による素材の溶融時(660〜750℃)に凝固ビード内にポロシティが残留し易くなる。このため、次のパルスレーザー照射で凝固ビードが再溶融したとき、先に説明したとおり、溶け込みが深く形成され(非定常溶け込み部)、これが凝固して溶接部に異常部(イレギュラービード)が発生する。本発明に係るアルミニウム合金において、Tiは地金(スクラップ含む)中に不可避的不純物として含まれ、又は上記効果を目的に中間合金として必要に応じて添加される元素である。いずれにしても、その含有量は0.04質量%未満(0%を含む)に規制する必要がある。
【0024】
(B:10質量ppm未満)
Bは、前記のようにアルミニウム合金のスラブ造塊時の鋳造割れ防止を目的に、Ti−B母合金としてTiと共に、積極添加にて常用されている元素である。しかしながら、前記組成のアルミニウム合金の場合、B含有量が10質量ppm以上では、前記のTiと同様に、パルスレーザー照射部の凝固ビード内にポロシティが残留し易くなり、次のパルスレーザー照射で凝固ビードが再溶解したとき溶け込みが深く形成され、これが凝固して異常部(イレギュラービード)が発生する。本発明に係るアルミニウム合金において、Bは地金(スクラップ含む)中に不可避不純物として含まれ、又は上記効果を目的に中間合金として必要に応じて添加される元素である。いずれにしても、その含有量は10質量ppm未満(0ppmを含む)に規制する必要がある。好ましくは9質量ppm以下である。
【0025】
(不可避不純物)
主な不可避不純物として、Zn、Mg、Zr、Cr、Ga、V、Ni等が挙げられる。
このうちZnは、蒸気圧が低いため、パルスレーザー溶接時に飛散して周囲を汚染しやすく、さらにはビード割れも発生しやすく、アルミニウム合金板のパルスレーザー溶接性を悪くする。従って、Zn含有量は、0.05質量%以下に規制する。好ましくは0.04質量%以下である。Mgも同様に、0.05質量%を超えて含有すると溶接割れ(ビード割れ)が発生しやすくなる。従って、Mg含有量は、0.05質量%以下に規制する。
その他の不可避不純物であるZr、Cr、Ga、V、Ni等は、通常知られている範囲内であれば本発明の効果を妨げるものではない。これらの不可避的不純物の含有は個別に0.05質量%以下、Ti、BとZn、Mgを含めた不可避的不純物トータルとして0.15質量%の範囲内で許容される。
【0026】
〔アルミニウム合金板の製造方法〕
次に、本発明に係るアルミニウム合金板の製造方法の一例について説明する。
まず、前記組成を有するアルミニウム合金を溶解、鋳造して鋳塊を作製し、この鋳塊に面削を施した後に、480℃以上かつ前記アルミニウム合金の融点未満の温度で均質化熱処理を施す。次に、この均質化熱処理された鋳塊を、熱間圧延及び冷間圧延して圧延板を作製する。そして、この圧延板を、100℃/分以上の加熱速度で420℃以上かつ前記アルミニウム合金の融点未満の温度域に加熱し、この温度域に0〜180秒保持した後、300℃/分以上の冷却速度で冷却することにより中間焼鈍を施す。その後、中間焼鈍された圧延板に圧下率20〜50%で最終冷間圧延を施して、アルミニウム合金板とする。なお、必要に応じて、最終冷間圧延を施した圧延板に、80〜200℃、0.5〜8時間の最終焼鈍を施してもよい。最終焼鈍により、材料が軟化し、伸びが向上するため、最終焼鈍は、成形性を向上させるために好適な工程である。
【0027】
〔電池ケース〕
次に、本発明に係る電池ケースについて説明する。本発明に係る電池ケースは、前記アルミニウム合金板を用いて作製したものである。
以下、本発明に係るアルミニウム合金板から電池ケースおよび二次電池を作製する方法の一例を説明する。
【0028】
<電池ケース及び二次電池の作製方法>
ケース本体部とする本発明に係るアルミニウム合金板は、最終冷間圧延にて0.7〜2.0mm程度の板厚とする。このアルミニウム合金板を、所定の形状に切断し、絞り加工又はしごき加工により有底筒形状に成形する。さらにこの加工を複数回繰り返して徐々に側壁面を高くして、トリミング等の加工を必要に応じて施すことで、所定の底面形状及び側壁高さに成形してケース本体部とする。ケース本体部は上面が開放された有底筒形状とする。電池ケースの形状は特に限定されるものではなく、円筒形、偏平形の直方体等、二次電池の仕様に従う。
しごき加工等によるケース本体部の側壁の板厚減少率(しごき加工率)は、トータルで30〜80%であることが好ましい。板厚減少率がこの範囲外となる場合、成形したケース本体部の側壁を所望の板厚に調整することが困難となる。
【0029】
また、ケース本体部と同じアルミニウム合金で、0.7〜2.0mm程度の板厚とした本発明に係るアルミニウム合金板で蓋部を作製する。このアルミニウム合金板をケース本体部の上面に対応した形状に切断し、注入口等を形成して蓋部とする。ただし、蓋部はJISA1050アルミニウム合金等、他のアルミニウム合金で作製することもできる。前記ケース本体部に二次電池材料(正極材料、負極材料、セパレータ等)を格納し、上面に前記蓋部を溶接する。ケース本体部と蓋部との溶接は、波形制御されたパルスレーザーによる溶接で行う。そして、電池ケースに注入口から電解液を注入して、注入口を封止して二次電池とする。
【0030】
以上のように、本発明に係るアルミニウム合金板は、一連の成形加工が順次に施されるトランスファープレスによって所望の形状に成形される成形品、特に、リチウムイオン二次電池の電池ケースに好適なものである。すなわち、本発明に係るアルミニウム合金板は、トランスファープレスに含まれる、多段階の絞り−しごき加工のような特に過酷な加工に対して優れた成形性(加工性)を有する。また、本発明に係るアルミニウム合金板は、例えば電池ケースに作製する際の、ケース本体部と蓋部とをパルスレーザーで確実に封止できるパルスレーザー溶接性を有する。
【実施例】
【0031】
以下に、本発明の効果を確認した実施例を、本発明の要件を満たさない比較例と対比して具体的に説明する。
(実施例1)
〔供試材作製〕
表1に示す組成のアルミニウム合金を、溶解、鋳造して鋳塊とし、この鋳塊に面削を施した後に、540℃にて4時間の均質化熱処理を施した。この均質化した鋳塊に、熱間圧延、さらに冷間圧延を施した。冷間圧延後の圧延板を500℃/分で520℃に加熱して、この温度に30秒保持した後、500℃/分で冷却して中間焼鈍を行った。最後に、圧下率30%で最終冷間圧延を行って板厚1.0mmのアルミニウム合金板とした。
【0032】
【表1】
【0033】
〔パルスレーザー溶接性試験〕
得られたアルミニウム合金板にてパルスレーザー溶接性試験を行った。
図1に示すように、2枚の同じ組成のアルミニウム合金板を、端面同士を突き合わせて配置し、この突合せ部をパルスレーザーにより溶接した。溶接長さ(ビード長さ)は90mmとした。パルスレーザー溶接においては、1個のパルスレーザーにより溶融池が形成されて固化した円状の溶接部がレーザーの移動により、連続的に溶接線に沿って重なり合いながら形成される。溶接機は、パルス発振のYAGレーザーを使用し、溶接速度は20cm/分、最大ピーク出力4.5kW、周波数10Hz、1パルス当たりのエネルギー(入熱量)を24J/p(条件1)、25J/p(条件2)、26J/p(条件3)とし、パルス波形制御はダウンスロープで実施し、シールドガスは窒素を20リットル/分の条件で溶接を行った。なお、1パルス当たりの入熱量はダウンスロープの時間で調節した。
【0034】
〔溶接性評価〕
パルスレーザー溶接性の評価については、まず、溶接割れが生じたか生じなかったかを肉眼及び光学顕微鏡にて観察し、条件1〜条件3の全てにおいて全ビード長さにわたり割れが無い健全なビードが得られたものを合格「○」、条件1〜条件3のいずれかにおいて1箇所でも割れが生じたものを不合格「×」と判定した。
また、イレギュラービード発生個数(ビード長さ90mm当たり)を光学顕微鏡にて観察した。具体的には、図1,2に示すように溶接部の平面及びビード中央部断面の光学顕微鏡写真を撮り、イレギュラービード発生個数をカウントした。その上で、条件1〜3の全てでイレギュラービードが生じなかった場合を、ビード形状が良好であるとして合格「○」、条件1〜3のどれかでイレギュラービードが1個でも生じた場合を、ビード形状が不良であるとして不合格「×」と評価した。なお、図2(b)には2個のイレギュラービードが観察される。
さらに、溶接部の断面の光学顕微鏡写真から溶け込み深さ(健常部の溶け込み深さ)を測定した。
以上の結果を表2に示す。
【0035】
【表2】
【0036】
〔試験結果〕
表2に示すように、本発明で規定された成分組成を有する実施例No.1,2は、溶接割れの発生がなく、条件2、条件3の中〜大入熱条件による場合(溶け込み深さが深い場合)でもイレギュラービードの発生がないなど、パルスレーザー溶接性に優れていた。
一方、比較例No.1〜9は、ビード割れは生じていないが、Ti及び/又はBの含有量が本発明の規定を満たさないため、イレギュラービードが発生し、とりわけ条件2、条件3の中〜大入熱条件において発生頻度が大幅に増加した。また、Mg、Cu含有量の多い比較例No.10はビードに割れが発生し、健全な溶接部が得られなかった。
【0037】
(実施例2)
〔供試材作製〕
表3に示すアルミニウム合金に対し、実施例1と同じ製造工程を施し、板厚1.0mmのアルミニウム合金板とした。
【0038】
【表3】
【0039】
得られたアルミニウム合金板にて以下の試験を行った。その結果を表4に示す。
〔強度試験〕
アルミニウム合金板から、引張方向が圧延方向と平行になるようにJIS5号による引張試験片を切り出し、この試験片でJISZ2241による引張試験を実施した。0.2%耐力が130N/mm以上であるものを合格「○」と評価し、130N/mm未満のものを不合格「×」と評価した。
【0040】
〔成形性試験〕
アルミニウム合金板から、プレス加工機を使用して、側壁のしごき加工率を40%とし、底面が縦15mm×横120mm、側壁の高さ90mmの箱体の角型電池ケース本体を成形した。この際、割れがなく成形可能であり、成形後に表面の変色や縦スジ模様のないものを成形性が優れているとして合格「○」と評価し、成形時に割れが発生したもの、又は著しい変色や縦スジが発生したものを成形性が不良であるとして不合格「×」と評価した。
【0041】
〔パルスレーザー溶接性試験〕
実施例1のパルスレーザー溶接性試験と同一の試験方法及び条件(ただし、1パルス当たりのエネルギー(入熱量)を25J/pの1条件に設定)で、アルミニウム合金板のパルスレーザー溶接を行った。
〔溶接性評価〕
溶接割れ及びイレギュラービードの発生の有無について、実施例1と同一の観察方法で観察し、同一の評価方法で合格「○」及び不合格「×」を判定した。
同じく実施例1と同一の測定方法で、溶接部の断面の光学顕微鏡写真から溶け込み深さ(健常部の溶け込み深さ)を測定し、0.25mm以上の溶け込み深さが得られたものを合格「○」と判定した。
【0042】
【表4】
【0043】
〔試験結果〕
表4に示すように、本発明で規定された成分組成を有する実施例No.3〜13は、全て0.25mm以上の溶け込み深さが得られ、溶接割れ及びイレギュラービードの発生がなく、パルスレーザー溶接性に優れていた。
一方、比較例No.11はMn含有量が不足で強度が劣り、比較例No.12はMn含有量が過剰で成形性が劣る。比較例No.13はCu含有量が不足で成形性が劣り、比較例No.14はCu含有量が過剰で溶接割れが発生した。比較例No.15はSi含有量が不足で強度及び成形性が劣り、比較例No.16はSi含有量が過剰で成形性が劣り、溶接割れが発生した。比較例17はFe含有量が不足で、比較例No.18はFe含有量が過剰で、いずれも成形性が劣る。比較例No.19はZn含有量が過剰で溶接割れが生じた。
比較例No.20はTi含有量が過剰で、比較例No.21,22はB含有量が過剰で、いずれもイレギュラービードが発生した。
図1
図2