(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0027】
図1は、眼鏡の一例を斜視図にて示している。
図2(a)は、本発明の実施形態の1つの光学レンズ(眼鏡用レンズ)の一方のレンズを平面図にて模式的に示している。
図2(b)は、その一方のレンズを断面図にて模式的に示している。
【0028】
本例では、使用者側(ユーザー側、着用者側、眼球側)から見て、左側を左、右側を右として説明する。この眼鏡1は、左眼用および右眼用の左右一対の光学レンズ(眼鏡用レンズ)10Lおよび10Rと、レンズ10Lおよび10Rをそれぞれ装着した眼鏡フレーム20とを有する。この光学レンズ10Lおよび10Rは、それぞれ、累進屈折力レンズ、より具体的には、累進多焦点レンズである。レンズ10Lおよび10Rは、それぞれ、基本的な形状は物体側に凸のメニスカスレンズである。したがって、レンズ10Lおよび10Rは、それぞれ、物体側の面(凸面、以下外面ともいう)19Aと、眼球側(使用者側)の面(凹面、以下内面ともいう)19Bとを含む。
【0029】
図2(a)は右眼用レンズ10Rを示している。このレンズ10Rは、上方(眼鏡装用時の頭頂側)に遠距離の物を見る(遠方視の)ための視野部である遠用部11を含み、下方(眼鏡装用時のあご側)に遠用部11と異なる度数(屈折力)の近距離の物を見る(近方視の)ための視野部である近用部12を含む。さらに、レンズ10Rは、これら遠用部11と近用部12とを連続的に屈折力が変化するように連結する中間部(中間視のための部分、累進部、累進帯)13を含む。また、レンズ10Rは、遠方視・中間視・近方視をするときに視野の中心となるレンズ上の位置を結んだ主注視線(主子午線とも呼ばれる)14を含む。眼鏡用レンズ10Rをフレーム枠に合わせて外周を成形し枠入れする際に遠方水平正面視(第一眼位)での視線が通過するようにするレンズ上の基準点であるフィッティングポイントPeは遠用部11のほぼ下端に位置するのが通常である。以下においてはこのフィッティングポイントPeをレンズの座標原点とし、水平基準線15(フィッティングポイントPeを通り遠用部の主注視線14に対して垂直な線)に沿った水平方向の座標をX座標、垂直基準線y(フィッティングポイントPeを通り遠用部の主注視線14に平行な線)または主注視線14に沿った垂直方向の座標をY座標とする。主注視線14は遠用部11から近用部12方向にほぼ垂直に伸び、垂直基準線yに対してフィッティングポイントPeを過ぎたあたりから鼻側に曲がる。
【0030】
なお、以下において眼鏡用レンズとして右眼用の眼鏡用レンズ10Rを中心に説明するが
、眼鏡レンズまたはレンズは左眼用の眼鏡用レンズ10Lであってもよく、左眼用の眼鏡用レンズ10Lは、左右の眼の眼鏡仕様の差を除けば基本的には右眼用の眼鏡用レンズ10Rと左右対称の構成となる。また、以下においては、右眼用および左眼用の眼鏡用レンズ10Rおよび10Lを共通して眼鏡用レンズ(またはレンズ、累進屈折力レンズ)10と称する。
【0031】
累進屈折力レンズ10の光学性能のうち視野の広さについては、非点収差分布図や等価球面度数分布図により知ることができる。累進屈折力レンズ10の重要な性能の1つは、累進屈折力レンズ10を着用して頭を動かしたときに感じるゆれ(ユレ、揺れ)であり、非点収差分布や等価球面度数分布がほとんど同じであっても、ゆれに関して差が発生することがある。以下においては、まず、ゆれの評価方法について説明し、その評価方法を用いて、本願の実施形態と、従来例とを比較した結果を示す。
【0032】
1. ゆれの評価方法
図3(a)に、典型的な累進屈折力レンズ10の等価球面度数分布(単位はディオプトリ(D))を示し、
図3(b)に、非点収差分布(単位はディオプトリ(D))を示し、
図3(c)に、このレンズ10により正方格子を見たときの歪曲の状態を示している。累進屈折力レンズ10においては、主注視線14に沿って所定の度数が加入される。したがって、度数の加入により、中間領域(中間部、累進領域)13の側方には大きな非点収差が発生し、その部分では物がぼやけて見えてしまう。等価球面度数分布は近用部12では所定の量だけ遠用部11よりも度数が高く、近用部12から中間部13、遠用部11へと順次度数が減少する。この累進屈折力レンズ10においては、遠用部11の度数(遠用度数、Sph)は0.00D(ディオプトリ)であり、加入度数(ADD)は2.00Dである。
【0033】
この度数のレンズ10上の位置による違いにより、度数の大きな近用部12では遠用部11に比べ像の倍率が大きくなり、中間部13から近用部12の側方では、正方格子像はひずんで見える。これが頭を動かしたときの像のゆれ(ユレ)の原因となる。
【0034】
図4に、前庭動眼反射(Vestibulo−Ocular Reflex(VOR))の概要を示している。人はもの(
図4では対象物9)を見ているとき頭部が動くと視界も動く。このとき、網膜上の像も動く。その頭部の動き(顔の回旋(回転)、頭部の回旋)8を相殺するような眼球3の動き(眼の回旋(回転))7があれば視線2は安定し(動かず)、網膜像は動かない。このような網膜像を安定化させる機能をもつ、反射的な眼球運動を代償性眼球運動という。その代償性眼球運動の一つが前庭動眼反射であり、頭部の回旋が刺激となり反射を生じる。水平回転(水平回旋、水平旋回)による前庭動眼反射の神経機構はある程度解明されており、頭部の回旋8を水平半規管が検知し、それからの入力が外眼筋に抑制性と興奮性の作用を与え、眼球3を動かすと考えられている。
【0035】
頭部が回旋したとき、前庭動眼反射により眼球が回旋すると網膜像は動かないが、
図4に破線および一点鎖線で示したように頭部の回旋に連動して眼鏡レンズ10が回旋する。このため、前庭動眼反射により眼鏡レンズ10を通過する視線2は相対的に眼鏡レンズ10の上を動く。したがって、前庭動眼反射により眼球3が動く範囲、すなわち、前庭動眼反射により視線2が通過する範囲で眼鏡用レンズ10の結像性能に差があると、網膜像がゆれることがある。
【0036】
図5は、視標探索時の頭位(眼位)運動を観察した一例を示している。
図5に示した幾つかのグラフは、注視点より水平方向にある角度だけ移動した視標(対象物)を認識するために、頭部がどの程度回旋するかを示している。視標(対象物)を注目させる注視の状態においては、グラフ41に示すように頭部は対象物とともに回旋する。これに対して、視標(対象物)を単に認識する程度の弁別視の状態においては、グラフ42に示すように、頭部の動きは対象物の角度(移動)に対して10度程度小さく(少なく)なる。この観察結果により、眼球の動きにより対象物を認識できる範囲の限界を約10度程度に設定できる。したがって、自然な状態で人間が頭部を動かしながら前庭動眼反射により対象物を見るときの水平方向の頭部の回旋角度は左右にそれぞれ最大10度程度(前庭動眼反射により眼球3が動く最大水平角度θxm)と考えられる。
【0037】
一方、前庭動眼反射により対象物を見る時の垂直方向の頭部の最大回旋角は、累進屈折力レンズの場合は、中間部では度数の変化があるため、大きく動くと対象物の距離に対して度が合わなくなり、像がぼけてしまうことから、水平方向のものよりも小さくなることが考えられる。以上から、ゆれのシミュレーションを行う場合のパラメータとなる頭部回旋角は水平方向で左右に約10度程度、垂直方向ではそれより小さく、例えば上下に5度程度を用いるのが好ましい。また、前庭動眼反射により視線が動く範囲の典型的な値は、水平方向では、主注視線14の左右±10度程度である。
【0038】
図6に、仮想空間の仮想面59に配置された観察目標物、本例においては矩形模様50に対して頭部を回旋させたときの前庭動眼反射を加味した視覚のシミュレーションを行う様子を示している。仮想空間に眼球3の回旋中心Rcを原点として、水平正面方向にz軸を設定し、水平方向にx軸、垂直方向にy軸を設定する。y−z平面に対して角度θx、x−z平面に対して角度θyをなす方向に、距離dを隔てた仮想面59に観察目標物の矩形模様50を配置する。
【0039】
本例においては、矩形模様50は縦横に2等分された正方格子であり、幾何学的中心55を通る中心の垂直格子線51および中心の垂直格子線51に対して左右対称な左右の垂直格子線52と、幾何学的中心を通る中心の水平格子線53および中心の水平格子線53に対し上下対称な上下の水平格子線54とを含む。この正方格子の矩形模様50を、以下に示すようにピッチが眼鏡レンズ10の上に視野角で設定されるように仮想面59と眼球3との距離dを調整する。
【0040】
この例では、眼鏡レンズ10を実際の装用時と同じ位置・姿勢で眼球3の前に配置し、注視点に対して前庭動眼反射により眼球3が動く最大水平角度θxmの近傍、すなわち、注視点に対して±10度に左右の垂直格子線52および上下の水平格子線54がそれぞれ見えるように仮想面59を設定する。
【0041】
この正方格子の矩形模様50のサイズは視野角で規定することができ、見る対象物に合わせて設定することが可能である。例えばモバイルパソコンの画面などでは格子の視野ピッチは小さく、デスクトップパソコンの画面のような対象物では格子の視野ピッチは大きくとることができる。
【0042】
一方、観察目標物(仮想面)59までの距離dについては、累進屈折力レンズ10の場合は、遠用部、中間部、近用部により想定される観察対象物の距離が変わるので、それを考慮して遠用部では数m以上の遠距離、近用部では40cmから30cm程度の近距離、中間部は1mから50cm程度の中間距離にすることが妥当である。ただし、例えば歩行時には中間部、近用部でも2mから3mの距離のものが観察対象となるので、あまり厳密にレンズ上の遠・中・近の領域に合わせて距離dを設定する必要はなく、そのゆれ指標計算結果に対する影響も大きくはない。
【0043】
レンズ屈折作用により目標対象物である矩形模様50は視野方向(θx、θy)からずれた視野角方向に観察される。このときの矩形模様50の観察像は通常の光線追跡法により求めることができる。この状態を基本として、水平方向に+α°頭部を回旋させると顔と一緒にレンズ10も+α°回旋する。このとき前庭動眼反射により眼球3は逆方向にα°、即ち−α°回旋するので、レンズ10の上では視線2は−α°移動した位置を使って目標物の矩形模様50の幾何学的中心55を見ることになる。したがって、レンズ10の視線2の透過箇所や視線2のレンズ10への入射角度が変わるので、目標対象物である矩形模様50は違った形で観察される。
【0044】
このため、頭部を左右反復回旋したときの、最大または所定の回旋角度θx1の両端位置における観察目標物(矩形模様)50の画像を観察目標物の幾何学中心55で重ね合わせ、両者の形状のずれを幾何学的に計算する。水平角度θx1の一例は前庭動眼反射により眼球3が動く最大水平角度θxm(約10度)である。
【0045】
本実施形態でゆれの評価に用いられる指数はゆれ指標IDdであり、このゆれ指標IDdは、水平格子線53および54、および垂直格子線51および52の傾きの変化を計算するものである。
【0046】
図7は、注視点に対して第1の水平角度(振り角)θx1(10度)で左右に眼球3および矩形模様50を動かしたときの矩形模様50の像の一例を示している。この状態は、水平角度(振り角)10度で頭部とともに眼鏡用レンズ10を左右に動かしたときに、矩形模様50を動かさず視線2が矩形模様50の幾何学的中心55から動かないように矩形模様50を見ている状態に相当する。矩形模様50a(破線)は、振り角10°で光線追跡法により眼鏡レンズ10を介して観察される像(右回旋画像)であり、矩形模様50b(実線)は同様に振り角−10°で観察される像(左回旋画像)であり、それらの矩形模様50aおよび50bを幾何学的中心55が一致するように重ねて示している。ちなみに、振り角0°で観察される矩形模様50の像はこれらのほぼ中間に位置する。
【0047】
これらの画像(矩形模様)50aおよび50bは、観察目標物を、眼鏡レンズ10を通して見ながら、頭を振ったときにユーザーが実際に得られる目標対象物の像であり、これらの像50aおよび50bの差(変形)は、頭を振ったときの像の動きを表していると見なすことができる。
【0048】
図8に、ゆれ指標(ゆれ指数)IDdを示している。ゆれ指標IDdは、各格子線51〜54の傾きの変化である。
図8に示すように矩形模様50の各辺(格子線)51〜54の勾配の変化量を幾何学的に計算することにより、ゆれ指標IDdを12個求めることができる。このうち水平方向の格子線53および54の勾配の変化量は「波打ち(うねり)」を表し、垂直方向の格子線51および52の勾配の変化量は「揺らぎ」を表していると考えられる。したがって、格子線51〜54の勾配の変化量を方向毎に合算するとそれぞれ「波打ち(うねり)感」、「揺らぎ感」としてゆれ(ユレ)を定量評価できる。
【0049】
これらのゆれ指標IDdは、水平方向成分、垂直方向成分、それらの合算値として、用途により使い分けることができる。以降において、勾配の変化から得られるゆれ指標IDdは「振動」と表現することがある。「振動」のゆれ指標IDdの単位は、視野角座標上での各格子線の勾配の変化量であるので無次元である。
【0050】
以下では、振動に関する指標IDdは
、垂直格子線51
、52およ
び水平格子線53、54の振動のうち、中心の水平格子線53を含むすべての水平格子線53および54の振動と、中心の垂直格子線51を含むすべての垂直格子線51および52の振動とを合算したすべての格子線の振動の総和または平均を指標化する。水平および垂直方向の振動は、実際に人(ユーザー)がゆれを感じているときにはただ1つの水平あるいは垂直の線の変動だけではなく、形として捉えている対象物のアウトラインの変動が同時に知覚されているという事実からすると、よりユーザーの感覚に近い。さらに、ユーザーにおいては水平方向も垂直方向も同時に知覚されるので、それらを合算した値が一番妥当な指標となる。ユーザーによって「波打ち(うねり)」と「揺らぎ」に対する感受性が異なる可能性や、個人の生活環境による視線の使い方が水平方向での視線移動が多く「波打ち(うねり)」を問題としたり、その逆に「揺らぎ」を問題にするケースが考えられる。したがって、各方向成分により、ゆれを指標化し、評価してもよい。
【0051】
2. 実施形態
2.1 実施形態1
以下では、累進屈折力レンズ10を例に、本発明に係る光学レンズについてさらに詳しく説明する。累進屈折力レンズ10は、主注視線14に沿った物体側の面(外面)19Aの遠用部11における水平方向の面屈折力OHPfおよび垂直方向の面屈折力OVPfと、外面19Aの近用部12の水平方向の面屈折力OHPnおよび垂直方向の面屈折力OVPnとが以下の式(0)を満たすアトーリック面の要素を含む。
OHPf≧OVPf・・・(0−1)
OHPn≧OVPn・・・(0−2)
ただし、式(0−1)と式(0−2)とを合わせて式(0)とする。式(0)において等号が同時に成り立つことはない。
【0052】
さらに、累進屈折力レンズ10は、以下の式(1)を満たす第1の要素、以下の式(2)を満たす第2の要素、以下の式(3)を満たす第3の要素のいずれかを含む。
OVPf>OVPn・・・(1)
OVPf<OVPn・・・(2)
OVPf=OVPn・・・(3−1)
OHPf=OHPn・・・(3−2)
式(3−1)と式(3−2)とを合わせて式(3)とする。
【0053】
これらの式(0)から(3)の条件は、外面19Aの主注視線14に沿った領域がトーリック面(トロイダル面)を含むことを意味する。すなわち、式(0)は、外面19Aが遠用部11のトーリック面の要素および近用部12のトーリック面の要素の少なくとも一方を含むトーリック面の要素を含み、その要素により主注視線14に沿って水平方向の面屈折力が垂直方向の面屈折力よりも大きなトーリック面が形成されることを意味する。
【0054】
式(1)の要素を含む外面19Aは、遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfが近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnより大きい。したがって、外面19Aの主注視線14上で、垂直方向の面屈折力が、中間部13から近用部12に向けて累進的に減少する眼鏡仕様により、トーリック面の要素を含む累進屈折力レンズ10を設計することを意味する。このため、式(1)の条件を含む眼鏡仕様に基づいて設計された累進屈折力レンズ10は、外面19Aが逆累進(外面逆累進)の要素を含む。遠用部11の水平方向の面屈折力OHPfおよび近用部12の水平方向の面屈折力OHPnは同一であってもよく、垂直方向の面屈折力と同様に、逆累進の要素を含んでいてもよい。
【0055】
式(2)の要素を含む外面19Aは、遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfが近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnより小さい。したがって、外面19Aの主注視線14上で、垂直方向の面屈折力が、中間部13から近用部12に向けて累進的に増加する眼鏡仕様により、トーリック面の要素を含む累進屈折力レンズを設計することを意味する。このため、式(2)の条件を含む眼鏡仕様に基づいて設計された累進屈折力レンズ10は、外面19Aが累進面(外面累進)の要素を含む。遠用部11の水平方向の面屈折力OHPfおよび近用部12の水平方向の面屈折力OHPnは同一であってもよく、垂直方向の面屈折力と同様に累進面の要素を含んでいてもよい。
【0056】
式(3)の要素を含む外面19Aは、遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfと近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnとが等しく、さらに、遠用部11の水平方向の面屈折力OHPfと近用部12の水平方向の面屈折力OHPnとが等しい。したがって、外面19Aが主注視線14に沿って単純なトーリック面(トロイダル面)である眼鏡仕様により累進屈折力レンズを設計することを意味する。このため、式(3)の条件を含む眼鏡仕様に基づいて設計された累進屈折力レンズ10は、外面19Aの少なくとも主注視線14に沿った領域は単純なトーリック面の要素を含む。
【0057】
累進屈折力レンズ10を使用するときの人の視覚の特性として、主注視線14上での使用頻度が極めて大きく、像のゆれを感じるのはその主注視線14近傍を使い視作業をするときである。したがって、上記式(0)〜(3)に示した外面19Aにおける条件は、少なくとも主注視線14を中心として水平方向に約10mm以内で成立すれば像のゆれを軽減するなどの効果は十分に得ることができる。
【0058】
さらに、以下において設計される累進屈折力レンズ10は、外面19Aのトーリック面の面屈折力のシフトをキャンセルするトーリック面の要素を含む内面累進レンズである。したがって、主注視線14に沿った眼球側の面(内面)19Bの遠用部11における水平方向の面屈折力IHPfおよび垂直方向の面屈折力IVPfと、主注視線14に沿った内面19Bの近用部12における水平方向の面屈折力IHPnおよび垂直方向の面屈折力IVPnは以下の式(4)の条件を含むように選択される。
IHPf≧IVPf・・・(4−1)
IHPn≧IVPn・・・(4−2)
IHPf>IHPn・・・(4−3)
ただし、式(4−1)、(4−2)、および(4−3)を合わせて式(4)とする。式(4)において等号が同時に成り立つことはない。
【0059】
2.1.1 実施例1および比較例1
実施例1および比較例1の基本的な眼鏡仕様は、セイコーエプソン社製累進屈折力レンズ「セイコーP−1シナジーAS」(屈折率1.67)を用い、累進帯長14mm、処方度数(遠用度数、Sph)が−3.00D、加入度数(Add)が2.00Dを適用して設計されたものである。なお、実施例1および比較例1の累進屈折力レンズの直径は65mmであり、乱視度数は含まれていない。したがって、実施例1の累進屈折力レンズ10aおよび比較例1の累進屈折力レンズ10bは、遠用部11の処方平均度数がマイナスの近視系の眼鏡レンズである。実施例1の累進屈折力レンズ10aは、アトーリック面の要素を含み、比較例1の累進屈折力レンズ10bは、実施例1と同じ眼鏡仕様であるがトーリック面の要素を含む。
【0060】
図9(a)に、実施例1の累進屈折力レンズ10aおよび比較例1の累進屈折力レンズ10bの外面(物体側の面)19Aの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力(表面屈折力)OHP(y)を破線で示し、垂直方向の面屈折力(表面屈折力)OVP(y)を実線で示している。実施例1の累進屈折力レンズ10aの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力OHP(y)および垂直方向の面屈折力OVP(y)と、比較例1の累進屈折力レンズ10bの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力OHP(y)および垂直方向の面屈折力OVP(y)はそれぞれ一致する。なお、図示した屈折力の単位はディオプトリ(D)であり、以下の各図においても特に記載しない限り共通である。
【0061】
図9(b)に、実施例1の累進屈折力レンズ10aおよび比較例1の累進屈折力レンズ10bの内面(眼球側の面)19Bの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力(表面屈折力)IHP(y)を破線で示し、垂直方向の面屈折力(表面屈折力)IVP(y)を実線で示している。実施例1の累進屈折力レンズ10aの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力IHP(y)および垂直方向の面屈折力IVP(y)と、比較例1の累進屈折力レンズ10bの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力IHP(y)および垂直方向の面屈折力IVP(y)はそれぞれ一致する。
【0062】
内面19Bの水平方向の面屈折力IHP(y)と、垂直方向の面屈折力IVP(y)とは本来負の値になるが、本明細書においては、内面19Bの面屈折力はいずれも絶対値を示す。以下においても同様である。また、y座標は、フィッティングポイントPeを原点とする主注視線14の座標である。以下において述べるx座標は、フィッティングポイントPeを原点とする水平基準線15の座標である。主注視線(主子午線)14は、垂直基準線yに対して鼻よりに輻輳しているが、座標としてはy座標を用いて示す。
【0063】
図10(a)に、実施例1の累進屈折力レンズ10aの外面(物体側の面)19Aの水平基準線15に沿った水平方向の面屈折力(表面屈折力)OHP(x)を破線で示し、垂直方向の面屈折力(表面屈折力)OVP(x)を実線で示している。また、比較例1の累進屈折力レンズ10bの外面(物体側の面)19Aの水平基準線15に沿った水平方向の面屈折力(表面屈折力)OHP(x)を二点鎖線で示している。比較例1の累進屈折力レンズ10bの外面(物体側の面)19Aの水平基準線15に沿った垂直方向の面屈折力(表面屈折力)OVP(x)は、実施例1の累進屈折力レンズ10aの面屈折力OVP(x)と一致している。また、水平基準線15に沿った面屈折力は、フィッティングポイントPeを挟んで左右対称であり、
図10(a)においてフィッティングポイントPeから右側の面屈折力の変化を示している。以下の水平基準線15に沿ったグラフおよび数値においても同様である。
【0064】
図10(b)に、実施例1の累進屈折力レンズ10aの内面(眼球側の面)19Bにおけるアトーリック面要素の水平基準線15に沿った水平方向の面屈折力(表面屈折力)AIHP(x)を破線で示し、垂直方向の面屈折力(表面屈折力)AIVP(x)を実線で示している。また、比較例1の累進屈折力レンズ10bの内面19Bにおけるトーリック面の要素の水平基準線15に沿った水平方向の面屈折力(表面屈折力)TIHP(x)を二点鎖線で示している。比較例1の累進屈折力レンズ10bの内面19Bのトーリック面要素の水平基準線15に沿った垂直方向の面屈折力(表面屈折力)TIVP(x)は、実施例1の累進屈折力レンズ10aのアトーリック面要素の垂直方向の面屈折力AIVP(x)と一致している。
【0065】
図10(b)に示した各面屈折力AIHP(x)、AIVP(x)、TIHP(x)、TIVP(x)は、アトーリック面の要素およびトーリック面要素を示すものであり、累進屈折力レンズ10aおよび10bの内面の面屈折力を示すものではない。累進屈折力レンズ10aおよび10bの内面の面屈折力は、これらの要素に累進面の要素が加えられたものとなる。詳しくは、等値線を用いて説明する。また、後述するように、
図10(b)に示した値は、レンズが薄いと仮定したときの値である。
【0066】
図11(a)に、実施例1の累進屈折力レンズ10aの外面19Aの数値データを示している。また、
図11(b)に、比較例1の累進屈折力レンズ10bの外面19Aの数値データを示している。
【0067】
実施例1の累進屈折力レンズ10aおよび比較例1の累進屈折力レンズ10bは、上記式(0)、(3)および(4)の条件を満たす。したがって、累進屈折力レンズ10aおよび10bは、外面19Aの主注視線14または垂直基準線y(本例においては主注視線14)に沿ったアトーリック面の要素およびトーリック面の要素による面屈折力のシフトをそれぞれキャンセルするために、内面19Bの主注視線14または垂直基準線y(本例においては主注視線14)に沿った遠用部11の水平方向の面屈折力IHPfおよび近用部12の水平方向の面屈折力IHPnは以下の条件を満たす。これらの条件により、中間部13においても、外面19Aのアトーリック面およびトーリック面の要素による屈折力のシフトをキャンセルするアトーリック面およびトーリック面の要素を内面19Bに含めることができる。
OHPf−OVPf=IHPf−IVPf・・・(5)
OHPn−OVPn=IHPn−IVPn・・・(6)
ただし、これらの条件および以下に示す条件は乱視処方を含まない。すなわち、これらの条件は遠用処方における乱視処方は含まない。以下においても同様である。また、面屈折力IHPfおよびIHPnは絶対値である。
【0068】
なお、条件(5)および(6)はレンズの厚みが薄いと仮定したときの条件式であり、一般に眼鏡レンズの屈折力計算に用いられるレンズの厚みを考慮した形状係数(シェイプファクター)を加味した条件式(5a)および(6a)は以下の通りである。
IHPf−IVPf=
OHPf/(1−t/n×OHPf)−OVPf/(1−t/n×OVPf)
・・・(5a)
IHPn−IVPn=
OHPn/(1−t/n×OHPn)−OVPn/(1−t/n×OVPn)
・・・(6a)
ここで、tはレンズの厚み(単位メートル)、nはレンズ素材の屈折率である。
【0069】
これらのレンズの厚みを加味した式を使い、より精度良く、外面に加えられたトーリック面の要素を内面でキャンセルできるが、式(5)および式(6)の簡略式によっても、目的はほぼ達成できる。
【0070】
これらの累進屈折力レンズ10aおよび10bにおいて、主注視線14に沿った水平方向の透過屈折
力HPおよび垂直方向の透過屈折
力VPにおいては視線2がレンズ10aの外面19Aおよび内面19Bに対して垂直であるとするとHPおよびVPは以下の式により近似的に得られる。
HP(y)=OHP(y)−IHP(y)・・・(7)
VP(y)=OVP(y)−IVP(y)・・・(8)
【0071】
ここで式(7)および式(8)はレンズの厚みが薄いと仮定したときの関係式であり、一般に眼鏡レンズの屈折力計算に用いられるレンズの厚みを考慮した形状係数(シェイプファクター)を加味した関係式に置き換えることも可能である。その場合は、以下の式(7a)および式(8a)となる。
HP(y)=OHP(y)/(1−t/n×OHP(y))−IHP(y)
・・・(7a)
VP(y)=OVP(y)/(1−t/n×OVP(y))−IVP(y)
・・・(8a)
ここで、tはレンズの厚み(単位メートル)、nはレンズ素材の屈折率である。また、式(7)、(7a)、(8)、(8a)のy座標についても、より正確な設計を行うためには、レンズ周辺部においては、視線のレンズ上の透過位置の外面側と内面側でのズレを光線追跡により求めて適用することも可能である。
【0072】
また、主注視線14以外の領域においては、レンズ10の外面19Aおよび内面19Bに対する視線2が垂直方向から傾くので、プリズム効果を考慮する必要がある。しかしながら、上記の式(7)および(8)の関係が近似的に成立する。
【0073】
実施例1の累進屈折力レンズ10aおよび比較例1の累進屈折力レンズ10bにおいては、主注視線14に沿った領域の外面19Aは単純なトーリック面(トロイダル面)であり、フィッティングポイントPeにおける水平方向の面屈折力OHPと垂直方向の面屈折力OVPとの差TPcは2Dである。すなわち、遠用部11の水平方向の面屈折力OHPf、中間部13の水平方向の面屈折力OHPmおよび近用部12の水平方向の面屈折力OHPnが5.0Dで一定であり、主注視線14に沿った領域の外面19Aの遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPf、中間部13の垂直方向の面屈折力OVPmおよび近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnが3.0Dで一定である。また、内面19Bの主注視線14に沿った領域では、遠用部11の水平方向の面屈折力IHPfは一定で8.0Dであり、中間部13の水平方向の面屈折力IHPmは累進的に減少して近用部12で6.0Dとなり、近用部12の水平方向の面屈折力IHPnは一定の6.0Dになっている。一方、内面19Bの遠用部11の垂直方向(縦方向)の面屈折力IVPfは一定で6.0Dであり、中間部13の垂直方向の面屈折力IVPmは累進的に減少して近用部12で4.0Dとなり、近用部12の垂直方向の面屈折力IVPnは一定の4.0Dになっている。
【0074】
一方、水平基準線15に沿っては、
図10(a)に示すように、比較例1の累進屈折力レンズ10bの外面19Aは水平方向の面屈折力OHPと垂直方向の面屈折力OVPとの差TPが2.0Dの単純なトーリック面であるのに対し、実施例1の累進屈折力レンズ10aの外面19Aは水平方向の面屈折力OHPが周辺に向かうに従って徐々に減少し、垂直方向の面屈折力OVPとの差TPが減少または差TPの符号が変化するアトーリック面である。したがって、
図10(b)に示すように、比較例1の累進屈折力レンズ10bの内面19Bは、単純なトーリック面によるシフトをキャンセルする要素を含むのに対し、実施例1の累進屈折力レンズ10aの内面19Bは、外面19Aのアトーリック面のシフトをキャンセルするアトーリック面の要素を含む。
【0075】
2.1.2 従来例1
実施例1の累進屈折力レンズ10aおよび比較例1の累進屈折力レンズ10bと比較するために、従来例1として、上記と同じ眼鏡仕様で外面19Aが球面の累進屈折力レンズ10cを設計した。
【0076】
図12(a)に従来例1の累進屈折力レンズ10cの外面(物体側の面)19Aの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力OHP(y)と、垂直方向の面屈折力OVP(y)とをディオプトリ(D)を単位として示している。
図12(b)に、累進屈折力レンズ10cの内面(眼球側の面)19Bの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力(表面屈折力)IHP(y)と、垂直方向の面屈折力(表面屈折力)IVP(y)とをディオプトリ(D)を単位として示している。また、
図11(c)に従来例1の累進屈折力レンズ10cの外面19Aの数値データを示している。
【0077】
従来例1の累進屈折力レンズ10cは、外面19Aが球面なので、遠用部11の水平方向の面屈折力OHPf、中間部13の水平方向の面屈折力OHPm、近用部12の水平方向の面屈折力OHPn、遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPf、中間部13の垂直方向の面屈折力OVPm、近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnは一定の2.5Dになっている。また、内面19Bの主注視線14に沿った領域の水平方向の面屈折力IHPおよび垂直方向の面屈折力IVPの値は一致しており、遠用部11の水平方向の面屈折力IHPfおよび垂直方向の面屈折力IVPfは一定で5.5Dであり、中間部13の水平方向の面屈折力IHPmおよび垂直方向の面屈折力IVPmは累進的に減少して近用部12で3.5Dとなり、近用部12の水平方向の面屈折力IHPnおよび垂直方向の面屈折力IVPnは一定の3.5Dになっている。
【0078】
なお、
図9、
図10および
図12に示した面屈折力の変化は、あくまでも基本構成を理解するために簡略して示したものである。実際の設計においては、レンズ周辺視における収差を補正するための意図した非球面補正がこれに加わり、遠用部の上方や近用部においては垂直方向と水平方向で多少の屈折力の変動が生じてくる。
【0079】
2.1.3 評価
図13(a)に実施例1の累進屈折力レンズ10aの外面19Aの面非点収差分布を示し、
図13(b)に従来例1の累進屈折力レンズ10cの外面19Aの面非点収差分布を示している。また、
図14(a)に実施例1の累進屈折力レンズ10aの外面19Aの等価球面面屈折力分布を示し、
図14(b)に従来例1の累進屈折力レンズ10cの外面19Aの等価球面面屈折力分布を示している。等価球面面屈折力ESPは以下の式(9)で得られる。
ESP=(OHP+OVP)/2・・・(9)
【0080】
なお、図の縦横の直線は円形のレンズの幾何学中心を通る基準線(垂直基準線yおよび水平基準線15)を示し、その交点である幾何学中心をフィッティングポイントPeとした眼鏡フレームへの枠入れ時の形状イメージも示されている。以下に示す図においても同様である。また、
図13(a)には、垂直基準線yから水平方向の距離が±10mmの線L(10)と、垂直基準線yから水平方向の距離が±25mmの線L(25)とを示している。
【0081】
図15(a)に実施例1の累進屈折力レンズ10aの内面19Bの面非点収差分布を示し、
図15(b)に従来例1の累進屈折力レンズ10cの内面19Bの面非点収差分布を示している。また、
図16(a)に実施例1の累進屈折力レンズ10aの内面19Bの等価球面面屈折力分布を示し、
図16(b)に従来例1の累進屈折力レンズ10cの内面19Bの等価球面面屈折力分布を示している。
【0082】
図13(a)および
図15(a)に示した実施例1の累進屈折力レンズ10aの面非点収差は、主注視線14から水平基準線15に沿って外側に向かって差TPが減少し、差TPの符号が変化するアトーリック面の要素による面非点収差の変化が、
図13(b)および
図15(b)に示した従来例1の累進屈折力レンズ10cの面非点収差に加わる。なお、収差を調整するための非球面補正も加わっているために単純な合成とはなっていないことがわかる。
【0083】
同様に、
図14(a)および
図16(a)に示した実施例1の累進屈折力レンズ10aの等価球面面屈折力分布では、主注視線14から水平基準線15に沿って外側に向かって水平方向の面屈折力OHPが減少するアトーリック面の要素による等価球面面屈折力の低下が、
図14(b)および
図16(b)にそれぞれ示した従来例1の累進屈折力レンズ10cの等価球面屈折力分布に対して加わる。なお、非球面補正の影響により、これも単純な合成にはなっていないことがわかる。
【0084】
図17(a)に実施例1の累進屈折力レンズ10aのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示し、
図17(b)に従来例1の累進屈折力レンズ10cのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示している。また、
図18(a)に実施例1の累進屈折力レンズ10aのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示し、
図18(b)に従来例1の累進屈折力レンズ10cのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示している。
【0085】
図17(a)に示した実施例1の累進屈折力レンズ10aの非点収差分布は、
図17(b)に示した従来例1の累進屈折力レンズ10cの非点収差分布とほぼ同等である。また、
図18(a)に示した実施例1の累進屈折力レンズ10aの等価球面度数分布は、
図18(b)に示した従来例1の累進屈折力レンズ10cの等価球面度数分布とほぼ同等である。したがって、実施例1の累進屈折力レンズ10aとして、非球面補正を効果的に使用することにより、非点収差分布および等価球面度数分布において従来例1の累進屈折力レンズ10cとほとんど同じ性能の累進屈折力レンズが得られることがわかる。
【0086】
さらに、
図10(a)に示すように、実施例1の累進屈折力レンズ10aは、比較例1の累進屈折力レンズ10bと同様に、フィッティングポイントPeから水平基準線15に沿って±10mm以内ではほぼトーリック面であり、外面19Aのトーリック面の要素を内面19Bのトーリック面の要素によりキャンセルしている。したがって、これら内外面のトーリック面の要素は、乱視矯正を目的とするものではなく、眼(視線)の動きにともなうレンズ10aを通した像のゆれを抑制するために、いっそう効果的である。
【0087】
また、
図13(a)に示すように、実施例1の累進屈折力レンズ10aの外面19Aは、主注視線14を挟んで水平基準線15に沿った方向に±10mm以内、すなわち、線L(10)の範囲内は、ほぼトーリック面であり、外面19Aのトーリック面の要素を内面19Bのトーリック面の要素によりキャンセルしている。このため、視線2が動く、主注視線14に沿ってほぼトーリックな面になっており、眼の動きにともなう光学レンズ10aを通した像のゆれを抑制できる。
【0088】
図19に、上述した、ゆれの評価方法により求めた振動に関する指標IDdを示している。なお、観察対象である矩形模様50の視野角ピッチは10度、頭部の振りは左右方向とし、その振り角は左右に各10度としている。以下のゆれ評価においても同様である。振動に関する指標IDdとして、すべての格子線の振動の総和または平均を示す「全L」を、実施例1の累進屈折力レンズ10a、および従来例1の累進屈折力レンズ10cの主注視線(主子午線)14に沿った幾つかの点で求めている。それぞれのレンズ10aおよび10cのフィッティングポイントPeが視野角0度の水平正面視、即ち第一眼位にある。遠用部11はフィッティングポイントPeから上方に20度まで、中間部13はフィッティングポイントPeから下方に約−28度付近までであり、そこから下が近用部12に当たる。
【0089】
図19に示すように、振動に関する指標IDdは、実施例1の累進屈折力レンズ10aの方が従来例1の累進屈折力レンズ10cより小さくなっている。主注視線14上の遠中近のほぼすべての領域にわたってゆれが小さくなっていることが示されている。特に遠用部11においてゆれの改善効果が大きい。
【0090】
主注視線14に沿ってトーリック面の要素を含めることにより、ゆれを改善できる。そのためには、フィッティングポイントPeにおける水平方向の面屈折力OHPと垂直方向の面屈折力OVPとの差TPcは以下の条件(10)を満たすことが望ましい。
0.5D≦TPc≦3.5D ・・・(10)
差TPcが下限より小さくなるとゆれの改善がそれほど見られず、差TPcが上限より大きくなると水平方向のカーブが深くなりすぎて、レンズのこば厚が厚くなりすぎたり、枠入れがしにくくなる可能性がある。
【0091】
差TPcの下限は1.0D以上であることが好ましく、1.5D以上であることがさらに好ましい。差TPcの上限は3.0D以下であることが好ましく、2.5D以下であることがさらに好ましい。実施例1の累進屈折力レンズ10aの差TPcは2.0Dであり、これらの条件を満足する。
【0092】
さらに、フィッティングポイントPeまたは主注視線14(または垂直基準線y)を挟んだ±10mmの範囲内においては、外面19Aは単純なトーリック面であってもよく、また、水平方向の面屈折力OHPが減少するアトーリック面であってもよいが、水平方向の面屈折力OHPと垂直方向の面屈折力OVPとの差TPの減少量ΔTPは以下の条件(11)を満たすことが望ましい。
ΔTP(10)≦0.3D ・・・(11)
ただし、ΔTP(10)は、フィッティングポイントPeから水平基準線15に沿って10mmの距離における差TPの減少量ΔTPである。減少量ΔTPが上限を超えると、主注視線14の近傍におけるアトーリック面の要素が強すぎて、ゆれの改善が得られにくくなる可能性がある。ゆれが改善される要因の1つは、主注視線14に沿った領域の内外面にトーリック面の要素を導入することにより、視線2が前庭動眼反射により動いたときに、視線2が眼鏡レンズ10aに対して入射および出射する角度変化を抑制でき、視線2が前庭動眼反射により動いたときの諸収差の変動を抑制できることであると考えられる。アトーリック面の要素が強くなりすぎると、視線2が眼鏡レンズ10aに対して入射および出射する角度変化が大きくなる可能性がある。実施例1の累進屈折力レンズ10aのΔTP(10)は、
図11(a)に示すように0.14Dであり、条件(11)を満足する。
【0093】
さらに、
図10(a)に示すように、実施例1の累進屈折力レンズ10aは、フィッティングポイントPeおよび主注視線14から水平基準線15に沿った方向に±10mmよりも外側では、外面19Aの垂直方向の面屈折力OVPが変化しないのに対し、水平方向の面屈折力OHPが単調に減少する非球面(アトーリック面)となっている。したがって、外面19Aが単調なトーリック面の比較例1の累進屈折力レンズ10bと比較すると、水平方向のカーブを浅くできるというメリットが得られる。
【0094】
図20に、実施例1の累進屈折力レンズ10a、比較例1の累進屈折力レンズ10b、従来例1の累進屈折力レンズ10cのフィッティングポイントPeを含み水平基準線15に沿った外面19Aのカーブと、内面19Bのカーブとを示している。外面19Aのカーブは、外面19Aの幾何学中心であるフィッティングポイントPeを頂点とした接平面からの距離(外面サグ値)で示している。各レンズについて、外面19AはフィッティングポイントPeで原点に接する下方に凸の曲線で表わされ、内面19BはフィッティングポイントPeで所定の量(厚み)だけ離れた位置を頂点とする下方に凸の曲線として表わされる。
【0095】
従来例1の累進屈折力レンズ10cに対して単純なトーリック面の要素を含む比較例1の累進屈折力レンズ10bは水平方向のカーブが深く、周辺部のレンズ厚(こば厚)が厚くなりやすい。これに対し、実施例1の累進屈折力レンズ10aは、水平方向のカーブがそれほど深くなく、また、周辺部のレンズ厚(こば厚)もそれほど厚くならない。
【0096】
このようなアトーリック面化による効果を得るために、フィッティングポイントPeまたは主注視線14(または垂直基準線y)をから±25mm以内(10mmより外側で25mm以内)における水平方向の面屈折力OHPと垂直方向の面屈折力OVPとの差TPの減少量ΔTPは以下の条件(12)を満たすことが望ましい。フィッティングポイントPeを中心とする半径25mmの円は、人の目の特性として視力が高い範囲である視野角約45度をカバーするレンズ上の範囲である。
0.3TPc≦ΔTP(25)≦1.5TPc ・・・(12)
ただし、ΔTP(25)は、フィッティングポイントPeから水平基準線15に沿って25mmの距離における差TPの減少量ΔTPである。ΔTP(25)が下限を下回ると、こば厚を低減する効果が得られにくく、また、水平方向のカーブが深くなるので枠入れが難しくなりやすい。一方、ΔTP(25)が上限を上回ると、水平方向の面屈折力OHPがフラットに近くなり、周辺視野の収差が増加しやすい。実施例1の累進屈折力レンズ10aのΔTP(25)は0.88TPc(1.76/2.00)であり、上記条件(12)を満たす。
【0097】
図11(a)に示した、実施例1の累進屈折力レンズ10aの数値データを参照すると、実施例1の累進屈折力レンズ10aの外面19Aの水平方向の面屈折力OHPは、主注視線14(主子午線、または垂直基準線y)からの水平距離xが10mmの位置における減少量が0.14Dであり、差TPの減少量ΔTPは0.14Dで差TPはほぼ2.0Dが維持されている。したがって、累進屈折力レンズ10aの外面19Aの水平距離xが10mmまでのアトーリック面の要素の変化は緩やかであり、ほぼトーリック面であることがわかる。
【0098】
外面19Aの水平方向の面屈折力OHPは水平距離xが10mmを超える辺りから急激に減少し、水平距離xがフィッティングポイントPeから25mm離れた位置ではその減少量は1.76Dである。したがって、差TPの減少量ΔTPは1.76Dとなり、主子午線14上での差TPc(トーリック量)2.0Dの約0.9倍分になる。その後も外面19Aの水平方向の面屈折力OHPは単調に減少し、レンズ外端では3.92Dと主子午線14上でのトーリック量TPcの約2倍分の減少量を示している。これに対し、
図11(b)に示す比較例1の累進屈折力レンズ10bおよび
図11(c)に示す従来例1の累進屈折力レンズ10cにおいては、主子午線14上から外端に至るまで、水平方向の面屈折力OHPは一定の値である。
【0099】
従来例1の累進屈折力レンズ10cの水平方向の面屈折力OHPは主子午線14上において2.5Dであるのに対し、実施例1の累進屈折力レンズ10aおよび比較例1の累進屈折力レンズ10bでは主子午線14上で水平方向の面屈折力OHPは5.0Dと大きく異なる。このため、サグ値は、従来例1の累進屈折力レンズ10cに比べると、実施例1の累進屈折力レンズ10aおよび比較例1の累進屈折力レンズ10bの周辺でかなり大きな値となっている。しかしながら、実施例1の累進屈折力レンズ10aはアトーリック形状を採用した効果により、トーリック形状の比較例1の累進屈折力レンズ10bに対して、水平距離xが35mmの位置において約0.80mm外面19Aが浅くなっていることがわかる。一方、レンズの厚みに関しては、実施例1の累進屈折力レンズ10aにおいては、水平距離xが35mmの位置で、従来例1の累進屈折力レンズ10cに対して、0.27mmほど厚くなるが、トーリック形状の比較例1の累進屈折力レンズ10bに対しては0.20mm薄くなっている。
【0100】
このように、外面19Aおよび内面19Bにアトーリック面の要素を導入した実施例1の累進屈折力レンズ10aにおいては、乱視矯正を対象としていない眼鏡レンズとしての一般的な性能である非点収差分布および等価球面度数分布は、球面の従来例1の累進屈折力レンズ10cと同等の性能を備えている。さらに、実施例1の累進屈折力レンズ10aは、従来例1の累進屈折力レンズ10cに対し、前庭動眼反射により視線2(眼球3)が動くような場合の像のゆれを小さくできる。さらに、実施例1の累進屈折力レンズ10aは、主子午線上から外端に向かって、水平方向の面屈折力が徐々に減少するアトーリック形状を採用しているため、サグ値が大きくなるのを抑制でき、こば厚が厚くなるのを抑制できる。さらに、水平方向のカーブが深くなりすぎるのを抑制でき、レンズカーブが眼鏡フレームのカーブに対し深くなりすぎて枠入れしにくかったり、スポーツサングラスのように6D以上の深いカーブでデザインされたものには枠入れができなかったりといった問題も改善される。
【0101】
2.2 実施形態2
2.2.1 実施例2および比較例2
実施例2および比較例2の基本的な眼鏡仕様は、セイコーエプソン社製累進屈折力レンズ「セイコーP−1シナジーAS」(屈折率1.67)を用い、累進帯長14mm、処方度数(遠用度数、Sph)が−3.00D、加入度数(Add)が2.00Dを適用したものであり、実施例1と共通である。実施例2の累進屈折力レンズ10dは、アトーリック面の要素を含み、比較例
2の累進屈折力レンズ10eは、実施例2と同じ眼鏡仕様であるがトーリック面の要素を含む。
【0102】
図21(a)に、実施例2の累進屈折力レンズ10dおよび比較例2の累進屈折力レンズ10eの外面(物体側の面)19Aの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力OHP(y)を破線で示し、垂直方向の面屈折力OVP(y)を実線で示している。累進屈折力レンズ10dおよび10eの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力OHP(y)および垂直方向の面屈折力OVP(y)はそれぞれ一致する。
【0103】
図21(b)に、実施例2の累進屈折力レンズ10dおよび比較例2の累進屈折力レンズ10eの内面(眼球側の面)19Bの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力IHP(y)を破線で示し、垂直方向の面屈折力IVP(y)を実線で示している。累進屈折力レンズ10dおよび10eの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力IHP(y)および垂直方向の面屈折力IVP(y)はそれぞれ一致する。
【0104】
図22(a)に、実施例2の累進屈折力レンズ10dの外面19Aの水平基準線15に沿った水平方向の面屈折力OHP(x)を破線で示し、垂直方向の面屈折力OVP(x)を実線で示している。また、比較例2の累進屈折力レンズ10eの外面19Aの水平基準線15に沿った水平方向の面屈折力OHP(x)を二点鎖線で示している。累進屈折力レンズ10eの外面19Aの水平基準線15に沿った垂直方向の面屈折力OVP(x)は、累進屈折力レンズ10dの面屈折力OVP(x)と一致する。
【0105】
図22(b)に、実施例2の累進屈折力レンズ10dの内面19Bのアトーリック面要素の水平基準線15に沿った水平方向の面屈折力AIHP(x)を破線で示し、垂直方向の面屈折力AIVP(x)を実線で示している。また、比較例2の累進屈折力レンズ10eの内面19Bのトーリック面要素の水平基準線15に沿った水平方向の面屈折力TIHP(x)を二点鎖線で示している。累進屈折力レンズ10eの内面19Bのトーリック面要素の水平基準線15に沿った垂直方向の面屈折力TIVP(x)は、アトーリック面要素の垂直方向の面屈折力AIVP(x)と一致する。
【0106】
図23(a)に、実施例2の累進屈折力レンズ10dの外面19Aの数値データを示している。また、
図23(b)に、比較例2の累進屈折力レンズ10eの外面19Aの数値データを示している。
【0107】
実施例2の累進屈折力レンズ10dおよび比較例2の累進屈折力レンズ10eは、上記式(0)、(2)および(4)を満たす。具体的には、累進屈折力レンズ10dおよび10eは、外面19Aの主注視線14に沿った領域では、遠用部11の水平方向の面屈折力OHPf、中間部13の水平方向の面屈折力OHPmおよび近用部12の水平方向の面屈折力OHPnが4.0Dで一定となっている。一方、外面19Aの遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfは一定で2.0Dであり、中間部13の垂直方向の面屈折力OVPmは累進的に増加して近用部12で4.0Dとなり、近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnは4.0Dで一定である。
【0108】
内面19Bの主注視線14に沿った領域の遠用部11の水平方向の面屈折力IHPfは一定で7.0Dであり、中間部13の水平方向の面屈折力IHPmはで累進的に減少して近用部12で5.0Dとなり、近用部12の水平方向の面屈折力IHPnは5.0Dで一定である。一方、遠用部11の垂直方向の面屈折力IVPf、中間部13の垂直方向の面屈折力IVPmおよび近用部12の垂直方向の面屈折力IVPnは5.0Dで一定である。
【0109】
したがって、累進屈折力レンズ10dおよび10eは、外面19Aが累進面(外面累進)の要素を含み、内面19Bも累進面(内面累進)の要素を含む。具体的には、外面19Aの垂直方向の面屈折力OVPが外面累進の要素を含み、内面19Bの水平方向の面屈折力IHPが内面累進の要素を含む。さらに、実施例2の累進屈折力レンズ10dは、遠用部11および中間部13の内外面の主注視線14における差TPがゼロではない(主注視線14でトーリック差がある)アトーリック面の要素を含む。累進屈折力レンズ10dの近用部12の内外面は、主注視線14で差TPがゼロ、すなわち、主注視線14に沿った面が球面のアトーリック面の要素を含む。この構成は厳密にはアトーリック面の定義から外れる可能性があるが、本実施形態ではアトーリック面の特殊例と見なす。
【0110】
比較例2の累進屈折力レンズ10eは、遠用部11および中間部13の内外面がトーリック面の要素を含み、近用部12の外面19Aは球面である。したがって、累進屈折力レンズ10eの近用部12の内面19Bは、トーリック面の要素をキャンセルする要素は含まない。
【0111】
2.2.2 評価
図24に実施例2の累進屈折力レンズ10dの外面19Aの面非点収差分布を示し、
図25に累進屈折力レンズ10dの外面19Aの等価球面面屈折力分布を示している。これらは、前述した同じ眼鏡仕様の従来例1の累進屈折力レンズ10cの面非点収差分布(
図13(b))および等価球面面屈折力分布(
図14(b))と比較される。
【0112】
図26に累進屈折力レンズ10dの内面19Bの面非点収差分布を示し、
図27に累進屈折力レンズ10dの内面19Bの等価球面面屈折力分布を示している。これらは、前述した同じ眼鏡仕様の従来例1の累進屈折力レンズ10cの面非点収差分布(
図15(b))および等価球面面屈折力分布(
図16(b))と比較される。
【0113】
図28に累進屈折力レンズ10dのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示し、
図29に累進屈折力レンズ10dのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示している。これらは、前述した同じ眼鏡仕様の従来例1の累進屈折力レンズ10cの非点収差分布(
図17(b))および等価球面度数分布(
図18(b))と比較される。
【0114】
図24および
図26に示したように実施例2の累進屈折力レンズ10dの内外面の面非点収差は、主注視線14から水平基準線15に沿って外側に向かって差が減少し逆転するアトーリック面の要素による面非点収差の変化が従来例1の累進屈折力レンズ10cの面非点収差に加わる。同様に、
図25および
図27に示した累進屈折力レンズ10dの内外面の等価球面面屈折力分布では、主注視線14から水平基準線15に沿って外側に向かって水平方向の面屈折力OHPが減少するアトーリック面の要素による等価球面面屈折力の低下が、従来例1の累進屈折力レンズ10cの等価球面屈折力分布に対して加わる。なお、非球面補正の影響により単純な合成にはなっていないことがわかる。
【0115】
図28に示した累進屈折力レンズ10dの非点収差分布は、
図17(b)に示した従来例1の累進屈折力レンズ10cの非点収差分布とほぼ同等であり、
図29に示した累進屈折力レンズ10dの等価球面度数分布は、
図18(b)に示した従来例1の累進屈折力レンズ10cの等価球面度数分布とほぼ同等である。したがって、実施例2の累進屈折力レンズ10dとして、非球面補正を効果的に使用することにより、非点収差分布および等価球面度数分布において従来例1の累進屈折力レンズ10cとほとんど同じ性能の累進屈折力レンズが得られることがわかる。
【0116】
さらに、
図22(a)に示すように、実施例2の累進屈折力レンズ10dは、比較例2の累進屈折力レンズ10eと同様に、フィッティングポイントPeから水平基準線15に沿って±10mm以内ではほぼトーリック面であり、外面19Aのトーリック面の要素を内面19Bのトーリック面の要素によりキャンセルしている。したがって、これら内外面のトーリック面の要素は、乱視矯正を目的とするものではなく、眼(視線)の動きにともなうレンズ10dを通した像のゆれを抑制するために、いっそう効果的である。
【0117】
また、
図24に示すように、実施例2の累進屈折力レンズ10dの外面19Aは、主注視線14をから水平基準線15に沿った方向に±10mmの以内、すなわち、主注視線14から線L(10)までの範囲内は、ほぼトーリック面であり、外面19Aのトーリック面の要素を内面19Bのトーリック面の要素によりキャンセルしている。このため、視線2が動く、主注視線14に沿ってほぼトーリックな面になっており、眼の動きにともなう光学レンズ10
dを通した像のゆれを抑制できる。
【0118】
図30に、ゆれの評価方法により求めた振動に関する指標IDdを示している。振動に関する指標IDdは、実施例2の累進屈折力レンズ10dの方が従来例1の累進屈折力レンズ10cより小さくなっている。また、主注視線14上の遠中近のほぼすべての領域にわたってゆれが小さくなっていることが示されている。特に遠用部11においてゆれの改善効果が大きい。
【0119】
また、実施例2の累進屈折力レンズ10dのフィッティングポイントPeにおける水平方向の面屈折力OHPと垂直方向の面屈折力OVPとの差TPcは2.0Dであり、条件(10)を満足する。累進屈折力レンズ10dの差TPの減少量ΔTP(10)は、
図23(a)に示すように0.02Dであり、条件(11)を満足する。したがって、累進屈折力レンズ10dは、主注視線14に沿って像のゆれを抑制できるトーリック面の要素を含んでいる。
【0120】
さらに、実施例2の累進屈折力レンズ10dのΔTP(25)は0.59TPc(1.17/2.00)であり、上記条件(12)を満たす。したがって、実施例2の累進屈折力レンズ10dは、フィッティングポイントPeおよび主注視線14から水平基準線15に沿った方向に±10mmよりも外側では、水平方向の面屈折力OHPが単調に減少する非球面(アトーリック面)となっており、水平方向のカーブを浅くできるというメリットが得られる。
【0121】
図31に、実施例2の累進屈折力レンズ10d、比較例2の累進屈折力レンズ10e、従来例1の累進屈折力レンズ10cのフィッティングポイントPeを含み水平基準線15に沿った外面19Aのカーブと、内面19Bのカーブとを示している。外面19Aのカーブは、外面19Aの幾何学中心であるフィッティングポイントPeを頂点とした接平面からの距離(外面サグ値)で示している。この例においても、従来例1の累進屈折力レンズ10cに対して単純なトーリック面の要素を含む比較例2の累進屈折力レンズ10eは水平方向のカーブが深く、周辺部のレンズ厚(こば厚)が厚くなりやすい。これに対し、実施例2の累進屈折力レンズ10dは、水平方向のカーブがそれほど深くなく、また、周辺部のレンズ厚(こば厚)もそれほど厚くならない。
【0122】
図23(a)に示した、実施例2の累進屈折力レンズ10dの数値データを参照すると、実施例2の累進屈折力レンズ10dにおいては、主子午線(主注視線、垂直基準線y)14から水平距離xが10mmの位置における面屈折力OHPの減少量は0.017Dであり、差TPの減少量ΔTPは0.02Dで差TPはほぼ2.0Dに維持されている。したがって、外面19Aの水平距離xが10mmまでのアトーリック面の要素の変化は緩やかであり、ほぼトーリック面であることがわかる。
【0123】
累進屈折力レンズ10dの外面19Aの水平方向の面屈折力OHPは、水平距離xが10mmを超える辺りから急激に減少し、25mm離れた位置ではその減少量は1.169Dである。したがって、差TPの減少量ΔTPは1.17Dとなり、主子午線14上での差TPc(トーリック量)2.0Dの約0.6倍分になる。その後も、外面19Aの水平方向の面屈折力OHPは単調に減少し、レンズ10dの外端での減少量は3.974Dと主子午線14上でのトーリック量TPcの約1倍分の減少となっている。これに対し、比較例2の累進屈折力レンズ10eにおいては、主子午線14から外端に至るまで、水平方向の面屈折力OHPは一定の値である。
【0124】
従来例1のレンズ10cの主子午線14における水平方向の面屈折力OHPは2.5Dであるのに対し、実施例2および比較例2のレンズ10dおよび10eでは主子午線14で4.0Dと大きく違う。このため、サグ値は、従来例1のレンズ10cに比べて周辺部においてかなり大きな値になっている。しかしながら、実施例2の累進屈折力レンズ10dはアトーリック形状を採用しているため、水平方向の面屈折力OHPが水平基準線に沿って一定であるトーリック形状の比較例2のレンズ10eに対して、水平距離xが35mmの位置において、外面19Aが約0.53mm浅くなっていることがわかる。一方、レンズの厚みの関しては、水平距離xが35mmの位置で従来例1のレンズ10cに対しては比較例2のレンズ10eにおいては0.26mm厚くなる。これに対し実施例2のレンズ10dにおいては、厚みの増加は0.16mmであり、中心部にトーリック面の要素を備えた光学レンズであって、厚みの増加が少ない光学レンズを提供できる。
【0125】
このように、外面19Aおよび内面19Bにアトーリック面の要素を導入した実施例2の累進屈折力レンズ10dにより、像のゆれが小さく、こば厚が薄く、さらに、枠入れが容易な光学レンズを提供できる。
【0126】
2.3 実施形態3
2.3.1 実施例3
実施例3の基本的な眼鏡仕様は、セイコーエプソン社製累進屈折力レンズ「セイコーP−1シナジーAS」(屈折率1.67)を用い、累進帯長14mm、処方度数(遠用度数、Sph)が3.00D、加入度数(Add)が2.00Dを適用して設計されたものである。なお、実施例3の累進屈折力レンズの直径は65mmであり、乱視度数は含まれていない。したがって、実施例3の累進屈折力レンズ10fは、遠用部11の処方平均度数がプラスの遠視系の眼鏡レンズである。実施例3の累進屈折力レンズ10fは、アトーリック面の要素を含む。
【0127】
図32(a)に、実施例3の累進屈折力レンズ10fの外面19Aの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力OHP(y)を破線で示し、垂直方向の面屈折力OVP(y)を実線で示している。
図32(b)に、累進屈折力レンズ10fの内面19Bの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力IHP(y)を破線で示し、垂直方向の面屈折力IVP(y)を実線で示している。なお、内面19Bの屈折
力IVP(y)は0Dを通ってマイナスになっており、近用部12では凹面ではなく凸面になっていることがわかる。
【0128】
図33(a)に、実施例3の累進屈折力レンズ10fの外面19Aの水平基準線15に沿った水平方向の面屈折力OHP(x)を破線で示し、垂直方向の面屈折力OVP(x)を実線で示している。
図33(b)に、実施例3の累進屈折力レンズ10fの内面19Bのアトーリック面要素の水平基準線15に沿った水平方向の面屈折力AIHP(x)を破線で示し、垂直方向の面屈折力AIVP(x)を実線で示している。
【0129】
図34(a)に、実施例3の累進屈折力レンズ10fの外面19Aの数値データを示している。また、
図34(b)は、以下で説明する従来例3の累進屈折力レンズ10gの外面19Aの数値データを示している。
【0130】
実施例3の累進屈折力レンズ10fは、上記式(0)、(1)および(4)を満たす。具体的には、外面19Aの遠用部11の水平方向の面屈折力OHPf、中間部13の水平方向の面屈折力OHPmおよび近用部12の水平方向の面屈折力OHPnは6.0Dで一定であり、遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPfは5.0D、近用部12の面屈折力OVPnは4.0Dとなり、中間部13の垂直方向の面屈折力OVPmは累進的に減少している。内面19Bの主注視線14に沿った領域における遠用部11の水平方向の面屈折力IHPfは3.0Dで一定であり、近用部12の水平方向の面屈折力IHPnは1.0Dで一定であり、中間部13の水平方向の面屈折力IHPmは徐々に減少している。また、内面19Bの遠用部11の垂直方向の面屈折力IVPfは2.0Dで一定、近用部12の垂直方向の面屈折力IVPnは、−1.0Dで一定であり、中間部13の垂直方向の面屈折力IVPmは徐々に減少している。
【0131】
したがって、累進屈折力レンズ10fは、外面19Aが逆累進(外面逆累進)の要素を含み、内面19Bは、外面逆累進をキャンセルして累進面としての機能を発揮させる内面累進の要素を含む。
【0132】
2.3.2 従来例3
実施例3の累進屈折力レンズ10fと比較するために、従来例3として、実施例3と同じ眼鏡仕様で外面19Aが球面の累進屈折力レンズ10gを設計した。
【0133】
図35(a)に従来例3の累進屈折力レンズ10gの外面19Aの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力OHP(y)と、垂直方向の面屈折力OVP(y)とを示している。
図35(b)に、累進屈折力レンズ10gの内面19Bの主注視線14に沿った水平方向の面屈折力IHP(y)と、垂直方向の面屈折力IVP(y)とを示している。また、
図34(b)に外面19Aの数値データを示している。
【0134】
従来例3の累進屈折力レンズ10gは、外面19Aが球面なので、遠用部11の水平方向の面屈折力OHPf、中間部13の水平方向の面屈折力OHPm、近用部12の水平方向の面屈折力OHPn、遠用部11の垂直方向の面屈折力OVPf、中間部13の垂直方向の面屈折力OVPm、近用部12の垂直方向の面屈折力OVPnは一定の6.0Dになっている。また、内面19Bの主注視線14に沿った領域の水平方向の面屈折力IHPおよび垂直方向の面屈折力IVPの値は一致しており、遠用部11の水平方向の面屈折力IHPfおよび垂直方向の面屈折力IVPfは一定で3.0Dであり、中間部13の水平方向の面屈折力IHPmおよび垂直方向の面屈折力IVPmは累進的に減少して近用部12で1.0Dとなっている。
【0135】
2.3.3 評価
図36(a)に実施例3の累進屈折力レンズ10fの外面19Aの面非点収差分布を示し、
図36(b)に従来例3の累進屈折力レンズ10gの外面19Aの面非点収差分布を示している。また、
図37(a)に実施例3の累進屈折力レンズ10fの外面19Aの等価球面面屈折力分布を示し、
図37(b)に従来例3の累進屈折力レンズ10gの外面19Aの等価球面面屈折力分布を示している。
図36(a)には、主子午線14から水平方向の距離が±10mmの線L(10)と、主子午線14から水平方向の距離が±25mmの線L(25)とに加え、フィッティングポイントPeを中心とする距離(半径)25mmの円C(25)を示している。また、
図37(a)には、フィッティングポイントPeを中心とする距離25mmの円C(25)を示している。
【0136】
図38(a)に実施例3の累進屈折力レンズ10fの内面19Bの面非点収差分布を示し、
図38(b)に従来例3の累進屈折力レンズ10gの内面19Bの面非点収差分布を示している。また、
図39(a)に実施例3の累進屈折力レンズ10fの内面19Bの等価球面面屈折力分布を示し、
図39(b)に従来例3の累進屈折力レンズ10gの内面19Bの等価球面面屈折力分布を示している。
【0137】
図36(a)および
図38(a)に示した実施例3の累進屈折力レンズ10fの面非点収差は、主注視線14から水平基準線15に沿って外側に向かって差が減少し逆転するアトーリック面の要素を含む面非点収差の変化が、
図36(b)および
図38(b)に示した従来例3の累進屈折力レンズ10gの面非点収差に加わる。なお、収差を調整するための非球面補正も加わっているために単純な合成とはなっていないことがわかる。
【0138】
同様に、
図37(a)および
図39(a)に示した実施例3の累進屈折力レンズ10fの等価球面面屈折力分布では、主注視線14から水平基準線15に沿って外側に向かって水平方向の面屈折力OHPが減少するアトーリック面の要素による等価球面面屈折力の低
下が、
図37(b)および
図39(b)にそれぞれ示した従来例3の累進屈折力レンズ10gの等価球面屈折力分布に対して加わる。なお、非球面補正の影響により、これも単純な合成にはなっていない。
【0139】
図40(a)に実施例3の累進屈折力レンズ10fのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示し、
図40(b)に従来例3の累進屈折力レンズ10gのレンズ上の各位置を透して観察したときの非点収差分布を示している。また、
図41(a)に実施例3の累進屈折力レンズ10fのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示し、
図41(b)に従来例3の累進屈折力レンズ10gのレンズ上の各位置を透して観察したときの等価球面度数分布を示している。
【0140】
図40(a)に示した実施例3の累進屈折力レンズ10fの非点収差分布は、
図40(b)に示した従来例3の累進屈折力レンズ10gの非点収差分布とほぼ同等である。また、
図41(a)に示した実施例3の累進屈折力レンズ10fの等価球面度数分布は、
図41(b)に示した従来例3の累進屈折力レンズ10gの等価球面度数分布とほぼ同等である。したがって、実施例3の累進屈折力レンズ10fとして、非球面補正を効果的に使用することにより、非点収差分布および等価球面度数分布において従来例3の累進屈折力レンズ10gとほとんど同じ性能の累進屈折力レンズが得られることがわかる。
【0141】
さらに、
図33(a)に示すように、実施例3の累進屈折力レンズ10fは、フィッティングポイントPeから水平基準線15に沿って±10mm以内ではほぼトーリック面であり、外面19Aのトーリック面の要素を内面19Bのトーリック面の要素によりキャンセルしている。また、
図36(a)に示すように、累進屈折力レンズ10fの外面19Aは、主注視線14から水平基準線15に沿って±10mm以内、すなわち、主子午線14から線L(10)まで範囲内は、ほぼトーリック面であり、外面19Aのトーリック面の要素を内面19Bのトーリック面の要素によりキャンセルしている。このため、視線2が動く、主注視線14に沿ってほぼトーリックな面になっており、眼の動きにともなう光学レンズ10
fを通した像のゆれを抑制できる。
【0142】
図42に、ゆれの評価方法により求めた振動に関する指標IDdを示している。振動に関する指標IDdは、実施例3の累進屈折力レンズ10fの方が従来例3の累進屈折力レンズ10gより小さくなっている。また、主注視線14上の遠中近のほぼすべての領域にわたってゆれが小さくなっていることが示されている。特に近用部1
2においてゆれの改善効果が大きい。
【0143】
また、実施例3の累進屈折力レンズ10fのフィッティングポイントPeにおける水平方向の面屈折力OHPと垂直方向の面屈折力OVPとの差TPcは1.0Dであり、条件(10)を満足する。累進屈折力レンズ10fの差TPの減少量ΔTP(10)は、
図34(a)に示すように0.08Dであり、条件(11)を満足する。したがって、累進屈折力レンズ10
fは、主注視線14に沿って像のゆれを抑制できるトーリック面の要素を含んでいる。
【0144】
さらに、実施例3の累進屈折力レンズ10fのΔTP(25)は1.06TPc(1.06/1.00)であり、上記条件(12)を満たす。したがって、実施例3の累進屈折力レンズ10fは、フィッティングポイントPeおよび主注視線14から水平基準線15の方向に±10mmよりも外側では、水平方向の面屈折力OHPが単調に減少する非球面(アトーリック面)となっており、水平方向の外面19Aのカーブを浅くできるというメリットが得られる。すなわち、実施例3の累進屈折力レンズ10fの外面19Aは、フィッティングポイントPe
における水平方向の面屈折力OHPと垂直方向の面屈折力OVPとの差TPcが1.0Dで、フィッティングポイントPeから水平方向の距離xが±25mmの位置で水平方向の面屈折力OHPと垂直方向の面屈折力OVPとの差がほとんどなくなるアトーリック面の要素を含む。
【0145】
図43に、実施例3の累進屈折力レンズ10f、従来例3の累進屈折力レンズ10gのフィッティングポイントPeを含み水平基準線15に沿った外面19Aのカーブと、内面19Bのカーブとを示している。外面19Aのカーブは、外面19Aの幾何学中心であるフィッティングポイントPeを頂点とした接平面からの距離(外面サグ値)で示している。この例においては、実施例3の累進屈折力レンズ10fおよび従来例3の累進屈折力レンズ10gが、上記の実施例の各レンズが負のメニスカスレンズであるのとは異なり正のメニスカスレンズである。したがって、外面19Aが球面の従来例3の累進屈折力レンズ10gに対し、実施例3の累進屈折力レンズ10fの外面19Aはアトーリック面で、外周に行くにしたがって水平方向の面屈折力OHP(x)が小さくなるので、外面19Aは球面に対してさらに浅くなる。
【0146】
図34(a)および(b)に示した、累進屈折力レンズ10fおよび10gの数値データを参照すると、実施例3の累進屈折力レンズ10fにおいては、主注視線(主子午線、垂直基準線y)14から水平距離xが10mmの位置における外面19Aの水平方向の面屈折力OHPの減少量ΔTP(10)は0.084Dであり、変化が緩やかであることがわかる。外面19Aの水平方向の面屈折力OHPは、水平距離xが10mmを超える辺りから急激に減少し、水平距離xが25mm離れた位置ではその減少量ΔTP(25)は1.056Dと主子午線14上でのフィッティングポイントPeにおける水平方向の面屈折力OHPと垂直方向の面屈折力OVPとの差TPc(トーリック量)1.0Dの約1.06倍分減少している。その後も外面19Aの水平方向の面屈折力OHPは単調に減少し、減少量ΔTPは、レンズ外端では2.352Dと主子午線14上でのトーリック量TPの約2.5倍分の減少量を示している。
【0147】
また、外面19Aのサグ値を比較すると、実施例3の累進屈折力レンズ10fにおいては、アトーリック面の要素の効果により、水平距離xが35mmの位置で、累進屈折力レンズ10fの外面19Aは、従来例3の累進屈折力レンズ10gの外面19Aに対して0.68mm程度浅くなっている。厚みに関しては、累進屈折力レンズ10fおよび10gは中心厚および、各水平位置における厚みはほぼ同じ値である。
【0148】
このように、実施例3の累進屈折力レンズ10fにより、像のゆれが抑制され、全体が薄く、外観的に遠視処方特有の前方への出っ張りの少ない光学レンズ(眼鏡レンズ)を提供できる。また、中強度の遠視系の処方では、レンズカーブが眼鏡のフレームのカーブ(一般的には屈折
率1.53におけるカーブ値が3〜5Dでデザインされている)に対して深すぎて枠入れしにくいという問題があるが、その点に関しても改善できる。
【0149】
なお、上記では、累進屈折力レンズを用いて、本発明を説明しているが、単焦点のレンズにおいても、内外面に乱視矯正とは無関係なアトーリック面の要素を含めることにより、上記と同様に、レンズカーブが深くなり過ぎることを抑制でき、ベースカーブ値が大きな眼鏡レンズであっても枠入れが容易な光学レンズを提供できる。
【0150】
図44に、光学レンズを設計および製造する過程の概要を示している。この設計および製造する方法100は、物体側の面(外面)19Aを設計するステップ101と、眼球側の面(内面)19Bを設計するステップ102と、ステップ101および102により設計された累進屈折力レンズ(光学レンズ)10を製造するステップ103を含む。外面19Aを設計するステップ101は、外面19Aに、フィッティングポイントPeにおける水平方向の面屈折力OHPが垂直方向の面屈折力OVPよりも大きく、フィッティングポイントPeを通る水平基準線15に沿って、フィッティングポイントから光学レンズ10の周辺に向けて面屈折力OHPと面屈折力OVPとの差TPが減少し、または水平方向の面屈折力と垂直方向の面屈折力との差の符号が変化するアトーリック面の要素を含ませることを含む。内面19Bを設計するステップ102は、内面19Bに、外面19Aのアトーリック面の要素による面屈折力のシフトをキャンセルする要素を含ませることを含む。
【0151】
度数の異なる遠用部11と近用部12とをさらに有する光学レンズ(累進屈折力レンズ)10を設計する場合は、外面19Aを設計するステップ101は、さらに、外面19Aのアトーリック面の要素に、フィッティングポイントPeを通る垂直基準線yまたは主注視線14に沿った遠用部11の水平方向の面屈折力OHPfが垂直方向の面屈折力OVPfよりも大きい要素、フィッティングポイントPeを通る垂直基準線yまたは主注視線14に沿った近用部12の水平方向の面屈折力OHPnが垂直方向の面屈折力OVPnよりも大きい要素の少なくとも一方(式(0)の条件)を含ませることを含む。
【0152】
外面19Aを設計するステップ101は、さらに、外面19Aに、遠用部の垂直方向の面屈折力OVPfが近用部の垂直方向の面屈折力OVPnより大きい第1の要素(式(1)の条件)、遠用部の垂直方向の面屈折力OVPfが近用部の垂直方向の面屈折力OVPnより小さい第2の要素(式(2)の条件)および、遠用部の垂直方向の面屈折力OVPfと近用部の垂直方向の面屈折力OVPnとが等しく、遠用部の水平方向の面屈折力OHPfと近用部の水平方向の面屈折力OHPnとが等しい第3の要素(式(3)の条件)のいずれかを含ませることを含んでもよい。
【0153】
この設計方法は、CPUおよびメモリなどの適当なハードウェア資源を含むコンピュータが上記処理101および102を実行するコンピュータプログラム(プログラム製品)としてメモリやROMなどの適当な媒体に記録して提供できる。ネットワークを通じて提供してもよい。
【0154】
図45に、累進屈折力レンズ(光学レンズ)10の設計装置の一例を示している。この設計装置200は、眼鏡仕様に基づき累進屈折力レンズ10を設計する設計ユニット210と、設計された累進屈折力レンズ10のゆれ指標IDdを上記の方法により求めて評価する評価ユニット220と、評価ユニット220で求められたゆれ指標IDdをユーザー(装着者)が見やすい状態、たとえば、グラフ化して出力する出力ユニット230とを含む。出力ユニット230により、ユーザーはゆれの少ない累進屈折力レンズ10を自らの判断で選択することが可能となる。
【0155】
設計ユニット210は、物体側の面(外面)19Aを設計する第1のユニット211と、眼球側の面(内面)19Bを設計する第2のユニット212とを含む。第1のユニット211は上述した設計方法100のステップ101の処理を行う機能を有し、第2のユニット212は上述した設計方法100のステップ102の処理を行う機能を有する。設計装置200の一例は、CPU、メモリおよびディスプレイといった資源を備えたパーソナルコンピュータであり、パーソナルコンピュータを設計装置200として機能させるプログラムをダウンロードして実行することにより上記の機能を含む設計装置200を実現できる。
【0156】
以上の説明は遠用処方に乱視処方がない場合についてのものであったが、乱視処方がある場合には、内面側に乱視補正のためのトーリック面成分を合成することにより乱視処方を含む光学レンズを設計し製造することが可能である。その場合、そのトーリック面の合成の結果、式(4)を満たさないこともあるが、その場合においても本発明の効果は得ることができる。また、レンズの肉厚が大きい場合にはシェープ・ファクターを考慮して、内面側に補正を加えることにより、より精度良い眼鏡レンズを提供することができる。