特許第5951004号(P5951004)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5951004グリコアルカロイド生合成酵素遺伝子の発現が抑制されているか、または該酵素の活性が変化した植物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5951004
(24)【登録日】2016年6月17日
(45)【発行日】2016年7月13日
(54)【発明の名称】グリコアルカロイド生合成酵素遺伝子の発現が抑制されているか、または該酵素の活性が変化した植物
(51)【国際特許分類】
   A01H 1/00 20060101AFI20160630BHJP
   A01H 5/00 20060101ALI20160630BHJP
   C12Q 1/68 20060101ALI20160630BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20160630BHJP
【FI】
   A01H1/00 Z
   A01H5/00 AZNA
   C12Q1/68 A
   C12N15/00 A
【請求項の数】10
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2014-503884(P2014-503884)
(86)(22)【出願日】2013年3月6日
(86)【国際出願番号】JP2013056163
(87)【国際公開番号】WO2013133330
(87)【国際公開日】20130912
【審査請求日】2014年9月2日
(31)【優先権主張番号】特願2012-51011(P2012-51011)
(32)【優先日】2012年3月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100111741
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 夏夫
(72)【発明者】
【氏名】梅基 直行
【審査官】 太田 雄三
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/029804(WO,A1)
【文献】 国際公開第2011/025011(WO,A1)
【文献】 根古谷竜,他,LC−MSを用いたジャガイモ植物体および光照射塊茎のグリコアルカロイド定量分析,園芸学研究,2011年 3月20日,第10巻 別冊1 −2011−,第421頁
【文献】 中安大,他,ナス科植物におけるステロイドグリコアルカロイド生合成に関わるP450の酵素解析,植物の生長調節,Vol.47, Supplement,p. 53
【文献】 AOKI, K., et al.,Large-scale analysis of full-length cDNAs from the tomato (Solanum lycopersicum) cultivar Micro-Tom,,BMC Genomics[online],2010年,Vol. 11,Article No. 210,URL,http://www.biomedcentral.com/content/pdf/1471-2164-11-210.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 1/00
A01H 5/00
C12N 15/09
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
PubMed
CiNii
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2、配列番号4または配列番号5に示されるDNA配列もしくは前記DNA配列と少なくとも90%以上の配列同一性を有するDNA配列にコードされる、グリコアルカロイド化合物を生産する酸化酵素の遺伝子の発現が抑制されているか、または該酵素の活性が低下している植物を母本とし、交配により得られた後代を選抜することにより、グリコアルカロイドの蓄積リスクの低減した栽培品種を作出する方法。
【請求項2】
前記母本が、変異処理によるグリコアルカロイド化合物を生産する酸化酵素の遺伝子の人為的な改変により得られたものであるか、またはその後代である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記母本が、酸化酵素の遺伝子のイントロンに挿入配列を含むものである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記母本が、酸化酵素の遺伝子の4番イントロンに配列番号23と配列番号24に示される配列を含む挿入配列、配列番号25に示される配列と配列番号26に示される配列を含む挿入配列、またはそれらの部分配列からなる挿入配列を含むものである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記交配により得られた後代の選抜にあたり、グリコアルカロイド化合物を生産する酸化酵素の遺伝子の変異を遺伝子マーカーにより検出することを含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記遺伝子マーカーが配列番号23と配列番号24に示される配列を含む配列もしくは配列番号25に示される配列と配列番号26に示される配列を含む配列、またはそれらの部分配列である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
配列番号23に示される配列と配列番号24に示される配列を含む配列若しくは配列番号25に示される配列と配列番号26に示される配列を含む配列、それらの部分配列、またはそれらの周辺の配列を含むプライマー配列を用いて酸化酵素の遺伝子の4番イントロンに前記遺伝子マーカーの存在を決定する、請求項5に記載の方法。
【請求項8】
前記植物が、ナス科植物である請求項1〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
ナス科植物が、ジャガイモである請求項8に記載の方法。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法で作出された栽培品種。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジャガイモ等ナス科植物における特徴的なグリコアルカロイド化合物を生産するグリコアルカロイド生合成酵素遺伝子の発現が抑制されているか、またはグリコアルカロイド生合成酵素の活性が変化し、グリコアルカロイドを生産しないジャガイモ等ナス科植物に関する。
【背景技術】
【0002】
グリコアルカロイドはステロイダルアルカロイドとも呼ばれる一群の植物由来の化合物である。構造的には炭素鎖が27のイソプレノイドに窒素原子が含まれるものであり、ナス属植物の422種がグリコアルカロイドを含むことが報告されている(非特許文献1の7.8章)。ナス属以外のナス科植物ではユリ科でもグリコアルカロイドを含むものが知られている。その中でも重要なものとしてナス科ナス属のジャガイモ(Solanum tuberosum)のチャコニンおよびソラニン、ならびにトマト(Solanum lycopersicum)のトマチンである。
【0003】
ジャガイモは、トウモロコシ、イネ、コムギに次いで世界第四番目の生産量を示す作物であるが、塊茎から出る芽や地上部植物は有毒なチャコニンおよびソラニンを含んでいることは周知の事実である。チャコニンやソラニンにより腹痛、めまい、軽い意識障害等の中毒症状を引き起こす。塊茎も、傷害を受けることや太陽光に曝されることでチャコニンおよびソラニンを容易に蓄積するため、塊茎の管理を誤ると中毒事故を起こす危険がある。
【0004】
これらの中毒事故はしばしば起きており、最近では2009年7月16日に日本国奈良市の小学校でグリコアルカロイドの中毒事件が発生している(Asahi.com報道)。ジャガイモの塊茎は暗所で保存すること等により20mg/100g以下のグリコアルカロイドになるように管理されているため通常は安全な食品である。しかしながら、上記のような中毒事故の危険性を考慮すると、バイレイショにおけるグリコアルカロイドを低減させることはジャガイモの育種、生産、貯蔵、輸送、販売、購買などあらゆるジャガイモを扱っている関係者の関心事である。しかし現在まで達成することはできてはいない。その理由としてはグリコアルカロイドのない野生種のジャガイモはないと言われていること、グリコアルカロイド生合成経路が未確定であり(非特許文献1の図7.24A,B、非特許文献2)、生合成経路に関与する遺伝子の同定が進まなかったことにある。
【0005】
グリコアルカロイドはコリンエステラーゼ阻害活性や膜破壊効果等の毒性を持つが、それ以外に、抗癌性活性、肝臓保護効果、鎮痙効果、免疫系促進効果、抗カビ性効果、抗原虫性効果、殺貝剤活性などの薬用作用が知られている(非特許文献1)。トマトではグリコアルカロイドの代謝産物であるesculeoside Aがさまざまな生理学的作用を示すことも報告されている(非特許文献3)。しかし生合成経路が不明であることから、代謝産物を抑制することや効率よく生産する研究・開発はほとんど進んでこなかった。
【0006】
アグリコン以降の糖転移過程を触媒する酵素遺伝子が幾つか報告されている(非特許文献4−6)。しかし、非特許文献4ではアグリコンであるソラニジンからのγソラニンへの経路であるUDP-ガラクトシルトランスフェラーゼの遺伝子と、当該遺伝子の抑制株を報告しているが、チャコニンの生成は全く抑制できていない(非特許文献4の図2)。非特許文献4ではソラニジンからのγチャコニンへの経路であるUDP-グルコシルトランスフェラーゼの遺伝子と、当該遺伝子の抑制株を報告しているが、チャコニンおよびソラニンいずれの生成も殆ど抑制できていない(非特許文献5の図5)。非特許文献6ではβチャコニンからαチャコニン、βソラニンからαソラニンへの経路であるラムノシルトランスフェラーゼの遺伝子を報告しているが、当該遺伝子の抑制によりα体は減少しているがβ体やγ体は増加している。このように糖転移過程を抑制してもグリコアルカロイド分子種を変化させることはできるが、グリコアルカロイドの総量を調節することは極めて難しいことがわかる。最近、グリコアルカロイドの生合成経路に関わる酸化経路を触媒する酵素遺伝子が報告された(特許文献1)。しかし、具体的な酵素反応は依然不明である。
【0007】
植物ステロールや植物ホルモンの生合成遺伝子を過剰発現することでグリコアルカロイドの低下を試みた報告がある(非特許文献7)。しかしグリコアルカロイド量は多くても半分程度にしか減少できておらず、経路を改変することにおいては有効な手段を提供していない(非特許文献7の図5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO 2011/025011
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Eich, Solanaceae and Convolvulaceae: Secondary Metabolite (2008), Springer
【非特許文献2】Ginzbergら、 Potato Research (2009) 52: 1-15
【非特許文献3】Noharaら、 J. Nat. Prod. (2010) 73: 1734-1741
【非特許文献4】McCueら、 Plant Sci.(2005) 168: 267-273
【非特許文献5】McCueら、Phytochemistry (2006) 67: 1590-1597
【非特許文献6】McCueら、Phytochemistry (1998) 68: 327-334
【非特許文献7】Arnqvistら、 Plant Physiol. (2003) 131: 1792-1799
【非特許文献8】Heftmann、 Phytochemistry (1983) 22: 1843-1860
【非特許文献9】Eckart Eich, ‘Solanaceae and ConVolvulaceae: Secondary Metabolite,’ 2008, Springer, Heidelberg, Germany, p.368-370
【非特許文献10】金子ら, Phytochemistry (1977) 16: 791-793
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、グリコアルカロイド化合物を生産するグリコアルカロイド生合成酵素遺伝子の発現が抑制されているか、またはグリコアルカロイド生合成酵素の活性が変化し、グリコアルカロイドを生産しないジャガイモ等ナス科植物の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、グリコアルカロイドを含有しないジャガイモ等のナス科植物を得るべく鋭意研究を重ねた。本発明者は、ジャガイモにおいて植物体内でグリコアルカロイドの生合成に関与する新たな酵素をコードする遺伝子とそのゲノム構造を明らかにした。この遺伝子およびゲノム構造を基に、さまざまなジャガイモからDNAならびにRNAを抽出し、遺伝子およびゲノム構造や遺伝子の発現を変異の無いジャガイモと比較を行った。その結果、上記酵素をコードする遺伝子に変異を有し、遺伝子の発現が抑制されている植物を選抜した。さらに、該植物を母本として交配することにより、新たなグリコアルカロイドを産生せず、植物体内に蓄積しない植物品種を得ることができることを見出し、本発明を完成させるに至った。同様にしてトマトにおいてもグリコアルカロイド含量の低減されたトマトを作出することができることを見出した。
【0012】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
【0013】
[1] グリコアルカロイド生合成に関与する酸化酵素遺伝子の発現が抑制されているか、または該酵素の活性が低下している植物を母本とし、交配により得られた後代を選抜することにより、グリコアルカロイドの蓄積リスクの低減した栽培品種を作出する方法。
【0014】
[2] 前記のグリコアルカロイド生合成に関与する酸化酵素遺伝子が、配列番号2、配列番号4または配列番号5に示されるDNA配列もしくは前記DNA配列に相補的な配列にストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA配列にコードされるものである、[1]の方法。
【0015】
[3] 前記母本が、変異処理によるグリコアルカロイド生合成に関与する酸化酵素遺伝子の人為的な改変により得られたものであるか、またはその後代である、[1]または[2]の方法。
【0016】
[4] 前記母本が、野生株のスクリーニングにより得られたものであるか、またはその後代である、[1]または[2]の方法。
【0017】
[5] 前記母本が、酸化酵素遺伝子のイントロンに挿入配列を含むものである、[4]の方法。
【0018】
[6] 前記母本が、酸化酵素遺伝子の4番イントロンに配列番号23と配列番号24に示される配列を含む挿入配列、配列番号25に示される配列と配列番号26に示される配列を含む挿入配列、またはそれらの部分配列からなる挿入配列を含むものである、[5]の方法。
【0019】
[7] 前記交配により得られた後代の選抜にあたり、グリコアルカロイド生合成に関与する酸化酵素遺伝子の変異を遺伝子マーカーにより検出することを含む、[1]〜[6]のいずれかの方法。
【0020】
[8] 前記遺伝子マーカーが配列番号23に示される配列と配列番号24に示される配列を含む配列もしくは配列番号25に示される配列と配列番号26に示される配列を含む配列、またはそれらの部分配列である、[7]の方法。
【0021】
[9] 配列番号23に示される配列と配列番号24に示される配列を含む配列、もしくは配列番号25に示される配列と配列番号26に示される配列を含む配列、それらの部分配列、またはそれらの周辺の配列を含むプライマー配列を用いて酸化酵素遺伝子の4番イントロンに前記遺伝子マーカーの存在を決定する、[7]の方法。
【0022】
[10] 前記植物が、ナス科植物である[1]〜[9]のいずれかの方法。
【0023】
[11] ナス科植物が、ジャガイモである[10]の方法。
【0024】
[12] [1]〜[11]のいずれかの方法で作出された栽培品種。
【0025】
さらに、本発明は以下の発明を包含する。
【0026】
[13] 以下の(a)または(b)のタンパク質:
(a) 配列番号1に示すアミノ酸配列からなるタンパク質;および
(b) 配列番号1に示すアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、グリコアルカロイド生合成酵素活性を有するタンパク質。
【0027】
[14] 以下の(c)〜(f)のいずれかのDNAからなる遺伝子;
(c) 配列番号2に示す塩基配列からなるDNA;
(d) 配列番号2に示す塩基配列からなるDNAに相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、グリコアルカロイド生合成酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA;
(e) 配列番号2に示す塩基配列と80%以上の配列同一性を有する塩基配列からなり、かつ、グリコアルカロイド生合成酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA;および
(f) 配列番号2に示す塩基配列の縮重異性体からなるDNA。
【0028】
[15] 以下の(g)または(h)のタンパク質:
(g) 配列番号3に示すアミノ酸配列からなるタンパク質;および
(h) 配列番号3に示すアミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、グリコアルカロイド生合成酵素活性を有するタンパク質。
【0029】
[16] 以下の(i)〜(l)のいずれかのDNAからなる遺伝子:
(i) 配列番号4に示す塩基配列からなるDNA;
(j) 配列番号4に示す塩基配列からなるDNAに相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、グリコアルカロイド生合成酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA;
(k) 配列番号4に示す塩基配列と80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつ、
グリコアルカロイド生合成酵素活性を有するタンパク質をコードするDNA;および
(l) 配列番号4に示す塩基配列の縮重異性体からなるDNA。
【0030】
[17] [14]または[16]の遺伝子を含有する組換えベクター。
【0031】
[18] [17]の組換えベクターを導入した形質転換体。
【0032】
[19] 植物体である[18]の形質転換体。
【0033】
[20] (i) ゲノムDNAまたはRNAである核酸を植物から単離する工程、
(ii) (i)の核酸がRNAである場合に逆転写しcDNAを合成する工程、
(iii) (i)または(ii)の工程で得られたDNAから配列番号2、配列番号4または配列番号5に示す塩基配列を含有する遺伝子断片を増幅する工程、ならびに
(iv) DNA中に突然変異および/または多型の存在を決定する工程、
とを含む、植物におけるグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の突然変異および/または多型の存在を検出する方法。
【0034】
[21] 植物がナス科植物である[20]の方法。
【0035】
[22] [20]または[21]の方法によってグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の突然変異および/または多型を検出し、突然変異および/または多型を有する植物体を選抜する方法。
【0036】
[23] [22]の方法により選抜された、グリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子に突然変異および/または多型を有する植物体。
【0037】
[24] ナス科植物である[23]の植物体。
【0038】
[25] グリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の発現能またはコードするグリコアルカロイド生合成酵素の活性が、既存品種に対して変化している植物を選抜する、[23]または[24]の植物体を選抜する方法。
【0039】
[26] [25]の方法によって選抜された、グリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の発現能が既存品種に対して変化しているか、またはグリコアルカロイド生合成酵素の活性が既存品種に対して変化している植物体。
【0040】
[27] ナス科植物である[26]の植物体。
【0041】
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2012-051011号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【発明の効果】
【0042】
本発明の方法により、グリコアルカロイド生合成に関与する酸化酵素遺伝子の発現が抑制されているか、または該酵素の活性が低下しており、グリコアルカロイドを産生せず、植物体内に蓄積しない、ジャガイモ等ナス科植物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1-1】ジャガイモとトマトの生合成遺伝子Eの相同性をDNA解析ソフトGENETYX(ゼネティックス社)で解析した結果を示す図である。全般で非常に高い相同性が認められる。
図1-2】ジャガイモとトマトの生合成遺伝子Eの相同性をDNA解析ソフトGENETYX(ゼネティックス社)で解析した結果を示す図である(図1−1の続き)。
図1-3】ジャガイモとトマトの生合成遺伝子Eの相同性をDNA解析ソフトGENETYX(ゼネティックス社)で解析した結果を示す図である(図1−2の続き)。
図2】遺伝子E抑制用ベクターの構造を示す。図2には、導入する遺伝子部分のT-DNAのライトボーダー(RB)、レフトボーダー(LB)の内部の構造、制限酵素部位を示す。
図3】ジャガイモ形質転換体のin vitro茎のグリコアルカロイド含量を示す図である。
図4】ジャガイモ形質転換体のin vitro茎から抽出したRNAに対するRT-PCRの結果を示す図である。
図5】ジャガイモ形質転換体の塊茎の表皮のグリコアルカロイド含量を示す。エラーバーは標準偏差を示す。
図6】トマト形質転換体の若い葉のグリコアルカロイド含量を示す図である。エラーバーは標準偏差を示す。
図7】野生種であるジャガイモ近縁種のゲノムDNAに対するPCRの結果を示す図である。
図8】野生種であるジャガイモ近縁種のE遺伝子4番イントロンの挿入された領域と挿入配列の一部の塩基配列を示す図である。エクソン部分の配列を2重下線で、5‘スプライシング保存配列を下線で、挿入配列を太い下線で示した。
図9】野生種であるジャガイモ近縁種のin vitro植物体から抽出したRNAに対するRT-PCRの結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0045】
1.本発明のグリコアルカロイド生合成酵素
本発明はグリコアルカロイド生合成に関与する酸化酵素(以下、グリコアルカロイド生合成酵素という)の活性が変化した植物を母本として、交配により得られた後代を選抜することにより、グリコアルカロイドの蓄積リスクの低減した栽培品種を作出する方法である。
【0046】
本発明のグリコアルカロイド生合成酵素の活性が変化した植物におけるグリコアルカロイド生合成に関わるタンパク質・酵素は、ジャガイモ等ナス科植物(Solanaceae)に含まれるグリコアルカロイド生合成酵素である。バレイショ等ナス科には、ジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)、ナス(Solanum melongena)、トウガラシ(Capsicum annuum)等が含まれる。また、本発明の酵素は、膜結合型のチトクロームP450モノオキシダーゼである。本発明の酵素により得られるグリコアルカロイドは、ジャガイモ等のナス科植物に合成されるグリコアルカロイドが含まれ、例えばジャガイモのチャコニンおよびソラニン等のグリコアルカロイド、トマトのトマチン等のグリコアルカロイドが挙げられる。
【0047】
本発明のグリコアルカロイド生合成酵素の基質となる好ましいステロイド化合物としては、コレステロール類が挙げられる。コレステロール類としては、コレステロール、シトステロール、カンペステロール、スティグマステロール、ブラシカステロールなどが挙げられる。本発明のグリコアルカロイド生合成酵素はこれらを酸化する酵素である。
【0048】
野生型の前記酵素の全長アミノ酸配列は、配列番号1または3に示される。さらに、該酵素は、配列番号1に示されるアミノ酸配列または配列番号3に示されるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を有し、グリコアルカロイド生合成酵素活性を有するタンパク質を包含する。ここで、実質的に同一のアミノ酸配列としては、当該アミノ酸配列に対して1または数個(1〜10個、好ましくは1〜7個、さらに好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜3個、さらに好ましくは1個もしくは2個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列、または当該アミノ酸配列と、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))等(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータ)を用いて計算したときに、少なくとも85%以上、好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、特に好ましくは97%以上の配列同一性を有しているアミノ酸配列が挙げられる。
【0049】
上記のグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子をE遺伝子と呼ぶ。
【0050】
本明細書で使用する「配列同一性」は、例えば2つのアミノ酸配列または塩基(ヌクレオチド)配列をアラインメントしたとき(ただしギャップを導入してもよいしギャップを導入しなくてもよいが、好ましくはギャップを導入する。)、ギャップを含むアミノ酸または塩基の総数に対する同一アミノ酸または塩基の数の割合(%)を指す。
【0051】
2.グリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子
上記のグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子(遺伝子E)は、ステロイド化合物を酸化する活性を持つグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子である。
【0052】
上記酵素をコードするDNAは、例えば上記配列番号1や配列番号3に示されるアミノ酸配列をそれぞれコードする塩基配列を含むものであり、具体的には配列番号2や配列番号4に示される塩基配列を含むものである。
【0053】
上記酵素をコードするDNAは、また、配列番号2や配列番号4に示される各塩基配列に相補的な塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA、あるいは、配列番号2や配列番号4に示される塩基配列と、BLAST、FASTAなどの相同性検索のための公知のアルゴリズム(例えば、デフォルトすなわち初期設定のパラメータを使用する。)を用いて計算したときに、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも85%、好ましくは少なくとも90%、さらに好ましくは少なくとも95%、特に好ましくは少なくとも97%、98%もしくは99%の配列同一性を有するDNA、あるいは、これらのDNAによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列に対して1もしくは複数、好ましくは1もしくは数個、例えば、1〜10個、好ましくは1〜7個、さらに好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜3個、さらに好ましくは1個もしくは2個、のアミノ酸が欠失、置換、挿入および/または付加されたアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするDNAである。
【0054】
これらのDNAは、配列番号2や配列番号4に示される塩基配列を含むDNAのホモログ(相同体)、アナログ(類似体)または変異体である。このようなDNAは、グリコアルカロイドを生成する植物、例えばナス科のジャガイモ(Solanum tuberosum)、トマト(Solanum lycopersicum)等の植物の葉、根、種子などからハイブリダイゼーション、PCR増幅などによって得ることが可能である。
【0055】
本明細書中で使用する「ストリンジェントな条件」は、配列同一性の高いDNAがハイブリダイズする条件であり、そのような条件は当業者ならば適宜決定することができるが、例えば、「1×SSC、0.1% SDS、37℃」程度の条件であり、より厳しい(中ストリンジェントな)条件としては「0.5×SSC、0.1% SDS、42℃」程度の条件であり、さらに厳しい(高ストリンジェントな)条件としては「0.1〜0.2×SSC、0.1% SDS、65℃」程度の条件である。ハイブリダイゼーションの後でさらに、例えば0.1×SSC、0.1% SDS、55〜68℃で洗浄を行う操作を含んでもよく、この操作によってストリンジェンシーを高めることができる。ここで、1×SSCバッファーは、150 mM塩化ナトリウム、15 mMクエン酸ナトリウム、pH7.0である。
【0056】
ハイブリダイゼーション条件やPCR反応の手順については、例えばF.M. Ausbel et al., Short Protocols in Molecular Biology, 3rd ed., John Wiley & Sons, 1995などに記載されている。
【0057】
さらに、本発明のグリコアルカロイド生合成酵素をコードするDNAは、配列番号2や配列番号4に示す塩基配列において遺伝暗号の縮重に基づく配列(縮重配列)を含むDNAも包含する。
【0058】
3.組換えベクター
本発明のDNAは、それを発現可能にするために、制御配列を含む適切なベクターに挿入される。このようにして得られた組換え体DNAが組換えベクターである。
【0059】
ベクターとしては、原核または真核生物の細胞で使用可能なあらゆるベクターを意図し、例えば細菌(エシェリシア属、シュードモナス属、バチルス属、ロドコッカス属など)、糸状菌(アスペルギルス属、ニューロスポラ属、フザリウム属、トリコデルマ属、ペニシリウム属など)、担子菌(白色腐朽菌など)、酵母(サッカロマイセス属、ピチア属、カンジダ属など)等の微生物用ベクター、植物細胞用ベクター、昆虫細胞用ベクターなどを使用できる。
【0060】
例えば、細菌用ベクターとしては、pBR、pUC、pET、pBluescriptシリーズのベクター類などが挙げられ、酵母用ベクターとしては、非限定的にpDR196、pYES-DEST 52、YIp5、YRp17、YEp24などが挙げられ、植物細胞用ベクターとしては、非限定的にpGWB vector、pBiEl2-GUS、pIG121-Hm、pBI121、pBiHyg-HSE、pB119、pBI101、pGV3850、pABH-Hm1などが挙げられ、昆虫細胞用ベクターとしては、非限定的にpBM030、pBM034、pBK283などが挙げられる。
【0061】
本発明において使用されるベクターには、プロモーター、ターミネーター、エンハンサー、シャインダルガルノ配列、リボソーム結合配列、シグナル配列等の遺伝子の発現、調節、分泌に関する構成要素が組込まれ、必要に応じて、選択マーカー(例えば、薬剤耐性遺伝子、レポーター遺伝子)を含有する。
【0062】
プロモーターには、lacプロモーター、trpプロモーター、recAプロモーター、tacプロモーター、λPLプロモーター、T7プロモーター、CaMV35Sプロモーター、ADH1プロモーター、GALプロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPDHプロモーターなどが非限定的に含まれる。
【0063】
薬剤耐性遺伝子には、カナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子などが含まれる。レポーター遺伝子には、lacZ遺伝子、GFP遺伝子、GUS遺伝子、ルシフェラーゼ遺伝子などが含まれる。その他の選択マーカーには、例えばNPTII遺伝子、ジヒドロ葉酸レダクターゼ遺伝子などが含まれる。
【0064】
遺伝子の発現、調節、分泌に関する構成要素は、その性質に応じて、それぞれが機能し得る形で組換えベクターに組み込まれることが好ましい。そのような操作は、当業者であれば適切に行うことができる。
【0065】
4.形質転換体
本発明の形質転換体は、本発明の組換えベクターを保持する形質転換体である。形質転換体は、酵素をコードする遺伝子を挿入した組換えベクターを、目的遺伝子が発現し得るように宿主中に導入することにより得ることができる。宿主は、ベクターに適したものを使用すればよい。例えば、酵母、植物細胞、昆虫細胞(Sf9など)、植物ウイルスなどが挙げられる。好ましくは、酵母、植物細胞または植物ウイルスなどが挙げられる。組換えベクターの導入方法は、微生物にDNAを導入する方法であれば特に限定されるものではない。例えばカルシウムイオンを用いる方法[Cohen, S.N.et al.:Proc. Natl. Acad. Sci., USA, 69:2110(1972)]、エレクトロポレーション法、トリペアレンタルメイティング(tri-parental mating)法等が挙げられる。また、形質転換植物体を作製する方法として、ウイルス、アグロバクテリウムのTiプラスミド、Riプラスミド等をベクターとして用いる方法が挙げられる。宿主植物としては、イネ、ムギ、トウモロコシ等の単子葉植物、ダイズ、ナタネ、トマト、バレイショ等の双子葉植物が挙げられる。形質転換植物体は、本発明の遺伝子で形質転換した植物細胞を再生させることにより得ることができる。植物細胞からの植物体の再生は公知の方法により行うことができる。
【0066】
5.グリコアルカロイド生合成酵素の製造とグリコアルカロイド化合物の生産方法
本発明のグリコアルカロイド生合成酵素は膜結合型のチトクロームP450モノオキシダーゼであり、通常の植物体から回収することができる[Collu ら, 2001, FEBS Lett. 508:215-220など]。さらには、例えば、本発明の遺伝子で形質転換した酵母等の微生物や昆虫細胞発現系を用いた大量生産により製造することができ、昆虫細胞の例としては、Morikawaら[2006, Plant Cell 18:1008-1022]のものが挙げられる。
【0067】
これらの系を使って、高い活性を持ったタンパク質として発現できるため、形質転換酵母や昆虫細胞培養液に前記グリコアルカロイド生合成酵素の基質を添加することにより、グリコアルカロイド化合物を生産することができる。例えば、形質転換酵母の培養液にコレステロール類を基質として投与することにより、酸化されたコレステロール類を効率的に大量に生産することが可能である。酵母がサイトゾルにDMAPPを生合成する経路(メバロン酸経路)を有していることや、大腸菌にメバロン酸経路を導入することで前駆体や基質を生産することが可能にしたことが報告されている[原田と三沢2009 Aug 12. Epub Appl Microbiol Biotechnol.]。この方法を利用することで他の遺伝子と膜結合型のチトクロームP450モノオキシダーゼを同時に発現しグリコアルカロイドを生産することが可能となる。これらの膜結合型のチトクロームP450モノオキシダーゼを発現し代謝物を得た例としては大腸菌ではChangら[2007 Nat. Chem. Biol. 3:274-277]の報告、酵母では関ら[2008 PNAS 105:14204-14209]の報告がある。このような方法を組み合わせることでグリコアルカロイド化合物を生産することが可能となる。
【0068】
6.遺伝子抑制方法
本発明は、植物におけるグリコアルカロイド生合成酵素遺伝子を抑制する方法を提供する。抑制する方法は、遺伝子組換えによるRNAi法、アンチセンス法、ウイルスベクターを利用したPTGS法、small RNA等を直接導入する方法など、遺伝子の発現を抑制するための方法を用いることができる。また、ZFN(zinc finger nuclease)法、TALEN(Tale nuclease)法 [Science,333,307(2011)]、Cre-loxP部位特異的組換え法などのゲノム自体を改変するものであってもあっても構わない。これらの方法には、本発明で提供される配列を直接変異の導入部位として利用するものが含まれる。あるいは本発明で提供される配列とゲノム情報等から近接領域の配列を特定し、当該近接領域の配列を利用することにより、グリコアルカロイド遺伝子の全領域を欠失させることもできる。
【0069】
7.遺伝子変異、多型個体、遺伝子発現変異の選抜
本発明は、植物におけるグリコアルカロイド生合成酵素遺伝子突然変異、一塩基多型(SNP)等の多型、遺伝子発現変異の存在を検出するための方法を提供する。変異個体は放射線によるもの、化学処理によるもの、UV照射によるもの、自然突然変異によるものであっても構わない。
【0070】
この方法には、ゲノムDNAやRNAを変異個体や様々な品種や育成個体の植物から単離し、後者は逆転写しcDNAを合成する工程と、DNA増幅技術の使用によりDNAからグリコアルカロイド生合成酵素遺伝子を含有する遺伝子断片を増幅する工程と、このDNA中に突然変異の存在を決定する工程が含まれる。DNAやRNAを抽出する方法には市販のキット(例えばDNeasyやRNeasy(キアゲン社)など)が使用できる。cDNAを合成する方法も市販キット(例えばスーパースクリプト ファーストストランド システム(インビトロジェン社)など)を使うことができる。DNA増幅技術の使用により遺伝子断片を増幅する方法としては、いわゆるPCR法やLAMP法などの技術を用いることができる。これらは継続的なポリメラーゼ反応により特異的なDNA配列の増幅(つまり、コピー数を増やすこと)を達成するためにポリメラーゼを使用することを基にした、一群の技術を意味する。この反応は、クローニングの代わりに使用することができるが、必要であるのは、核酸配列に関する情報のみである。DNAの増幅を行うために、増幅しようとするDNAの配列に相補的なプライマーを設計する。次にそのプライマーを自動DNA合成により作成する。DNA増幅方法は、当技術分野で周知であり、本明細書中で与えられる教示および指示に基づき、当業者であれば容易に行うことができる。いくつかのPCR法(ならびに関連技術)は、例えば、米国特許第4,683,195号、同第4,683,202号、同第4,800,159号、同第4,965,188号、およびInnisら編、PCR Protocols:A guide to method and applicationsで述べられている。
【0071】
DNA中に突然変異や多型の存在を決定する工程では塩基配列の決定(アプライドバイオシステムズ社)やミスマッチペアの片側を切断する酵素を用いて突然変異体を検出するTILLING法(Tillら, 2003, Genome Res 13:524-530)など変異遺伝子と正常遺伝子の相同性を利用し検出する方法を用いればよい。これらは該技術から得られた配列データを遺伝子部分に関する配列番号2、配列番号4または配列番号5に表される塩基配列と比較することで行うことができる。
【0072】
mRNA量の違いを決定する工程では上記cDNAに対し、配列番号2または配列番号4に表される塩基配列に基づいて作製したプライマーを利用してRT-PCR法やリアルタイムPCR法等の定量的PCRを採用すればよい。その後、例えば、品種「サッシー」から得られたcDNAの量と比較することでmRNA量の違いを決定することができる。
【0073】
特に好ましい実施形態において、上記で定義したグリコアルカロイド生合成酵素遺伝子の変異の存在の決定方法を、ナス科植物(Solanaceae)のジャガイモ(Solanum tuberosum)あるいはその近縁種から得られた材料に適用する(実施例7)。
【0074】
ジャガイモあるいはその近縁種に属する野生種については、グリコアルカロイド生合成に関する遺伝子型および表現型が未知のものが数多く存在する。これらの野生種をスクリーニングすることにより、生合成遺伝子に変異を有し、グリコアルカロイドの蓄積が検出されないか栽培種に比べて低下している野生株、もしくは交配によって低下をもたらす可能性のある株を選抜することができる(実施例8)。
【0075】
上記の突然変異および/または多型を決定する方法により、グリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の突然変異や多型を塩基レベルで同定することができ、さらにグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子に突然変異および/または多型を有する植物体を選抜することができる。本発明はこのようにして得られたグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子に突然変異や多型を有する植物体を包含する。
【0076】
また、突然変異や多型の決定、mRNA量の違いの決定、グリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の発現能またはグリコアルカロイド生合成酵素の活性が変化している植物を選抜することが可能になる。
【0077】
ここで、グリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の発現能またはグリコアルカロイド生合成酵素の活性の変化は、人為的突然変異もしくは野生種などに保存されている自然突然変異または遺伝的多型によりもたらされるものを含む。活性の変化とは活性の低下または上昇をいう。グリコアルカロイド生合成酵素の活性の改変は、グリコアルカロイド生合成酵素が本来有する正常な機能が低下した若しくは正常な機能を喪失していることを含む。
【0078】
このような遺伝子の変異としては、例えば、グリコアルカロイド生合成遺伝子における遺伝子の総てまたは一部欠失、一部塩基の他の塩基への置換、塩基の挿入等を含む。塩基の挿入の例として、グリコアルカロイド生合成遺伝子のエクソンにおける数十〜数百個の連続して塩基の挿入が挙げられ、一部塩基の他の塩基への置換の例として、イントロンにおける5'スプライシング保存配列の置換並びにイントロンにおける配列の挿入が挙げられ、該置換により正常なスプライシングが生じなくなる。具体的には、例えば、グリコアルカロイド生合成遺伝子中に配列番号23に示される配列と配列番号24に示される配列を含む配列、または配列番号25に示される配列と配列番号26に示される配列を含む配列の挿入が挙げられる。配列番号23に示される配列と配列番号24に示される配列を含む配列において、配列番号23に示される配列は5'末端側の配列であり、配列番号24に示される配列は3'末端側の配列である。また、図25に示される配列と配列番号26に示される配列を含む配列において、配列番号25に示される配列は5'末端側の配列であり、配列番号26に示される配列は3'末端側の配列である。図8にイントロンに挿入された配列の位置を示す。太い下線で示された配列がイントロンへの挿入配列であり、FTT1においては、5'末端側に配列番号23に示される配列を含み、3'末端側に配列番号24に示される配列を含む配列が挿入されている。配列番号23と配列番号24の間の配列情報は示されていない。また、FTT16においては、5'末端側に配列番号25に示される配列を含み、3'末端側に配列番号26に示される配列を含む配列が挿入されている。配列番号25と配列番号26の間の配列情報は示されていない。該配列は、イントロン中、例えば、4番エクソンと5番エクソンの間の4番イントロン中に挿入され、存在している。本発明はこのような遺伝子変異を有する植物も包含する。本発明はこのような遺伝子変異を有する植物を選抜して母本とすることも含む。さらに、該植物を母本として、交配により得られた後代を選抜することにより、グリコアルカロイドの蓄積リスクの低減した栽培品種を作出することができる。
【0079】
なお、図8に示す配列において、Sassyの4番エクソンから6番エクソンまでの全配列を配列番号27に、FTT1の4番エクソンから配列番号23に示す配列までの配列を配列番号28に、FTT1の配列番号24に示す配列から6番エクソンまでの配列を配列番号29に、FTT16の4番エクソンから配列番号25に示す配列までの配列を配列番号30に、FTT1の配列番号26に示す配列から6番エクソンまでの配列を配列番号31に示す。
【0080】
さらに、グリコアルカロイド生合成酵素の活性が変化した植物は、グリコアルカロイド生合成酵素をコードする人為的な変異処理により遺伝子を改変することによっても得ることができる。ある植物のグリコアルカロイド生合成酵素活性の突然変異による改変は、その植物の種に含まれる既存品種に対する改変をいい、既存品種には野生型も含まれるが、自然状態で出現した野生種であっても、すでに産業上利用されている品種でなければ既存品種には含めない。既存の品種は、グリコアルカロイド生合成酵素活性が改変された植物が得られたときに存在するすべての品種をいい、交配、遺伝子操作等の人為的操作により作出された品種を含む。また、活性の改変において、すべての既存品種に対して、活性が変化している必要はなく、特定の既存品種に対して改変されていれば、「グリコアルカロイド生合成酵素の活性が改変された植物」に含まれる。「グリコアルカロイド生合成酵素の活性が改変された植物」は、人為的操作を受けず自然状態で突然変異により活性が改変された植物も含み、本発明の方法により、自然状態で活性が変化した植物を選抜することができ、新たな品種として確立することもできる。また、ある既存品種に変異誘発処理を行い、グリコアルカロイド生合成酵素の活性が改変された植物を作出した場合、比較対象は変異誘発処理を行った品種と同じ既存品種でもよいし、それ以外の他の既存品種でもよい。また、自然界からの選抜あるいは変異誘発処理により作出された、グリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子に突然変異や多型を有する植物を交配することにより、グリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の変異が固定されグリコアルカロイド生合成酵素遺伝子の発現能またはグリコアルカロイド生合成酵素活性が改変された植物新品種として得ることもできる。
【0081】
例えば、植物がジャガイモ(Solanum tuberosum)の場合、既存品種として、「シンシア」、「サッシー」(ジャパンアグリバイオ社販売)、「シェリー」、「男爵」、「メークイーン」、「さやか(農林登録番号:農林36号)」等がある。ここで、グリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の発現能またはグリコアルカロイド生合成酵素の活性が既存品種に対して改変された植物とは、既存品種に対してグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の発現能が増強した植物および低下した植物を含み、さらに、グリコアルカロイド生合成酵素の活性が既存品種に対して上昇した植物および低下した植物を含む。本発明は、このようなグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子の発現能またはグリコアルカロイド生合成酵素の活性が既存品種に対して改変された植物体も包含する。
【0082】
特に有毒物質であるグリコアルカロイド生合成酵素の活性が低下した植物が好ましい。このような植物体は、グリコアルカロイド生合成酵素の合成量が低いか、または合成できず、植物体中のグリコアルカロイド生合成酵素の含量が低いか、またはグリコアルカロイド合成酵素が存在せず、あるいはグリコアルカロイド合成酵素の活性が低いかまたは喪失している。その結果、植物体内のグリコアルカロイド含量も低いか、あるいはグリコアルカロイドが存在しない。例えば、ジャガイモの場合はチャコニンおよびソラニン等のグリコアルカロイドが合成されず、ジャガイモの塊茎内においてチャコニンおよびソラニン等のグリコアルカロイドの合成量および存在量が低い。また、トマトの場合は、トマチン等のグリコアルカロイドが合成されず、トマトの実内においてトマチン等のグリコアルカロイドの合成量および存在量が低い。
【0083】
ジャガイモの場合、グリコアルカロイド合成酵素の活性が低いか、喪失した植物体は、塊茎内でチャコニンおよびソラニン等のグリコアルカロイドが合成されないか、または上記の既存品種に比べて塊茎内で合成されるチャコニンおよびソラニン等のグリコアルカロイドが少なく、塊茎内に存在するチャコニンおよびソラニン等のグリコアルカロイドの量も低い。
【0084】
グリコアルカロイド生合成遺伝子に変異を有する植物(変異処理によるグリコアルカロイド生合成に関与する酸化酵素遺伝子の人為的な改変により作られた変異株もしくはスクリーニングにより選抜された野生株)を母本として、グリコアルカロイドの蓄積が低減もしくは消失し、かつ食味や栽培特性の優れた栽培品種を作出することができる。本発明において、グリコアルカロイドの蓄積が低減もしくは消失した栽培品種を、グリコアルカロイドの蓄積リスクの低減した栽培品種とも呼ぶ。
【0085】
8.交配による、グリコアルカロイドの蓄積が低減もしくは消失した栽培品種の作出
上記により得られた変異株もしくは選抜された野生株を母本として、グリコアルカロイドの蓄積が低減もしくは消失した栽培品種を作出することができる。栽培品種から得られた変異株を母本とする場合は、当該変異株同士を交配するか、目的とする同じ遺伝子の異なる部位に変異を有する変異株同士を交配することが変異を早期に固定する上で有利と考えられる。ジャガイモやジャガイモ近縁種との交配については、古典的な自家不和合性や胚乳均衡数(EBN: Endosperm Balance Number)説による不和合などの障害が知られているが、これらは胚珠への直接受粉、胚珠培養、正逆の交雑の実施、体細胞融合等の処理を行うことで交配もしくは交配と同等の処理を実施することが可能である。これらについては「ジャガイモ辞典」(2012)財団法人いも類振興会編集、全国農村教育協会や「Handbook of potato production, inprovement, and postharvest management」(2006) GopalとPaul Khurana編集 p.77-108 Haworth Press Inc.を参考にすることができる。野生株を、変異を有する遺伝子を持つ導入元とする場合は、導入先の親を栽培種とし導入先の親との戻し交配を行うことで、栽培種の持つ食味や栽培上の優れた特性を維持したまま変異を有する遺伝子を導入することができる。また、当該遺伝子の変異した部位を塩基配列レベルで解析することにより、変異に関する遺伝子マーカーを取得することができる。さらに、昨年、報告されたジャガイモゲノムシークエンス(Nature. 2011;475:189-95)等のゲノム情報を参照することにより、当該遺伝子の近傍に位置する遺伝子マーカーを複数取得し、所望の変異部位のみが導入された後代の選抜を効率的に実施することもできる。当該遺伝子の近傍だけでなく、ゲノム全体をカバーする領域に詳細なマーカーを得ていれば、必要な部分(遺伝子領域)だけを導入元から導入先に入れることができる。この場合、マーカーが導入したい遺伝子(形質)と遺伝距離がある場合は、ある程度の確率でマーカーと形質の分離が起こる可能性があり、形質の検定が必須となる。しかし、本発明で見出した遺伝子変異は形質と一致しているため、形質の検定が必要でなく、交配した種子は発芽しDNAが得られた時点で確実な検定が実施できる。これらのDNAマーカーによる検定技術については鵜飼 保雄「ゲノムレベルの遺伝解析―MAPとQTL」(2001) 東京大学出版会等を参考にすれば実施できる。例えば、前記DNAマーカーはプライマー等のポリヌクレオチドを用いて存在を決定することができる。この際に用いるプライマーとしては、配列番号23と配列番号24に示される配列を含む配列もしくは配列番号25に示される配列と配列番号26に示される配列を含む配列、またはそれらの部分配列を含むプライマーが挙げられる。遺伝子マーカーである配列が提示されれば、ゲノムDNAに当該配列が含まれるか否かを調べることにより、変異個体を容易に選抜することができる。例えば以下の方法を利用することが可能である。変異を含まない個体と変異を含む個体から、それぞれDNAを抽出する。それらDNAを鋳型に、変異を含む領域とその周辺の領域で設定されるプライマーを用いて通常のPCR法を行う。変異を含まない個体から得られたDNAでは、DNA断片が増幅しない。変異を含む個体から得られたDNAでは、特定の増幅したDNA断片が得られる。また、遺伝子マーカー配列をプローブとしてゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法により、当該配列を検出することもできる。このようにして遺伝子マーカーを使った変異個体の選抜ができる。さらには、変異である挿入した配列を直接使わず周辺の領域のみで設定される配列だけを遺伝子マーカーとして使うことも可能である。例えば、図7ではゲノムDNAに対し4番エクソン上のプライマーU900+:TTAACAGGAGGAACAAGAGG(配列番号20)と6番エクソン上のプライマーU926: AATGCCTGGCTTAGTTTCAA(配列番号21)を用いてPCRを行った結果である。対照のサッシーで増幅されたDNA断片より、変異を含む個体ではDNA断片の大きさが増加していることを検出している。PCR法等を用いた後代の個体の選抜は、交配し得られた種子から発芽した実生に対しても行なうことができる。
【実施例】
【0086】
以下、本発明を、実施例を示してより詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0087】
(実施例1)グリコアルカロイド生合成遺伝子Eの全長配列の取得
ジャガイモ(Solanum tuberosum)の品種「サッシー」(ジャパンアグリバイオ社販売)の萌芽からmRNAの抽出をRNeasy(キアゲン社)で行った。全cDNAの合成はスーパースクリプト ファーストストランド システム(インビトロジェン社)を用いて行った。グリコアルカロイドのアグリコンはコレステロールからできるといわれているが確証はない(非特許文献1)。しかし、近縁の化合物から作られると仮定しても幾つかの酸化の過程が必要になる。酸化の過程には少なくともチトクロームP450型モノオキシゲナーゼ、ジオキシゲナーゼ、NADPH-flavin リダクターゼの3種の可能性が考えられる。この中からP450型を標的に考え、ジャガイモの発現する遺伝子は公開されている情報のDFCI Potato Gene Index (http://compbio.dfci.harvard.edu/tgi/plant.html) Release 11.0から萌芽で多くのESTクローンが単離されている遺伝子TC155233に注目した。
【0088】
この配列を元にプライマー[U890: GAGGCTAAGAAAAAGAGAGAGAGA (配列番号6)、U889:CGTTCTACAAAAACATCCAATTT (配列番号7)]を用いてPCR(条件:95℃5分、(95℃30秒、55℃30秒、72℃3分)を30回、72℃10分)を行った。増幅産物をTOPOTAクローニングキットシークエンシング用(インビトロジェン社)を用いてクローニングした。さらにABI310(アプライドバイオシステムズ社)を用いて塩基配列を決定した。ORFを含む部分を配列番号2に、cDNA配列からコードされる酵素のアミノ酸配列を配列番号1に示す。
【0089】
なお、トマトの相同遺伝子は、ナス科ゲノムネットワーク(http://solgenomics.net/index.pl)の、SGN-U583521に相当する。ORFを含む部分を配列番号4に、cDNA配列からコードされる酵素のアミノ酸配列を配列番号3に示す。これらの遺伝子の塩基配列を比較したところ相同性は95%であった。このトマトの相同遺伝子のゲノム配列は同じくナス科ゲノムネットワークのSL1.00sc03540としてゲノム構造が掲載され7つのイントロンを含むことが報告されている。しかし、同ホームページには、なんら機能に関する報告はない(図1−1〜1−3)。
【0090】
(実施例2)グリコアルカロイド生合成遺伝子Eのゲノム遺伝子の単離
ゲノムDNAをDNeasy(キアゲン社)で「サッシー」から抽出した。実施例1と同じプライマー並びに(U904: TGATAAGGAAATCCTGGGAGA(配列番号8)、U901: AGAGAAGCCATGAAGGATGG(配列番号9))を用いて、さらに第2イントロンは酵素をPrimeSTAR HS DNA Polymerase(タカラバイオ社)とプライマー(U898: GAAATACGCTACTACGGAAGAACC(配列番号10)とU899: CGTCATTTGCCTAATCTCATC(配列番号11))を用いてPCRを行い、全長ゲノムDNAの塩基配列を決定した(配列番号5)。イントロンは7箇所あることが明らかになった。
【0091】
ジャガイモ遺伝子のゲノム配列は最近報告された(Xuら Nature (2011) 475: 189-197)。ゲノム配列はPotato Genome Sequencing Consortium Data ReleaseのHP(http://potatogenomics.plantbiology.msu.edu/index.html)で公開されている。この配列を元にE遺伝子のゲノム遺伝子を決定することが可能である。トマト遺伝子のゲノム配列は同じくナス科ゲノムネットワーク(http://solgenomics.net/index.pl)に掲載され7のイントロンを含むことが報告されている。しかし、これらホームページには、なんら機能に関する報告はない。
【0092】
(実施例3)グリコアルカロイド生合成遺伝子Eの抑制形質転換体を作成するためのベクター構築
遺伝子を形質転換によって抑制する方法としては、強力なプロモーターで駆動する構成を持つ逆方向の相補鎖遺伝子断片の発現(植物で一般的にRNAi法と呼ばれる)で行った[Chuangと Meyerowitz Proc Natl Acad Sci U S A., 97, 4985-90 (2000)、WesleyらPlant J., 27, 581-90 (2001)]。実施例1で取得した全長cDNAに対し、プライマー[U675: GAGCTCTAGAGGTTTGGGACAGGAGGAAT (配列番号12)、U676: GGATCCATATGCAAGCCTGTGCATCTTAT (配列番号13)]を用いてPCR(条件:95℃5分、(95℃30秒、55℃30秒、72℃30秒)を30回、72℃10分)を行い、遺伝子断片を取得した。バイナリーベクターpKT11(特開2001-161373号公報)を基本として、カルフラワーモザイクウイルスの35S RNAプロモーター、当該遺伝子断片を順方向、シロイヌナズナのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子(AT4g14210)の第3イントロン、当該遺伝子断片を逆方向、ノパリン合成酵素遺伝子のターミネーターの順に連結を行い、植物形質転換用ベクターpKT230を作成した(図2)。
【0093】
(実施例4)ジャガイモ形質転換植物体の作出
実施例3で作製したベクターをエレクトロポレーション法(GelvinとSchilperoor編, Plant Molecular Biology Manual, C2, 1-32 (1994), Kluwer Academic Publishers)により、アグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3110株に導入した。ベクターを含むアグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3110株を、50ppmのカナマイシンを含むYEB液体培地[5g/lビ−フエキス、1g/l酵母エキス、5g/lペプトン、5g/lスクロ−ス、2mM硫酸マグネシウム(pH7.2)]にて28℃、12時間振とう培養した。培養液1.5 mlを10,000rpm、3分間遠心して集菌後、カナマイシンを除くために1mlのLB培地で洗浄した。更に10,000rpm、3分間遠心して集菌後、1.5 mlの3%蔗糖を含むMS培地[Murashige & Skoog, Physiol. Plant., 15, 473-497 (1962)]に再懸濁し、感染用菌液とした。
【0094】
ジャガイモの形質転換は[門馬(1990)植物組織培養7:57-63]に従い実施した。ジャガイモ品種「サッシー」から得られたマイクロチューバーを2〜3mmにスライスし、アグロバクテリウム感染用の材料とした。これを上記のアグロバクテリウムの菌液に浸した後、滅菌済みの濾紙上に置いて過剰のアグロバクテリウムを除いた。シャーレ内のMS培地(Zeatin 1ppm, IAA 0.1ppm, アセトシリンゴン100μM、および寒天0.8%を含む)上に置き、培養は3日間25℃、16時間照明(光量子束密度32μE/m2s)/8時間無照明の条件下で行った。ついで、アセトシリンゴンの代わりにカルベニシリン250ppmを含んだ培地で1週間培養した。その後、さらにカナマイシン50 ppmを含む培地上に移し、2週間ごとに継代した。この間に不定芽が形成し、シュートを生じた。伸張したシュートをカルベニシン250 ppmおよびカナマイシン100 ppmを含み、植物生長調節物質を含まないMS培地に置床した。発根したシュートをカナマイシン耐性の生長した植物体の中から外来遺伝子としてカナマイシン耐性遺伝子を含有する個体を、PCR(条件:95℃5分、(95℃30秒、55℃30秒、72℃1分)を30回、72℃10分)を行うことで検出し、該再分化植物体が形質転換植物体であることを確認した。ここで、カナマイシン耐性遺伝子の配列を特異的に増幅するプライマーとして、TAAAGCACGAGGAAGCGGT(配列番号14)、およびGCACAACAGACAATCGGCT(配列番号15)を用いた。以上から、ベクターpKT230が導入されたジャガイモの形質転換植物体30系統を取得した。
【0095】
(実施例5)形質転換植物体のグリコアルカロイド含量と遺伝子Eの発現解析
アルカリ耐性の逆相クロマトグラフィー用カラムを用いた液体クロマトグラフィーを用いた以下の方法(特許公開2011-27429)によりグリコアルカロイド含量を測定した。
【0096】
実施例4で得られた30個体のin vitro茎を継代後一ヶ月伸張させ、その部分を2-4本をまとめて約100mgにし0.1%ギ酸 in 80%MeOH aq. 990μLおよび内部標準としてブラシノライド(ブラシノ社)10μg/10μLを添加し、ミキサーミルで破砕した(1/25 sec, 10 min, 4℃)。得られた破砕物を遠心分離(10,000 rpm, 5 min, 4℃)に供しアルコール沈殿を行った。上清25μLを分取し、0.1%ギ酸水で475μLを加え、マルチスクリーンソルビナート(ミリポア社)でフィルターろ過しLC-MS(島津製作社、LCMS-2010EV、またはウォーターズ社、Alliance e2795 Q-micro)を用い解析した。LCの条件はカラム(XBridge(商標)Shield RP18-5(φ2.1×150 mm, ウォーターズ社))で移動相(A:10 mM炭酸水素アンモニウム水(pH 10):B:アセトニトリル=40:60)アイソクラティック(カラムオーブン:40℃)で分離し解析した。標準品(チャコニン、ソラニン(いずれもシグマ・アルドリッチ社))を用いて定量した。
【0097】
30個体のうち5系統(#8, #17, #22, #27, #29)においてはグリコアルカロイドの蓄積が再現性よく低かったことから、低くなかった1系統(#2)と遺伝子を導入していない対照の個体2つを同じくin vitro茎を液体窒素で粉砕し、半分をグリコアルカロイド含量の測定、半分をmRNAの抽出をRNeasy(キアゲン社)で行い、全cDNAの合成はスーパースクリプト ファーストストランド システム(インビトロジェン社)を用いて行った。これらの個体はグリコアルカロイドの蓄積が非形質転換体(2個体)と比較して極めて低く(図3)、さらにプライマー [U887: TAAGGGACTCAAGGCTCGAA (配列番号16)、U886: TTCCTCTTTGGCTTTCTCCA (配列番号17)]を用いたRT-PCR(条件:95℃5分、(95℃30秒、55℃30秒、72℃3分)を25回、72℃5分)の結果、mRNAの発現はいずれの個体も極めて少ないか観察できなかった(図4)。このことから、遺伝子Eの遺伝子の発現を抑制することによってグリコアルカロイドの蓄積が極端に減少することが明らかとなり、遺伝子Eはグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子であることが明らかとなった。非形質転換体とともに、これら5系統のin vitro植物を増殖し、各3個体を市販されている野菜用の培養土に馴化しバイオハザード温室で定法に従い栽培し塊茎を収穫した。この5系統の各個体(#8, #17, #22, #27, #29)は非形質転換体と同等の生育を示し、同等の塊茎を収穫することができた(表1)。
【表1】
【0098】
さらに収穫した塊茎各3つの中央部表皮を約1mmで剥離し同様にグリコアルカロイド含量を解析した。その結果、驚くべきことに、塊茎でのグリコアルカロイドは極めて低いことが確認できた(図5)。
【0099】
(実施例6)トマト形質転換植物体の作出
トマトの形質転換は[Sunら (2006) Plant Cell Physiol. 47:426-431.]に従い実施した。(実施例3)で作製したベクターpKT230を含むアグロバクテリウム・ツメファシエンスAGL0株を培養し感染用菌液とした。トマト(Solanum lycopersicum)実験系統「マイクロトム」の無菌播種植物体の子葉の5mm以下の切片を、上記のアグロバクテリウム懸濁液に浸し、10分間感染した後、滅菌済みの濾紙上に葉を置いて過剰のアグロバクテリウムを除いた。シャーレ内の共存MS培地(ゼアチン1.5mg/l、アセトシリンゴン40μMおよびゲルライト0.3%を含む)[Murashige & Skoog, Physiol. Plant., 15, 473-497 (1962)]上に葉を置き、シャーレを暗所で3日間25℃で培養した。切片は選択MS培地1(ゼアチン1.5mg/l、カナマイシン100mg/l、オーグメンチン375mg/lおよびゲルライト0.3%を含む)で25℃、16時間照明(光量子束密度32μE/m2s)/8時間無照明の条件下で2週間ごとに継代した。この間に不定芽が形成し、シュートを生じた。さらにシュートを伸張させるため、選択MS培地2(ゼアチン1.0mg/l、カナマイシン100mg/l、オーグメンチン375mg/lおよびゲルライト0.3%を含む)に移植し、伸張したシュートは選択1/2濃度MS培地(カナマイシン100mg/l、オーグメンチン375mg/lおよびゲルライト0.3%を含む)で発根させた。シュートをカナマイシン耐性の生長した植物体の中から外来遺伝子としてカナマイシン耐性遺伝子を含有する個体を、PCR(条件:95℃5分、(95℃30秒、55℃30秒、72℃1分)を30回、72℃10分)を行うことで検出し、該再分化植物体が形質転換植物体であることを確認した。ここで、カナマイシン耐性遺伝子の配列を特異的に増幅するプライマーとして、TAAAGCACGAGGAAGCGGT(配列番号18)、およびGCACAACAGACAATCGGCT(配列番号19)を用いた。以上から、ベクターpKT230が導入されたトマトの形質転換植物体13系統を取得した。得られた13個体を温室に馴化し約1ヶ月栽培し、新しく展開した若い葉の3枚から各約100mg秤量し、ジャガイモと同様にアルカリ耐性の逆相クロマトグラフィー用カラムを用いた液体クロマトグラフィーを用いた実施例5の方法によりグリコアルカロイド含量を測定した。ただし、分析条件は、移動相には、移動相A:10 mM炭酸水素アンモニウム水(pH 10)および移動相B:MeCNを、上記試料溶媒についてA:B=60:40の割合でアイソクラティック条件を用いた。13系統のうち4系統は対照の1/5である新鮮重100mgあたり280μg以下と顕著にトマチン含量が低かった(図6)。
【0100】
(実施例7)グリコアルカロイド生合成遺伝子E変異植物のスクリーニング
品種「ホッカイコガネ」の自殖種子に量子ビーム照射(NIRS-HIMAC照射装置(RADIATION RESEARCH 154, 485-496 (2000))、ネオンイオンビーム30 kev/μmを90から470 Gy、アルゴンイオンビーム89 kev/μmを125から250 Gyまたは、鉄イオンビーム185 kev/μmを40から80 Gy)で変異処理を行う。変異処理後、播種し生育した植物体の頂芽の切戻しを行う。切戻し後、葉の脇芽を生育させ、この脇芽から出た葉を採取し、常法によりゲノムDNAを抽出する。当該ゲノムDNAをテンプレートとしてプライマー[U890: GAGGCTAAGAAAAAGAGAGAGAGA (配列番号6)、U889:CGTTCTACAAAAACATCCAATTT (配列番号7)、U904: TGATAAGGAAATCCTGGGAGA(配列番号8)、U901: AGAGAAGCCATGAAGGATGG(配列番号9))、さらに第2イントロンは酵素をPrimeSTAR HS DNA Polymerase(タカラバイオ社)とプライマー(U898: GAAATACGCTACTACGGAAGAACC(配列番号10)とU899: CGTCATTTGCCTAATCTCATC(配列番号11)]を用いて構造遺伝子を、PCRを行い、E遺伝子の含まれる領域を取得し、さらに遺伝子クローニング用キットなどを用いてクローニングする。クローニングされた領域の塩基配列を決定し、E遺伝子に変異の生じた個体を選抜することができる。
【0101】
(実施例8)グリコアルカロイド生合成遺伝子E変異植物の同定
NRSP-6 - United States Potato Genebank (http://www.ars-grin.gov/nr6/)より入手した野生種であるジャガイモ(Solanum tuberosum)の近縁種でありSolanum marinasense に属するPI 210040、PI 310946、PI 283079、PI 458380、PI 498254、PI 498255、PI 498256、PI 365332、PI 310944、PI 310945の真性種子を発芽させ、それぞれFTT1、FTT2、FTT3、FTT4、FTT5、FTT6、FTT7、FTT8、FTT10、FTT11の10系統の植物体を得た。Solanum lignicaule に属するPI473351の真性種子を発芽させ、FTT16の1系統の植物体を得た。これら系統からゲノムDNAの抽出をDNeasy(キアゲン社)、RNAの抽出をRNeasy(キアゲン社)で行った。全cDNAの合成はスーパースクリプト ファーストストランド システム(インビトロジェン社)を用いて行った。ゲノムDNAに対し4番エクソン上のプライマーU900+:TTAACAGGAGGAACAAGAGG(配列番号20)とエクソン上のプライマーU926: AATGCCTGGCTTAGTTTCAA(配列番号21)を用いてPCR(条件:95℃5分、(95℃30秒、55℃30秒、72℃3分)を30回、72℃5分)を行った(対照は品種サッシーのゲノムDNA)ところ、対照の品種サッシーのゲノム配列と比較して、FTT1、FTT2、FTT3、FTT4、FTT5、FTT6、FTT7、FTT8、FTT10、FTT11には約500 ベース、FTT16には約900ベースの挿入があることを認めた(図7)。増幅されたDNAをプライマーU900+とエクソン上のプライマーU1035: CATCCCATCTTGAAGGATTAAA(配列番号22)を用いて直接、シークエンス反応を行い、挿入された領域と挿入配列の一部の塩基配列を、品種サッシーのゲノム配列と比較することで明らかにした(図8)。挿入配列は3系統とも4番イントロンの内部の同じ場所にあった。さらにFTT1、FTT2では4番イントロンの5‘スプライシング保存配列であるGTではなくGCとなっており、正常なスプライシングが起きないことが予想された。さらにcDNAに対し2番エクソン上のプライマーU925とU1035でRT-PCR(条件:95℃5分、(95℃30秒、55℃30秒、72℃3分)を30回、72℃5分)を行ったところ、正常なジャガイモで検出される転写産物がFTT1とFTT16では極めて少なかった(図9)。FTT1において挿入していた配列の5'末端側の配列を配列番号23に、3'末端側の配列を配列番号24に示す。また、FTT16において挿入していた配列の5'末端側の配列を配列番号24に、3'末端側の配列を配列番号26に示す。配列番号23に示す配列と配列番号24に示す配列の間の配列は未決定であり、配列番号25に示す配列と配列番号26に示す配列の間の配列は未決定である。図8においては、(省略)として示されている。この配列の挿入のため、正常な転写産物ができておらず、遺伝子が破壊されていることが確認できた。このことからSolanum marinasense に属するPI 210040、PI 310946、PI 283079、PI 458380、PI 498254、PI 498255、PI 498256、PI 365332、PI 310944、PI 310945とSolanum lignicaule に属するPI473351は変異したE遺伝子を持っている変異植物であることが明らかになった。
【0102】
(実施例5)の方法でFTT1、FTT2、FTT8、FTT16の植物体のin vitro茎のグリコアルカロイド含量を測定したところ、チャコニン、ソラニン、トマチン類を含むすべてのグリコアルカロイドを含まないことが明らかになった。
【0103】
Solanum marinasenseは、文献(C. M Ochoa, ‘The Potatoes of South America: Peru, Part I. The Wild Species,’ 2004, International Potato Center, Peru)によると、通常のジャガイモSolanum tuberosumと同じTuberaosaシリーズ(植物分類の「列」の分類)に含まれる。一方、Solanum lignicauleは、異なるLigunicauliaシリーズに属するが詳細は不明である。両種は、胚乳均衡数(EBN: Endosperm Balance Number)説(「Handbook of potato production, inprovement, and postharvest management」(2006) GopalとPaul Khurana編集 p.77-108 Haworth Press Inc.)でも同じグループのEBN2に属しており交配可能である。これらのことから、本遺伝子の配列を使い変異遺伝子を見つけることは容易であり、かつ産業上の利用のために、Solanum marinasenseやSolanum lignicauleから見出した変異E遺伝子を育種に利用することが可能であることが明らかになった。
【0104】
(実施例9)交配による栽培品種の作出
(実施例8)で用いたSolanum marinasense PI 210040由来の種子系統FTT1は2倍体である。これと自家不和合性阻害遺伝子を持った2倍体ジャガイモである97H32-6(Phumichiら Genome (2005) 48: 977-984)と交配しF1世代を作出する。F1同士を交配し取得したF2世代の1/4にグリコアルカロイドのない2倍体ジャガイモの性質を持ったジャガイモを得ることができる。FTT1そのもの、もしくはグリコアルカロイドの無い上記F2世代をコルヒチンなどの薬剤等を使った倍加処理によって4倍体ジャガイモを得ることができる。これと、品種として一般的である4倍体であるホッカイコガネを交配することで、新たなF1世代を得ることができる。このF1同士を交配することでF2世代の1/36の割合でグリコアルカロイドのない4倍体ジャガイモが得られることが期待できる。検定はグリコアルカロイドの含量を測定する必要が無く、幼苗からDNAを取得し(実施例8)で得られたDNAの情報、具体的には周辺領域である4番エクソン上のプライマーU900+(配列番号20)と6番エクソン上のU926(配列番号21)でPCRを行い、通常のジャガイモの増幅断片と比較して約500 ベースの挿入の有無を調べることで可能である。
【産業上の利用可能性】
【0105】
本発明の方法により、グリコアルカロイドを植物体内に蓄積しないジャガイモ等ナス科植物品種を得ることができる。
【0106】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【配列表フリーテキスト】
【0107】
配列番号6〜22 プライマー
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]