【文献】
萩原正敏,ケミカルバイオロジーによる難治疾患への挑戦,日本薬理学会関東部会口演要旨集,2009年,Vol.120th,p.14
【文献】
松尾雅文,ジストロフィン遺伝子のナンセンス変異にもかかわらずエクソンのスキッピングによりBecker型筋ジストロフィ,遺伝子医学,1999年,Vol.3, No.2,,pp.86-90
【文献】
Disset A., et al.,An exon skipping-associated nonsense mutation in the dystrophin gene uncovers a complex interplay between multiple antagonistic splicing elements.,Hum. Mol. Genet., 2006, Vol.15, No.6, pp.999-1013
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記ナンセンス変異が、前記遺伝子におけるエクソンスプライシングエンハンサー活性を抑制し、及び/又は、前記遺伝子におけるエクソンスプライシングサイレンサー活性を上昇させる、ナンセンス変異であることを特徴とする請求項2に記載の予防・改善剤。
前記遺伝子がジストロフィン遺伝子であり、前記機能性トランケート型タンパク質が機能性トランケート型ジストロフィンタンパク質であり、前記遺伝性疾患がデュシェンヌ型筋ジストロフィーであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の予防・改善剤。
前記ジストロフィン遺伝子のエクソン31の変異が、配列番号1のポリヌクレオチド配列のヌクレオチド番号4303におけるグアニンのチミンへのナンセンス変異であり、エクソン27の変異が、配列番号1のポリヌクレオチド配列のヌクレオチド番号3613におけるグアニンが欠失したアウトオブフレーム変異であることを特徴とする請求項5に記載の予防・改善剤。
【発明を実施するための形態】
【0015】
1.本発明の予防・改善剤
本発明の予防・改善剤は、遺伝子のエクソンの変異に起因し、かつ、該変異が含まれるエクソン(以下、単に「変異型エクソン」とも表示する。)をスキッピングさせて機能性トランケート型タンパク質を生成させ得る遺伝性疾患(以下、「本発明が対象とする遺伝性疾患」とも表示する。)の予防・改善剤であって、分子量1500以下の化合物(以下、「本発明における化合物」とも表示する。)を含有している限り特に制限されないが、分子量1000以下の化合物であることが好ましく、分子量700以下の化合物であることがより好ましく、分子量500以下の化合物であることがさらに好ましく、分子量300以下の化合物であることがさらにより好ましい。また、本発明の予防・改善剤には、本発明における化合物を2種類以上併用してもよい。
【0016】
本発明における化合物としては、本発明が対象とする遺伝性疾患に対して予防効果及び/又は改善効果(以下、「本発明における予防・改善効果」とも表示する。)を発揮する化合物である限り特に制限されないが、好適には、スプライシング調節作用を有する化合物を例示することができ、より好適には、変異型エクソンのスキッピングを誘導及び/又は促進させる効果(以下、「本発明におけるスキッピング誘導・促進効果」とも表示する。)を有する化合物を例示することができ、さらに好適には、変異型エクソンのスキッピングを誘導及び/又は促進させて、機能性トランケート型タンパク質の発現を誘導及び/又は上昇させる効果(以下、「本発明における機能性トランケート型タンパク質の発現誘導・上昇効果」とも表示する。)を有する化合物を例示することができ、さらにより好適には、Clk阻害化合物を例示することができる。かかるClk阻害化合物の中でも、上記一般式(1)[式中、R
1及びR
2は各々独立に、直鎖状、分岐鎖状のC
1−C
10炭化水素基を示し;R
3はメトキシ基、エトキシ基、アセトキシ基又はハロゲン原子を示す。]で表される化合物を好適に例示することができ、中でも、TG003(上記一般式(1)において、R
1及びR
2がメチル基であり、R
3がメトキシ基である化合物)を特に好適に例示することができる。上記一般式(1)で表される化合物は、前述の特許文献1に記載の方法等により合成することができる。
【0017】
本発明が対象とする遺伝性疾患に対する予防効果(以下、「本発明の予防効果」とも表示する。)とは、その遺伝性疾患の発症を抑制する効果や、発症を遅延させる効果を含み、本発明が対象とする遺伝性疾患に対する改善効果(以下、「本発明の改善効果」とも表示する。)とは、その遺伝性疾患の症状を改善する効果の他、本発明の予防・改善剤を投与しない場合と比較して症状の悪化の速度を遅延させる効果を含む。
【0018】
ある化合物が、本発明の予防・改善効果を有しているかどうかは、例えば、本発明が対象とする遺伝性疾患のモデル哺乳動物(すなわち、本発明が対象とする遺伝性疾患の要因となる変異を有するモデル哺乳動物(好ましくはモデル非ヒト哺乳動物))にその被検化合物を投与する工程A;そのモデル哺乳動物における前記遺伝性疾患の症状を確認する工程B;前記工程Bにおける遺伝性疾患の症状の程度と、被検化合物を投与しなかった場合の症状の程度とを比較する工程C;前記工程Bにおける遺伝性疾患の症状の程度が、被検化合物を投与しなかった場合の症状の程度と比較して低い場合に、該被検化合物を本発明の予防・改善効果を有する化合物と評価する工程D;を有する方法により、確認することができる。
【0019】
また、ある化合物が、本発明におけるスキッピング誘導・促進効果を有しているかどうかは、例えば、変異型エクソンと、該エクソンに隣接する領域(エクソン領域又はイントロン領域)を含むDNA断片(ミニ遺伝子)を適当な哺乳動物細胞用発現ベクターに組み込んで組換えベクターを作製する工程;かかる組換えベクターを哺乳動物細胞にトランスフェクションする工程;トランスフェクションにより得られた形質転換細胞(以下、「本発明における形質転換細胞」とも表示する。)と、被検化合物とを接触させた状態で、該形質転換細胞を培養する工程:培養した形質転換細胞からRNAを単離し、RT−PCRによりミニ遺伝子に対応するRNAを増幅する工程;増幅産物を解析(例えば電気泳動や配列決定)することによって、変異型エクソンのスキッピングが誘導及び/又は促進されているかどうかを確認する工程;変異型エクソンのスキッピングが誘導及び/又は促進されている場合に、その被検化合物を、本発明におけるスキッピング誘導・促進効果を有する化合物と評価する工程;を含む、本発明におけるスキッピング誘導・促進効果を有する化合物の判定方法により、確認することができる。
【0020】
さらに、ある化合物が、トランケート型タンパク質の発現誘導・上昇効果を有しているかどうかは、本発明における形質転換細胞と、被検化合物とを接触させた状態で、該形質転換細胞を培養する工程;培養した形質転換細胞中に発現するタンパク質を解析することによって、トランケート型タンパク質の発現が誘導及び/又は上昇しているかどうかを確認する工程;トランケート型タンパク質の発現が誘導及び/又は上昇している場合に、その被検化合物を、トランケート型タンパク質の発現誘導・上昇効果を有する化合物と評価する工程;を含む、トランケート型タンパク質の発現誘導・上昇効果を有する化合物の判定方法により、確認することができる。トランケート型タンパク質の検出は、変異型エクソンにコードされるペプチドに対する抗体や、それ以外のエクソンにコードされるペプチドに対する抗体を用いたウエスタンブロッティング解析において、変異型エクソンにコードされるペプチドに対するシグナルが検出されず、かつ、それ以外のエクソンにコードされるペプチドに対するシグナルが検出されることを確認すること等によって行うことができる。また、そのトランケート型タンパク質が機能性トランケート型タンパク質であるかどうかは、本発明が対象とする遺伝性疾患のモデル哺乳動物においてそのトランケート型タンパク質を発現させたときに、その遺伝性疾患の症状が改善されること等を指標にして確認することができる。なお、本発明における「機能性トランケート型タンパク質」とは、遺伝性疾患の要因となる遺伝子のエクソンが少なくとも1つ欠失した成熟mRNAによりコードされたトランケート型タンパク質であって、かつ、その遺伝子に対応する正常遺伝子の全長タンパク質の機能(特に、遺伝性疾患に関連する機能)が少なくともある程度残存しているタンパク質を意味する。
【0021】
また、ある化合物が、Clk阻害化合物であるかどうかは、被検化合物の存在下で、Clkのリン酸化活性を測定する工程;測定の結果得られたリン酸化活性の値を、被検化合物の非存在下におけるClkのリン酸化活性の値と比較する工程;被検化合物の存在下におけるClkのリン酸化活性の値が、被検化合物の非存在下におけるClkのリン酸化活性の値より低い場合に、その被検化合物をClk阻害化合物と評価する工程;を有する方法により、容易に確認することができる。上記のClkは、公知のClkの配列情報に基づいて、所望の哺乳動物からClk遺伝子を単離し、該遺伝子を適当な発現ベクターにインテグレイトして発現させた後、そのClkを単離することによって容易に入手することができる。Clkのリン酸化活性は、Clkの基質であるSRタンパク質がリン酸化されたリン酸化SRタンパク質に特異的に結合する抗体等を用いて測定することができる。また、Clk遺伝子の由来となる前述の哺乳動物としては、特に制限されないが、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ等を好適に例示することができ、中でもヒトをより好適に例示することができる。
【0022】
本発明が対象とする遺伝性疾患における「変異」の種類としては、該変異が含まれるエクソンをスキッピングさせて機能性トランケート型タンパク質を生成させ得る限り特に制限されず、ナンセンス変異、スプライシング異常の他、正常な野生型の遺伝子と比較してアミノ酸の読み枠がずれる(アウトオブフレーム)変異などを例示することができ、中でも、ナンセンス変異やアウトオブフレーム変異を好適に例示することができ、中でも、該遺伝性疾患の要因となる遺伝子におけるエクソンスプライシングエンハンサー活性を抑制し、及び/又は、該遺伝子におけるエクソンスプライシングサイレンサー活性を上昇させる、ナンセンス変異やアウトオブフレーム変異をより好適に例示することができ、中でも、そのナンセンス変異やアウトオブフレーム変異が含まれるエクソンのスキッピングが誘導・促進されるようなナンセンス変異やアウトオブフレーム変異を特に好適に例示することができる。なお、前述のアウトオブフレーム変異としては、遺伝子の欠失、重複又は逆位であって、かつ、正常な野生型の遺伝子と比較してアミノ酸の読み枠がずれる変異を例示することができる。
【0023】
本発明においてスキッピングさせる対象となる「該変異が含まれるエクソン」とは、かかる変異が含まれる1個のエクソンに限らず、そのエクソンを含む隣接した複数個(好ましくは2〜8個、より好ましくは2〜5個、さらに好ましくは2〜3個、より好ましくは2個)のエクソンであってもよく、かかるエクソンの好ましい個数や範囲は、かかるエクソンをスキッピングさせたときに残りのエクソンがインフレームとなるように連結されることや、残りのエクソンにより構成される成熟mRNAがコードするトランケート型タンパク質が機能性トランケート型タンパク質となることを指標にして、当業者であれば適宜選択することができる。例えば、遺伝子がジストロフィン遺伝子である場合は、公知のエクソン情報(
図7)に基づいて、スキッピングさせるエクソンの個数や範囲を決定することができる。この
図7において、2つのエクソンの境目が垂直な直線(例えばエクソン3とエクソン4の間の直線を参照)であればエクソンの境目はコドンの境目と一致しており、2つのエクソンの境目が角度の緩い斜線(例えばエクソン1とエクソン2の間の斜線を参照)であればエクソンの境目はコドンの1文字目と2文字目の間にあり、2つのエクソンの境目が角度の急な斜線(例えばエクソン6とエクソン7の間の斜線を参照)であればエクソンの境目はコドンの2文字目と3文字目の間にあることを示している。したがって、例えばアウトオブフレーム変異がエクソン51中に存在する場合は、エクソン51と52をスキッピングさせたり、エクソン50と51をスキッピングさせれば、残りのエクソンはインフレームとなり、また、アウトオブフレーム変異がエクソン53に存在する場合は、エクソン53〜58をスキッピングさせたり、エクソン52と53をスキッピングさせれば残りのエクソンはインフレームとなる。
【0024】
本発明における「エクソンのスキッピング」あるいは「エクソンをスキッピングさせる」とは、遺伝子から転写されて生成したmRNA(mRNA前駆体)から成熟mRNAにプロセシングされる際に、mRNA前駆体からそのエクソンが消失すること、あるいは、そのエクソンを消失させることを意味する。
【0025】
本発明が対象とする遺伝性疾患の種類としては、遺伝子のエクソン中の変異に起因する遺伝性疾患であって、かつ、該変異が含まれるエクソンをスキッピングさせて機能性トランケート型タンパク質を生成させ得る遺伝性疾患である限り特に制限されないが、中でも、遺伝子のエクソン中の変異に起因し、かつ、該変異が含まれるエクソンがスキッピングされ、機能性トランケート型タンパク質を一部に生成している遺伝性疾患を好適に例示することができ、より具体的には、前述の遺伝性疾患において、遺伝子がジストロフィン遺伝子であり、前述の機能性トランケート型タンパク質が機能性トランケート型ジストロフィンであるデュシェンヌ型筋ジストロフィーをより好適に例示することができ、中でも、前述のデュシェンヌ型筋ジストロフィーにおいて、ジストロフィン遺伝子のエクソンがジストロフィン遺伝子のエクソン31やエクソン27であるデュシェンヌ型筋ジストロフィーをより好適に例示することができ、中でも、前述のデュシェンヌ型筋ジストロフィーにおいて、ジストロフィン遺伝子のエクソン31中の変異が、配列番号1のポリヌクレオチド配列(ジストロフィンcDNA配列)のヌクレオチド番号4303におけるグアニンのチミンへのナンセンス変異であるデュシェンヌ型筋ジストロフィーや、ジストロフィン遺伝子のエクソン27中の変異が、配列番号1のポリヌクレオチド配列のヌクレオチド番号3613におけるグアニンが欠失したアウトオブフレーム変異であるデュシェンヌ型筋ジストロフィーを特に好適に例示することができる。
【0026】
本発明の予防・改善剤の投与対象となる哺乳動物としては、特に制限されないが、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ等を好適に例示することができ、中でもヒトをより好適に例示することができる。また、本発明の予防・改善剤にClk阻害化合物を用いる場合において、かかるClk阻害化合物が阻害作用を発揮するClkの由来は、本発明の予防・改善剤の投与対象となる哺乳動物の種類と一致していることが、本発明の予防効果や改善効果をより多く享受し得ることから好ましい。
【0027】
本発明における化合物が有する本発明におけるスキッピング誘導・促進効果の好ましい程度としては、前述の本発明における形質転換細胞と、本発明における化合物(30μM)とを接触させた状態で、該形質転換細胞を培養する工程:培養した形質転換細胞からRNAを単離し、RT−PCRによりミニ遺伝子に対応するRNAを増幅する工程:増幅産物を解析(例えば電気泳動や配列決定)することによって、変異型エクソンがスキッピングされていない増幅産物に対する、変異型エクソンがスキッピングされている増幅産物の割合を算出する工程:により算出されるエクソンスキップ/インクルージョンレシオが、本発明における化合物を用いなかった場合のエクソンスキップ/インクルージョンレシオに対して、2倍以上、好ましくは3倍以上、より好ましくは4倍以上、さらに好ましくは5倍以上に上昇していることを好適に例示することができる。また、本発明における化合物を用いなかった場合のエクソンスキップ/インクルージョンレシオが0であったときに、エクソンスキップ/インクルージョンレシオを0より大きい正の値に誘導する効果は、本発明におけるスキッピング誘導・促進効果の特に好ましい程度として例示することができる。
【0028】
本発明の予防・改善剤は、本発明の予防・改善効果が得られる限り、前述の本発明における化合物の他に、他の遺伝性疾患予防・改善剤等の任意成分を含んでいてもよい。
【0029】
本発明の予防・改善剤に含有される本発明における化合物は、常法によって適宜の製剤とすることができる。製剤の剤型としては散剤、顆粒剤などの固形製剤であってもよいが、本発明のより優れた予防・改善効果を得る観点からは、溶液剤、乳剤、懸濁剤などの液剤とすることが好ましい。前述の液剤の製造方法としては、例えば本発明における化合物を溶剤と混合する方法や、さらに懸濁化剤や乳化剤を混合する方法を好適に例示することができる。以上のように、本発明における化合物を製剤とする場合には、製剤上の必要に応じて、適宜の薬学的に許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、緩衝剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、吸着剤、甘味剤、希釈剤などの任意成分を配合することができる。
【0030】
本発明の予防・改善剤に含有される本発明における化合物の量としては、本発明の予防・改善効果が得られる限り特に制限されないが、例えば、本発明の予防・改善剤の全量に対して例えば0.0001〜99.9999質量%、好ましくは0.001〜80質量%、より好ましくは0.001〜50質量%、さらに好ましくは0.005〜20質量%を好適に例示することができる。
【0031】
本発明の予防・改善剤の投与方法としては、本発明の予防・改善効果が得られる限り特に制限されず、静脈内投与、経口投与、筋肉内投与、皮下投与、経皮投与、経鼻投与、経肺投与等を例示することができる。また、本発明の予防・改善剤の投与量は、投与対象の遺伝性疾患の状態や投与対象の体重等に応じて、適宜調節することができるが、本発明における化合物換算で成人1人1日当たり、例えば0.1μg〜10000mg、より好ましくは1μg〜3000mg、さらに好ましくは10μg〜1000mgを好適に例示することができる。
【0032】
なお、本発明における化合物を含有する本発明の予防・改善剤は、遺伝性疾患の要因となる変異が含まれる遺伝子のエクソンのスキッピングを誘導・促進させるエクソンスキッピング誘導・促進剤としても使用することができる。また、本発明の他の態様として、本発明の予防・改善剤の製造における、本発明における化合物の使用:や、本発明における化合物を、本発明の予防・改善剤に使用する方法:や、遺伝性疾患の要因となる変異が含まれる遺伝子のエクソンをスキッピングさせて機能性トランケート型タンパク質の発現を誘導・上昇することにおける、本発明における化合物の使用:や、本発明が対象とする遺伝性疾患の予防・改善における、本発明の化合物の使用:や、本発明の予防・改善剤を対象に投与することにより、本発明が対象とする遺伝性疾患を予防・改善する方法や、本発明におけるエクソンスキッピング誘導・促進剤を対象に投与することにより、遺伝性疾患の要因となる変異が含まれる遺伝子のエクソンのスキッピングを誘導・促進する方法も例示することができる。これらの使用や方法における文言の内容やその好ましい態様は、前述したとおりである。
【0033】
以下に実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0034】
[筋ジストロフィー患者のジストロフィン遺伝子の変異解析]
筋ジストロフィー患者400名以上について、以下の方法により、そのジストロフィン遺伝子の変異を解析した。
【0035】
(変異解析)
標準的なフェノール−クロロフォルム抽出法により、患者の血液試料からDNAを単離した。フィコールパーク密度勾配法(Amersham Biosciences AB社製)を用いて全血から回収した末梢リンパ球から、或いは凍結筋試料を薄片化した筋切片から、トータルRNAを単離した。逆転写PCR(RT−PCR)及びRT−nested PCR法により、骨格筋で発現したジストロフィンmRNAを分析した。骨格筋由来のジストロフィンmRNAについて、内側プライマーセット(フォワードc27f:CCTGTAGCACAAGAGGCCTTA(配列番号2)、及び、リバース2F:TCCACACTCTTTGTTTCCAATG(配列番号3))を使用してエクソン27〜32を含む領域を増幅した。増幅産物を精製し、そのまま、或いはpT7 Blue-T ベクター(Novagen社製)にサブクローニングしてから、増幅産物の配列を決定した。この配列の決定には、自動DNA配列決定装置(モデル310;Applied Biosystems社製)を用いた。
【0036】
解析した筋ジストロフィー患者の一人(KUCG797)の症例は以下のとおりである。この患者は5歳の男児である。この男児の両親は健常な日本人で筋肉疾患の家族歴はなかった。1歳4ヶ月で一人歩きを始め、運動発達は正常だったが、2歳のときの定期血液検査で血清クレアチンキナーゼ(CK)値が2567IU/l(正常値は169IU/l未満)を示し、入院した。神戸大学病院で診察を受け、ジストロフィン遺伝子の変異について調べられた。CK値はその後、緩やかに上昇し続けた(1331〜4740IU/l)が、筋力低下や歩行異常は認められなかった。5歳のときに筋バイオプシーを行った。以上の研究は神戸大学倫理委員会の承認を得て実施した。
【0037】
前述のKUCG797のジストロフィン遺伝子には、エクソン31に点変異が認められた。この変異は、ジストロフィンcDNAの4303番目のヌクレオチドがGからT(RNAではGからU)に置き換わったものである(c.4303G>T:
図1a)。このヌクレオチドの変更は、グルタミン酸をコードするGAGコドンからストップコドンをコードするTAGへの置換だったため(p.Glu1435X)、背景技術に記載の読み枠ルールにしたがえば、この症例ではジストロフィンが産生されず、重篤なDMDとなることが予想された。
【0038】
(骨格筋バイオプシー、及び、ジストロフィン免疫染色)
次に、以下の方法で、前記患者(5歳)に骨格筋バイオプシーを行い、ジストロフィン免疫染色を行った。
【0039】
KUCG797について、大腿直筋のバイオプシーを行い、骨格筋試料を得た。この骨格筋試料を、液体窒素で冷却したイソペンタンで急速凍結した。凍結した骨格筋試料から、厚さ10μmの凍結連続切片を作製し、かかる切片を免疫組織化学染色により分析した。具体的には、前述の厚さ10μmの凍結連続切片を冷却アセトン中に5分間入れて固定した。この切片をヤギ正常血清でブロッキングし、抗ジストロフィン抗体(一次抗体)の共存下、4℃にて一晩インキュベートした。抗ジストロフィン抗体としては、DYS2(Novocastra社製)、DYS3(Novocastra社製)、及び、MANDYS1(Glenn E. Morris教授・博士からの寄贈)の3種類を用いた。DYS2は、ジストロフィン遺伝子のエクソン77〜79(C末端側)のエピトープを認識し、DYS3は、ジストロフィン遺伝子のエクソン10〜12(N末端側)のエピトープを認識し、MANDYS1は、ジストロフィン遺伝子のエクソン31/32(rodドメイン)のエピトープを認識する。インキュベート後の切片をPBSで6回洗浄した後、二次抗体としてAlexa Fluor 488で標識したヤギ抗マウス抗体又はヤギ抗ウサギ抗体の共存下、室温で90分間インキュベートした。切片を洗浄した後、蛍光顕微鏡で切片を観察した。その結果を
図1bに示す。
図1bのパネルeはDYS2で染色した結果を示し、
図1bのパネルfはDYS3で染色した結果を示し、
図1bのパネルgはMANDYS1で染色した結果を示す。
【0040】
KUCG797のジストロフィン遺伝子の遺伝子型からすると、重篤なDMDが予想されたが、免疫組織化学染色の結果はその予想に反し、BMDにおける場合と同じように、N末端又はC末端のジストロフィンドメインを認識する抗体に対するまばらで不連続なシグナルが認められた(
図1bのパネルeやパネルf)。また、ジストロフィン遺伝子のエクソン31/32を認識するMANDYS1抗体に対するシグナルは認められなかった(
図1bのパネルg)。なお、ポジティブコントロールとして、健常者由来の骨格筋試料について同様の免疫組織科学染色を行ったところ、DYS2、DYS3、MANDYS1のいずれの抗体に対してもシグナルが確認された(
図1bのパネルb、パネルc、パネルd)。
【0041】
(RT−PCR増幅産物の解析)
KUCG797のジストロフィン遺伝子の遺伝子型(DMD型)と、免疫染色パターンとの間のこの矛盾を説明するため、本発明者らは、ジストロフィン遺伝子のエクソン31におけるナンセンス変異がエクソンスプライシングエンハンサー(ESE)を破壊し、変異型エクソン(変異を含むエクソン)のスキッピングをもたらしたと推定した。この推定の可能性を証明するため、KUCG797の骨格筋のジストロフィンmRNAをRT−PCR増幅法で解析した。
【0042】
具体的には、KUCG797から単離したトータルRNAをテンプレートとし、プライマーとして前述のフォワードc27f及びリバース2Fを使用してエクソン27からエクソン32に至る領域を増幅した。その増幅産物を、Tris−ホウ酸塩/EDTA緩衝液中、2%アガロースゲル上で電気泳動した結果を
図1cに示す。一番右のレーン(Patient)は、KUCG797由来のトータルRNAをテンプレートとした結果を示し、中央のレーン(Control)は、健常者由来のトータルRNAをテンプレートした結果を示す。コントロールでは、エクソン27からエクソン32に及ぶ領域の増幅産物は1種類であったが、KUCG797では、驚いたことに、2種類のほぼ同量の増幅産物が得られた。この2種類のうちの一方の増幅産物は予想通りのサイズであり、他方の増幅産物はより小さいサイズであった(
図1c)。この小さいサイズの増幅産物の配列決定を行ったところ、エクソン31がスキッピングされていることが確認された(
図1d)。一方、予想通りのサイズの増幅産物の配列決定を行ったところ、エクソン31のTAGストップコドンを含む、エクソン27〜32の配列(793nt)が示された。他方、小さいサイズの増幅産物ではエクソン31の配列が完全に欠失していたが、他のエクソンは完全なまま残った配列(682nt)となっており、変異型エクソン31がスキッピングされたことが示唆された(
図1c)。KUCG797のジストロフィン遺伝子の他のイントロンのスプライシングも調べたが、他のイントロンは全て正しくスプライシングされていた(データは示さず)。エクソン31(111nt)を欠失するジストロフィンmRNA(682nt)はインフレームであり、トランケート型ではあるが機能は残存するジストロフィン(トランケート型ジストロフィン)を産生する。前述の免疫染色では、N末端又はC末端のジストロフィンドメインを認識する抗体を用いたので、前述のトランケート型ジストロフィンも染色されるはずであった。そこで、エクソン31を含む領域に対するモノクローナル抗体であるMANDYS1を用いて免疫染色を行ったところ、かかるトランケート型ジストロフィンはMANDYS1には認識されなかった(
図1bのパネルg)。
【0043】
以上の結果より、c.4303G>T(p.Glu1435X)の点変異をそのジストロフィン遺伝子にもつ前記患者は、完全長のジストロフィンmRNAと、エクソン31を欠失(Δエクソン31)したジストロフィンmRNAの2種類を発現することが示された。また、これらの結果からは、この点変異がジストロフィン遺伝子のORFを破壊するだけでなく、エクソン31のスプライスシグナルも破壊することも示唆された。
【0044】
(ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析1)
この仮説をさらに分析するため、細胞におけるスプライシング解析に用いられているH492ベクター(Mol Genet Metab (2005) 85, 213-219., J Med Genet (2006) 43, 924-930., Hum Genet (2007) 120, 737-742.)に、変異型エクソン31とその両側の隣接イントロンとを含むジストロフィン遺伝子断片(変異型ミニ遺伝子)を挿入したプラスミド(H492−dys Ex31プラスミド)を構築し、かかるプラスミドをトランスフェクトしたHela細胞において、その遺伝子断片のmRNAを調べることにした。なお、H492ベクターは、2つのカセットエクソン(A及びB)とマルチクローニングサイトを含むイントロン配列とをコードしている。
【0045】
H492−dys Ex31プラスミドは以下のような方法で構築した。KUCG797のゲノムDNAから、ジストロフィン遺伝子の変異型エクソン31とその両側の隣接イントロン領域とを含む断片をPCRで増幅した。プライマーとして、イントロン30f−NheI(GCGGCTAGCGTGATCCACCTGCCTCGAC:配列番号4)、及び、イントロン31r−BamHI(GCGGGATCCTCAAATCCAATCTTGCCAAT:配列番号5)を使用した。前述の増幅産物をNheI及びBamHI(New England Biolabs社製)で消化した断片を、両酵素で消化したH492に挿入した。これにより、KUCG797由来の変異型エクソン31とその両側の隣接イントロン領域とを含む断片(変異型ミニ遺伝子)を含むプラスミド(H492−dys Ex31mプラスミド)を構築した(
図1e)。また、健常者のゲノムDNAを利用した同様の方法により、ジストロフィン遺伝子の野生型エクソン31とその両側の隣接イントロン領域とを含む断片(野生型ミニ遺伝子)を含むプラスミド(H492−dys Ex31wプラスミド)を構築した(
図1e)。H492−dys Ex31mプラスミド及びH492−dys Ex31wプラスミドのいずれも、プラスミドの全配列の決定を行い、目的断片が含まれていることを確認した。
【0046】
H492−dys Ex31mプラスミド、H492−dys Ex31wプラスミドを、Hela細胞にそれぞれトランスフェクションし、H492−dys Ex31m/Hela及びH492−dys Ex31w/Helaを得た。トランスフェクションは、リポフェクタミン2000(インビトロジェン社製)を製造者マニュアルに従って使用して行った。トランスフェクションにより得られたこれらの細胞内では、CMVプロモーター(CMVp)からmRNA前駆体が転写される。
【0047】
H492−dys Ex31m/Hela又はH492−dys Ex31w/Helaから単離したトータルRNAをテンプレートとし、プライマーとして前述のイントロン30f及びイントロン30rを使用してミニ遺伝子を含む領域をRT−PCRで増幅した。その増幅産物を、Tris−ホウ酸塩/EDTA緩衝液中、2%アガロースゲル上で電気泳動した結果を
図1fに示す。左から3番目のレーン(m)は、H492−dys Ex31m/Hela由来のトータルRNAをテンプレートとした結果を示し、左から2番目のレーン(w)は、H492−dys Ex31w/Hela由来のトータルRNAをテンプレートとした結果を示す。野生型ミニ遺伝子を含む形質転換細胞(H492−dys Ex31w/Hela)では、エクソンA、31及びBを含む1つのRT−PCR産物が認められた。他方、変異型ミニ遺伝子を含む形質転換細胞(H492−dys Ex31m/Hela)では2つのPCR産物が検出された(
図1f)。配列決定の結果、小さい方のDNA産物はエクソン31を含まないことが確認された(データは示さず)。なお、ネガティブコントロールとして、逆転写酵素(RT)を添加しないこと以外は同様にRT−PCR処理したものをアガロースゲルに電気泳動した結果を
図1fの一番右のレーン(m)及び右から2番目のレーン(w)に示す。以上の結果から、この患者における点変異がジストロフィンのエクソン31のスキッピングを引き起こし、H492ベクターにクローニングしたジストロフィン遺伝子の一部が、患者の筋肉で観察されたエクソン31のスキッピングの再現能力を有することが明らかになった。
【実施例2】
【0048】
[エクソン31スプライシングに関与するスプライシング調節因子の解析]
前述の実施例1の結果から、KUCG797のジストロフィン遺伝子のエクソン31の点変異が、エクソンスキッピングを引き起こすことが示されたので、エクソン31のスキッピングやインクルージョン(inclusion)を調節する候補因子の同定を試みた。
【0049】
(SpliceAidプログラムによる配列解析)
ジストロフィン遺伝子の野生型エクソン31と、変異型エクソン31のRNA配列をSpliceAidプログラム(http://www.introni.it/splicing.html)(Bioinformatics (2009) 25, 1211-1213.)で解析したところ、この変異型エクソン31の点変異は、SRタンパク質のメンバーであるSRp30c/SRSF9(SFSR9)との結合力を低下させることが分かった(
図2a)。SRタンパク質は、プリンリッチであることが多いエクソンスプライシングエンハンサー(ESE)と結合することが知られている。エクソン31の配列は、SELEXで同定されたSRp30c/SRSF9に対する高親和性結合配列と高い類似性を有する(
図2b)(Rna (2007) 13, 1287-1300.)。上記変異型エクソン31の変異は、SRp30c/SRSF9に対する結合部位を破壊するだけでなく、hnRNPA1高親和性結合部位をも生じさせる(
図2a)。つまり、上記変異型エクソン31の変異は、hnRNPA1のSELEX winner配列と高い相同性をもつRNA配列を生じさせる(
図2b)(Embo J (1994) 13, 1197-1204.)。hnRNPA1がエクソンスプライシングサイレンサー(ESS)と結合し、エクソンスキッピングを生じさせることはよく知られている。SpliceAidプログラムでの結果から、ジストロフィン遺伝子のエクソン31のESEはSRp30c/SRSF9に認識され、変異によりESEがhnRNPA1に結合するESSに変わることが示唆された。
【0050】
(ゲルモビリティシフトアッセイ)
ジストロフィン遺伝子のエクソン31のESEはSRp30c/SRSF9に認識され、変異によりESEがhnRNPA1に結合するESSに変わるという仮説を検証するため、先ず、ゲルモビリティシフトアッセイにより、hnRNPA1に対する結合活性を、変異型エクソン31RNAと野生型エクソン31RNAとで比較した。具体的には以下の方法で行った。
【0051】
ヒトhnRNPA1cDNAについてPCR増幅を行い、得られた増幅断片を、GST−pCDNA3のBamHI部位とNotI部位との間に挿入して、GST−hnRNPA1プラスミドを作製した。このプラスミドの全配列の決定を行い、目的断片が含まれていることを確認した。このGST−hnRNPA1プラスミドをHEK293T細胞にトランスフェクションし、得られた形質転換細胞を培養した。回収した形質転換細胞から、文献(Methods Mol Biol (2008) 488, 357-365.)記載の方法にしたがって全細胞溶解物を調製した。カラムから溶出する前に緩衝液E(20mMHepes−KOH pH7.9、1000mM KCl、0.2mM EDTA、10%グリセロール、及び1mM DTT)で樹脂を2回洗浄すること以外は基本的に文献(The Journal of biological chemistry (2002) 277, 7540-7545.)記載のとおりに、抗GST親和性樹脂(SIGMA社製)を使用して、前述の全細胞溶解物からGST−hnRNPA1タンパク質を精製した。次いで、
32Pで標識した変異型エクソン31RNA又は野生型エクソン31RNAを、前述のGST−hnRNPA1タンパク質と混合し、20℃で30分間インキュベートして得られた複合体についてゲルモビリティシフトアッセイを行った。具体的には以下の方法を用いた。
【0052】
ゲルモビリティシフトアッセイは基本的に文献(Nucleic acids research (1995) 23, 3638-3641.)記載の方法のとおりに行った。すなわち、前述の各複合体を、8%天然ポリアクリルアミドゲルにて電気泳動することによってアッセイを行った。バンドの分析は、オートラジオグラフィーにより行った。このアッセイで使用した結合緩衝液は、16mMHepes−KOH(pH7.9)、80mMKCl、0.16mM EDTA、0.8mM DTT、8%グリセロール、100ng/μlのBSA、50ng/μlのE. coli tRNA(Sigma Chemical Co.社製)、5×10
4cpmのRNA(
32Pで標識したジストロフィン遺伝子の変異型エクソン31RNA又は野生型エクソン31RNA)、及び、1U/μlのRNasin(登録商標)(Promega社製)を含有していた。このゲルモビリティシフトアッセイの結果を
図3aに示す。
【0053】
図3aに示すように、hnRNPA1が低濃度のときは、野生型エクソン31RNAと変異型エクソン31RNAの両方にほぼ同様に結合した(
図3aのレーン3、4及びレーン8、9)。これは恐らく、共通のhnRNPA1結合部位が、野生型及び変異型の両方のエクソン31上に存在するからであると考えられる(Hum Mol Genet (2006) 15, 999-1013.)。しかし、hnRNPA1がより高濃度のときは、hnRNPA1は、野生型エクソン31RNAよりも変異型エクソン31RNAにより効率的に結合し、hnRNPA1マルチマーを含む、より大きな複合体を形成した(
図3aのレーン5及びレーン10)。これらの結果より、前記の患者でみられるエクソン31の点変異は、hnRNPA1に対する新たな高親和性結合部位をエクソン31上に生じさせ、その結果、変異型エクソン31RNA上のhnRNPA1がより多く分布することを容易にしていることが示唆される。この結果から、変異型エクソン31は、hnRNPA1とより強い結合親和性を持つようになったことで、スプライシングの際に、エクソンとして効率的に認識されなかった可能性が強く示唆された。この可能性を調べるため、次に、インビトロでのスプライシングアッセイを行った。
【0054】
(インビトロでの転写及びスプライシングアッセイ)
変異型エクソン31は、hnRNPA1とより強い結合親和性を持つようになったことで、スプライシングの際に、エクソンとして効率的に認識されなかった可能性が考えられたので、この可能性を検証するために、インビトロでのスプライシングアッセイを行った。
【0055】
まず、かかるアッセイのために、ニワトリδクリスタリン(CDC)mRNA前駆体(Molecular cell (2000) 6, 673-682.)のイントロン領域に、ジストロフィン遺伝子の野生型エクソン31又は前述の変異型エクソン31を含むmRNA前駆体を調製した(
図3bのパネルの右側の構築物参照)。具体的には、PCRで増幅した野生型エクソン31を、pCDC(Molecular cell (2000) 6, 673-682.)のSacI部位とStyI部位との間に挿入することにより、pCDC−dys Ex31wを作製した。また、野生型エクソン31に代えて変異型エクソン31を用いて、同様の方法でpCDC−dys Ex31mを作製した。pCDC−dys Ex31w及びpCDC−dys Ex31mを、それぞれSmaIで線状化し、インビトロ転写の鋳型とした。文献(Molecular cell (2000) 6, 673-682.)記載の方法にしたがって、mRNA前駆体が
32Pで標識されるようにインビトロで転写を行い、次いで、転写されたmRNA前駆体の精製を行った。また、インビトロスプライシングアッセイは、文献(Molecular cell (2000) 6, 673-682.)記載の方法にしたがって、10μlスケールでこれらのmRNA前駆体(CDC−dys Ex31w mRNA前駆体又はCDC−dys Ex31m mRNA前駆体)とHela細胞核抽出物(Cilbiotech社製)を混合し、次いで、30℃下でパネル上部に示す時間(0、15、30、60、90分)、インキュベートすることにより行った。インキュベートして得られたmRNA産物を、6%変性ポリアクリルアミドゲルにて電気泳動し、次いで、オートラジオグラフィーによりRNAバンドの分析を行った。その結果を
図3bに示す。
【0056】
野生型エクソン31を含むCDC−dys Ex31w mRNA前駆体を用いた結果(
図3bのレーン3〜5)と、変異型エクソン31を含むCDC−dys Ex31m mRNA前駆体を用いた結果(
図3bのレーン8〜10)を比較したところ、前者と比較して後者では、エクソン31を含むmRNA産物(
図3bのパネルの右側に黒丸が付された位置の構造のmRNA産物)の生成効率が低かった。他方、エクソン31を含まないmRNA産物(エクソン14及び15からなるmRNA産物)については、変異型エクソン31を含むCDC−dys Ex31m mRNA前駆体を用いた場合の方がより効率的に生成していた。
【0057】
(ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析2)
次に、前述の実施例1で作製したH492−dys Ex31m/Hela(変異型ミニ遺伝子を含むプラスミドをトランスフェクションしたHela細胞)において、RNA結合タンパク質(SRp30c/SRSF9又はSRp75/SRSF4)をさらに過剰発現させることによって、変異型ミニ遺伝子のスプライシングパターンにどのような影響が生じるかを調べることにした。
【0058】
SRp30c/SRSF9の過剰発現に用いたプラスミド(Flag−SRp30cプラスミド)は、PCRで増幅したヒトSRp30cのcDNAを、Flag−pCDNA3(The Journal of biological chemistry (2004) 279, 7009-7013.)のBamHI部位とXhoI部位との間に挿入して作製し、SRp75/SRSF4の過剰発現に用いたプラスミド(Flag−SRp75プラスミド)は、PCRで増幅したマウスSRp75のcDNAを、Flag−pCDNA3のBamHI部位とXhoI部位との間に挿入して作製した。
【0059】
また、Flag−hnRNPA1プラスミドは以下のような方法で作製した。ヒトhnRNPA1cDNAについてPCR増幅を行い、得られた増幅断片を、Flag−pCDNA3(Nucleic acids research (2009) 37, 6515-6527.)のBamHI部位とNotI部位との間に挿入して、Flag−hnRNPA1プラスミドを作製した。このプラスミドの全配列の決定を行い、目的断片が含まれていることを確認した。このFlag−hnRNPA1プラスミドをHEK293T細胞にトランスフェクションし、得られた形質転換細胞を培養した。回収した形質転換細胞から、文献(Methods Mol Biol (2008) 488, 357-365.)記載の方法にしたがって全細胞溶解物を調製した。カラムから溶出する前に緩衝液E(20mM Hepes−KOH pH7.9、1000mM KCl、0.2mM EDTA、10%グリセロール、及び1mM DTT)で樹脂を2回洗浄すること以外は基本的に文献(The Journal of biological chemistry (2002) 277, 7540-7545.)記載のとおりに、抗Flag−M2親和性樹脂(SIGMA社製)を使用して、前述の全細胞溶解物からFlag−hnRNPA1タンパク質を精製した。
【0060】
H492−dys Ex31mプラスミド及びFlag−SRp30cプラスミドを、リポフェクタミン2000(インビトロジェン社製)を用いてコトランスフェクションし、H492−dys Ex31m・Flag−SRp30c/Helaを得た。また、H492−dys Ex31mプラスミド及びFlag−SRp75プラスミドを、リポフェクタミン2000(インビトロジェン社製)を用いてコトランスフェクションし、H492−dys Ex31m・Flag−SRp75/Helaを得た。さらに、H492−dys Ex31mプラスミド及びFlag−hnRNPA1プラスミドを、リポフェクタミン2000(インビトロジェン社製)を用いてコトランスフェクションし、H492−dys Ex31m・Flag−hnRNPA1プラスミド/Helaを得た。
【0061】
これらの各形質転換細胞について、前述の実施例1の「ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析1」と同様のスプライシング解析を行った結果を
図3cに示す。
図3cの一番左のレーンはマーカーを示し、左から2番目のレーン(mock)は、H492−dys Ex31m/Hela由来のトータルRNAをテンプレートとした結果を示し、左から3番目のレーン(SRp30c/SRSF9)は、H492−dys Ex31m・Flag−SRp30c/Hela由来のトータルRNAをテンプレートとした結果を示し、右から2番目のレーン(SRp75/SRSF4)は、H492−dys Ex31m・Flag−SRp75/Hela由来のトータルRNAをテンプレートとした結果を示し、一番右のレーン(hnRNPA)は、H492−dys Ex31m・Flag−hnRNPA1プラスミド/Hela由来のトータルRNAをテンプレートとした結果を示す。また、
図3cのバンド濃度を定量して、エクソン31を含むmRNAに対するエクソン31がスキッピングされたmRNAの割合(Exon skip/inclusion ratio:エクソンスキップ/インクルージョンレシオ)を算出した結果を
図3dに示す。
【0062】
図3c及びdの結果から分かるように、SRp30c/SRSF9が過剰発現している場合(
図3c及びdのSRp30c/SRSF9)は、コントロールの場合(
図3c及びdのmock)と比較して、エクソンスキップ/インクルージョンレシオが有意に低下した。他方、hnRNPA1が過剰発現している場合(
図3c及びdのhnRNPA1)は、コントロールの場合(
図3c及びdのmock)と比較して、エクソンスキップ/インクルージョンレシオが有意に上昇した。なお、他のコントロールとして、SRタンパク質の他のメンバーであるSRp75/SRSF4(Molecular and cellular biology (1993) 13, 4023-4028.)を用いた場合(
図3c及びdのSRp75/SRSF4)は、コントロールの場合(
図3c及びdのmock)とエクソンスキップ/インクルージョンレシオは変わらず、スプライシングパターンに変化はなかった。
【0063】
以上の結果から、ジストロフィンエクソン31は、SRp30c/SRSF9依存性ESEを含み、このESEが変異し、hnRNPA1に結合するESSに変わることで、エクソン31スキッピングが起きていることが強く示唆された。
【実施例3】
【0064】
[H492−dys Ex31m/Helaの変異型エクソン31のスキッピングに対するTG003の効果]
本発明者らは、ジストロフィン遺伝子のエクソン31のスキッピングを促進し得る低分子化合物を見つけるために、様々な低分子化合物を探索した。その代表例として、以下には、TG003とSRPIN340についての結果を記載する。
【0065】
TG003及びSRPIN340はいずれも、オルタナティブスプライシングに影響する低分子化合物として知られている。SRPIN340は、SR蛋白キナーゼ(SRPKs)(Proc Natl Acad Sci U S A (2006) 103, 11329-11333.)に対する特異的阻害剤であり、恐らくSRPKによるSRタンパク質のリン酸化阻害を通じて、オルタナティブスプライシングを調節することができる(Biochem J (2009) 417, 15-27., Genome Biol (2009) 10, 242.)。もう一つは、TG003と命名したClkキナーゼの阻害剤である。TG003は、アデノウイルスE1A、SC35、及びClk自体(非特許文献12及び13)のオルタナティブスプライシングに影響することも明らかにされている。
【0066】
(ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析3)
H492−dys Ex31m/Hela(変異型ミニ遺伝子を含むプラスミドをトランスフェクションしたHela細胞)を、30μMのTG003を含むDMSO溶液又は30μMのSRPIN340を含むDMSO溶液中で24時間インキュベートした。ネガティブコントロールとしてDMSO溶液を用いて同様にインキュベートした。インキュベートした各細胞について、前述の実施例1の「ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析1」と同様のスプライシング解析(細胞抽出したトータルRNAを用いたRT−PCR解析)を行った結果を
図4aに示す。
図4aの一番左のレーンは、φX174−HaeIIIで消化したDNAサイズマーカーを示し、左から2番目のレーン(DMSO)は、H492−dys Ex31m/HelaをDMSO処理した場合の結果を示し、左から3番目のレーン(TG003)は、H492−dys Ex31m/HelaをTG003処理した場合の結果を示し、一番右のレーン(SRPIN340)は、H492−dys Ex31m/HelaをSRPIN340処理した場合の結果を示す。また、
図4aのバンド濃度を定量して、エクソンスキップ/インクルージョンレシオを算出した結果を
図4bに示す。
【0067】
図4a及びbの結果から分かるように、SRPIN340処理した場合(
図4a及びbのSRPIN340)は、コントロールの場合(
図4a及びbのDMSO)とほとんど変わらないエクソンスキップ/インクルージョンレシオを示したが、TG003処理した場合(
図4a及びbのTG003)は、コントロールの場合(
図4a及びbのDMSO)と比較して、エクソンスキップ/インクルージョンレシオが有意に上昇した。すなわち、SRPIN340はエクソン31のスキッピングには殆ど影響しないが、TG003は、エクソン31のスキッピングを有意に促進することが示された。
【0068】
(ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析4)
「ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析3」の結果からは、TG003が、変異型エクソン31のスキッピングだけでなく、野生型エクソン31のスキッピングをも促進する可能性もあった。そこで、H492−dys Ex31m/Hela(変異型ミニ遺伝子を含むプラスミドをトランスフェクションしたHela細胞)と共に、H492−dys Ex31w/Hela(野生型ミニ遺伝子を含むプラスミドをトランスフェクションしたHela細胞)を用いて、前述の「ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析3」と同様の方法でスプライシング解析を行った。なお、細胞を処理する溶液としては、種々の濃度(0μM、5μM、10μM、20μM、30μM、50μM)のTG003を含むDMSO溶液を用いた。その結果を
図4cに示す。また、
図4cのバンドの濃度を定量して、エクソンスキップ/インクルージョンレシオを算出した結果を
図4dに示す。
【0069】
図4c及びdの結果から分かるように、H492−dys Ex31m/Hela(変異型ミニ遺伝子を含むプラスミドをトランスフェクションしたHela細胞)では、TG003はエクソン31のスキッピングを用量依存的に促進した。一方、H492−dys Ex31w/Hela(野生型ミニ遺伝子を含むプラスミドをトランスフェクションしたHela細胞)では、TG003が50μMであっても、エクソン31のスキッピングを起こさず、
図4dのグラフでは横軸にほとんど沿う結果となった。これらの結果より、TG003は、野生型エクソン31ではエクソンスキッピングを促進せず、変異型エクソン31のエクソン31のスキッピングを特異的に促進することが示された。
【実施例4】
【0070】
[H492−dys Ex27m/Helaの変異型エクソン27のスキッピングに対するTG003の効果]
TG003が、ジストロフィン遺伝子のエクソン31以外のエクソンの変異に対してもスキッピングを促進させる効果を発揮するか否かを確認するために、KUCG797の患者とは別の筋ジストロフィー患者由来のジストロフィン遺伝子の変異を解析した。この患者のジストロフィン遺伝子の変異はエクソン27に認められた。この変異は、ジストロフィンcDNA(配列番号1)の3613番目のグアニンヌクレオチドが欠失したものである(c.3613delG)。この変異は、ジストロフィンcDNA(配列番号1)の読み枠をシフトさせるアウトオブフレーム変異であり、その結果、その変異の少しC末端側(ジストロフィンcDNA(配列番号1)の3641番目から3643番目のヌクレオチド部分)にストップコドン(終止コドン)を生じさせる。本明細書の背景技術に記載の読み枠ルールにしたがえば、この症例ではジストロフィンが産生されず、重篤なDMDとなることがその遺伝子型から予想されたが、実際の症状はそれより軽症であった。
【0071】
この患者のゲノムDNAから、ジストロフィン遺伝子の変異型エクソン27とその両側の隣接イントロン領域とを含む断片をPCRで増幅した。プライマーとして、イントロン26f-NheI(GCGGCTAGCAAATTTATGGAAGAGACTGGAGTTCA:配列番号6)、及び、イントロン27r-BamHI(GCGGGATCCCAAGTTAAGCAAATGGCCCAAA:配列番号7)を使用した。この増副産物をNheI(New England Biolabs社製)、及び、 BamHI (New England Biolabs社製)で消化した断片を、それら両酵素で消化したH492ベクターに挿入した。これにより、この患者由来の変異型エクソン27とその両側の隣接イントロン領域とを含む断片を含むプラスミド(H492−dys Ex27m)を構築した。また、健常者のゲノムDNAを利用した同様の方法により、ジストロフィン遺伝子の野生型エクソン27と、その両側の隣接イントロン領域とを含む断片を含むプラスミド(H492−dys Ex27w)を構築した。H492−dys Ex27mプラスミド及びH492−dys Ex27wプラスミドのいずれも、プラスミドの全配列の決定を行い、目的断片が含まれていることを確認した。
【0072】
前述の「ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析1」における方法と同様の方法で、H492−dys Ex27m、及び、H492−dys Ex27wを、Hela細胞にそれぞれトランスフェクションし、H492−dys Ex27m/Hela、及び、H492−dys Ex27m/Helaを得た。
【0073】
H492−dys Ex31m/Hela、及び、H492−dys Ex31m/Helaに代えて、H492−dys Ex27m/Hela、及び、H492−dys Ex27m/Helaをそれぞれ用いたこと以外は、前述の「ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析4」における方法と同様の方法でスプライシング解析を行った。その結果を
図5aに示す。また、
図5aのバンドの濃度を定量して、エクソンスキップ/インクルージョンレシオを算出した結果を
図5bに示す。
【0074】
図5a及びbの結果から分かるように、変異型エクソン27を利用したH492−dys Ex27m/Helaでは、TG003はそのエクソン27のスキッピングを用量依存的に促進した。一方、野生型エクソン27を利用したH492−dys Ex27w/Helaでは、TG003が50μMであっても、エクソン27のスキッピングを起こさず、
図5bのグラフでは横軸にほとんど沿う結果となった。すなわち、TG003は、野生型エクソン27ではエクソンスキッピングを促進せず、変異型エクソン27のエクソン27のスキッピングを特異的に促進することが示された。これらの結果より、TG003は、変異型エクソン31だけでなく、変異型エクソン27のスキッピングも促進することが明らかとなった。
【実施例5】
【0075】
[KUCG797由来の細胞における、変異型エクソン31のスキッピングに対するTG003の効果]
次に、ジストロフィン遺伝子のスプライシングに対してTG003が及ぼす影響を、患者(KUCG797)由来の筋細胞において調べることとした。
【0076】
(KUCG797由来の筋細胞におけるスプライシング解析)
まず、KUCG797から採取した筋細胞について初代培養を行った。具体的には、以下のような方法で行った。6ウエルプレート(Gelatin-Coated micro plate 6 well with Lid;IWAKI社製)中に、20%のFBS(Gibco社製)、4%のUltroser(登録商標)G(PALL社製)及び1%のAntibiotic-Antimyotic(Gibco社製)をコンフルエントになるまで添加したダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)(Sigma社製)にて、患者由来の筋細胞を培養した。筋細胞を筋管に分化させるため、2%ウマ血清(Gibco社製)及び1%Antibiotic-Antimyotic(Gibco社製)を添加したダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)(Sigma社製)において、種々の濃度(1μM、2μM、5μM、7μM、10μM)のTG003の存在下又は不在下で、前述の初代筋細胞を2週間培養した。培地とTG003は2日毎に入れ替えた。
【0077】
培養したこれらの筋細胞を用いて、スプライシング解析を行った。その方法としては、イントロン30f−NheI、及び、イントロン31r−BamHIの両プライマーに代えて、前述のフォワードc27f及びリバース2Fの両プライマーを用いたこと以外は、前述の「ミニ遺伝子を利用した、細胞におけるスプライシング解析3」と同様の方法を用いた。前述のフォワードc27f及びリバース2Fの両プライマーは、ジストロフィン遺伝子のエクソン27から32に至る領域を増幅するプライマーセットである。かかるスプライシング解析の結果を
図6aに示す。また、
図6aのバンドの濃度を定量して、エクソンスキップ/インクルージョンレシオを算出した結果を
図6bに示す。
【0078】
図6a及びbの結果から分かるように、KUCG797由来の筋細胞を用いた場合であっても、TG003はエクソン31のスキッピングを用量依存的に促進した。これらの結果から、TG003は、患者細胞の変異型エクソン31のスキッピングを促進し得ることが示唆され、さらには、ジストロフィンの機能がある程度残存したトランケート型ジストロフィンの発現を増加させ得ることも強く期待された。
【0079】
(KUCG797由来の筋細胞におけるトランケート型ジストロフィンの発現解析)
前述のKUCG797由来の筋細胞において、実際にトランケート型ジストロフィンが発現しているかどうかを確認するために、以下のウエスタンブロッティング解析を行った。
【0080】
2%ウマ血清(Gibco社製)及び1%Antibiotic-Antimyotic(Gibco社製)を添加したダルベッコ変法イーグル培地(DMEM)(Sigma社製)において、前述のKUCG797由来の初代筋細胞を、7μMのTG003の存在下又は不在下で2週間培養した。培地とTG003は2日毎に入れ替えた。培養したこれらの筋細胞をPBSで2回洗浄し、1XCell Lysis Buffer(Cell Signaling Technology社製)を用いて回収した。回収した細胞から抽出した総タンパク質を3〜10%勾配ポリアクリルアミドゲル(PAGEL、ATTO社製)にアプライした。なお、総タンパク質のアプライ量としては、コントロールについては4μg、変異TG003(0μM)については20μg、変異TG003(7μM)については60μgとした。ポリアクリルアミドゲルで泳動したタンパク質画分をHYBOND-Pメンブレン(GE Healthcare社製)にトランスファーした。ECL advance Western Blotting Detection kit(GE Healthcare社製)を製造者マニュアルに従って使用し、前述のメンブレンについてウエスタンブロッティング解析を行った。ジストロフィンのC末端に対する抗体(NCL−DYS2、Leica社製)、又は、ジストロフィンのエクソン31に対応する部分に対する抗体(8H11、Santa Cruz社製)を、それぞれ1:10及び1:100の希釈倍率にて使用し、前述のメンブレンのインキュベーションを行った。ジストロフィン抗ジストロフィン免疫複合体の検出には、抗マウスIgG抗体(GE Healthcare社製)を用いた。上述したものと同じプロトコールによって、デスミンのウエスタンブロッティング解析を行った。デスミン抗体(H−76、Santa Cruz社製)は希釈倍率1:50で使用した。デスミン抗デスミン免疫複合体の検出には、抗ウサギIgG抗体(GE Healthcare社製)を用いた。
【0081】
以上のウエスタンブロッティング解析の結果を
図6cに示す。ジストロフィンのC末端に対する抗体を用いた結果(Dystrophin(C-terminal))から分かるように、TG003を投与すると、ジストロフィンの発現が増加することが示された。ただし、このジストロフィンは、エクソン31に対応する部分に対する抗体では検出できなかったことから(
図6のDystrophin(Exon 31/32)の結果)、このジストロフィンでは、エクソン31に対応する部分(エクソン31にコードされるペプチド)が欠失していると考えられる。以上の結果から、TG003は、c.4303G>T変異を有するKUCG797由来の細胞においてエクソン31スキッピングを促進することにより、トランケート型ジストロフィンの発現を促進することが示された。