(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5954830
(24)【登録日】2016年6月24日
(45)【発行日】2016年7月20日
(54)【発明の名称】表面改質方法
(51)【国際特許分類】
C04B 41/80 20060101AFI20160707BHJP
G04B 37/22 20060101ALN20160707BHJP
【FI】
C04B41/80 Z
!G04B37/22 L
【請求項の数】1
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2013-41865(P2013-41865)
(22)【出願日】2013年3月4日
(65)【公開番号】特開2014-169204(P2014-169204A)
(43)【公開日】2014年9月18日
【審査請求日】2015年9月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000132725
【氏名又は名称】株式会社ソディック
(72)【発明者】
【氏名】井上 基弘
【審査官】
立木 林
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2006/132421(WO,A1)
【文献】
特開2003−111778(JP,A)
【文献】
特開2009−067659(JP,A)
【文献】
特開平04−300268(JP,A)
【文献】
特開平05−319957(JP,A)
【文献】
特開昭61−295288(JP,A)
【文献】
特開2012−211063(JP,A)
【文献】
特開昭59−121165(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2002/0010070(US,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2008/0258358(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 41/80
G04B 37/22
WPI
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
密閉されたチャンバの中の上側に所定の断面積を有するカソード電極を配置し、ジルコニア強化アルミナセラミックスの被照射体を前記カソード電極の直下の鉛直方向に所定距離離れた位置に配設して、前記チャンバの中を減圧して前記カソード電極と前記被照射体との間に設けられる円環形状のアノード電極の中にプラズマを生成するために供給されている希ガスのガス圧を所定の圧力に保持した状態で前記カソード電極に20kV以上の電圧を印加するとともにソレノイドに1.0kV以上の電圧を供給し、前記被照射体の所定の被照射面に所定回数繰返し電子ビームを照射する表面改質方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビームによってジルコニア強化アルミナセラミックスの表面を改質して黒艶色にする表面改質方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジルコニア強化アルミナセラミックスは、酸化イットリウムのような安定化剤で準安定化させたジルコニア(二酸化ジルコニウム)にアルミナを複合化させて抗折強度をより高くしたジルコニア複合材料の強化セラミックスとして知られている。ジルコニア強化アルミナセラミックスは、研削材としてよく用いられている。また、耐蝕性と耐磨耗性が高く乳白色を呈するところから、人工歯または人工骨に利用されている。あるいは、放熱性に優れているため、電子回路基板に利用されることがある。
【0003】
近年、ジルコニア強化アルミナセラミックスが精密機器の部品あるいは貴金属の装飾品の材料として有用性が見出されている。しかしながら、ジルコニア強化アルミナセラミックスの本来の色である乳白色は、一見するとプラスチックスのような印象を与えるため、高級感ないし重厚感に欠いていると評されることがある。そこで、ジルコニア強化アルミナセラミックスを、例えば金属に黒クロム鍍金を施して得ることができるような黒艶色により容易に着色することが望まれている。
【0004】
ジルコニアセラミックスでは、表面を研磨することによって艶のある質感を得ることができる。しかしながら、ジルコニアセラミックスの表面に塗装を施しても定着性が低いので、簡単に塗装が剥がれたり、表面が傷付いたりしやすい。そこで、一般に、任意の色のセラミックス製品を得るためには、構成材料に着色剤を適量混入して焼成するようにされている。また、例えば、特許文献1には、ジルコニアセラミックスが有する本来の性質を変質させないように、着色剤を使わずに高級感のある黒を得る技術が実現されている。
【0005】
ジルコニア強化アルミナセラミックスにおいても、同じように、着色剤を構成材料中に添加し混合してから焼成することによって任意の色を得るようにされる。例えば、特許文献2には、ジルコニア強化アルミナセラミックスにおける着色の事例が開示されている。また、陶器では、相当以前からスピネルグループ(−Al
2O
4)が顔料として使用されているので、種々のスピネルを着色剤として使用することによって広範に任意の色を得ることも期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭59−121165号公報
【特許文献2】特開2012−211063号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
現在のところ、ジルコニア強化アルミナセラミックスでは、所定の着色剤を添加し混合して焼成することによって任意の色を得る方法によって艶消しの黒色もしくは灰色かかった黒色を得ることができる。しかしながら、艶があまりない黒色は、感覚的ではあるものの精密機器の部品あるいは貴金属の装飾品としては、満足し得る質感を有していない。
【0008】
そもそも、着色剤を添加して焼成することによって任意の色を得る方法によると、添加する着色剤の種類を選別し、所定の着色剤の混合比ないし分量を調整しながら繰返し焼成を行なって所望の色を見出す必要があるので、期待する結果を得るまでに相当の時間を要し、場合によっては相当の時間を経ても納得のいく所望の色を得ることができないことがあり、作業効率が低い。
【0009】
また、ジルコニア強化アルミナセラミックスが有している特性を本質的に失わせることなく着色する必要があるので、添加する着色剤の種類および混合比ないしは分量に相当の制約があり、量産化に際して難しい障害を生じる可能性がある。しかも、繰返しばらつきがないように同じ色合いを出すためには、製造方法を正確に再現するように生産工程を厳密に管理することが要求される。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みて、ジルコニア強化アルミナセラミックスの被照射体の表面を電子ビームによる表面改質によって黒艶色にする新規な表面改質方法を提供することを主たる目的とする。本発明の表面改質方法による有利な点は、発明の実施の形態の説明において、その都度詳細に記述される。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の表面改質方法は、発明の目的を達成するために、密閉されたチャンバ(1)の中の上側に所定の断面積を有するカソード電極(5A)を配置し、ジルコニア強化アルミナセラミックスの被照射体(6)をカソード電極(5A)の直下の鉛直方向に所定距離(d)離れた位置に配設して、チャンバ(1)の中を減圧してカソード電極(5A)と被照射体(6)との間に設けられる円環形状のアノード電極(5B)の中にプラズマを生成するために供給されている希ガスのガス圧を所定の圧力に保持した状態でカソード電極(5A)に20kV以上の電圧を印加するとともにソレノイドに1.0kV以上の電圧を供給し、被照射体(6)の所定の被照射面に所定回数繰返し電子ビームを照射するようにする。
【0012】
上記符号は、説明の便宜上付されたものである。したがって、上記符号は、本発明の表面改質方法は、図面に示されている具体的な電子ビーム照射装置に限定して適用されるものではない。
【発明の効果】
【0013】
真空に近い状態に減圧されているチャンバの中で所定の断面積を有するエネルギ密度を大きくした電子の粒子線束が重力方向に直線的に発生し、電子を十分に加速させて被照射面に衝突させるので、十分な量のジルコニアが被照射面の表面に均等に溶出して被照射面の全域が主にジルコニアによって覆われる。その結果、ジルコニアが被照射体の表面に定着して被照射体の内側を保護し、表面の色がジルコニア由来の黒色を呈する。したがって、本発明の表面改質方法によると、被照射体の特性が劣化することなく、被照射体の表面をより容易に繰返し高級感ないし重厚感のある黒艶色にすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の表面改質方法で使用される電子ビーム照射装置の側面の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1に、本発明の表面改質方法で使用される電子ビーム照射装置の全体構成の概容を模式的に示す。電子ビーム照射装置は、主に、チャンバ1と、移動装置2と、真空装置3と、稀ガス供給装置4と、電子ビーム発生装置5と、で構成される。電子ビーム照射装置は、被照射体の表面から生じた滓を含むチャンバ1の中の汚れたガスを強制的に排出できる図示しない浄化装置を含んでなる。被照射体6は、ジルコニアアルミナ混合体(ジルコニア強化アルミナセラミックス)である。
【0016】
チャンバ1は、被照射体6を収容する手段である。チャンバ1は、基台1Aの上に設置されている。チャンバ1は、電子ビーム照射装置の前面で被照射体6を出し入れするために開口している。チャンバ1には、その開口部位を閉鎖する密封扉1Bが設けられている。密封扉1Bを閉鎖することによって、チャンバ1の中を密閉することができる。チャンバ1は、耐真空構造である。
【0017】
移動装置2は、水平1軸方向(X軸)と、水平1軸方向に直交する他の水平1軸方向(Y軸)と、鉛直方向(Z軸)と、に被照射体6を移動させる手段である。移動装置2は、X軸方向に移動する移動体10と、Y軸方向に移動する移動体20と、Z軸方向に上下動する昇降装置30と、を備える。移動体20の上に移動体10が搭載され、移動体10の上に昇降装置30が設置される。昇降装置30の上に被照射体6を載置するテーブル40が設けられる。
【0018】
真空装置3は、密閉されたチャンバ1の中を減圧して真空に近い状態にする手段である。真空装置3は、真空ポンプによってチャンバ1の中の空気を抜く、いわゆる真空引きをしてチャンバ1の中を減圧する。真空ポンプは、スクロールポンプ3Aとターボ分子ポンプ3Bでなる。チャンバ1の中の空気を抜いた後は、流量調整弁3C,3Dを閉じてチャンバ1の中を真空に近い状態に保持する。真空ポンプは、電子ビームを照射している間稼働しており、チャンバ1の排気をして、チャンバ1の中の減圧状態を維持している。
【0019】
稀ガス供給装置4は、チャンバ1の中に希ガスを供給する手段である。希ガス(不活性ガス)は、長周期表第18族元素であるヘリウム,ネオン,アルゴン,クリプトン,キセノン,ラドンを示す。電子ビームによる表面改質方法で実績のある希ガスは、アルゴンガスである。稀ガス供給装置4は、液化アルゴンを封入したボンベ4Aと、チャンバ1に接続する配管4Bと、ボンベ4Aを開放するバルブ4Cと、を含んでなる。電子ビーム照射装置は、チャンバ1の中のガス圧を0.03Paないし0.1Paにすることができるように設計されている。
【0020】
電子ビーム発生装置5は、電子銃であるカソード電極5Aと、環状のアノード電極5Bと、被照射体6に通電するコレクタ5Cと、磁場を形成するソレノイド5Dと、を含んでなる。コレクタ5Cは、テーブル40である。テーブル40は、チャンバ1にグランドライン5Eでアースする。
【0021】
カソード電極5Aとテーブル40に通電する被照射体6との両極間に電子ビームを発生させるための電圧パルスを印加する高圧電源を含む電子ビーム発生用電源装置5Fが設けられる。また、カソード電極5Aとアノード電極5Bとの間にプラズマ発生要電源装置5Gが設けられる。スイッチ5Hは、カソード電極5Aの電源の接続を切り換える。
【0022】
カソード電極5Aは、所定の断面積を有する断面円形の基盤にチタンの多数の針状突起が設けられて成る。本発明の表面改質方法を実施する電子ビーム照射装置においては、カソード電極5Aが多数の電子銃を有しているとみなすことができる。断面積が比較的大きいカソード電極5Aによって断面積が大きくなるエネルギ密度が比較的低い電子の粒子線束を発生させることができる。そのため、電子ビームを一度の照射でより広範囲に均一に被照射面に照射することができるので、被照射面に色のムラを生じにくくする点で有利である。
【0023】
カソード電極5Aは、密閉されたチャンバ1の中の上側に設けられる。カソード電極5Aの上側の密閉空間の中には、カソードのギャップスイッチが存在する。カソード電極5Aをチャンバ1の中の上側に配置することによって、カソード電極5Aの直下の鉛直方向に所定距離d離れて設置されているテーブル40の上に被照射体6を配設することができる。そのため、被照射体6に断面積の大きい電子ビームを重力方向に直線的に連続的にかつばらつきがなく照射することができるので、被照射面に色のムラを生じにくくさせる効果がある。
【0024】
アノード電極5Bは、カソード電極5Aの断面積より大きい内径を有するリング形状をしている。本発明の表面改質方法を実施する電子ビーム照射装置では、具体的に、カソード電極5Aの直径が60mmφのときで、アノード電極5Bの内径が210mmφである。アノード電極5Bは、円環内に比較的存在期間の短いプラズマを生成する。プラズマの電離層は、カソード電極5Aから放出される電子を収束する。
【0025】
以下に、本発明の表面改質方法の好適な実施の形態を
図1に示される電子ビーム照射装置を用いて説明する。被照射面に生じる現象と形成される改質層の特性は、被照射体の材質によって異なる。特に、金属に対しては、比較的期待される改質層を得ることができやすいが、セラミックスに対しては、望ましい改質層を得ることが難しい場合が多く、むしろ被照射面を劣化させることが多い。そのため、各種類のセラミックスに対しては、望ましい加工実績がそれほど多くは存在していない。そこで、本発明では、ジルコニアアルミナ混合体における照射条件を金属における照射条件と比較して説明する。
【0026】
カソード電極5Aは、直径が60mmφである。まず、電子ビーム照射装置の前面に設けられている密封扉1Bを有する開口部位から被照射体6をチャンバ1の中に搬入し、被照射面を上にしてテーブル40の上に載置する。そして、移動装置2によってテーブル40を作動させて、被照射体6をカソード電極5Aに対して相対移動させ、被照射体6がカソード電極5Aの直下の鉛直方向に所定距離d離れた位置に配設されるように位置決めする。
【0027】
照射距離dが短すぎると、必要な加速空間を得ることができず、電子が収束して必要な力を持って被照射体6に到達することができない。一方、照射距離dが長すぎると、アノード電極5Bの中に存在する希ガスの抵抗によって失速して被照射体6まで到達することができない。ジルコニアアルミナ混合体の被照射体6の表面を改質するために、電子ビーム発生装置が30kV程度の電圧を印加することができるカソード電極5Aを備えている場合で、照射距離dは、20mm以上50mm以下の範囲で一定に固定される。
【0028】
被照射体6をカソード電極5Aの直下の鉛直方向(Z軸方向)に所定距離d離れた位置に配設した状態で密封扉1Bを閉鎖してチャンバ1を密閉する。そして、チャンバ1の中を減圧する。具体的に、真空装置3の真空ポンプを作動させてチャンバ1の中の空気を抜き、チャンバ1の中の気圧を0.03Paまで減圧して真空に近い状態にする。
【0029】
次に、図示しない励磁電源からソレノイド5Dに所定の電圧を供給してソレノイド5Dを励起し、チャンバ1の中のカソード電極5Aと被照射体6との間の加速空間に磁場を形成する。カソード電極5Aと被照射体6との間に形成される磁場によって、カソード電極5Aから放出される電子が加速空間で要求される側まで加速される。本発明の表面改質方法では、被照射体6が鉄または鉄系合金である場合に比べて電子の加速度をより大きくするように、ソレノイド5Dに比較的高い電圧を供給する。
【0030】
セラミックスに対しては、電子の速度が速すぎると、電子が被照射面に衝突したときの衝撃で表面からより深いところまで変質させて被照射体6の表面を脆くする傾向にあるが、被照射体6がジルコニアアルミナ混合体である場合は、カソード電極5Aと被照射体6との間の照射距離dとカソード電極5Aに印加する電圧とに対応して、ソレノイド5Dの電圧を1.0kV以上1.5kVにして敢えて電子をより高速にする。その結果、ジルコニアアルミナ混合体に含有している成分のうち主にジルコニアが被照射体6の表面において均等に溶出しやすくなり、表面を劣化させることなく期待される黒艶色を得ることができる。
【0031】
ソレノイド5Dを励磁した後、ガス圧が所定の圧力になるまで円環形状のアノード電極5Bの円環の中にプラズマを生成するための希ガスであるアルゴンガスを供給する。ガス圧が低くガスの濃度が希薄であるとプラズマが発生しにくくなるが、抵抗が減って電子の速度がより高速になる。本発明の表面改質方法では、電子を十分に収束できる範囲で可能な限りガス圧を低くして電子を高速に移動させるように、アルゴンガスのガス圧を0.04Pa以上0.06Pa以下の範囲、望ましくは、0.05Pa程度に保持する。
【0032】
アノード電極5Bの円環の中のアルゴンガスのガス圧を所定の圧力に保持した状態でスイッチ5Hを閉じて電子ビーム発生用電源装置5Fからカソード電極5Aに20kV以上の電圧を印加して被照射体6における所定の被照射面に電子ビームを照射する。カソード電極5Aに所要の電圧が印加されると、コレクタ5Cに接続する被照射体6を対向する極としてカソード電極5Aから電子が被照射体6に向けて飛び出す。電子の雪崩は、アノード電極5Bの円環の中で収束して直進し、加速空間で加速して被照射体6の被照射面にほぼ垂直に衝突する。
【0033】
およそカソード電極5Aの断面積に相当する照射面積を有し直線的な粒子線束の電子ビームが被照射体6の被照射面に均等に照射される。均等な電子の衝突エネルギで高温になった被照射体6の被照射面から十数μmないし数十μm程度の深さまでのところで溶出しやすいジルコニアが表層により多く露出して被照射面の全域を覆う。その結果、被照射面は、ジルコニア由来の黒艶色に変色する。電子ビームが到達しない数十μmよりも深いところは影響を受けず、被照射体6の本来の特性が保持されている。被照射体6の表面のジルコニアは、ジルコニアの特性を有し、被照射体6の内部を保護する。
【0034】
複数回電子ビームの照射を繰り返すことによって被照射体6の表面が均等に黒艶色になる。ただし、必要十分な回数以上電子ビームを照射してもそれ以上特性が向上するわけではなく、むしろ被照射面に一旦形成されたジルコニアの表層を再度加工して破壊するおそれがある。望ましい照射回数は、同一被照射面に対して10回以上30回以下である。電子ビームの照射によって改質される被照射体6の表層は数十μm以下であるが、表層のジルコニアの改質層は、内部のジルコニアアルミナ結合体と一体に定着する。
【0035】
所定回数電子ビームを照射した直後の被照射体の表面は、厳密には若干焼け焦げた体裁をしていることがあるが、主にジルコニアで成るので、ジルコニアと同じように、表面を研磨して表層を整えて艶出しを行なうことができ、高級感ないし重厚感を有する所望の黒艶色の表面を得ることができる。
【0036】
表1は、ジルコニアアルミナ混合体および複数種類の金属または合金に所定の照射条件で電子ビームを照射した結果を示す。なお、表1の試料番号1と試料番号2のジルコニアアルミナ混合体を構成する成分は、全く同一であって、共に着色料を含んでいない。また、全ての試料で、カソード電極5Aの直径が60mmφで、アノード電極5Bの内径が210mmφである。
【0038】
ジルコニアアルミナ混合体に対して、照射距離が30mmの場合、カソード電圧が20kV未満、ソレノイド電圧が1.0kV未満、アルゴンガスのガス圧が0.06Pa超の何れかであるときは、照射回数に関係なく、被照射面の色は、焦茶色ないし茶黒色からそれ以上は変色しない。なお、記述のとおり、照射回数が所定の限度回数を超えると、被照射面が荒れるおそれがあるので、注意が必要である。
【0039】
例えば、チタンに対しては、カソード電圧とソレノイド電圧を比較的高くし、アルゴンガスのガス圧を低くして電子ビームを照射しているが、チタンは、比較的融点が高く安定元素であるので、チタンを溶出させるためには、電子の衝突エネルギが高いほうが適当であると考えられる。チタンは、熱を保持する性質があるので、電子ビームの連続照射によって表層において均等に溶出しやすい。溶出したチタンが被照射面の全域を覆うと、もともとチタンが有する耐蝕性が向上することに加えて、表面が平滑化して表面粗さが向上し光沢が増す。ただし、表面の色は、本来のチタンの色合いと殆ど変わらない。
【0040】
鉄系合金に対しては、含有するクロムが溶出しやすく、被照射体6の被照射面の全域がクロムで覆われるために、クロム鍍金をしたときと似たように耐蝕性を増す。鉄系合金に対して電子の衝突エネルギが大きすぎると、添加されている炭化物が表層の溶融時に消失してしまい、表層にクレータ形状の多数の穴ができて被照射体6の照射面が荒れるため、電子ビームのエネルギ密度を比較的小さくする必要がある。
【0041】
ジルコニアアルミナ混合体に対して、カソード電圧を相対的に高くし、電子を十分に加速できる照射距離でソレノイド電圧を相対的に高くすることで、安定して黒艶色の表面を得ることができる。ジルコニアの融点がチタンまたはジルコニウムの融点よりも高い約2700℃であるため、電子ビームのエネルギ密度と電子の衝突エネルギが小さいと、ジルコニアの溶出量が少なく、表面が焦茶色ないし茶黒色になるようである。電子ビームのエネルギ密度と電子の衝突エネルギが必要十分に大きいときに、ジルコニアの溶出量が増大して黒艶色を呈するようになると考えられるが、化学変化の詳細は明らかではない。
【0042】
ただし、被照射体6が着色剤が添加されていないジルコニアアルミナ混合体であり、電子ビーム照射後の被照射面の成分が主にジルコニアであるところから、表面の黒艶色は、少なくともジルコニア由来のものであると断定できる。不活性であるアルゴンガスのガス圧が0.05Pa程度の真空に近い非酸化性雰囲気下で被照射面が瞬間的に高い物理的衝撃を受けるとともに高温に曝されるとき、ジルコニアが溶解して表面に溶出して、かつての表面を覆ってジルコニアの表層を形成しているところから、溶融しているジルコニアが再凝固するときに焦茶色ないし黒色に変色している可能性が高い。
【0043】
何れにしても、被照射体6の表層は、主にジルコニアで成る十数μmないし数十μmの改質層であり、表層が内部のジルコニアアルミナ混合体と一体で定着している。そのため、黒艶色の表層が簡単に取れるということはない。また、表層が主にジルコニアで成るので、ジルコニアアルミナ混合体ではなくジルコニアの特性を有している。そのため、ジルコニアセラミックスと同じように表面を薄く磨くことによって艶を出すことができ、より高級感あるいは重厚感がある黒艶色を得ることができる。このとき、内部のジルコニアアルミニウム混合体は変質していないので、特性が保持されている。
【0044】
以上のことから、カソード電極5Aの直径を30mmφ以上80mmφ以下とし、相対してアノード電極5Bの内径を150mmφ以上300mmφ以下とし、照射距離dを20mm以上50mm以下の一定の距離とするとき、カソード電圧が20kV以上30kV以下で、ソレノイド電圧を1.0kV以上1.5kV以下にして電子ビームを照射すると、概ねジルコニアアルミナ混合体の被照射体の表面の全面に安定して均一に黒艶色を得ることができる。ただし、表面粗さの均質化のように、着色以外の目的で表面改質を行なう場合は、上記照射条件の範囲内でなければならないということではない。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の電子ビームによるジルコニア強化アルミナセラミックスの表面改質方法は、精密機器の部品あるいは貴金属の装飾品の製作に適用される。例えば、本発明の表面改質方法によって製造された黒艶色を呈するセラミックスを腕時計の外側筐体として使用することができるなら、腕時計をより損傷しにくくし、軽量化し高級感を与えることができるとともにコストを低減できる。
【符号の説明】
【0046】
1 チャンバ
1A 基台
1B 密封扉
2 移動装置
3 真空装置
3A スクロールポンプ
3B ターボ分子ポンプ
4 稀ガス供給装置
4A ボンベ
4B 配管
4C 供給口
5 電子ビーム発生装置
5A カソード電極
5B アノード電極
5C コレクタ
5D ソレノイド
5F 電子ビーム発生用電源装置
5G プラズマ発生用電源装置
5H スイッチ
6 被照射体
10 移動体
20 移動体
30 昇降装置
40 テーブル