【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、アルミニウム添加酸化亜鉛(AZO:Aluminium doped Zinc Oxide)膜にガラス形成酸化物であるSiO
2を含有させると屈折率が低くなることから、SiO
2を多く添加したスパッタリングターゲットを用いて、AZOの透明酸化物膜として、A1(又はGa)−Zn−Si−O四元系元素でなる膜をスパッタリングにより成膜するべく研究を行った。
【0011】
しかし、成膜された膜の低屈折率化を図るため、多量のSiO
2がスパッタリングターゲットに添加されると、SiO
2の結晶相がターゲット中に析出するという知見が得られた。そのターゲット中に、結晶相のSiO
2が存在すると、スパッタリング時におけるターゲットの割れや、異常放電・パーティクルの発生の要因になり、その結果として、装置の掃除等の必要性が高まるだけでなく、成膜された膜の透明性やバリア性にも影響を与えることが判明した。
【0012】
そこで、発明者らは、より多くのSiO
2がスパッタリングターゲットに添加された場合でも、SiO
2の結晶相がターゲット中に析出することなく、直流スパッタリングを可能とするスパッタリングターゲットを開発することとした。この研究により、特定の成分組成からなるスパッタリングターゲットを特定の粉末配合率で加圧焼結して作製することができ、直流スパッタリングを可能とし、かつ、このスパッタリングターゲットを用いて、直流スパッタリングで成膜すると、透明で低屈折率かつ高ガスバリア性能を有するA1(又はGa)−Zn−Si−O四元系元素でなる膜が得られることが判明した。
【0013】
そこで、本発明者らは、一試験例として、Al
2O
3粉末を2.2mol%、非晶質のSiO
2粉末を29mol%、ZnO粉末を残部として配合し混合して得られた混合粉末を真空中または不活性ガス中で加圧焼成(例えば、ホットプレス)することにより、透明酸化物膜形成用のスパッタリングターゲットを製造した。製造されたスパッタリングターゲットにおける組成成分について分析を行った。その分析結果が
図1に示されている。
【0014】
図1の写真は、製造されたスパッタリングターゲットについて、EPMA(フィールドエミッション型電子線プローブ)にて得られた元素分布像であり、図中の4枚の写真から、Zn、Si、A1、Oの各元素の組成分布の様子をそれぞれ観察することができる。
なお、EPMAによる元素分布像は、本来カラー像であるが、
図1の写真では、白黒像に変換して示しているため、その写真中において、白いほど、当該元素の濃度が高いことを表している。具体的には、Alに関する分布像では、Al元素が白く斑点状(比較的白い部分)に分布し、Znに関する分布像では、Zn元素が全体的に存在し、その中でも、その濃度が高いと観られる白い部分が分布し、Oに関する分布像では、O元素が全体的にある程度の濃度で存在していることが観察される。そして、Siに関する分布像では、O元素が、ある程度の濃度で存在しているが、Zn元素の濃度が高い部分においては、存在していないことが観察できる。これらのことから、ZnOと、SiとZnとの複合酸化物(Zn
2SiO
4)とが、別々に存在すると推定される。
【0015】
一方、
図2のグラフは、上述したように製造された透明酸化物膜形成用のスパッタリングターゲットのX線回折(XRD)による分析結果を示している。
図2の上段のグラフは、全体のピークを示しているが、その中段のグラフには、Zn
2SiO
4に係るピークが、そして、その下のグラフはZnAl
2O
4に係るピークが、その下のグラフは、ZnOに係るピークが示されている。
図1に示された分布画像と
図2のグラフに現れたピークとを併せて考慮すると、ZnOおよび、またはAZO(AlがドープされたZnO)と、ZnとSiとの複合酸化物とZnAl
2O
4とが別々に検出され、しかも、SiO
2の結晶相が存在していないことが分かる。なお、SiO
2が単独で存在し、かつ、結晶相析出しているのであれば、XRD回折の結果に、それに対応するピークが現れるはずであるが、
図2の回折結果のグラフには、そのピークが現れておらず、SiO
2の結晶相は検出されなかった。
【0016】
以上を総合すれば、製造したスパッタリングターゲットには、Al−Zn−Si−O四元系元素でなる焼成体の素地中において、Siは、少なくとも、ZnとSiとの複合酸化物として存在し、SiO
2の結晶相は存在していないことが確認された。従って、A1−Zn−Si−O四元系元素でなる透明酸化物を形成するためのスパッタリングターゲットを製造するとき、非晶質のSiO
2粉末を配合すれば、成膜される酸化膜の屈折率を低くするために、その配合量を増やしたとしても、焼成されたターゲット中において、SiO
2の結晶相が現れることがないため、スパッタリング時には、異常放電・パーティクルの発生を低減し、ターゲットの割れを防ぐことができ、良好なガスバリア性を有する透明酸化物膜を直流スパッタリングで成膜できるという知見が得られた。なお、AlがGaに置き換えられたGa−Zn−Si−O四元系元素でなる焼成体の場合も、同様であった。
【0017】
したがって、本発明は、上記知見から得られたものであり、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。
(1)本発明の透明酸化物膜形成用スパッタリングターゲットは、全金属成分量に対してAl及びGaのいずれか1種又は2種:0.6〜8.0at%と、Si:
28.4〜33at%とを含有し、残部がZnおよび不可避不純物からなる組成の酸化物であり、前記Siは、前記酸化物中において、ZnとSiとの複合酸化物として存在し、或いは、その一部が、ZnとSiとの複合酸化物、その残部が、非晶質酸化物として存在
し、さらに、前記Al又はGaは、前記酸化物中において、Al2O3又はGa2O3として存在し、或いは、その一部が、Al又はGaとZnと複合酸化物として存在していることを特徴としている。
【0018】
(2)また、本発明の透明酸化物膜形成用スパッタリングターゲットの製造方法では、Al
2O
3粉末及びGa
2O
3粉末のいずれか1種又は2種:0.4〜4.0mol%と、非晶質のSiO
2粉末:
29〜34mol%と、ZnO粉末:残部とを配合し混合して得られた混合粉末を真空中または不活性ガス中で加圧焼成することを特徴とし、さらに、前記SiO
2の粒径(D
90)を10μm以下とし、前記Al
2O
3又はGa
2O
3:の平均粒径を5μm以下とし、前記混合粉末を、温度1100〜1300℃、圧力100〜400kgf/cm
2にて2〜10時間、真空または不活性ガス中で加圧焼成することを特徴としている。
【0019】
この透明酸化物膜形成用スパッタリングターゲットを使用して成膜されたAl(又はGa)−Zn−Si−O四元系元素による透明酸化物膜は、SiO
2を多く含有するので、従来よりも可視光域で低い屈折率(n≦1.7)が得られ、また、膜が非晶質で形成され、高いガスバリア性(例えば、水蒸気バリア性)を有し、可視光域(波長380nm〜750nm)で95%以上の高い透過率が得られ、良好な透明性を有することが判明した。厚み50nm以上で水蒸気透過率が0.01g/(m
2・day)以下であり、電子ペーパーや太陽電池で採用される樹脂フィルム基材上に成膜されたガスバリア層として好適である。
【0020】
なお、上記Al及びGaのいずれか1種又は2種の含有量を0.6〜8.0at%とした理由は、0.6at%未満では、十分な導電性を得ることができず、異常放電を発生して、直流スパッタリングができなくなるからであり、8.0at%を超えると、Al又はGaとZnとの複合酸化物であるZnAl
2O
4、ZnGa
2O
4が発生しやすくなり、これに起因して、異常放電が発生して直流スパッタリングができなくなるからである。なお、異常放電の発生を抑制するためには、ZnAl
2O
4、ZnGa
2O
4の(311)回折ピークはZn
2SiO
4の(410)回折ピークの1/50以下が望ましい。
【0021】
さらに、Al及びGaのいずれか1種又は2種の含有量を0.6〜8.0at%にすると、酸化物組成中において、相対的に、Siの含有量を高く維持できるため、より低い屈折率を得ることができ、しかも、より高いガスバリア性が得られることになる。
【0022】
また、本発明の透明酸化物膜形成用スパッタリングターゲットにおいて、Siの含有量を
28.4〜33at%とした理由は、
28.4at%未満では、低屈折率(n≦1.7)の透明酸化物膜を得られないからであり、33at%を超えると、導電性が低下して、直流スパッタリング不能になり、好ましくないからである。
【0023】
XRDにおいて、スパッタリングターゲットに結晶相のSiO
2が存在しないと考えられる場合においても、EPMA等では非晶質のSiO
2の存在が観察される場合がある。この場合、異常放電・パーティクルを少なく抑えるためには、スパッタリングターゲット組織中のEPMA等で観察される非晶質SiO
2の粒子径を5μm以下とすることが好ましく、より一層の抑制効果を得るためには、0.5μm以下とすることが好ましい。なお、本発明においてはSiO
2の最も強度の強いピークがZn
2SiO
4の(410)回折ピークの1/100以下であれば結晶相のSiO
2が存在しないとみなした。また、XRDにおいて結晶相のSiO
2が存在しないと考えられ、且つZn,Al,Ga,Si、OのEPMAの元素分布像においてSiのみの酸化物が存在することが観察された場合、スパッタリングターゲットの組織中に非晶質のSiO
2が存在しているとみなした。
【0024】
また、本発明の透明酸化物膜形成用スパッタリングターゲットの製造方法では、Al
2O
3粉末及びGa
2O
3粉末のいずれか1種又は2種:0.4〜4.0mol%と、非晶質のSiO
2粉末:
29〜34mol%と、ZnO粉末:残部とを配合し混合して得られた混合粉末を加圧焼成してターゲット用の焼成体が得られる。
【0025】
この製造方法で製造したスパッタリングターゲットの焼成体素地中では、焼成体に含まれているSiは、少なくとも、ZnとSiとの複合酸化物として存在し、非晶質のSiO
2の微細な粒子として存在することもあるが、その素地中には、SiO
2の結晶相は存在しない。スパッタリングターゲットの製造時に、SiO
2粉末を多く配合しても、結晶相が存在しないので、直流スパッタリングの際に異常放電・パーティクルが少ないターゲットが得られ、非晶質のSiO
2粉末を多く配合できることになり、成膜された透明酸化物膜における屈折率をより一層低くできる。本発明の透明酸化物膜形成用スパッタリングターゲットでは、少なくとも、ZnとSiとの複合酸化物の形成に加えて、Al
2O
3粉末又はGa
2O
3粉末が0.4〜4.0mol%添加されているので、ターゲットの低抵抗化を図ると同時に異常放電・パーティクルを少なくすることができる。
【0026】
また、本発明の透明酸化物膜形成用スパッタリングターゲットの製造方法においては、Al
2O
3粉末又はGa
2O
3粉末:0.4〜4.0mol%と、SiO
2粉末:
29〜34mol%と、ZnO粉末:残部とを配合し混合して得られた混合粉末を、温度1100〜1300℃、圧力100〜400kgf/cm
2にて、2〜10時間、真空または不活性ガス中で加圧焼成することにより、焼成体素地中に、Zn及びSiの複合酸化物を分散形成するようにした。
【0027】
さらに、本発明の透明酸化物膜形成用スパッタリングターゲットの製造方法においては、配合されるSiO
2粉末の粒径を10μm以下とすることが好ましく、さらには、5μm以下とすることが一層好ましい。これにより、加圧焼成時に、SiO
2とZnOが反応し、複合酸化物を形成されるようにしている。SiO
2粉末の粒径が、10μmを超えると、スパッタリングターゲットの組織中に5μmを超える大きさのSiO
2が残留する恐れがあり、スパッタリングターゲットに対する電流密度を非常に小さくしなければ、異常放電が発生してしまうため、生産性が悪くなるので、SiO
2粉末の粒径を10μm以下とした。
【0028】
また、配合されるAl
2O
3粉末又はGa
2O
3粉末についても、その平均粒径を5μm以下とすることが好ましい。これは、加圧焼成時に、AlやGaがZnOに固溶され易くなり、スパッタリングターゲットの低抵抗化を促進するためである。
【0029】
以上の様に、本発明の透明酸化物膜形成用スパッタリングターゲットは、直流スパッタリングによる低屈折率の透明酸化物膜の成膜に使用でき、光ディスクに好適な光透過保護膜、液晶表示素子やエレクトロルミネッセンス表示素子、電気泳動方式表示素子、トナー表示素子などの電子ペーパーや太陽電池などに用いられるガスバリア層などの成膜に使用するのに好適である。