【0019】
最初に、コラーゲン繊維の懸濁液を調製する。コラーゲンは、酸性領域では分子構造を示すが、中性領域では繊維状の構造を示し、それらはpHに従い可逆的に変化する。さらに、熱によってポリペプチド鎖が解けて変性してゼラチンになるという特徴を持つ(
図1;Peltonen, L., et al., Thermal stability of type I and type III procollagens from normal human fibroblasts and from a patient with osteogenesis imperfecta. Proceedings of the NationalAcademy of Sciences of the United States of America, 1980. 77(1): p. 162-6.)。
図1中の40℃とは、水溶液もしくは懸濁液中に於いて、コラーゲン分子のちょうど半分が壊れる、いわゆる「変性温度」を示す。本発明は、凍結乾燥させた後に40℃以上の熱をかけて変性させたコラーゲン繊維から構成される多孔性足場材料を提供する。凍結乾燥後の熱処理によって、架橋が生じ、足場材料の強度が高められて、in situに於いて耐久性に優れたものとなる。一方、架橋に伴う異物反応は、実質的に問題にならないレベルであり、このことは、異物巨細胞が生体内に埋入した足場材料内にほとんど存在しないことから確認できる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例に基づきより詳細に説明する。
実施例1
変性コラーゲン繊維足場材料の作製方法
NMPコラーゲンPS(日本ハム)から、プロトコールに従って、pH7のコラーゲン塊を作製した(I型70〜80%及びIII型30〜20%)。これを、graterを用いて2×2×2mm
3程度の大きさに細切し、そのうちの6gを滅菌ミリQ水200mLに添加した。添加後、Hybrid Mixer(Keyence,HM-500)で2分間攪拌し、その後、4℃の冷蔵庫に30分以上入れて十分に冷却させるという作業を5回繰り返し、均一な3%w/vのコラーゲン繊維懸濁液を作製した。さらに均一な懸濁液にする為に、そのまま4℃の冷蔵庫内に静置した。12時間後、pHを7.4に調節した後、コラーゲン繊維懸濁液をAce Homogenizer(Nissei, HM-500)を用いて、さらに5000 rpmで30分間攪拌した。これは、出来上がったコラーゲン繊維足場材料の内部構造が均一になる様にする為である。ペースト状になった懸濁液を容器に入れ(
図3)、−10℃の冷凍庫で12時間冷却した。凍結後、凍結乾燥機で3日間乾燥させ、その後、低圧下(1×10
−1Pa)で熱による変性処理(以下の表1に示す条件)を加えて変性コラーゲン繊維足場材料を作製した。
変性コラーゲン繊維足場材料の作製条件
【0027】
【表1】
【0028】
評価方法
上述の方法で足場材料を作製し1cm×1cm×5mmの大きさに切り出した、コラーゲン繊維足場材料をそれぞれ3匹ずつのラットの背中の皮下に埋入し(
図4)、2週間後に以下の2つの点で評価した。
【0029】
(I)強度の評価方法
足場材料は、組織再生の為には、ある程度は体内に留まっていなくてはならない。よって、埋入した足場がどの程度残存しているかを、スコアー化して評価した。結果を表2に示す。
(強度スコア)
1:厚さ0mm。つまり、コラーゲン繊維足場材料は全く残存していない。
2:コラーゲン繊維足場材料は残存しているが、厚さは1mm以下。
3:厚さ1mm以上。
【0030】
一般的に、プレパラート標本を作製する過程に於いて、組織は収縮する。つまり、厚さ5mmのコラーゲン繊維足場材料の皮下埋入直後の組織標本を作製したとしても、プレパラート標本上では厚さは5mmよりも薄くなる。その為、皮下埋入2週間後のコラーゲン繊維足場材料の厚さは、プレパラート上よりも、実際には厚いことになる。本実験に於いては、プレパラート上の厚さでスコアー化して評価した。
【0031】
(II)生体親和性の評価方法
生体が体内に侵入してきた物を異物として認識した場合、マクロファージが動員されて、その排除にあたるが、さらに大きな異物の場合には、マクロファージが融合して異物巨細胞となり、異物の排除にあたる。つまり、異物巨細胞が認められた場合、それらによって取り囲まれた物は、生体が異物として認識したことになる(
図5)。そこで、以下のようにスコアー化して、「異物としての度合い」を評価した。結果を表2に示す。
(親和性スコア)
1:埋入コラーゲン繊維足場材料の周囲全般に渡って、異物巨細胞が認められる
2:埋入コラーゲン繊維足場材料の周囲の一部分に異物巨細胞が認められる
3:埋入コラーゲン繊維足場材料の周囲に、異物巨細胞が殆ど認められない
【0032】
【表2】
【0033】
表2より、皮下埋入2W後に於いても、強度スコア2以上の強度が保たれ、さらに、生体内に於いて親和性スコア3を示すコラーゲン繊維足場材料の作製条件は、変性温度が140℃で、処理時間が6Hの時であることが分かる。その次に、組織親和性を示したのは、変性温度が140℃で、処理時間が9Hの時だった(
図6)。変性温度が140℃の場合、処理時間が12H以上では組織親和性は示さなかった。
【0034】
表2中の「評価不能」とは、皮下埋入2週間後の時点で既に溶解している為、評価出来ないという意味である。しかし、これは変性が十分にされていなかったことを意味し、つまりは、組織親和性が良好であることに繋がる為、評価不能は親和性スコア3とした。
【0035】
考察
コラーゲン分子は、いわゆるトロポコラーゲンと呼ばれ、アミノ酸約1000残基からなるポリペプチド鎖(α鎖)が3本集まって構成されている。3本のα鎖は、それぞれ左巻きのらせん構造をとっているが、3本が寄り集まると、全体としては周期が104Åのゆっくりとした右巻き構造をとる。この構造をコイルドコイル構造または、スーパーヘリックス構造と呼ぶ。コラーゲン分子は5つ集まってコラーゲンミクロフィブリルを形成し、それらがさらにより集まってコラーゲンフィブリルを形成する。コラーゲン繊維とは、このコラーゲンフィブリルが集合して出来たものである。コラーゲン繊維の主な抗原決定基は、コラーゲン分子両端に存在する非らせん構造のテロペプチドの部分に存在し、その他の部分は、動物種間で大きな違いはない。本実験で用いたコラーゲンは、抗原性を有するテロペプチドの部分をペプシンを用いて取り除いたアテロコラーゲンである。熱による変性処理を加えないコラーゲン繊維足場材料を皮下に埋入した場合、1週間後の親和性スコアは3であることより、アテロコラーゲンの組織親和性は非常に高いことが分かる(
図7)。しかし、強度が弱く、皮下埋入2週間後には、ほぼ溶解し、組織再生の為の十分な空間を確保することが出来なかった。一方、140℃で24Hの変性処理を施すと、強度は強くなり組織再生の為の空間は十分に確保されたが、コラーゲン繊維足場材料の抗原性は増した。つまり、コラーゲン繊維足場材料は生体にとっての異物として認識され、組織親和性は悪くなった(
図8)。これらより、強度と組織親和性は、反比例関係にあることが分かる。つまり、本実験で見出した条件は、コラーゲン繊維足場材料の変性によって生じる抗原性を極力押さえ、しかも、ある程度の強度を持たせる条件であると言えるので、図中のラインA以上かつラインB以上の処理時間が6Hに近いものと推察される(
図9)。
【0036】
コラーゲン繊維足場材料内に細胞が浸潤する際、細胞はコラーゲン繊維に沿って浸潤する(
図10)。その為、足場材料内のコラーゲン繊維に配向性を持たせると、足場材料内への細胞の浸潤性が良くなる。このことは、新生血管の形成しやすさにも繋がると考えられる。組織再生の場に、血流が確保されることは、そこに浸潤してきた細胞を維持する上で大切なことである。また、細胞を播種した状態のコラーゲン繊維足場材料を組織再生の場に移植するような場合、播種された細胞が死滅しないようにする為にも、移植早期に足場材料内に血管が侵入してくることが必要である。よって、足場材料内のコラーゲン繊維に配向性を持たせることは、組織の再生にとって有利に働くものと考えられる。
【0037】
本実施例では、組織再生の為の足場として強度があり、さらに組織親和性に優れている条件は、変性温度が140℃で、処理時間が6Hの時だと結論付けた。さらに、その次に望ましいであろう作製条件は、変性温度が140℃で、処理時間が9Hの時だと推察した。この2つの条件で作製した足場材料を皮下に埋入して2W後および3W後に評価してみると、厚さは140℃-9Hで処理した足場材料の方が、2W後・3W後共に厚かったが、組織親和性は、140℃-6Hで処理した方が良く、それは、2W後よりも3W後の方が、さらに良くなっていた。140℃-9Hで処理した足場材料には、皮下埋入3W後でも異物巨細胞が認められた(
図11)。このことより、改めて
図9の傾向が正しいことが証明され、140℃-6Hで処理した足場材料には、組織親和性が保たれていることが分かった。
【0038】
ここで、
図9に変性温度が100℃および120℃のラインを結果を元に追加してみる(
図12)。すると、変性温度が120℃の場合でも、6H以上24H未満の間に、足場材料に耐久性があり、しかも組織親和性が保たれている処理時間xがあることが推察される。つまり、本実験で作製された足場材料と同じような足場材料を作製する条件が、他にもいくつかあるものと思われる。140℃-6Hと言う条件は、その中の一つである。変性温度50℃で処理時間が48Hの足場材料で調べた別の実験結果によると、組織親和性は保たれていたものの、強度的には弱いものであった。しかし、この場合でも、処理時間を48H以上にすれば、本実験で得られた足場材料と同じような足場材料が得られる可能性がある。
【0039】
実施例2
コラーゲン繊維の懸濁液中の濃度が重量で3%、凍結温度が−20℃、熱処理が140℃、6時間で得られた足場材料の縦断面図(
図13)のSEM写真を示す。
【0040】
図13に示されるように、本発明の多孔性足場材料は、コラーゲン繊維が1方向に配向し、コラーゲン繊維に沿って細孔が形成された構造を有することが明らかである。
【0041】
実施例3
実施例1に記載の製造条件に従い、変性処理を140℃、6時間で実施して得た複数の多孔性足場材料のサンプルについてを10mm×10mm×高さ5mmの大きさに切り出し、圧縮試験機(小型卓上試験機 EZ Test, EZ-S, 20N, 島津製作所)を用いて、荷重が19Nに達するまで1mm/分の速さで圧縮し応力−ひずみ曲線を得た。圧縮弾性率は、曲線上での弾性領域でひずみが0.5に近い部分の直線に於ける応力とひずみの比率として計算した。その結果、圧縮弾性率は、最小値が0.29MPa、最大値が0.42MPaであり、全てのサンプルは、圧縮弾性率が0.29〜0.42MPaの範囲内であった。これらのサンプルは全て良好な強度と生体親和性を有することを確認した。