特許第5955301号(P5955301)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5955301
(24)【登録日】2016年6月24日
(45)【発行日】2016年7月20日
(54)【発明の名称】残留応力算出方法
(51)【国際特許分類】
   G01L 1/00 20060101AFI20160707BHJP
   G06F 17/50 20060101ALI20160707BHJP
【FI】
   G01L1/00 M
   G01L1/00 D
   G06F17/50 612H
【請求項の数】13
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2013-236300(P2013-236300)
(22)【出願日】2013年11月14日
(65)【公開番号】特開2015-94758(P2015-94758A)
(43)【公開日】2015年5月18日
【審査請求日】2015年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100158540
【弁理士】
【氏名又は名称】小川 博生
(74)【代理人】
【識別番号】100106264
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 耕治
(74)【代理人】
【識別番号】100176876
【弁理士】
【氏名又は名称】各務 幸樹
(74)【代理人】
【識別番号】100177976
【弁理士】
【氏名又は名称】根木 義明
(74)【代理人】
【識別番号】100184697
【弁理士】
【氏名又は名称】川端 和也
(74)【代理人】
【識別番号】100117167
【弁理士】
【氏名又は名称】塩谷 隆嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100187768
【弁理士】
【氏名又は名称】藤中 賢一
(72)【発明者】
【氏名】山田 真理子
(72)【発明者】
【氏名】沖田 圭介
(72)【発明者】
【氏名】村上 賢治
(72)【発明者】
【氏名】宮川 正寛
【審査官】 岡田 卓弥
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−216514(JP,A)
【文献】 特開2009−48361(JP,A)
【文献】 特開2008−298507(JP,A)
【文献】 特開2006−284199(JP,A)
【文献】 特開2005−181172(JP,A)
【文献】 米国特許第6470756(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01L 1/00− 1/26
G01L 5/00− 5/28
G06F17/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円柱状の軸部とこの軸部から全周かつ径方向に突出する板状部とを備え、上記軸部と上記板状部との接続部分にフィレット面を有する対象体の残留応力算出方法であって、
上記対象体を切削して新たな切削面を形成する工程と、
上記切削面上の複数箇所の残留応力を測定する工程と、
を含む測定サイクルを繰り返し行い、
上記切削面が、上記軸部の中心軸と同心の円錐面又は円筒面であり、
上記円錐面又は円筒面の延長面が、繰り返される上記測定サイクルで不変の基準位置を通ることを特徴とする残留応力算出方法。
【請求項2】
上記基準位置が、上記対象体の中央縦断面で最大の径を有する上記フィレット面の円弧の中心位置である請求項1に記載の残留応力算出方法。
【請求項3】
上記切削面上の残留応力を測定する工程において、上記円錐面又は円筒面の稜線方向の複数箇所で残留応力を測定する請求項1又は請求項2に記載の残留応力算出方法。
【請求項4】
上記切削面上の残留応力を測定する工程において、上記円錐面又は円筒面の稜線方向及びこの稜線に直交する接線方向の残留応力の成分を測定する請求項1、請求項2又は請求項3に記載の残留応力算出方法。
【請求項5】
上記切削面上の残留応力を測定する工程が、
上記切削面に歪ゲージを貼着する工程と、
上記切削面から上記歪ゲージを含む小片を切り出す工程と、
上記歪ゲージを用いて上記小片の解放歪を測定する工程と
を含む請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の残留応力測定方法。
【請求項6】
上記小片を切り出す工程が、
上記歪ゲージに隣接する溝を形成する工程と、
上記溝に側方を切削する工具を挿入して、上記歪ゲージが貼着された上記切削面の表層を分離する工程と
を含む請求項5に記載の残留応力算出方法。
【請求項7】
上記対象体と均等な第2対象体の残留応力を測定する工程を備え、
上記第2対象体の残留応力を測定する工程が、
上記第2対象体の軸部の中心軸を通る2つの平面に沿って上記第2対象体を切断することにより測定片を得る工程と、
上記測定片の切断面の、上記円錐面又は円筒面の稜線に対応する直線上の複数箇所の残留応力を測定する工程と
を含む請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の残留応力算出方法。
【請求項8】
上記測定片の切断面上の複数箇所の残留応力を測定する工程において、上記円錐面又は円筒面の稜線及び法線に対応する方向の残留応力の成分を測定する請求項7に記載の残留応力算出方法。
【請求項9】
上記測定片の切断面上の複数箇所の残留応力を測定する工程が、
上記測定片の切断面の、上記円錐面又は円筒面の稜線に対応する直線上に第2歪ゲージを並べて貼着する工程と、
上記測定片をさらに切断して上記測定片の残留応力を解放することにより、上記第2歪ゲージを用いて解放歪を測定する工程と
を含む請求項7又は請求項8に記載の残留応力測定方法。
【請求項10】
上記第2対象体の表面上の複数箇所の残留応力を測定する工程を備える請求項7、請求項8又は請求項9に記載の残留応力算出方法。
【請求項11】
上記第2対象体の表面上の複数箇所の残留応力を測定する工程において、上記第2対象体の表面と上記中心軸を通る平面との交線方向及びこの交線に直交する方向の残留応力の成分を測定する請求項10に記載の残留応力算出方法。
【請求項12】
上記第2対象体の表面上の複数箇所の残留応力を測定する工程が、上記第2対象体の表面に第3歪ゲージを貼着する工程を含む請求項10又請求項11に記載の残留応力算出方法。
【請求項13】
上記対象体の上記軸部と上記第2対象体の上記軸部とが一体に形成されている請求項7から請求項12のいずれか1項に記載の残留応力算出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、残留応力算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
残留応力は、構造物の強度や寿命に影響を及ぼすため、構造物の内部の残留応力を正確に測定することが望まれる。残留応力の発生源となっている熱歪、塑性歪等の歪は、固有歪と呼ばれ、この固有歪から残留応力を算出する固有歪法が提唱されている。固有歪法では、残留応力が解放されることにより生じる解放歪(弾性歪)を測定し、有限要素法を用いた逆解析により、計測した解放歪から固有歪の分布を導出し、さらには有限要素法を用いた順解析により残留応力の分布を算出する。
【0003】
例えば、軸状部材の残留応力を固有歪法により算出する場合、構造物を軸方向に切断した測定片(T片)と、このT片の切断方向と直交する方向に切断した測定片(L片)とを用いたT−L法が知られている。T片とL片について解放歪を測定し、円筒座標上のモデルにおいて有限要素法を用いて固有歪を導出し、さらに残留応力を算出する方法が提唱されている(特開2011−181172号公報、「固有歪法による溶接残留応力の測定」等参照)。
【0004】
固有歪法は原理上必ずしも測定したい部位の解放歪を直接測定する必要はないが、解放歪の測定には誤差があり、初期状態の残留応力が高い位置の解放歪を測定した方が残留応力の予測精度を高められる。したがって、残留応力の勾配が急峻な部分にはより多くの測定点を設定すること望ましいが、対象体の切断間隔には物理的な限界があり、従来のT−L法を適用すると残留応力の勾配が急峻な部分が一つの切断片に含まれてしまう場合がある。このため、構造物の形状によっては残留応力の算出精度が不十分となることがある。
【0005】
特に、円柱状の軸部とこの軸部から径方向に突出する板状部(フランジ)とを備え、軸部と板上部との接続部分に応力集中を緩和するためのフィレット面を設けた構造物の場合、フィレット面が最弱部位となる可能性が高く、最弱部位であるフィレット面を高強度化するために表面処理技術が適用される場合がある。フィレット面に表面処理技術を適用した構造物の場合、フィレット面の近傍に集中的に残留応力が分布する。しかしながら、従来のT−L法による円筒座標モデルを用いた解析では、フィレット面全体が1つのL片に含まれてしまうことにより、フィレット面近傍の局所的な残留応力分布を十分な精度で解析できないという不都合があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−181172号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】中長啓治、他5名「固有歪法による溶接残留応力の測定」、溶接学会論文集、平成21年3月、第27巻、第1号、P.104−113
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記不都合に鑑みて、本発明は、円柱状の軸部とこの軸部から径方向に突出する板状部とを接続するフィレット面近傍に生じた残留応力の分布を精度よく算出できる残留応力算出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するためになされた発明は、円柱状の軸部とこの軸部から全周かつ径方向に突出する板状部とを備え、上記軸部と上記板状部との接続部分にフィレット面を有する対象体の残留応力算出方法であって、上記対象体を切削して新たな切削面を形成する工程と、上記切削面上の複数箇所の残留応力を測定する工程とを含む測定サイクルを繰り返し行い、上記切削面が、上記軸部の中心軸と同心の円錐面又は円筒面であり、上記円錐面又は円筒面の延長面が、繰り返される上記測定サイクルで不変の基準位置を通ることを特徴とする。
【0010】
当該残留応力算出方法は、基準位置を通る円錐面又は円筒面の形状に切削面を繰り返し形成するので、基準位置の近傍の測定点を密に設定できる。これにより、残留応力の測定点の間隔を小さくして測定データを多くできる。その結果、当該残留応力算出方法は、フィレット面近傍の残留応力の分布を精度よく算出できる。
【0011】
また、当該残留応力算出方法において、上記基準位置が、上記対象体の中央縦断面で最大の径を有する上記フィレット面の円弧の中心位置であるとよい。この中心位置は、中央縦断面において解放歪の測定点の位置を表すための極座標(局所座標)の原点であるため、このようにフィレット面の最も支配的な円弧の中心を基準位置とすることにより、フィレット面の近傍に測定点を多く配置できる。これにより、固有歪、ひいては残留応力の算出精度が高くなる。
【0012】
また、上記切削面上の残留応力を測定する工程において、上記円錐面又は円筒面の稜線方向の複数箇所で残留応力を測定するとよい。このように稜線方向に並んで測定点を設定することにより、実質的に円筒面又は円周面の全体について対象体の固有歪の分布を効率よく算出できる。また、稜線方向に並ぶ測定点の位置を周方向に千鳥状に分割しても良い。一方、軸状の対象体ではない場合、上記円錐面又は円筒面の稜線方向測定位置を周方向に数箇所測定することで、円筒面又は円周面の全体について対象体の固有ひずみの分布を算出できる。
【0013】
また、上記切削面上の残留応力を測定する工程において、上記円錐面又は円筒面の稜線方向及びこの稜線に直交する接線方向の残留応力の成分を測定するとよい。これにより、中央縦断面上での測定点の配置に係る極座標の動径方向(原点から見た測定点の方向)と歪ゲージによる測定方向とが一致するので、解析が容易になる。
【0014】
また、当該残留応力算出方法において、上記切削面上の残留応力を測定する工程が、上記切削面に歪ゲージを貼着する工程と、上記切削面から上記歪ゲージを含む小片を切り出す工程と、上記歪ゲージを用いて上記小片の解放歪を測定する工程とを含むとよい。このように解放歪を測定することにより、残留応力を正確に算出できる。
【0015】
また、当該残留応力算出方法において、上記小片を切り出す工程が、上記歪ゲージに隣接する溝を形成する工程と、上記溝に側方を切削する工具を挿入して、上記歪ゲージが貼着された上記切削面の表層を分離する工程とを含むとよい。このような切削により小片を切り出すことで、切削面表面に形成される切削溝を浅くできる。このため、次の切削面との角度差を小さくできるので、測定点を密に設定して固有歪、ひいては残留応力の算出精度を高められる。
【0016】
また、当該残留応力算出方法が、上記対象体と均等な第2対象体の残留応力を測定する工程を備え、上記第2対象体の残留応力を測定する工程が、上記第2対象体の軸部の中心軸を通る2つの平面に沿って上記第2対象体を切断することにより測定片を得る工程と、上記測定片の切断面の、上記円錐面又は円筒面の稜線に対応する直線上の複数箇所の残留応力を測定する工程とを含むとよい。これにより、測定点をより多くして残留応力の算出精度をさらに向上させられる。
【0017】
上記測定片の切断面上の複数箇所の残留応力を測定する工程において、上記円錐面又は円筒面の稜線及び法線に対応する方向の残留応力の成分を測定するとよい。第2対象体の測定片における残留応力の測定方向の一方を、測定点の配置に係る極座標の動径方向とすることで、演算が容易となる。また、第2対象体の測定片における残留応力の測定方向の他方を、対象体の切削面の法線に対応する方向とすることで、対象体の切削面において測定できない方向の残留応力の成分を測定できる。このため、当該残留応力算出方法は、より正確に残留応力を算出できる。
【0018】
また、当該残留応力算出方法において、上記測定片の切断面上の複数箇所の残留応力を測定する工程が、上記測定片の切断面の上記円錐面又は円筒面の稜線に対応する直線上に第2歪ゲージを並べて貼着する工程と、上記測定片をさらに切断して上記測定片の残留応力を解放することにより、上記第2歪ゲージを用いて解放歪を測定する工程とを含むとよい。第2対象体においても解放歪を測定することにより、残留応力を正確に算出できる。
【0019】
また、当該残留応力算出方法が、上記第2対象体の表面上の複数箇所の残留応力を測定する工程を備えるとよい。このように第2対象体の外表面の残留応力を測定することで、残留応力の算出精度をさらに向上させられる。
【0020】
また、上記第2対象体の表面上の複数箇所の残留応力を測定する工程において、上記第2対象体の表面と上記中心軸を通る平面との交線方向及びこの交線に直交する方向の残留応力の成分を測定するとよい。このように第2対象体の表面と中心軸を通る平面との交線方向及びこの交線に直交する方向の残留応力の成分を測定することで、第2対象体の表面上の残留応力の測定方向の一方が測定点の配置に係る極座標の偏角方向と一致するので、解析が容易になる。
【0021】
また、当該残留応力算出方法において、上記第2対象体の表面上の複数箇所の残留応力を測定する工程が、上記第2対象体の表面に第3歪ゲージを貼着する工程を含むとよい。このように第2歪ゲージを用いて解放歪を測定する際に、合わせて第3歪ゲージを用いて第2対象体の外表面の解放歪を測定することで、残留応力の算出精度を向上させられる。
【0022】
また、当該残留応力算出方法において、上記対象体の上記軸部と上記第2対象体の上記軸部とが一体に形成されているとよい。1つの構造体から対象体と第2対象体とを採取することで、当該残留応力算出方法に使用するサンプルの数を少なくできる。
【発明の効果】
【0023】
当該残留応力算出方法によれば、基準位置を通る円錐面又は円筒面状の切削面を順次形成するので、基準位置の近傍における解放歪の測定間隔を小さくして残留応力の分布を精度よく算出できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の一実施形態の残留応力算出方法の流れを示す流れ図である。
図2図1の残留応力算出方法により残留応力を算出する軸状部材を示す模式的断面図である。
図3図1の逐次切削解放歪測定工程において順次形成される切削面を示す対象体の模式的断面図である。
図4図1の逐次切削解放歪測定工程の詳細な流れを示す流れ図である。
図5図4の基準位置決定工程において決定される基準位置の3つの例を示す模式的断面図である。
図6図4の歪ゲージ貼着工程における対象体の例を示す模式的斜視図である。
図7図4の隣接溝形成工程において隣接溝を形成した対象体の例を示す模式的斜視図である。
図8図4の隣接溝形成工程を説明する対象体の模式的断面図である。
図9図4の表層分離工程を説明する対象体の模式的断面図である。
図10図4の層分離工程により切り出された小片の例を示す図である。
図11図1の測定片切り出し解放歪測定工程の詳細な流れを示す流れ図である。
図12図11の表面測定片及び測定片切り出し工程における対象体の切断方法を示す模式的斜視図である。
図13】測定片への歪ゲージ貼着位置を示す模式的部分拡大平面図である。
図14図1の逐次切削解放歪測定工程及び測定片切り出し解放歪測定工程における解放歪測定方向を示す軸状部材の模式的断面図である。
図15図1の残留応力算出方法の実施例において算出された残留応力の分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、適宜図面を参照しつつ、本発明の実施の形態を詳説する。
【0026】
[残留応力算出方法]
図1に示す残留応力算出方法は、軸状部材の残留応力を算出する方法である。以下、当該残留応力算出方法について、図2の軸状部材1の残留応力を算出する場合について説明する。
【0027】
当該残留応力算出方法では、先ず、図1のステップS01の対象体採取工程において、軸状部材1から実際の測定に使用する複数の対象体(試験片)を採取し、一部の対象体を用いてステップS02の逐次切削解放歪測定工程において逐次切削による解放歪の測定を行い、残る対象体を用いてステップS03の測定片切り出し解放歪測定工程において測定片切り出しによる解放歪の測定を行う。そして、ステップS04の固有歪導出工程では、ステップS03で測定した解放歪の分布から有限要素法逆解析により固有歪の分布を導出する。最後に、ステップS05の残留応力算出工程において、固有歪の分布から有限要素法順解析により残留応力の分布を算出する。
【0028】
図2の軸状部材1は、円柱状の軸2とこの軸2から全周かつ径方向に突出する板状部3とを備え、上記軸2と上記板状部3との接続部分にフィレット面5を有する。この軸状部材1は、軸2に4つの円盤型の板状部3が等間隔に設けられている。
【0029】
<対象体採取工程>
図1のステップS01では、この軸状部材1を二点鎖線で示す位置で切断することにより、同一の形状を有し、残留応力について均等とみなせる3つの対象体4が採取される。対象体4は、軸2を分割した円柱状の軸部2aと、この軸部2aから全周かつ径方向に突出する板状部3とを備え軸部2aと板状部3との接続部分にフィレット面5を有する。便宜上、これらの対象体4の内、後で詳述するステップS02の逐次切削解放歪測定に供される2つを第1対象体4aと呼び、後で詳述するステップS03の測定片切り出し解放歪測定に供される1つを第2対象体4bと呼ぶ。
【0030】
<逐次切削解放歪測定工程>
図1のステップS02における逐次切削による解放歪測定工程では、図3に示すように、第1対象体4aを繰り返し切削して軸部2aの中心軸Cと同心で、中心軸Cに対する傾斜角が一定の角度ずつ異なる円錐面又は円筒面である切削面6を順次形成し、各切削面6から小片を切り出してその解放歪を歪ゲージにより測定する測定サイクルを繰り返すことで、解放歪を得る。
【0031】
図4に、図1のステップS02における逐次切削解放歪測定工程の詳細な流れを示す。この逐次切削解放歪測定工程では、先ず、ステップS11において、第1対象体4aの外側でフィレット面5の近傍に基準位置Psを定める。
【0032】
この基準位置Psは、図5(A)に示すように、フィレット面5が単一の半径R1を有する円弧からなる場合には、第1対象体4aの中央縦断面(中心軸Cを通る平面)においてフィレット面5の円弧の中心位置とすることが好ましい。しかしながら、図5(B)のように、フィレット面5が異なる半径(R1,R2)を有する複数の円弧からなる場合、特に残留応力を正確に知りたい範囲において、最も大きい半径(R1)を有する円弧の中心を基準位置Psとすることが好ましい。また、図5(C)のように、特に残留応力を正確に知りたい範囲内において最も長さが大きい円弧(半径R3より小さい半径R1の円弧)の中心を基準位置Psとしてもよい。
【0033】
続いて、図4のステップS12において、図3における切削面6間の角度及び測定サイクルの総数(切削回数)を決定する。切削面6間の角度は、フィレット面5と切削面6との交点間の距離が、後述するステップS16における隣接溝の深さより大きくなるように定める。測定サイクルの総数は、残留応力を確認したい範囲と上記切削面6間の角度とによって定められる。複数の第1対象体4aを使用する場合、最初の切削面6の角度を等価な複数の第1対象体4a間で異ならせてそれらの測定結果を統合することにより、実質的に測定データを得られる切削面6の角度の間隔を小さくできる。図3の場合、切削面6間の角度は20°であるが、2つの第1対象体4aを使用するため、10°間隔で解放歪の測定値が得られる。
【0034】
そして、この測定サイクルの総数と同じ回数だけ、ステップS13からステップS19までの工程を繰り返す。ステップS14では、第1対象体4aを切削して、円錐面(又は円筒面)からなる新たな切削面6を形成する。ステップS15では、図6に示すように、新しく形成した切削面6に複数の第1歪ゲージ7を貼着する。
【0035】
第1歪ゲージ7は、切削面6(円錐面又は円筒面)の稜線方向(円錐面に含まれる直線の方向)の複数箇所に並べて貼着される。好ましくは、第1歪ゲージ7は、フィレット面5に近い領域においては小さい間隔(例えば6mm間隔)、フィレット面5から離れるほど大きい間隔で貼着される。第1対象体4aが回転体なので、残留応力及び固有歪は周方向に等価であり、図示するように第1歪ゲージ7を複数列に分けて、稜線方向にずらして貼着することにより、実質的に稜線方向に測定点の間隔を小さくできる。
【0036】
また、第1歪ゲージ7は、直交する2方向の歪を検出できるものを使用して、切削面6の稜線方向D1及びこの稜線方向に直交する接線方向(周方向)D2の歪を検出できるよう配向することが好ましい。そのように配列できる2軸の第1歪ゲージ7としては、例えば、ベース径4.5mm、ゲージ長1mmかつゲージ幅0.7mmのものが入手可能である。
【0037】
第1歪ゲージ7を貼着した後、ステップS16において、図7に示すように、第1歪ゲージ7に沿って隣接溝8を形成する。隣接溝8は、例えば図8に示すように、エンドミル9により形成できる。隣接溝8は、個々の第1歪ゲージ7を取り囲むように形成してもよい。
【0038】
そして、ステップS17では、図9に示すように隣接溝8に側方を切削するTスロットカッター10を挿入し、第1歪ゲージ7の下層を除去する。図8及び図9では、第1歪ゲージ7の一側の隣接溝8がTスロットカッター10を垂直に挿入できるような広い幅を有している。Tスロットカッター10によって第1歪ゲージ7の下層を切除すれば、切削面6から第1歪ゲージ7の列を含む帯状の表層部分を分離できる。こうして分離した帯状の表層部分をさらに第1歪ゲージ7間で切断することによって、図10に示すような第1歪ゲージ7を含む小片11(例えば、第1歪ゲージ7を除く厚さが約2.3mm)を切り出すことができる。このようにして切り出した小片11は、残留応力が解放されて解放歪を生じる。この解放歪は、ステップS18において第1歪ゲージ7により測定される。
【0039】
ステップS19において、ステップS12で決定した数の測定サイクルが完了していれば、この逐次切削解放歪測定工程は終了する。
【0040】
<測定片切り出し解放歪測定工程>
続いて、図11に、図1のステップS03における測定片を切り出して行う解放歪測定工程の詳細な流れを示す。
【0041】
この測定片切り出し解放歪測定工程では、図12に示すように、第2対象体4bを切断して内部測定片12及び表面測定片13を切り出す。そして、内部測定片12は、図13に示すように複数の第2歪ゲージ7aを用いた第2対象体4b内部の解放歪の測定に供され、表面測定片13は、図12に示すようにフィレット面5に第3歪ゲージ7bを貼着して行うフィレット面5の表面の解放歪の測定に供される。
【0042】
詳しく説明すると、この測定片切り出し解放歪測定工程では、先ず、ステップS21において、図12に示すように、第2対象体4bのフィレット面5に軸部2aの中心軸Cを通る平面上に中心が位置するように並んだ複数箇所に複数の第3歪ゲージ7bを貼着する。この第3歪ゲージ7bは、第2対象体4bの表面と中心軸Cを通る平面との交線方向及びこの交線に直交する方向(周方向D2)の歪を検出できるよう配向することが好ましい。そして、ステップS22において、図12に示すように、第2対象体4bを鋸で平面的に切断して内部測定片12及び表面測定片13を切り出す。
【0043】
図示した実施形態では、内部測定片12は、中心軸C上で5°の角度で交わる2つの平面(中央縦断面)によって画定され、表面測定片13は、中心軸C上で10°の角度で交わる2つの平面(中央縦断面)によって画定されている。2つの表面測定片13が並んで切り出され、2つの表面測定片13の両側からそれぞれ1つの内部測定片12が切り出される。また、対象体の切断間隔には物理的な限界があり、内部測定片12及び表面測定片13の切り出しに際して、第2対象体4bを中央縦断面に沿って切断する前に、2つの表面測定片13の間を分離する切断面に直交する中心軸Cと平行な2つの切断面により第2対象体4bの中央部を予め切除することで、内部測定片12を切り出せるようにしてある。これにより、内部測定片12及び表面測定片13は中心軸C側が切除された形状を有する。
【0044】
このようにして切り出された内部測定片12を用いて、ステップS23において、X線残留応力測定を行う。ここでのX線残留応力測定は、内部測定片12の中央縦断面に上述の逐次切削解放歪測定工程における第1対象体4aの切削面6を構成する円錐面又は円筒面の稜線に対応する極座標を設定して測定点を決定する。X線残留応力測定の測定間隔は第1歪ゲージ7の貼着間隔よりも小さくてもよい(例えば0.5mm)。
【0045】
そして、ステップS24において、ステップS23で測定された残留応力を、他の測定値と合わせて利用できるように、解放歪と等価な値に換算する。
【0046】
さらに、ステップS25において、図13に示すように内部測定片12に第2歪ゲージ7aが並べて貼着される。これらの第2歪ゲージ7aは、上述の逐次切削解放歪測定工程における第1対象体4aの切削面6を構成する円錐面又は円筒面の稜線に対応する直線上の複数箇所に並んで配置される。さらに、第2歪ゲージ7aは、好ましくは、第1対象体4aの切削面6における第1歪ゲージ7と同じ間隔で、つまり逐次切削解放歪測定における解放歪の測定位置と合致する位置に貼着される。また、これらの第2歪ゲージ7aは、第1対象体4aの切削面6を構成する円錐面又は円筒面の稜線に対応する方向D1及び第1対象体4aの切削面6を構成する円錐面又は円筒面の法線方向D3の歪を検出するように配向される。
【0047】
そして、ステップS26において、内部測定片12及び表面測定片13をさらに切断して、第2歪ゲージ7a及び第3歪ゲージ7bを含む部分の残留応力をそれぞれ解放し、ステップS27において、第2歪ゲージ7a及び第3歪ゲージ7bによってそれぞれ解放歪を測定する。
【0048】
ステップS23におけるX線を用いた残留応力の測定は、理論的には高い精度を有し、測定間隔を小さくできるものの、表面粗さ等の測定条件の影響が大きいため、精度よく測定ためにはかなりの手間がかかる。一方、ステップS25からステップS27における第2歪ゲージ7aを用いた第2対象体4b内部の解放歪の測定は、第2歪ゲージ7aの大きさにより測定間隔に制約はあるが、比較的容易に行うことができる。このため、ステップS27では、X線を用いて測定した残留応力の測定値をステップS24において解放歪に換算した値と、ステップS25からステップS27において第2歪ゲージ7aを用いて測定した解放歪の測定値とを組み合わせて用いることにより、正確性と簡便性とのバランスをとることができる。
【0049】
図14に示すように、中央縦断面上の基準位置Psを中心とする極座標における各測定点における解放歪の測定データは、切削面6の稜線方向からD1方向の成分とこれに直交するD2方向の成分つまり座標平面に直交する方向(第1対象体4a及び第2対象体4bの周方向)の成分が測定され、内部測定片12においてD1方向の成分とこれに直交するD3方向の成分が測定される。このように、各測定点における解放歪の直交三次元成分すべてが得られるため、固有歪の導出精度が向上すると共に演算が容易である。
【0050】
<固有歪導出工程>
図1のステップS04では、ステップS03で得られた解放歪のデータを基に、有限要素法による逆解析により固有歪の分布を導出する。
【0051】
ここで、解放歪(弾性歪)と固有歪との関係は、次の式(1)で表わされる。
【0052】
【数1】
【0053】
弾性応答マトリックス[H]は、計測した解放歪の測定条件(測定形状)に対する固有歪成分の感度を表している。つまり、[H]マトリックスの成分は、測定形状に依存し、個々の固有歪成分に単位歪を与えた際の弾性応答を求める繰返し計算により算出される。
【0054】
また、計測した解放歪には必ず誤差が含まれるため、固有歪の最確値と解放歪との間には次の式(2)の関係がある。
【0055】
【数2】
【0056】
固有歪成分の最確値は、残差の平方和を最小にする条件から一意的に与えられる(最小二乗法)。近年では、物体内で分布している固有歪を関数で表示する手法が適用される場合が多い。固有歪を直接計算するのではなく、設定した関数の係数の値を計算することで固有歪分布を求める。この場合、式(1)及び式(2)の固有歪成分及び最確値に代わって、分布関数の係数が未知数として計算される。このような関数表示を用いることにより、未知数の数を大幅に減少できる。
【0057】
<残留応力算出工程>
当該残留応力算出方法では、最後に、図1のステップS05において、ステップS04で導出した固有歪の分布に基づいて、有限要素法の順解析により残留応力の分布を算出する。
【0058】
対象体4に最初に存在していた残留応力と固有歪の関係は、次の式(3)で表される。
【0059】
【数3】
【0060】
固有歪と残留応力との関係を表す弾性応答マトリックスは、有限要素解析により導出される。
【0061】
<利点>
当該残留応力算出方法は、第1対象体4aに基準位置Psを通る円錐面又は円筒面からなる切削面6を順次形成して、その切削面から小片11を切り出すことにより、中央縦断面において基準位置Psを中心とする極座標上に設定される複数の測定点の解放歪を測定する。これにより、第1対象体4aの内部のフィレット面5の近傍に多数の測定点を設定し、それぞれの測定点の歪を測定するため、当該残留応力算出方法は、フィレット面5の近傍の残留応力分布を詳細に算出できる。
【0062】
さらに、当該残留応力算出方法では、第1対象体4aと均等な第2対象体4bから2つの中央縦断面で切断して切り出した内部測定片12を用い、第1対象体4aについて設定した測定点と対応する測定点において、第1対象体4aで測定した2方向D1,D2の解放歪と直交する方向D3の解放歪を測定する。これにより、各測定点における解放歪のデータとして直交三次元成分すべてが得られるため、正確な固有歪、ひいては残留応力を算出できる。また、第2対象体4bの表面においても、方向D2とこれに直交する方向の解放歪を測定するので、残留応力の算出精度を高められる。
【0063】
[その他の実施形態]
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記実施形態の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【0064】
当該残留応力算出方法は、対象体の軸部と同心かつ基準位置を通る円錐面又は円筒面からなる切削面を形成し、この切削面の歪を解析することを主題とする。したがって、この他の工程は、省略又は他の工程と置換してもよい。よって、内部測定片12及び表面測定片13を用いた測定は、必須の工程ではない。また、例えば、歪ゲージ7を用いた解放歪の測定による解析に替えて、各切削面の歪をX線回折法、中性子回折法、音弾性法等によって非破壊測定してもよい。
【0065】
当該残留応力算出方法において、切削面6から小片11を切り出す工具は、回転軸に対して径方向に切削できる工具であればよく、Tスロットカッター10に替えてV溝カッターのような工具を用いてもよい。
【0066】
また、当該残留応力算出方法において、第1対象体4aと第2対象体4bとは、同一の軸状部材1から切り出したものに限らず、別の軸状部材1から切り出したものであってもよい。
【0067】
さらに、第1対象体4a及び第2対象体4bの個数を任意に増加して、切削面6の角度差をより小さい角度としてもよい。
【0068】
また、当該残留応力算出方法において、基準位置Psは、フィレット面5の円弧の中心に限定されず、残留応力を詳細に求めたい部分における測定点の間隔(順次形成する切削面間の間隔)を小さくできる位置であればどのように定めてもよい。
【実施例】
【0069】
以下、実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0070】
上述の実施形態に基づいて、当該残留応力算出方法により算出した残留応力の中央縦断面における分布を図15に図示する。この測定に用いた第1対象体及び第2対象体は、軸部が直径280mm、板上部が厚さ80mmかつ直径500mmであり、フィレット面の主要部の半径が22mmである。
【0071】
図示するように、当該残留応力算出方法では、詳細な残留応力の分布を求めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
当該残留応力算出方法が適用される軸状部材として、クランクシャフト等が考えられる。クランクシャフトにおいて、シャフト部を軸部、アーム及びカウンターウェイトが一体となったウェブを板状部として当該残留応力算出方法が適用されるのはもちろん、ピンを軸部、アームを板状部として当該残留応力算出方法を適用することもできる。他にも、当該残留応力算出方法は、多様な構造物の解析に利用できる。
【符号の説明】
【0073】
1 軸状部材
2 軸
2a 軸部
3 板状部
4 対象体
4a 第1対象体
4b 第2対象体
5 フィレット面
6 切削面
7 歪ゲージ
7a 第2歪ゲージ
7b 第3歪ゲージ
8 隣接溝
9 エンドミル
10 Tスロットカッター
11 小片
12 内部測定片
13 表面測定片
C 中心軸
Ps 基準位置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図11
図12
図13
図14
図15
図10