特許第5956843号(P5956843)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5956843
(24)【登録日】2016年6月24日
(45)【発行日】2016年7月27日
(54)【発明の名称】眼鏡レンズおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/18 20150101AFI20160714BHJP
   G02C 7/00 20060101ALI20160714BHJP
   G02C 7/02 20060101ALI20160714BHJP
   G02B 1/111 20150101ALI20160714BHJP
【FI】
   G02B1/18
   G02C7/00
   G02C7/02
   G02B1/111
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-141217(P2012-141217)
(22)【出願日】2012年6月22日
(65)【公開番号】特開2014-6349(P2014-6349A)
(43)【公開日】2014年1月16日
【審査請求日】2015年6月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000113263
【氏名又は名称】HOYA株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】509333807
【氏名又は名称】ホヤ レンズ タイランド リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA Lens Thailand Ltd
(73)【特許権者】
【識別番号】000226161
【氏名又は名称】日華化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】樋口 寿
(72)【発明者】
【氏名】高柴 健治
(72)【発明者】
【氏名】ウィスタティップ ジュタタップ
(72)【発明者】
【氏名】塚谷 才英
(72)【発明者】
【氏名】ショケット アヒメット
(72)【発明者】
【氏名】木下 裕貴
【審査官】 吉川 陽吾
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−005353(JP,A)
【文献】 特開2009−144133(JP,A)
【文献】 特開2008−180795(JP,A)
【文献】 特開2009−139530(JP,A)
【文献】 特開2006−124417(JP,A)
【文献】 特表2007−533448(JP,A)
【文献】 特開2000−143991(JP,A)
【文献】 特開平11−029585(JP,A)
【文献】 特開2000−327772(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0155581(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0225882(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
CAplus/REGISTRY(STN)
G02C 7/00−7/02
G02B 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I):
【化1】
[一般式(I)中、R1は炭素数1または2のアルキル基を表し、xは1または0であり、R2は炭素数1または2のアルコキシ基を表し、R3は水素原子またはフェニル基を表し、nは10〜40の範囲の整数である。]
で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物である蒸着材料からなる撥水性蒸着膜を最表層として有することを特徴とする眼鏡レンズ。
【請求項2】
前記撥水性蒸着膜は、珪素酸化物である蒸着材料からなる蒸着膜と隣接配置されている、請求項1に記載の眼鏡レンズ。
【請求項3】
前記蒸着膜は、多層反射防止膜の最上層であり、該多層反射防止膜の最下層も、珪素酸化物である蒸着材料からなる蒸着膜である、請求項2に記載の眼鏡レンズ。
【請求項4】
前記最下層の蒸着膜は、ハードコート層と隣接配置されている、請求項3に記載の眼鏡レンズ。
【請求項5】
前記ハードコート層は、シリカコロイド粒子を含む、請求項4に記載の眼鏡レンズ。
【請求項6】
レンズ基材上に直接または間接的に、下記一般式(I):
【化2】
[一般式(I)中、R1は炭素数1または2のアルキル基を表し、xは1または0であり、R2は炭素数1または2のアルコキシ基を表し、R3は水素原子またはフェニル基を表し、nは10〜40の範囲の整数である。]
で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物を蒸着材料とする蒸着により撥水性蒸着膜を形成する工程を含むことを特徴とする、該撥水性蒸着膜を最外層として有する眼鏡レンズの製造方法。
【請求項7】
前記撥水性蒸着膜を、珪素酸化物を蒸着材料とする蒸着により形成された蒸着膜表面上に形成する請求項6に記載の眼鏡レンズの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、眼鏡レンズおよびその製造方法に関するものであり、詳しくは、水滴の付着・残留を効果的に防止し得る撥水性薄膜を最表面に有する眼鏡レンズおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在多くの眼鏡レンズには、水滴や汗、指紋等の汚れの付着を防止し、またそれらの除去を容易にするために、最表層として撥水性薄膜が形成されている。近年、そのような撥水性薄膜を形成するための撥水剤および撥水性薄膜の形成方法について、様々な検討がなされている(例えば特許文献1〜4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平05−215905号公報
【特許文献2】特開平10−133001号公報
【特許文献3】特開2003−238577号公報
【特許文献4】WO2009/028389
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
眼鏡レンズ最表面に付着した水滴は装用者の視界の妨げとなる。また、水分が乾燥することで発生する水滴の跡(いわゆる水ヤケ)は、装用者の視界の妨げとなるばかりか眼鏡レンズの外観を損なう原因となる。そのため眼鏡レンズ最表面への水滴の付着・残留を効果的に防止するに足る撥水性を眼鏡レンズ最表面に付与することが望まれる。しかしながら、特許文献1〜4に記載の方法をはじめとする従来の技術は、必ずしも十分な撥水性を眼鏡レンズ最表面に付与できるものではなかった。したがって眼鏡レンズ最表面への水滴の付着や水ヤケの発生を防止するために、眼鏡レンズ最表面の撥水性をより一層高めることが求められている。
【0005】
そこで本発明の目的は、優れた撥水性を示す薄膜を最表層に有する眼鏡レンズを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた。その結果、後述する一般式(I)で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物は、これを蒸着材料として用いることで、従来知られていた撥水剤を蒸着材料として用いる場合と比べて、蒸着方法・蒸着条件は同様であっても形成される蒸着膜表面の水に対する接触角、即ち撥水性が高まることを新たに見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
即ち、上記目的は、
下記一般式(I):
【化1】
[一般式(I)中、R1は炭素数1または2のアルキル基を表し、xは1または0であり、R2は炭素数1または2のアルコキシ基を表し、R3は水素原子またはフェニル基を表し、nは10〜40の範囲の整数である。]
で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物を蒸着材料とする蒸着により形成された撥水性蒸着膜を最表層として有することを特徴とする眼鏡レンズ、
によって達成された。
【0008】
本発明の一態様によれば、前記撥水性蒸着膜は、珪素酸化物を蒸着材料とする蒸着により形成された蒸着膜と隣接配置されている。
別の態様によれば、前記蒸着膜は、多層反射防止膜の最上層であり、該多層反射防止膜の最下層も、珪素酸化物を蒸着材料とする蒸着により形成された蒸着膜である。
更に別の態様によれば、前記最下層の蒸着膜は、ハードコート層と隣接配置されている。
更に別の態様によれば、前記ハードコート層は、シリカコロイド粒子を含む。
【0009】
更に本発明は、レンズ基材上に直接または間接的に、前記一般式(I)で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物を蒸着材料とする蒸着により撥水性蒸着膜を形成する工程を含むことを特徴とする、該撥水性蒸着膜を最外層として有する眼鏡レンズの製造方法、
に関する。
【0010】
本発明の一態様によれば、前記撥水性蒸着膜は、珪素酸化物を蒸着材料とする蒸着により形成された蒸着膜表面上に形成することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、眼鏡レンズ最表面に優れた撥水性を付与することができるため、装用者の視界の妨げや眼鏡レンズの外観を損なう原因となる、最表面への水滴の付着・残留が効果的に防止された眼鏡レンズを提供することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、下記一般式(I):
【化2】
[一般式(I)中、R1は炭素数1または2のアルキル基を表し、xは1または0であり、R2は炭素数1または2のアルコキシ基を表し、R3は水素原子またはフェニル基を表し、nは10〜40の範囲の整数である。]
で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物を蒸着材料とする蒸着により形成された撥水性蒸着膜を最表層として有することを特徴とする眼鏡レンズ、
に関する。
【0013】
更に本発明によれば、レンズ基材上に直接または間接的に、前記一般式(I)で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物を蒸着材料とする蒸着により撥水性蒸着膜を形成する工程を含むことを特徴とする、該撥水性蒸着膜を最外層として有する眼鏡レンズの製造方法、
も提供される。
【0014】
以下、本発明の眼鏡レンズおよび眼鏡レンズの製造方法について、更に詳細に説明する。
【0015】
前記撥水性蒸着膜は、本発明の眼鏡レンズの物体側表面、眼球側表面の少なくとも一方の面の最表層に位置する。なお物体側表面とは、本発明の眼鏡レンズが枠入れされて作製された眼鏡が装用された際に物体側に配置される面をいい、眼球側表面とは眼球側に配置される面をいう。雨滴等の水滴が付着しやすい面は物体側表面であるため、前記撥水性蒸着膜は、少なくとも物体側表面に位置することが好ましい。
【0016】
一般に眼鏡レンズは、少なくともレンズ基材を構成要素として含み、該レンズ基材上に、眼鏡レンズに所望の性能を付与するための各種機能性膜が形成されてなる。前記撥水性蒸着膜は、レンズ基材上に直接形成されていてもよく、レンズ基材上に一層または二層以上の機能性膜を介して間接的に形成されていてもよい。レンズ基材としては、特に限定されるものではなく、眼鏡レンズのレンズ基材に通常使用される材料、例えば、ポリウレタン、ポリチオウレタン、ポリカーボネート、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート等のプラスチック、無機ガラス、等からなるものを用いることができる。レンズ基材の厚さおよび直径は、特に限定されるものではないが、通常、厚さは1〜30mm程度、直径は50〜100mm程度である。本発明の眼鏡レンズが視力矯正用の眼鏡レンズの場合、レンズ基材としては、屈折率ndが1.5〜1.8程度のものを使用することが多い。レンズ基材としては、通常無色のものが使用されるが、透明性を損なわない範囲で着色したものを使用することもできる。
【0017】
レンズ基材と前記撥水性蒸着膜との間に存在し得る機能性膜は特に限定されるものではなく、例えば、耐久性向上に寄与するハードコート層、密着性向上のためのプライマー層(接着層)、反射防止性能を付与するための反射防止層等を挙げることができる。これらの機能性膜は、いずれも公知の方法で形成することができる。また、これらの任意に形成される機能性膜の膜厚は、所期の機能を発揮し得る範囲に設定すればよく、特に限定されるものではない。なおレンズ基材は、保管時ないし流通時の傷の発生を防止するためにハードコート層付きで市販されているものもあり、本発明ではそのようなレンズ基材を使用することもできる。
【0018】
上記ハードコート層の好ましい例としては、特開昭63−10640号公報に記載されているコーティング組成物を塗布および乾燥させることにより形成される保護膜を挙げることができる。当該保護膜のように、無機酸化物粒子を含むハードコート層は、硬度が高いため眼鏡レンズの耐久性向上に寄与することができる。上記無機酸化物粒子としては、シリカ粒子の使用が好ましく、中でも、光学的に均質なハードコート層を形成する観点からは、シリカコロイド粒子(コロイダルシリカ)の使用が好ましい。また、上記ハードコート層に隣接する層(上層)が、後述する珪素酸化物を蒸着材料とする蒸着により形成された蒸着膜のように珪素酸化物を含む層であることは、ハードコート層と上層との密着性の観点から、好ましい。なお本発明において、眼鏡レンズに含まれる層についての上下とは、レンズ基材から遠い側を上、近い側を下というものとする。
【0019】
前記撥水性蒸着膜は、以上説明したレンズ基材上に直接、または前記した機能性膜を介して間接的に形成される。以下、前記撥水性蒸着膜の形成に使用される蒸着材料について説明する。
【0020】
前記撥水性蒸着膜は、下記一般式(I)で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物を蒸着材料とする蒸着により形成される。
【0021】
【化3】
【0022】
一般式(I)中、R1は炭素数1または2のアルキル基、具体的にはメチル基またはエチル基を表し、被蒸着表面との密着性の観点からは、メチル基であることが好ましい。
xは1または0であり、被蒸着表面との密着性の観点からは、1であることが好ましい。
2は炭素数1または2のアルコキシ基、具体的にはメトキシ基またはエトキシ基を表し、被蒸着表面との密着性の観点からは、メトキシ基であることが好ましい。
3は水素原子またはフェニル基を表し、被蒸着表面との密着性の観点からは、水素原子であることが好ましい。nは10〜40の範囲の整数であり、形成される蒸着膜の性能の観点から、10〜30の範囲の整数であることが好ましい。
【0023】
パーフルオロポリエーテル変性シラン化合物の合成方法は当分野で公知であって、一般式(I)で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物も公知の合成方法によって容易に得ることができる。
【0024】
以上説明した一般式(I)で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物の具体例としては、下記構造を挙げることができるが、本発明はこれら具体例に限定されるものではない。以下において、nは一般式(I)と同義である。
【0025】
【化4】
【0026】
一般式(I)で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物(以下、「撥水剤」ともいう)は、一方の末端に撥水性を発現し得るパーフルオロポリエーテル基を持ち、他方の末端に隣接する表面と反応し密着性を発現し得る含珪素置換基(-Si(R1x(R2(3-x))とガラスや珪素酸化物などの高極性表面に対して良好な配向性を示し得る水酸基やフェニル基といった高極性官能基とを併せ持つ構造を有する。このような構造を有する撥水剤がレンズ基材または機能性膜表面に蒸着されると、含珪素置換基と高極性官能基である水酸基やフェニル基が被蒸着表面に強く密着・配向し反応するため、最表面にパーフルオロポリエーテル基が配向する傾向が促進されるものと考えられる。また、前記撥水剤のパーフルオロポリエーテル基は、単位セグメント中に−CF3基を保有しているが、この−CF3基は、−CF2−基以上に自由エネルギーが低い官能基であり、しかも分岐しているため立体化学的にはもっとも外側に位置しているものと推察される。このようなパーフルオロポリエーテル基をレンズ最表面に配向させることで表面エネルギーを低下させることができ、その結果、きわめて良好な撥水性を、眼鏡レンズ表面に付与することができると、本発明者らは考えている。また前記撥水剤は、従来の撥水剤に比べ被蒸着表面に対して良好な配向性を示すことができ、結果としてレンズ最表面におけるパーフルオロポリエーテル基の配向性が促進されるため、少量でも良好な撥水性を発現することができると考えられる。
【0027】
前記撥水剤が蒸着される被蒸着表面は特に限定されるものではないが、一般式(I)に含まれる高極性官能基(水酸基、フェニル基)によってより良好な配向性を得る観点から、被蒸着表面はガラスや珪素酸化物等の高極性表面であることが好ましい。ガラスから形成される高極性表面の具体例としては、ガラス製のレンズ基材表面を挙げることができる。一方、珪素酸化物から形成される高極性表面の具体例としては、SiO2等の珪素酸化物を蒸着材料とする蒸着により形成された蒸着膜表面を挙げることができる。先に機能性膜の一例として例示した反射防止膜は、反射すべき光の波長と膜材料の屈折率に基づき決定された光学膜厚で高屈折率材料と低屈折率材料が交互に積層された多層蒸着膜として成膜される。SiO2等の珪素酸化物は一般に低屈折率材料であり、本発明の眼鏡レンズでは、このような多層蒸着膜の最外層として、SiO2等の珪素酸化物を蒸着材料とする蒸着により形成された蒸着膜が存在し得る。なお上記高屈折率材料としては、例えば、ZrO2等のジルコニウム酸化物を使用することができる。
【0028】
前記撥水剤は一種または二種以上を混合して蒸着材料として使用することができる。また前記撥水剤は、一部がその部分加水分解縮合物として蒸着材料に含まれていてもよい。
【0029】
前記撥水剤は、そのまま、または適当な溶剤によって希釈して蒸着材料として用いられる。溶剤としては、当分野で一般的に使用されるものを用いることができ、特別に限定はされないが、例えば、パーフルオロヘプタン、パーフルオロヘキサン、m−六フッ化キシレン(m−xylene hexafluoride)、ベンゾトリフルオリド、メチルパーフルオロブチルエーテル、エチルパーフルオロブチルエーテル、パーフルオロ(2−ブチルテトラヒドロフラン)、1,1,1,2,3,3−ヘキサフルオロ−4−(1,1,2,3,3,3−ヘキサフルオロプロポキシ)−ペンタン、メチルパーフルオロヘキシルエーテルなどのフッ素変性炭化水素系溶剤などが挙げられる。これらの溶剤は1種を単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
前記撥水剤を溶剤によって希釈して得られる撥水剤溶液中の前記撥水剤の濃度は特に限定されるものではなく、蒸着条件や所望の膜厚等に応じて適宜決定することができる。蒸着材料は、適当な容器に入れて、または多孔性材料に含浸させて、撥水性蒸着膜の形成に用いられる。
【0030】
前記撥水性蒸着膜は、真空蒸着法、イオンプレーティング法、プラズマCVD法、イオンアシスト法、反応性スパッタリング法等の各種蒸着法により形成することができる。より一層優れた撥水性を有する蒸着膜を形成する観点からは、真空蒸着法を用いることが好ましい。更なる撥水性向上のためには、前記撥水剤に含まれるパーフルオロポリエーテル基を撥水性蒸着膜表面に高度に配向させることが好ましく、そのためには、真空蒸着においては、蒸着時の加熱温度を500℃以上とすることが好ましく、550℃以上とすることがより好ましく、600℃以上とすることが更に好ましく、650℃以上とすることがより一層好ましく、700℃以上とすることが更に一層好ましい。なお本発明において、蒸着に関する加熱温度とは、蒸着時に蒸着材料が曝される雰囲気温度(例えば蒸着装置内の雰囲気温度)をいうものとする。前記真空蒸着における加熱温度は、より一層優れた撥水性を有する撥水性蒸着膜を形成する観点からは、700℃以上、例えば700℃〜900℃の範囲とすることが好ましい。また、眼鏡レンズの最表面に前記パーフルオロポリエーテル基を高度に配向させる観点からは、前記真空蒸着は、3.0×10-2Pa以下の真空度に制御した蒸着空間内で行うことが好ましい。
【0031】
上記蒸着により一般式(I)で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物は加熱蒸発し、蒸着装置内に配置されたレンズ基材またはレンズ基材上に形成された機能性膜の表面に付着することで該表面上に撥水性蒸着膜が形成される。こうして形成される撥水性蒸着膜の膜厚は特に限定されるものではないが、例えば0.1nm〜5μm程度であり、蒸着条件および蒸着材料の使用量等によって制御可能である。
【0032】
以上説明した撥水性蒸着膜は、水滴の付着・残留を防止する機能を果たすものであり、また汗や指紋の付着を防止し、それらの除去を容易にする防汚層としても機能し得るものである。
【実施例】
【0033】
以下、本発明を実施例に基づき説明するが、本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0034】
[実施例1]
1.撥水剤の合成
パーフルオロポリエーテル化合物を合成する第1段階:
攪拌器、冷却ジャケット、温度計、圧力計が設置されたステンレス製高圧反応器にテトラグリム2.49g、フッ化セシウム1.69g、ヘキサフルオロプロピレン87.75gおよびヘキサフルオロプロピレンオキシド220gを投入し、−35℃で反応させることで無色透明液状のパーフルオロポリエーテル化合物を得た。この化合物について、FT−IRおよび19F−NMRによる同定を行った。FT−IRにおいて−C(O)Fの吸収の存在を確認した。19F−NMRにおいて以下のピークを確認した。
この化合物のFT−IRおよび19F−NMRのスペクトルデータを以下に示す。
19F−NMR
83.3ppm s、3F、C3CF2
131.3ppm m、2F、CF32
83.2ppm m、2F、CF3CF22
s、3F、−CF(C3)C(O)F
146.2ppm t、1F、−OC(CF3)CF2
81.6ppm m、3F、−OCF(C3)CF2
m、2F、−OCF(CF3)C2
132.0ppm t、1F、−C(CF3)C(O)F
FT−IR
1880cm-1(−C(O)F)
1100〜1340cm-1(C−F)
【0035】
パーフルオロポリエーテル化合物をメチルエステル化してメチルエステル化パーフルオロポリエーテル化合物を合成する第2段階:
前記の第1段階で得られたパーフルオロポリエーテル化合物にメタノール5gを添加し、室温で12時間攪拌し、未反応のメタノールを真空乾燥にて除去することで、無色透明液状のメチルエステル化パーフルオロポリエーテル化合物221gを得た。ゲル透過クロマトグラフィー(GPC)測定により、このメチルエステル化パーフルオロポリエーテル化合物は分子量がMW=2300であり、ヘキサフルオロプロピレンオキシドが約13量体であることが確認された(以下、「メチルエステル化パーフルオロポリエーテル化合物13量体」という)。
ゲル透過クロマトグラフィー(GPC)の測定条件は以下の通りとした。
使用機器:Waters 410 Defferential Refactometer、Waters 717plus Auto Sampler、Waters 1525 Binary HPLC Pump
使用溶剤:R−113(1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタン)
温度:25℃
流量:1〜5μl/min
【0036】
上記化合物について、FT−IRおよび1H−NMRによる同定を行った。FT−IRにおいて−C(O)Fの吸収の消失と−C(O)OCH3の吸収の存在を確認した。1H−NMRにおいて−OC3のピークを確認した。
この化合物のFT−IRおよび1H−NMRのスペクトルデータを以下に示す。
FT−IR
1800cm-1(−C(O)OCH3
1H−NMR(C6F6)
4.3ppm s、−OC3
【0037】
メチルエステル化パーフルオロポリエーテル化合物とアミノシラン化合物とを反応させてパーフルオロポリエーテル変性アミノシラン化合物を合成する第3段階:
前記の第2段階で得られたメチルエステル化パーフルオロポリエーテル化合物13量体20g(8.7ミリモル)に反応溶媒として1,3−ビス(トリフルオロメチル)ベンゼン10gを加え、3−(2−アミノエチル)アミノプロピルメチルジメトキシシラン(信越化学工業株式会社製商品名KBM−602)1.97g(9.57ミリモル)を添加した後、窒素雰囲気下で65〜75℃で6時間反応させ、メタノールで沈殿精製することで、微黄色透明液状のパーフルオロポリエーテル変性アミノシラン化合物21.50g得た。
この化合物について、FT−IRおよび1H−NMRによる同定を行った。FT−IRにおいて−C(O)OCH3の吸収の消失と−C(O)NH−の吸収の存在を確認した。1H−NMRにおいて以下のピークを確認した。この化合物のFT−IRおよび1H−NMRのスペクトルデータを以下に示す。
FT−IR
1710cm-1(−C(O)NH−)
1530cm-1(−C(O)NH−)
1H−NMR(C6F6)
0.11ppm s、3H、≡Si−C3
0.7ppm t、2H、−C2−Si≡
1.74ppm m、2H、−CH22CH2
2.91ppm m、2H、−NH−C2
3.16ppm m、2H、−C2−NH−
3.43ppm m、2H、−C(O)NH−C2
3.56ppm s、6H、=Si−(OC32
【0038】
パーフルオロポリエーテル変性アミノシラン化合物の2級アミノ基にエポキシアルコール化合物(エポキシ基とヒドロキシ基とを有する化合物)を反応させ、本発明のパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物を合成する第4段階:
前記の第3段階で得られたパーフルオロポリエーテル変性アミノシラン化合物21.50g(8.66ミリモル)に再び反応溶媒として1,3−ビス(トリフルオロメチル)ベンゼン10gを加えた後、3−グリシドール0.77g(10.43ミリモル)を添加し、窒素雰囲気下で35〜45℃で6時間反応させ、メタノールで沈殿精製することで、微黄色透明液状のパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物22.12gを得た。
この化合物について、FT−IRおよび1H−NMRによる同定を行った。FT−IRにおいてOHの吸収の存在を確認した。1H−NMRにおいて以下のピークを確認した。この化合物のFT−IRと1H−NMRのスペクトルデータを以下に示す。
FT−IR
3250〜3410cm-1(O−H、N−H)
2780〜3000cm-1(C−H)
1710cm-1(−C(O)NH−)
1530cm-1(−CONH−)
1100〜1340cm-1(C−F)
1H−NMR
0.11ppm s、3H、≡Si−C3
0.7ppm t、2H、−C2−Si≡
2.65〜3.15 m、6H、−C2−N(C2−)−C2
3.43ppm m、2H、−C(O)NH−C2
3.63ppm s、6H、=Si−(OC32
3.71〜4.31 m、5H、−C(O)C2
【0039】
以上の同定結果から、前記の第4段階で得られたパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物が、下記化学式aで表される構造を有することが確認された。
【0040】
【化5】
【0041】
2.撥水性蒸着膜の形成
眼鏡レンズ基材(HOYA株式会社製ポリカーボネートレンズ、屈折率1.589、度数―4.00)の表面(凸面形状)上に、プライマー層(ポリカーボネートポリウレタン樹脂を含む水系ポリウレタン樹脂層)、ハードコート層(特開昭63−10640号公報に記載のシリカコロイド粒子含有保護膜を使用)、および反射防止膜(SiO2を蒸着材料として形成された蒸着膜とZrO2を蒸着材料として形成された蒸着膜が交互に複数積層された多層膜)をこの順に積層した。上記多層膜の最下層、最上層(最外層)ともSiO2蒸着層である。
最外層のSiO2蒸着層表面に、以下の方法により撥水性蒸着膜を形成した。
上記1.で得たパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物の20質量%溶液(溶媒はメチルパーフルオロブチルエーテル(東京化成工業株式会社製)を使用、以下「調合液1」と記載)0.25mLを浸み込ませたステンレス製焼結フィルター(細孔径80〜100μm、直径18mm、厚さ3mm)を50℃で1時間ドライオーブンにて加熱し、その後真空蒸着装置(シンクロン社製CES−1050真空蒸着装置)内にセットした。ハロゲンランプ加熱ユニットにて焼結フィルター全体を加熱して、700〜750℃の蒸着温度にて上記プラスチックレンズの最外層のSiO2蒸着層表面に蒸着膜を成膜した(蒸着装置内の真空度:1.5 x 10-2Pa 以下)。形成された蒸着膜の厚さを、光学式膜厚測定器により測定したところ、8〜10nmであった。以下において、実施例1における蒸着条件を「条件1」と記載する。
再現性を確認するために、同様の操作を行い合計7枚のプラスチックレンズに蒸着膜を形成した。
【0042】
[実施例2]
真空蒸着時の加熱温度を550〜650℃に変更した点以外は実施例1と同様の操作を行い、プラスチックレンズ上に蒸着膜を成膜した。以下において、実施例2における蒸着条件を「条件2」と記載する。
【0043】
[比較例1]
調合液1を信越化学社製撥水性コーティング剤(商品名KY−130、以下「調合液2」と記載)に変更した点以外は実施例1と同様の操作を行い、プラスチックレンズ上に蒸着膜を成膜した。
【0044】
[比較例2]
調合液1を信越化学社製撥水性コーティング剤(商品名KP−801、以下「調合液3」と記載)に変更した点以外は実施例1と同様の操作を行い、プラスチックレンズ上に蒸着膜を成膜した。
【0045】
[比較例3]
調合液1を調合液2に変更した点以外は実施例2と同様の操作を行い、プラスチックレンズ上に蒸着膜を成膜した。
【0046】
[比較例4]
調合液1を調合液3に変更した点以外は実施例2と同様の操作を行い、プラスチックレンズ上に蒸着膜を成膜した。
【0047】
[実施例3]
撥水性蒸着膜形成のための調合液(以下、「調合液4」と記載)に含まれる撥水剤として、以下の方法で合成した撥水剤を使用した点以外は実施例1と同様の操作を行い、プラスチックレンズ上に蒸着膜を成膜した。
実施例1の合成の第4段階において、3−グリシドール0.77g(10.43ミリモル)に変えてフェニルグリシジルエーテル1.56g(10.43ミリモル)を使用した以外は、化学式aで表される化合物の合成と同様に操作を行って、微黄色透明液状のパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物22.77gを得た。化学式aで表される化合物を同定した際と同様の方法で同定を行った結果、得られたパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物は化学式bで表わされる構造を有することが確認された。
【0048】
【化6】
【0049】
水に対する接触角(静止接触角)の測定
上記実施例、比較例で形成した蒸着膜表面の水に対する接触角を、以下の方法で測定した。
接触角計(協和界面科学(株)製品、CA−D型)を使用し、25℃において直径2mmの水滴を針先に作り、これを蒸着膜表面に触れさせて、水滴を作った。この時に生ずる水滴と蒸着膜表面との角度を測定し静止接触角とした。静止接触角θは水滴の半径(水滴が蒸着膜表面に接触している部分の半径)をrとし、水滴の高さをhとしたときに、以下の式で求められる。
θ=2×tan‐1(h/r)
なお、静止接触角の測定は、水の蒸発による測定誤差を最小限にするために液滴を蒸着膜表面に触れさせた後10秒以内に行った。
各実施例、比較例について合計7枚のサンプルレンズにおいて測定された水に対する接触角およびその平均値を、以下の表1に示す。
【0050】
【表1】
【0051】
評価結果
眼鏡レンズ表面の水に対する接触角は、数度の違いであっても撥水性は大きく相違するところ、表1に示すように、一般式(I)で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物を蒸着材料として作製された撥水性蒸着膜を有する実施例のレンズは、同じ蒸着条件で作製された蒸着膜を有する比較例のレンズと比べて約2度〜7度超の接触角の向上を示した。この結果から、本発明によれば、既存の製造工程において蒸着条件を大きく変更することなく蒸着材料を変更するのみで、優れた撥水性を有する眼鏡レンズの提供が可能となることが実証された。
また、表1に示すように、一般式(I)で表されるパーフルオロポリエーテル変性シラン化合物を蒸着材料として使用すれば、蒸着条件1から蒸着条件2のように処理温度を下げても、従来の撥水剤と同等以上の撥水性能を示す撥水性蒸着膜を形成することができる。この結果から、本発明によれば、撥水性蒸着膜を有する眼鏡レンズ製造におけるエネルギーの節約や、処理時間の短縮も可能であることが確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明は、眼鏡レンズの製造分野において有用である。