特許第5955718号(P5955718)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5955718Cu−Zr−Co銅合金板及びその製造方法
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  • 特許5955718-Cu−Zr−Co銅合金板及びその製造方法 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5955718
(24)【登録日】2016年6月24日
(45)【発行日】2016年7月20日
(54)【発明の名称】Cu−Zr−Co銅合金板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/00 20060101AFI20160707BHJP
   C22C 9/06 20060101ALI20160707BHJP
   C22F 1/08 20060101ALI20160707BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20160707BHJP
【FI】
   C22C9/00
   C22C9/06
   C22F1/08 B
   C22F1/08 Q
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 650A
   !C22F1/00 661A
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 684A
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 692A
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 694B
【請求項の数】2
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-207201(P2012-207201)
(22)【出願日】2012年9月20日
(65)【公開番号】特開2014-62288(P2014-62288A)
(43)【公開日】2014年4月10日
【審査請求日】2015年8月17日
(73)【特許権者】
【識別番号】000176822
【氏名又は名称】三菱伸銅株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101465
【弁理士】
【氏名又は名称】青山 正和
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 淳一
(72)【発明者】
【氏名】阿部 良雄
(72)【発明者】
【氏名】すくも田 俊緑
(72)【発明者】
【氏名】平野 尚威
【審査官】 相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−222624(JP,A)
【文献】 特開2012−172168(JP,A)
【文献】 特開2010−242177(JP,A)
【文献】 特開2009−185375(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00−9/10
C22F 1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅合金板であって、複数の扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が板厚方向に積み重なって構成された層状組織を有し、透過型電子顕微鏡にて観察した前記結晶粒層の平均厚さが110〜260nmの範囲であり、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65であることを特徴とする良好な伸び特性を有するCu−Zr−Co銅合金板。
【請求項2】
請求項1に記載のCu−Zr−Co銅合金板の製造方法であって、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅合金に対して、930〜1030℃で熱間圧延を開始し、600℃以上の温度域から水冷による急冷処理にて溶体化処理を施した後に、冷間圧延を施し、次に320〜460℃にて2〜8時間の時効処理を施し、次に圧延率が5〜10%の調質圧延を施し、次に380〜550℃にて10〜300秒間の熱処理を施すことを特徴とするCu−Zr−Co銅合金板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Cu−Zr−Co銅合金板及びその製造方法に関し、特に詳しくは、十分な機械的強度を保持しながら、高い伸び特性を有する電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、コネクタ、リレー、スイッチ等の電気・電子部品の更なる小型化に伴って、その内部に組み込まれている接点部材や擦動部材等に負荷される電流密度が非常に高くなってきており、従来よりも導電性の良好な銅合金材料への要求が高まっている。また、車載用電気・電子部品においては、より高温及び振動での環境下にて、長期間にわたる耐久性が要求されている。
この様な要求に対応可能な材料として、Cu−Zr系の合金は、80%IACSを超える高い導電率を有することができ、耐熱性も良く、耐応力緩和性にも優れているが、更に、十分な機械的強度を確保しながら、優れた曲げ加工性、伸び性、ばね限界特性等を有することが要求され始めている。
【0003】
これらの課題を解決するCu−Zr系銅合金として、出願人は、特許文献1、特許文献2、特許文献3に開示するCu−Zr系銅合金を開発している。
特許文献1では、重量比率でZrを0.005%〜0.5%、Bを0.2ppm〜400ppmの範囲で含有する銅合金であって、複数の扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が板厚方向に積み重なって構成された層状組織を有し、結晶粒層の厚さが20nm〜550nmの範囲であり、層状組織中の結晶粒層の厚さのヒストグラムにおけるピーク値Pが50nm〜300nmの範囲内で、かつ、総度数の22%以上の頻度で存在し、その半値幅Lが200nm以下とする強度と伸びを高いレベルでバランスさせた銅合金を開示している。
特許文献2では、重量比率でZrを0.005%〜0.5%、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有する銅合金であって、複数の扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が板厚方向に積み重なって構成された層状組織を有し、結晶粒層の厚さが5nm〜550nmの範囲であり、層状組織中の結晶粒層の厚さのヒストグラムにおけるピーク値Pが50nm〜300nmの範囲内で、かつ、総度数の28%以上の頻度で存在し、その半値幅Lが180nm以下とする強度と伸びを高いレベルでバランスさせた銅合金を開示している。
特許文献3では、少なくともジルコニウムを重量%で、0.005以上0.5以下の範囲で含有する銅合金であって、結晶粒径が1.5μm以下の結晶粒からなる第一粒子群と、結晶粒の形状が一方向に伸びており、結晶粒径が1.5μmより大きく7μmより小さな結晶粒からなる第二粒子群と、結晶粒径が7μm以上の結晶粒からなる第三粒子群とを備え、結晶粒径について集計した単位面積に占める、前記第一粒子群の合計面積比をα、前記第二粒子群の合計面積比をβ、前記第三粒子群の合計面積比をγ、α+β+γ=1と定義したとき、前記αと前記βの和は前記γより大きく、かつ、前記αは前記βより小さいことを特徴とする、強度を増大させると共に、その伸びも向上させることができ、ひいては良好な曲げ加工性を備え、耐熱クリープ特性にも優れた銅合金が開示されている。
また、これらとは別に、特許文献4では、0.01質量%以上0.5質量%以下のジルコニウム(Zr)を含有し、残部が銅(Cu)および不可避的不純物からなる銅合金を圧延加工してなる電気・電子部品用銅合金材であって、当該電気・電子部品用銅合金材の集合組織における、Brass方位の方位分布密度が20以下であり、かつBrass方位とS方位とCopper方位との方位分布密度の合計が10以上50以下とする機械的強度と良好な曲げ加工性とを併せ持った電気・電子部品用銅合金材を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−215935号公報
【特許文献2】特開2010−222624号公報
【特許文献3】特開2005−298931号公報
【特許文献4】特開2010−242177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の電気及び電子部品用Cu−Zr系銅合金は、機械的強度、導電性、耐熱性等はそれぞれに充分であったが、最近の種々の形状での過酷な条件下での電気及び電子部品での適用においては、十分な機械的強度を保持しながら、加工性、特に高い伸び特性を有することが要求されている。
【0006】
本発明では、十分な機械的強度を保持しながら、高い伸び特性を有する電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金板及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、出願人の特開2005−298931号公報、特開2010−215935号公報、特開2010−222624号公報を参考に鋭意検討の結果、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる組成を有する電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金板における圧延方向(R.D.方向)に沿う縦断面組織の構造に着目し、その構造が微細で複数の扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が板厚方向に積み重なって構成された層状組織を有し、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した前記結晶粒層の平均厚さが最適な範囲であり、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した電子線回折結晶方位解析(OIM)による結晶粒間の方位差が10°以下の結晶粒の個数比が最適な範囲であると、十分な機械的強度(引張り強度)を保持しながら、良好な伸び特性を発揮できることを見出した。
また、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる組成を有する電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金に対して、930〜1030℃で熱間圧延を開始し、600℃以上の温度域から水冷による急冷処理にて溶体化処理を施した後に、冷間圧延を施し、次に320〜460℃にて2〜8時間の時効処理を施し、次に5〜10%の調質圧延を施し、次に380〜550℃にて10〜300秒間の熱処理を施すことにより、前述の組織構造を有する十分な機械的強度(引張り強度)を保持しながら、良好な伸び特性を発揮する電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金板が製造できることも見出した。
【0008】
即ち、本発明の良好な伸び特性を有するCu−Zr−Co銅合金板は、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅合金板であって、複数の扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が板厚方向に積み重なって構成された層状組織を有し、透過型電子顕微鏡にて観察した前記結晶粒層の平均厚さが110〜260nmの範囲であり、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65であることを特徴とする。
【0009】
Zrの添加は、引張り強度の向上に有効であるが、添加量が0.05%未満では、効果が十分ではなく、0.2%を超えると、効果が飽和し、伸び特性も低下する傾向がある。
また、0.05〜0.2%の添加により、均質な層状組織が形成され易くなる。
Coの添加は、層状組織の各結晶粒層の厚さのばらつきを小さくする効果があり、添加量が0.001%未満では、効果に乏しく、0.3%を超えると、効果が飽和し、伸び特性が著しく大きくなって引張り強度が低下し、導電率も低下する傾向がある。
本銅合金の結晶組織は、複数の扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が板厚方向に積み重なって構成された層状組織を有している。そして、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さが110〜260nmの範囲であり、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65であることにより、引張り強度が480〜520MPaであり、伸び特性が11.2〜14.0%となり、十分な機械的強度を保持しながら、良好な伸び特性を発揮することができる。
本発明での層状組織は、図1に示す様に、扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が積み重なって構成されたものである。図1は、圧延方向(R.D.方向)に沿う縦断面(T.D.方向に見た面)の組織を模式的に表したものであり、図1の紙面上の横方向(左右方向)が圧延方向(R.D.方向)、縦方向(上下方向)が板厚方向(N.D.方向)となっている。そして、その一つの結晶粒1をハッチングして示したように、各結晶粒1はいずれも扁平で圧延方向(R.D.方向)に引き延ばされているとともに、隣の結晶粒1が圧延方向(R.D.方向)に連なるように配置されて、これら連続状態の複数の結晶粒1により層が構成されている。本発明では、結晶粒1が層状に連続してなるものを結晶粒層2と称しており、その結晶粒層2が板厚方向(N.D.方向)に複数積み重なった状態のものを層状組織3と称している。このような層状組織3は、圧延方向(R.D.方向)の縦断面(T.D.方向に見た面)を透過型電子顕微鏡で観察することにより確認することができる。
本発明では、走査型電子顕微鏡による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比の算出は、次の様に実施した。
後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法を使用し、10mm×10mmの試料を機械研磨、バフ研磨後、日立ハイテクノロジーズ社製イオンミリング装置で加速電圧6kV、入射角10°、照射時間15分として表面を調整した後、日立ハイテクノロジーズ社製SEM(型番「S−3400N」)と、TSL社製のEBSD測定・解析システムOIM(Orientation Imaging Micrograph)を用い、測定領域を六角形の領域(ピクセル)に区切り、区切られた各領域について、試料表面に入射させた電子線の反射電子から菊地パターンを得てピクセルの方位を測定した。測定した方位データを同システムの解析ソフト(ソフト名「OIM Analysis」)を用いて解析した。観察条件は、加速電圧25kV、測定面積は300μm×300μmとし、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)は0.5μmとした。隣接するピクセル間の方位差が5°以上を結晶粒界とみなし、結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比(結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒個数/全結晶粒個数)を算出した。
引張り強度の向上には結晶粒をナノスケールまで微細化することが有効であるが、単に微細化するだけでは伸びを向上させることはできない。圧延方向(R.D.方向)に沿う縦断面組織の構造が微細で扁平な結晶粒が層状に連なり、その結晶粒層が積み重なった層状組織を有しており、その結晶粒層の平均厚さが最適値であると伸び特性を損なうことなく引張り強度が向上すると考えられる。
結晶粒層の平均厚さ、及び、結晶粒の全結晶粒に対する個数比が前述の範囲値内である場合にのみ、引張り強度が480〜520MPaであり、伸び特性が11.2〜14.0%
となり、結晶粒層の平均厚さは、主に機械的強度に、結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比は、主に伸び特性に関与していると考えられる。
【0010】
また、本発明の良好な伸び特性を有するCu−Zr−Co銅合金板の製造方法は、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅合金に対して、930〜1030℃で熱間圧延を開始し、600℃以上の温度域から水冷による急冷処理にて溶体化処理を施した後に、冷間圧延を施し、次に320〜460℃にて2〜8時間の時効処理を施し、次に圧延率が5〜10%の調質圧延を施し、次に380〜550℃にて10〜300秒間の熱処理を施すことを特徴とする。
【0011】
質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅合金に対して、930〜1030℃で熱間圧延を開始し、600℃以上の温度域から水冷による急冷処理による溶体化処理を施し、好ましくは、製品板厚まで冷間圧延を施すことにより、Zr、Coが過飽和状態に固溶し、各結晶粒層の厚さが均一化された銅合金板が製造される。
この冷間圧延後の銅合金板に320〜460℃にて2〜8時間の時効処理を施し、過飽和状態で固溶していたZr、Coを時効処理により徐々に析出させ、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さを110〜260nmの範囲内に収める素地を形成する。
処理温度が320℃未満では、引張り強度に悪影響を及ぼし、460℃を超えると、曲げ加工性に悪影響を及ぼす。処理時間が2時間未満では効果はなく、8時間を超えると、再結晶化が起きるので好ましくない。
次に、この時効処理後の銅合金板に圧延率が5〜10%の調質圧延を施し、層状組織を更に均質化し、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65の範囲内に収める素地を形成する。
調質圧延の圧延率が5%未満では、効果は乏しく、圧延率が10%を超えると、効果が飽和するばかりでなく、層状組織の均質化に悪影響を及ぼす。
次に、この調質圧延後の銅合金板に380〜550℃にて10〜300秒間の熱処理を施すことにより、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さを110〜260nmの範囲内に収め、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比を0.40〜0.65の範囲内に収める。
処理温度と処理時間が380℃未満、或いは、10秒未満では、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さが110〜260nmの範囲内に収まらず、処理温度と処理時間が550℃超える、或いは、300秒を超えると、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65の範囲内に収まらない。
また、熱処理後は、Zr、Coを過飽和状態に固溶し、緻密な結晶組織を得るためにも、水冷により急冷することが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、十分な機械的強度を保持しながら、高い伸び特性を有する電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金板及びその製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金板を透過型電子顕微鏡により観察した層状組織の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図1を参照に本発明の一実施形態について説明する。
図1に示すように、層状組織3は、扁平な結晶粒1が面方向に連続してなる結晶粒層2
が積み重なって構成されたものである。この図1は、圧延方向(R.D.方向)に沿う縦
断面(T.D.方向に見た面)の組織を模式的に表したものであり、図1の紙面上の横方
向(左右方向)が圧延方向(R.D.方向)、縦方向(上下方向)が板厚方向(N.D.
方向)となっている。そして、その一つの結晶粒1をハッチングして示したように、各結
晶粒1はいずれも扁平で圧延方向(R.D.方向)に引き延ばされていると共に、隣の結晶粒1が圧延方向(R.D.方向)に連なるように配置されて、これら連続状態の複数の結晶粒1により層が構成されている。本発明では、結晶粒1が層状に連続してなるものを結晶粒層2と称しており、その結晶粒層2が板厚方向(N.D.方向)に複数積み重なった状態のものを層状組織3と称している。このような層状組織3は、圧延方向(R.D.方向)の縦断面(T.D.方向に見た面)を透過型電子顕微鏡で観察することにより確認することができる。
【0015】
[銅合金板の合金組成]
本発明の良好な伸び特性を有するCu−Zr−Co銅合金板は、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる組成を有する。
Zrの添加は、引張り強度の向上に有効であるが、添加量が0.05%未満では、効果が十分ではなく、0.2%を超えると、効果が飽和し、伸び特性も低下する傾向がある。
また、0.05〜0.2%の添加により、均質な層状組織が形成され易くなる。
Coの添加は、層状組織の各結晶粒層の厚さのばらつきを小さくする効果があり、添加量が0.001%未満では、効果に乏しく、0.3%を超えると、効果が飽和し、伸び特性が著しく大きくなって引張り強度が低下し、導電率も低下する傾向がある。
【0016】
[銅合金板の合金組織]
本発明の良好な伸び特性を有するCu−Zr−Co銅合金板は、複数の扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が板厚方向に積み重なって構成された層状組織3を有している。そして、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層2の平均厚さが110〜260nmの範囲であり、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒1間の方位差が10°以下である結晶粒3の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65であることにより、引張り強度が480〜520MPaであり、伸び特性が11.2〜14.0%となり、十分な機械的強度を保持しながら、良好な伸び特性を発揮することができる。
引張り強度の向上には結晶粒1をナノスケールまで微細化することが有効であるが、単に微細化するだけでは伸びを向上させることはできない。圧延方向(R.D.方向)に沿う縦断面組織の構造が微細で扁平な結晶粒2が層状に連なり、その結晶粒層2が積み重なった層状組織3を有しており、その結晶粒層2の平均厚さが最適値であると伸び特性を損なうことなく引張り強度が向上すると考えられる。
結晶粒層2の平均厚さ、及び、結晶粒1の全結晶粒1に対する個数比が前述の範囲値内である場合のみ、引張り強度が480〜520MPaであり、伸び特性が11.2〜14.0%となり、結晶粒層2の平均厚さは、主に機械的強度に、結晶粒1の全結晶粒に対する個数比は、主に伸び特性に関与していると考えられる。
本発明では、走査型電子顕微鏡による結晶粒1間の方位差が10°以下である結晶粒1の全結晶粒に対する個数比の算出は、次の様に実施した。
後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法を使用し、10mm×10mmの試料を機械研磨、バフ研磨後、日立ハイテクノロジーズ社製イオンミリング装置で加速電圧6kV、入射角10°、照射時間15分として表面を調整した後、日立ハイテクノロジーズ社製SEM(型番「S−3400N」)と、TSL社製のEBSD測定・解析システムOIM(Orientation Imaging Micrograph)を用い、測定領域を六角形の領域(ピクセル)に区切り、区切られた各領域について、試料表面に入射させた電子線の反射電子から菊地パターンを得てピクセルの方位を測定した。測定した方位データを同システムの解析ソフト(ソフト名「OIM Analysis」)を用いて解析し、各種パラメータを算出した。観察条件は、加速電圧25kV、測定面積は300μm×300μmとし、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)は0.5μmとした。隣接するピクセル間の方位差が5°以上を結晶粒界とみなし、結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比を算出した。
【0017】
[銅合金板の製造方法]
本発明の良好な伸び特性を有するCu−Zr−Co銅合金板は、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅合金に対して、930〜1030℃で熱間圧延を開始し、600℃以上の温度域から水冷による急冷処理にて溶体化処理を施した後に、冷間圧延を施し、次に320〜460℃にて2〜8時間の時効処理を施し、次に圧延率が5〜10%の調質圧延を施し、次に380〜550℃にて10〜300秒間の熱処理を施すことにより製造される。
質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅合金に対して、930〜1030℃で熱間圧延を開始し、600℃以上の温度域から水冷による急冷処理による溶体化処理を施し、好ましくは、製品板厚まで冷間圧延を施すことにより、Zrが過飽和状態に固溶し、各結晶粒層の厚さが均一化された銅合金板が製造される。
この冷間圧延後の銅合金板に320〜460℃にて2〜8時間の時効処理を施し、過飽和状態で固溶していたZr、Coを時効処理により徐々に析出させ、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さを110〜260nmの範囲内に収める素地を形成する。
処理温度が320℃未満では、引張り強度に悪影響を及ぼし、460℃を超えると、曲げ加工性に悪影響を及ぼす。処理時間が2時間未満では効果はなく、8時間を超えると、再結晶化が起きるので好ましくない。
次に、この時効処理後の銅合金板に圧延率が5〜10%の調質圧延を施し、層状組織を更に均質化し、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65の範囲内に収める素地を形成する。
調質圧延の圧延率が5%未満では、効果は乏しく、圧延率が10%を超えると、効果が飽和するばかりでなく、層状組織の均質化に悪影響を及ぼす。
次に、この調質圧延後の銅合金板に380〜550℃にて10〜300秒間の熱処理を施すことにより、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さを110〜260nmの範囲内に収め、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比を0.40〜0.65の範囲内に収める。
処理温度と処理時間が380℃未満、或いは、10秒未満では、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さが110〜260nmの範囲内に収まらず、処理温度と処理時間が550℃超える、或いは、300秒を超えると、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65の範囲内に収まらない。
また、熱処理後は、Zr、Coを過飽和状態に固溶し、緻密な結晶組織を得るためにも、水冷により急冷することが好ましい。
【実施例】
【0018】
表1に示す組成(Zr、Co以外はCu及び不可避不純物)の溶解・鋳造にて得られた銅合金を、表1に示す温度にて熱間圧延を開始し、600℃以上の温度域から40℃/秒の速度で急水冷して溶体化処理を施し、次に、面削、粗圧延、研磨を施して、所定厚さの銅合金板を作製した。
次に、これらの銅合金板に冷間圧延を施し、板厚を製品厚の0.5mmとし、表1に示す、時効処理、調質圧延、熱処理を施し、50℃/秒の速度で急水冷を施して、実施例1〜6、比較例1〜5に示す銅合金薄板を作製した。
【0019】
【表1】
【0020】
これらの銅合金薄板から試料を切出し、透過型電子顕微鏡により、層状組織の結晶粒層の平均厚さ、後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法を使用し電子線回折結晶方位解析(OIM)から、結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比を求めた。
後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡の観察は、次の様に実施した。
10mm×10mmの試料を機械研磨、バフ研磨後、日立ハイテクノロジーズ社製イオンミリング装置で加速電圧6kV、入射角10°、照射時間15分として表面を調整した後、日立ハイテクノロジーズ社製SEM(型番「S−3400N」)と、TSL社製のEBSD測定・解析システムOIM(Orientation Imaging Micrograph)を用い、測定領域を六角形の領域(ピクセル)に区切り、区切られた各領域について、試料表面に入射させた電子線の反射電子から菊地パターンを得てピクセルの方位を測定した。測定した方位データを同システムの解析ソフト(ソフト名「OIM Analysis」)を用いて解析した。観察条件は、加速電圧25kV、測定面積は300μm×300μmとし、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)は0.5μmとした。隣接するピクセル間の方位差が5°以上を結晶粒界とみなし、結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比(結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒個数/全結晶粒個数)を算出した。
透過型電子顕微鏡による測定は、10000倍の倍率にて観察を行い、10μm×10μmの範囲を任意に3箇所観察し、層状組織の結晶粒層の平均厚さは、それぞれの箇所の平均値を平均することにより求めた。
これらの結果を表2に示す。
次にこれらの試料の引張り強度、伸び特性を測定した。
引張強さ(MPa)及び伸び(%)は、インストロン型万能試験機を用いて、JIS(Z2241)に規定される方法により測定した。試験片は、JIS5号試験片とし、試験片の長手方向を圧延方向(R.D.方向)と平行なL.D.試験片とした。また、伸び試験における標点距離は50mmとした。
これらの結果を表2に示す。
【0021】
【表2】
【0022】
表1、表2の結果より、実施例1〜6の本発明の製造方法により製造されたCu−Zr−Co銅合金板は、十分な機械的強度を保持しながら、高い伸び特性を有しており、電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金板に適していることがわかる。
【0023】
以上、本発明の実施形態の製造方法について説明したが、本発明はこの記載に限定されることはなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0024】
1 結晶粒
2 結晶粒層
3 層状組織
図1