特許第5951427号(P5951427)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5951427
(24)【登録日】2016年6月17日
(45)【発行日】2016年7月13日
(54)【発明の名称】無段変速機のチェーン
(51)【国際特許分類】
   F16G 13/06 20060101AFI20160630BHJP
   F16G 5/18 20060101ALI20160630BHJP
   F16H 9/24 20060101ALI20160630BHJP
【FI】
   F16G13/06 E
   F16G5/18 C
   F16H9/24
【請求項の数】2
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-210901(P2012-210901)
(22)【出願日】2012年9月25日
(65)【公開番号】特開2014-55664(P2014-55664A)
(43)【公開日】2014年3月27日
【審査請求日】2015年6月30日
(31)【優先権主張番号】特願2012-177959(P2012-177959)
(32)【優先日】2012年8月10日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中澤 輝彦
(72)【発明者】
【氏名】安原 伸二
(72)【発明者】
【氏名】若山 泰三
【審査官】 高吉 統久
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−312725(JP,A)
【文献】 特許第4946050(JP,B2)
【文献】 特開2006−170314(JP,A)
【文献】 特開2008−069921(JP,A)
【文献】 特表2005−531734(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16G 5/18
F16H 9/24
F16G 13/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無段変速機の、対向し、かつ互いの距離が変更可能な円錐面を有する2個のプーリに巻き渡され、周回するチェーンであって、
当該チェーンは、開口を有する板形状のリンクがチェーンの周方向に沿って配置され、かつチェーンの幅方向に複数枚が配列されて構成されたリンクユニットと、前記リンクの両端において開口をそれぞれ貫通し、少なくとも一方が両端が前記円錐面に当接する2本のピンとを有するチェーンエレメントを、チェーン周方向に隣接するチェーンエレメントのうち一方のエレメントのピンを他方のエレメントのリンクの開口に通して連結して形成され、
当該チェーンが屈曲するときには、隣接するチェーンエレメントの接触するピン同士が転がり接触し、
隣接するチェーンエレメントのピン同士の接触面の、チェーン幅方向に直交する平面内における相対形状である相対作用曲線が、隣接するチェーンエレメント同士の相対角度である隣接エレメント間角度が付くと、ピン同士の接触点が周回するチェーンの外側に向けて移動する形状であり、
相対作用曲線は、チェーンが直線状に延びているときのピンの接触点である始点と、チェーンが最小巻き掛かり半径となったときのピンの接触点である終点を有し、相対作用曲線の始点および終点が、相対作用曲線がインボリュート形状であるときの始点および終点に一致し、
さらに、相対作用曲線は、前記接触点の移動量の隣接エレメント間角度に関する増加率が、相対作用曲線がインボリュート形状である場合よりも、隣接エレメント間角度が小さい場合には小さく、大きい場合には大きい形状である、
無段変速機のチェーン。
【請求項2】
請求項1に記載の無段変速機のチェーンであって、
隣接エレメント間角度をθとするとき、相対作用曲線上の任意の点の曲率半径が、
【数1】
ただし、τ>1、r0,rは任意の実数
で表される、無段変速機のチェーン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チェーン式無段変速機のチェーンに関し、特にチェーンの構造に関する。
【背景技術】
【0002】
対向し、かつ互いの距離が変更可能な円錐面を有するプーリを2個備え、この2個のプーリに可撓性無端部材を巻き渡した無段変速機が知られている。一方のプーリの回転が、可撓性無端部材により他方のプーリに伝えられる。このとき、円錐面の距離を変更することにより可撓性無端部材のプーリに対する巻き掛かり半径が変更され、変速比を変更することができる。無段変速機の可撓性無端部材として用いられるチェーンが下記特許文献1に開示されている。
【0003】
このチェーンは、複数のチェーンエレメントをチェーンの周方向に配列し、連結して形成される。個々のチェーンエレメントは、開口を有する板形状のリンクと、リンクの両端において開口をそれぞれ貫通するピンおよびインターピースとを有する。リンクは、チェーン周方向に沿って配置され、複数枚が幅方向に配列される。ピンおよびインターピースは、幅方向に配列されたリンクを貫いている。ピンの両端がプーリの円錐面に当接する。隣接するチェーンエレメントの、一方のエレメントのピンまたはインターピースを、他方のエレメントの開口に通すことにより、隣接するチェーンエレメントが連結されている。ピンとインターピースの接触面を介してチェーンエレメント間で動力が伝達される。ピンとインターピースは、接触面において転がり接触し、チェーンの屈曲が許容される。
【0004】
また、下記特許文献1においては、2個のプーリに巻き渡されたチェーンの直線状の部分の振動(弦振動的運動)の抑制について述べられている。この振動の原因の一つとして、チェーンの直線状の部分と、プーリ内の円弧状の部分との境界に位置するピンが、プーリの回転に伴って円弧運動する際に上下に動くことが挙げられている(段落0012参照)。このピンの動きにより、直線状の部分の上下動が励起される。さらに、プーリに進入するピンの移動の方向が、ピンがプーリに最初に接触した時点で急に変更されることを振動の原因の一つとして挙げている(段落0013,0014参照)。
【0005】
上記の直線状の部分の振動を抑制するために、ピンがプーリに最初に接触する位置を高くすることが提案されている(段落0016)。チェーンに働く張力により偶力が発生するようにし、この偶力により隣接するチェーンエレメントのうち後続のエレメントを持ち上げる。これにより、チェーンがプーリに進入する際に、ピンがプーリに最初に接触する位置が、最も高い地点またはその近傍、すなわちプーリの半径方向外側の位置またはその近傍となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3477545号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1においては、ピンがプーリに最初に接触する位置を高くすることにより、チェーンの弦振動を抑制することが記載されている。しかし、この観点からの取り組みでは、十分な振動抑制ができないという問題があった。
【0008】
本発明は、チェーン式無段変速機のチェーンの弦振動を抑制する新たな手法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の無段変速機のチェーンは、対向し、かつ互いの距離が変更可能な円錐面を有する2個のプーリに巻き渡され、周回する。当該チェーンは、複数のチェーンエレメントが連結された可撓性の無端部材である。個々のチェーンエレメントは、開口を有する板形状の複数のリンクから構成されたリンクユニットと、リンクを貫く2本のピンとを含む。リンクユニットを構成するリンクは、1枚1枚がチェーンの周方向に沿って配置され、チェーンの幅方向に配列されている。ピンは、幅方向に配列されたリンクを貫くように2本配置される。より具体的には、2本のピンは、リンクの両端において、それぞれがリンクの開口を貫通している。チェーン周方向に隣接するチェーンエレメントの一方のエレメントのピンが、他方のエレメントのリンクの開口に通され、これにより隣接するチェーンエレメント同士が連結される。
【0010】
隣接するチェーンエレメントのピン同士が、その側面において接触し、チェーンに作用する張力が伝達される。チェーンが屈曲するとき、接触して張力を伝達するピン同士は転がるように接触する。つまり、チェーンが屈曲するに従って、ピン同士の接触点が連続的に移動していく。ピンの接触面の形状は、チェーンが屈曲するに従って接触点が周回するチェーンの外側に移動する形状となっている。この接触点の移動により、後続するチェーンエレメントに、その後端を持ち上げる、つまりチェーンの外側に移動させる偶力が作用する。
【0011】
チェーンが屈曲した時の接触点の移動量は、ピンの接触面の形状により決定される。接触面は対向する2面があり、これらの面の間の相対的な関係が移動量を決定する。一方の接触面を平面とし、他方を曲面とすることができる。また、二つの接触面の両方を曲面とすることができ、この場合、一方を平面とした場合の他方の曲面の曲率を、二つの曲面に割り振ることによって、前記の平面と曲面の組み合わせの場合と同等の効果を得ることができる。この接触面の、チェーン幅方向に直交する断面における相対的な形状を相対作用曲線と記す。
【0012】
隣接するチェーンエレメントの相対角度である隣接エレメント間角度と、接触点の移動量の関係は、相対作用曲線がインボリュート形状である場合に比べて、隣接エレメントの角度が小さいときには移動量の増加率が小さく、隣接エレメントの角度が大きくなると移動量の増加率が大きくなる。
【0013】
これにより、隣接エレメント間角度が小さいとき、つまりチェーンがそれほど屈曲していないときには、後続するチェーンエレメントに作用する偶力が小さく、持ち上げ効果も小さい。逆に、隣接エレメント間角度が大きくなり、チェーンが大きく屈曲した場合は、偶力が急に大きくなり、持ち上げ効果も大きくなる。
【0014】
プーリ進入直前、つまり隣接エレメント間角度が小さいときに、チェーンエレメントに偶力が大きく作用すると、このエレメントの後端が持ち上がり、このエレメントに更に後続するエレメントも持ち上げられる。プーリ進入直前のチェーンエレメントに作用する偶力が小さいと、持ち上がりも少なく、更に後続するエレメントの持ち上がりも抑制される。これにより、チェーンの、プーリ間の部分の弦振動が抑制される。
【0015】
相対作用曲線は、隣接エレメント間角度をθとするとき、相対作用曲線上の任意の点の曲率半径が、
【数1】
ただし、τ>1、r0,rは任意の実数
で表される曲線とすることができる。
【発明の効果】
【0016】
チェーンの屈曲が小さいときには、後続エレメントの持ち上がり効果を抑え、屈曲が大きくなると持ち上がり効果を大きくすることにより、チェーンの弦部分の振動が抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】チェーン式無段変速機の要部を示す図である。
図2】チェーンをその幅方向から視た図である。
図3】チェーンの構造を説明するための斜視図である。
図4】チェーンをその厚さ方向から視た図である。
図5】チェーンエレメントを持ち上げる力についての説明図である。
図6】持ち上げ効果がない場合のチェーン弦部分の変位についての説明図である。
図7】持ち上げ効果がない場合のチェーン弦部分の変位についての説明図である。
図8】持ち上げ効果がある場合のチェーン弦部分の変位についての説明図である。
図9】持ち上げ効果がある場合のチェーン弦部分の変位についての説明図である。
図10】持ち上げ効果があり、隣接エレメント間角度が小さいときには持ち上げ効果が抑制されている場合のチェーン弦部分の変位についての説明図である。
図11】持ち上げ効果があり、隣接エレメント間角度が小さいときには持ち上げ効果が抑制されている場合のチェーン弦部分の変位についての説明図である。
図12】ピンの接触面を示す図である。
図13】ピンの接触面を表す作用曲線の例を示す図である。
図14】作用曲線の具体例を示す図である。
図15】隣接エレメント間角度に対する接触点の移動量を示す図である。
図16】巻き付き径とチェーン弦部分の変位の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を、図面に従って説明する。図1には、チェーン式無段変速機10の要部が示されている。チェーン式無段変速機10は2個のプーリ12,14とこれらのプーリに巻き渡されたチェーン16を有する。2個のプーリの一方を入力プーリ12、他方を出力プーリ14と記す。入力プーリ12は、入力軸18に固定された固定シーブ20と、入力軸18上を入力軸に沿ってスライドして移動可能な移動シーブ22を有する。固定シーブ20と移動シーブ22の互いに対向する面は、略円錐側面の形状を有する。これらの面を略円錐面24,26と記す。この略円錐面24,26によりV字形の溝が形成され、この溝内に、略円錐面24,26に側面を挟まれるようにしてチェーン16が位置する。出力プーリ14も、入力プーリ12と同様に、出力軸28に固定された固定シーブ30と、出力軸28上を出力軸に沿ってスライドして移動可能な移動シーブ32を有する。固定シーブ30と移動シーブ32の互いに対向する面は、略円錐側面の形状を有する。これらの面を略円錐面34,36と記す。この略円錐面34,36によりV字形の溝が形成され、この溝内に、略円錐面34,36に側面を挟まれるようにしてチェーン16が位置する。
【0019】
入力プーリ12と出力プーリ14の固定シーブと移動シーブの配置は逆となっている。すなわち、入力プーリ12において移動シーブ22図1中右側であるのに対し、出力プーリ14において移動シーブ32は左側に配置される。移動シーブ22,32をスライドさせることにより、互いに対向する略円錐面24,34、26,36の距離が変化し、これらの略円錐面で形成されるV字溝の幅が変化する。この溝幅の変化により、チェーンの巻き掛かり半径が変わる。すなわち、移動シーブ22,32が固定シーブ20,30から離れると溝幅が広がり、チェーン16は溝の深い位置に移動して、巻き掛かり半径が小さくなる。逆に、移動シーブ22,32が固定シーブ20,30に近づくと溝幅が狭くなり、チェーン16は溝の浅い位置に移動して、巻き掛かり半径が大きくなる。巻き掛かり半径の変化を、入力プーリ12と出力プーリ14で逆にすることにより、チェーン16がたるまないようにされている。移動シーブ22,32がスライドすることにより、V字溝の幅は連続的に変化し、巻き掛かり半径も連続的に変化する。これにより、入力軸18から出力軸28への伝達における変速比を連続的に変化させることができる。
【0020】
図2〜4は、チェーン16の構造の詳細を示す図である。以降の説明において、チェーン16が延びる方向に沿う方向を周方向、周方向に直交し、かつ入力軸18および出力軸28に平行な方向を幅方向、周方向と幅方向に直交する方向を厚さ方向と記す。図2は、チェーン16の一部を幅方向より視た図、図3は一部を抜き出して分解して示す図、図4はチェーン16の一部を外周側から厚さ方向に視た図である。
【0021】
図2において、左右方向が周方向であり、上下方向が厚さ方向であり、紙面を貫く方向が幅方向である。また、上側がチェーン16の外側である。チェーン16は、開口38a,38bを有する板形状のリンク40と、棒形状のピン42a,42bを組み合わせて形成される。個々のリンク40は厚さも含めて同一形状であり、棒形状のピン42aおよびピン42bは、それぞれに同一形状である。リンク40は、幅方向に所定パターンで配列され(図4参照)、2本のピン42a,42bがリンクの両端において開口38a,38bを貫通している。2本のピン42a,42bの両端、またはいずれか1本のピンの両端が入力および出力プーリ12,14の円錐面24,26、34,36に当接する。この2本のピン42a,42bとピンに貫通されたリンクの組をチェーンエレメント44と記す(図3参照)。
【0022】
図3には、二つのチェーンエレメント44-1,44-2が一部省略された状態で示されている。添え字「-1」「-2」「-3」は、チェーンエレメントおよびチェーンエレメントに属するリンク、ピンを他のエレメントから区別する場合に用いる。チェーンエレメント44-2は、複数のリンク40-2とこれらを貫く2本のピン42a-2,42b-2から構成される。2本のピン42a-2,42b-2は、リンク40-2の両端において、それぞれ開口38a-2,38b-2に圧入、または位置固定されて結合されている。チェーンエレメント44-1も同様に、複数のリンク40-1とこれらを貫く2本のピン42a-1,42b-1から構成される。また、一つのチェーンエレメントに属する複数のリンク40がリンクユニット46を構成している。
【0023】
隣接するチェーンエレメント44-1,44-2の連結は、ピン42a,42bを、互いに相手側のリンク40の開口38a,38bに通すことにより達成される。図3に示すように、左側のチェーンエレメント44-2のピン42b-2は、右側のチェーンエレメント44-1のピン42a-1の右側に位置するように、開口38a-1内に配置される。逆に、右側のチェーンエレメント44-1のピン42a-1は、左側のチェーンエレメント44-2のピン42b-2の左側に位置するように、開口38b-2内に配置される。この2本のピン42b-1,42a-2同士が、互いの側面で接触してチェーン16の張力が伝達される。チェーン16が曲がるときには、隣接するピン、例えばピン42b-1,42a-2同士が互いの接触面において転がるように動き、曲げが許容される。
【0024】
図4は、リンク40の配列パターンの一例を示す図である。個々のリンク40は、一つの列に属し、それらの列を図中下側から第1列、第2列・・・と記す。図4に示される例では、第1列目のリンク40は第1リンクユニット46-1に属し、第2列目のリンク40は第2リンクユニット46-2に属し、第3列目のリンク40は第3リンクユニット46-3に属する。
【0025】
図5は、チェーン16がプーリに進入し始める部分を示す図である。チェーン16は図中の矢印Aに沿って右方向に移動する。チェーンエレメント44-1は、そのピン42a-1がプーリ12(または14)により挟持され、そのプーリと一体となった円運動を開始している。チェーンエレメント44-1に続くチェーンエレメント44-2および更に後続のチェーンエレメント44-3は、プーリに未だ進入しておらず、プーリ間に渡された直線状の部分に属している。以降、チェーン16のプーリともに円運動をしている部分を円弧部分、プーリ間に渡された直線形状の部分を弦部分と記して説明する。また、簡単のために以下プーリ12について説明するが、プーリ14についても同様である。
【0026】
弦部分に属するチェーンエレメントの大部分においては、隣接するチェーンエレメント44は一つの直線上に沿って位置し、相対的な角度は付いていない。しかし、チェーンエレメント44が円弧部分に属するようになると、後続するエレメントとの間に角度が付く。図5において、先行するチェーンエレメント44-1は円弧部分に属しており、後続するチェーンエレメント44-2との間に相対的に角度が付いている。以降、この角度を「隣接エレメント間角度」と記す。後で詳述するが、直線部分に属するチェーンエレメントのうち、円弧部分との境界付近に位置するものについては、隣接するチェーンエレメントの間に角度が付く場合がある。ただし、図5に関する説明に限り、チェーンエレメント44-2、44-3は、一直線上に位置するものとする。
【0027】
隣接する2個のチェーンエレメント44が一直線上に位置する場合、ピン同士の接触点Cは、チェーンの厚み方向の内側(図5においては下側)に位置する。図5に示すように、先行するチェーンエレメント44-2のピン42a-2と、後続するチェーンエレメント44-3のピン42b-3の接触点Cは、下方の点C1の位置となっている。先行するチェーンエレメントが、プーリ内に進入し始めると、隣接エレメント間角度が増加し、これに伴って接触点Cは徐々に上方に移動する。先行するチェーンエレメント44は、後方のピン42aがプーリに挟まれた状態となると、完全に円弧部分に属するようになる。この状態が図5のチェーンエレメント44-1であり、そのときの先行するチェーンエレメントのピン42a-1と、後続するチェーンエレメントのピン42b-2との接触点Cは、点C2の位置となる。なお、ピン同士の接触点は、現実にはピンの接触圧による変形のために、点ではなく領域を持った範囲となる。ここでは、ピンが完全な剛体で点接触する理想的な状態として説明する。
【0028】
このように、一つのチェーンエレメント(例えば44-2)に属する二つの接触点Cの位置が厚み方向においてずれると、このチェーンエレメントに働く張力Tにより、偶力が発生する。この偶力が、このチェーンエレメントの後端を持ち上げる力Fを生じさせる。この偶力または持ち上げる力は、接触点C1とC2の厚み方向の距離が増加するにつれて大きくなる。したがって、偶力または持ち上げる力は、先行するチェーンエレメント44が弦部分から円弧部分に進入するにつれて大きくなる。
【0029】
次に、チェーン16の弦部分の変位について説明する。図6および図7は、前述のチェーンエレメントの後端を持ち上げる偶力が発生しない場合、つまり持ち上げ効果のない場合についてのチェーンの変位についての説明図である。図6は、先行するチェーンエレメント44-1の後方のピン42a-1がプーリ12に挟持された直後の状態を示している。ピンを黒丸で示す場合(例えばピン42a-1)は、プーリ12に挟持されていることを表し、斜線付きの白丸で示す場合(例えばピン42a-2)は、プーリ12に挟持されていないことを表す。後続するチェーンエレメント44-2,44-3は、ピン42a-1からこのピンと同じ高さで後方に延びている。図7は、チェーン16が進行して、ピン42a-1がプーリの最も高い位置(図中最も上の位置)に来たときの状態を示す。このときも後続するチェーンエレメント44-2,44-3は、ピン42a-1からこのピンと同じ高さで後方に延びている。チェーンは、図6,7で表した状態の間で、つまり変位量d1で変位する。
【0030】
図8および図9は、チェーン16の持ち上げ効果を説明するための図である。図8は、チェーンエレメント44-2がプーリ12内に完全に入る直前の状態、つまりチェーンエレメント44-2のピン42a-2がプーリ12に挟持される直前の状態が示されている。チェーンエレメント44-2と、これに先行するチェーンエレメント44-1とは、角度θ1(隣接エレメント間角度)をなしている。これにより、チェーンエレメント44-2には、前述の偶力が作用して持ち上げ力が働く。この結果、ピン42a-2は、先行するチェーンエレメント44-1のピン42a-1より高い位置にある。チェーンエレメント44-2が持ち上げられているために、これに後続するチェーンエレメント44-3との間にも角度θ2が付く。このため、チェーンエレメント44-3にも、これを持ち上げる偶力が作用する。更に後続するチェーンエレメント44-4にも偶力が作用する。このように、プーリ進入直前のチェーンエレメント44-2だけでなく、これに後続するチェーンエレメント(例えば44-3,44-4)にも偶力が作用する。
【0031】
図9は、チェーンエレメント44-2がプーリ12内に完全に入った時の状態を示す。この後、ピン42a-2は、プーリ12に挟持され、プーリ12の回転と共に移動する。この間も、後続する、プーリに未進入のチェーンエレメント44-3,44-4に偶力が作用し、これらのエレメントが持ち上げられる。このため、チェーン16の弦部分は、図9の白丸と一点鎖線で示す位置まで持ち上げられる。このときの弦部分の変位は、図9に示すd2となる。
【0032】
持ち上げ効果がないと、図6,7で示されるように、チェーン16の弦部分の変位は、プーリ内のピン42a-1の動きに直接に支配され、変位は大きくなる。しかし、図8,9の場合には、ピン42a-2の位置だけでなく、隣接するエレメント間に角度が付くことによる持ち上げ効果も弦部分の変位に影響する。よって、図8,9の場合、チェーン16の弦部分の変位はピン42a-2の動きに直接に支配されるものではなくなる。ピン42a-2が、プーリ12内の最高点近傍(図9中、42a'-2 )にあるときも、チェーンエレメント44'-3 が持ち上がり、弦部分の変位の上限はピン42a'-2 の位置より更に高い位置となる。プーリに進入する前のチェーンエレメントが持ち上げられることにより、変位は小さくなる。しかし、ピンが最高点近傍にあるときに、後続するチェーンエレメントを持ち上げると、弦部分はより高くなり、弦部分の変位を大きくする方向に作用する。この点が改善されれば、弦部分変位を更に抑制できる可能性がある。つまり、ピンがプーリ12に進入した位置から最高点近傍までの間では、偶力が比較的小さくなるようにし、後続のチェーンエレメントがプーリ進入直前のときに、大きな偶力を発生するようにすることで、弦部分変位の抑制が期待できる。これは、言い換えれば、隣接エレメント間角度が小さいときには偶力が小さく抑え、この角度が大きくなるにつれて、偶力をより大きくすることで達成される。
【0033】
図10,11は、図8,9の場合より弦部分の変位を抑えた例を示す図である。図10は、チェーンエレメント44-2がプーリ12内に完全に入る直前の状態、つまりチェーンエレメント44-2のピン42a-2がプーリ12に挟持される直前の状態が示されている。チェーンエレメント44-2と、これに先行するチェーンエレメント44-1とは、角度θ4(隣接エレメント間角度)をなしている。チェーンエレメント44-2とこれに後続するチェーンエレメント44-3間の隣接エレメント間角度はθ5である。角度θ4のときには、比較的大きな偶力が作用するようにして、チェーンエレメント44-2を持ち上げる。これにより、ピン42a-2がプーリ12に最初に挟持される位置は、比較的高い位置となる(図11参照)。一方、隣接エレメント間角度がθ5のように小さいときは、偶力が小さくなるようにし、チェーンエレメント44-3の持ち上がりを抑制する。ピン42a-2が、プーリ内の最高点近傍(図11中、42a'-2 の位置)にあるときも、偶力が小さく、チェーンエレメント44'-3 が大きく持ち上げられることがない。ピン42a-2が最高点を過ぎた後は、ピン42a-2の位置は低くなっていくが、持ち上げ効果が大きくなり、後続するチェーンエレメント44-3の後端が持ち上げられる。これにより、後続するチェーンエレメント44-3のピン42a-3の位置は、先行するエレメントのピン42a-2ともに低くなることが抑制され、高い位置でプーリに進入する。このためチェーン16の弦部分の変位が図11中にd3で示すように小さくなる。
【0034】
隣接エレメント間角度と偶力の関係は、接触するピン同士の接触面の形状を適切に決定することにより調整できる。この接触面の形状について説明する。ピン42a,42bの側面形状は、チェーン16の幅方向において一定であり、以下においては、幅方向に直交する断面における形状として説明する。したがって、接触面は、この断面において線として現れる。この線を作用曲線と記す。
【0035】
図12には、接触面(作用曲線)の形状を表すための座標系が示されている。チェーン16が直線状に延びているときの、2個のピン42a-1,42b-2の接触点を原点とする。x軸は、チェーン16の延びる方向(周方向)、y軸は厚さ方向を表している。ピン42a-1の作用曲線50aは曲線であり、ピン42b-2の作用曲線50bは、y軸に一致する直線である。接触点の位置の変化は、二つの作用曲線50a,50bの間隔で定まり、この間隔を表す曲線を相対作用曲線と記す。図12の例では、一方の作用曲線50bが直線であるため、相対作用曲線は、他方の作用曲線50aそのものである。二つの作用曲線が曲線の場合は、二つの作用曲線上の同一y座標のそれぞれ点距離が、同一y座標における作用曲線50aとy軸の距離と等しくなるように作用曲線を定める。
【0036】
図13は、作用曲線50aの一例を示す図である。作用曲線50bはy軸に一致する。作用曲線50aの一例として、原点より始まり、当該曲線の接線とy軸がなす角度がθのとき、接点における当該曲線の曲率半径が、
【数2】
ただし、τ>1、r0,rは任意の実数
である曲線を示す。上式においてτ=1であれば、曲線はインボリュート曲線となる。
【0037】
以下において、式(1)で表される作用曲線をインボリュート曲線(τ=1)と比較する。式(1)中の変数r,r0 は、チェーン16がプーリ12に対して最小半径で巻き付いているときの、ピン42a-1とピン42b-2の接触点(作用曲線の接点)が、τを変化させても、動かないように決定される。チェーン16が屈曲すると、作用曲線50a,50bの接点は原点からy軸上を移動し、最小巻き掛かり半径で巻き付いたときに、上端点Uに達する。τの値が異なっても、最小巻き掛かり半径のときの接点が上端点Uに位置するように変数r,r0 が決定される。
【0038】
図14は、作用曲線50aの形状を示す図である。原点付近において、変数τが大きくなると傾きが小さくなり、接触点の移動量が小さくなる。
【0039】
図15は、隣接エレメント間角度θと、接触点の移動量の関係を示す図である。接触点はy軸上を移動するので、接触点の移動量とは接触点のy座標である。式(1)の変数rの前述の定め方によって、隣接エレメント間角度θが最も大きくなるとき(θmax )、つまりチェーンが最小巻き掛かり半径となっているとき、接触点は接触面の上端Uに位置する。接触点の移動量yは、変数τが大きいほど、隣接エレメント間角度θが小さいときに増加率が小さく、角度θが大きくなると増加率が大きくなる。つまり、変数τが大きいほど、チェーンの屈曲が小さいときチェーンエレメントを持ち上げる偶力が小さく、屈曲が大きくなると偶力が急激に大きくなることが理解できる。また、接触点移動量の増加を表す曲線は、滑らかに変化し、隣接エレメント間角度θが0のとき0、θ最大値において最大である。
【0040】
図16は、変数τが異なる作用曲線50aについて、チェーンの弦部分の変位dを表したものである。横軸はチェーン16のプーリ12に対する巻き掛かり半径である。巻き掛かり半径が小さい時には、変数τが大きい方が弦部分の変位dが小さいが、巻き掛かり半径が大きくなると、一部に逆転がみられる。一方のプーリ(例えばプーリ12)で巻き掛かり半径が小さい場合には、他方のプーリ(例えばプーリ14)で巻き掛かり半径は大きくなる。したがって、取りうる巻き掛かり半径の範囲の一方の端で巻き掛かり半径が小さくなっても、他方の端で巻き掛かり半径が大きくなるのでは、弦部分変位の効果があまり期待できない。つまり、両端の変位が相応に小さいことが望まれる。取りうる巻き掛かり半径の範囲にもよるが、概略、τ=2.5〜3.0のときが、総合的な効果が大きいことが分かる。
【0041】
以上のように、チェーンエレメントがプーリに進入しようとする過程において、隣接エレメント間角度が小さいときにはチェーンエレメントの持ち上がりを抑制し、大きくなってから持ち上げるようにする。これにより、チェーン弦部分の変位を抑制することができる。
【0042】
以下に、本発明の好適な態様について記す。
(1)無段変速機の、対向し、かつ互いの距離が変更可能な円錐面を有する2個のプーリに巻き渡されるチェーンであって、
当該チェーンは、開口を有する板形状のリンクがチェーンの周方向に沿って配置され、かつチェーンの幅方向に複数枚が配列されて構成されたリンクユニットと、前記リンクの両端において開口をそれぞれ貫通し、少なくとも一方が両端が前記円錐面に当接する2本のピンとを有するチェーンエレメントを、チェーン周方向に隣接するチェーンエレメントのうち一方のエレメントのピンを他方のエレメントのリンクの開口に通して連結して形成され、
当該チェーンが屈曲するときには、隣接するチェーンエレメントの接触するピン同士が転がり接触し、
隣接するチェーンエレメントのピン同士の接触面の、チェーン幅方向に直交する平面内における相対形状である相対作用曲線が、隣接するチェーンエレメント同士の相対角度である隣接エレメント間角度が付くと、チェーンに生じる張力により、隣接するチェーンエレメントのうち後続するチェーンエレメントを持ち上げる持ち上げ偶力が発生する形状であり、
さらに、相対作用曲線は、持ち上げ偶力の隣接エレメント間角度に関する増加率が、相対作用曲線がインボリュート形状である場合よりも、隣接エレメント間角度が小さい場合には小さく、大きい場合には大きい形状である、
無段変速機のチェーン。
(2)無段変速機の、対向し、かつ互いの距離が変更可能な円錐面を有する2個のプーリに巻き渡されるチェーンであって、
当該チェーンは、開口を有する板形状のリンクがチェーンの周方向に沿って配置され、かつチェーンの幅方向に複数枚が配列されて構成されたリンクユニットと、前記リンクの両端において開口をそれぞれ貫通し、少なくとも一方が両端が前記円錐面に当接する2本のピンとを有するチェーンエレメントを、チェーン周方向に隣接するチェーンエレメントのうち一方のエレメントのピンを他方のエレメントのリンクの開口に通して連結して形成され、
当該チェーンが屈曲するときには、隣接するチェーンエレメントの接触するピン同士が転がり接触し、
隣接するチェーンエレメントのピン同士の接触面の、チェーン幅方向に直交する平面内における相対形状である相対作用曲線が、隣接するチェーンエレメント同士の相対角度である隣接エレメント間角度が付くと、チェーンに生じる張力により、隣接するチェーンエレメントのうち後続するチェーンエレメントを持ち上げる持ち上げ偶力が発生する形状であり、
さらに、相対作用曲線は、持ち上げ偶力による後続チェーンエレメントの移動量の隣接エレメント間角度に関する増加率が、相対作用曲線がインボリュート形状である場合よりも、隣接エレメント間角度が小さい場合には小さく、大きい場合には大きい形状である、
無段変速機のチェーン。
【符号の説明】
【0043】
12 入力プーリ、14 出力プーリ、16 チェーン、38 開口、40 リンク、42a,42b ピン、44 チェーンエレメント、50a 作用曲線。
図1
図3
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図13
図14
図15
図16
図2
図4
図12