(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照して、本発明の実施形態における発電電力推定装置、発電電力推定方法、及び発電電力推定プログラムを説明する。
【0016】
図1は、本発明に係る一実施形態における発電電力推定装置1の構成を示す概略ブロック図である。発電電力推定装置1は、予め定められた供給エリア内に広範囲に普及した太陽光発電設備が発電する電力の総和である総発電電力を、供給エリア内に設けられた複数の観測地点において測定された日射強度を示す観測値(V
1、V
2、…、V
np)に基づいて算出する。なお、発電電力推定装置1が対象とする太陽光発電設備は、供給エリアの電力系統に接続されている太陽光発電設備である。
【0017】
発電電力推定装置1は、同図に示すように、nb(nb≧2)個の推定値算出部11(推定値算出部11−1、推定値算出部11−2、…、推定値算出部11−nb)と、加算部12とを具備している。nbは、観測値に含まれる周波数成分をいくつの周波数帯域に分けて、総発電電力を推定するかに応じて定められる。複数の周波数帯域は、例えば、20分未満の周期として現れる変動、20分以上1時間未満の周期として現れる変動、1時間以上3時間未満の周期として現れる変動、及び、3時間以上の周期として現れる変動、それぞれの周期に対応する周波数帯域とする。この場合、発電電力推定装置1は、4つの推定値算出部11(11−1〜11−4、nb=4)を具備することになる。そして、発電電力推定装置1は、周波数帯域ごとに算出した発電電力の総和を総発電電力として出力する。また、各推定値算出部11に対して定める周波数帯域は、重複しないように定められる。
【0018】
推定値算出部11は、各観測地点に対応して設けられた帯域通過フィルタ部111及びゲイン乗算部112と、加算部113とを備えている。
帯域通過フィルタ部111には、自身に対応する観測地点において測定された観測値V
j(j=1,2,…,np)が入力される。帯域通過フィルタ部111は、入力される観測値V
jに含まれる所定の周波数帯域の成分を、対応するゲイン乗算部112に出力する。すなわち、帯域通過フィルタ部111は、所定の周波数帯域の成分(信号)を抽出するバンドパスフィルタである。ここで、各推定値算出部11が備えるnp個の帯域通過フィルタ部111は、入力される観測値V
jに含まれる同じ周波数帯域の成分を、対応するゲイン乗算部112に出力する。なお、帯域通過フィルタ部111を通過する成分の周波数帯域は、推定値算出部11ごとに異なる。
【0019】
ゲイン乗算部112は、帯域通過フィルタ部111から入力される成分に対して、予め定められた観測ゲインを乗算し、乗算結果を加算部113に出力する。ここで、ゲイン乗算部112が乗算する観測ゲインは、観測地点と、帯域通過フィルタ部111が成分を通過させる周波数帯域との組み合わせごとに設定される。加算部113は、各ゲイン乗算部112から出力される乗算結果の総和を算出し、算出した値を加算部12に出力する。
【0020】
加算部12は、各推定値算出部11から出力される値(各周波数帯域に対応する発電電力)の総和を算出し、算出した値を総発電電力として出力する。
上述のように、本実施形態における発電電力推定装置1は、供給エリアにおける太陽光発電(Photovoltaic power generation:PV)の総発電電力の推定値を複数の周波数帯域に分けて算出する。
【0021】
以下、本実施形態の各ゲイン乗算部112における観測ゲインの算出方法について説明する。ここでは、供給エリアをメッシュ状に複数の領域(セル)に分割し、一つの周波数帯域に着目して説明をする。すなわち、複数の推定値算出部11のうち一つの推定値算出部11が備えるゲイン乗算部112における観測ゲインの算出方法について説明する。
図2は、本実施形態において総発電電力を推定する対象の供給エリアの一例を示す概略図である。ここでは、供給エリアを複数の矩形領域(セル)に分割した例を示している。各セルは、観測地点を有するセルと、観測地点を有していないセルとに分けられる。同図において、観測地点を有するセルは黒で塗りつぶされた矩形で示され、観測地点を有しないセルは白抜きの矩形で示されている。以下の説明において、供給エリア内のセルの数をncとする。
【0022】
<推定誤差の定式化>
供給エリア内の太陽光発電設備の直流発電電力の合計(以下、設備量合計という。)に対する、電力系統に入力される交流電力の変動量の比であるPV交流変動量x
Tは次式(1)で与えられる。
【0024】
式(1)におけるPV交流変動量x
Tは、設備量合計[kW]に対する交流電力の変動量[kW]の比であるので、単位のない物理量(無次元量)である。PV交流変動量は、例えば、種々の太陽光発電パネルの定格出力に対する交流電力の変動量の比を平均した値を用いるようにしてもよい。また、PV交流変動量には、直流−交流変換に伴うロスも含まれるようにしてもよい。
x
iはi(i=1,2,…,nc)番目のセルにおけるPV交流変動量であり、ρ
iはi番目のセルにおけるPV分布係数である。PV分布係数は、供給エリア全体での合計が1であり、供給エリア内におけるPVの分布の比率を示す値である。このPV交流変動量x
Tに設備量合計を乗算すれば太陽光発電設備による総発電電力の変動量が得られる。なお、ほとんどのPV交流変動量x
iは観測できないので、実時間でも実績値としてもPV交流変動量x
Tを得ることは現実的には困難である。
そこで、PV交流変動量x
Tの推定値x
Teを次式(2)で与える。
【0026】
式(2)の左辺における列ベクトルwは、次式(3)で与えられる。
【0028】
また、式(2)の右辺におけるp
j(j=1,2,…,np)は、観測地点を有するセル(以下、観測セルという。)の番号である。観測セル数npは供給エリア内のセル数nc以下である。実際には、nc≫npである。w
jは特定の周波数成分に着目したときのj番目の観測地点(セル番号p
j)に対する観測ゲインである。また、対象とするnb個の周波数帯域のうちi番目の周波数帯域に着目するときw
j=W
i,j(j=1,2,…,np)である。観測ゲインは物理量としてPV分布係数と同じ次元をもち、無単位である。なお、観測地点において得られる情報が日射強度変動である場合、
観測セルp
jにおける太陽光発電設備の定格容量(以下、設備量という。)当たりの交流変動量x
pj(t)は、日射強度やその他の情報から推定する必要がある。
ここで、PV交流変動量の推定値x
Teに含まれる推定誤差x
Eは次式(4)で定義される。推定誤差x
Eは無単位の値である。
【0030】
図3は、式(4)において算出される推定誤差x
Eを説明する図である。式(2)により算出される推定値は、供給エリア内の観測地点を有するセルのPV交流変動量に対して観測ゲインを掛けて足し合わせた値である。また、式(1)により算出される真値は、nc個のセルそれぞれのPV交流変動量の合計値である。
ここに推定誤差x
Eの分散σ
E2(w)は次式(5)で与えられる。
【0032】
ここで、式(5)における、行列A、ベクトルb、及び分散σ
T2は次式(6−1)〜(6−3)で与えられる。
【0034】
式(6−1)〜(6−3)における、σ
iはPV交流変動量x
iの標準偏差であり、無単位の値である。r
i,jはPV交流変動量x
iとx
jとの相関係数であり、無単位の値である。n
tは時系列の点数である。
このように、PV交流変動量x
Tの時系列を実時間で把握することができなくても、セル別の標準偏差σ
i及びPV分布係数ρ
iと、セル間相関係数r
i,jが分かれば、推定誤差の分散又は標準偏差を得ることができる。そして、この相関係数にセル同士の相対的な位置関係を反映することにより、推定誤差x
Eはセルの位置関係を反映した妥当な値となる。
【0035】
なお、現実的には変動の標準偏差やPV普及量をセルごとに得ることが難しい場合、供給エリア全体で、あるいはセルを複数のグループに分けたサブエリアごとに共通の値を用いるようにしてもよい。これは、供給エリア又はサブエリアにおいて気象条件やPVの普及の様相が同様であることを仮定することに相当する。サブエリアとして、例えば、地方自治体(都道府県、又は市区町村)ごとにセルをグループに分け、地方自治体ごとの標準偏差やPV普及量を対応するセルの標準偏差やPV普及量として用いて、観測ゲインを算出するようにしてもよい。
【0036】
式(5)において、ベクトルw(観測ゲイン)に依存しない定数項であるσ
Tは、観測を行わない場合のPV出力変動合計(総発電電力)の標準偏差σ
E(0)である。すなわち、観測ゲインを求めるとともに、PV出力変動合計の見積もりも得られる。
【0037】
<観測ゲインの最適化>
観測ゲインwの決め方として二通りの方法がある。一方は推定誤差x
Eの分散を最小化する決め方である。これにより二乗尺度の意味で、PV交流変動量x
Tの真値に最も近い推定値x
Teが得られると期待できる。
他方は標準偏差σ
EをPV出力変動合計の標準偏差σ
Tに一致させる決め方である。これは、シミュレーション検討等を行う際に、すなわち電力系統全体のPV変動をできるだけリアルに再現した場合などに有効であると考えられる。
【0038】
はじめに推定誤差を最小化する観測ゲインwを求める。推定誤差が最小になる観測ゲインwをw
0とする。分散σ
E2(w)をwで偏微分すると次式(7)が得られる。
【0040】
分散σ
E2(w)が最小となるための必要条件は、式(7)が零になることである。この条件から観測を最適化するw
0が式(8)として得られる。なお十分性については後述する。
【0042】
なお、式(8)の導出には行列Aの対称性を利用した。
次に、標準偏差σ
EをPV出力変動合計の標準偏差σ
Tに一致させる観測ゲインwを求める。標準偏差σ
Eが標準偏差σ
Tに一致する観測ゲインwをw
dとする。推定値自体の変動σ
02(w)は、次式(9)で与えられる。
【0044】
これがPV出力変動合計に一致する条件は次式(10)である。
【0046】
観測ゲインをこの方法で決める場合、最低限の条件は式(10)である。これに対し決めるべき観測ゲインの数は一般的に多い。そこで式(10)を制約条件とした上で、推定誤差σ
E2を極力小さくする問題に置き換えて観測ゲインを決める。この最適化問題は等式制約付き最適化問題なので、ラグランジュの未定定数法で解ける。ラグランジュ関数は次式(11)となる。
【0048】
式(11)が最小となるための必要条件は次式(12)である。
【0050】
式(12)と式(8)とから次式(13)を得る。
【0052】
すなわち観測ゲインw
dは推定誤差を最小化した最適解w
0の定数倍となる。
【0053】
ここまでで、式(2)を用いて限られた数の観測値の時系列に適用して推定を行う際の観測ゲインを二通りの目的に対して求めた。これらと異なる目的に対して異なる観測ゲインを求めて、推定を行うようにしてもよい。
なお、全周波数帯域を考慮した総発電電力の推定値X
E(t)は次式(14)となる。
【0055】
式(14)において、X
pj(j=1,2,…,np)はp
j番目の観測セルにおいて観測された観測値である。また、関数BPF(x)は、時系列xに含まれる所定の周波数成分を算出する関数である。
式(14)から分かるように、関数BPF()と観測ゲインW
i,jの乗算とは線形要素であれば順序を入れ替えることが可能である。すなわち、
図1では、各推定値算出部11において帯域通過フィルタ部111の後段にゲイン乗算部112を設けて乗算結果を加算する構成を示したが、処理の順序を入れ換えてもよい。
また、全ての周波数帯域を考慮した推定誤差の分散、推定値の分散、及びPV出力変動の分散は、それぞれσ
E2、σ
02、及びσ
T2を全ての周波数帯域について加算することで得られる。
【0056】
<相関係数の同定>
着目する周波数帯域における相関係数は、次式(15)から求めることができる。
【0058】
式(15)において、S
i,i、S
j,jは、それぞれi番目のセル、j番目のセルにおけるPV交流変動量のパワースペクトルである。S
i,jは、i番目のセルとj番目のセルとの間のクロススペクトルである。S
i,jは、例えば、DFT(x
i(t))・DFT
*(x
j(t))から求めた離散的なものである。ここにDFT()はデジタルフーリエ変換関数であり、DFT
*()は、デジタルフーリエ変換で得られた結果の複素共役を算出する関数である。なお、式(15)における各積算は、Σ記号の下に示すとおり着目する周波数帯域の範囲で、負の周波数の側も対象に含めて行う。
【0059】
式(15)は、参考文献1(日野幹雄著、「スペクトル解析(統計ライブラリー)」、朝倉書店、2011年)を参考に導出したものであり、時間領域で求めた相関係数と数値的に一致する。上記の方法で相関係数を得るのと同時に、2つのセル間の離隔距離も当然決まる。よって多数の観測地点について同期観測した観測値があれば、距離と相関係数とで構成される平面上に多数の点が得られる。
【0060】
なお、観測値にはバイアス分(直流成分)が含まれる。バイアス分以外の周波数帯域については、最低限一組の(同期計測された複数の観測地点の)DFT処理を行う演算器があれば相関係数を求めることができる。これに対しバイアス分については、一組のDFT処理からは一つの値しか得られないため、相関係数を求めることができない。そのため、バイアス分の相関係数を求めるには、複数組のDFT処理が必要となる。
【0061】
以下、上述のように算出した観測ゲインを用いて算出する総発電電力の推定値の妥当性について述べる。
<推定可能性の確認>
はじめに、上述した手法で推定が妥当に行えることについて説明する。数値解析ソフトウエアなどを用いて1000×10点の正規乱数系列を用意する。この乱数系列に適当な10×10の優対角行列(対角成分が他の成分に対して相対的に大きい行列)を掛けて互いに相関のある、各々の分散がほぼ1となるような擬似的な時系列を生成する。こうして1000点の時系列をそれぞれ生成する10個の信号源(セル)を仮定し、この合計値の時系列をPV交流変動量x
Tの真値とする。信号源に具体的な配置条件はなく、代わりに相関係数と標準偏差を事前に知り得るとする。この相関係数を次式(16)の行列において右三角部分にベースケースとして示す。
【0063】
式(16)の行列のi行j列要素(i<j)がi番目のセルとj番目のセルとの間の相関関係を示している。なお、同行列において、零要素は示されていない。すなわち、ここでは番号が近いセル間においてある程度の相関がある条件を設定している。概念的には、空間的に直線上に並んでいるようなセルを想定していることになる。
【0064】
まず10個のセルのうち、3個又は5個のセルにおける観測値が得られると仮定し、推定誤差を最小にする観測ゲインw
0を求め計算機シミュレーションを行った。
図4は、観測ゲインw
0を用いた計算機シミュレーションの結果を示す波形図である。同図において横軸は時間を示し、縦軸はPV交流変動量を示している。また、計算機シミュレーションで観測したセルの番号は、3個のセルで観測値が得られる場合で1、3、5番目のセルであり、5個のセルで観測置が得られる場合で1、3、5、7、9番目のセルである。実線は真値を示し、一点鎖線は3個のセルで観測値が得られたときの推定値を示し、破線は5個のセルで観測値が得られたときの推定値を示している。
【0065】
また、式(16)において、3個のセルで観測地点が得られる場合の観測セルに対応する列ベクトル及び行ベクトルに含まれる非零の要素に下線が付してある。すなわち、観測セルが3個の場合でも、推定値には1番目から7番目までの7個のセルにおける情報が多少なりとも反映されていることになる。一方で、8番目以降のセルの情報は全く反映されていないことになる。これが、5個のセルで観測値が得られる場合に比べて、3個のセルで観測値が得られる場合における推定誤差を大きくする原因の一つであると考えられる。これに対し、5個のセルにおいて観測値が得られる場合では、全てのセルにおける情報が多少なりとも反映されているため、比較的精度の良い推定ができている。
【0066】
次に、観測地点を様々に変更したときの推定誤差を評価した。10個のセルそれぞれの観測可否を考慮して1024(=2
10)通りの観測条件を設定する。各観測条件に対し観測ゲインw
0と観測ゲインw
dとの両方を求め、計算機シミュレーションを行った。評価値は、推定誤差の標準偏差と、推定値の標準偏差であり、どちらも真値(推定対象)の標準偏差で正規化した。1024組の評価値を観測したセル(信号源)の数でクラス分けし、各クラスの平均値を求めた。
【0067】
図5は、1024組の評価値を観測したセルの数でクラス分けして得られた結果を示すグラフである。同図において横軸は評価したセルの数を示し、縦軸は正規化した標準偏差を示している。また、同図において、例えば観測点数が5における値は、10C5通りの観測点構成に対する推定誤差の平均値を示している。なお隣り合う観測点数に対する平均値を直線で結んでグラフ化してある。
図5において、左上から右下(10,0)に向かう二つの曲線が推定誤差であり、左から右上(10,1)に向かう二つの曲線が推定値の標準偏差である。それぞれ二通りの観測ゲインw
d、w
0に対応する2つの曲線が示されている。
同図に示されているように、観測点数を増やすことにより推定誤差を減らせることが確認できる。観測点数が10の場合には推定誤差はなく、0の場合には誤差は真値の標準偏差に一致する。
【0068】
観測ゲインw
0を用いた場合、すなわち推定誤差を最小化する観測ゲインを用いた場合における推定値の標準偏差は、観測点数が少ないほど小さくなっている。この原因としては、少ないセルの観測では一部のセル(例えば、前述の3点観測における8番目以降のセル)の情報を全く得られないため、観測ゲインを上げても誤差の拡大につながるためであると考えられる。以上から定性的には、不可観測情報が増えるほど、推定誤差が増すとともに推定値の標準偏差が小さくなる。
【0069】
観測ゲインw
dを用いた場合、すなわちσ
0=σ
Tの制約を課した場合、制約条件を満たすために推定精度が、推定誤差を最小にするとき(観測ゲインw
0を用いるとき)に比べ、低下している。なお、観測ゲインw
dを用いた場合、観測点数がゼロだと恒常的にσ
0であり制約条件を満たすことが不可能なため、該当する点は図中に示していない。
【0070】
以上のように、本実施形態において用いる手法により妥当な推定ができることが確認できる。また推定誤差等の振る舞いを定性的に理由付けることができた。
【0071】
<相関性の影響>
以下、セル間の相関性が推定誤差に与える影響について説明する。
乱数系列から疑似時系列を作る際の優対角行列を変更し、相関性のより小さい時系列を用意した。個の時系列の相関係数は式(16)における下三角部分の要素として示されている。i行j列(i>j)がi番目のセルとj番目のセルとの相関係数である。すなわち、この場合では、隣のセルとの間だけにより低い相関を有する。観測ゲインは推定誤差の最小化を目的としたw
0を用いて、推定誤差を比較した。
【0072】
図6は、隣接するセルとの間だけに低い相関を有する場合の推定誤差を示すグラフである。同図において、横軸は評価したセルの数を示し、縦軸は正規化した標準偏差を示している。同図に示すように、相関係数が小さいと、推定誤差が大きくなることが分かる。これは、相関係数が小さいと、観測した情報に含まれる非観測セルの情報が少ないためであると考えられる。
本手法により推定を周波数帯域別に行う場合、前述のとおり低周波の成分ほど小さい誤差で推定できることになる。
【0073】
<乱数系列の影響>
特定の乱数系列に対し定めた観測ゲインが、統計的な性質が同等な別の変数系列に対して有効であることについて説明する。すなわち事前に知り得る統計的性質だけで妥当な推定ができることについて説明する。上述したものと異なる乱数系列を9通り用意する一方、優対角行列と観測ゲインとは上述したものを用いる。この計算機シミュレーションの結果を以下に示す。
【0074】
図7は、観測ゲインを定めた際の時系列を含む10の時系列に対する推定誤差の平均値を観測地点数ごとに示したグラフである。同図において、横軸は評価したセルの数を示し、縦軸は正規化した標準偏差を示している。同図に示すように、各時系列に対応する10の曲線が互いに近くなっており、本実施形態における手法が妥当であることが分かる。
【0075】
図8は、時系列点数を1000から100に変更した計算機シミュレーションの結果を示すグラフである。同図において、横軸は評価したセルの数を示し、縦軸は正規化した標準偏差を示している。同図に示すように、時系列点数を減らすことで、曲線群のばらつきがやや大きくなっている。逆に考えれば、時系列点数を増やすことで推定対象の統計的性質の把握、そして観測ゲインの設定が適切にできることになる。すなわち、本手法の適用に際しては、日射強度やPV出力の相関係数などの統計的性質の適切な把握が重要な前提となる。一般にこれらの統計的性質は気象条件により変化すると考えられる。このため、何らかの気象条件により適切にパラメータ表現された形で統計的性質を把握することが、より精度の高い推定を行う際に必要となる。
【0076】
観測ゲインを設定する際の気象条件は、例えば、推定対象となる供給エリア周辺における季節又は月ごとの天候(晴れ、曇り、雨など)や気圧配置を用いるようにしてもよい。この場合、統計的に得られる気象条件ごとに観測ゲインを予め算出し、推定対象となる日の気象条件に類似する気象条件の観測ゲインを用いて、総発電電力の推定値を算出することになる。また、発電電力推定装置1においては、ゲイン乗算部112が各気象条件に対応する観測ゲインを予め記憶し、総発電電力を推定する際に入力される気象条件を示す情報に基づいて、記憶している観測ゲインからいずれかを選択するようにしてもよい。
【0077】
<観測ゲインについての補足>
観測ゲインの最適性について補足する。例えば、参考文献2(久保幹雄、田村明久、松井知己著、「応用数理計画ハンドブック」、朝倉書店、2005年)に記載されているように、式(8)から算出される観測ゲインが局所最適であるためには、Hessian行列の固有値が非負であることが必要である。上述の最適化問題においては、式(6−1)の行列AがHessian行列に相当する。ここでは、行列Aが対象なので、固有値は全て実数である。また、目的関数が二次形式で表されており、Hessian行列が一定なので、局所最適解が大域最適解となる。
【0078】
また、上述の目的関数は推定誤差の二乗和であるから負になることはない。仮に、負の固有値があった場合、対応する固有ベクトル方向に観測ゲインを変化させれば二次形式で表された目的関数は負になってしまい矛盾が生じる。この意味では負の固有値がなく、得られた解が最適解であることが期待される。
【0079】
以上のようにして、一つの推定値算出部11が備える各ゲイン乗算部112の観測ゲインを予め算出する。上述した観測ゲインの算出方法を、予め定められた周波数帯域ごとに行うことにより、各ゲイン乗算部112のゲインを算出する。すなわち、(観測地点の数)×(周波数帯域の数)の個数の観測ゲインを算出する。
【0080】
図9は、本実施形態における発電電力推定装置1が行う発電電力推定処理を示すフローチャートである。
発電電力推定装置1は、発電電力推定処理が開始されると、np個の各観測地点において観測された日射強度の時系列の情報である観測値(V
1、V
2、…、V
np)が入力される(ステップS101)。
各推定値算出部11において、帯域通過フィルタ部111は、自身に対応する観測値に含まれる所定の周波数帯域の成分(信号)を通過させて、ゲイン乗算部112に出力する(ステップS102)。
各ゲイン乗算部112は帯域通過フィルタ部111から入力される信号に観測ゲインを乗算し(ステップS103)、加算部113は各ゲイン乗算部112による乗算結果の総和を算出する(ステップS104)。
加算部12は、各推定値算出部11に備えられる加算部113が算出した総和を加算し(ステップS105)、PVによる総発電電力として加算結果を出力する(ステップS106)。
【0081】
本実施形態における発電電力推定装置1は、上述のように、観測値から得られる複数の周波数帯域の成分に基づいてPVによる発電電力の推定値を算出する。また、各ゲイン乗算部112において用いる観測ゲインは、周波数帯域ごとに予め算出する。観測ゲインを算出する際には、供給エリアを複数の領域(セル)に分ける。また、セル間の離隔距離に応じた算出された相関係数(r
i,j)、各セルにおけるPV分布係数(ρ
i)、PV交流変動量の標準偏差(σ
i)に基づいて、観測ゲイン(w)を算出する。
発電電力推定装置1は、全てのセル間の相関係数に基づいた観測ゲインを用いて総発電電力の推定値を算出するため、供給エリア全体におけるな「ならし効果」を反映した推定値の算出を行うことができる。また、非特許文献1に記載された手法は観測地点が代表する面積に応じてローパスフィルタの特性を決定しているために、供給エリアを分割した際の各領域の形状を考慮していない。これに対して、発電電力推定装置1では、相関係数を用いることにより、観測地点を含むセルと他のセルとの相対的な位置関係を反映した推定を行うことができるため、より精度の高い推定値を算出することができる。
【0082】
また、発電電力推定装置1において用いる観測ゲインを算出する際に、当該観測ゲインに対応する分散(式(5))を算出することができ、各周波数帯域における推定値がどの程度信頼できる値であるのかを把握することができる。これにより、信頼の度合いを高めた観測ゲインを用いることにより、更に精度の高い推定値を算出することができる。
発電電力推定装置1によるPVの総発電電力の推定値を用いることにより、電力系統を安定的に運転することが可能となる。
【0083】
なお、上述した発電電力推定装置1では、各推定値算出部11において観測値から周波数成分を抽出した後に観測ゲインを乗算する構成を説明したが、これに限ることなく、観測ゲインを乗算した後に周波数成分を抽出するようにしてもよい。
図10は、
図1に示した発電電力推定装置1の変形例である発電電力推定装置1Aの構成を示す概略ブロック図である。同図において、
図1の発電電力推定装置1に備えられた各機能部と同じ機能部には同じ符号を付している。同図に示すように、各推定値算出部11Aにおいて、観測ゲインの乗算及び加算を行った後に周波数成分の抽出を行うことにより、帯域通過フィルタ部111の個数を減らすことができる。これにより、総発電電力の推定値を算出する際に要する演算量を削減することができる。なお、各推定値算出部11Aに備えられる帯域通過フィルタ部111は、
図1の発電電力推定装置1と同様に、予め定められた周波数帯域の成分を通過させるフィルタであり、推定値算出部11Aごとに重複しない周波数帯域の成分を通過させる。
【0084】
また、上述した発電電力推定装置1及び発電電力推定装置1Aは、予め定められた複数の周波数帯域に対応する推定値算出部11又は推定値算出部11Aを備える構成を示したが、周波数帯域の数より少ない推定値算出部11又は推定値算出部11Aを備え、帯域通過フィルタ部111が通過させる周波数帯域を切り替えて、各周波数帯域に対応する推定値を算出させるようにしてもよい。
【0085】
また、発電電力推定装置1は、複数の気象条件に対応する観測ゲインを記憶する観測ゲイン記憶部を具備し、ユーザの操作等により入力される気象条件に対応する観測ゲインをゲイン乗算部112が観測ゲイン記憶部から読み出して、総発電電力の推定値を算出するようにしてもよい。これにより、様々な気象条件に対応した総発電電力の推定値を算出することができ、推定値の精度を向上させることができる。
【0086】
また、観測ゲインを算出した際に観測ゲインとして負の値が得られることがある。負の観測ゲインは、正の観測ゲインに対応する観測値を負の観測ゲインに対応する観測値により打ち消す状態を推定していることになる。このような状態において、観測値の欠落が生じたり、観測ゲインを算出した際の気象条件が異なったりする場合に、推定誤差が予想外に拡大することがある。そのため、観測ゲインを算出する際の制約条件に、観測ゲインw
i(i=1,2,…,np)が0以上(w
i≧0)という制約条件を加えるようにしてもよい。
【0087】
また、観測ゲインw
dを求める際に、標準偏差σ
Eと標準偏差σ
Tとを一致させることを条件にしたが、これに限ることなく、総発電電力の推定値に対して許容できる誤差の範囲内において、標準偏差σ
Eと標準偏差σ
Tとの差を小さくすることを条件にして、観測ゲインw
dを求めるようにしてもよい。
【0088】
なお、本発明における発電電力推定装置の機能を実現するためのプログラムをコンピュータ読み取り可能な記録媒体に記録して、この記録媒体に記録されたプログラムをコンピュータシステムに読み込ませ、実行することにより総発電電力の推定を行ってもよい。なお、ここでいう「コンピュータシステム」とは、OSや周辺機器等のハードウェアを含むものとする。また、「コンピュータシステム」は、ホームページ提供環境(あるいは表示環境)を備えたWWWシステムも含むものとする。また、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスク、光磁気ディスク、ROM、CD−ROM等の可搬媒体、コンピュータシステムに内蔵されるハードディスク等の記憶装置のことをいう。更に「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、インターネット等のネットワークや電話回線等の通信回線を介してプログラムが送信された場合のサーバやクライアントとなるコンピュータシステム内部の揮発性メモリ(RAM)のように、一定時間プログラムを保持しているものも含むものとする。
【0089】
また、上記プログラムは、このプログラムを記憶装置等に格納したコンピュータシステムから、伝送媒体を介して、あるいは、伝送媒体中の伝送波により他のコンピュータシステムに伝送されてもよい。ここで、プログラムを伝送する「伝送媒体」は、インターネット等のネットワーク(通信網)や電話回線等の通信回線(通信線)のように情報を伝送する機能を有する媒体のことをいう。また、上記プログラムは、前述した機能の一部を実現するためのものであってもよい。更に、前述した機能をコンピュータシステムに既に記録されているプログラムとの組み合わせで実現できるもの、いわゆる差分ファイル(差分プログラム)であっても良い。
【0090】
なお、本発明に記載の電力推定部は、実施形態における推定値算出部11、11Aに対応する。