(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、電子機器の小型化、及び軽量化の要請に伴い、電気・電子部品の電気系統の複雑化、高集積化が進み、各種電気・電子部品用材料には、薄肉化や複雑な形状の加工に耐え得る特性が求められている。
【0003】
例えば、電気・電子部品を構成するコネクター、リードフレーム、リレー、スイッチなどの通電部品に使用される電気・電子部品用材料は、小型・薄肉化によって同一の荷重を受ける材料の断面積が小さくなり、通電量に対する材料の断面積も小さくなるため、通電によるジュール熱の発生を抑制するために良好な導電性が要求されると共に、電気・電子機器の組立時や作動時に付与される応力に耐え得る高い強度や、電気・電子部品を曲げ加工しても、破断等が生じない曲げ加工性が要求されている。
【0004】
電気・電子部品用材料としてCu−Fe−P合金が汎用されているが、高強度化を図るためにSnなどの合金成分を添加すると、導電性が低下して強度と導電性のバランス(強度−導電性バランス)を図ることが難しかった。
【0005】
また高強度材料として析出硬化型の合金(Cu−Ni−Si合金)が提案されているが、導電性を高めるためにNiやSiの含有量を低減させると、引張強度が低下して強度−導電性バランスを図ることが難しかった。
【0006】
従来のCu−Fe−P合金やCu−Ni−Si合金よりも強度−導電性バランスに優れた材料として、Cu−Cr系合金が提案されている(特許文献1)。しかしながら熱間圧延時に粗大な晶出物が生成してしまい、高強度化と高導電性化のいずれにも限界があった。
【0007】
また強度−導電性バランスと加工性に優れた銅合金として、Cu−Cr−Sn系合金が提案されている(特許文献2)。しかしながらCu−Cr−Sn系合金では、高温での溶体化処理が必要であり、製造工程が煩雑になるなど、製造面に問題があった。
【0008】
更に強度と導電性に優れた銅合金として、Cu―Cr−Ti−Zr合金が提案されている(特許文献3)。しかしながらこの銅合金では強度と導電性を向上できるものの、曲げ加工性については不十分であった。
【0009】
また高強度、高導電性を有し、曲げ加工性を向上させた銅合金として、Cu−Cr−Ti−Si合金が提案されている(特許文献4)。しかしながらこの銅合金では曲げ加工性を向上できるものの、後記するように従来よりも厳しい条件の曲げ加工を加えると、割れが生じるなどの問題があった。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、上記電気・電子部品用材料として好適な銅合金を得るために、強度と導電性のバランスに優れると共に、特に強度を高めつつ、W曲げ加工(R/t=1.0)のような厳しい加工条件でも割れが発生することがない、強度−曲げ加工性のバランス向上のための条件について検討を重ねた。その結果、Cr−Ti−Si系銅合金において、成分組成を制御すると共に、析出物のサイズと個数を制御することによって、強度をより一層向上できると共に、強度−導電性バランスや強度−曲げ加工性バランスに優れた銅合金を提供できることを見出し、本発明に至った。
【0017】
本発明に係る銅合金は、微細な析出物を所定数以上存在させる点に最大の特徴があるので、まず、この点について詳述する。
【0018】
一般に銅合金においては、析出物の存在が曲げ加工性に影響を及ぼすことが知られている。例えば析出物が多量に存在すると、曲げ加工した際に析出物の周りに局所的なひずみが発生し、均一な変形ができなくなり、割れやしわが発生するなど曲げ加工性が悪くなる。一方で曲げ加工性を向上させるために析出物の生成を抑制すると、強度が低下してしまうという問題が生じ、強度と曲げ加工性のバランスが悪くなる。
【0019】
そこで本発明者らは該析出物のサイズや個数が強度や曲げ加工性に及ぼす影響について詳細に検討した。その結果、析出物のサイズが少なくとも円相当直径で5nm以下に微細化されており(以下、「微細な析出物」ということがある)、且つ該微細な析出物が200個以上(500nm×500nmの範囲内)存在していれば、良好な曲げ加工性を保持しつつ、より一層の高強度化を図ることができ、強度−曲げ加工性バランスに優れた銅合金を提供できることを見出した。
【0020】
更に本発明者らが検討を重ねた結果、強度、曲げ加工性、導電性は微細な析出物(円相当直径5nm以下)を所定数確保するだけでなく、成分組成も適切に制御することが重要であることがわかった。
【0021】
すなわち、後記する実施例にも示しているように、成分組成を適切に制御すると共に、微細な析出物を所定数確保している例(No.1〜24)では、良好な特性(強度、導電性、曲げ加工性)を達成できた。一方、成分組成を適切に制御しなかった場合は、微細な析出物を所定数確保(500nm×500nmの領域において、微細な析出物が200個以上)できないため、良好な特性が得られなかったり(No.28〜30)、あるいは微細な析出物を所定数確保できても、良好な特性が得られない(No.31〜34)ことがわかった。
【0022】
本発明は上記知見に基づきなされたものであり、以下、本発明の構成について説明する。
【0023】
まず、本発明では、銅合金の表面において透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:TEM)により観察される500nm×500nmの領域における円相当直径5nm以下の析出物が200個以上存在していることが必要である。
【0024】
上記したように析出物は曲げ加工性に影響を及ぼすが、本発明者らが検討した結果、円相当直径で5nm以下の微細な析出物は、上記局所的なひずみに起因する曲げ加工性悪化の問題を生じることなく、良好な曲げ加工性に寄与することがわかった。曲げ加工性向上の観点から析出物は微細であることが望ましく、析出物のサイズは好ましくは3nm以下、より好ましくは1nm以下である。一方、曲げ加工性向上の観点からは析出物のサイズの下限は特に限定されないが、析出物が小さすぎると強度も低下する可能性があるため、例えば0.3nm以上であることが好ましい。
【0025】
そして良好な曲げ加工性を維持しつつ、より一層高強度化を図る観点から、本発明ではこのような微細な析出物を所定数確保する必要がある。
【0026】
具体的にはTEMにより観察される500nm×500nmの領域において円相当直径で5nm以下の微細な析出物が、200個未満の場合、析出強化量が少なくなり、十分な強度が得られず、したがって、微細な析出物の個数は、200個以上、好ましくは300個以上、より好ましくは500個以上、更に好ましくは700個以上である。
【0027】
なお、高強度化の観点からは上記微細な析出物の個数の上限は特に限定されないが、微細な析出物が多くなりすぎると、強度が高くなりすぎて曲げ加工性が悪化し、強度−曲げバランスが悪くなることがある。好ましい微細な析出物の個数は、1500個以下、より好ましくは1400個以下、更に好ましくは1300個以下である。
【0028】
本発明において、析出物のサイズと個数は、銅合金表面の任意の5箇所において、TEMを用いて観察し(倍率15万倍)、観察視野中、500nm×500nmの領域に含まれる円相当直径5nm以下の析出物の個数をカウントし、各視野の測定値から求められる平均値である。
【0029】
なお、本発明の析出物のサイズは円相当直径で上記範囲内であればよく、その形状については特に限定されない。
【0030】
次に、本発明の銅合金の成分組成について説明する。上記所望の効果を得るためには、銅合金の成分組成を適切に制御することも重要である。
【0031】
Cr:0.10〜0.50%
Crは、単体の金属CrまたはSiとの化合物として析出することにより、銅合金の強度向上に寄与する作用を有する。Cr含有量が0.10%を下回ると、微細な析出物を所定数確保できず、所望の強度を確保することが困難となる場合がある。またCr含有量が少ないと析出するTi量が減少してTi固溶量が多くなり、導電性が悪化することがある。一方、Cr含有量が0.50%を超えても、上記微細な析出物が所定数確保できず、所望の強度が確保できない場合があり、また粗大な晶出物(例えば数十μm以上のサイズ)が多量に生成してしまい、曲げ加工性が悪化することがある。更に導電性に悪影響を及ぼすことがある。したがってCr含有量は、0.10%以上、好ましくは0.2%以上であって、0.50%以下、好ましくは0.40%以下である。
【0032】
Ti:0.010〜0.30%
Tiは、Siとの化合物として析出することにより、銅合金の強度向上に寄与する作用を有する。またTiは、CrやSiの固溶限を低下させ、これらの析出を促進させる効果がある。Tiの含有量が0.010%を下回ると、微細な析出物を所定数確保できず、所望の強度を確保することが困難となる。一方、Ti含有量が0.30%を超えると、粗大な晶出物が多量に生成してしまい、曲げ加工性が悪化することがある。更に固溶Tiが多くなり導電性に悪影響を及ぼすことがある。したがってTi含有量は、0.010%以上、好ましくは0.02%以上であって、0.30%以下、好ましくは0.15%以下である。
【0033】
Si:0.01〜0.10%
Siは、CrやTiとの前記化合物を析出させて銅合金の強度向上に寄与する作用を有する。Si含有量が0.01%を下回ると、微細な析出物を所定数確保できず、所望の強度を確保することが困難となる。一方、Si含有量が0.10%を超えると、導電性、曲げ加工性が悪くなることがある。したがってSi含有量は、0.01%以上、好ましくは0.02%以上であって、0.10%以下、好ましくは0.08%以下とする。
【0034】
本発明においては、強度、導電性、及び曲げ加工性をバランスよく一層向上させるために、添加元素(Cr、Ti、Si)の含有比率を以下範囲内となるように調整する。
【0035】
Cr/Ti(質量比、以下同じ):1.0〜30
銅合金に含まれるCrとTiの質量比(Cr/Ti)のバランスは強度、導電性、曲げ加工性に影響する。すなわち、Cr/Tiが小さい方が高い強度が得られる。したがって、Cr/Tiは30以下、好ましくは15以下となるように調整することが望ましい。またCr/Tiが1.0よりも小さいと時効処理後の銅合金中のTi固溶量が多くなりすぎ、導電性が低下する。また曲げ加工性も悪化することがある。したがってCr/Tiは1.0以上、好ましくは3.0以上となるように調整することが望ましい。
【0036】
Cr/Si(質量比、以下同じ):3.0〜30
銅合金に含まれるCrとSiの質量比(Cr/Si)のバランスは強度、導電性、曲げ加工性に影響する。すなわち、Cr/Siが大きくなりすぎると、導電性が低下する。したがってCr/Siは30以下、好ましくは20以下となるように調整することが望ましい。またCr/Siが3.0よりも小さいとCrとSiの化合物が粗大な析出物として生成され、強度−曲げ加工性バランスに悪影響を及ぼす。また他の元素の固溶量が増加して導電性が悪化することがある。したがってCr/Siは3.0以上、好ましくは10以上となるように調整することが望ましい。
【0037】
本発明は上記成分組成、Cr/Ti、およびCr/Siを満足し、残部は銅、および不可避的不純物である。不可避的不純物としては例えばMn、Ca、V、Nb、Mo、Wなどの元素が例示される。不可避的不純物の含有量が多くなると強度、導電性、曲げ加工性などを低下させることがあるため、総量で、好ましくは0.1%以下、より好ましくは0.05%以下とすることが望ましい。
【0038】
本発明では上記銅合金に更に以下の元素を添加してもよい(選択元素)。
【0039】
Fe、Ni、およびCoよりなる群から選択される少なくとも一種以上:合計で0.3%以下(Fe、Ni、Coを単独で含むときは単独の含有量であり、複数を含む場合は合計量である。)
Fe、Ni、Coは、Siとの化合物を析出させて銅合金の強度及び導電性を向上させる作用を有する。このような効果はFe、Ni、Coいずれの組み合わせ(Fe−Ni、Fe−Co、Ni−Co)でも同様の効果を発揮し、Fi、Ni、Co全てが含まれている場合も同様の効果を発揮する。また後記する他の選択元素と任意に組み合わせても所定の含有量であれば、各選択元素の効果を奏することができる。これらの元素は所定量(合計)を超えて含まれていると、固溶量が多くなって、上記微細な析出物や成分組成(Cr、Ti、Si)が所定の範囲内であっても導電性に悪影響を及ぼすため、含有量を適切に制御することが望ましい。したがって好ましい含有量(合計)は0.3%以下、より好ましくは0.2%以下である。一方、含有量(合計)が少なすぎると、上記強度及び導電性向上効果が十分に得られないため、添加する場合は、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.03%以上である。
【0040】
Zn:0.5%以下
Znは、電気部品の接合に用いるSnめっきやはんだの耐熱剥離性を改善し、熱剥離を抑制する効果を有する。このような効果を有効に発揮させるためには0.01%以上含有させることが好ましい。しかし、過剰に含有させると、かえって溶融Snやはんだの濡れ広がり性が劣化し、また導電性が悪化することから、好ましくは0.5%以下である。またZnは析出せずに固溶しており、上記範囲内ではZnの固溶状態が他の元素の析出状態に影響を与えることはないため、[Fe、Ni、Co]や[Sn、Mg、Al]のいずれの選択元素(単数または複数)と組み合わせても、上記Znの効果や他の選択元素の効果を奏することができ、いずれの組合せでも同様の効果を発揮する。
【0041】
Sn、Mg、Alよりなる群から選択される少なくとも一種以上:合計で0.3%以下(Sn、Mg、Alを単独で含むときは単独の含有量であり、複数含む場合は合計量である。)
Sn、Mg、Alは、固溶することによって銅合金の強度を向上させる効果を有する。このような効果を十分に発揮させるためには、合計量で0.01%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.03%以上である。一方、過剰に含有させると導電性が得られなくなることから、好ましくは合計量で0.3%以下である。これら選択元素は上記範囲内の含有量であれば、他の元素の析出状態に影響を与えることはない。また、これら選択元素は固溶することによって強度を向上させるため、選択元素の足し合わせが可能であり、Sn、Mg、Alいずれの組み合わせ(Sn−Mg、Sn−Al、Mg−Al)でも同様の効果を発揮し、Sn、Mg、Al全てが含まれている場合も同様の効果を発揮する。また上記Fe、Ni、CoやZnのいずれの選択元素(単数または複数)と組み合わせても、上記Sn、Mg、Alの効果や他の選択元素の効果を奏することができ、いずれの組合せでも同様の効果を発揮する。
【0042】
次に、上記本発明に係る銅合金の好ましい製造条件について説明する。
【0043】
本発明者らが上記微細な析出物を所定数確保するための具体的な製造条件について検討した結果、熱間圧延終了後から冷却を開始するまでの時間が長くなると、微細な析出物が所定数得られないことがわかった(No.26)。更に熱間圧延後の冷却方法や時効処理前の冷間圧延の圧下率などを適切に制御することも、微細な析出物を所定数確保するためには重要であることがわかった(No.25、27、35)。
【0044】
本発明は、上記成分組成の銅合金を用いて析出物のサイズと個数を上記特定の範囲内に制御して、優れた強度、導電性、曲げ加工性を発現させるために、特に熱間圧延後60秒以内に急冷することと、時効前の冷間圧延率を90%以上にするところに特徴を有する。
【0045】
まず、成分組成を調整した銅合金を溶解、鋳造して得られた鋳塊を加熱(均質化熱処理を含む)した後、熱間圧延を行い、続いて冷間圧延を行い、その後、時効処理を行うことにより、本発明の銅合金(最終板)が製造される。
【0046】
銅合金の溶解、鋳造、その後の加熱処理は通常の方法によって行うことができる。例えば所定の化学成分組成に調整した銅合金を電気炉で溶解した後、連続鋳造などにより銅合金鋳塊を鋳造する。その後、鋳塊をおおむね800〜1000℃程度に加熱し、必要に応じて一定時間保持(例えば10〜120分)する。
【0047】
本発明では熱間圧延の圧下率は特に限定されず、目的とする板厚、及び後記冷間圧延率との関係で決定すればよい。なお、熱間圧延は1回、あるいは複数回行うことができる。例えば好ましい熱間圧延率は70%以上、より好ましくは90%以上である。
【0048】
熱間圧延後冷却するが、本発明では熱間圧延後、冷却を開始するまでの時間を60秒以内とする必要がある。熱間圧延後、冷却を開始するまでの時間が短くなると、粗大な析出物の生成を抑制することができ、時効処理で円相当直径で5nm以下の微細な析出物をより多く生成でき、強度向上効果も高めることができる。好ましくは45秒以下、更に好ましくは15秒以下である。下限は特に限定されないが好ましくは1秒以上である。
【0049】
なお、熱間圧延後、冷却を開始するまでの時間が長くなると、熱間圧延後冷却するまでの間(時間)に粗大な析出物が生成してしまうため、時効処理を行っても円相当直径で5nm以下の微細な析出物を十分に生成することができず、微細な析出物を所定数確保できず、所望の強度向上効果が得られなくなると共に、曲げ加工性も悪くなる。
【0050】
熱間圧延温度は特に限定されず、例えば好ましくは700℃以上、より好ましくは750℃以上、更に好ましくは800℃以上であればよく、また冷却開始温度も上記所定の時間内であれば、ほぼ同程度の温度域(例えば好ましくは650℃以上、より好ましくは700℃以上、更に好ましくは750℃以上)であるため、特に限定されない。
【0051】
熱間圧延後の冷却では、室温まで急冷することが望ましい。熱間圧延後の冷却速度が小さいと、冷却過程で粗大な析出物が生成してしまい、時効処理を行っても円相当直径で5nm以下の微細な析出物を十分に生成することができず、微細な析出物を所定数確保できず、所望の強度向上効果が得られなくなると共に、曲げ加工性も悪くなる。
【0052】
本発明で急冷とは、空冷を超える速度(平均冷却速度)での冷却であり、好ましくは50℃/秒以上である。冷却速度の上限は特に限定されないが、実操業などを考慮すると、おおむね500℃/秒以下が好ましい。急冷手段は特に限定されず、例えば水冷など各種公知の冷却手段を採用できる。
【0053】
本発明では、冷却後、時効処理直前の冷間圧延率を90%以上とする必要がある。冷間圧延率を90%以上とすることによって、後記する時効処理時に析出物発生の核として働く格子欠陥を導入し、微細な析出物を所定数以上確保できる。冷間圧延率は高いほど、微細な析出物の数も多くなるため、好ましい冷間圧延率は93%以上、より好ましくは97%以上である。
【0054】
なお、本発明では1回の冷間圧延で圧延率を90%以上としてもよいし、冷間圧延を複数回行って合計圧延率を90%以上としてもよく、圧延回数は特に限定されない。複数回冷間圧延を行う場合は所定の微細な析出物を確保する観点から中間焼鈍などの加熱処理を施すことなく、所定の圧延率となるように冷間圧延を行うことが望ましい。
【0055】
冷間圧延後、時効処理を行う。時効処理を適切に行うことによって、上記所定の微細な析出物を確保して銅合金の強度をより一層向上させつつ、強度−導電性、および強度−曲げ加工性バランスを向上させることができる。
【0056】
時効処理は、350℃〜650℃の温度にて30分〜10時間程度行い、時効後は水冷または放冷により冷却することが望ましい。
【実施例】
【0057】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0058】
銅合金をクリプトル炉において、大気中、木炭被覆下で溶解し、鋳鉄製ブックモールドに鋳造し、表1に記載する化学組成(残部銅及び不可避的不純物)を有する厚さ(=t)200mmt(No.1〜3、5〜24、26、28〜35)または100mmt(No.4、25、27)の鋳塊を得た。
【0059】
その後、加熱して950℃に到達後、1時間保持した後、熱間圧延して所定の厚さ(No.1〜3、6〜24、26、28〜35:20mmt、No.5:64mmt、No.4、25、27:10mmt)の板とし、圧延終了後、750℃以上の温度から室温まで水冷(平均冷却速度:100℃/s)した。この際、冷却は圧延終了後、所定の時間内(表中、「熱間圧延終了から冷却までの時間(秒)」)に開始した。なお、No.25、35については、冷却方法を空冷(平均冷却速度:0.5℃/s)に変更して行った。
【0060】
その後、酸化スケールを除去した後、一部の試料は面削を行ってから(No.4は9mmt、No.25、27は3.2mmtとした)、冷間圧延を行い、厚さが0.64mmの銅合金板を得た。この際、時効処理直前の合計の冷間圧延率が所定の圧下率となるようにした(表中、「時効直前の冷間圧延率(%)」)。
【0061】
その後、バッチ焼鈍炉にて、450℃にて2時間の時効処理を行った。
【0062】
得られた銅合金板(最終板)から試料(試験片)を切り出し、析出物、引張強度、0.2%耐力、導電性、および曲げ加工性を下記要領で測定した。これらの結果を表2に示す。
【0063】
(析出物の測定方法)
試験片表面(任意の箇所)の銅合金組織をTEM(日立製作所製:透過型電子顕微鏡H−800、加速電圧:200kV、観察方向:[001]、倍率:15万倍)で観察し(5視野)、500nm×500nmの領域内に存在する5nm以下の析出物の個数を肉眼で視認できる範囲でカウントし、5視野の平均を求めた。結果を表2に示す(表中、「析出物の数」)なお、析出物のサイズ(円相当直径)は、画像解析ソフトを用いてその面積Aを求め、A=πr
2として円相当直径2r(r=半径)を算出した。
【0064】
(引張強度、0.2%耐力)
圧延方向に平行に切り出した試験片(サイズ:JIS5号)を作製し、5882型インストロン社製万能試験機により、室温、試験速度10.0mm/min、GL=50mmの条件で、引張強度、0.2%耐力を測定した。本発明では引張強度520MPa以上、且つ0.2%耐力500MPa以上を高強度と評価した。
【0065】
(導電性)
導電性は、ミーリングにより、幅10mm×長さ300mmの短冊状の試験片を加工し、ダブルブリッジ式抵抗測定装置により電気抵抗を測定して、平均断面積法により算出した。本発明では導電性70%(IACS)以上を良好と評価した。
【0066】
(曲げ加工性)
銅合金板試料の曲げ試験は、日本伸銅協会技術標準に従って行った。板材を幅10mm×長さ30mmに切り出した試料を用いてW曲げ試験を行った。曲げ半径Rと、銅合金板の板厚tとの比(R/t)が、1.0となるように曲げ加工を実施した。W曲げ加工後、曲げ部における割れの有無を10倍の光学顕微鏡で観察した。割れの評価は日本伸銅協会技術標準(JBMA−T307:2007年)に準拠して評価した。具体的には伸銅協会技術標準では評価が5段階であるが、本発明では詳細に曲げ加工性を評価するために、「しわ」「われ」の最大幅(μm)をA(10以下)、A〜B(10超〜15以下)、B(15超〜20以下)、B〜C(20超〜25以下)、C(25超〜30以下)、C〜D(30超〜35以下)、D(35超〜40以下)、D〜E(40超〜45以下)、E(45超)の9段階で評価し、本発明ではD評価より優れているもの(すなわち、C〜D評価以上)を曲げ加工性が優れていると評価した。結果を表2に記載する。
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
No.1〜24は、本発明の上記規定を満足する化学組成、及び製造条件の例であり、いずれも十分な導電率を有すると共に、強度(引張強度、0.2%耐力)と曲げ加工性のバランスにも優れていた。
【0070】
これら実施例のうち、No.1〜3は「熱間圧延終了から冷却までの時間(秒)」以外は同一条件にした例である。冷却開始までの時間が最も短かったNo.3では、微細な析出物をより多く生成することができ、導電性、および曲げ加工性はNo.1、2と同程度に維持しつつ、高い強度を得ることができた。
【0071】
またNo.No.4、5は「時効直前の冷間圧延率(%)」以外は同一条件にした例である。冷間圧延率が高いNo.5では、微細な析出物をより多く生成することができ、導電性、および曲げ加工性はNo.4と同程度に維持しつつ、高い強度を得ることができた。
【0072】
更にNo.8、10は必須成分であるTi含有量以外は同一条件にした例である。これらの例から、Ti含有量が多くなると微細な析出物の数が多くなり、より高い強度が得られると共に、導電性は減少する傾向を示した。
【0073】
また更にNo.16、23は選択元素であるSnの有無以外は同一条件にした例である。これらの例から、選択元素を含有させると、強度向上効果が得られた。
【0074】
No.25〜27、35は製造条件が本発明の規定を外れたため、微細な析出物の数を確保できなかった例であり、No.28〜34は、本発明で規定する成分組成を満足しなかった例(No.28〜30は更に析出物の数も満足しない例)である。
【0075】
No.25は、熱間圧延後の冷却を空冷にし、時効直前の冷間圧延率が低かった例であり、微細な析出物を所定数確保できなかったため強度が低く、また冷却が空冷であるため粗大な析出物が生成し、曲げ加工性が悪かった。
【0076】
No.26は、熱間圧延後冷却開始までの時間が長かった例であり、微細な析出物を所定数確保できなかったため強度が低く、また粗大な析出物が生成して曲げ加工性が悪かった。
【0077】
No.27は、時効直前の冷間圧延率が低かった例であり、微細な析出物を所定数確保できなかったため強度が低かった。
【0078】
No.28は、Cr含有量が本発明の規定よりも多く、またCr/Si比が本発明の規定を上回る例である。No.28では微細な析出物を所定数確保できず、強度を確保できなかった。またCr含有量が多いため、粗大な晶出物が生成してしまい、十分な曲げ加工性が得られなかった。また、Cr/Si比が所定の条件を満たしていないため導電性が悪かった。
【0079】
No.29は、Cr含有量が本発明の規定よりも少なく、またCr/Ti比が本発明の規定を下回る例である。No.29では微細な析出物を所定数確保できず、強度を確保できなかった。またCr含有量が少ないため、析出せずに固溶しているTi量が多くなって導電性が悪化した。なお、この例は強度が低いため曲げ加工性はよかったが、所定の強度を有しておらず、強度−曲げ加工性バランスが悪かった。
【0080】
No.30は、Ti含有量が本発明の規定よりも少なく、またCr/Ti比が本発明の規定を上回る例である。No.30では微細な析出物を所定数確保できず、強度を確保できなかった。強度が低いため曲げ加工性はよかったが、所定の強度を有しておらず、強度−曲げ加工性バランスが悪かった。
【0081】
No.31は、Ti含有量が本発明の規定よりも多く、またCr/Ti比が本発明の規定を下回る例である。No.31では、Ti量が過剰であったため、析出せずに固溶しているTi量が多くなって導電率が悪化し、また、粗大な晶出物が生成してしまい、曲げ加工性が悪かった。
【0082】
No.32は、Si含有量が本発明の規定よりも多く、またCr/Si比が本発明の規定を下回る例である。No.32では、本発明で規定する微細な析出物を所定数確保できたが、Cr/Si比が小さく、粗大な析出物が生成されたため、導電性、および曲げ加工性が悪かった。
【0083】
No.33は、Fe含有量が本発明の規定を上回る例である。No.33では、本発明で規定する微細な析出物を所定数確保できたが、Feを過剰に含有していたため、Fe固溶量が多くなりすぎて、導電性が悪かった。
【0084】
No.34は、Sn含有量が本発明の規定よりも多い例である。No.34では、Snを過剰に含有していたため、導電性が悪かった。
【0085】
No.35は、熱間圧延後の冷却を空冷にした例である。この例では、微細な析出物を所定数確保できなかったため強度が低く、また冷却が空冷であるため粗大な析出物が生成し、曲げ加工性が悪かった。