【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、出願人の特開2005−298931号公報、特開2010−215935号公報、特開2010−222624号公報を参考に鋭意検討の結果、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる組成を有する電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金板における圧延方向(R.D.方向)に沿う縦断面組織の構造に着目し、その構造が微細で複数の扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が板厚方向に積み重なって構成された層状組織を有し、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察した前記結晶粒層の平均厚さが最適な範囲であり、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察した電子線回折結晶方位解析(OIM)による結晶粒間の方位差が10°以下の結晶粒の個数比が最適な範囲であると、十分な機械的強度(引張り強度)を保持しながら、良好な伸び特性を発揮できることを見出した。
また、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる組成を有する電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金に対して、930〜1030℃で熱間圧延を開始し、600℃以上の温度域から水冷による急冷処理にて溶体化処理を施した後に、冷間圧延を施し、次に320〜460℃にて2〜8時間の時効処理を施し、次に5〜10%の調質圧延を施し、次に380〜550℃にて10〜300秒間の熱処理を施すことにより、前述の組織構造を有する十分な機械的強度(引張り強度)を保持しながら、良好な伸び特性を発揮する電気及び電子部品用Cu−Zr−Co銅合金板が製造できることも見出した。
【0008】
即ち、本発明の良好な伸び特性を有するCu−Zr−Co銅合金板は、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅合金板であって、複数の扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が板厚方向に積み重なって構成された層状組織を有し、透過型電子顕微鏡にて観察した前記結晶粒層の平均厚さが110〜260nmの範囲であり、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65であることを特徴とする。
【0009】
Zrの添加は、引張り強度の向上に有効であるが、添加量が0.05%未満では、効果が十分ではなく、0.2%を超えると、効果が飽和し、伸び特性も低下する傾向がある。
また、0.05〜0.2%の添加により、均質な層状組織が形成され易くなる。
Coの添加は、層状組織の各結晶粒層の厚さのばらつきを小さくする効果があり、添加量が0.001%未満では、効果に乏しく、0.3%を超えると、効果が飽和し、伸び特性が著しく大きくなって引張り強度が低下し、導電率も低下する傾向がある。
本銅合金の結晶組織は、複数の扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が板厚方向に積み重なって構成された層状組織を有している。そして、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さが110〜260nmの範囲であり、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65であることにより、引張り強度が480〜520MPaであり、伸び特性が11.2〜14.0%となり、十分な機械的強度を保持しながら、良好な伸び特性を発揮することができる。
本発明での層状組織は、
図1に示す様に、扁平な結晶粒が面方向に連続してなる結晶粒層が積み重なって構成されたものである。
図1は、圧延方向(R.D.方向)に沿う縦断面(T.D.方向に見た面)の組織を模式的に表したものであり、
図1の紙面上の横方向(左右方向)が圧延方向(R.D.方向)、縦方向(上下方向)が板厚方向(N.D.方向)となっている。そして、その一つの結晶粒1をハッチングして示したように、各結晶粒1はいずれも扁平で圧延方向(R.D.方向)に引き延ばされているとともに、隣の結晶粒1が圧延方向(R.D.方向)に連なるように配置されて、これら連続状態の複数の結晶粒1により層が構成されている。本発明では、結晶粒1が層状に連続してなるものを結晶粒層2と称しており、その結晶粒層2が板厚方向(N.D.方向)に複数積み重なった状態のものを層状組織3と称している。このような層状組織3は、圧延方向(R.D.方向)の縦断面(T.D.方向に見た面)を透過型電子顕微鏡で観察することにより確認することができる。
本発明では、走査型電子顕微鏡による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比の算出は、次の様に実施した。
後方散乱電子回折像システム付の走査型電子顕微鏡によるEBSD法を使用し、10mm×10mmの試料を機械研磨、バフ研磨後、日立ハイテクノロジーズ社製イオンミリング装置で加速電圧6kV、入射角10°、照射時間15分として表面を調整した後、日立ハイテクノロジーズ社製SEM(型番「S−3400N」)と、TSL社製のEBSD測定・解析システムOIM(Orientation Imaging Micrograph)を用い、測定領域を六角形の領域(ピクセル)に区切り、区切られた各領域について、試料表面に入射させた電子線の反射電子から菊地パターンを得てピクセルの方位を測定した。測定した方位データを同システムの解析ソフト(ソフト名「OIM Analysis」)を用いて解析した。観察条件は、加速電圧25kV、測定面積は300μm×300μmとし、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)は0.5μmとした。隣接するピクセル間の方位差が5°以上を結晶粒界とみなし、結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比(結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒個数/全結晶粒個数)を算出した。
引張り強度の向上には結晶粒をナノスケールまで微細化することが有効であるが、単に微細化するだけでは伸びを向上させることはできない。圧延方向(R.D.方向)に沿う縦断面組織の構造が微細で扁平な結晶粒が層状に連なり、その結晶粒層が積み重なった層状組織を有しており、その結晶粒層の平均厚さが最適値であると伸び特性を損なうことなく引張り強度が向上すると考えられる。
結晶粒層の平均厚さ、及び、結晶粒の全結晶粒に対する個数比が前述の範囲値内である場合にのみ、引張り強度が480〜520MPaであり、伸び特性が11.2〜14.0%
となり、結晶粒層の平均厚さは、主に機械的強度に、結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比は、主に伸び特性に関与していると考えられる。
【0010】
また、本発明の良好な伸び特性を有するCu−Zr−Co銅合金板の製造方法は、質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅合金に対して、930〜1030℃で熱間圧延を開始し、600℃以上の温度域から水冷による急冷処理にて溶体化処理を施した後に、冷間圧延を施し、次に320〜460℃にて2〜8時間の時効処理を施し、次に圧延率が5〜10%の調質圧延を施し、次に380〜550℃にて10〜300秒間の熱処理を施すことを特徴とする。
【0011】
質量%でZrを0.05〜0.2%を含有し、Coを0.001%〜0.3%の範囲で含有し、残部がCu及び不可避不純物からなる銅合金に対して、930〜1030℃で熱間圧延を開始し、600℃以上の温度域から水冷による急冷処理による溶体化処理を施し、好ましくは、製品板厚まで冷間圧延を施すことにより、Zr、Coが過飽和状態に固溶し、各結晶粒層の厚さが均一化された銅合金板が製造される。
この冷間圧延後の銅合金板に320〜460℃にて2〜8時間の時効処理を施し、過飽和状態で固溶していたZr、Coを時効処理により徐々に析出させ、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さを110〜260nmの範囲内に収める素地を形成する。
処理温度が320℃未満では、引張り強度に悪影響を及ぼし、460℃を超えると、曲げ加工性に悪影響を及ぼす。処理時間が2時間未満では効果はなく、8時間を超えると、再結晶化が起きるので好ましくない。
次に、この時効処理後の銅合金板に圧延率が5〜10%の調質圧延を施し、層状組織を更に均質化し、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65の範囲内に収める素地を形成する。
調質圧延の圧延率が5%未満では、効果は乏しく、圧延率が10%を超えると、効果が飽和するばかりでなく、層状組織の均質化に悪影響を及ぼす。
次に、この調質圧延後の銅合金板に380〜550℃にて10〜300秒間の熱処理を施すことにより、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さを110〜260nmの範囲内に収め、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比を0.40〜0.65の範囲内に収める。
処理温度と処理時間が380℃未満、或いは、10秒未満では、透過型電子顕微鏡にて観察した結晶粒層の平均厚さが110〜260nmの範囲内に収まらず、処理温度と処理時間が550℃超える、或いは、300秒を超えると、走査型電子顕微鏡にて観察した電子線回折結晶方位解析による結晶粒間の方位差が10°以下である結晶粒の全結晶粒に対する個数比が0.40〜0.65の範囲内に収まらない。
また、熱処理後は、Zr、Coを過飽和状態に固溶し、緻密な結晶組織を得るためにも、水冷により急冷することが好ましい。