【文献】
実験医学,2008年,Vol. 26, No. 17,pp.2822-2829
【文献】
Mol. Cell. Biol.,1999年,Vol. 19, No. 5,pp.3664-3673
【文献】
Nat. Struct. Mol. Biol.,2005年,Vol. 12, No. 12,pp.1045-1053
【文献】
NATURE REVIEWS DRUG DISCOVERY,2004年,Vol. 3,pp.58-69
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明のプローブ試薬は蛋白質で作られており、構造として、N末側から蛍光蛋白質I,蛋白質の分解を停止させるペプチド,この分解停止ペプチドと次の蛍光蛋白質IIの間に距離を設けるスペーサーペプチド,蛍光蛋白質II,分解を受ける蛋白質の5つの要素が連結された形態をとる。蛋白質の分解活性が高まったとき、このプローブ試薬はC末側から分解を受けるが、その分解は分解停止ペプチドで停止する。この結果、蛍光蛋白質Iは残り、蛍光蛋白質IIは分解されて消失するため、これらの蛍光強度の変化をモニタすることで蛋白質の分解活性を測定することができる。
【0030】
本発明のプローブ試薬は、ユビキチン-プロテアソーム系による蛋白質分解活性を生きている細胞内で測定するために使用できるという特徴をもつ。
【0031】
プロテアソームは、細胞がもつ蛋白質分解装置である。樽型の構造をしており、その内腔部にプロテアーゼの活性部位をもつ。プロテアソームで分解を受ける蛋白質はユビキチンリガーゼなどの働きによりポリユビキチン化の修飾を受ける。プロテアソームはこの目印が付加された蛋白質を認識し、その立体構造をほどきながら内腔部に取り込み、数アミノ酸のペプチドにまでに破壊する。
【0032】
しかし、プロテアソームに認識されたすべての蛋白質がこのように完全に破壊されるわけではない。蛋白質の中には分解が限定された一部にとどまり、分子全体の分解からは免れるものがあることが知られている。例えば、転写因子、NFκBの構成要素の1つであるp105という蛋白質は、静止時には細胞質に分布し、転写因子としての活性が抑えられている。しかし、活性化のシグナルを受けたときにはユビキチン化を受け、プロテアソームでC末側からおよそ半分までの構造は破壊されるが、残りは分解されずにp50とよばれる蛋白質として放出される。そしてこのp50が核に移行して遺伝子の転写活性を促す。すなわち、NFκBはその転写活性のON/OFFの制御にプロテアソームの分解活性を利用しているといえる。
【0033】
Tianら(Nat. Struct. Mol. Biol., Vol.12, p.1045-1053, 2005)は、このプロテアソームでの蛋白質の分解を途中で停止させるための構造として、同じアミノ酸が連続して並ぶsimple sequenceとよばれる配列と、その分解が進む方向の後方に、強固な立体構造であるtightly folded domainが配置されることが必要であることを報告している。p105の場合、グリシンが高頻度に現れるGlycine-rich region(GRR)とよばれる部分がsimple sequenceに、Rel homology domainがtightly folded domainに相当する(Tian,L. et al., 上掲)。
【0034】
本発明のプローブ試薬は、このように蛋白質の分解を途中で停止させる、プロテアソームでの限定的な分解反応を利用している。βバレル構造をとる蛍光蛋白質をtightly folded domainと想定し、これにsimple sequence配列をもつペプチドを組み合わせることで、プロテアソームでの分解を途中で停止させるプローブ試薬を作製した。このプローブ試薬は、励起または蛍光波長、あるいはその両方が異なる2種類の蛍光蛋白質、分解を停止させるペプチド、分解停止ペプチドと次に続く蛍光蛋白質との間に距離をおくスペーサーペプチド、プロテアソームで分解を受ける蛋白質(「デグロン蛋白質」と称する)の5つの領域から構成される。プローブ試薬は、これら5つの領域が1本のアミノ酸鎖として連結された構造となっている。各領域が、N末側から蛍光蛋白質I,分解停止ペプチド,スペーサーペプチド,蛍光蛋白質II,デグロン蛋白質の順序で配置されている(
図1)。例えば、プローブ試薬の蛍光蛋白質I,IIとしてそれぞれ蛍光波長が異なるものを使用した場合、この試薬はデグロン蛋白質が分解を受けていないときには、その全長が維持されているため2波長の蛍光を発することができる。一方、デグロン蛋白質が分解を受けたときは、そのN末側に連結された蛍光蛋白質IIもつづけて分解されて消失する。しかし、この分解はさらにそのN末側にある分解停止ペプチドにより止められるため、蛍光蛋白質Iは分解を受けずに残り、この蛍光のみが観察されるようになる。したがって、この2波長の蛍光強度の変化を測定することでデグロン蛋白質の分解活性を測定することができる。
【0035】
蛍光蛋白質としてはオワンクラゲから得られたGreen fluorescent protein(GFP)やその変異体、その他サンゴなど種々の生物種から得られたものやその変異体、例えば、非限定的にGFP, EGFP, CFP, YFP, ECFP, YPet, CyPet, Venus, mCherry, Cerulean, mKeima, T-Sapphire, Midoriishi-Cyan, Kusabira-Orangeなどの公知の蛍光蛋白質、が使用できる(Current Protocols in Cell Biology, 2006; 21.5.1-21.5.33 (John Willy & Sons), J. Endocriol. 2001; 170:297-306, Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 2009; 19:3748-3751)。デグロン蛋白質の分解活性を2波長の蛍光強度の変化から測定できるように、蛍光蛋白質IとIIとしては、それぞれ励起または蛍光波長、あるいはその両方が大きく異なるものを使用する。
【0036】
このプローブ試薬の構造の中で、蛍光蛋白質IとIIは蛍光エネルギー移動(FRET)が起こるほどに近接した位置に配置される。しかし、デグロン蛋白質の分解にともない蛍光蛋白質IIが消失するとFRETが解消されることから、蛍光蛋白質としてFRETでのドナーとアクセプタとなりうるペアを使用することでFRET量の変化からも蛋白質の分解活性を測定することができる。FRET量が変化するときにはドナーを励起したときのドナーとアクセプタそれぞれの蛍光強度に変化を与える。そこで、例えば蛍光蛋白質Iをドナー、IIをアクセプタとすると、FRET量の変化は蛍光蛋白質Iを励起したときの蛍光蛋白質IとIIの蛍光強度の比の変化として測定することができる。またFRETが起きている場合には、起きていないときと比べてドナーの蛍光寿命が短くなることが知られている。そこで、蛍光蛋白質Iにドナーとなる蛍光蛋白質を使用することで、その蛍光寿命の変化からもデグロン蛋白質の分解活性を測定することができる。ドナーとアクセプタとなる蛍光蛋白質のペアの例としては、Cyan fluorescent protein (CFP)とYellow fluorescent protein (YFP)、Midoriishi-CyanとKusabira-Orangeなどがある。
【0037】
プローブ試薬の分解を停止させるためのペプチドについては、プロテアソームで限定的な分解を受ける蛋白質、p105の分解を停止させると思われる領域からその配列を探索した(以下、human p105のアミノ酸の番号はAccession number NM_003998, human NFKB1 transcript variant 1に準じて記載するが、この他にNM_001165412 (human NFKB1 transcript variant 2), NM_008689及びNM_001159394 (いずれもmouse homologs)などが知られている。)。ヒトのp105蛋白質は969個のアミノ酸から構成される。前に述べたようにこの蛋白質は活性化を受けると、プロテアソームでC末側の約半分の領域は分解されるが、N末端から435個までのアミノ酸は分解を免れ、p50とよばれる蛋白質として放出される。この分解が停止するポイントはprocessing pointとよばれる。Simple sequenceに相当するGRR(Glycine Rich Region)はN末側から376-404番目のアミノ酸の領域であり、この中に19個のグリシンが集中して存在する(Orian,A. et al., Mol. Cell. Biol., Vol.19, p.3664-3673, 1999)。そこでこのGRRおよびその周辺の配列が蛍光蛋白質の手前でも分解停止ペプチドとして機能するか調べたところ、GRRのみでは分解が停止せずに、分解の停止にはさらにそのC末側の配列を含むことが必要であることがわかった。またGRRのC末側に続くアミノ酸配列は必ずしもp105由来のものでなくてもよいことがわかった。この結果からこのプローブ試薬がプロテアソームでの分解から免れるためには、GRRのC末側、蛍光蛋白質IIまでの間に距離をおくためのペプチド配列が必要であることが示された。ここでは、GRRの部分を分解停止ペプチド、そのC末側に続く配列をスペーサーペプチドと呼ぶことにした。またGRRのN末側、蛍光蛋白質Iとの間は10個又はそれ以上のアミノ酸が挿入されると、分解が停止されないことがわかった。
【0038】
このような分解停止能をもつペプチドは、p105のようにプロテアソームでの限定的な分解を受ける他の蛋白質であってもよい。このような蛋白質としては、以下に限定されないが、例えばp100(転写因子、NFκBの構成要素),Cubitus interruptus(ショウジョウバエの転写因子; 例えばNM_079878, NM_001081125(mouse homolog), NM_005270(human homolog)),EBNA-1(Epstein-Barrウイルスの蛋白質),Spt23(酵母の転写因子; 例えばNC_001143, NM_001179586, NC_006029, EU861367),Mga2(酵母の転写因子; 例えばNM_001179555, NC_001141, NC_006029, CP000499)などが挙げられる(Rape,M. and Jentsch,S., Nat. Cell Biol., Vol.4, E113-E116, 2002)((注)明細書中に記載のaccession numberはいずれもGenBank accession numberである。)。さらに、これらに由来するGRR様ペプチドも分解停止ペプチドとして使用できる。このような分解停止ペプチドは、次の特徴(a)〜(d)を有することができる。
【0039】
(a) 分解停止ペプチドは、グリシン,アラニン,セリン,アスパラギン酸,アスパラギンなど側鎖に0〜3個の炭素原子をもつアミノ酸を、70%以上の構成比率で含むペプチドからなる。
【0040】
(b) 分解停止ペプチドは、蛍光蛋白質Iとスペーサーの間に複数個配列させてもよい。
【0041】
(c) スペーサーペプチドは、分解停止ペプチドと蛍光蛋白質IIの間に距離をおくためのペプチドで1個以上のアミノ酸を含み、例えば、1〜200アミノ酸、好ましくは、2〜100アミノ酸、より好ましくは5〜50アミノ酸よりなる。
【0042】
(d) 蛍光蛋白質Iと分解停止ペプチドの間のアミノ酸は10個未満であり、0個でもよい。
【0043】
デグロン蛋白質は、測定の対象となる、ユビキチン-プロテアソーム系で分解される蛋白質である。プロテアソームで分解される蛋白質は数多く知られており、本発明のプローブ試薬はこの領域を置き換えることで、これらの蛋白質の分解活性の測定に汎用的に使用できる。ユビキチン-プロテアソーム系で分解される蛋白質としては、以下に限定されないが、例えばCyclin (A, B, D, E),p53,Aβ,p27,p21,p16,p15,p18,p19,p62, IκB,NF-κβ,c-fos/c-jun,c-myc,βcatenin,E2F-1,p130,cdc25,Tyrosine amino transferase,Polo-like kinase,Topoisomerase 1,Smad,Notch,Nrf2,HIF-1α, Gemininなどの公知の蛋白質が挙げられる (Adams,J. et al., Invest. New Drugs, 18, 109-121, 2000; Nakano, T et al., Acta Neuropathol. (Berl), 107:359-364, 2004)。デグロン蛋白質として、その全長の構造を使用してもいいが、その分子の中でユビキチン化を受ける部分や、そのユビキチン化の誘導に必要なリン酸化などの修飾を受ける部分など、その蛋白質の分解に必須とされる部分のみを用いてもよい。細胞にとってプローブ試薬は外来の分子となる。そのため、細胞内へのプローブ試薬の導入により細胞の活性に不要な撹乱が生じるのを避けるため、デグロン蛋白質としては分解に必要な構造のみを含み、その他の活性領域は省かれているほうがよい。
【0044】
前述のとおりユビキチン−プロテアソーム系の異常は種々の疾病と関連している。そのような疾病には、例えば神経変性疾患、癌(もしくは、腫瘍)、虚血性疾患(例えば梗塞)、炎症性疾患、アレルギー性疾患などが知られている。そのような異常に関連する疾病のうち、例えばアルツハイマー病、パーキンソン病などの神経変性疾患は、デグロン蛋白質がプロテアソームにより分解されにくいために起こる(特開2009-149524、特開2008-222603など)ので、プロテアソームを活性化する薬剤が治療剤となりうるし、一方、癌は、デグロン蛋白質がプロテアソームによって分解されて起こる(特開2007-254320など)ので、プロテアソーム阻害剤が治療剤となりうる。
【0045】
本発明のプローブ試薬は、細胞がもつユビキチン-プロテアソーム系による蛋白質の分解反応を測定するために使用することができるが、この分解系は真核細胞に普遍的に存在するものであるため、あらゆる種類の細胞を測定対象とすることができる。このような細胞には、ユビキチン−プロテアソーム系の異常に関連する細胞、例えば神経細胞、腫瘍細胞、リンパ球、皮膚細胞、関節滑膜細胞なども含まれる。
【0046】
また、本発明のプローブ試薬は蛋白質のみで構成されるため、そのアミノ酸配列をコードする核酸(例えば遺伝子、DNAまたはメッセンジャーRNA)を細胞に導入することで、プローブ試薬を細胞に発現させて測定に用いることができる。プロテアソームは核と細胞質に分布することが知られているが、核のみに局在させて発現させるシグナル配列(核局在化シグナル)、あるいは細胞質のみに局在させて発現させるシグナル配列(核外搬出シグナル)をプローブ試薬に付加して発現させることで、これらの部位でのデグロン蛋白質の分解活性を選択的に測定することができる。核局在化シグナルおよび核外搬出シグナルは文献等で公知のものを使用できる。細胞へのDNAやRNAの導入は、リポフェクション法,エレクトロポーレーション法,マイクロインジェクション法など一般的に行われる手法が利用可能である。
【0047】
本発明のプローブ試薬をコードする核酸は、例えば、プローブ試薬を構成する蛋白質やペプチドの各々をコードするDNAを公知のクローニング法、PCR法などで取得し、順番に連結したのちPCR法で増幅することによって作製することができる。クローニングに際しては、該核酸を適当なベクターに発現可能に挿入し、大腸菌、菌類、植物細胞、動物細胞などの細胞にクローニングすることができる。ベクターは、例えばプラスミド、ファージ、コスミド、ウイルスなどである。目的に応じた種々のベクターやクローニングシステムが、タカラバイオ、インビトロジェン、アプライド・バイオシステムズなどから市販されているので、それらを使用すると便利である。核酸の発現のために、プロモーター、エンハンサー、複製開始点、リボソーム結合サイト、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの調節配列を連結した発現カセットを形成しベクターのマルチクローニングサイトに挿入することができる。遺伝子組換え技術、形質転換法、トランスフェクション法、PCR法などの技術は、例えばSambrookら, Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Cold Spring Harbor Laboratory Press, second ed. (1989)、Ausubelら, Short Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons (2002)などに記載されており、本発明のために使用することができる。
【0048】
また上記のようにプローブ試薬を一過性に細胞に発現させる手法に加え、その核酸を保持し、プローブ試薬を安定して発現させる細胞(すなわち、形質転換細胞)を作製して測定に用いてもよい。さらに、この核酸を導入したトランスジェニック非ヒト生物(例えば非ヒト動物)を作製することで、個体レベルでの蛋白質の分解活性の測定を行うことができる。その際に、核酸を適当なプロモーターの下流に連結することで、非ヒト動物の目的とする臓器や組織に選択的に発現させて測定に用いることも可能である。
【0049】
非ヒト動物の作製は、公知の手法に従って、例えば、動物由来の胚性幹(ES)細胞または人工多能性幹(iPS)細胞のゲノムに前記核酸を発現可能に導入したのち、該ESまたはiPS細胞を胚盤胞に導入した胚を仮親の子宮に移植し出産させてキメラ非ヒト動物さらに子孫動物を得ることによって行われる。
【0050】
このプローブ試薬の蛍光の測定法としては、蛍光蛋白質IとIIで互いの励起波長が大きく異なり、蛍光波長がほぼ等しい場合は、励起波長を切り替えて測定する2波長励起-1波長蛍光測光を行う。このような蛍光蛋白質の例としてはT-Sapphire(励起ピーク399nm,蛍光ピーク511nm)とEGFP(励起ピーク488nm,蛍光ピーク507nm)がある。また励起波長がほぼ等しく、蛍光波長が大きく異なる場合には、蛍光波長を切り替えて測定する1波長励起-2波長蛍光測光を行う。このような蛍光蛋白質の例としてはCerulean(励起ピーク433nm,蛍光ピーク475nm)とmKeima(励起ピーク440nm,蛍光ピーク620nm)がある。FRETを利用した測定の場合もこの1波長励起-2波長蛍光測光法となる。また、励起、蛍光波長とも大きく異なる場合には、これらをともに切り替えて測定を行う2波長励起-2波長蛍光測光を行う。このような蛍光蛋白質の例としては、Venus(励起ピーク515nm,蛍光ピーク528nm)とmCherry(励起ピーク587nm,蛍光ピーク610nm)がある。
【0051】
このようにいずれも2つの波長での蛍光測定が行えるため、これらの蛍光強度の比をもとめるレシオ法による測定が可能となる。レシオ法を行うことで、細胞内でのプローブ試薬の分布の違い、励起光の照明のむら、蛍光の退色などといった蛋白質の分解に依存しない蛍光強度の変化をキャンセルさせることができるため、より定量的な計測が可能となる。
【0052】
本発明のプローブ試薬を用いて単一細胞レベルでの測定を行うためには、蛍光顕微鏡に冷却CCDカメラなどの検出器を接続した顕微鏡用イメージングシステムが使用できる。測定方式に応じて、励起波長を切り替えるときには、光源の後にフィルタ切替装置やモノクロメータなどを接続する。2波長の蛍光をモニタするためには、検出器の前にフィルタ切替装置やイメージング用の2波長分光装置を接続する。また2波長の蛍光のモニタには、蛍光顕微鏡のフィルタとダイクロイックミラーに、使用する2つの蛍光蛋白質の波長特性に合ったデュアルバンドのものを使用し、これにカラーカメラを組み合わせて使用してもよい。この場合、デグロン蛋白質の分解活性が色の変化として画像化されるためその検出が容易になる。その他、顕微鏡用のイメージング装置としては、レーザー走査型共焦点顕微鏡や多光子励起顕微鏡なども使用できる。単一細胞レベルの解像度は必要とせず、多くの細胞からのデータを得たい場合は、蛍光分光光度計やプレートリーダー、フローサイトメトリなどでも測定が可能である。個体レベルでの測定を行うためには、暗箱を用いたマクロ用のイメージング装置が使用できる。
【0053】
本発明のプローブ試薬の応用面について、該試薬は、例えば次のように医療分野で使用できる。
【0054】
ユビキチン-プロテアソーム系で分解される蛋白質は数多く、それだけ多様な生命活動に関わっているといえる。この系の異常は多くの疾病の原因となる。ユビキチン-プロテアソーム系の異常が関与するとされる疾病としては、成人T細胞白血病,クローン病,各臓器の癌,関節リウマチ,色素性乾皮症,ファンコニ貧血,コケイン症候群,アルツハイマー病,パーキンソン病,筋萎縮性側索硬化症,ハンチントン舞踏病などが知られている。本発明のプローブ試薬では、デグロン蛋白質の部分を置き換えることで、これらの蛋白質に対して汎用的に使用できる。また、本発明のプローブ試薬は、疾病の原因あるいは疾病に関連する蛋白質をデグロン蛋白質とし、その分解活性を細胞や動物個体で測定することで、これらの疾病に対する治療法や治療薬剤の開発に貢献するものと期待される。
【0055】
したがって、本発明はさらに、前記のプローブ試薬、前記のベクター、あるいは前記の形質転換細胞を用いて、プロテアソーム活性を制御する候補物質の存在下で細胞におけるユビキチン-プロテアソーム系での該プローブ試薬蛋白質の分解活性を測定することを含む、ユビキチン−プロテアソーム系の異常に関連する疾病の治療剤をスクリーニングする方法を提供する。
【0056】
ユビキチン−プロテアソーム系の異常に関連する疾病は、前記例示のような神経変性疾患、癌(もしくは、腫瘍)、虚血性疾患(例えば梗塞)、炎症性疾患、アレルギー性疾患などであり、このような異常は、プロテアソーム活性の制御異常に伴うものであり、例えば神経変性疾患ではプロテアソームの活性化剤が治療剤となりうるし、一方、癌や虚血性疾患(梗塞など)ではプロテアソームの阻害剤が治療剤となりうる(特表2002-541206,特表2001-511814,特表2008-525427など)。
【0057】
試験系において、本発明のプローブ試薬またはベクターと、細胞または形質転換細胞、特にユビキチン−プロテアソーム系の異常に関連する細胞と、候補物質とを接触させることによって、該細胞に含まれるユビキチン−プロテアソーム系によるプローブ蛋白質の分解活性を制御(すなわち、亢進または抑制(阻害))する物質を選択する。
【0058】
この系では、プローブ試薬蛋白質の分解活性は、例えば、蛍光蛋白質Iと蛍光蛋白質IIの蛍光強度の比の変化として測定することができる。
【0059】
本発明はさらに、前記のプローブ試薬またはベクターと、疾病患者からの細胞または細胞抽出液とを接触させて該プローブ試薬蛋白質の分解活性を測定することを含む、ユビキチン−プロテアソーム系の異常と疾病との関連を調べる方法を提供する。
【0060】
このとき、対照として正常細胞または該細胞の細胞抽出液を使用する。本発明のプローブ試薬またはベクターを使用し対照の結果と対比することによって、ユビキチン−プロテアソーム系の異常と疾病とを関連づけることができる。このような疾病は、前記例示の疾病から選択することができる。
【0061】
前記方法では、プローブ試薬のデグロン蛋白質が疾病に関連する蛋白質、例えばCyclin (A, B, D, E),p53,Aβ,p27,p21,p16,p15,p18,p19,p62, IκB,NF-κβ,c-fos/c-jun,c-myc,βcatenin,E2F-1,p130,cdc25,Tyrosine amino transferase,Polo-like kinase,Topoisomerase 1,Smad,Notch,Nrf2,HIF-1α, Gemininなどの公知の蛋白質である。
【実施例】
【0062】
以下の実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されないものとする。
【0063】
[実施例1]
<分解停止させるペプチドの探索>
目的のプローブ試薬の開発のために、p105から分解停止させる能力をもつペプチド配列を探索した。実験用のプローブ試薬として、蛍光蛋白質IにCyPet,蛍光蛋白質IIにYPet,デグロン蛋白質としてGeminin を使用したプローブ試薬を作製した(
図2)。CyPetはCFPから派生した蛍光蛋白質で、励起波長ピークは435nm、蛍光波長ピークは477nmである。YPetはYFPから派生した蛍光蛋白質で、励起波長ピークは517nm、蛍光波長ピークは530nmである。このペアはCyPetをドナー、YPetをアクセプタとして効率よくFRETを起こすことが知られている。Gemininは細胞周期の進行を制御する因子の1つで、DNA複製のライセンス化を阻害する機能をもつ蛋白質である(Cell 1998; 93(11):1043-1053, Am. J. Pathol. 2002; 161(1):267-273)。その存在量は細胞周期の間で厳密に制御されており、S/G
2/M期に発現量が増加し、G
1期にはユビキチン-プロテアソーム系による分解が促進されることで消失する。この実験ではGemininの構造(例えばNM_015895 (human, 配列番号18及び19), NM_020567 (mouse))のうち、この分子の分解に必要な部分が含まれるN末端側の1-110番目のアミノ酸からなる部分を使用した(Geminin (1/110))。
【0064】
上記分子のcDNAをそれぞれPCRで増幅し、クローニングベクター、pBluescript II SK(+) (Stratagene)のマルチクローニングサイトの各制限酵素サイトに挿入することで連結し、プローブ試薬の遺伝子DNAを作製した。分解を停止させるためのペプチドの配列は、ヒト由来のp105(配列番号16及び17)の366-440番目のアミノ酸の領域から探索した。この領域にはGRRおよびprocessing pointが含まれる。
【0065】
図3にその模式図を示す(p105(m/n)とは、p105のN末端からmからn番目までのアミノ酸からなるペプチドであることを示す)。さらに、作製したプローブ試薬の遺伝子DNAをpBlueScriptベクターから制限酵素を使って切り出し、これを発現ベクター、CSII-EF-MCSのマルチクローニングサイトに挿入することで培養細胞に発現させるためのベクターを作製した。
【0066】
HeLa細胞を、10%ウシ胎児血清を含むダルベッコ改変イーグル培地で35mmφガラスボトムディッシュに培養した。作製したベクタープラスミドをトランスフェクション試薬、FuGENE(ロシュ・アプライド・サイエンス)と混合して培地に添加した。HeLa細胞をそのまま2日間CO
2インキュベータ内で培養し、プローブ試薬を発現させるとともに、細胞周期を経験させた。
【0067】
蛍光顕微鏡で細胞を観察したところ、多くの細胞で核に明るい蛍光が観察された。これはGemininが核内で機能する蛋白質であり、分子内に核局在化シグナルを持つためプローブ試薬が核に選択的に取り込まれたことによる。Gemininは細胞周期に合わせ、ユビキチン-プロテアソーム系による分解の促進、抑制によりその量を周期的に変化させる。仮にGeminin の分解にともなうプローブ試薬の分解が、分解停止ペプチドによって止められるとすると、CyPetは分解から免れるため、細胞周期を経るたびに細胞内にCyPetが蓄積し、FRETの指標となる値であるCyPetを励起したときのYPet/CyPetの蛍光強度比が低下する。またGemininが分解されたプローブ試薬は核局在化シグナルを失うため、残ったCyPetは細胞質にも分布するようになる。これらの点に注目して細胞の蛍光イメージングを行い、分解停止能をもつペプチドをスクリーニングした。
【0068】
細胞の観察には倒立型顕微鏡(IX70,オリンパス)を使用し、3板式の冷却CCDカラーカメラ(ORCA3CCD,浜松ホトニクス)で蛍光画像を取得した。このカメラでは赤,緑,青の3つの波長領域の画像を同時に取得し、これらを合わせて表示することでカラーの像を観察することができる。また、各波長領域の画像の輝度を個別に計測することができる。440nmのバンドパスフィルタで励起し、460nmのロングパスフィルタで細胞の蛍光像を取得した。この設定ではCyPetを励起したときのCyPetとYPetの蛍光像を同時に観察できる。CyPetの蛍光はそのスペクトルの特性からおもに青と、一部が緑の領域に入る。またYPetの蛍光はそのほとんどが緑の領域に入るため、青の波長域の画像の輝度をCyPet、緑の波長域の画像の輝度をYPetの蛍光強度として両者の比をもとめることでFRETの測定を行った。また490 nmのバンドパスフィルタで励起し、510-560nmのバンドパスフィルタで蛍光を取得した。この設定ではYPetを直接励起したときの蛍光が緑の波長領域で観察できることから、YPetの存在および局在の確認を行った。画像の輝度の解析は画像解析装置AQUACOSMOS(浜松ホトニクス)で行った。
【0069】
図4に分解を停止させるためのペプチドとしてp105 (376/440)とp105 (405/440)を使用したプローブ試薬を発現させた細胞の観察例を示す。p105 (405/440)のプローブ試薬では観察されたすべての細胞で蛍光が核のみに分布していた。またCyPetを励起したときに青波長領域で微弱な蛍光のみが観察されたのに対し、緑波長領域では強い蛍光が観察されCyPetからYPetへの強いFRETが起きていることが示された。CyPetを励起したときのYPet/CyPetの蛍光強度の比は7.64±1.03(平均±標準偏差)であった。一方、p105 (376/440)のプローブ試薬では、CyPetを励起したときに青波長領域でも比較的強い蛍光が観察される細胞がみられた。このような細胞の蛍光強度比は1.87±0.17で、p105 (405/440)のプローブ試薬のものと比べ有意に低い値であり、FRETの解消が起きていることが示唆された(
図5)。またp105 (376/440)のプローブ試薬では、CyPetによる励起での蛍光が細胞質でも観察された。YPetの直接励起では核のみに蛍光が観察されたことから、細胞質でみられる蛍光はCyPetに由来するものと思われた。これらの結果から、p105 (376/440)の配列はデグロン蛋白質の分解にともなうプローブ試薬の分解を停止できると判断した。
【0070】
p105 (376/440)と同様の結果は、分解を停止させるためのペプチドとしてp105 (382/440),p105 (392/440),p105 (376/434),p105 (376/420),p105 (376/409)を使用したプローブ試薬でも確認されたことから、GRRの全体またはその一部の配列とそのC末側の配列を含むペプチドに、蛍光蛋白質の手前で蛋白質の分解を効率よく停止させる能力をもつものがあることがわかった。またGRRのC末側のアミノ酸をCyPetのC末端付近の30個のアミノ酸の配列に置き換えたペプチド、p105 (376/404)+30 a.a.でも同様の結果が得られたことから、GRRに付加されるアミノ酸鎖はp105由来のものでなくてもよいことがわかった。なお、30 a.a.は配列番号15に示した。これらの結果から、プローブ試薬の分解停止には、GRRとそのC末側、蛍光蛋白質IIとの間を隔てるスペーサーとしてのペプチド配列が必要であることがわかった。またGRRのN末側、蛍光蛋白質Iとの間は、p105 (366/440)の結果から、10個のアミノ酸が挿入されると分解が停止されないことがわかった。
【0071】
以下に、この実験で抽出されたプローブ試薬の分解を停止させる能力をもつ分解停止ペプチド+スペーサーペプチドのアミノ酸配列、およびDNAの塩基配列を示す。
【0072】
p105 (376/440)
ヒトp105の376-440番目のアミノ酸配列(配列番号1)
分解停止ペプチド:376-404番目(下線部),スペーサーペプチド:405-440番目
GGGSGAGAGGGGMFGSGGGGGGTGSTGPGYSFPHYGFPTYGGITFHPGTTKSNAGMKHGTMDTES
塩基配列(配列番号2)
GGCGGTGGTAGTGGTGCCGGAGCTGGAGGCGGAGGCATGTTTGGTAGTGGCGGTGGAGGAGGGGGCACTGGAAGTACAGGTCCAGGGTATAGCTTCCCACACTATGGATTTCCTACTTATGGTGGGATTACTTTCCATCCTGGAACTACTAAATCTAATGCTGGGATGAAGCATGGAACCATGGACACTGAATCT
p105 (382/440)
ヒトp105の382-440番目のアミノ酸配列(配列番号3)
分解停止ペプチド:382-404番目(下線部),スペーサーペプチド:405-440番目
GAGGGGMFGSGGGGGGTGSTGPGYSFPHYGFPTYGGITFHPGTTKSNAGMKHGTMDTES
塩基配列(配列番号4)
GGAGCTGGAGGCGGAGGCATGTTTGGTAGTGGCGGTGGAGGAGGGGGCACTGGAAGTACAGGTCCAGGGTATAGCTTCCCACACTATGGATTTCCTACTTATGGTGGGATTACTTTCCATCCTGGAACTACTAAATCTAATGCTGGGATGAAGCATGGAACCATGGACACTGAATCT
p105 (392/440)
ヒトp105の392-440番目のアミノ酸配列(配列番号5)
分解停止ペプチド:392-404番目(下線部),スペーサーペプチド:405-440番目
GGGGGGTGSTGPGYSFPHYGFPTYGGITFHPGTTKSNAGMKHGTMDTES
塩基配列(配列番号6)
GGCGGTGGAGGAGGGGGCACTGGAAGTACAGGTCCAGGGTATAGCTTCCCACACTATGGATTTCCTACTTATGGTGGGATTACTTTCCATCCTGGAACTACTAAATCTAATGCTGGGATGAAGCATGGAACCATGGACACTGAATCT
p105 (376/434)
ヒトp105の376-434番目のアミノ酸配列(配列番号7)
分解停止ペプチド:376-404番目(下線部),スペーサーペプチド:405-434番目
GGGSGAGAGGGGMFGSGGGGGGTGSTGPGYSFPHYGFPTYGGITFHPGTTKSNAGMKHG
塩基配列(配列番号8)
GGCGGTGGTAGTGGTGCCGGAGCTGGAGGCGGAGGCATGTTTGGTAGTGGCGGTGGAGGAGGGGGCACTGGAAGTACAGGTCCAGGGTATAGCTTCCCACACTATGGATTTCCTACTTATGGTGGGATTACTTTCCATCCTGGAACTACTAAATCTAATGCTGGGATGAAGCATGGA
p105 (376/420)
ヒトp105の376-420番目のアミノ酸配列(配列番号9)
分解停止ペプチド:376-404番目(下線部),スペーサーペプチド:405-420番目
GGGSGAGAGGGGMFGSGGGGGGTGSTGPGYSFPHYGFPTYGGITF
塩基配列(配列番号10)
GGCGGTGGTAGTGGTGCCGGAGCTGGAGGCGGAGGCATGTTTGGTAGTGGCGGTGGAGGAGGGGGCACTGGAAGTACAGGTCCAGGGTATAGCTTCCCACACTATGGATTTCCTACTTATGGTGGGATTACTTTC
p105 (376/409)
ヒトp105の376-409番目のアミノ酸配列(配列番号11)
分解停止ペプチド:376-404番目(下線部),スペーサーペプチド:405-409番目
GGGSGAGAGGGGMFGSGGGGGGTGSTGPGYSFPH
塩基配列(配列番号12)
GGCGGTGGTAGTGGTGCCGGAGCTGGAGGCGGAGGCATGTTTGGTAGTGGCGGTGGAGGAGGGGGCACTGGAAGTACAGGTCCAGGGTATAGCTTCCCACAC
p105 (376/404)+30 a.a. (配列番号13)
ヒトp105の376−404番目のアミノ酸配列に、CyPetのC末端付近の30個のアミノ酸を加えた配列
分解停止ペプチド:p105の376-404番目(下線部),スペーサーペプチド:グルタミン酸+フェニルアラニン+CyPetの211-238番目のアミノ酸
GGGSGAGAGGGGMFGSGGGGGGTGSTGPGEFDPNEKRDHMVLLEFVTAAGITLGMDELY
塩基配列(配列番号14)
GGCGGTGGTAGTGGTGCCGGAGCTGGAGGCGGAGGCATGTTTGGTAGTGGCGGTGGAGGAGGGGGCACTGGAAGTACAGGTCCAGGGGAATTCGACCCCAACGAGAAGCGCGATCACATGGTCCTGCTGGAGTTCGTGACCGCCGCCGGGATCACTCTCGGCATGGACGAGCTGTAC
Geminin (1/110)をデグロン蛋白質、分裂停止ペプチド+スペーサーペプチドをp105 (376/440)としたプローブ試薬で、細胞周期の進行にともなう蛍光蛋白質Iの細胞質への放出は、蛍光蛋白質Iと蛍光蛋白質IIにそれぞれVenusとmCherry,AmCyanとmCherry,TurboGFPとTurboRFP,mAzami-GreenとmKusabira-Orangeを使用したものでも観察された。この結果から、このプローブ試薬の構成要素として多くの種類の蛍光蛋白質が適用できると考えられる。
【0073】
[実施例2]
<Geminin (1/110)をデグロン蛋白質としたプローブ試薬でのタイムラプスイメージング>
分解停止能が示されたペプチドp105 (376/440) (分解停止ペプチドp105(376/404)+スペーサーペプチドp105(405/440))、および蛍光蛋白質I,IIとしてCyPet,YPetを、デグロン蛋白質としてGeminin (1/110)を使用したプローブ試薬を発現させたHeLa細胞でタイムラプスイメージングを行い、細胞周期にともなう蛍光の時間変化を測定した。
【0074】
測定はインキュベータ蛍光顕微鏡(LCV110,オリンパス)で行った。455nmのLEDによる励起で、CyPetの蛍光画像を460-510nmのバンドパスフィルタを通して、またYPetの蛍光画像を515-560nmのバンドパスフィルタを通して冷却CCDカメラで取得した。またYPetの直接励起による画像を、505nmのLEDによる励起で、528-555nmのバンドパスフィルタにより取得した。各画像は30分ごとに48時間取得した。輝度の解析は核の領域とそれ以外の細胞質の領域に分けて行い、CyPetを励起したときのYPet/CyPetの蛍光強度の比を測定した。
【0075】
図6に結果を示す。蛍光強度比の値は核、細胞質ともに細胞の分裂にともなって急速な低下がみられた。比の値は、核では徐々に回復したが、細胞質では低下した値が維持された。また、細胞分裂時のCyPetと直接励起でのYPetの蛍光画像を観察してみると、CyPetの蛍光は常に核、あるいは細胞質に観察されたが、YPetの蛍光は細胞分裂とともに急速に弱まり、その後核でゆるやかに回復してくる様子が観察された(
図7)。これらの結果は、細胞周期の過程でのGemininの動態が、プローブ試薬の分解停止にともなう蛍光の変化としてとらえられたことを示している。すなわち、細胞分裂後のG
1期にプローブ試薬のGeminin (1/110)はYPetをともなって分解されるが、分解停止ペプチドによりCyPetは分解されずに残るために蛍光強度比の値が低下する。その後、S/G
2/M期にはGemininの分解が抑制され、核には新たに発現されたプローブ試薬が蓄積するため比の値が回復する。一方、細胞質にはプローブ試薬の限定的な分解によって生じたCyPetが放出されるため、細胞分裂に応じて蛍光強度比が低下するが、新たなプローブ試薬の蓄積は起きないために、比の値が低いまま維持されたと考えられる。
【0076】
[実施例3]
<IκBαをデグロン蛋白質としたプローブ試薬>
デグロン蛋白質をIκBαとして、その分解活性から転写因子NFκBの活性をモニタするためのプローブ試薬を作製した。IκBαは細胞質でNFκBと結合し、その核移行および転写活性を阻害している蛋白質である。細胞がNFκBを活性化させるシグナルを受けると、IκBキナーゼが活性化され、これがIκBαをリン酸化する。リン酸化を受けたIκBαはユビキチンリガーゼによりユビキチン化を受け、プロテアソームで分解される。これによりNFκBに対する抑制が解除され、核への移行、遺伝子の転写が活性化される。これまでに悪性腫瘍細胞や自己免疫疾患において、恒常的なNF-κBの活性化が報告されている。したがって、このような測定系はこれらの疾患の診断や治療薬の開発に応用できると考えられる。
【0077】
プローブ試薬の構成要素として、蛍光蛋白質IにCyPet,蛍光蛋白質IIにYPet,デグロン蛋白質として全長のIκBα,分解停止ペプチドとしてp105(376/404),スペーサーペプチドとしてp105 (405/440)を使用した。上で述べた分解停止ペプチドを探索するためのプローブ試薬のデグロン蛋白質であるGeminin(1/110)をヒト又はマウス由来のIκBα(human: NM_020529, NM_003340又はNM_003339, mouse: AF112979)に置き換えることでプローブ試薬を作製した(
図8)。
【0078】
Cos7細胞を、10%ウシ胎児血清を含むダルベッコ改変イーグル培地で35mmφガラスボトムディッシュに培養した。分解停止ペプチドを探索した実験と同様に、プローブ試薬の遺伝子DNAをトランスフェクションし、インキュベータ顕微鏡でイメージングを行った。画像は10分ごとに2時間取得した。イメージングを開始してから10分後に培地にNFκBを活性化させる薬剤であるTNF-αを20ng/mlの濃度となるように添加した。
【0079】
取得した画像のうち、CyPet励起でのCyPetの蛍光画像およびYPet励起でのYPetの蛍光画像の時間変化を
図9に示す。視野に入った4個の細胞のうち1つの細胞(No.1)が応答を示し、YPetのみで蛍光強度の低下が見られた。またこれに伴いCyPetを励起したときのYPet/CyPetの蛍光強度比の低下も観察された(
図10)。この結果は、TNF-α刺激によるIκBαの分解過程をこのプローブ試薬で蛍光の変化として可視化できたことを示している。