(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
成膜材料から構成される蒸気を膜状に堆積させるための基板が内部に配置される真空容器と、該真空容器内に一端が開口する筒状のアノード電極を有し、該アノード電極とカソード電極との間に直流電圧を印加した状態で生成される成膜のアシスト用のプラズマを該アノード電極の内部から真空容器内に放出するプラズマガンとを備え、前記プラズマガンのアノード電極の内部から真空容器内に前記プラズマを放出した状態で、前記蒸気を前記基板の成膜面に膜状に堆積させることにより薄膜を成膜する成膜装置であって、
前記プラズマガンのアノード電極の内周面の少なくとも一部が、成膜する薄膜に添加すべき添加元素を含有する部材であるドーパント部材により構成されており、該ドーパント部材は、前記プラズマガンが前記アノード電極の内部に生成するプラズマによりスパッタリングされ、そのスパッタリングにより該ドーパント部材に含まれる前記添加元素が真空容器内に放出されるように配置されていることを特徴とする成膜装置。
真空容器内に一端が開口する筒状のアノード電極を有するプラズマガンを用い、該プラズマガンのアノード電極とカソード電極との間に直流電圧を印加することにより生成される成膜のアシスト用のプラズマを、前記アノード電極の内部から前記真空容器内に放出した状態で、該真空容器内にあらかじめ配置された基板の成膜面に、成膜材料から構成される蒸気を膜状に堆積させることにより、薄膜を成膜する方法であって、
前記プラズマガンのアノード電極の内周面の少なくとも一部を、前記薄膜に添加すべき添加元素を含有する部材であるドーパント部材により構成しておき、
前記薄膜の成膜時に、前記プラズマガンが前記アノード電極の内部に生成する前記プラズマにより、前記ドーパント部材をスパッタリングすることによって該ドーパント部材に含まれる前記添加元素を真空容器内に放出させ、該添加元素を前記基板の成膜面上に成膜される薄膜に添加することを特徴とする成膜方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、PZT膜の結晶粒界は、成膜時等にPb欠陥あるいは酸素欠陥等の欠陥が発生しやすい構造を有している。そのため、Pb欠陥あるいは酸素欠陥が発生すると、PZT膜の絶縁性が損なわれ、圧電特性が劣化する。
【0006】
そこで、前記特許文献1に見られる技術では、PZT膜の成膜時に、Nb等の結晶欠陥防止用の添加元素をPZT膜中に添加するようにしている。
【0007】
この場合、特許文献1の技術では、プラズマガンから放出されるプラズマを真空容器中に導入する引き込み口周辺に配置した支持部に、結晶欠陥防止用の添加元素を含む部材(以降、ドーパント部材ということがある)を支持し、このドーパント部材にバイアス電圧を印加することで、真空容器中に導入されたプラズマによってドーパント部材をスパッタリングする。そして、そのスパッタリングによりドーパント部材から放出された添加元素を、成膜されるPZT膜中に添加する。
【0008】
この技術によれば、PZTの成膜材料たるPb、Zr、Tiの蒸発源に加えて、結晶欠陥防止用の添加元素の蒸発源をさらに備えたり、あるいは、高価な有機金属ガスを使用することなく、イオンプレーティング法を適用した成膜装置によってPZT膜の成膜を行いつつ、PZT膜中に、結晶欠陥防止用の添加元素を添加することができる。
【0009】
しかしながら、特許文献1の技術では、真空容器内に配置されるドーパント部材にバイアス電圧を印加するため、プラズマガンから真空容器中に放出されるプラズマの分布状態が乱れ、ひいては、成膜されるPZT膜(圧電体膜)の均一性が阻害される虞があることが本願発明者の検討により判明した。
【0010】
すなわち、ドーパント部材に印加するバイアス電圧を大きくすると、ドーパント部材の近辺で異常放電が発生しやすくなり、その異常放電の発生によって、真空容器内のプラズマの分布状態が大きく乱れやすい。
【0011】
また、ドーパント部材に印加するバイアス電圧をさほど大きくしない場合であっても、プラズマガンから真空容器中に放出されるプラズマとは別に、ドーパント部材の近辺に余分なプラズマが発生する場合があり、それに起因して、真空容器内のプラズマの分布状態が乱される場合もある。
【0012】
さらに、プラズマガンから真空容器内に放出されたプラズマが通過する途中箇所で、ドーパント部材にバイアス電圧を印加することによる電界が発生するために、その電界によって、プラズマ中の荷電粒子の運動が影響を受ける。その結果、真空容器中のプラズマの分布状態が局所的に乱される。
【0013】
そして、上記のように真空容器内のプラズマの分布状態が乱されると、成膜される圧電体薄膜の均一性が損なわれる虞がある。
【0014】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、プラズマガンを用いるイオンプレーティング法によって均一性の高い薄膜の成膜を行いつつ、該薄膜への添加元素の添加を適切に行うことができる成膜装置及び成膜方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の成膜装置は、かかる目的を達成するために、成膜材料から構成される蒸気を膜状に堆積させるための基板が内部に配置される真空容器と、該真空容器内に一端が開口する筒状のアノード電極を有し、該アノード電極とカソード電極との間に直流電圧を印加した状態で生成される成膜のアシスト用のプラズマを該アノード電極の内部から真空容器内に放出するプラズマガンとを備え、前記プラズマガンのアノード電極の内部から真空容器内に前記プラズマを放出した状態で、前記蒸気を前記基板の成膜面に膜状に堆積させることにより薄膜を成膜する成膜装置であって、前記プラズマガンのアノード電極の内周面の少なくとも一部が、成膜する薄膜に添加すべき添加元素を含有する部材であるドーパント部材により構成されており、該ドーパント部材は、前記プラズマガンが前記アノード電極の内部に生成するプラズマによりスパッタリングされ、そのスパッタリングにより該ドーパント部材に含まれる前記添加元素が真空容器内に放出されるように配置されていることを特徴とする(第1発明)。
【0016】
かかる第1発明によれば、前記添加元素を含有するドーパント部材は、前記プラズマガンのアノード電極の内周面の少なくとも一部として構成された部材であるので、成膜のアシスト用のプラズマをプラズマガンにより生成する場合には、アノード電極として機能する。
【0017】
そして、該ドーパント部材は、プラズマガンが、薄膜の成膜時にアノード電極の内部に生成するプラズマによってスパッタリングされ、そのスパッタリングによって、該ドーパント部材に含まれる前記添加元素が真空容器内に放出される。
【0018】
従って、プラズマガンのアノード電極とカソード電極との間に直流電圧を印加して、成膜のアシスト用のプラズマの生成を行なうだけで、ドーパント部材に前記直流電圧とは別のバイアス電圧を印加したりすることなく、アノード電極の内部から真空容器内に添加元素を放出させることができる。
【0019】
このため、前記直流電圧を印加に応じて生成されてアノード電極の内部から真空容器内に放出されるプラズマの分布状態を乱すことなく、真空容器中に添加元素を放出させることができる。
【0020】
そして、真空容器内のプラズマの適切な分布状態で、成膜材料から構成される蒸気が、真空容器内に放出された添加元素と共に、高い均一性で前記基板の成膜面に膜状に堆積し、これにより、薄膜が成膜されることとなる。
【0021】
よって、第1発明の成膜装置によれば、プラズマガンを用いるイオンプレーティング法によって均一性の高い薄膜の成膜を行いつつ、該薄膜への添加元素の添加を適切に行うことができる。
【0022】
かかる第1発明では、前記アノード電極の軸心方向での前記ドーパント部材の位置と、前記アノード電極の軸心方向の磁場を発生させるために前記真空容器の外部で前記プラズマガンに備えられたコイルに通電することにより発生する磁場の強度とのうちの少なくともいずれか一方をあらかじめ調整しておくことによって、前記薄膜の成膜時に、前記プラズマによりスパッタリングされる前記添加元素の量を制御可能である(第2発明)。
【0023】
すなわち、プラズマガンのアノード電極の内部から真空容器内に放出されるプラズマは、通常、高密度なプラズマの領域がアノード電極の内奥側から開口端側に近づくに伴い広がる(換言すれば、アノード電極の軸心方向で見たプラズマの高密度領域の径が大きくなる)ように生成される。
【0024】
また、該プラズマは、プラズマガンに備えられる前記コイルの通電により生成される磁場の強度が大きいほど、絞られる(換言すれば、アノード電極の軸心方向で見たプラズマの高密度領域の径が小さくなる)。
【0025】
従って、前記アノード電極の軸心方向での前記ドーパント部材の位置と、前記コイルに通電することにより発生する磁場の強度とのうちの少なくともいずれか一方を調整することによって、薄膜の成膜時にプラズマガンがアノード電極の内部に生成するプラズマと、前記ドーパント部材の接触領域(該プラズマによりスパッタリングが可能な領域)の大きさが変化し、ひいては、ドーパント部材からスパッタリングによって放出される添加元素の量が変化することとなる。
【0026】
よって、前記アノード電極の軸心方向での前記ドーパント部材の位置と、前記コイルに通電することにより発生する磁場の強度とのうちの少なくともいずれか一方をあらかじめ適切に調整しておくことによって、ドーパント部材からスパッタリングによって放出される添加元素の量が、薄膜に添加すべき好適な目標量になるように制御できることとなる。
【0027】
上記第1発明又は第2発明の成膜装置では、例えば、前記薄膜として、チタン酸ジルコン酸鉛の薄膜を成膜することが可能である。この場合、前記ドーパント部材は、前記添加元素として、Nb(ニオブ)、V(バナジウム)及びTa(タンタル)のいずれかの元素を含むことが好適である(第3発明)。
【0028】
これらの添加元素をチタン酸ジルコン酸鉛の薄膜に添加することで、該薄膜の結晶欠陥の発生を適切に防止することができる。ひいては、適切な圧電性能を圧電体薄膜を製造することができる。
【0029】
また、本発明の成膜方法は、真空容器内に一端が開口する筒状のアノード電極を有するプラズマガンを用い、該プラズマガンのアノード電極とカソード電極との間に直流電圧を印加することにより生成される成膜のアシスト用のプラズマを、前記アノード電極の内部から前記真空容器内に放出した状態で、該真空容器内にあらかじめ配置された基板の成膜面に、成膜材料から構成される蒸気を膜状に堆積させることにより、薄膜を成膜する方法であって、前記プラズマガンのアノード電極の内周面の少なくとも一部を、前記薄膜に添加すべき添加元素を含有する部材であるドーパント部材により構成しておき、前記薄膜の成膜時に、前記プラズマガンが前記アノード電極の内部に生成する前記プラズマにより、前記ドーパント部材をスパッタリングすることによって該ドーパント部材に含まれる前記添加元素を真空容器内に放出させ、該添加元素を前記基板の成膜面上に成膜される薄膜に添加することを特徴とする(第4発明)。
【0030】
かかる第4発明によれば、前記第1発明と同様に、プラズマガンのアノード電極の内部から真空容器内に放出される成膜のアシスト用のプラズマの分布状態を乱すことなく、アノード電極の内部のプラズマによる前記ドーパント部材のスパッタリングによって、該ドーパント部材から真空容器中に添加元素を放出させることができる。
【0031】
そして、真空容器内のプラズマの適切な分布状態で、成膜材料から構成される蒸気が、真空容器内に放出された添加元素と共に、高い均一性で前記基板の成膜面に膜状に堆積し、これにより、薄膜が成膜されることとなる。
【0032】
よって、第4発明の成膜方法によれば、第1発明と同様に、プラズマガンを用いるイオンプレーティング法によって均一性の高い薄膜の成膜を行いつつ、該薄膜への添加元素の添加を適切に行うことができる。
【0033】
かかる第4発明では、前記薄膜として、チタン酸ジルコン酸鉛の薄膜を成膜する場合には、前記第3発明と同様に、前記ドーパント部材は、前記添加元素として、Nb(ニオブ)、V(バナジウム)及びTa(タンタル)のいずれかの元素を含むことが好ましい(第5発明)。
【0034】
この第5発明によれば、前記第3発明と同様に、成膜される薄膜の結晶欠陥の発生を適切に防止することができる。ひいては、適切な圧電性能を圧電体薄膜を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明の一実施形態を
図1〜
図6を参照して以下に説明する。
【0037】
図1を参照して本実施形態の成膜装置1は、アーク放電反応性イオンプレーティング法(ADRIP(:Arc Discharged Reactive Ion Plating))により、薄膜を成膜する装置である。成膜する薄膜は、例えばペロブスカイト型構造の酸化物の薄膜である。より具体的な一例として、成膜する薄膜は、例えば圧電体薄膜としてのPZT膜(チタン酸ジルコン酸鉛の薄膜)である。
【0038】
この成膜装置1は、成膜材料から構成される蒸気を膜状に堆積させるための基板Aが内部に配置される真空容器2と、真空容器2内に成膜のアシスト用のプラズマを放出するプラズマガン3とを備える。
【0039】
真空容器2内には、成膜材料を蒸発させる蒸発源4(4a,4b,4c)と、真空容器2内に反応ガスとしての酸素(O
2)を供給する反応ガス供給管5と、蒸発源4から蒸発した成膜材料に酸素を反応させた蒸気を膜状に堆積させる成膜面を有する基板Aを保持する基板ホルダー6と、基板ホルダー6に保持された基板Aを加熱するヒータ7とが配置されている。
【0040】
蒸発源4は、真空容器2の下部に配置されている。PZT膜を成膜する場合、蒸発源4は、Pb(鉛)、Zr(ジルコニウム)、Ti(チタン)の3種類の金属の成膜材料を各別に加熱して蒸発させるために、Pb用の蒸発源4aと、Zr用の蒸発源4bと、Ti用の蒸発源4cとから構成される。
【0041】
各蒸発源4a,4b,4cは、それぞれに対応する成膜材料(Pb又はZr又はTi)を電子ビーム等により加熱して蒸発させるように構成されている。この場合、各成膜材料の蒸発量は、蒸発源4a,4b,4cのそれぞれ毎に制御可能である。
【0042】
基板ホルダー6は、真空容器2の上部に配置され、基板Aの成膜面(
図1では基板Aの下面)を蒸発源4a,4b,4cに臨ませるようにして、該基板Aを保持する。
【0043】
ここで、圧電体膜としてのPZT膜を成膜する場合における基板Aに関して、
図2を参照して補足しておく。PZT膜は、例えば光偏向器等のMEMSデバイスに備えられる圧電アクチュエータ又は圧電センサ(以降、これらを総称して圧電デバイスということがある)の構成要素として用いることができる。
図2は、このような圧電デバイス50の代表的な構造例を示している。
【0044】
この圧電デバイス50は、シリコン基板51上に、SiO
2(酸化シリコン)により構成される絶縁層52と、チタンもしくはクロム等により構成される密着層53と、白金もしくはチタンもしくはイリジウム等の導電材料により構成される下部電極層54と、PZT膜により構成される圧電体層55と、白金もしくはチタンもしくはイリジウム等の導電材料により構成される上部電極層56とを順に形成した構造のものである。
【0045】
このような構造の圧電デバイス50を製造する場合、シリコン基板51上に、絶縁層52、密着層53及び下部電極層54を事前に形成した構造のものが、上記基板Aとして用いられる。
【0046】
なお、密着層53は、下部電極層54と絶縁層52との密着性を高めるための層であり、省略される場合もある。
【0047】
図1に戻って、真空容器2内のヒータ7は、基板ホルダー6の上側に配置され、該基板ホルダー6に保持される基板Aを基板ホルダー6を介して所定の温度(例えば500°C前後の温度)に加熱するように構成されている。
【0048】
反応ガス供給管5は、真空容器2の外部から真空容器2内に導入され、蒸発源4(4a,4b,4c)と基板ホルダー6との間の空間に反応ガス(酸素)を供給するように配管されている。
【0049】
プラズマガン3は、圧力勾配型のプラズマガンであり、ガイシ等の絶縁部材により保持されたカソード電極11及びアノード電極12と、該カソード電極11及びアノード電極12の間にアーク放電を発生させるための直流電圧を印加する直流電源13とを備える。
【0050】
アノード電極12は、筒状に形成されており、その一端が真空容器2内(詳しくは、蒸発源4と基板ホルダー6との間の空間)に横向きに開口するようにして、真空容器2の側壁に組み付けられている。
【0051】
本実施形態では、この筒状のアノード電極12の内周面の一部は、真空容器2内で成膜する薄膜の結晶欠陥を防止するために該薄膜中に添加すべき添加元素を含む部材であるドーパント部材12bにより構成されている。
【0052】
具体的には、アノード電極12は、例えば
図3(a),(b)に例示するように、該アノード電極12の外周面部を形成する筒状の基体電極12aの内側に、該基体電極12aよりも小径の筒状のドーパント部材12bを嵌入することにより構成されている。
【0053】
この場合、ドーパント部材12bの外周面の全体は、基体電極12aの内周面に接触しており、該ドーパント部材12bと基体電極12aとは電気的に導通されている。従って、ドーパント部材12bは、アノード電極12の一部として機能するようになっている。
【0054】
また、本実施形態では、ドーパント部材12bは、その軸心方向の長さが、基体電極12aの軸心方向の長さよりも短いものとされ、後述するようにドーパント部材12bからスパッタリング現象により放出される添加元素の量が、成膜する薄膜に添加するのに適切な量となるような位置で基体電極12aに嵌入されている。
【0055】
PZT膜を成膜する場合、PZT膜の結晶欠陥を防止するための添加元素として、例えばNb(ニオブ)を用いることができる。この場合、ドーパント部材12bは、Nbにより(又はNbを主成分とする材質により)構成される。
【0056】
なお、ドーパント部材12bを構成する添加元素として、Nbの代わりに、例えばV(バナジウム)もしくはTa(タンタル)を用いることもできる。
【0057】
カソード電極11は、
図1に示すように、プラズマガン3の中心軸(アノード電極12の軸心)上で該アノード電極12に対向するようにして真空容器2の外側に配置されている。そして、プラズマガン3は、カソード電極11の軸心部からプラズマガン3の内部にプラズマ生成用のキャリアガスが供給されるように構成されており、該キャリアガスがカソード電極11側からアノード電極12の内部を通って真空容器2内に流通するようになっている。該キャリアガスとしては、例えばHe(ヘリウム)、あるいは、HeとAr(アルゴン)との混合ガス等が用いられる。
【0058】
また、プラズマガン3は、真空容器2の外側でプラズマガン3の中心軸の周囲に配設さたコイル14を備えている。このコイル14にあらかじめ設定された大きさの電流を通電することにより、プラズマガン3の中心軸上に該中心軸と同方向の磁場が発生するようになっている。この磁場は、プラズマガン3により生成されるプラズマの荷電粒子を、真空容器2内に向わせるための磁場である。
【0059】
以上がプラズマガン3の構成である。なお、プラズマガン3は、例えば前記特許文献1に記載されているものと同様に、カソード電極11とアノード電極12との間に中間電極を備える構造のものであってもよい。
【0060】
次に、本実施形態の成膜装置1による薄膜の成膜処理を説明する。なお、ここでは、PZT膜の成膜処理を代表例として説明する。
【0061】
まず、真空容器2内の基板ホルダー6に薄膜を成膜する(蒸気を堆積させる)基板Aを、その成膜面を蒸発源4に臨ませた状態(該成膜面を下方に向けた状態)で保持する。
【0062】
一例として、前記圧電デバイス50の構成要素してのPZT膜を成膜する場合、基板ホルダー6に保持する基板Aは、前記したように、シリコン基板51上に絶縁層52、密着層53及び下部電極層54を形成した構造(又はシリコン基板51上に絶縁層52及び下部電極層54を形成した構造)のものである。この場合、基板Aの成膜面は、下部電極層54の表面である。従って、下部電極層54の表面を下方に向けた状態で、基板Aが基板ホルダー6に保持される。
【0063】
次いで、真空容器2の真空引きが所定の真空度まで行なわれる。さらに、基板ホルダー6の背面側のヒータ7を作動させることで、基板Aを基板ホルダー6を介して加熱し、基板Aの温度を、成膜に適した所定の一定温度に保つ。
【0064】
一例として、PZT膜を成膜する場合、基板Aは、500°C前後の一定の温度に加熱される。
【0065】
次に、基板Aが所定の一定温度に保たれた状態で、プラズマガン3が起動される。具体的には、カソード電極11の軸心部からHe、あるいはHeとArとの混合ガス等のキャリアガスがプラズマガン3の内部に供給される。この状態で、カソード電極11とアノード電極12との間に直流電源13から直流電圧を印加することでアーク放電を発生させる。このアーク放電により、プラズマガン3の内部で高密度のプラズマ(キャリアガスのプラズマ)が生成される。
【0066】
併せて、プラズマガン3のコイル14にあらかじめ定められた所定の大きさの電流が通電される。これにより、プラズマガン3の内部でアーク放電により生成されたプラズマを真空容器2内に導くための磁場がプラズマガン3の中心軸上に生成される。
【0067】
この場合、プラズマガン3の内部で生成されたプラズマの荷電粒子は、磁場によって、
図4に示すようなサイクロトロン運動を行いつつ、真空容器2側に移動する。これにより、プラズマガン3の内部で生成された高密度のプラズマは、
図1に示す如く、筒状のアノード電極12の内部を通過し、成膜のアシスト用のプラズマとして該アノード電極12の内部から真空容器2内に放出される。
【0068】
このようにプラズマガン3によりキャリアガスの高密度のプラズマ(成膜のアシスト用のプラズマ)の生成が行なわれつつ、蒸発源4から成膜材料を真空容器2内に蒸発させることと、反応ガス供給管5により真空容器2内に反応ガスを供給することとが行なわれる。
【0069】
具体的には、PZT膜を成膜する場合には、プラズマガン3によりキャリアガスの高密度のプラズマの生成が行なわれつつ、蒸発源4a,4b,4cからそれぞれ、成膜材料としてのPb、Zr、Tiを真空容器2内に蒸発させることと、反応ガス供給管5により真空容器2内に反応ガスとしての酸素を供給することとが行なわれる。
【0070】
なお、各蒸発源4a,4b,4cからの成膜材料の蒸発量は、各蒸発源4a,4b,4c毎にあらかじめ定められた量に制御される。
【0071】
このとき、真空容器2内では、プラズマガン3のアノード電極12から放出されたプラズマ(キャリアガスのプラズマ)に加えて、反応ガス供給管5から供給された反応ガスのプラズマやラジカルも生成される。
【0072】
そして、蒸発源4から蒸発した成膜材料の蒸気が、キャリアガスと反応ガスとの混合ガスのプラズマ中で反応ガスのラジカルと反応しつつ、基板Aの成膜面に膜状に堆積する。
【0073】
PZT膜を生成する場合には、蒸発源4a,4b、4cから蒸発したPb,Zr,Tiの蒸気が、キャリアガス(He等)と酸素との混合ガスのプラズマ中で酸素ラジカルと反応しつつ、基板Aの成膜面に膜状に堆積する。
【0074】
また、プラズマガン3のアノード電極12の内周面の一部を形成するドーパント部材12bに含まれる添加元素は、アノード電極12の内部のプラズマ(キャリアガスのプラズマ)によるスパッタリング現象でドーパント部材12bからはじき飛ばされ、その粒子がアノード電極12の内部からキャリアガスのプラズマと共に真空容器2内に放出される。なお、この場合、ドーパント部材12bの添加元素は、アノード電極12内で、蒸発源4から蒸発した成膜材料の蒸気と反応した後に、アノード電極12の内部のプラズマによってスパッタリングされる場合もある。
【0075】
そして、このスパッタリング現象によって真空容器2内に放出された添加元素の粒子(又は成膜材料の蒸気との反応後の添加元素の粒子)が、反応ガスと反応した成膜材料の蒸気と共に、基板Aの成膜面に堆積する。
【0076】
これにより、基板Aの成膜面上に、添加元素が添加された薄膜が成膜される。
【0077】
一例として、PZT膜を成膜する場合には、ドーパント部材12bを構成する添加元素として例えばNbが用いられる。この場合、ドーパント部材12bのNbが、アノード電極12の内部のプラズマによってスパッタリングされ、あるいは、蒸発源4aから蒸発したPbの蒸気と反応した後にスパッタリングされ、真空容器2内に飛び出す。
【0078】
そして、このスパッタリング現象によって真空容器2内に出て来たNbの粒子(又はPbの蒸気との反応後のNbの粒子)が、酸素ラジカルと反応した成膜材料の蒸気(Pb、Zr、Tiの蒸気)と共に、基板Aの成膜面に堆積する。
【0079】
これにより、基板Aの成膜面上に、添加元素としてのNbが添加されたPZT膜が成膜される。
【0080】
ここで、本実施形態では、アノード電極12の内部でキャリアガスのプラズマによりスパッタリングされる添加元素の量、ひいては、基板Aの成膜面上に成膜する薄膜に添加される添加元素の量は、プラズマガン3のアノード電極12の軸心方向でのドーパント部材12bの位置の設定、あるいは、コイル14に通電する電流の大きさ(ひいては発生する磁場の強度)の設定によって、適切な量となるようにあらかじめ調整されている。
【0081】
すなわち、プラズマガン3のアノード電極12の内部から真空容器2内に放出されるプラズマ(キャリアガスのプラズマ)の高密度部分は、アノード電極12の内奥側から開口端側に近づくに伴いアノード電極12の軸心方向と直交する方向(径方向)に広がっていく。
【0082】
このため、アノード電極12の軸心方向でのドーパント部材12bの位置が、アノード電極12の開口端に近いほど、アノード電極12の内部のプラズマの高密度部分に接触しやすいドーパント部材12bの表面積が大きくなって、ドーパント部材12bからスパッタリングされる添加元素の量が多くなる。
【0083】
例えば、
図5(a)に示すようにドーパント部材12bをアノード電極12の開口端寄り位置に配置した場合と、
図5(b)に示すようにドーパント部材12bをアノード電極12の内奥側の位置に配置した場合とを比較すると、
図5(b)の場合よりも、
図5(a)の場合の方が、ドーパント部材12bの内周面のうち、高密度のプラズマを接触しやすい領域が大きくなって、ドーパント部材12bからスパッタリングされる添加元素の量が多くなる。
【0084】
また、プラズマガン3の内部で生成されるプラズマの荷電粒子が、前記したようにコイル14の通電によって生成される磁場によってサイクロトロン運動を行なうとき、そのサイクロトロン運動の回転半径r(
図4を参照)は、次式(1)で示されるように、磁場の強度として磁束密度Bに反比例する。なお、式(1)におけるqは荷電粒子の電気量、vは荷電粒子の速度、mは荷電粒子の質量である。
【0085】
r=m・v/(q・B) ……(1)
そして、コイル14の通電によって発生する磁場の磁束密度Bは、コイル14に流す電流の大きさに比例する。
【0086】
このため、コイル14に流す電流が大きいほど(換言すれば、コイル14の通電によって発生する磁場の強度が大きいほど)、アノード電極12の内部から真空容器2内に放出される高密度プラズマが絞られる(アノード電極12の軸心方向で見たプラズマの径が小さくなる)こととなる。
【0087】
例えば、コイル14にある大きさの電流を通電した状態でアノード電極12の内部から放出されるプラズマの高密度部分が
図6(a)に示すように形成される場合、
図6(a)の場合よりも、コイル14に通電する電流の大きさを大きくした場合(
図6(a)の場合よりも、コイル14に通電により生成される磁場の強度を大きくした場合)には、アノード電極12の内部から放出されるプラズマの高密度部分は、
図6(b)に示すように、
図6(a)の場合よりも絞られることとなる。
【0088】
従って、コイル14に流す電流が大きいほど(換言すれば、コイル14の通電によって発生する磁場の強度が大きいほど)、アノード電極12の内部のプラズマの高密度部分に接触しやすいドーパント部材12bの表面積が小さくなって、ドーパント部材12bからスパッタリングされる添加元素の量が少なくなる。
【0089】
そこで、本実施形態では、アノード電極12の軸心方向でのドーパント部材12bの位置と、コイル14に通電する電流の大きさ(ひいては、コイル14の通電により発生させる磁場の強度)とをあらかじめ適切に調整しておくことによって、ドーパント部材12bからスパッタリングにより真空容器2内に蒸発する添加元素の量、ひいては、基板Aの成膜面上に成膜される薄膜に添加される添加元素の量が所望の適量になるようにした。
【0090】
以上説明した実施形態によれば、添加元素を含有するドーパント部材12bは、プラズマガン3のアノード電極12の内周面の一部の構成要素として、基体電極12aの内側に嵌入されており、プラズマガン3により真空容器2内に放出する成膜のアシスト用のプラズマ(キャリアガスのプラズマ)を生成する際には、基体電極12aと共に、カソード電極11との間に直流電圧が印加されるアノード電極12として機能する。
【0091】
そして、ドーパント部材12bは、このようにアノード電極12の一部として機能しながら、該アノード電極12の内部に生成される成膜のアシスト用のプラズマ(キャリガスのプラズマ)によってスパッタリングされ、そのスパッタリング現象によって、ドーパント部材12bの添加元素が該ドーパント部材12bから真空容器2内にとび出す。
【0092】
このため、プラズマガン3のアノード電極12の内部から真空容器2内に放出される成膜のアシスト用のプラズマ(キャリアガス)の分布状態を乱すことなく、添加元素を真空容器2内に放出させることができる。
【0093】
従って、真空容器2内のプラズマの分布状態が好適な分布状態に保たれた状態で、成膜材料の蒸気(反応ガスのラジカルと反応した蒸気を含む)と、ドーパント部材12bからとび出した添加元素の粒子とが基板Aの成膜面に堆積する。この結果、添加元素の添加を適切に行いつつ、均一性の高い薄膜をイオンプレーティング法により基板Aの成膜面に成膜することができる。
【0094】
また、カソード電極11とアノード電極12との間に印加する直流電圧とは別に、ドーパント部材12bにバイアス電圧を印加したりする必要がなく、また、添加元素用の蒸発源を備える必要もないので、成膜装置1の構成を簡素なものとするとができると共に、該成膜装置1を安価なものとすることができる。
【0095】
さらに、真空容器2内に蒸発させる添加元素の量、ひいては、成膜する薄膜に添加される添加元素の量を、アノード電極12の軸心方向でのドーパント部材12bの位置、あるいは、コイル14に通電する電流の大きさの設定によって、容易に所望の適切な量に制御することができる。
【0096】
なお、以上説明した実施形態では、主として、PZT膜を生成する場合を代表例として説明したが、成膜する薄膜は、PZT膜以外の薄膜であってもよい。
【0097】
また、前記実施形態では、アノード電極12の内周面の一部をドーパント部材12bにより構成するようにしたが、アノード電極12の内周面の全体、又はアノード電極12の全体をドーパント部材12bにより構成してもよい。その場合であっても、コイル14に通電する電流の大きさによって(ひいてはコイル14の通電により発生する磁場の強度の大きさによって)、ドーパント部材12bからスパッタリングによって蒸発する添加元素の量を調整することができる。
【0098】
また、前記実施形態では、PZT膜を成膜する場合に、ドーパント部材12bに含む添加元素としてNb(ニオブ)を用いる場合を代表例として説明したが、Nbの代わりに、V(バナジウム)又はTa(タンタル)を用いてもよい。